「……あのさ、俺、思うんだけど」
樽斗に話しかけられ、龍輔は片眉をあげる。
今はネオンダクト警察旗を盗もうという、一世一代の大仕事の真っ最中。
だから物陰に隠れているってのに、誰かに見つかったらサマにならない。
「いや……もしかしなくても、風花は脈無しだと思うよ」
そんなことは、樽斗に言われるまでもない。
彼女が好きなのは誉。誰の目で見ても、明らかだ。
「……だから?」
露骨に嫌そうな声色で龍輔が促すと、樽斗は俯きがちに続けた。
「諦めた方がいいんじゃない?龍輔には、もっとカワイイ子のほうが似合うと思うな」
「可愛い子ねぇ、例えば?」
「……莉子とか、どう?」
莉子ってのは、風花と仲の良い女子の一人だ。
まぁ、可愛いっちゃ可愛いほうだろう。
短めのボブは童顔に似合っているし、声も幼くて愛らしいし。
それに細かいことによく気がつくし、龍輔にも好意的だ。
「けど、なんで莉子なんだ?」
ひそひそ話しながら、それとなく伸び上がって警察署を見やる。
時間が真夜中だけに塔の灯りは全て消えていて、真っ暗だ。
「気づいてないの!?」
いきなり素っ頓狂な声をあげられ、龍輔は慌てて彼に飛びつく。
「バカ、静かにしろッ!」
「ご、ごめんっ」
小声でぺこぺこ謝った樽斗は、上目遣いに龍輔を見上げた。
「莉子、お前のこと、ずっと前から好きなんだよ……?」
そういやこいつ、樽斗は莉子と幼なじみだったっけ。
よく知る仲だからこそ、彼女の気持ちも察したってわけか。
「あぁ、いや、すまん。全然気づいてやれなくて」
すまんと言う割に、龍輔からは誠意を感じ取れない。
樽斗が溜息をついた。
「……莉子、可哀想」
「可哀想と思うんなら、お前が慰めてやったらどうだ?」
続く龍輔の軽口にはカッとなって言い返そうとしたのだが、すぐ側を飛行船の影がよぎっていき、二人は自然と押し黙った。
「囮がいったか。そろそろ作戦開始の合図が来るな」
小さく呟く龍輔へ頷き、樽斗が屈伸運動を始める。
「建物間の距離は約十M。しかも最後は森へ向かって全力疾走、ね。あーあ、明日は全身筋肉痛になりそ」
「遅れるんじゃねぇぞ?」
ニヤリと笑う龍輔へ、負けじと樽斗も口の端を歪ませる。
「龍輔こそ、張り切りすぎて足をつらせんじゃないぞ」
「てめ……ッ!まだ、そのことを覚えて――」
背後で、火薬の爆ぜる音。
一つ、二つと花火があがり、鮮やかな大輪が真っ暗な夜空に広がった。
「合図だ、いくよっ」と真っ先に樽斗が飛び出していき、チッと小さく舌打ちを漏らした龍輔も後に続く。
小さな影が建物と建物の合間を飛び交う、夜のネオンダクト街。
だが警察は、まだ気づいていない。気づく由もない。
今宵の『キャットファイター』の獲物が、何であるかを――