彩の縦糸

其の七 死闘

時刻は深夜をまわっている。
真っ暗な砂利道を、里見玲於奈と長門日源太の二人は走っていた。
レオナは山伏姿で、源太は霊媒師の服装で。
二人とも全力疾走だ。後を遅れて飛んでゆくのは、光の玉――聖獣の管狐。
森厳もりげん神社って、何処なの!?」
短くレオナが問えば、源太は息切れしつつ答えた。
「商店街の裏を通って、細道を登ると、T路地に出るっ。そこを右に登ってくんじゃあ」
「OK!」
レオナが加速する。着物だというのに、かろやかに、闇を飛ぶように駆けてゆく。
ただでさえ太って足の遅い源太は、見る見るうちに距離を開かれる。
少し行った先で振り返ったレオナが叫ぶ。
「遅い、遅いよ源ちゃんッ!先、行ってるからね!」
「ちょ、ま、まて……ッ、一人じゃ危な……っ」
息も絶え絶えに呼び止めるも、レオナの背はぐんぐん遠ざかり、やがて見失った。
[先、いくね!]
続いて光の玉にも追い抜かれる。
――まぁ、いい。場所はどうせ判っている。到着する場所は同じなのだ。
源太は自分のペースで、ドスドスと走っていった。

空き家も目立つ、寂れた商店街を抜けて裏道に入る。
ここからは少し上り坂になっていて、砂利道を駆け上ると、二手に分かれる場所へ出た。
左へ行けば農家、右へ行けば神社に続く石段が見えてくる。
レオナは迷わず石段を駆け上った。傍らをついてくるは管狐、源太はまだ追いついてこない。
段を登り切り、彼女は周辺を素早く見渡した。
廃屋と化した境内が目の前に広がる。
辺りは暗闇に包まれ、ざわざわと風に揺れて木々が枝を鳴らしているばかり。人影は、ない。
「吉敷さん、何処にいるのっ!?返事をして、お願い!」
[――レオナ!あれ見てッ]
管狐が叫び、そちらを見やれば。
境内の中央に、黒い旋風が立ちのぼっていた。
「何?あれっ」
黒い旋風など、見たこともない。
驚愕するレオナと管狐の前で風は形を成し、一つの人影を、その場に参上させた。
足下には影が落ちている。霊ではない。人間だ。
上から下まで黒いスーツに身を包んだ、長髪の人間。
目元まで髪の毛に覆われ、表情は判らない。薄い紅を引いた口元は、僅かに歪んでいた。

「誰なのッ!」

レオナの甲高い声が闇に響き――黒スーツの者は、薄く笑う。
「主こそ、何者ぞ?我は、ここで人と会う約束をしておる。用がなければ早ぅ帰れ」
低い声で命じる。低くはあったが、女の声であった。
管狐がレオナに耳打ちする。
[あいつだよ!あいつが、吉敷を!]
「わかった」
光の玉へ頷くと、レオナは再びキッと女を睨みつけた。
「あなたが鷹津禍流の使い手ね!吉敷さんを、返して!!」
女が目を細める。
「ほぅ……その名を知っている、ということは……貴様、猶神流の手の者か?」
「この格好の、どこが霊媒師に見えるっていうの!?」
ダンッ!と勢いよく錫杖を地に叩きつけると。足を踏ん張り、レオナは胸を張った。
彼女の身を包むのは、白の法衣。頭には頭巾を被り、首からは小さな法螺貝を下げている。
「レオナは山伏だよ。これでも山伏協会から派遣された、修験者なんだから!」
耳障りな笑いが闇に響く。女が、笑い出したのだ。
「あっはっはっ」
す、と目尻に浮かんだ涙を指でぬぐい、こうも言った。
「失礼。山伏は男衆がなるものだと思っていたが、最近は少女も許されているのか」
――馬鹿にされた?
カッと頭に血が上る。
それとは反対にレオナの目は、冷え冷えとしたものに変わってゆく。
「だから、何?子供相手じゃバカバカしくって戦えないっていうの?オ・バ・サ・ン」
オバサンという単語を一文字ずつ区切り、あたかも強調するように言った途端。
黒スーツの女が逆上したので、予想以上の反応に驚いて、レオナは思わず身構えた。
「どぁぁーれが、オバサンじゃぁぁぁッッ!!」
怒鳴ったついでに、ぱちんと指を鳴らす。
すると彼女の足下からは、幾つもの黒い影がニョキニョキと生えてきたではないか。
あれが悪霊か。
禍々しい気配を放ってる、黒き霊たち。
「オバサンって呼ばれて怒るってことは、自分でオバサンって認めてるも同じだよ!」
身軽に後ろへ飛びずさると、レオナも宙へ呼びかけた。見えぬ"友達"へ向かって。
「みんな、来て!出番だよッ。あのひとをやっつける手伝い、お願いするね!」
彼女の呼びかけに応えて、"友達"が一人、二人と、現世へ姿を現す。

