BREAK SOLE

∽88∽ メッセージ


戦闘機で戻ってきたミグとヨーコを迎え入れたのは、T博士とオペレーターの二人であった。
「いいのかい?あんたのBソル、あのロボット野郎に任せたら粉々になっちまうかもしれないよ」
軽口を叩くデトラを横目でチロッと一瞥し、ヨーコは通り過ぎさまにヒラヒラと手を振ってみせた。
「地球の運命をかけた一戦なのよ?誰が戦ったって、ソルはボロボロになるに決まってるじゃない」
「ほォーゥ」と、なおも口元を憎々しげに歪めたデトラが挑発してくる。
「ボロボロになるってのは否定しないんだね」
ぴたり、とヨーコが足を止めた。
「えぇ」
怒ってしまったのかといえば、そうではない。
向こうをむいたままの口元には笑みが浮かんでいるし、瞳も輝きを失っていない。
「悔しいけど、あの蜘蛛型相手じゃ、お兄ちゃんでも手こずるわね。でも」
くるっと向き直り、ヨーコは挑戦的に指を突きつけてきた。
「ボロボロになったっていいのよ、この一戦が終わればソルだって用無しになるんだから!」
「そうですね」と真っ先に頷いたのは、ミグ。
「ついでにソルの破棄も出来ますし、一石二鳥です」
「まぁ確かに破棄の方法については色々と試行錯誤の段階じゃったが……」
T博士は苦笑し、デトラも呆れたかボリボリと頭を掻く。
「そういう問題なのかねェ」
「ですが、博士。ソルの破棄よりも先に、やってもらいたいことがあります」
いきなりの話題転換に、T博士が「何をじゃ?」とミグへ尋ねると、彼女は淡々と応えた。
「大豪寺博士とブルー=クレイの一騎討ちを、全国レベルで中継発信して欲しいのです」
T博士とヨーコ、そしてデトラの声が綺麗にハモる。
「中継?」
「そうです」
ミグは頷き、窓の外へ視線を移した。
蜘蛛型とBソルが向き合う、さらに向こう側には黒い戦艦が控えている。
「一騎討ちが終わる直後に戦艦の攻撃がくるであろうとクレイは予測しています。ですから、それをやらせない為にも、全国規模での中継電波発信は必要なのです」
淡々と語るミグから本心を読み取るのは、たとえT博士が育ての親といえども難しい。
博士はウゥムと唸った後、「Q博士と相談してみよう」とポツリ呟き、せかせか歩いていく。
その後をチョコチョコとミグがついていき、二つの背中を見送りながらヨーコがデトラへ話しかける。
「一騎討ちなんか全国放送して、どうしようっていうの?お兄ちゃんを英雄に祭り上げようって魂胆かしら」
「さぁねぇ。そんな事をしなくても、あたしらは地球じゃ英雄扱いになってるってのにねぇ」
そう言って、デトラは肩を竦めた。
ともかくも、発着ブースにいたのではミグが何を狙っているのか判らない。
ヨーコもT博士に負けないほどのセカセカした足取りで、司令ブースへと走っていった。

