BREAK SOLE

∽86∽ 祖父と孫娘


月面基地の頭上に、突如姿を現した巨大な影。
漆黒に塗られた不気味なボディ、これこそがサイバラ星人の誇る最新鋭の武装戦艦である。
星の海に浮かぶBソルを目視で確認すると、クライオンネは傍らの玄也へ話しかけた。
「司令官は話し合いに応じたようだ。しかし、奴らの総司令は自ら此処へ来ると思うか?」
玄也は首を真横に振ると、ニヤリと微笑んだ。
「いいや。恐らくは、別の奴がよこされて来るだろう。地球人とは、そうしたもんじゃ」
「なるほど……」
卑怯者だな。くちには出さなかったが、真紫の宇宙人は、そっと思った。
互いの命運をかけての話し合いだ。
お互い、リーダー同士でやるのが礼儀というものではないか。
或いは、卑怯なのではなく臆病なのかもしれない。
「話し合いの場には、儂も出よう」
玄也が言うのへ、クライオンネも振り返る。
「地球人の顔でも久しぶりに見たくなったのか?」
皮肉を交えて聞いてみたが、老人は無言だ。
すたすたと戸口へ歩いていったかと思うと、ピタリと足を止める。
しばらく何かを考えているようでもあったが、やがて玄也は答えた。
「……いや。どんな奴が代表として来るのかを、見ておきたくてな」
代表として送られてくるのは断じて総司令ではない。この予想には、自信がある。
地球人は野蛮だ。だが、同時に臆病でもある。
臆病だからこそ己を守るために野蛮になる。大昔から地球人とは、そういう種族であった。
だから、司令官を敵地に送り込むような勇気ある行動など取らない。
いや、取れないと言った方が的確か。
総司令ではないとしたら、誰が送り込まれてくるのか。
恐らくはサブリーダー的な技術者だろう。
できることならパイロットを送ってくれればいいのだが、と玄也は考えた。
彼の考えた念動式ロボットを扱える者が、地球に三人もいるとは予想を超える結果だった。
念動式はパイロットの意志通りに動かせる反面、肉体、及び精神にすさまじい負荷を与える。
発表してはみたものの、玄也は自分以外にアレを使いこなせる者が出てくるとは思っていなかった。
現に発表したばかりの頃は、どの国も渋い反応を見せていたではないか。
乗れる人間を制限する機体は、戦闘機向きではない。
どんなに機能が良くても、量産できなければ実用には伴わない。
学会では、そう否定されて凹まされた。
あれに耐えられるほどの強靱な精神力を持った奴が、三人もいるというのだ。アストロ・ソールには。
一度、彼らの顔を見てみたい。そんなことを考え、玄也は期待に口元を歪ませた。


Bソルに護衛されるかたちで、戦闘機が編隊を組んで飛んでゆく。
目的地は、もちろん突如姿を現した漆黒の戦艦だ。
春名と一緒に戦いたいと志願した助スタッフが、それぞれに乗り込んでいる。
子供だけで行かせることに反対したスタッフも、勿論たくさんいた。
それでも最後は結局『Q博士の決定は絶対のもの』というルールの前に、彼らの出撃は決まった。
とはいえ、交渉が決裂して戦闘が始まったら全機撤退するように言ってある。
彼らの乗る戦闘機は武器も外してあった。
武器を搭載しているのなんて、クレイと春名が乗り込んでいる機体ぐらいなものだ。
運転席にクレイを乗せた戦闘機は、横に春名。そして後部座席にはミグがチョコンと座っている。
緊張しているのか、先ほどから春名は口数が少ない。いや、ほとんどしゃべらず無言であった。
俯いて、さっきからずっと考え事をしている。
祖父と対面した時の会話でもシミュレーションしているのだろう。
少しでも彼女の緊張をほぐしてやろうと、クレイは通話機を使って話しかける。
日頃無口な彼にしては珍しい行動だった。
『大丈夫だ』
「…………え?」
春名が、ぼんやりと顔をあげる。
何が大丈夫なの?と目で聞き返す彼女に頷くと、クレイは続けた。
『春名は必ず俺が守る』
一瞬、春名は何を言われたのか判らないようであったが、すぐに笑顔を作ると「あ、ありがとう」と、ぎこちなく笑う。
「交渉だけですよ?戦闘は、ありません。ですから春名が心配する必要などないのです」
