騒がしかった街並みが、次第に夜の静寂に支配されてゆく。
深夜のネオンダクトには、人っ子一人、動く影はない。
――いや、いた。
屋根の上を軽快に走るのは、近頃、この街を騒がせている人影だ。
彼らを見た者は、声を揃えて、こう叫ぶのだ。
『怪盗キャットファイターが現われたぞ!』
ジャラジャラと、机の上に貴金属がまき散らかされる。
「どうよ?この戦利品っ」
さっそくアジトにて、泥棒自慢をしているのはメンバーの一人で名は樽斗。
怪盗団の中でも屈指のお調子者として名を馳せている。
「フン、偽物なんざ掴まされてちゃいねぇだろうな」
そいつを一つ手にとって団のボス、悠平が鼻を鳴らした。
「いっちょ前に万単位で盗ってきやがったか。抜け目ねぇ野郎だぜ」
「じゃあ、これを全部売っちゃえば!」と風花が勢い込み、ボスも頷いた。
「当分は生活にゃあ困らねぇな」
怪盗キャットファイター――
それが、この怪盗団の正式名称だ。
ボスの悠平を除けば、殆どが十代から二十代の若者で構成されている。
それだけではない。
この怪盗団には他の犯罪者とは異なる、大きな特徴があった。
メンバーの一人が、不意に部屋を見渡す。
「あれ、誉は?」
「さっきまで一緒にいたんだがな」と悠平も見渡し、すぐに諦める。
「あいつは飽きっぽいからなぁ、自室に戻っちまったかもしんねぇな」
自分を棚に上げて、そんなことを呟いた。
「そっかぁ〜。誉ちゃん、最近つきあい悪いよね」
風花の言葉に数人が頷き、「元々つきあい悪いでしょ、あいつは」と、樽斗が突っ込みを入れる。
初期の時代からメンバーに収まっているにも関わらず、誉が他のメンバーと馴れ合うことなど滅多にない。
ボスの悠平とだって、滅多に会話がないのだ。
無口なのか、人嫌いなのか。
たぶん、両方だろう。
だがメンバーは皆、彼を嫌ってはいなかった。むしろ、好いている。
先ほど憎まれ口を叩いていた樽斗だって、まんざらじゃないのである。
小柄で色白。実年齢よりも幾分、幼びて見える。
手足も細く、華奢で、言われなければ彼が盗賊だとは到底思えまい。
要は『可愛い』『守ってあげたい』といった理由で、誉はキャットファイターのマスコット的存在となっていた。
部屋の戸が開き、背の高い男が入ってくる。
「よぉ、また誰か狩りに出てったのか?」
龍輔だ。彼も、この怪盗団のメンバーである。
「いや、今日の狩りは、さっきのでオシマイだ」とは、ボスの弁。
「お前こそ、どこで何してたんだよ?」
樽斗の追及を無視し、龍輔は戸口を見やった。
「じゃあ、俺の見間違いか……?さっき、出ていく人影を見たような気がしたんだがな」
「出ていくって、お前」
部屋をぐるっと見渡して、悠平が口を尖らせる。
「ここにいなかったのは、お前と誉ぐれぇだぞ?」
かと思えば、一転して仰天。泡をくって叫んだ。
「もしかして誉か!?あの野郎、また街に出ちまったのか!」
たちまち部屋中が、皆のざわめきで一杯になる。
「ウッソォ!」
「一日一狩り!この鉄則、あいつが忘れますか?」
「忘れるわけないよ!だって誉ちゃんは初期メンバーだし」
そうしたざわめきは、机を叩いたボスの一喝で静まりかえる。
「えぇいっ、ここでこうして騒いでても埒があかねぇ!」
悠平の目が順番にメンバーを見てゆき、次々と名を呼んだ。
「龍輔!」
「あいよ」
「それから風花と、そうだな烈夜も来い!」
「はっ、はい!」「ハイ!」
「誉を探しにいくぞ!」
三人が勢いよく返事する。
「ハイ!」
かくして。
一仕事終えたばかりだというのに、怪盗キャットファイターは再び深夜のネオンダクトへ飛び出していった……