BREAK SOLE

∽83∽ 今しか、できないこと


部屋を出てすぐ、リュウは呼び止められる。
「兄さん」
目の前にいるのがクレイと判り、リュウはギクリとなったが平静を装って答えた。
「おぅ、なんだ?」
「ピートと何を話していたのですか?」
「いや、別に」
こいつ、まさか、さっきの話を立ち聞きしちゃいねぇだろうな?
そう思いつつも、当たり障りのない部分を教える。
「復帰したら皆と仲良くしてくれって、お願い――」
「ピートやメリットが国際裁判にかけられるというのは、本当ですか」
射貫くような青い瞳が、リュウをまっすぐ見つめている。
ウソをつくのは絶対に許さないといった、揺るぎない意志が見えた。
仕方なくリュウは頷く。
「あ、あぁ。けどよ、判るだろ?ピートはQ博士を裏切った訳だし」
「インフィニティ・ブラックへ荷担したからですか」
なんだ、判っているんじゃないか。
なら、わざわざリュウへ確認を取ったのは何故だ?
クレイの意図が読めず、今度もリュウは頷いた。
「まーな、メリットも同罪だ。あいつの場合は最初からだから、罪はピートよりも重くなるだろうぜ」
「ならば」
クレイは一呼吸入れてから、胸の間でつかえていた言葉を吐き出した。
「兄さんも国際裁判を受けなくては、いけないのではありませんか?」
彼の目を見た瞬間、リュウは直感で悟ってしまう。

こいつ、誰かの噂話を聞きやがったな!?

誰だか知らないが、迂闊な真似をしてくれるものだ。
せっかく博士や俺が言葉を選んで隠してきたというのに、台無しにしやがって。
クレイの両目は憂いの色で曇っている。
今にも泣きそうな辛さを、懸命に堪えていた。
これと同じ瞳を以前にも見た覚えがある。
月面散歩と偽ってクレイを宇宙へ連れだした時、スパイなのかとリュウへ尋ねたクレイは今と全く同じ目をしていた。
黙っているリュウに、再度クレイが尋ねてくる。
「どうなのですか」
どう答えるかと悩んだあげく、視線を外してリュウは答えた。
「あぁ、まぁな」
やっぱり、とばかりに瞳が怯むも、クレイはすぐさま踵を返す。
Q博士へ直訴する気だと判ったリュウは、慌てて彼の腕を掴んで引き留めた。
「ま、待てよコラ!」
「離して下さい!」
「離すわけにゃいかねぇ、いいから聞けって!俺はな、お前と違って最初から地球人を守るつもりなんか、さらさらなかったんだ!俺は単にテメェの好きな機械いじりができれば、どっちについても良かったんだよ。そんな自分勝手な都合で、この星に住む何千何万って人の命をシカトしようとした最低な極悪人だ。だから、裁判で公平に裁かなきゃいけねぇ。罪人を野放しにしとくわけにもいかんだろ?」
「でも、兄さんは罪人ではありませんッ」
叫んだ拍子にクレイの両目からは、ぽろぽろと涙がこぼれ出す。
流れる涙も構わず、ヒステリックに怒鳴り続けた。
「兄さんの発明には、アストロ・ソールも恩恵を受けています!受けた恩を仇で返すのは、人の道を外れていると思いませんか!?」
「いや、だからな?恩を仇で返したのは俺なんだよ。せっかくQ博士に才能を認められたってのに、勝手に宇宙人の元に下っちゃったんだからな」
宥め賺そうとするも、クレイは駄々っ子のようにブンブンと首を真横に振り、己の意見を曲げようとしない。
「ですが、兄さんは戻ってきてくれました。これからは、ずっと、一緒にいられるって……思ったのに……」
次第に言葉は途切れ途切れになって、クレイは涙を拭こうともせず項垂れる。
声を殺して泣き続ける彼を直視できず、リュウも俯き加減に謝った。
「……悪ィな、一緒にいられなくなってよ。だが、お前には春名ちゃんがいるじゃねぇか」
間髪入れずドンッと強く胸に飛び込まれたもんだから、一瞬息が止まるかと思った。
リュウの胸にしがみつき、クレイが潤んだ瞳で見上げてくる。
「兄さんは兄さんです。春名とは違う。俺は春名とも、兄さんとも一緒にいたいんです。どちらにも死んで欲しくない。どちらとも、ずっと一緒に暮らしていきたい」
ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝い、首筋を流れて服にも染みを作っていく。
ついには感情を抑えられなくなったのか、震える声でクレイは囁いた。
「兄さん……死んじゃ嫌だ。裁判になんか出ないで、俺と一緒に……逃げましょう。どこか、どこか遠い惑星まで逃げれば、きっと……誰にも、見つからずに暮らしていけます」
ずずっと鼻をすすり、頼りない目で見上げてくる。
リュウは彼の頭を撫でてやり、照れたように呟き返した。
「ばか。そういうプロポーズはな、春名ちゃんにしてやれって」
それにな、とサングラスを外してクレイの目を覗き込む。
「俺なんかと一緒に暮らしたら、悪い奴になっちまうぞ。お前だって、Q博士を泣かせたくねぇだろ?」
穏やかな目で見つめられ、これが普段ならば、リュウの心音でも聞いて大人しくなっている処なのだが……
しかしながら、今のクレイは人生最大の傷心中である。
むしろ優しく見つめられてしまったことで、ますますリュウへの想いは急上昇。
ぐいっと腕で涙を乱暴に拭うと、彼はキッパリ言い切った。
「たとえ兄さんが裁かれるつもりでも、俺は許しません。俺から兄さんを奪おうとする全ての者達を!」
長年クレイのことを従順な奴だと思っていたが、それは大きな間違いだったとリュウは今、気づかされる。
彼は従順なんじゃない。
命令に対して疑いを持たなかったから、素直に従っていただけだったのだ。
クレイは勢いよく腕を振り払い、唖然とするリュウを置き去りに廊下を走っていく。
「待てコラァ!」
おかげで我に返ったリュウも、慌てて彼を追いかけていかねばならないハメになった。