後部座席からも春名を心配する声がかけられ、春名はそちらにも頷いてみせた。
「う、うん。危険かもっていう心配はしてないの。ただ……」
「ただ?」
聞き返すミグへ、俯きがちに春名が答える。
「……お爺ちゃんが、私のこと……覚えてなかったら、どうしようって」
もし、お爺ちゃんが宇宙人に洗脳されていたとしたら、春名を覚えていない可能性だってある。
再会して、「お前は誰だ?」などと言われたら、どうしよう。
話し合いにすら、ならないんじゃないだろうか。
ブレイク・ソールを出てから、ずっと悩んでいた。
説得なんて気軽に引き受けるんじゃなかった。
でも、ここで引き受けなかったら、お爺ちゃんとは二度と会えないんじゃないかと思ったから……
『大丈夫だ。肉親のことは、そう簡単には忘れるものではないとQ博士が言っていた』
暗くなる春名の心を救ったのは、やけにキッパリと断言するクレイの電子声であった。
お得意のQ博士からの受け売りだが、今はプラス方向で励ましてもらうのが何よりも嬉しい。
なので、もう一度「ありがとう」とお礼を言い、後部座席へも振り返った。
「ミグさんも、ありがとう」
ミグの返答は淡々としたもので、「礼はいりません」と無表情に言い返すと、こう締めた。
「その代わり、春名は自分の役割を完璧にこなして下さい。博士の期待を裏切らないで下さいね」
「う、うん。がんばる」
緊張にぎこちなく頷く春名へ、クレイも声をかけた。やはり通話機越しではあったが。
『気負う必要はない。家にいる感覚で話した方が上手くいくと、カリヤも言っていた』
今度はカリヤからの受け売りとは。
いかにも陽気なブラジル男が言いそうな伝言に、堅くなっていた春名もプッと吹き出す。
窓から宇宙を見る。周りを飛んでいる戦闘機は中学時代の友達だ。
スタッフばかりではない。
博士も友達も皆、春名を信頼し、春名の身を案じている。
そう考えると、心強くなってくる気がした。
そうだ、今は俯いて悩んでいる場合じゃない。前を向いて、真っ向から祖父と話し合おう。

敵戦艦は思ったよりも小さくて、目視で測ってみてもブレイク・ソールの半分ほどしかないと思われる。
近くで停止した春名の戦闘機にBソルから通信が入った。
『あたしは外で待機しているから。何かあったら、あんたに渡した通信機で連絡してよ?』
頼もしいヨーコの言葉に、春名も頷く。
「うん。いざとなったら、頼りにしてるからね!」
元気よく応えたというのに、ヨーコの応答は素っ気ない。
『頼らないで自力で逃げてくる、ぐらいのことは言って欲しいわね。じゃあね』
もしかしたら単なる照れ隠しだったのかもしれないが、とにかく冷たい一言を最後に通信は切れた。
励ましたいんだか不安要素を増やしたいんだか判らない通信に、春名はじっと手の中のモノを見つめる。
出がけ、Q博士から渡された通信機だ。
もし宇宙人達に危害を加えられそうになったら、それを押してくれと言われた。
Bソルとブレイク・ソールに信号が伝わり、すぐ助けに行けるという寸法らしい。
手の中のモノをぎゅっと握りしめ、視線を戦艦へ移した。
「……ね。この戦艦、どこから入るのかなぁ?」
春名が尋ねると、直後にミグが指を差す。
「クレイ、右下前方が開いています。あの場所から入れと言いたいようですね」
クレイは頷き『了解だ』と短く答えると、戦闘機を四角い穴へ近づけていった。
戦闘機が入っていくと、黒い戦艦に開いていた穴は音もなく閉まってしまう。
まるで春名達を吸い込んでしまったかのように。
その様子を遠目に見守りながら、別の戦闘機に乗り込んでいる有樹が呟く。
「……大丈夫なのかな、ホントに。クレイ達が人質に取られるって事はないよね?」
誰にともなく尋ねたのだが、それに答えられる者はいなかった。
戦艦内に収納されたクレイ達は、戦闘機を降りるよう指示を受ける。
指示してきたのは真紫の肌をした、どこからどう見ても地球人ではない奴だった。
「うわぁ……」
思わず声をあげる春名を見て、真紫の人は苦笑したようだった。
失礼な態度であるが、しかし春名のことはクレイもミグも笑えない。
何故なら、二人も真紫の肌に驚いてしまったからだ。
