BREAK SOLE

∽85∽ 最終勧告


結局レーダーに何の反応も見られないまま、ブレイク・ソールは月の基地へ無事到着できた。
「ブレイク・ソール、着艦完了しました」
淡々としたミグによる報告、そして艦長命令で艦内アナウンスが流される。
「Aソル、及びCソルの搬入を急げ!」
瞬く間に発着ブースと基地の入口、そして格納庫はスタッフで溢れかえった。
忙しなく往復する整備班の連中を横目に、ヨーコが博士へ質問する。
「ソルを整備している間、クレイお兄ちゃんとピートは待機なんですか?」
「それなんじゃがの」
Q博士が話し出した直後、バタバタと慌ただしく走ってきたのはピート。
「博士!ナイスアイディアが浮かんだんだけど、聞いてくれる!?」
「何よ、ナイスアイディアって」と呆れるヨーコを押しのけてQ博士の前に飛び出すと、ピートは息せき切って話し始めた。
「あのさ、次の戦闘だけど、オレはヴィルヴァラで出るから!」
即座にヨーコからは「ハァ?」と心底馬鹿にした目で見られたが、構うことなく続ける。
「わかってるって、ヴィルヴァラは両手と片足が負傷してるって言いたいんだろ?でもCソルを一から作り直すよりは、まだヴィルヴァラのほうが負傷率低いし!で、インフィニティ・ブラックも捕まえてあるんなら、あいつらに修理やらせてやってよ!アストロ・ソールの皆よりは、ヴィルヴァラの扱いになれてるからさ」
まくしたてるピートを気の毒そうに見つめ、Q博士は困ったような顔で頭を掻いた。
「いやぁ〜、張り切っているのに悪いんじゃがの。ダイゴウジ博士とは、何としてでも戦闘を回避して欲しいんじゃよ」
今度はピートが「ハァ?」となる番で、彼はQ博士に食ってかかる。
「なんで!あいつら、地球の敵だろ!? ゲンヤ博士がハルナちゃんの肉親だから?だったら、なんでオレがいるインフィニティ・ブラックには平気で攻撃を仕掛けたんだ!」
最初からピートがインフィニティ・ブラックにいると判っていたのならば、戦況も変わっていた。
彼がパイロットだというのは、かなり後の報告で知ったのだ。今の状況と一緒にされては困る。
「あんたの命と念動式開発者の命を一緒くたにしないでもらえる?」
ヨーコの皮肉を、慌ててT博士が窘める。
「コラ、ヨーコ!なんてことを言うんじゃっ」
「やっぱりそうかよ!オレのこと、オレの命なんてゴミだと思ってたんだな!?」
皮肉をまともに受けてギャーギャー騒ぐピートを押さえつけ、U博士とQ博士が左右から交互に宥めすかす。
「思っておらん、思っておらんよピート。ゴミである命など、世の中には一つもないんじゃからのぅ」
「そうですよ。地球人を殺すな、それが我々の合い言葉ではありませんか」
「じゃから、ダイゴウジ博士も助けてやらねばならん」
「あなたもインフィニティ・ブラックにいるならいると、最初から言ってくれればよかったのです」
「そうすりゃソルを突っ込ませたりせず、話し合いの場を設けたんじゃがの」
「ただ、会見の場にKが来てくれるかどうかは、甚だ疑問でしたが」
などと両サイドから、まん丸頭とポッチャリ系に押しくらまんじゅうされ。
「あーッ!もう判ったよ、終わったことだしオレも水に流してやるからっ」
うんざりしたピートは両手を振り回して、両博士を押しやった。
三人の遣り取りを眺めていたR博士も横から口を挟む。
「ともかく、ヴィルヴァラの修理もおこなう予定になっておる」
「え?どうして」と尋ねるヨーコとピートの二人へ頷くと、R博士は渋い顔になった。
「万が一の為にじゃ」
万が一。
本当に万が一だが、春名が玄也の説得に失敗した時の為。
そしてCソルの修理が間に合わなかった時の為にも、Aソルと平行作業でヴィルヴァラも修理させていた。
何しろ、この作戦に失敗は許されない。
アストロ・ソールは地球の全信頼をかけて戦っている。
最後まで完璧に地球と敵対する宇宙人を倒さなくては、地球の勝利とは言えないのである。
ヴィルヴァラ修理にあたり、インフィニティ・ブラックの一部から協力を得たという。
君のお兄さんも格納庫にいるぞと言われ、ピートは喜び勇んで駆けていった。