正面のモニターには、黒い機体と青い機体が映されている。
黒い方は玄也博士が乗っているのであろう敵の機体、通称『蜘蛛型』だ。
以前見た時とは微妙に姿が異なり、四本だった足は八本に増えていた。
「一騎討ちを全世界へ中継放送ですか……出来ないことはありませんが、それに何の意味が?」
T博士に持ちかけられ――正確にはミグの案なのだが――U博士が眉を潜める。
蜘蛛型とBソルは互角、いや、負傷の少ない分だけ蜘蛛型のほうが有利に見えた。
クレイも善戦してはいるのだが、何しろ慣れない機体の上に自身も怪我を負っている。
「中継なんかしてる暇はないだろ!?それよっか、ヴィルヴァラを早く直してくれよ!」
ピートは喚き、遅れて入ってきたヨーコがモニターを見て「もう始まってるじゃない」とぼやいた。
「で、どうすんの?中継。電波飛ばすのはいいけどさ、不意討ち放送じゃ誰も見て」
「見てくれます。少なくとも軍やマスコミ、そして宇宙人は電波を拾ってくれるでしょう」
ミグがピシャリと断言する。
全身から溢れでんほどの満ちあふれた自信にQ博士は首を捻り、彼女へ尋ねた。
「どうしてかのぅ?」
「アストロ・ソールが戦闘中に電波を発信すれば、敵は見ないわけにはいきません。そして各国のマスコミや軍隊も、この戦いに注目しています。彼らは必ず、こちらの発信に気づくでしょう」
だからさぁ、とイライラした調子でピートが口を挟む。
彼としてはミグの訳が判らない作戦なんかよりも、機体の修理を何よりも急いで欲しかった。
サイバラ星人との戦闘が終われば、恐らく全ての作戦が終了する。
そして今、地球の命運をかけた最後の戦いが目の前で展開しているのだ。
地球のヒーローとなるには、今を置いて他にない。彼はまだ、己の夢を諦めきれずにいた。
「そんな中継やって何になるの?電気の無駄遣いは勘弁しろよな、今はただでさえ修理で忙しいのに!」
ミグは彼を無視すると、まっすぐ博士達を見つめた。
「修理を後回しにしてでも、戦いの中継を優先して下さい。二人の戦いが終わる前に」
それは、つまりクレイを一人で戦わせっぱなしにしろと言っているも同じではないか。
AソルかCソル、或いはヴィルヴァラを修理して戦場に向かわせた方がいいに決まっている。
勝機に近い行動を捨ててまで、どうしてミグは中継をしろなどと言うのだろう。
「何故です?どうして、あなたがそれを重要視しているのか、理由をお聞かせ願えますか」
穏やかながらも不服そうなU博士へ目を向けると、ミグは淡々と応えた。
「最初に大豪寺博士は言いました。卑怯な地球人に鉄槌を下すと」
ウム、とあちこちで博士やらスタッフが頷く。
大豪寺玄也率いるサイバラ星人が初めてアストロ・ソールの前に現れた時、彼は確かに言っていた。
卑怯な振る舞いをする地球人を、けして許さない――
「逆に捉えれば、サイバラ星人側は、けして卑怯な行動をしないという意味にもなります」
フムフム、と判ったような判っていないような顔で頷く皆を見渡して、ミグは一旦言葉を切る。
ちらりとモニターを一瞥すると、Bソルの放った蹴りをスレスレでよける蜘蛛型が見えた。
「そこで。この宣言を逆手に取る為にも、二人の戦いを実況中継する必要があると私は判断しました」
「玄也博士に卑怯な真似をさせないため……か?」とドリクが尋ねるのへは、首を振る。
「違います。正確には、玄也博士の背後にいる敵戦艦の行動を制限します」
どうやって?
一人もくちにはしなかったが、皆の目が疑問に彩られた。ミグは、さらに淡々と続ける。
「玄也博士の行動を、実況中継で褒めるのです。この一騎討ちは正々堂々とした戦いだ。騎士道精神に乗っ取った博士の行動は素晴らしい。奇襲で基地を破壊することもできたのに、あえて我々の前に現れた度胸は褒めて讃えるべきだ――と」
敵を褒め讃えろだって?クレイではなくて、玄也博士を?
まだミグの言わんことが理解しかねるといった面々の中、一人だけ素っ頓狂な大声をあげた奴がいる。
「……あ!そっか、そっか、なるほどねぇ〜」
ポンと手を打ったのはカリヤだ。彼は何度も頷きながら感心したようにミグを見た。
「卑怯な真似を敵戦艦にさせないため、この一騎討ちを利用した中継をしろと!そう言いたいわけだ」
「その通りです」と、ミグも頷く。
口調は淡々としているが、少女の口元は僅かに微笑んでいた。
やっと理解してくれる人が出た喜びだ。
一騎討ちで勝つにしろ負けるにしろ、クレイ及びBソルは続けて敵戦艦とは戦えない。
今だって全く互角なのだ。玄也博士の乗る念動式ロボットと。
そこを戦艦に狙い撃ちされたら、たまったものではない。
ソルと一緒に基地にいる全員が、お陀仏になってしまう。
ブレイク・ソールを発進させておくという手もあるが、戦艦を出してしまえば全面戦闘は免れまい。
せっかく一騎討ちで全てを決める、などという提案を向こうから出してくれたのだ。
それを利用しない手はない。
「では、中継の準備を致しましょう」
いそいそとU博士が出て行き、スタッフ達も準備を始める。
カメラを取りに倉庫へ向かう者、通信回路のチェックをする者など全員が慌ただしい中、何故か自分の席で化粧を始めたメディーナにカリヤが首を傾げる。
「おい、ちょっと?何、化粧なんかしちゃってんの?それどころじゃないでしょ〜が」
「あら、だって全世界に放送するんでしょ?あたしの顔がテレビに映るかもしんないじゃない」
呆れるカリヤへ、彼女は、すまして答えた。