或るものは青白く輝きながら、空を飛び。
或いものは、半分腐りかけた肉体を引きずって、ゆっくりと彼女の背後で立ち止まった。

普段は、死後の世界に住まう者達。
それがレオナの"友達"だ。
「ほぅ……」
黒スーツが、にんまりと笑みを浮かべる。
先ほどまで逆上していたとは思えないほど、冷静に戻っていた。
「貴様、死霊使いか。まさか、この辺境で死霊使いを見ようとはな」
死者を背後に携えて、レオナは朗々と名乗りを上げた。
「山伏協会が修験者の一人、我が名は里見玲於奈!さぁ、あなたも名乗りなさいッ」
黒い影に囲まれて、女も名乗る。口元の笑みは絶やさぬまま。
「……よかろう。我は鷹津禍流霊元師、九鬼辰基。貴様との勝負、受けて立ってやる」
二人の戦いが始まる気配を感じ取り、管狐は草むらへ逃げ込んだ。

風が出てきた。上空の雲は流され、月が顔を現わす。
暗闇のままで良かったのに、と、レオナは内心舌打ちする。
闇に乗じて忍び寄り、相手へ霊を取り憑かせるという手が使えない。
もっとも、条件は五分五分だ。向こうも似たような手段を得意とする悪霊使いなのだから。
悪霊と戦ったこと自体は、今までにも何度かある。
成仏できず現世を漂っているうちに、低級霊と融合して悪意を持ってしまった霊達。
彼らは肉体がない代わり、まだ生きている人間へ乗り移って、悪さを働くのだ。
だが一度肉体ある者と化してしまえば、その後の対処は簡単だ。
何かで、肉体の動きを先に拘束してしまえばいい。
レオナの場合は、死霊を選んだ。
彼女は幼い頃から霊と話すことができ、彼らとは友好的な関係にあったのだ。
死霊を使役し、乗り移られた人間の動きを束縛する。
その間にレオナが術を完成させ、霊波をぶつけることで簡単に撃破できた。
だが、使役されている悪霊と戦うのは、今日が初めてだ。
手駒として使われる悪霊は、術者の命令に応じて行動を取るので、予測がつかない。
乗り移ることだけを目的とする、その辺の悪霊よりも厄介な相手だ。
黒スーツの女、九鬼が指を鳴らすたびに、黒い影達の動きも変速する。
レオナに乗り移るかと思いきや、彼女の脇を擦り抜け、影の一つが死霊に噛みついた。
青い人魂は、噛みつかれたまま空中で激しいダンスを踊るが、なかなか影を振り解けない。
横では動く死体が、黒い影と取っ組み合いの大喧嘩を繰り広げている。
だが、肉体がある分、動く死体の方が不利なようだ。
「くッ!」
レオナは口に法螺貝をあて、死霊達へ指示を与えた。
ボォー……ボォー、という一定の音に併せて、彼らも編隊を組む。
それぞれ好き勝手に動いていたのを止め、四方から九鬼目指して包囲網を作った。
が、九鬼も黙って囲まれてやるほど、お人好しの馬鹿でもない。
レオナが何を指示したのか、すぐに悟り、ぱちんと指を鳴らして影の一つを呼び寄せた。
「飛べ!」
彼女が飛び乗ると同時に、黒い影は舞い上がる。
レオナも負けじと、傍らの人魂達へ命じた。
「追って!」
人魂達が黒い影を追って舞い上がる。途端、今度は上から嘲笑を浴びせられた。
「はぁっはっはっ!円陣を崩してくれて、ありがとうッ」
九鬼の指が鳴る音、と同時に、黒い影がレオナの四方から彼女目掛けて迫ってくる!
レオナは予期していたようで、「――甘いッ!」と叫ぶと、ぴょんと後ろへ飛んだ。
それでも追撃の手は緩まず、四つの黒い影が追ってくる。
だが、地面から飛び出してきた何かに進行先を塞がれ、追撃断念を余儀なくされる。
地面から這い出てきた何かとは、何者か。
のっぺりとした顔は少々とろけかかり、腐臭を放っている。
死者だ。レオナを守るため新たに参上した、墓場の死者であった。

