Beyond The Sky

49話 世界は一つでなくても良い

大魔族の襲撃により、ワールドプリズに生きとし生ける全ての者が学んだ。
大地を一つにまとめないほうが、却って治安は保たれるのではないか。
現にレイザースは各地の防衛に戦力を回しきれず、首都以外の都市でも大損害を出した。
世界統一に野望を燃やしたレイザース王も考えを改めるべきだ。
そのように、人々の思考が動きつつあった――


かつて首都のあった場所は、再びレイザース国として建て直される。
ただしレイザース国と呼ばれる範囲は、クラウツハーケンとシュロトハイナムまで。
侵略で支配下に置かれていた街が、全て国家に戻るとの発表がなされた。
「へぇー!国境が復活して、行き来には手形が必要になるんだって。手形発行は無料だけど、めんどくさくなるねぇ」
リビングにて、ニュースペイパーを広げて騒いでいるのはスージだ。
ソファの上で寝転がったジロが、やる気のない相槌を打つ。
「どうせ滅多に遠出しないんだし、俺達にゃ関係ねーだろ」
あれやこれやの後始末後、ギルドに戻った彼らの生活は一変した。
レイザース国を救った英雄が率いるギルドとして一気に知名度があがり、連日加入者が押し寄せる事態になったのだ。
もはやソロギルドではない。HAND x HAND GLORY'sは総勢五十余名を抱える大所帯となった。
故に、おんぼろギルドを新しく建て替えて、斬はジロ達と一緒に住める住宅を購入する。もちろん、そちらも新築だ。
そればかりじゃない。
斬のハンターギルドはレイザース国の直属ギルドへと生まれ変わった。
直属ギルドとは何なのか。
簡単に言えば、給料が国負担になる。国の指定する絶滅種を飼育するのが、主な仕事だ。
絶滅種を保護すると共に、これまで"駆除"という形で排除するしかなかったモンスター群とのつきあい方も変えてゆく。
今後は彼らとも共存するのだ。外敵から身を守るにあたり、モンスターも重要な存在だと判った今。
それと、もう一つ。
「では、見回りに行ってくる。留守は頼んだぞ」と言い残し、斬が出かけていく。
「叔父さん、お土産はジャネスの三色団子でお願いッス」
ジロはヒラヒラ手を振り、スージも一旦ペイパーから顔をあげて「マスター、いってらっしゃい!」と見送った。
斬は自宅の近くにある開けた場所まで歩いてくると、おもむろに通信機を取り出した。
「アル、頼む。迎えに来てくれ」
一言二言話しただけで『今行くヨー!』との元気な返事があって、五分とかからず巨大な影が舞い降りる。
「行く先は?」とドラゴン化したアルに尋ねられ、「ジャネスだ」と言葉少なに斬は答えた。
亜人の防衛団Beyond*SkyはHAND x HAND GLORY'sの傘下に収まり、各地の見回りを任される。
それとは別に観光飛行便の役目も務め、北はメイツラグから南の群雄諸島まで自由な飛行を許された。
無論、ただではない。一応賃金を取っての運用だ。
それでも乗合馬車と同等、いや、それ以上の人気行路となった飛行便は、毎日旅行客を乗せて飛び回った。
乗合馬車よりも奥地まで、ひとっ飛びで行ける、それも空路となれば人気の出ないわけがない。
休日は予約でいっぱいになり、キャンセル待ちまで出る始末。稼ぎは国に献上する他、亜人のお駄賃――主に人間の酒へと化けた。

変化があったのはHAND x HAND GLORY'sだけではない。世の傭兵もだ。
新たに傭兵ギルドが設立されて、これまでバラバラに活動していた傭兵達の依頼と雇用が取りやすくなった。
傭兵ギルドが出来たのは、大魔族討伐に傭兵チームが参戦していたからだとする説もある。
が、実際のところは先の襲撃事件において上手く立ち回れなかった反省からくる設立であった。
これまで曖昧だった階級の見直しもなされ、討伐に参加していたハリィチームの面々はギルド公認での昇格を果たした。
「へっへ、これ見ろよ、コレェ。ついに俺も少尉だってヨ。いっちょハーレムチームでも作って、かわい子ちゃんを侍らすかァ〜」
先ほどから何度もボブに少尉の勲章を見せつけられて、些かうんざりしながらバージニアは相槌を打つ。
「じゃあボブ少尉は今後、俺等のライバルになるってんですね。依頼が取れなくても、こっちに泣きついてこないでくださいよ?」
軍曹だったボブは少尉に、兵長だったバージは伍長になった。
では大佐だったハリィは、というと――
相変わらず大佐のままだが、チームを一旦解散した。
再びのチームメンバー募集で迷わずバージとルクは名乗りをあげたが、ボブは参加してこず、今の発言である。
モリスとカズスンとジョージは、それぞれ異なるチームに入り、この間は酒の席でライバル宣言をかましていた。
レピアは傭兵を引退すると言っていた。ハリィのおっかけに疲れたのか、それとも他にいい男を見つけたのか。
そんなふうに考えていたら、ある日ふらっと消息を絶った数日後、海沿いの街で結婚したとの便りを寄越してきた。
相手は料理人だと言う。彼女が選んだにしては、えらく地味な職業の、しかし同封された写真を見ると結構な男前だった。
カチュアは再編チーム選考に外れて、故郷のシュロトハイナムで魔術学校の講師をやっていると風の噂で聞いた。
シュロトハイナムには立派な教会が建てられて、件の美人司祭が配置されたというから、一度見に行ってみるのも一興か。
ハリィのチームにはバージとルクの他に新米傭兵が五人入った。まだ距離はぎこちないが、そのうち慣れていくであろう。