格納庫では、Aソル及びCソル、そしてヴィルヴァラの修理としてスタッフが作業に入っていた。
アストロ・ソールのメンバーだけではない。
捕虜として捕えられたインフィニティ・ブラックからも、何人か混ざっている。
「しっかしメリットはともかくとして、お前までが協力を申し出るたぁな!」
周りの音に負けない大声で話しかけてくるリュウを一瞥し、黒髪の少女は素っ気なく答えた。
「地球に対する恨みが消えたわけではありませんわ。ですが、念動式発案者を塵に変える手伝いができるのならば、私は喜んで手を貸します」
「塵に変えるのは最終手段よ、アリアン」
すかさず横からメリットが突っ込むも、アリアンは悠然とそれを無視した。
「私の頭脳は認めて下さらなかったのに、あの男の頭脳は認めた……それを許すわけにはいかないのです。えぇ、断じて」
ギリリと唇を噛みしめヴィルヴァラの剥げた装甲を貼り直す彼女に、リュウは何を思ったのか、いきなり大声で笑い飛ばした。
「ハッハハ!なんだ、アリアン。お前の戦いの起立点は逆恨みかよ、オイ!何かと思えば、小せぇ!小せェなぁ。もっとスゴイ理由かと思って期待しちまったじゃねーか!」
「……なんですって?」
自分の思いを侮辱され、アリアンの視線は自然と険しくなる。
大体リュウも科学者の端くれだというなら、実力を認めて貰えない悔しさも判りそうなものなのに。
鋭い眼差しで睨みつけられても、リュウが怯えた様子はない。
笑いすぎて浮かんだ目元の涙を指でぬぐうと、彼はニヤニヤしながらアリアンの頭を軽くこづいた。
「その程度の理由で戦ってたんじゃ、Kが途中で諦めなくても負けてただろうぜ。ちょうど良いタイミングで戦いが終わって良かったな」
まるっきり頭から小馬鹿にした調子のリュウを睨みつけ、アリアンは叫んだ。
「何が良かったというんですの!?」
リュウは肩を竦め、Aソルのコンソールをチェックする作業へ手を戻す。
「なぁに。死ななくてよかったって事さ。あのまま籠城してたら全員が砲撃の餌食になってたんだ。Kの計らいに感謝しろよ?」
「勝手に基地を自爆させた男の何に感謝しろと言うんですの!?」
いきり立つアリアンの勢いを止めたのは、メリットの冷たい一言だった。
「あの廃棄ステーションは元々、彼の財産で買い取った物よ」
どこか遠くを見つめるような視線で、手元は違わずヴィルヴァラの腕部品を組み立てている。
「私達があれの扱いを、どうこう言う権利などないわ」
大人二人に言い負かされそうになり、アリアンはふくれっ面でメリットに八つ当たりをぶつけた。
「裏切り者が、よく吠えますこと!そもそも、インフィニティ・ブラックが負けた要因は、あなた方にもあるのではなくて!?あなた方がKの元を去っていったから、Kは精神のバランスを崩したのですわ!」
しかしメリットも然る者、全く退かずに淡々と言い返してきた。
「あなたは、あなたの頭脳を皆が認めてくれないから地球を恨んだのでしょう?ならKに頼らず、最初から自分の力だけで戦えば良かった。そうすれば負けなかった。あなたの誇る頭脳が、あなたの思う勝利へ導いてくれたはずよ」
厳しい言い方だが、正論だ。
ますます劣勢に追い込まれ、アリアンの体は怒りと悔しさでブルブルと震えた。
「一人で戦えって、たかが十歳の小娘に何の力があるとおっしゃりたいの!?」
いつの間にかアリアンたち三人の周りには、人垣が出来ている。
手の比較的お留守な助スタッフ達が、興味津々でチラ見しているようであった。
特に猿山などは、完全に手を休めているではないか。ちょっとした雑談のつもりが大事になってきた。
「人間死ぬ気になりゃあ、何だってできらぁ。年齢のハンデなんざ屁でもねぇんだぜ。年齢を盾にするようじゃ、やっぱりお前に復讐は達成できなかったんだよ。諦めな」
リュウが辛辣に言い、メリットも頷く。
「私は友達の仇が討ちたかった。彼の仇が討てるのならば、私の命など惜しくもなかった。あなたには、あなたの命をかけてでも目的を果たすという覚悟があったの?」
「な、なによ……なによ、二人がかりで!二人して子供を言い負かして、楽しいっ!?」
皆がこっそり見守る中、アリアンは悔し紛れに工具を床に投げつけると、わぁわぁ泣き出した。
さすがに騒ぎを聞きつけて、ジョンが走ってくる。
「おい、何をやっているんだ!ケンカはやめろ、お前らも作業に戻れっ」
注意され、わらわらと助スタッフが持ち場へ戻る中、ジョンは座り込んで泣きベソをかく少女を慰める。
「まったく、ひどいグラサン達だよな。君を泣かすなんて……ほら、あいつらの雑談には構わないで、真面目に仕事をしよう。な?」
しかしながら口論で叩きのめされた少女の癇癪は簡単には収まらず、泣きじゃくりながら抱きついてきたアリアンに、ジョンのほうがタジタジとなる。
「お、おい。ちょっと……ど、どうしよう?これ」
助けを求めてきたので、リュウは軟弱青年にアドバイスをしてやった。
「バカヤロウ、女が抱きついてきたんなら慰めてやるに決まってんじゃねぇか。とりあえず、ここを離れて落ち着ける場所につれてってやれよ」
「わ、わかった」
ビクビクオドオドと、まるで挙動不審な不審者よろしく立ち上がると、ジョンはアリアンの肩を恐る恐る抱いて、よろよろ格納庫を出ていった。
「大丈夫かね?あいつ。十歳の小娘相手に、あそこまでビクつきやがってよ」
呆れるリュウに、メリットも溜息をつき「雑談は、そろそろ終わりにしましょう」と締めたのであった。