九鬼の操る悪霊は余裕で七匹を越えていた。
しかしレオナの操る死霊の数も、それに勝るとも劣らず。
つまり、二人とも恐るべき霊力の持ち主であるという証拠だ。
相手の手数が予想よりも多いことに、二人は互いに舌を巻いていた。
使役には霊力、及び精神力を消耗する。
戦いが長引けば長引くほど、何かを使役するタイプの術者は不利となってゆく。
レオナも九鬼も、表情は変わらないが、軽く肩で息をしていた。
額に浮かんだ汗を拭い、レオナが法螺貝を口にあてる。
そうはさせまいと九鬼が指を鳴らして悪霊を向かわせるが、寸での処で死者に防がれる。
レオナの方も、隙あらば九鬼に死霊を取り憑かせようと狙っているのだが。
九鬼には隙らしき隙が見あたらない。
変則的な速さで黒い影の間を縫おうとしても、影には動きを予測されてしまう。
彼女は、かなりの修羅場をくぐってきているプロのようだ。


ようやく源太が神社へ到着した頃には、死者の数も黒い影の数もだいぶ減っていて。
レオナは、はぁっ、はぁっ、と大きく肩で息をしていた。
九鬼も同じ疲労度を抱えているのだろうが、頭上を飛ばれているから確認できない。
後ろを振り返りもせず、レオナは息も絶え絶えに叱咤する。
「遅いよ、源ちゃん!」
「す、すまん」
狼狽えつつ、源太は敵の姿を目で探す。すると、頭上から声がした。
「……いつまで経っても猶神流の者が来ぬから、どうしたものかと思っていたぞ」
見上げれば空を飛ぶ黒い影の上で腕を組み、黒いスーツの女が立っている。
黒い髪が強風に煽られ、なびいていた。
女も肩で息をしているところを見るに、レオナとの勝負は五分五分だったということか。
「おぅ、来てやったぞ。さぁ、吉敷を返してもらおうか!」
「だが!」
女が吼える。ドスの効いた低い声が朗々と響いた。
「待っていたのは、貴様ではない!長門日源太」
それを聞いて、源太も大声でやり返す。
「大婆様か?なら、いくら待っても来ぬわい。婆様の代わりとして、儂が馳せ参上したんだからのォ!」
小さく「全然、馳ってないじゃない……」と呟くレオナの声は無視して、頭上へ叫んだ。
「さぁ!吉敷を返せ、約束だろうが!返せったら、返せ!」
まるっきり駄々っ子のように騒ぐ源太を冷たい目で睨みつけると、九鬼は指を鳴らす。
「約束の内容が違う。長門日吉敷は、返せぬな」
「何だと!?」
口を尖らせる源太、再び法螺貝をくちにあてたレオナは、上を見上げ――
あっ、となる。

空に広がる、一枚の黒い幕。
その幕の中央に映し出された一人の男に、見覚えがあった。
男は両手を縛られ、床に寝転がらされている。男は何も身にまとっていない。全裸だ。
彼の体には群がるように多くの黒い人影が、まとわりついていた。
いや、人ではない。地面に写るはずの影がない。
奴らは人の形を模した、肉体なき悪霊だ。
だが、肉体はなくとも男に触ることはできるようで、しっかりと彼を押さえつけている。
左右からは、それぞれに違う悪霊が男の乳首に吸い付いていた。
股間の逸物をしゃぶる悪霊もいれば、脇の下を執拗に舐めている悪霊もいる。
悪霊達が動くたびに男の口からは、よがり声が漏れる。
男は、吉敷であった。