考えてみれば、宇宙人を間近に見るのは、これで二人目である。
戦う相手の姿を見たことがないというのも、おかしな話だが、それが戦争なのかもしれない。
「私の肌が珍しいようですね?」
流暢な地球語に春名が目を丸くする横では、クレイが何か通信機へ打ち込んだ。
『地球の言葉が上手なのは、何故だ?』
質問に質問で返されて真紫の人は再び苦笑すると、それでも丁寧に答えてくれた。
「気になる相手は徹底的に調べる。我々は、そうやって語学を知りました。――こちらへ」
道を促され、ミグが無表情に頷く。
「行きましょう。雑談は無用です」
もっと色々話してみたいとクレイも春名も思っていたのだが、スタスタ歩き出されては、それも叶わない。
仕方なく、歩き出した男とミグの後について、二人も歩き出した。

案内役の男に通されたのは、見るも鮮やかに真っ白な部屋だった。
部屋に入った瞬間、先ほどとは違った意味での「うわぁ」が春名の口から飛び出し、彼女は部屋を見渡した。
その部屋には何もなかった。
壁、床、天井の全てが白く塗られており、窓がない。
窓だけではなく家具すら置いていなかった。
じっとしていると、ここがドコなのか忘れてしまいそうになる。
外見は真っ黒なのに、部屋は白いとは。極端な戦艦だ。
妙な感心をしていると「まもなく司令官が此方へ来ます。それまでお待ち戴きたい」と一言残して、案内役の男が通路を戻っていくのが、閉まりかけた扉の向こうにチラリと見えた。
完全に扉が閉まると、さっき入ってきたばかりの入口が何処にあったかさえも見失ってしまう。
「変な部屋だよね……」
呆然と呟く春名へ頷き、クレイも周囲を見渡した。
天井の四隅にあるデッパリ、あれは多分隠しカメラか何かが設置されているのだろう。
微かにジーという機械の振動音が聞こえるから、何らかの装置で観察されているのは間違いない。
また、よくよく目を凝らして床を見てみると、丸い筋が入っている。
床が開く仕組みになっているらしい。
不意に筋の入った部分が光り、床から誰かが迫り上がってきた。
「ひゃあ!」と驚く春名を背に、クレイは身構える。
ミグも無表情に見つめていたが、淡々と呟いた。
「大丈夫ですよ、クレイ、春名。相手は人型です」
床下はエレベーターになっていたらしく、迫り上がってきたのは二人の人影。
一人は案内役と同じ種族の宇宙人だが、もう一人は明らかに地球人っぽい肌の色をしている。
白い髭を伸ばした白髪の老人を見て、春名が小さく声をあげた。
二人目は紛れもなく地球人、春名の祖父であった。
大豪寺玄也その人が、まさか交渉の場に出てくるとは。
「ほぅ……交渉役に子供を二人もよこすとは。どういう意図か判りかねるな」
真紫が呟き、大豪寺玄也は春名とミグに、じぃっと視線を送っていたが、やがてゴシゴシと目を擦り出す。
「……どうした?ゲンヤ」
だが真紫に名前を呼ばれ、爺さんは首を捻って呟いた。
「んんん、儂の目はおかしくなったのかのぅ?青い奴の後ろに、うちの孫娘が見えるようじゃ」
たまらず春名はクレイの影から飛び出して、叫んだ。
「お爺ちゃん!」
呼ばれた方は顔を綻ばせ、春名の肩をポンポンと叩いた。
「おぉ、やっぱり春名か!おおきくなったのぅ」
かと思えば、またまた首を捻り尋ねてよこす。
「しかし、お前。あんな戦艦で、こんなトコに来て。何をやっとるんじゃ?学校はどうした、学校は」
訝しがる祖父へ、春名は素直に答えた。
「学校って、高校?それどころじゃなかったよ、だって空襲されたんだから!」
「ほぅ、では中学も中退か……苦労したんじゃのぅ」
悩ましげに目を瞑る祖父へ首を振り、「それは卒業したの」と訂正する春名。
突如始まった祖父と孫娘の会話に、真紫の奴は勿論のこと、ミグもクレイもポカンとしている。
二人の大豪寺は、場の空気も読まずに再会を喜び合った。
「中学を卒業して、なら、なぁーんで戦艦に乗る羽目になったんじゃ?」
「あ、それは色々あって……」
「ふむ、色々か。まぁ、それはいいとして、宏彦は元気でやっとるか?」
「え、あ、パパ?パパは、その……」
「ん?どうした」
