Beyond The Sky

48話 悲しみの開放

塔の一階は、いやにだだっ広かったのに、階段を登った二階は狭い通路が幾重にも絡み合う迷路となっていた。
先程からずっと、モリスの手元では探知機がピーピー電子音を鳴らしている。
この通路が魔法等で生み出された幻覚ではなく、実際に存在する材質で作られた物である証拠だ。
「ひとまず、道は安全みたいだね。どうだ、魔法の気配はするか?」と尋ねられ、ジャネットは真横に首をふる。
「大丈夫、この階に魔法の罠は存在しないわ。下っ端魔族もいないのが気にかかるけど……」
どの曲がり角を抜けても道ばかりが続いている。どこまで歩いても部屋はおろか階段一つさえも見当たらない。
一定間隔で曲がり角に出くわすうちに、どこまで進んだのか判らなくなってくる。
奇妙な作りの塔だ。こんな建物では、およそ生活できたもんじゃない。
「やっぱり最上階にいるのかな?」
油断なくあたりを見渡しながら、モリスが呟く。
「えぇ、たぶん」と答えながら、ジャネットは外で見た高さと最上階までの階数を脳裏で計算する。
この調子で歩き回っていたんじゃ、夜になっても辿り着けまい。
かといって、この人数で分散するのは危険だ。
モリスはともかく、ジャネットは戦える魔力の持ち主ではない。
不意にモリスの通信機が鳴り出し、即座に出る。
「なんだ、どうしたんだ?カズスン」
『やばい、魔法トラップ連続地帯に入り込んだ!カチュアがダウン気味なんだ、こっちへ来られるか?』
「どこにいるんだ?表示を出してくれ」と言いながらモリスはカチカチ何度かスイッチを押すも、彼らの居場所は表示されない。
おかしい。彼らが持つのは、改良に改良を重ねた探知機である。
スイッチひとつで自分の居場所を仲間の探知機へ送信する機能を取り付けたはずなのに、全く機能しないじゃないか。
「ジャネット、魔法の気配は――」
言葉途中でモリスは凍りつく。
つい先程までジャネットだと信じて疑わなかった相手が、ぐにゃぐにゃと形を変えてゆくのを目にしてしまっては。
「大したものだな、ここまで乗り込んでこられるとは」
人の言葉を発しているが、人ではない。真っ青な肌、背中に黒い羽根の生えたこいつは――魔族だ!
「くそっ!」
モリスの投げた丸い爆弾が奴に当たった瞬間ボンッ!と破裂して、辺り一帯が白い煙に覆われる。
ジャネットの安否を確認する暇もないまま、モリスは全力で走り去った。

カズスンが登った階段の先には、無数のトラップが仕掛けられていた。
その全てが魔法による解除しか受け付けず、カチュアは早くも疲労困憊。
だが通信でモリスを呼んだまでが、彼らに与えられた自由な時間であった。
壁、床、天井、あらゆる場所から下級魔族が這い出してきて、銃を乱射したところまでは記憶にある。
しかし背後から伸びてきた粘液に囚われて、息ができなくなったのを最後に、カズスンの意識は遠のいた。
次に目覚めたのは、これまでとは全く異なる景色、四角い部屋の中であった。
自分が両手両足を壁に固定された格好で立たされているのに気づく。
素早く視線を巡らせてみれば、レピアやモリス、ジョージも壁に磔となっていた。
レピアは右足から血を流している。逃げる途中で傷を負ったのであろう。
さらに対面、ベッドに拘束されているのはカチュアとジャネットだ。
ハリィとボブ、ルリエルは居ない。まだ捕まっていないのか、上手く逃げ遂せたのか。
ふと、チカチカとまばゆい光が右手で輝いているのに気づき、そちらを見てみれば壁一面に幾つものモニターが隙間なく取り付けられており、そのうちの一つにハリィ達の姿を見つけたカズスンは思わず声をあげる。