生活ブースにいる面々も、発着ブースで気を揉む連中も、そして戦闘機に乗り込んだ皆も見た。
いや、そればかりではない。
地上に残って猿山の帰りを待つ水岩倖も、街頭テレビで見た。
真っ黒な星空で戦う、二つのロボットを。

『ご覧下さい!見えるでしょうか、あの黒い戦艦が!彼らは地球を滅ぼすために現れた、サイバラ星の宇宙人です。ですが、彼らは紳士的にも条件を繰り出してきました。それは、一騎討ちです!騎士道精神に基づいて一騎討ちで勝負をつけようと、彼らは申し出てきたのです!地球のロボットと一対一で戦って、地球人が勝てば何もせず、母星に帰るというのです。これを騎士道精神と呼ばずして、紳士と呼ばずして、何と呼べばいいのでしょうか!今まで我々地球人を苦しめてきた、多くの宇宙人とは違い、清々しささえ感じられます……!』

褐色の黒人アナウンサーは繰り返し、二つのキーワードを唱えていた。
すなわち「紳士」と「騎士道」である。
いかに、この一騎討ちが正々堂々とした戦いなのかを熱烈に絶賛し、その上でソルを応援していた。
街頭テレビに見入る人々も、揃って青い機体を応援した。
青い機体には見覚えがあった。
あれはBソル、アストロ・ソールのロボットだ。
となれば、八本の足が生えたロボットは宇宙人のロボットか。
いかにも悪者っぽい禍々しいデザインである。
Bソルに乗っているのは誰だろう。
普通に考えるならヨーコだけど、この一騎討ちは地球の命運をかけた勝負だとTVは言っている。
クレイだと、いいなぁ。
そんなことを考えながら、倖も皆と一緒に応援した。
ただし大声を出すのは恥ずかしいので、心の中で……だったけど。
がんばって、クレイ。負けないで。
彼女は何度も、心の中で祈りを繰り返した。


「ブレイク・ソールより電波の発信がありました!さかんに飛ばしています、傍受しますか!?」
電波受信を報告するオペレーターへ頷くと、クレイオンネも映し出された中継放送に目をやった。
繰り返される実況を聞いているうちに、彼の頭にはカァッと血が登り、かと思えば腹立たしげに席を立つ。
「……まったく、小賢しい奴らだ。地球人というのは!」
「ど、どうかしましたか」
状況が判っていないオペレーターが尋ねると、クライオンネは苦笑する。
「奴らはゲンヤの発言を逆手に取り、我々の攻撃を封じる作戦に出たようだ」
モニターを指さし、皆を促した。
「ちゃんと聞いてみろ。奴らが我々をどう表現しているのかをな」

