CAT
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怪盗キャットファイター

第七話 お仕事開始

空の上から見る夜景は壮大だ。
だが、風花の視点は夜景など、そっちのけ。
彼女の視線は、ある一点だけに集中していた。
「ねぇ誉ちゃん……今ってさ、二人っきりだよねぇ?」
操縦桿を握る誉からは何の返事もない。
足音を忍ばせ、真後ろまで接近すると、風花は更にコビコビの声色で彼に囁いた。
「ずっと出しっぱなしで寒いでしょ。風花が暖めてあげる」
そっと、何も履いていない誉の股間に掌を当てる。
それに対する誉の反応は、素っ気なく。
「触るな。気が散る」
「あんっ、もう、誉ちゃんったらぁ。照れちゃって」
誉は無表情で、微塵も照れている素振りなど見受けられない。
だが風花は勝手に自己完結して呟くと、掌を被せていた箇所を、ゆっくりと揉み始める。
「こんなに冷たくなっちゃって……待っててね、触っているうちに暖かくなってくるから」
次第に早くなってくる手の動きには、さしもの誉でも無視し続けるというのは、どだい無理な話で。
「――触るなと言っている!」
終いにゃバシッと片手で払いのけ、背後の女を睨みつけた。
折しもその時、飛行船は警察の塔へ真っ直ぐ突っ込んでいた最中。
「ギャア!誉ちゃん、前っ、前ぇ!」
騒ぐ風花には目もくれず、誉が素早く舵を切る。
塔スレスレな真横を抜けていき、不注意運転の原因には愚痴られた。
「もぉー、誉ちゃん、しっかり運転してよね。危ないじゃない」
誰のせいで激突しそうになったと思っているのか。
だが、怒鳴る代わりに誉は下を見た。
「出てきたな」
「ほえっ?」
風花に教えるよりも先に、真下からは灯りが照らしてくる。
地上では、口々に警官達が飛行船を指さして騒いでいた。
この分だと、そのうち奴も出てくるはずだ。
ギリサムだかギリアムといったか、あの警部殿が。
「風花。俺達の役目は覚えているか」
塔の周りを旋回しながら誉が問えば。
「え、あ、うん」
風花は頷き、頬を赤らめた。
「誉ちゃんと飛行船の中でラブラブランデブ〜するんでしょ」
「俺達の役目は囮だ。今から地上すれすれまで降下する」
戯れ言をまるっと無視し、次に風花が何か言い返す前に行動を起こした。
すなわち、地上目がけて飛行船で直角急降下するという離れ業を。
「ひッ――ひぎゃああぁぁぁぁッッッ!!!
船内で轟く風花の絶叫など、お構いなしに、飛行船は激しい風塵を巻き起こしながら超低空で停止すると、警官の体勢が整うまでは待ってやらず、塔の周辺を無軌道に飛び回る。

「アッサレフ警部、不審な飛行船が我々の周りを飛び回っております!」
飛び込んできた若い警官には目もくれず「判ってるよ」と手で答え、ギリサムの両目は警備モニターを睨んでいる。
真っ黄色の目立つカラーに、胴体には黒い猫の絵。
紛れもなく、怪盗キャットファイター所有の飛行船だ。
バカみたいに目立つ船なのに、あれで何度も逃走を許している。
飛行船は奴らの足だ。
遠距離の獲物を狙う時、奴らはあれに乗って移動する。
その飛行船が今、低空飛行でウロウロしているのは腑に落ちない。
「……ミエッミエなんだよ、バカヤロウが」
口の中で悪態をつくと、警部は悠然と立ち上がった。
「あ、警部殿、どちらへ?」
オロオロする新人君には、早く行けと目で促す。
「あの飛行船は、ほっとけ!それよか、地上の守りを固めろと全員に伝えろ」
「えっ?し、しかし」
「あれでも囮のつもりなんだろうぜ、精一杯の」
モニターの向こうでは飛行船が無軌道に飛び回り、追いかける警官達の姿が映し出されている。
「猫共め……何が目的で俺達の前に現われたのかは判らねぇが、この塔に目的があるってんなら、正々堂々受けて立ってやる」
警棒と、それから拳銃もベルトに挟み込むと、ギリサムは部下に命じた。
「追撃船のエンジンを暖めておけ!他の奴らは持ち場を離れるんじゃねぇぞッ」
「は、はいッ!」
颯爽と監視室を出ていくと、足はまっすぐ屋上へ向かう。