「大佐!」
「ハリィ=ジョルズ=スカイヤード……反乱分子の制止役だと訊いているが、ただの傭兵だと舐めてかかっていたら咄嗟の機転も回るじゃないか」
不意に放たれた呟きに驚いて、首だけで振り返ると、いつ入ってきたのか先程まで部屋にいなかったはずの魔術師が一人立っている。
「完全に死角をついての奇襲だったのに、まんまと逃げられてしまったよ。おまけに手傷まで負わされた」
ローブの裾から、ちらりと火傷した腕を見せて、魔術師が薄く笑う。
「お前が……ラブラドライトなのか?」
カズスンの誰何にも魔術師は喉の奥で小さく笑い、モニターへ視線を移した。
「お前らは探知機に頼りすぎたな。生まれ持った勘に頼っていれば、こうも簡単に捕まらずに済んだものを」
あの三人が捕まらずにいるのは、天性の勘だけじゃあるまい。
ルリエルだ。彼女の魔法が二人を守ってくれている。
「その火傷は魔法でやられたんだろ?だったら勘なんて関係ないんじゃないか」
カズスンに突っ込まれ、魔術師はローブの上から腕をさすった。
「言っただろう、死角をついての奇襲だと。だが、奴らは勘で攻撃を仕掛けてきた。この傷は銃で撃たれた箇所へ火炎魔法を重せ撃ちされたんだ。忌々しい精霊め……しかし、この塔に入り込んだ以上、いずれは私の手に落ちる運命だ」
「あたし達を全員捕まえて、どうしようってのさ!?」とレピアが喚き、魔術師の口元にも余裕が戻る。
「人が持つ魔力の抽出。その実験に、お前らを使わせてもらう」
「抽出だぁ!?魔力なんて引っこ抜けるのかよ」と驚くジョージや、ベッドの上でカチュアが「えぇぇ!?やめてください、魔力を奪われたらクビになっちゃいます!」と見当違いの心配を吐き出すのを横目に、モリスは手足を拘束する鎖を、そっと引っ張ってみる。
ある程度動かせる余裕はあるが、人の力でぶっ千切れるほどには弱い拘束でもなく、これを外すには鍵か溶解機が必要だ。
魔術師の視線はモニターに釘付け、モニターの向こうではハリィとボブ、ルリエルが通路を歩く姿が映っている。
部屋の中央にある机の上に乗っているのは、鍵の束と紙の資料だ。
拘束する鎖と鍵の数を目視で数え、あれが鎖を解く鍵だとして、どうやって取ればいい?
ちらりと壁に目をやる。格子の嵌った窓が、一つ、二つ。
青空が見えるからには、少なくとも、この部屋は地下ではない。
大声を出したら、外にいる亜人が聞きつけてくれやしまいか。
自由に動ける、もう一人が欲しい。ちらちらと窓を見やるモリスへ魔術師が声をかける。
「助けを呼ぼうと思っているんだろうが、無駄だ。外は戦場、塔へ近づくのは容易では――」
ほぼ同時であった。窓の外がカッ!と何度か眩く輝き、続けざまに爆音が轟いたのは。
「な、なんだ!?」
驚く傭兵そっちのけで魔術師は訝しげに窓の外へカメラを動かし、爆音のしたと思われる場所をモニターが捉える。
空を舞う巨大な槍。その上で仁王立ちする少年、あれはバドじゃないか。
傍らには黒装束のニンジャ、栄太郎も控えている。
バドが四方八方手当たり次第、飛び交う魔族を撃ち落としている。先ほどの閃光は、彼の放った魔光弾であろう。
バドの加勢もあってか、圧倒的数の不利にあったはずの攻勢は意外や亜人側に軍配があがりそうな気配だ。
槍の後方では編成を外れて飛ぶドラゴンが一匹、大きく旋回を繰り返しては塔へ近づこうとしている。
あれは、きっとバフだ。しかし結界は、もう壊しただろうに何故また塔へ近づこうとしているのか?
