BREAK SOLE

∽87∽ 青き星の戦士、だから


クレイのもたらした報告は、ブレイク・ソールに乗る全ての地球人を驚かせた。
急ピッチの各機修復作業と平行して、戦艦の砲撃準備も着々と整いつつある。
「これでクレイは何と言ってきておる?Aソルで出たいと言っとるのか」
格納庫にいるT博士の問いに、司令ブースのQ博士が答える。
『いや、一番損傷の少ないBソルに乗り換えたいと申し出てきおった』
「Bソルのデータを書き換えないといかんぞ?ヨーコは何と言っておる」
『ヨーコがクレイの意見に異を唱えるはずないじゃろ。もちろん、OKだと言いおった』
「リュウ=シラタキは、どうしておる?」
眉間に皺を寄せてT博士が尋ねると、Q博士はニッコリ。
『すでに戦闘機でBソルへ向かったわい。しかも本人が自ら、戦闘同行許可を求めてきおった』
天井を仰いで躊躇したのも一瞬で、T博士はすぐさま伝令を飛ばした。
「リュウに伝えてくれ、データの書き換えはお前に任せたと。ヨーコとクレイは、すみやかに乗り換えを」
『了解じゃ。あぁ、それと』
T博士は、ニコニコしているQ博士へ急に苛立ちを覚えた。
普段から、この男はニコニコしているのだが、今日はやけにニコニコ具合が激しい。
今は笑っている余裕もないというのに何なんだ、全く。
「なんだ、まだ何かあるのか?」と少しイライラしながら問いかけると、Q博士は素直に頷いた。
『春名ちゃんもクレイと一緒にBソルで戦うそうじゃ。お爺ちゃんをクレイに殺させないため……に、な』