レイザース占領下にあったカンサー、ジャネス、ファーレン、クレイダムクレイゾンは国家に戻り、国民選挙により国王が選ばれた。
ゼロからの復国ではない。レイザース王宮からは復興に当てた援助金が出ている。
レイザースの軍隊は大幅に規模縮小されて、多くの者が故郷での配属になった。
昔のように各国が軍隊を持つ。ただし、その軍隊は侵略に使うのではない。外敵、異世界からの襲撃に備えた軍事力だ。
対魔族と称して各国で対空武器の開発が始まった他、警備団にも銃士と魔術師が追加されて、軍隊との連携訓練に明け暮れた。
カンサーで売られていた黒装束や忍者刀は規制対象になり、それらは今後、ジャネス限定販売商品となる。
乗合馬車はカンサーが終点だ。ジャネスへ行くには飛行便に乗るしかない。
貴重な文化財産を取られてはならぬといった老人の意思も相まって、カンサーでは大規模な取り締まりが行われた。
栄太郎率いる忍者は、忍者技術の総力を駆使して巨大なカラクリ屋敷を作り、連日観光客を喜ばせている。
ジャネスの再建にあたり、新生レイザース国の支給金はアテに出来ない。
全て自力で稼がねばならない。だが、客を呼ぶに充分な技術があると彼らは自負する。
死ぬほど厳しい修行は最低限に留めておき、いつかカンサーにも負けないほどの一大観光地になってみせる。
栄太郎は明後日の方角を見つめ、大道芸人兼忍者としての意思を固めるのであった――

国に戻ったからといって海賊が減るわけもなし、ファーレンの海は相変わらず海賊と海軍の戦いで荒れ模様だ。
それでも観光客の数は衰えず、今は復興中のレイザースに替わって遥か遠方、メイツラグからのお客様が訪れるようになった。
メイツラグはレイザースや他諸国との鉱山交易が始まり、徐々に経済が上昇しつつある。
バイキングは略奪行為をやめた代わり、観光船となって大陸からのお客様を乗せるようになった。
事実上廃業ゆえに用心棒を乗せることもなくなったが、修行を求めてやってきた剣士傭兵には訓練の場を設けてやった。
メイツラグ海軍との連携事業だ。月一でトーナメント戦を行い、優勝者は海軍大佐との勝負もできるというのがウリで、さっそく釣られてやってきた傭兵諸君が見世物の一端を担い、今じゃ交易よりも儲けが出ているとの、もっぱらの噂だ。
この間は、ファーレンの海軍兵が優勝した。
リズ大佐との戦いは、てんで勝負にならなかったが、剣士相手に素手で戦う彼は客を大いに楽しませた。
ファーレンは最南端の国、だがメイツラグまでの行路は飛行便で一本だ。
距離はあれど飛行便なら一日で帰れるから、軍務に支障をきたす心配はない。
帰路途中での寄り道可能となれば、お土産を期待して送り出す上官もいるんだとは、ファーレン海兵の話である。
メイツラグや大陸諸国には、ファーレンにない珍しい酒や食べ物が多い。
逆にファーレンにしかない酒や食べ物は、大陸諸国やメイツラグ住民に大人気だ。
やがて食料でもメイツラグとの交易が始まるのではといった噂を耳にしながら、ファーレン海兵のジェナック、今は軍曹にまで昇進した彼は親友の部屋を訪れる。
「しかし、こんな結末になるとは誰も予想しなかったんじゃないか?」
入ってくるなり疑問形なジェナックへ振り返り、マリーナが答える。
「予想しなかったけれど、良い結果になったんじゃないかしら」
「良い?貧乏国家の復活が?」
「貧乏じゃないわ。少なくとも、レイザースに占領される前よりは裕福になったじゃない」と首を振り、マリーナは窓の外を眺める。
防衛団の飛行便は、世の人々が思うより意外と早く定着した。
レイザースが壊滅していなければ、ドラゴンが空を飛び回る案の決議は難航したかもしれない。
大国の呪縛から解き放たれていたからこそ、そして亜人の手綱を握るのが賢者と勇者であったからこそ、飛行便は受け入れられた。
賢者はドンゴロとして、勇者とはアルテルマで大魔族を打ち払ったハンター斬に他ならない。
今はクラウツハーケンへ戻り、王宮御用達ギルドになったと訊く。
斬の出身地、クレイダムクレイゾンには勇者を讃える銅像が建てられたそうだ。
彼がよく着ていた怪しい格好を思い出して、マリーナは口元に笑みを浮かべる。
銅像も、あの黒装束スタイルで作られたんだとしたら、さぞかし珍妙な観光スポットとなろう。
ジャネスと全く関係ない場所で忍者の銅像が建てられるなんて。
――いや、あれは忍者ではないんだった。忍者に憧れるハンター、か。
彼はもう憧れのジャネス観光を終えただろうか。忍者屋敷はカラクリトラップだらけでスリリングに楽しいとの評判だ。
いつか長期休暇が取れたら、ジェナックと一緒にジャネス観光へ行ってみよう。
きっとジェナックなら、難なくトラップを抜けてしまうだろう。マリーナは、そんな妄想で胸をときめかせた。