騎士道精神。
正々堂々。
卑怯ではない振る舞い。
紳士的な宇宙人……

全て、サイバラ星人を褒め讃えるような言葉ばかりを並べている。
アストロ・ソール側から見れば一方的に宣戦布告、かつオマケに奇襲までしてきた相手なのに。
最初の宇宙人との戦いが始まった経歴まで、彼らは全世界へ伝えた。
宇宙人が空襲してきたのは、アメリカ軍が宇宙船を問答無用で落としてしまったからだ。
この戦争の発端は我々地球人が犯した罪であるとまで言い切った。
恐らくはアメリカ軍にも断りを入れず、アストロ・ソールが独断で流しているのであろう。
そうでなければ、ここまで思い切った放送は出来ない。
地球の軍隊が犯した罪を隠蔽せず、真実を伝えた上で民衆には謝罪し、サイバラ星人を褒め讃えた。
危険視されても仕方のない野蛮な地球人に対し、正々堂々真っ向から勝負を申し込んでくれた紳士だと。
ここまで言われてしまっては、今さら基地を攻撃なんて出来やしないではないか。
基地を攻撃した瞬間から、アストロ・ソール及び地球側には戦う口実を与えてしまう。
先手を取るチャンスを与えられておきながら、攻撃できない。
「しかし、あれは所詮ゲンヤの――地球人の発言ではないですか。我々とは関係ない」
口を尖らせてオペレーターが反論する。
クライオンネは首を振った。
「彼がサイバラ星人を名乗って発言してしまった以上、そのような言い訳は後付に過ぎない」
何とも悔しい状況である。
やっと、ここまで来たのだ。母星を裏切ってまで、飛び出してきて。
ここで地球人の主体となる軍を叩かずして、何のために、ここまで来たというのやら。
――だが、卑怯者と野蛮人に罵られたくはない。
そんな辱めを受けるぐらいなら、いっそ戦わない方がマシというもの。
この中継は、一騎討ちに乗じてサイバラ星人と和平を結ぼうという地球流のメッセージなのだ。
いいだろう。基地を攻撃するのは中止だ。
一騎討ちの勝敗がつき次第、もう一度彼らと交渉をしようではないか。
その上で彼らが軍艦やロボットを破棄しないというのであれば、戦いもやむを得まい。
我々は地球の武力を潰すために、はるばる此処まで来たのだから――

カメラを積んだ小型機で戦いを中継する一方で、ブレイク・ソールの司令ブースではカリヤがツバを飛ばして実況中。
主電源の半分をライブカメラに回してしまった為、Aソルとヴィルヴァラの修理完了は大幅に遅れることが予想された。
ドリクもアイザも皆、ただ黙って戦いの行方を見守っている。
こうなった以上はミグの作戦を信用し、それまでクレイには一人で頑張ってもらうしかない。
不意に通信機器が赤く点滅し、中央モニターから機器へ素早く視線を移したミカが叫んだ。
「敵戦艦より通信なのです!どうしますか、出ますですか!?」
「勿論じゃ」
即座にQ博士が頷き、R博士も尋ねる。
「奴らは何といっておる?」
「えっと……ですね」
イヤホンを耳に押し当て、たどたどしくミカは答えた。
「一騎討ちが終わり次第、もう一度交渉をしたいと言ってきていますです。和平を、結びたいと」
誰もがニンマリとなった。中継は、けして無駄ではなかったのだ。


クレイと玄也の戦いは、全くの互角となっていた。
はぁはぁと息を乱し、首筋をつたってくる汗を拭い取ると、玄也は忌々しげに呟いた。
「ちっ……人間、老いたくはないもんだのぅ」
イライラするのはクレイに対してじゃない。己の体力の衰えっぷりが苛立たしい。
もう少し若ければ、もっと長く、このバトルが楽しめるというのに!
地球の運命だの何だのと抜かしてみたところで、玄也にとっては、さして重大な問題ではない。
拉致された時点で地球に帰れるとは思いもしなかったし、それほど未練もなかった。
心配なのは家族の行く末だったが、自分が居なくても彼らはしっかりやってくれると信じていた。
それが図らずも地球へ戻ることになり、しかも相手は自分の考案したロボットで反撃してくるという。
自分の属する宇宙人側は、戦艦を造る技術力はあってもロボットのような小型を作る技術がない。
つまり玄也はロボットを自作して、さらに自分でそれを動かすしかないというわけだ。
自分が代表となって、自分の考案したロボットを操る地球人と戦う。
これで燃えない奴など漢ではない。