リュウ、及びクレイを迎え入れてみたら、Bソルを貸して欲しいというお願いをされた。
「え〜!?」と一旦は驚いてみたものの、ヨーコとしてみても一番妥当な判断だと思えた。
Cソルはスクラップ。Aソルも破損が激しいときては、Bソルぐらいしか、まともに戦えないであろう。
Aソルと違ってBソルは中距離用の機体だが、クレイならば乗りこなせるだろうとヨーコは確信している。
だって、お兄ちゃんはソルの操縦に関しては一番優秀なんだから!
そういえば、ピートがヴィルヴァラで出るとか息巻いていたっけ。
でも、あれはピートにしか乗りこなせないだろうし、ピートじゃ蜘蛛型の相手は無理だ。
何しろ、クレイとヨーコの二人がかりだって倒せなかったんだから。
「パーソナルデータの書き換えをしなきゃいけないわね」
呟くヨーコに、リュウが名乗りをあげる。
「そいつぁ俺の仕事だ」
言うが早いか床のパネルを開き、ポケットから取り出した工具で弄くり始めた。
気の早い行動に「ちょ、ちょっと待ってよ!」とヨーコは焦って、リュウの腕を引っ張る。
「パイロットスーツだって交換しなきゃいけないし、それに大体、ミグと春名は、どうすんのよ!?戦闘機に乗せたまま放置ってわけにもいかないでしょォ!?」
ヨーコの金切り声を遮ったのは、通話機の無感情な合成音声。
『着替えよう』
見るとクレイはすでに脱ぎ始めていて、ヨーコと春名は「キャ!」と真っ赤になって回れ右した。
「も、もう、お兄ちゃんったら大胆なんだから……」
モジモジと恥じらうヨーコに、リュウの容赦ない一言がかけられる。
「いいから、とっとと嬢ちゃんも脱げよ。時間がねぇ」
途端に「判ってるわよ!」とヨーコの金切り声も復活した。
「コッチを見たら殺すわよ?」
彼女も脱ぎ始めた。
どっちを向いたらいいのか判らず、春名は窓の外を眺めながら、ふと思いついたことをリュウへ尋ねる。
「……あれ?でも、サイズは大丈夫なの?ヨーコのパイロットスーツって、クレイが着れるものなの?」
床下をゴソゴソやりながら、即座にリュウからのアンサーが返ってきた。
「あぁ見えても、スーツには伸縮性があってな。サイズは三着とも大人から子供まで着用可能だぜ。なんなら、春名ちゃんも着てみるか?クレイの生暖かい温度が移ったスーツをよ!」
春名が着たってソルは動かない。
それに、あの三人。ピートも含めると四人だが、彼らは素肌の上に直接スーツを着込んでいるのだ。
いくら着回し可能といわれても、人が着たばかりのスーツを着回すのには抵抗がある。
何となくフケツというか恥ずかしいというか……いや、不潔と言ったら四人には失礼か。
即座にブンブンと首を真横にふる春名を見て、リュウが苦笑した。
「大豪寺博士は動かせるんだろ?念動式。なら春名ちゃんもと思ったんだが、やっぱ無理かねぇ」
すかさず、クレイが突っ込む。
『ソルを動かすには基礎訓練が必要です。春名は訓練を受けていません』
「それに!」とヨーコも一緒になって騒ぎ立てた。
「クレイお兄ちゃんだからこそ、Bソルを貸したげるのよ?春名が乗るんだったら貸してなんかあげないわ!」
「どうしてですか?」と真顔のミグに、真顔で答える。
「素人に使われたら、Bソルが壊れちゃうじゃない!そ・れ・にぃ〜」
スーツを脱ぎ捨て綺麗に畳むと、くるっと振り返った。
「あたしが着たスーツは、お兄ちゃんだけが着ていいんだもん♪ハイッ、おにいちゃ〜ん」
「だ、駄目!見ちゃ駄目ッ!」
慌てて春名が飛びついて、ヨーコの視線からクレイを守る。
クレイもまた、素っ裸でスーツを差し出していた。
『ヨーコは、これを着たら戦闘機へ乗り換えろ』
差し出したスーツは受け取られることなく、乙女二人は目の前で取っ組み合いをしている。
「邪魔よ!どきなさいっ」
「駄目だってばぁ!クレイも今、ハダカなんだから!!」
結局、ヨーコへスーツを渡したのはリュウであった。
彼女が差し出していたスーツを手に取るとクレイへ渡し、クレイのスーツをヨーコへ差し出す。
「ほらよ、遊んでないで早く着替えるんだぜ、お嬢ちゃん」
「ちょっと!コッチ見たら殺すって言ったでしょ!!?」
素早くバシッと受け取ると、ヨーコは直ぐさま後ろを向き、まだ生暖かさの残るスーツへ腕を通した。
「うふふ、お兄ちゃんに抱かれているみたい……」などと彼女が呟いている様は、ちょっと春名もドン引きである。
ミグが陶酔中のヨーコを見上げた。
「ヨーコはクレイとハグしたいのですか?ならば、いつでもすればよいのです」
「あたしは、あんた達とは違うの。恥じらいをもった乙女なんだから」
ヨーコはきっぱり言い切って、スーツに着替えると、さらに手慣れた動作で宇宙服を着込む。
「あたしは外へ出るけど、あんた達はどうするの?」
ミグと春名を促した。
それについて指示を出したのは、クレイだ。
『ミグと春名も戦闘機へ戻ってくれ』
「そうだな。戦闘に出るのは、俺とクレイの二人だけで充分だろ。元々、そういう作戦だったんだしよ」
リュウも同意し、ミグもコクリと頷いた。
「了解です」
着替え終わったクレイが春名を見る。
『春名。必ず勝って戻る、だから心配しないで欲しい』
初めて聞く心強い言葉に、春名は胸の奥がキュンと高鳴るのを覚えた。
必ず勝つ――
今までクレイは一度も言ってくれたことがない。
根拠のない自信は油断や過信を生み出す。そういう意味では、言わない方が堅実なのであろう。
だが待つ側としては、言って欲しい。
必ず勝つと言ってくれれば、帰りを信じて待つことも苦にならない。
ともすれば不安に負けそうになる自分の弱い心の中に、一本の芯が生まれる。信頼という名の芯が。
だが「待ってる」と言いかけた春名の脳裏に浮かんできたものがあり、彼女はハッとなる。
ブレイク・ソールを出る前、秋子は何といっていた?