アストロ・ソールが急ピッチで修理作業に勤しんでいる間――
対レーダー壁に身を隠した戦艦内でも、緊急会議が開かれていた。
大豪寺玄也は何故、絶好のチャンスだというのに奴らへ攻撃を仕掛けないのか?
議論は、その一点に集中していた。
彼らこそがサイバラ星から来た最後の敵対者であり、大豪寺玄也率いる地球撲滅部隊である。
四方八方からの問いに対し、黙って批判を受け入れていた玄也が顔をあげる。
「今はまだ、攻撃の時間じゃない。攻撃を仕掛けるのは、奴らが完全に作業に入ってから――だ。今、ようやく搬入が終わったばかりじゃろう。だから、あと五分は待たねばな」
「しかし」と憤るのは紫の肌の男。
サイバラ星の原住民であり、玄也に同調して地球を滅ぼしに来た戦闘員の一人だ。
「今、奇襲をかければ戦艦もろとも全ての戦力を失わさせる事が出来るじゃないですか」
「だが、奴らに反論の余地を与えてしまうことにもなる」と、玄也。
ピクリと反応し、窓際に立つ男が呟く。
「反論の余地……奇襲は卑怯だ、という言葉か?」
「そうじゃ」
男へ頷き、玄也は皆にも頷いてみせる。
「我々は正々堂々と戦うと言った手前、正々堂々と戦わなければならん」
宣言したのは玄也だが、そうさせたのは、この戦艦に乗っている全員だ。
大豪寺玄也は、メンバー全員の意見を代表して宣言したに過ぎない。
「従って、あと五分で降伏勧告をしかけ、応じるようであれば話し合いの場を設けよう。だが……逆らうようなら、その時は全面戦闘じゃ。戦艦には戦艦を、戦闘機相手には儂が出る」
できることなら、話し合いで戦艦を放棄するよう促したい。
地球人の野蛮な部分には目を覆いたくなるものの、全ての地球人が悪だとは思っていない。
だから、野蛮な部分だけを削げばいい。すなわち厄介な戦力である、奴らの戦艦を潰す。
アレさえ潰してしまえば、この戦艦にいるメンバーや、サイバラ星に残る連中も納得するはずだ。
そして、玄也自身も。
考えてみれば、地球が野蛮にも宇宙人へ反撃してきたのは玄也にも原因があったのだ。
自分が念動式ロボットを考案しなければ、戦いはもっと早くに決着がついていたかもしれない。
全ての念動式を自分の手で叩き壊すことで、玄也は戦いの因果にケリをつけようと考えた。
ソルと呼ばれる機体。そして戦艦を潰せば、自分の中の地球への未練もなくなるに違いない……