「あー……ゲンヤ、ゲンヤ、ちょっといいか?」
後ろからツンツンと真紫が肩を突いてくるも、玄也はさっぱり取り合わず、孫の話に耳を傾けている。
「パパは、ママと一緒に東京で空襲に遭って……だから私ずっと、お婆ちゃんと一緒に暮らしてて」
「……そうか……苦労したんじゃのぅ、春名」
「うん……」
しんみりする孫を抱きしめ、しんみりする祖父の耳元で、ついにたまりかねたのか紫色の男が大声を出した。
「ゲンヤ!!!」
いきなりの大声に「うぉっとぉ!」と思いっきり飛び跳ねた玄也は、仲間の男を振り返る。
「なんじゃ、大声を出さんでも判っとるわい!」
「判っていないから呼んだんじゃないか!」
相手も大声で言い返すと、改めてごほんと咳払いを一つ。
「再会の喜びは後にしてくれたまえ。今、我々が話し合わねばならないのは、そのような会話ではないはずだ」
話を元へ戻す男に目をやりながら、ミグもこっそりクレイへ囁いた。
「やっと本題に入れそうですね」

真紫の男はクライオンネと名乗り、もう知っているかもしれないがと大豪寺玄也を紹介する。
知っているも何も、先ほどあれほど親しい会話をしたばかりの春名である。
玄也がしまらない笑顔で春名をクライオンネに紹介し、またしても孫と祖父の会話が始まりかける。
しかしミグが、冷たい声による自己紹介で空気を元に戻した。
最後にクレイも電子音で自己紹介をし、玄也の目がクレイを捉える。
「……先ほどから気になっておったんじゃが」
目はクレイに定めたまま、彼は孫に問いかけた。
「こやつは、何者じゃ?」
春名はキョトンとする。
「何者って?」
何者も何も、今、自己紹介したばかりじゃないか。
クレイが地球人か否かを問いているのだとしたら、答えはイエスだ。
なので「クレイは、正真正銘の地球人だよ」と答えたのだが、玄也は首を振って言い直した。
「そうではない。こやつは春名、お前にとって何なのだと聞いておる。こやつもだが、そこの」
ミグを指し「この二人は、お前とはどういう関係柄なんじゃ?学校の友達ではあるまい」と重ねて問う。
いつの間にか情けない笑顔も消えており、厳格な祖父に少し怯えながら春名は答えた。
「どういう間柄って……な、仲間だよ?」
「仲間?アストロ・ソールという組織と、お前は仲間だというのか?」
「う、うん……」
再度の問いに頷いてみせると、祖父はしばし天井を仰いで考え事をしているようであった。
かと思えば、眉毛を吊り上げ怒った顔でクレイを怒鳴りつける。
「さては儂を説得するために春名を拉致しおったか!どうなんじゃ?答えろ、そこの青いの!」
「お、お爺ちゃん!失礼だよ、クレイに謝って!!」
怒る孫を無視し、激しい怒りの剣幕で再度玄也がクレイに食ってかかる。
「儂の為に春名の幸せを壊す事は、断じて許さんぞ!」
「お爺ちゃん……」
激しい剣幕は、春名の身を案じてだった。そうと判り、春名の両目が涙で潤む。
だが、感動している場合ではない。
このままではアストロ・ソールが誘拐犯にされてしまう。
「お爺ちゃん、聞いて!誘拐されたんじゃないよ、私は自分から入ったの!」
「自分から入っただとォ!?」
素っ頓狂な声をあげる祖父へ頷くと、春名は言った。
祖父の目を真っ向から見つめ、きっぱりと。
「そう。自分から入ったの。宇宙人を地球から追い返す為に!」
……まぁ、厳密に言うと、入ろうと思った直後は、そこまで決意をかためていたわけではない。
春名がアストロ・ソールの仲間に入ろうと思ったきっかけは、二つある。
一つは、元同級生達の身を案じてのこと。
そして、もう一つは青い髪のパイロット――ブルー=クレイに興味を持ったからであった。
お父さんもお母さんもいない存在だとQ博士から聞いた時、春名は彼を不憫に思った。
だって幼い頃の記憶がないなんて、祖父や両親と遊んで貰った記憶もないなんて。
春名ですら、うんと小さい頃は、堅物だった父や教育ママになる前の母と遊んだ記憶があるというのに。
彼の堅苦しい話し方も、少し気になった。
堅苦しいというか、事務的な話し方が。人工で生まれてきた事と、何か関係があるんだろうか?