あたし達、ホントはヨーコやクレイの手伝いだってしたかった
でも、怖かったんだ。戦闘で死ぬかもしれないって思ったら
でも、このままじゃいけない、駄目だって
これじゃ、あたし達なんのために、この船に乗ってるのか、わかんなくなるって思ったの

そうだ。
春名だってクレイの手伝いがしたいから、玄也の説得を引き受けたんじゃないか。
ここで戦艦に戻ってしまっては、結局いつもと同じだ。何の役にも立てていない。
アメリカでクレイが一人奮戦した時、春名は何の役にも立たない自分を情けないと思った。
何も出来ない自分の無力さが、恨めしいとまで思った。
あの時の後悔を、もう二度と繰り返したくない。
今、私にできること――それは、クレイと一緒に戦うこと。
そしてクレイにお爺ちゃんを殺させないよう、止めること。
それならQ博士との約束も果たせるし、アストロ・ソールのお役にも立てるだろう。
『春名?』
「春名、どうしたのです?」
じっと黙ったまま俯く春名を心配してか、無感情な声が両脇から彼女を覗き込む。
春名は顔をあげると、きっぱり言った。
「私も……私も一緒に戦う!クレイと一緒に、お爺ちゃんと戦いたいの!!」
真っ先に反対したのは「何言ってんのよ!」とヨーコ。
金切り声で叫ぶと、ジロッと睨みつけてくる。
「あんたみたいな素人が一緒に乗ってたら、お兄ちゃんが気を遣っちゃうでしょ?ちょっとは考えなさい」
「その通りです」と、ミグも頷き春名を冷たい視線で見上げる。
「春名が戦場へ出るのは、大変危険です。私と一緒に艦へ戻りましょう」
二人がかりの反論を遮ったのは、リュウの陽気な一言であった。
「いいんじゃねぇか?」
「いいって、何がいいのよ!?」
即座に聞き返したヨーコに、リュウは大袈裟な身振り手振りで対応する。
「俺達の任務は、元々大豪寺玄也博士の説得だろ?だったら、春名ちゃんが任務を続行したって問題ないわけだ。本人がやる気になってるってぇのに周りが水を差すこともねぇやな。おいクレイ、お前はどう思う?」
いきなり話を振られ、止めるべき言葉を打ち込んでいたクレイは慌てて全文削除する。
この流れで春名を止めようものならリュウには呆れられ、春名にも嫌われてしまうだろう。
「チンタラチンタラ打ち込んでんじゃねーよ!こういう時ぐらいは、自前の声でビシッと決めてみろ」
結局リュウには、何をやっても呆れられる運命にあったようだ。
クレイは通信機から顔をあげると、春名を真っ向から見つめた。
「……春名」
見つめられ、名前を呼ばれて、春名は思わず身構える。
彼女としては何としてでも、もう一度祖父と話すチャンスが欲しかった。
しかし、ソルを動かすのは春名ではない。クレイなのだ。
そのクレイが春名を同行させるのは嫌だと言うのなら、大人しく諦めるしかない。
次の一言をドキドキしながら待っていると、やや間をおいてからクレイがぽつぽつと話し始めた。
「春名も一緒に戦いたいのか?」
「う、うん」
「玄也博士は例の蜘蛛型で来る。手加減など加えてくれない。Bソルが爆発すれば死ぬ可能性もある。それでも」
つらつらと確認事項を並べ立てるクレイを遮り、春名はキッパリ言い切った。
「行くよ。お爺ちゃんを止めるためにも、私が行かなきゃいけないの」
「お爺ちゃんを――止める?」
怪訝に眉を潜め、ヨーコが尋ねるのには「うん」と頷く。
「クレイがお爺ちゃんを倒しちゃ駄目なように、お爺ちゃんも、これ以上誰かを傷つけちゃ駄目だから」
「倒しちゃ駄目って、だって、あんたのジーサンを倒さなきゃ戦いは終わんないでしょーが!」
ヒートアップするヨーコに首を振り、春名は目を伏せる。
「そうじゃないの。この勝負は、あくまでも武士道に乗っ取って正々堂々と決着をつけなきゃいけないんだって。だから、クレイがお爺ちゃんを殺しても駄目だし、お爺ちゃんがクレイを殺すのも駄目」
「殺したりはしない」と横から憤慨した調子でクレイも口を挟むが、リュウがそれを黙らせた。
「要するに春名ちゃんは、勝負の見届け人になろうってんだろ?二人が熱入りすぎて、やり過ぎねぇように。殺す気はなくても機体が爆発すりゃあ死ぬもんな」
「それもあるけど……」
顔をあげると、春名は窓の外へ目をやった。
星の海に浮かぶのは黒い機体。
既にスタンバイしているのは、八本の長い足を生やした不気味な機体だ。
あれには祖父が乗っている。地球人を倒すために。
「もう一度、お爺ちゃんと話し合いたいの。あれで最後にしたくないから……」
「判った」
間近に声が大きく響き、思わず春名はヒャッとなる。
振り返ると、クレイがすぐ近くまで寄ってきていて、満面の笑みを浮かべていた。
「もう、俺は止めない。春名の覚悟は受け取った。一緒に戦おう」
どうせ、なにを説明しようと最終的には駄目の一点張りかと思っていた。
感情が理解できないとまでは言わないが、結果と確率を重視する傾向がミグにはある。
そのミグと似たような環境で育ったクレイが、まさか春名の意見を尊重してくれるとは。
意外な了解に春名の顔も綻び「……ありがとう!」と、こちらも輝くばかりの笑顔で頷いた。
「よっしゃ、決まりだな。そんじゃヨーコ嬢ちゃんとミグは戦闘機に戻ってくれ」
いきなりリュウが、その場を仕切り出す。
「わかったわよ」
渋々頷き、ヨーコはちらっと春名を見やる。
「あんたの決意は判ったけど。お兄ちゃんの足を引っ張ったりしたら、承知しないわよ?」
「大丈夫。絶対、それだけはしないように心がける」
彼女を安心させようと笑顔で頷き、さらにはミグへも声をかけた。
「ミグさんも戦艦で待っていてね。必ず、お爺ちゃんを説得して戻るから」
打てば響くような返事を春名は期待したのだが、ミグは「はい」と頷かない。
あれ?と不思議に思って彼女を見下ろすと、しばらくの沈黙を置いてから、ミグがポツリと呟いた。
「クレイ。私も……私も一緒に連れて行って下さい」
この申し出には全員が驚いてしまい、「えぇ!?」と驚く春名には目もくれず、ミグは真っ直ぐクレイだけを見つめている。
「駄目ですか?」
小首を傾げるミグに対し、しかしクレイの返答は冷たかった。
「駄目だ。ミグは戦艦で待っていて欲しい」
「どうしてですか?」
にべもない態度に、ついついミグの語気も荒くなる。
対してクレイは、あくまでも冷静に淡々と答えた。
「T博士を心配させてはいけない。ミグは戦艦に戻り、オペレーターの任務を全うするべきだ」