儂は結局、自分のロボットを使って、誰かと対戦してみたかったんじゃなぁ。

メインコントロールが警告音と共に危険パーセンテージを喚き散らす。
それを横目に、フッと玄也は微笑んだ。口元を歪めた、皮肉の笑みだった。
あと三十年ぐらい早くにブルー=クレイと出会っていれば。
そして、彼と戦うステージがあれば良かった。
先ほどから通信機を通して、やかましいほど孫娘が怒鳴っている。
それこそ、警告音に負けないほどの大音量で。そんなに怒鳴らなくても聞こえていると言ったのに。
『お爺ちゃん、もうやめて!こんな戦い、意味ないでしょ!?ねぇってば、聞いてる!? 聞いてるなら返事してよ、もう……馬鹿ァッッ!』
あまりにも無視しすぎたせいか、ややヒステリックになってきている。
そろそろ返事してやらないと、泣き出してしまうかもしれない。
玄也は春名のことなら、なんでも知っている。
彼にとっては最愛の孫娘、幼い頃はよく遊んでやったものだ。
息子や義娘にちっとも似ず、元気で優しい子に育った。それでいて、時に気が強く涙もろい部分もある。
春名が泣き出せば、クレイとやらも心配して戦いをやめてしまう恐れがあるだろう。
あいつ、春名に首っ丈のようじゃったからのぅ。
言葉に出さんでも判る。春名を見る時のあやつの目、儂が婆さんを見る時の目と一緒じゃった。
まだ幼いと思っておったが春名のやつ、いつの間にか年上の男を引っかけるまでになったとは。
しかも、かなりのイケメンときた。なんとも喜ばしい成長ではないか。
何度も失恋したあげく結局は見合いサイトの紹介で結婚した、甲斐性なしの父親とは偉い違いだ。
「春名、聞こえておるか?」
通信機へ呼びかけると、一拍の間を置いて春名が叫び返してくる。
『う、うん。もちろんだよ!』
ぐすっと鼻をすする音。こいつめ、やっぱり涙ぐんでおったか。
なので「なんじゃ、泣いておったのか?こ〜の泣き虫春坊が」と、ちょいとからかってやる。
『泣いてなんかないもん!』
すぐさま元気な声が返ってきた。
この様子なら、クレイも春名可愛さに戦闘放棄したりしまい。
「そうか、それでこそ儂の孫よ」
カラカラと笑うと、すぐさま玄也は本題に入る。
「それよりも春名」
『な……なに?』
「今から言う周波数に通信を併せてみぃ。面白い放送をやっておるでのぅ」
『えっ、えぇっ?ちょ、ちょっと待って』
通信機の向こうからはドタバタした足音と『白滝さん、紙ないですか?紙っ』という春名の声。
それに答えるのは少しガラの悪そうな男の声だ。
『メモか?そんぐれぇ持っておけよ、レディの嗜みだろ』
向こうは三人も乗っていたようだ。
てっきり春名とクレイの二人だけかと思っていたのだが。
ややあって、再び応答してきた春名に周波数を教えてやる。
その周波数とはアストロ・ソールが全世界へ発信した、この戦いの実況中継であった。
『え、えぇぇ?Bソルが映ってるぅ!?』と驚く我が孫へ、玄也は得意げになって説明してやる。
「わかるか?アストロ・ソールは、これを全世界の人間へ向けて放送しておる。全世界の人間が見ているとなっちゃ、途中で手を抜くわけにもいかん。この戦いは武士道、いや騎士道精神に乗っ取って正々堂々、最後まで決着をつけようではないか!」
『マジかよ!おいクレイ、無様な恰好だけは晒すなよ!!』
背後ではシラタキさんとやらが大声で喚き、春名も慌てて通信にかじりついてくる。
『お、おじいちゃん……もう止めたりしない。しないから、だから、勝負がついたら』
みなまで言わずとも春名の言いたいことなど、お見通しだ。
ニヤリと不敵に笑い、玄也は頷いた。
「うむ、攻撃しない。勝負がついた時点で、お互いに宣言しあおう。判ったな?クレイッ」
『了解した』
春名に替わって答えたのは、クレイ。
声は冷静だが、しかしハァハァと息を切らしているあたり、疲労はだいぶ溜まっているようだ。
考えてみれば連戦である。インフィニティ・ブラックと戦った傷も、まだ癒えていまい。
それで玄也と互角に戦うというのだから、このブルー=クレイという男。並大抵のパイロットじゃない。
「……楽しいのぅ」
ポツリと呟く玄也へ、クレイが応える。
『あぁ』
まさか独り言に反応されるとは思っていなかったので玄也は驚いたが、表面上は冷静に切り返した。
「ほぅ、オヌシもバトルに矜恃を感じる男だったか」
クレイは少し考え、それから答える。
『俺はソルに乗って戦うために生まれた。全ての地球人の命にかけても、敗北は許されない』
「ソルに乗るために生まれた?」
ソルを作った博士の息子かなんかだろうか?そう考え、玄也が聞き返す。
『Q博士は、ソルに乗せて戦わせるために俺という存在を造りあげた。俺は……人工人間だ。選ばれてパイロットになったのではない。パイロットとなるために、生まれた存在だ』
息子どころの話じゃなかった。
「なんと!それじゃオヌシはコマもコマ、使い捨てもイイトコロではないか!」
その扱いで、お前は本当に満足しているのか?
驚愕、そしてソルを作った人間への失望と怒りに震える玄也を叱咤したのは、彼の孫娘。
春名の激昂だった。
『使い捨てのコマなんかじゃない!クレイは、私達の仲間なんだから!!』
ガラの悪い声、シラタキさんも付け加える。
『そうだ、クレイは自分の意志で戦うと決めたんだぜ!何も知らねェアンタに、とやかく言われる筋合いはねェ!!』
「むぅ……」
二人がかりの反論に、思わず玄也も唸りをあげる。
自分の意志で戦うと決めたのならば、この扱いにも満足しているに決まっている。
むしろ誇りを持って、今日まで戦ってきたのだろう。
たとえ、それが司令官の思惑通りであったとしても。
「あいわかった。では互いの誇りをかけて……いざ!尋常に勝負再開じゃ!!」
『了解した!』
つかの間の雑談を終え、再び両者はバッと間合いを取って睨み合う。


