CAT
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怪盗キャットファイター

第二話 翻る、チン騒動!?

夜の静寂を破り、女性の悲鳴が木霊する。
「いたぞ、あっちだ!」
続いて、大勢の走り回る靴音も。
手に警棒とランプを持った男達の正体は、この街の警官。
よなよな世間を騒がせる、怪盗キャットファイターを捕まえようと連日やっきになってパトロールしている真っ最中だったのだ。
「本部、応援願います!対象は屋根づたいに逃走中!」
警官の一人が空を見上げ、通信機へ叫んでいる。
その横を別の警官が駆け抜けて、屋根に向かって「止まれゴラァ!」と喚いた。
だが、それぐらいで足を止める相手なら、苦労はしない。
警官の警告など当然無視の方向で、屋根を走る人影のスピードが落ちる気配は全くなかった。
「畜生、猫共め。一日一ドロボウが日課なんじゃなかったのかよ」
悪態をついているのは金髪中年、名はギリサム=アッサレフ。
ネオンダクト署が誇る、ベテラン警官でもある。
眼光こそ鋭いものの、ネクタイはヨレヨレ、制服も皺だらけ。
無精髭まで生えていては、一目でベテランと思う奴のほうが少なかろう。
ひらり、と小さな影が屋根から屋根へと飛び移る。
「今度は、あっちだ!」
誰かが叫び、そのたびに灯りは右往左往。
たった一人の何者かに、警官達はすっかり振り回されていた。
――いや、何者なのかは判っている。
怪盗キャットファイターのメンバーだ。
誰かの向けた灯りが飛び移る人影を、くっきり夜の空に映し出す。
途端に女性警官はキャッと悲鳴をあげて、視線を逃がし。
「いたぞ、こっちだ!」
男性警官が代わりに叫んで、路上づたいに追いかける。
「どうしましょう、アッサレフ警部!このままじゃ逃げられます」
オロオロした部下が話しかけてくるのを平然と無視しながら、ギリサムは灯りに追われる怪盗を見やる。
「下でウロウロしていたんじゃあ、永久に捕まえらんねぇな」
「はっ?と、言いますと?」
「決まってんだろ。屋根に上がる、んで追いかける」
言うが早いか身を翻すギリサムに、ワンテンポ遅れて部下もついてくる。
「い、いや、警部お待ち下さい!夜中に屋根の上を駆け回っては、市民に迷惑がかかりますッ」
ギリサムは目線だけで振り返ると、呆れた口調で言い返す。
「こんだけ大騒ぎになってんだ。今更迷惑もクソもあるもんかよ」
「そ、それは、そうですが……」
言いよどむ部下になど、もはや目もくれず、足がかりになりそうな壁を見つけたギリサムは、「よっ」とばかりに屋根へよじ登ると、灯りを目指して走り出した。
「あっ!アッサレフ警部、警部、お待ち下さい!自分も一緒に!!」
アワアワと彼の部下がよじのぼってくるのを尻目に、早くもギリサムは灯りの中央へ急接近していた。
相手は素早いが、こっちだって日夜悪漢共と戦って鍛えた脚力がある。
「おい、待てよ猫野郎。止まれ、止まれ!」
呼びかけると同時に、警棒を振り下ろす。
相手も然る者、当たる寸前で身をかわし、逆に下段の蹴りを放ってくる。
「うぉっとぉ!」
そいつをギリギリでかわしたギリサムもまた、大きく間合いを取ると、怪盗と真っ向から対峙する。
「……ハン。やっと止まったか、猫野郎」
言いながら、ギリサムは止まった相手を上から下まで眺め回す。
黒髪、茶色い眼に細い手足。
華奢な野郎だ。しかも、まだ子供じゃないか。
上半身には赤いシャツ。そして下は――何も、履いていない。

そう。
怪盗キャットファイターの、他とは異なる特徴とは。

男も女も、下を履いていない。
ズボンだけじゃなくて、パンツもだ。
だから奴らを目撃した者は大抵悲鳴をあげ、或いは驚いて逃がしてしまう。
そればかりじゃない。
まさか下を履いていないからというワケではなかろうが、奴らの身体能力も、他の盗賊団とは一線を画している。
現に、さっきの蹴りだって、百戦錬磨のギリサムだから避けられたのだ。
他の警官なら顎に一発食らって墜落していても、おかしくない。
「止まったってこたァ、大人しくお縄にかかってくれるのかい?」
じりじりと再び間合いを詰めながらギリサム警部が静かに問えば、少年は無言のまま低く身構え、睨みつけてくる。
「んーな可愛いオシリをつきだして、まだやろうってのか」
女の子みたいに白い肌だ。
だが下でブラブラしているものが否応なく、彼を男だと現実づけた。
「子猫ちゃん、大人しくしときな。俺が優しく言ってるうちに」
「俺は」
初めて、少年が話した。
思っていたよりも、数段高い声のキーで。
「子猫ちゃんじゃない。誉だ、覚えておけ」
「ほまれ?やっぱ移住民か、お前――」
気を抜いたつもりはなくとも、ほんの一瞬、ギリサムに隙が出来る。
そして、その隙を見逃す誉ではない。
高々と頭上を飛び越えて、反対側へ着地され。
「チィッ!っの野郎!!」
慌ててギリサムが身を翻すも、すでに誉は逃走開始。
その速さたるや、さきほどのスピードの比にもならない。
「け、警部殿ぉ〜」
今頃になって追いついてきた部下へ、ギリサムは怒鳴りつけた。
「包囲網だ!包囲網を引きやがれ!!奴を絶対この街から逃すな!」


だが警察が泣こうと喚こうとも、一度逃げた怪盗を捕らえることなど、できはしない。
帰ってきた誉は、捜索を諦めて戻ってきた皆と出入り口で鉢合わせて。
「なんだ、おめぇ。いつの間に戻ってきやがったんだ」
何事もなかったかのように、暖かく迎え入れられたのであった。