「吉敷ィィィッ!!!」
野獣の叫びは暗闇に消え、源太は血走った目で頭上の九鬼を睨みつける。
「貴様、よくも俺の弟をッ!」
「おちついて、源ちゃん……ッ!」
限界を押してレオナが彼にしがみつこうとするが、簡単に振り払われて尻餅をつく。
「きゃッ!」
彼女には謝ろうともせず、源太は再び吼えた。
「貴様、そこを動くなッ!ぶっ殺してやる!!」
少しでも霊力のある者なら、彼の体が白いオーラで包まれていくのを目にしたことだろう。
霊力が源太の体の内で、ぐんぐんと高まりつつある。
「動くな、だと?動かずして、貴様の霊波を真っ向から浴びろと?御免だね」
嘲笑してはいるが、九鬼は肩で大きく息をしていた。
吉敷の状態を見れば源太が怒るだろうとは、ある程度予測していた。
しかし、まさかいきなり霊波をぶっ放そうとするほど怒るとは……
必殺の一撃をぶっ放される前に逃げた方が得策なのは、彼女にも重々判っている。
――だが、体が動かない。悪霊のストックも、残り少ない。
もし、ここで影に急速度を命じたとしても、無事に逃げられるかどうかは判らない。
長門日源太の特徴も、仲間から聞かされている。
無駄に膨大な霊力を持っていて、得意な技は、溜めに溜めた霊波動だとか。
影の飛ぶ速度を越える速さで攻撃されたら、彼女を待つのは無様な墜落と大怪我だ。
ここは一つ、奴の動揺を狙ってみるか。九鬼は覚悟を決め、そっと源太へ囁いた。
「……いいのか?私を殺したら、弟の居場所が判らなくなってしまうぞ」
だが返ってきたのは、怒りを孕んだ獣の雄叫びであった。
「うるせぁぁぁぁぁッッ!貴様を倒し、貴様の仲間も倒し!全員ぶっ殺してから、ゆっくり探しちゃるわぁぁぁ!!」
「ま……待って、源ちゃん!」
ゆっくりとレオナも立ち上がり、頭上を睨みつけた。
九鬼を睨んでいるのかと思えば違う。睨んでいるのは、悪霊に映し出された吉敷の方をだ。
「あのひとを倒せば、吉敷さんは自由になれる。でもね、それじゃ何にもならない」
「んじゃとぉ、コラァ!レオナ、貴様もぶっ飛ばされたいんかいッ!」
怒鳴る源太を「黙って!」と一喝し、レオナは叫んだ。吉敷へ向かって。
「吉敷さん、聞こえる!?大婆様が何故あなたに、この仕事を頼んだのか、レオナには判ったよ!」
吉敷の瞼が一瞬、ぴくりと動いた、ような気がした。
「大婆様はね、あなたに聖獣使役をマスターしてもらいたかったの!あなたは霊獣だけじゃない、上位精霊である聖獣もを使役することができる!それは他の人にはない、すごい力なんだよ?」

そんなことは、判っている。
でも俺は――
嫌なんだ。
皆を、俺の仕事なんかに巻き込むのは。

「でも、あなたは聖獣を使役することに、ためらいをもっている!友達を仕事に、危険に巻き込むのは間違っていると思いこんでいるッ!」

その通りだ。

「でもね。友達っていうのは、仲間なんだよ。どんなことがあっても、必ず、あなたの側にいてくれる大切な仲間なんだ。仲間っていうのは友達を裏切ったりしないし、見捨てたりもしない。そして、友達が困っている時には手助けだって、してくれる!」

だから仕事も手伝ってもらえと?
だが、そんなことをして。彼らが、もし消滅してしまったりしたら、俺は――
俺は、ひとりぼっちになってしまうじゃないか。
それが、怖い。

「みんな、待ってるんだよ?吉敷さんが、手伝ってって頼んでくれること。吉敷さんが頼んでくれないから、手助けしていいのかどうかも、判らない。だから皆、今までずっと我慢して、見守ってきたんだ!でも……吉敷さんが虐められているのを、ずっと黙ってみてるなんて……レオナが聖獣だったら、あなたの友達だったら!これ以上、我慢なんて出来ないよッ!」