――一騎討ちが始まってから、はや一時間が過ぎようとしていた。
ヴィルヴァラの修理作業が中断した為、再び倉庫に戻されたメリット達も戦いの中継は見ている。
携帯のモニターを持ち込んだスタッフがいたのだ。
「クレイ、蜘蛛型と互角ね。いや互角以上ね!クレイは必ず勝つよ、皆の為にも」
モニターの持ち主、崔が興奮気味に語るのへ、メリットも頷いた。
「えぇ、そうね。どんなに大豪寺博士という人が強くても、クレイとは背負っている物が違うもの」
滅ぼすために戦う。
守るために戦う。
どちらも手段に『戦い』を選んだ時点で、誇れる行為ではないとメリットにも判っている。
それでも『覚悟』を比べるなら、守るために戦う者のほうが覚悟の度合は上だろう。
自分が敗れたら、後がないからだ。
そう言った意味では帰る場所のある、攻める側のほうが気楽である。
「負けることなど許されませんわ」
部屋の隅で蹲っていたアリアンが呟く。彼女は暗い目でボソボソと呟いた。
「彼はKの志を踏み台にしてでも、生き残ったんですもの。それで何の関係もない宇宙人に負けるなど、たとえ全世界の人が許しても私は絶対に許しません」
Kの志……か。
それが何であったかを本当に、この少女は理解しているのだろうか。
アリアンを見つめていたメリットは、不意に悲しい気持ちが胸の内まで迫り上がるのを感じた。
同時に、泣きそうになっている自分にも気づき、慌ててモニターへ意識を戻す。
ちょうど蜘蛛型の頭が、Bソルの銃で吹き飛ばされた瞬間だった。
「やったよ!今のは致命傷だったね、これでクレイの勝利は完璧よ!」
バシンと激しく膝を叩いて大喜びの崔に、メリットの悲しみも引き潮の如く退いていく。
クレイは幸せ者だ。勝利を喜んでくれる人が沢山いる。
地球に戻れば英雄として、もてはやされるはずだ。
TVや雑誌にも引っ張りだこの毎日で、一生を優雅に送れるほどの財産を得られることだろう。
彼が、その生活を望むかどうかは別問題として。
関心無さそうに余所見していた他のメンバーも、いつの間にかモニターに見入っている。
「おい、本当にこれで終わりなのか?」
「もう、宇宙人は攻めてこないのかしら……」
口々に囁きあうのが聞こえたので、メリットは強く頷いた。
「えぇ。これで終わりよ。サイバラ星人は正々堂々と地球人に戦いを挑んできた、騎士道精神の宇宙人だもの」

▲Top