答えに辿り着いたのは傭兵よりも魔術師のほうが先で、「亜人風情が一匹で無謀な真似を……叩き落としてやる」と窓の外へ向けて呪文を唱え始めた。
バフが何をしようとしているのか判らずとも、黙って撃ち落とされるのを見守っているわけにもいかない。
ジョージは限界まで手を伸ばす。
鎖が腕に食い込んできたが、痛みを堪えて己の髪の毛をまさぐり、細い針状の道具を取り出した。
魔術師は完全に背中を向けている。いわば死角だ。
頭の上では上手く狙いを定められないが、手探りでボタンを勢いよく押した。
プシュッと小さな空気音と共に透明なガラスの針が魔術師めがけて飛んでゆき、「痛ッ!?」と一瞬でも奴の気をそらすには充分で。
「貴様ッ」と振り返った魔術師の背後で、格子へ体当たりをぶちかまして転がり込んできた者がいた。
そいつは床へ着地するや否や体勢を立て直し、魔術師の足元めがけて剣を薙ぎ払う。
「くっ……!」と寸前でかわされるも剣の勢いは止まらず、魔術師を壁際まで追い詰めた際に剣士が叫んだ。
「借りを返しに来たぞ、ラブラドライトォォォ!」
輝く金髪、左目は青、右目は赤。
彼の容姿を目に入れた瞬間、魔術師の瞳にも異様な輝きが宿る。
「ソウマ……ついに追いついたか、最後の血族よ!」
「最後の血族?」と傭兵達が首を傾げる中、ソウマの剣が魔術師の喉元を薙ぎ払う。
しかし剣が薙いだのは空だけで、壁際に追い詰められたはずの魔術師は瞬時にして彼の真後ろへ回り込む。
「え、今どうやって」「魔法か!?」
外野が騒ぐ中、ソウマの剣筋を魔術師は鼻先寸前で躱しながら、なおも彼らにしか判らない会話を続けた。
「まだ剣に頼っているのか!魔法を使わねば私は倒せないぞッ」
「黙れ!貴様の思い通りになってたまるかってんだ!!」
ローブ姿の魔術師如きが避けられそうにない速さで猛攻が繰り出されているのだが、ラブラドライトは紙一重で避けており、ソウマの剣は全く当たらない。
「何故私が、お前にその両眼を与えたと思っている!魔法だ、魔法を開眼しろ!お前には、私を超える魔力がある!」
「うるせぇ!俺は剣で、貴様を倒すと決めたんだッ」
魔法も使えるはずだが、ソウマは頑なに剣で斬り掛かっている。
剣が効かないと判った以上、別の手に切り替えたほうが効率的だろう。
戦いを眺めるうちに、ラブラドライトの口元が絶えず何かを呟いているとジョージは気づく。
やはり魔法だ、魔法で自分の身体能力をあげているのであろう。そうでなければ、剣士の攻撃を避けられるわけがない。
魔法を封じるには、相対する魔法をかけるか不意討ちを狙うしかない。
だが、ソウマは宿敵を目にして頭に血が上ったのか闇雲に剣を振り回すばかりだ。
このままでは体力の限界がきて、彼が先に倒れてしまう。
「何故剣を捨てない!?私が殺した、お前の師匠への手向けか!」
「――ッ!」
ソウマの動きが鈍った隙をついて、ラブラドライトが初めて攻撃に出た。
目の前で眩い雷光が二、三度弾け、「うわっ!?」と叫ぶ外野は一瞬だが二人の姿を見失う。
次に確認できたのは、天井や壁を蹴って飛びかかるソウマと宙を飛んでかわす魔術師であった。
至近距離で放たれた魔法をソウマがかわし、反撃するも避けられた――そんなところか。
しかし、ラブラドライトの行動にもジョージは首を傾げる。
散々煽るような言葉を放っている割に、魔術師は本気でソウマを倒す気がないようだ。
身体能力を最大まであげた上で遠方からの魔法を連発されたら、剣士は打つ手がない。
何故、そうしない?
魔法を使われたら困るのは自分だろうに、やたらソウマに魔法を勧めているのも不可解だ。
ソウマが頑として魔法使用を拒絶するのも、ジョージには理解できない。
使える手があるなら何でも使ったほうがいいに決まっている。
剣士の誇りだなんだと言っている場合ではなかろう。
こいつを今、葬らないことには、魔族が無限に召喚されてしまう。
今だって、ぼんやり戦いを傍観していられない。
部屋の中は反撃に転じたラブラドライトのせいで、一気に危険地帯と化した。
「ひっ!」と叫んでレピアが迫りくる火炎球に首をすくめる。
炎は間一髪で頭上の壁にぶち当たり、顔面大火傷こそ避けれたものの、頭の天辺がひりつく感触を味わう。
ここで戦われるのは勘弁だ。だが逃げ出そうにも鎖は外れず、ソウマが鍵に気づいた様子もない。
彼の目に映るのは宿敵ラブラドライトのみ、壁に囚われた仲間なんぞは視界の隅にも入っちゃいまい。
何か脱出の手口はないかと部屋を見渡していたモリスが、「あっ!」と小さく叫ぶ。
視線を追ってジョージも気づいた。部屋の隅に置かれた装置の存在に。
いやに見覚えがあると思ったら、以前タルアージの洞窟で見かけたやつじゃないか。
確か騎士団が保管していたはずだ。城の崩壊後に見つけたとしても、何故塔へ運び込んだのだろう?