そもそも、なんで青い髪の毛?地球人だと博士は言っていたけれど。
とまぁ、そんなわけで。
気がついたら近所の人への書き置きを残し、足は中学廃墟へ向かっていた。
つまり春名的には、宇宙人を撲滅するという物騒な考えが最初からあったわけではない。
最初のきっかけは、あくまでもクレイとの出会いである。
ブルー=クレイの存在が、彼女をアストロ・ソールへ惹きつけたといっても過言ではなかった。
ちらっと横目で春名がクレイを伺うと、クレイも春名を見つめていることに気がついた。
それは祖父も気がついたようで、質問の矛先がクレイから春名へと移される。
「春名。もしかして、お前はこの男を……」
「ち、違うの!そういうんじゃなくって、えっと、あのね?」
赤くなって遮るも、祖父はひときわ大きな声で質問の続きを言い放つ。
「好きなんじゃな?見れば判る」
判っているなら、なにも皆がいる前で言わなくたっていいじゃない!
カアッと頭に血が登った春名は、負けじと大声で言い返した。
「だから、好きって言っても、そういうんじゃないんだったら!もう、お爺ちゃんはすぐそうやって話を大きくするから、パパにもママにも嫌われてたんだよっ」
みたび始まった孫と祖父の会話の後ろでは、クレイがそっと小声でミグに尋ねているのが聞こえた。
「ミグ、パパというのは何だ?」
「父親ですよ。父親の愛称です」
長々と無視される形で立っていたクライオンネも、ゴホンゴホンと二度咳払いして、注意を呼びかける。
「ゲンヤ、また話が逸れているぞ。我々が聞きたいのは、身内の恋愛話ではなく地球人の総意だろうが」
「おぅ、スマンスマン」
孫にもクライオンネにも謝る恰好で玄也は頭を下げ、厳格な表情へと戻った。
「では、聞くが――」
視線が再びクレイへと向けられる。厳格な顔のまま、祖父は尋ねた。
「ブルー=クレイと抜かしたな、青いの。貴様は儂の孫のことを、どう思っておる?」
「ゲンヤ!!!」
度重なる脱線に、クライオンネはもう我慢の限界臨界点だろう。
眉間に寄った無数の縦皺が、ちょっと怖い。
たまらず春名も「お爺ちゃん、しつこいってば!ちょっとは空気を読んでよ!」と叫んだのだが、クレイは律儀にも無表情に応えた。
『大切に想っている。俺にとって春名は大事な仲間であり、大切な人間でもある』
「ほぅ?」
周囲の雑音なんのその、全く気にせず玄也が片眉を吊り上げる。
「大事に想っとる割には、通話機での会話か……貴様、口がきけぬわけでもあるまい。何故自分の口で話そうとせんのじゃ」
「お爺ちゃん、クレイはちょっとシャイで、だから、その」
慌てて春名がフォローに入るも「お前は黙っとれい!」と祖父に怒鳴られて、ビクッと震え上がった。
その彼女を守るように、クレイが一歩前に進み出る。
しばらく玄也と睨み合った後、今度は通信機を使わずにナマの声で答えた。
「……失礼した。俺は、俺の声が、あまり好きではない。だから通話機を使った」
小さく呟くと、深々と頭を下げる。
これには春名が驚いてしまって、「ク、クレイ、失礼なのは、お爺ちゃんのほうだから!」と慰めた。
「ふん。何が嫌いじゃ、良い声をしとるくせに」
失礼なお爺ちゃんこと玄也はニヤニヤ笑いを口元に浮かべていたが、その顔が不意に引き締まる。
「先ほどパイロットだと名乗っとったが、オヌシは、どのソルに搭乗しておるんじゃ。赤いやつか?」
「そうだ」
短く答え、クレイは目の前の老人の目を覗き込んだ。
一体、この会話に何の意味があるというのだろう。