クレイに家族はいない。父も母も、そして祖父も。
強いて言うならQ博士とカルラが家族になるのだろうが、皆を見ていると違うような気もする。
スタッフが時々見せてくれる家族からのメールには、暖かみや思いやりの他に、もう一つ。
家族ならではの無遠慮が見え隠れしていた。
よく言えば気安く、悪く言えば遠慮がない。
Q博士とクレイの間には、そういった関係は存在しない。
Q博士に思いやりがないのではなく、どこか遠慮というか配慮を感じる。
二人の間には薄い壁が存在していた。けして乗り越えることのできない壁が。
Q博士はクレイを息子と称したそうだが、一人だけでは満足しなかったのかカルラも作っている。
つまりQ博士にとっては、クレイもカルラも我が子ではないのだ。
クレイもカルラも、その時に必要性があったから作っただけ。
ソルで反乱を起こした時、Q博士が格納庫内に居なかった点からも伺える。
彼にとってクレイとは、宇宙人と戦うためのコマでしかない。
それは最初から判っていたとはいえ、改めて認識した時、クレイは何とも言い難い物悲しさを感じた。
クレイが死ねば、Q博士は悲しむだろう。
だが悲しみは持続せず、いつかまた彼はクレイ二号を作る。
そんな予感がした。
T博士とミグ達三姉妹の関係も、恐らくはクレイとQ博士の関係と似たようなものだ。
だが――
T博士の場合は、それを越えているようにも思う。
彼は自分の作品を、一人の人間として取り扱っている。
本当の孫娘のように甘やかし、叱る時は容赦なく叱る。
三人とT博士の間には壁がない。クレイとQ博士との間に感じた壁が。
春名と玄也の様子を見た時、クレイはT博士とミクの遣り取りを不意に思い出した。
あの二人の会話にも、遠慮のないツッコミや隠された愛情があったではないか。
ミグが死ねば、T博士は悲しむ。そして、ミグを死なせたクレイのことを一生許さないだろう。
彼にミグ二号やミカ三号は作れない。
どんなに姿形や能力を同じに作れたとしても、それはT博士にとっての彼女達ではないのだから……