ベッドに拘束されて天井を眺めるしかない格好のカチュアは、ふと、ラブラドライトの動きに一貫性を見つける。
魔術師はソウマの攻撃を、ただ避けていたのではない。
例の装置がソウマの対面へ来るよう、それでいて彼には気づかれないような自然な動きで誘導している。
「お前ごときの剣では世界を救えんぞ!魔法だ、魔法を撃ってこい!!」
また魔法の催促だ。どうあってもソウマに魔法を撃たせて、あの装置へ当てさせたいと見える。
あの装置が何の働きをするのかは、騎士団の研究でも判明していない。
以前ワールドプリズを訪れた異世界人は、水晶に入れられた生物の魔力を吸い取る機械ではないかと推測していた。
だが今、水晶に生物は入っていない。からっぽの水晶に魔法をぶち当てて、何が起きるというのか。
そもそも魔法を当てたいなら自分でやればいいのに、ソウマに撃たせるのを目的とするのは解せない。
ソウマの魔法を見た覚えはないが、魔族を召喚できる魔術師より上だとは到底思えない。
「お前は、その眼で何を見てきた!?その眼で見てみろ、崩壊の先にある世界を!」
「訳の判らんことを抜かすなァッ、この人殺しがァ!!」
ソウマのオッドアイは本人曰く先天性ではないそうだし、あの眼をラブラドライトが施したんだとすれば、魔力を増幅する力があるのかもしれない。
それにしても、一時も休まず斬りつけ続けられるソウマの体力には驚かされる。
その猛攻に一度として当たってやらないばかりか、魔法を放つこともできるラブラドライトの底しれぬ魔力にも。
「お前は見たはずだ、この世界の終焉を!私如きにかまっていていいのか!?」
「だっ、だまれッ!終焉を早めた張本人がッ」
「張本人?ベリウルを呼び出した件か?あれは所詮、魔界の門を」
魔術師の言葉は外の轟音でかき消される。
塔の中にまで入り込んできた閃光は全員の目を焼き、外からは誰かの「そこだぁッ!」といった叫びが響き渡る。
それが斬の声で、彼が何をしたのか確認できたのは、目のちらつきから真っ先に立ち直ったラブラドライトただ一人であった。
窓へ走り寄った彼の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「なん……だとっ?跡形もなく消し去るなど、あの武器に、そんな力があったのか……!?」
チャンスは今しかない。
目は見えずとも声を頼りに、ソウマは床を蹴った。
「がッ!」と無防備なラブラドライトの背中へ体当たりをかまし、格子の外れた窓から二人揃って転落する。
「あっ、ああぁぁぁぁーーーーーーーーーーッッ!!!」
魔術師の悲鳴が尾を引きながら落ちてゆく。
さしものラブラドライトも、不意討ちをまともにくらっては魔法を唱える頭が回らなかったようだ。
ソウマの思い切った道連れ行為には部屋にいた傭兵全員が仰天し、まだチカチカする目を瞬かせて叫んだ。
「そっ、ソウマーーーーーッ!?
何階に連れ込まれたんだかは判らないが、窓の景色を見る限り、少なくとも二階や三階ではあるまい。
このまま落下したら、二人とも助からない。
いや、だが、高さがある分だけ、魔術師が魔法を唱える距離は稼げるんじゃ――?