無意味な会話で時間を延ばされるのは、勘弁願いたい。
春名が素直だから、血のつながりがあるという彼女の祖父も素直な人間かと予想していた。
とんでもない。この老人は、とても素直と呼べるタイプの人間ではなかった。
後ろの奴が地球人の総意を聞き出せと命じているのに、全く無視という傲慢な態度からも性格の一端が伺える。
大豪寺玄也という男は、リュウに勝るとも劣らない相当な自由人気質と思われた。
「オヌシがブレイク・ソールを守っているも同然、というわけか……面白い」
何が面白いんだとばかりに背後で大きく溜息をついているのは、もちろんクライオンネである。
交渉にもならない会話の連続で、彼も呆れているのだろう。
無言で見つめるクレイを見つめ返し、玄也が笑う。
「良い目をしておる。オヌシは生粋の軍人ではあるまい。いや、アストロ・ソール自体が私設団体か?」
首を縦にも横にも振らず、クレイは無表情に答えた。
「質問の意味が判りかねる」
その背後ではミグも頷き、クレイに同意する。
「その質問は、今の場に置いて重要ではないと判断しました」
「ふん。その答えが答えになっとるわい」と玄也は納得したようで、重ねて問いかける。
「では、本題に移るとするか。儂らの望みは、ただ一つ。貴様らの戦艦の廃棄だ。貴様らが戦艦を廃棄すれば、我々は大人しく星に帰る。断れば、我々は対立することになろう。貴様らの返答は二つに一つじゃ。戦艦を廃棄するか、これ以上の戦いを望むか。どちらだ?」
いきなりの本題、しかも究極の二択に春名はビックリする。
しかしミグとクレイにとっては、さほどビックリな質問でもなかったらしく。
二人はヒソヒソと何か小声で遣り取りしていたが、やがてミグのほうが淡々と答えを出した。
「それは私達の一存では決められません。一度戻ってQ博士に意見を求める必要があります」
普通の返答だが、玄也は意地悪く笑うと、クレイを挑戦的に見つめる。
「ほぅ、自分達では決められないと申すか」
何故か武家語の祖父に、思わず春名が突っ込んだ。
「何言ってるの、当たり前でしょ!?」
戦艦を破棄するかどうかなんてこと、責任者でもない限り決められっこない。
というか、むしろ勝手に決めたら怒られるのは、こっちである。
それくらい、祖父だって判らないわけではあるまい。
威嚇気味に睨みつける孫娘に対し、玄也はあくまでも挑戦的に言い放った。
いや、正確には春名に言ったのではなくクレイに言ったのだった。
「貴様は代表として、ここへ来とるのじゃぞ?それが自分で自分の意見も決められんで、どうする。貴様の意見が地球の意見だ。我々は、そのつもりで話を聞いていたのだがな」
なんと今までの、まるっきり近所の世間話みたいな会話も大切な交渉の一端だったようだ。
傍らではクライオンネも驚いている。春名もビックリ、もはや開いた口も塞がらない。
驚く二人を余所に、どこか右斜め四十五度にカッ飛んだ交渉は続けられた。
「なお、貴様が戦艦を放棄できなんだら、春名は儂の元に残ってもらう」
玄也の言葉に、クレイの眉がピクリと反応する。
「春名を引き取るつもりなのですか?」
ミグの問いに玄也は頷き、ニヤリと笑う。
「野蛮な貴様らに預けておくなど、危険すぎるからな」
負けん気が強いのか、ミグも淡々と言い返す。
「野蛮なのは、お互い様です。あなた達も戦艦を所持しているではありませんか」
ミグの言葉にクレイも深く頷き、やや怒った表情で続けた。
「春名は渡さない。ずっと行方をくらませていた無責任な者に、春名を預ける事など出来ない」