彼女は泣いていた。こぼれおちる涙を拭おうともせず、叫び続けている。
「お願い、吉敷さん!自分の力で、うぅん、みんなの力で打ち勝って!源太さんに頼るのは、今日でもう終わり。じゃないと絶対、あなたは後悔する!」
「どけェ!」
再び源太に突き飛ばされ、レオナは激しく地面へ倒れ込む。
源太は正気を失いつつある。いや、既に正気ではないのかもしれなかった。
血走った目が九鬼を捉え、体中の霊気が彼の掌へ集中し始める。
すりむいた膝からは血が出ていたが、レオナは構わず叫んだ。空へ、吉敷へ向けて。
「源ちゃんを……お兄さんを、人殺しにさせないでェ!!」
その一言が引き金となり、吉敷は自分でも知らぬうちに呼んでいた。
体中を悪霊に嬲られたまま、脳裏に火の馬を思い浮かべる。
「火霊!こいつらを焼き払えッ!」
声に出していったのか、それとも脳内で叫んだだけなのか、自分でも判らない。
だが目の前に現れた火の馬が、確かに小さく微笑むのを見た気がした。

[呼んでくれて、ありがとう]――と。


吉敷へ取り憑かせていた悪霊は一瞬のうちに焼き払われ、影の上で九鬼が膝をつく。
「ぐぅっ……うっ、はぁッ、はぁッ……くそ、長門日吉敷め……ッ」
よもやヘタレだと思っていた吉敷に、こんな真似をされようとは。
座り込んだまま、レオナが冷たく言い放つ。
「――もう、終わりだね。吉敷さんの居場所、教えてくれる?」
それとも、と、源太を視線で示し、続けて言った。
「最初の予定通り、源ちゃんに殺されたい?」
涙ながらに止めてと叫んでいた少女と同一人物とは思えぬほど、冷酷な一言だ。
フッ、と鼻で九鬼が笑った。彼女の口元には笑みが浮かび、すぐに消える。
「わかった。私の負けだ……条件がある」
訝しげにレオナが眉をひそめる。
「条件?この期に及んで、何が言いたいの」
「簡単な話だ。私をここから無事に逃がせば、吉敷の居場所を教えてやる」
「そう」
頷いて、レオナも笑顔を見せる。
九鬼の笑みとは違い、晴れ晴れとした笑顔であった。
「ホントに、簡単な話だね」
そうだろうと頷き返す九鬼へ、きっぱりと応える。
「でも、ダメ。あなたには、背後の組織について話してもらうつもりだから」
「組織?」と尋ねたのは九鬼ではなく、源太だ。
すっかり毒気が抜けたのか、彼は正気に戻っていた。
「そう、組織。このひとが一人で乗り込んで来たんじゃないことぐらい、レオナにだって判る。このひとの背後には、必ず組織があるはずだよ。それも、かなり大規模な組織がね」
レオナの口調は淡々としており、紡ぎ出される内容は、とても十七の少女の発想ではない。
まぁ、彼女も山伏協会という組織の一端である。そこの受け売りを話しているだけだろう。
膝を落としたまま、九鬼は低く笑った。
「……いいだろう。私が所属するのは、闇陰庵あんいんあん。鷹津禍流を含む裏の霊媒同盟だ」
「霊媒……同盟?」
戸惑うレオナに、嘲笑とも呆れとも取れる九鬼の声が被さる。
「なんだ、知ってると思ったのだがな。山伏協会でも下っ端は教えられていないのか?」
なおも語ろうと、息を吸い込み――
「うぐ……ッ!」
急に彼女は咳き込み始め、体をくの字に折り曲げる。
レオナ達が驚愕で見上げる中、九鬼の体は空に飲み込まれるようにして消えてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!吉敷さんは、吉敷さんの居場所は、何処なの!?」
誰もいなくなった星空へ向けて、レオナが叫んだ時。
すぐ背後から、掠れ声が、それに応えた。
「俺なら、ここにいる」
「吉敷!」
真っ先に源太が振り返り、よろめく吉敷を抱きとめる。
「……ごめん、兄貴、俺……仕事、失敗した」
それだけを言うと、彼の意識は遠のき、闇へと落ちていった――

  
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