CAT
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怪盗キャットファイター

第六話 彼女の気持ち、彼の気持ち

「……あのさ、俺、思うんだけど」
樽斗に話しかけられ、龍輔は片眉をあげる。
今はネオンダクト警察旗を盗もうという、一世一代の大仕事の真っ最中。
だから物陰に隠れているってのに、誰かに見つかったらサマにならない。
「いや……もしかしなくても、風花は脈無しだと思うよ」
そんなことは、樽斗に言われるまでもない。
彼女が好きなのは誉。誰の目で見ても、明らかだ。
「……だから?」
露骨に嫌そうな声色で龍輔が促すと、樽斗は俯きがちに続けた。
「諦めた方がいいんじゃない?龍輔には、もっとカワイイ子のほうが似合うと思うな」
「可愛い子ねぇ、例えば?」
「……莉子とか、どう?」
莉子ってのは、風花と仲の良い女子の一人だ。
まぁ、可愛いっちゃ可愛いほうだろう。
短めのボブは童顔に似合っているし、声も幼くて愛らしいし。
それに細かいことによく気がつくし、龍輔にも好意的だ。
「けど、なんで莉子なんだ?」
ひそひそ話しながら、それとなく伸び上がって警察署を見やる。
時間が真夜中だけに塔の灯りは全て消えていて、真っ暗だ。
「気づいてないの!?」
いきなり素っ頓狂な声をあげられ、龍輔は慌てて彼に飛びつく。
「バカ、静かにしろッ!」
「ご、ごめんっ」
小声でぺこぺこ謝った樽斗は、上目遣いに龍輔を見上げた。
「莉子、お前のこと、ずっと前から好きなんだよ……?」
そういやこいつ、樽斗は莉子と幼なじみだったっけ。
よく知る仲だからこそ、彼女の気持ちも察したってわけか。
「あぁ、いや、すまん。全然気づいてやれなくて」
すまんと言う割に、龍輔からは誠意を感じ取れない。
樽斗が溜息をついた。
「……莉子、可哀想」
「可哀想と思うんなら、お前が慰めてやったらどうだ?」
続く龍輔の軽口にはカッとなって言い返そうとしたのだが、すぐ側を飛行船の影がよぎっていき、二人は自然と押し黙った。
「囮がいったか。そろそろ作戦開始の合図が来るな」
小さく呟く龍輔へ頷き、樽斗が屈伸運動を始める。
「建物間の距離は約十M。しかも最後は森へ向かって全力疾走、ね。あーあ、明日は全身筋肉痛になりそ」
「遅れるんじゃねぇぞ?」
ニヤリと笑う龍輔へ、負けじと樽斗も口の端を歪ませる。
「龍輔こそ、張り切りすぎて足をつらせんじゃないぞ」
「てめ……ッ!まだ、そのことを覚えて――」
背後で、火薬の爆ぜる音。
一つ、二つと花火があがり、鮮やかな大輪が真っ暗な夜空に広がった。
「合図だ、いくよっ」と真っ先に樽斗が飛び出していき、チッと小さく舌打ちを漏らした龍輔も後に続く。

小さな影が建物と建物の合間を飛び交う、夜のネオンダクト街。
だが警察は、まだ気づいていない。気づく由もない。
今宵の『キャットファイター』の獲物が、何であるかを――