言いたいことは何となく、判らないでもない。
ないが、しかし、クレイの言い分は、かなり失礼でもあった。
玄也は春名の肉親なのだから、孫が危険な事に関わっていれば引き取ると言い出すのは当たり前。
それを、春名とは赤の他人であるクレイが引き留める権利などない。
ずっと行方不明だったのだって、何も玄也は、そうしたくてやっていたのではない。
誘拐されて宇宙にいたのでは不可抗力であり、玄也が責められる謂われなど、これっぽっちもないのだ。
だが老人が気を悪くした様子もなく、彼はどこか楽しんでいるようにさえ思えた。
「渡さない、だと?」
尋ね返され、クレイは強くコクリと頷く。
「そうだ。育てる責任を放棄した者に、身内を名乗る資格はない」
育てる責任を放棄したのは、春名の両親だ。祖父に責任を押しつけるのは、少々的外れな気がする。
そう茶々を入れようとするが、玄也がドンドコ話を進めていくので、春名は入る機会を失った。
「そうかもしれんな。だが、それでも身の危険があれば心配するのが身内と言うもんじゃ。貴様は、春名の身の安全を完璧に守れると抜かすつもりか?危険な武器を携えた戦艦に乗りながら!」
「春名は俺が必ず守る。守ってみせる」
どこまでも平坦な口調だったが、クレイの返事には力が込められていて、固い決意を感じさせた。
すると玄也はニヤリと笑い、挑戦的に指を突きつけてきた。
「口先だけでは信用ならんな。絶対に守ると言うのなら、その実力を見せてもらおうか」
「どうしろと?」
強気に睨み返しながら尋ねるクレイへ祖父は答えた。
「決まっとるじゃろう。昔から、勝負と言えばタイマンに決まっておる。クライオンネ、八つ足改を出せ!貴様は地球の誇る赤いソルで来いッ、勝負じゃ!」


地球の命運をかけた交渉は、いつの間にか祖父とクレイのタイマンで勝負を決めることになった。


論点が、またしてもズレている。
――真っ先に、それに気づいたのはクライオンネだった。
「ちょっと待った!ゲンヤ、戦艦放棄の話は何処へ行ったんだ!?」
そう、それ。確か、それを決める話し合いになっていたような気がするんだけど。
春名も慌てて「そうだよ!大体、その一騎討ちに何の意味があるの?」とツッコミに加わったのだが、祖父はさらりと受け流し、ニヤリと不敵に笑みを浮かべた。
「春名、クライオンネ、地球には昔から武士道という言葉があってな。大切な交渉は、一対一の決闘で決着をつけるキマリになっておる」
祖父は何時代の話をしているのだろう。
十七年間地球で生きてきた春名だが、一騎討ちで物事を決めるルールなんて聞いたことがない。
ましてや地球の命運をかけた交渉を、そんな適当極まりない私闘で決めないで欲しい。
そうなのかと納得するクライオンネはさておき、春名は怒鳴った。
宇宙人は騙せても、地球人は騙しきれない。
「そんなの初耳だよ!」
怒る孫娘へ目をやり、玄也は「お前は女だから知らんのだ」と、またも豪快にスルーすると、いきり立つ祖父は、同じくいきり立つクレイへ挑戦的な目を向けた。
「勝負だ、地球の戦士。貴様が勝てば、我々は大人しく引き下がろう。儂が勝てば春名は引き取り、貴様らの戦艦は潰させてもらう。判ったな!?」
どこまでも一方的な押しつけルールに春名は反発して怒鳴ろうとするも、クレイが先に答えてしまった。
「判った。勝負だ」
売り言葉に買い言葉とは、まさに、この事である。

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