「……春名は守るのに、私のことは守ってくれないのですね」
ミグの悲しげな一言により、クレイは意識を引き戻される。
「そうじゃない」
ふるふると首を振り、彼は先ほどよりは柔らかい調子で言い直した。
「玄也博士との一騎討ちだけでは勝負が終わらない。恐らく、敵の戦艦も行動を起こす。あの交渉を見た結果から言うと、宇宙人と玄也博士の連携は、あまり上手くいっていない」
確かに話し合いの最中、玄也は、たびたび紫色の宇宙人を無視していた。
宇宙人としては、腸の煮えくりかえる思いをしたであろう。
「博士の命令を無視して、戦艦がコッチを攻撃する可能性もあるってわけか」と、リュウ。
クレイは頷き、窓の外で待機している蜘蛛型ロボット、そして背後にいる黒い戦艦を睨みつけた。
「玄也博士は一騎討ちで決着をつけると言ったが、宇宙人はそれに納得していない。必ず不意を狙って基地へ攻撃を仕掛けてくる。ミグは、それを阻止して欲しい」
理論的且つ納得のいく説明に「……判りました」とミグも渋々頷くと、宇宙服を頭からすっぽり被る。
七人のオペレーターが全て揃わないと、ブレイク・ソールは動かせない。
基地を攻撃された場合、戦艦で反撃するにはミグの存在が必要不可欠であった。
今頃、向こうでは砲撃エネルギーを充填中だろう。
反撃は、いつでも出来る。その為にもミグは早く戻っておかなくては。
「納得した?じゃ、行くわよ」
宇宙服を着て待っていたヨーコに促され、ミグはBソルを出ていった。
「こっちも準備OKだ。あんまり博士を待たすのも悪いし、そろそろ始めようぜ?」
リュウが立ち上がり、クレイがソルの中央に立つ。
春名は邪魔にならないよう窓際に走り寄ると、クレイへ声をかけた。
「クレイ、頑張って!」
「あぁ」
間髪入れず、クレイが力強く頷く。そしてBソルは蜘蛛型へと接近した。