ジロとスージとエルニーの三人は終戦のどさくさ、もとい、レイザース王家の計らいで特別にハンター資格を取得する。
本来は資格試験に合格しないと取れないのだが、試験をパスしての取得である。
国直属ギルドのメンバーがハンター資格を持っていないのはおかしいと突っ込まれるのを、危惧したのだと思われた。
これまで無資格でハンター家業を行っていた点にも目をつぶってもらえたのは、全て斬のおかげだ。
斬ことギィ=クレイマーが、ワールドプリズ全域において勇者と認識された。
その勇者率いるギルドに無資格のハンターなど居てもらっては困るのだ。
ジロ達にハンター資格を与えた王家は、三人をハンターギルドの幹部として取り立てた。
……の、だが。
新米同然の三人組と比べたら、加入してきたハンター達のほうが遥かに仕事のやり方を弁えており。
指導の必要はなく、ついでに言うと仕事も新入り達に全部取られて、三人は新居の自宅で毎日暇を潰している有様なのであった。
「あり?ソウマは何処行ったんだ」とジロに尋ねられて、編み物をしていたエルニーが気怠げに答える。
「ついさっき、出かけましたわよぉ。行き先は聞いておりませんけれど」


木材や鉱石を乗せた荷車が忙しなく大通りを往復する中、ソウマの足は霊園へ向かっている。
大魔族はレイザース首都を隅々まで廃墟にしたが、復興のさなか、遺骨なき霊園には昔通りの配列で墓石が並べられた。
「やっと――終わったぜ、みんな」
サキュラスと彫られた真新しい墓石の前に立ち、ソウマはポツリと呟いた。
「人って、すごいよな。これだけ痛めつけられたってのに、また同じ土地で住もうとしているんだから」
もう、彼の眼は滅びを映さない。
両眼とも青に戻った顔を軽く撫でて、ソウマは辺りを見渡した。
ついこの間まで一面焼け野原だった首都は王宮を中心に着々と建物が復活しており、貴族と庶民、貧民の境がなくなった。
まだ王国を名乗るにはチッポケな規模だが、国民全てが力を合わせれば昔以上の良い国になるだろう。
空を見上げると大きな影、ドラゴンの腹が、さぁっと太陽を横切っていった。
戦いが終わって、元に戻ったんじゃない。前に進んだんだ。
亜人を差別する人も減っていくだろう。飛行便が乗合馬車と同じぐらい、人々の生活に馴染んでしまえば。
「また来るよ。今度の墓参りには仲間も連れて、さ」
踵を返して、ソウマは首都を後にする。
サキュラスの名を継ぐ家は、復興でも建て直されまい。
ラブラドライトの大罪と共に忘れ去られるのが好ましい。ソウマ自身も、それを深く望む。
クラウツハーケンにある、ハンターギルド『HAND x HAND GLORY's』が終生の家になるだろうと考えながら。


Fine.


24/05/13 update

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