彩の縦糸

其の一

霊媒師には夏休みも冬休みも関係ない。
そう思っていた時期が、長門日吉敷にもあった。
しかし兄の源太によれば夏と冬に各一週間のみ、休みを取ることが出来るのだそうな。
無論その間は稼ぎがないのだから、自力で工面せねばならない。
長期休みを取るのも善し悪しというわけだ。
今日も依頼に追われる長門日兄弟の元に、一通の便りが届く。
海の家に出没する、幽霊の怪を解決せよ――
手紙の主は達磨照蔵となっている。
同じ流派の先輩だが、吉敷はまだ顔合わせしたことがない。
ともあれ困っているのなら手助けしてやらねば、と意気込む兄の勢いにつられるようにして、手紙に記された場所へ行ってみれば、猶神流に所属する主立った面子が、かき集められていた。
「こんなんテル一人で充分だろうに、なんだって俺らが団結してやらなきゃいけねーんだ?」
当然の疑問をくちにしたのは、朱雀甚平。
吉敷から見れば、やはり先輩にあたる霊媒師だ。
ひょろりと痩せ細っている上、頭を剃髪しており、さらに口調が軽いとあって頼りない印象を受ける。
しかし、これがどうして猶神流では五本の指に入る実力者というのだから、人は見かけによらない。
皆を呼び出した達磨照蔵は源太と同じぐらいガッシリした筋肉質の髭親父で、今は台所へ潜ってしまったが、昼飯の準備が終わり次第、説明すると言われている。
吉敷達は大人しく、海の家で椅子に腰掛けて待っていた。
「そういや顔合わせするのは、お初だったよな。お前がゲンの弟ってか。ふむふむ、名前は長門日吉敷?なんだ予想外にもオットコマエの優男じゃねーか、兄に似ず!」
じろじろと人の顔を覗き込んできたかと思えば、甲高い声で馬鹿笑いする甚平には、吉敷もあまり良い印象を抱けずムッとなる。
吉敷の傍らに腰掛けていた美女が、甚平を軽く窘めた。
「余計なお世話でしょ、似てるか似てないかなんて。それに、どうせ褒めるなら顔じゃなくて功績を褒めるべきじゃない?」
腰掛けた時にチラ見したのだが、顔だけではなくスタイルもよく、この女性が噂の南樹芳恵か。
苑田小夜子とは違った意味での健康的な美だ。
件の依頼が終わっても見舞いに行く暇が全然なく、顔あわせは今回が初となった。
「功績?こいつが何かしたってのかよ」
「あぁ。狐憑きを手伝ってくれたんだ。いや、手伝ったというよりは、ほとんど彼の力で解決できた」
首を傾げて訝しがる甚平へ答えたのは、南樹の反対隣に腰掛けた十和田九十九だ。
彼の引き受けた依頼に協力という形で吉敷は大活躍できたのだが、自分の功績と言われると、もやもやした気分が残る。
あの依頼では、失敗も幾つかした。従って差し引きゼロではないかと、吉敷は思うのだ。
「こいつに!?いやさ、お前ら二人も老練が揃って新米に助けられたってのかよ!なんだよ、腕が落ちたんじゃねーのか?ツクモよォ〜」
「それだけ吉敷が大器という証拠じゃ!わはははっ」
源太が大声で笑って話題を終わらせると同時に、照蔵が手に盆を抱えて戻ってくる。
盆の上に乗っているのは素麺だ。西瓜もある。綺麗に人数分、切り分けられていた。
「うむ、久々の者や初顔併せの者もおるが、まずはメシにしようではないか。詳しい話は食ってからだ」
どっかと九十九の対面へ照蔵が腰掛けたのを合図に、それぞれ椀を取って、素麺をすすり始める。
久々の者もいると言っていたが、ほとんどの者が久しぶりに会うのではないだろうか。
霊媒師は基本、単独で依頼を引き受ける。
九十九と合同でおこなった狐憑き退治のほうが例外だったのだ。
「しっかし何だ、九十九よ。久々に会うたというのに全然肉がついとらんではないか。お主はもっと筋肉をつけるべきだと思うがな、儂らのように!むぅぅんっ」
「そうともよ、むぅんっ!」
目の前で源太と照蔵が力こぶを膨らませるのを見て、食事中なのに暑苦しいなと吉敷は内心眉をひそめたのだが、九十九や南樹らにとっては見飽きた光景なのか、先輩諸氏が動じたようには伺えない。
「筋肉はつければいいってもんじゃない。俺から言わせてもらうなら、お前らの筋肉は無駄肉だ」
「なんじゃとぅ〜?儂らの筋肉の何処が無駄だと言うんじゃ」
「戦術に応じた肉体へ改造するのは基本中の基本だろ?俺の戦いに必要な筋肉なら、既についているんでね。だから、これ以上鍛えるのは無駄と判断した」
「ムムム……口だけは達者になりよったわい、こいつめ」
意外や仲間内では軽口を叩く九十九に吉敷は驚いたが、もしかしたら吉敷と一緒に依頼をやっていた時は後輩の前だからと格好つけていたのかもしれない。
自分もいつかは彼らと軽口をたたき合うぐらい仲良くなりたいものだが、経験差が、それを許してくれないだろう。
「そもそも俺らは霊媒師、術師だぜ?筋肉をつける意味そのものがわかんねーよ。なぁ?南樹」
「まぁ、でもないよりはあったほうがいいんじゃない?依頼中に重たい荷物をもつ可能性だってあるんだし」
「へー、例えば?」
「そうねぇ……遺体とか?」
南樹のトンデモ例に、甚平がブッと口の中の素麺を吹き出す。
こちらはこちらで、食事中に汚い。
またも吉敷が眉をひそめていたら、南樹が不意にこちらを振り向いた。