蜘蛛型の背後に控える黒い戦艦内部では、忙しなく攻撃準備が整えられつつあった。
クレイが想像したように、玄也とクライオンネの連携は上手くいっていない。
いやクライオンネとしては、これでも最大限の敬意を払って玄也に接してきたつもりであった。
しかし玄也は、こちらの意向とは全く違う方向に話を進めてしまった。
地球人を倒す。
その為に今まで力を貸してきたというのに、土壇場で裏切られるとは思ってもみなかった。
最新鋭の戦艦まで持ってきたのに、一騎討ちなどというヘンテコなルールで勝敗を決めるという。
だが、この戦いの命運を全て彼に任せるつもりなどない。
「砲撃準備完了しました」
オペレーターの報告を聞きながら、クライオンネは蜘蛛型へ険しい視線を向ける。
大豪寺玄也――
地球という辺境の星生まれでありながら、サイバラ星人をも凌駕する頭脳と能力の持ち主。
けして人柄は悪くないのだが、自由奔放すぎた。
彼が、そういう態度で来るのならば、こちらも自由にやらせてもらう。
「一騎討ちとやらが終了し次第、基地へ総攻撃をかけろ。例えゲンヤが勝つにしろ――負けるにしろ」
「了解です」
部下の返事へ鷹揚に頷くと、クライオンネは窓を離れ、自室へと戻った。


間合いに入るか否かという場所までBソルが近づくと、蜘蛛型から強制的に通信が入ってくる。
『フフン、その機体で戦うか。パイロットはブルー=クレイなんじゃろうな?』
間髪入れず「当然だ」とクレイが頷き、玄也からは尚も質問が飛んだ。
『何故、青い機体で来た?オヌシの機体は赤だと言っていなかったか』
Bソルは中間距離用だと聞かされている。
クレイは慣れない銃で戦えるんだろうか、という不安が春名の頭をよぎった。
心配そうな春名へ無言で頷くと、クレイは答えた。
「Aソルは現在修理中だ」
『なるほど。修理が間に合わないんで、別の機体に乗り換えたか。それで負けても言い訳は無用じゃぞ?』
恐らくは通信の向こう側でニヤリと笑ったであろう玄也へ、クレイは強い眼差しで言い返す。
「Bソルを使うのは、それだけが理由ではない」
『ほぅ?』
首を傾げたのは玄也だけではない。春名やリュウもだ。
クレイがBソルに乗るのはAソルの修理が間に合わないので、やむを得ず……じゃないのか?
Bソルを選んだ理由が、他にもあったとは。
二人が期待に満ちた視線で見守る中、クレイは淡々と答えた。
「この戦いは地球の命運を決める大切な戦い。だからこそ、赤ではなく青い機体……Bソルで行く。俺は、あの青き星を守るために生まれた戦士だ。大豪寺玄也、互いの目的を果たす為に勝負しよう」
『青い機体に期待をかけたというわけか……いいだろう。正々堂々と勝負じゃ、青の戦士!』
盛り上がる二人の会話を尻目に、リュウがボソッと呟いた。
「クレイのやつ、そんなに青い機体が好きなら、Aソルを青く塗り替えりゃ〜良かったんだ」
その思いは春名も同じだったか、彼女もコクリと頷く。
「ずっと不思議に思ってたんですよね。なんでAソルが赤でBソルが青なのかな〜って」
どことなく緊張感の抜ける中、ついに地球とアストロ・ソールの運命をかけた一騎討ちが始まった。


今までずっと、僕達はお荷物だった。
アストロ・ソールの人達は優しいから、誰もくちにはしなかったけれど。
でも、大豪寺が戦うという意思表示を、はっきり言葉にした時。
Q博士の顔つきが輝いたように見えたのは、きっと僕らの気のせいじゃない。

博士達は待っていたんだ。
僕達が自分の意志で、この戦いに参加してくれることを。
誰に言われたから、やるんじゃない。
自分から何かのために戦う事こそが、大切なんだと言いたかったんじゃないのかな。

「戦う」という行為が、ずっと野蛮だと僕は思っていた。
どんなに建前を並べたところで、戦うというのは相手を傷つける行為でしかないからだ。

でも……
今は、少しだけ考えを改めようと思う。
「戦い」には、傷つけるという意味だけが含まれているんじゃないってことを、クレイと大豪寺が教えてくれそうな気がするから。

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