ソルの修理が始まって五分が過ぎた頃だろうか。
自室でカルラの手当を受けていたクレイは、不意に嫌な予感がして立ち上がる。
この嫌な感覚……アメリカで宇宙人が奇襲してきた時と同じだ。
「カルラは、ここにいろ。俺は司令ブースへ向かう!」
言い残して走ろうとするクレイの腕を、しっかりと掴み『いけません』と妹が首を真横に振る。
「離してくれ!」
珍しく荒々しく怒鳴った兄に、カルラはやっぱり己のペースを崩さずに淡々と拒否した。
『お兄様の怪我は、まだ完治率五十パーセントといった状態です。今は養生が必要です』
ついカッとなり「離せ!!」と乱暴に妹を突き飛ばした途端、基地内にサイレンが鳴り響く。
続いて生活班の晃が部屋に駆け込んできて叫んだ。
「クレイ!博士が呼んでる、敵機が現れたって!」
が、クレイの返事がない。
少し近づいてみて、晃は彼の様子がおかしいことに気づく。
目を丸くしたまま、まるでボンヤリとしていて、心ここにあらずといった感じだ。
「クレイ?どうしたんだ、ぼーっとしちゃって。それに、そこに倒れているのはカルラ?」
足下に倒れる青い物体がカルラと判り、どうしたんだろうとばかりにクレイの視線を辿ったのだが、その顔が瞬時に驚愕へと変わる。
「って、えぇっ!!?えぇぇえええ!!!?
『晃はカルラを見ていてくれ。俺は司令ブースへ行ってくる』
驚愕に引きつる晃を置き去りに、クレイはそそくさと部屋を飛び出した。
晃はまだ悲鳴を上げていたが、クレイが逃げたと知り、慌てて戸口へ駆け寄った。
だが、すでにクレイの姿はない。
諦めて、カルラの元にしゃがみ込んだ彼は頭を抱える。
「どうするんだよ、これ?Q博士、これ見たら泣いちゃうんじゃないかなぁ……」
もう、むしろ自分が泣きたい。
晃が視線をやった先。そこには――
クレイに突き飛ばされた衝撃で、腕から先が粉々に砕けてしまったカルラが倒れていた。

司令ブースでは、全員が正面のモニターに見入っている。
それもそのはず、例の蜘蛛型がパワーアップした形で宣戦布告をしてきたからだ。
正確には宣戦布告ではない。地球側の降伏を促す、投降勧告だ。
「先を越されてしまいましたね」
淡々と呟くミグに、T博士も苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「話し合いの場、か。どのみち我々には降伏の選択肢しか残されておらんようじゃがの」
どうする?などとQ博士へ訊く者は、この期に及んで一人もいない。全乗組員が腹を据えていた。
「春名ちゃんを話し合いの場へ向かわせましょう」
そこへ飛び込んできたのは、クレイ。
『博士、敵が現れました』
メインモニターに目をやった彼は、無言でQ博士の側に近づいてくる。
「うむ、見ての通りじゃ」
Q博士も頷き、クレイを見上げた。
「どうじゃろう。クレイ、春名ちゃんと一緒に話し合いの場へ参加してみては?」
当のクレイではなく、周りの面々に動揺が走る。
「えぇ!?」
「ク、クレイがですか?」
Q博士は、にこやかに笑い「そうじゃよ。クレイが地球の代表になるんじゃ」と答えた。
実際の説得は春名に一任しているのだし、クレイはせいぜいボディガードの役だろう。
向こうは責任者を出せと言ってくるかもしれないが、何も相手の要求に乗ってやることもない。
こちらとしては、何としてでも大豪寺玄也と大豪寺春名を接触させなければ意味がないのだ。
だが、このQ博士の思いつきは、とんでもない方向へ飛び火した。
「クレイが行くのですか?なら私も同行します」
意外な場所から声があがり、T博士は仰天する。
「な、何を言っておる!ミグ、これは遊びではないんだぞ、危険じゃ!!」
それに対し、ミグの反応は冷ややかで。彼女は冷たい視線でT博士を一瞥し、無感情に応えた。
「クレイを行かせたのでは、無言のうちに押し切られてしまいます。彼の通訳を私がおこないます。春名も、それでいいですよね?」
いきなり話題をふられ、春名は慌てて頷いた。
「あ、う、うんっ!み、ミグさんがいてくれたほうが、私も安心するしっ」
感情的な春名と無言のクレイ。
この二人だけよりは、冷静なミグも一緒のほうが安心できる。
交渉の場には、フォロー役も必要だ。
「では、ヨーコとピートは万が一に備えて格納庫で待機。それから……助スタッフの皆も、戦闘機に乗り込んで宇宙でのガード役をやってもらうかのぅ」
Q博士がテキパキと指示を送り、皆が再び忙しなく動き出す中、T博士は情けない下がり眉で最愛の娘に思い直しを促した。
「のぅ、ミグや……本気でついていくつもりなのか?お前は戦闘力がない。もし襲われたら、クレイ一人では二人を守り切れんかもしれんのだぞ?」
だがミグの答えは、あっさりしたもので。
「大丈夫です。私はクレイを信じています。ですからT博士もクレイを信じて下さい。クレイが必ず、私達を守ってくれるということを」
首を真横に振ると、頑固に言い切ったのであった。

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