ソウマの安否でやきもきする傭兵の耳に、一、二度、ドラゴンの咆哮が聴こえてくる。
咆哮はグングン近づいてきて、やがて巨体の体当たりで窓ごと壁をぶち抜いた。
「ラブラドライト、どこだー!」と叫んだドラゴンは、バルウィングスであった。
彼が突撃してきたということは、外の魔族は、あらかた蹴散らしたのだろう。
「ソ、ソウマは、無事なのか!?」
慌ただしく尋ねるモリスへ「おう、ドルクが拾ったぞ」と答えてから、バルは部屋を見渡す。
「それよかラブラドライトは?」
「えっ、ソウマと一緒に落ちたはずだけど」とのレピアの答えに、ドラゴンは首を傾げる真似をした。
「ん〜。落ちてきたのはソウマだけだったぞ」
下級魔族を打ち倒した後、防衛団は塔周辺まで退避していた。
アルテルマの一閃に巻き込まれんが為に。
ドルクが落下するソウマを見つけたのは、ほんの偶然だった。
一目散に逃げてきて、乱れた息を整えようと上を見たら、落ちてくる彼に気づいた。
ドルクが背中でキャッチしたのは、彼一人だったという。
やはり予想通り、魔術師は落下の途中で魔法を唱えて無事だったのだろうか。
だが空を飛んで、そして何処へ行った?
バキバキ手荒に傭兵を拘束する鎖を壊しながら、バルが言う。
「ベリウルも斬が倒したし、あとはラブラドライトだけなんだよな。あいつを倒せば全部おしまいだ!」
「えっ、斬がベリウルを!?」
外では、本来の手順と大幅に異なる戦いが繰り広げられていたようだ。
魔具とはいえ、たったの一閃で巨大魔族が倒されたんじゃ、ラブラドライトが真っ青になるのも当然といえよう。
ようやく手足の自由が戻ったレピアは焦げ付いた髪を撫でながら、バルに問う。
「白騎士団は到着したのかい?」
「あぁ、地上に墜落した魔族を片付けているよ。ほとんど俺達がブッ倒したんだけどな」
威張るバルを横目に、カズスンはモニターを操作する。
地上へカメラを向けてみれば、一箇所にだけ大勢の人が集まっている。
ズームして判った。人々が何を取り囲んでいるのかが。


落下を減速させる魔法で真っ赤なトマトになるのを避けたラブラドライトも、結界を張って逃げる魔力までは残っておらず。
次々射掛けられる矢と火炎弾の嵐には成す術もなく撃ち落とされて、白騎士団に捕まった。
「殺せ……!」と呟く魔術師に騎士団長の声が降り注ぐ。
「貴様には訊きたいことが山とある。死ぬ前に過去の罪を精算してもらおうか」
そこへ待ったをかけたのは、ドラゴンの背から飛び降りたソウマだ。
「何を訊いても無駄だぜ、そいつは絶対答えない。過去に奴が犯した罪なら俺が全部答えられる。何で、そんな真似をしたのかもな」
「サキュラス家の生き残りか」と呟いた騎士の一人が追い払おうとするのを、グレイグは止めた。
「いい、彼の好きにさせてやれ」
ソウマとラブラドライトの因縁は、斬経由で訊かされた。
この魔術師はソウマが直々にトドメを刺さなければいけない件も。
仇討ちばかりではない。彼の両眼と深い繋がりがあるのだとは、賢者ドンゴロも口を揃えていた。
裁判にかけて死刑執行などと、悠長なこともやっていられまい。
この犯罪者は魔力が回復し次第、すぐにでも脱走しそうな強い意思を感じられた。
また逃げられたら、今度こそ手に負えなくなる。弱っているうちに命を断つしかない。
近づくソウマへ道を譲り、人垣が後方に下がる。
ラブラドライトを真っ向見下ろし、ソウマは吐き捨てた。
「ラブラドライト。貴様との腐れ縁も、これで終わりだ」
見上げる気力さえ残っていないのか、顔を伏せた魔術師が小さく呟く。
「……我が生命、ここで尽きるか。故郷の地を踏むことも叶わぬまま」
「貴様の故郷は魔界じゃない」
ソウマが剣を振り上げる。
そして、勢いよくラブラドライトの頭部に振り下ろした。
「ここだ。ワールドプリズが、俺とお前の故郷なんだ。たとえ俺達が魔族の血を引いていたとしても」


24/05/05 update

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