「吉敷くんは、大人しいね?ごめんね、騒がしい先輩ばかりで。驚いたでしょ」
「い、いえ……そんなことは……」
緊張してキョドる吉敷の返事におっかぶさるようにして、甚平が笑う。
「んなわけね〜だろ、こいつはゲンの弟だぜ!?年中うるせぇ兄貴と同居してんだ、騒がしいのは慣れてるよな?」
「は、はぁ……」
お前も相当騒がしいよ、と余程言ってやりたかったが相手は先輩だ。
吉敷は大人しく頷くしかない。
それにしても、流派内で五本の指に入るうちの五人が見事に揃っている。
この面子で退治せねばならないほどの幽霊とは、一体如何なるものか。
ここに自分のような未熟な新米が混ざってもいいものなのか――
考え込む吉敷の肩を机越しに照蔵がガッシと掴んできたものだから、吉敷は再びキョドった目を先輩へ向けた。
「どうした、よっしー、暗いぞぉ?新米だからとて、先輩相手に遠慮する必要はない。よっしーも儂らと大いに語り合おうではないか、なっ!」
「え、あ、あの……?」
「うん?」
「ど、どうして、よっしー……と、お呼びに?」
「吉敷なんじゃろ?なら、よっしーで決まりじゃ!」
あだ名センスが見事に源太の嫁の静と一緒だ。
それともヨシキという名前の者は、必ずよっしーと呼ばれる運命なのだろうか。
いや、そんな馬鹿な。
「安直やのォ〜、テル!ほんで今回の依頼、そろそろ聞かせてもらおうじゃねーの」
「おうともよ。皆、西瓜を囓りながら聞くといい。今回の物の怪な、ありゃあ、地縛霊なんじゃ。しかも、この海の家に祟りつつ、普段は海の底にいるという地縛霊なんだか水難事故者なんだか、よう判らん幽霊なんじゃ」
「なんじゃ、そりゃーっ!?」
大袈裟に驚く源太をほったらかしに、九十九達も突っ込む。
「よぅわからんは、ないだろ。お前、先に現地入りしていたんなら事前に調べてから俺達を呼びだせよ」
「はっは、面目ない。いやさ、一応儂も単独で調べてみたんだが、色仕掛けはしてくるわ金縛りにはさせられるわ、なかなかの強敵よ。いっそ大婆様に協力を仰ごうかと思ったぐらいで」
「テルが、金縛りに?そいつぁ、確かに強敵だぜ」
「それより、幽霊は一人なの?あなたが手こずるってことは」
「おうよ、複数だ。だから、お前らを呼んだ」
要するに面倒な上、手数がいるので全員呼び出した。
そういうことらしい。
照蔵の戦い方なら兄から多少聞いて知っている。彼は術師だ。
源太同様、己の霊力のみで戦うタイプで、なのに二人とも筋肉隆々なのである。
九十九の言うとおり、無駄な筋肉としか思えない。
「そこな期待の新人よっしーは、悪霊退治が専門と聞いた。しかも我が流派には珍しい、使役が得意というじゃないか!今回は、じっくりたっぷり、お手並み拝見といこう」
悪霊退治を専門にした覚えはないのだが、照蔵には滅茶苦茶期待されているようだ。
キラキラした目で見つめられて、吉敷は視線を下向き加減にそらす。
猶神流は術師が主流だから、式使いは珍しかろう。
しかし吉敷の場合、彼自身が使役していると言えるのかどうか?
「使役か。使役なんてもんに頼るのは、落ち目の流派か山伏の専門特許かと思ったがな」
「そう侮るものでもないんじゃない?」
「あぁ。山伏の扱う悪霊とまともに戦ったら、俺達でも勝てるかどうか」
山伏協会の悪霊使いというと、吉敷が真っ先に思い出すのは里見玲於奈の存在だ。
あいつも今は協会に戻って久しいが、元気でやっているだろうか。
それにと吉敷を一瞥して、九十九が続けた。
「吉敷が使うのは、ただの霊じゃない。聖獣だ。彼の前では山伏でも足下に及ばんだろうよ」
「そんなに!?」
「おうよ、そんなに、だ!吉敷は自慢の弟だと言ったじゃろうが」
あまり持ち上げられすぎても、万が一活躍できなかったら困るのは吉敷本人である。
だが先輩同士の会話に混ざる勇気のない吉敷は、甚平に驚愕の眼差しで見つめられ、南樹が「さすが大婆様のお気に入りね」などと微笑んで言うのも聞き流し、暗雲たる思いで視線を海へ逃がした。
「へぇ……使役侮りがたしってか。だったらよ、こいつ一人に任せて俺らは休暇といかねーか」
「新人一人に仕事を押しつけて遊ぼう、って?酷い先輩ね。私達は、それぞれ得意分野が違うのよ。だからこそ、達磨くんも私達を呼んだんでしょ」
「おうよ。一つ手だけじゃ対応しきれん。そいつは儂が保証する」
「聖獣が相手でも、か?」
「そうだ」
一気に上がった株が一気に落ちたような気もするが、過度の期待は負担にもなる。
吉敷は少しホッとして、源太へ目をやると、源太もまた、吉敷を見ていて、安心させるかのように微笑んできた。
先輩達は幽霊の出てくる時間帯やら実際に現れた時の対処法などを話し合っていたが、源太と目を併せた瞬間から、吉敷の意識は夜に飛んだ。
集合場所は海の家だったが、夜は何処へ泊まるのだろう。
民宿だとして、部屋割りは? 泊まりがけの依頼で静がいない。
願わくば、兄と二人っきりの部屋に泊まりたいものだが……

  
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