全力疾走のクレイに追いつけるはずもなく、リュウは途中から大きく引き離される。
やっと発着ブースに到着した時には、既に大勢のスタッフや博士が集まる大騒ぎとなっていた。
Aソルが起動している。乗っているのはクレイか。
射出口を塞ぐ形で仁王立ちしており、そのAソルへメガホンで呼びかけているのはU博士。
『クレイ!やめなさい、そんなことをしても何の意味もないではありませんか!!』
「なんだ?クレイは何をやろうとしてるんだ」
近くのスタッフに尋ねてみれば、慌てて振り返った彼は叫んだ。
「ク、クレイが、反乱を起こした!インフィニティ・ブラックのメンバーを解放しないと、Aソルの動力コアを自爆させるって!!」
「なんだって!?」
Aソルが自爆したところで、ブレイク・ソールは沈まない。
せいぜい、発着ブースが使い物にならなくなる程度の損傷だ。
修理に時間がかかるという難点はあるものの、クレイ一人の命をかけるほどの威力ではない。
そんなことは無意味、と呼びかけるU博士の説得はもっともである。
Aソルが応えた。外部音声に切り替えている。
『繰り返す……インフィニティ・ブラック、及び白滝竜とピート=クロニクルの国際裁判行きを撤回せよ。五時間以内に返答を要求する。こちらの要求が通らなかった場合、Aソルの動力を破壊する』
声は淡々としていて機械じみたものであったが、静かな怒りが含まれている。
クレイは本気だ。本気で自分の命と引き替えに、捕虜の命を救おうとしていた。
「こうなるからクレイには教えたくなかったんだ!あぁ、もう不用意な噂を奴に聞かせたのは誰じゃ!?」
T博士は頭を抱え、傍らではU博士からメガホンを奪い取ったR博士が怒鳴り返している。
『馬鹿を言うな、クレイ!お前には教えたはずだ、罪人は罪を罰されなければ更生も出来ないと!!』
リュウは素早く周辺を見渡し、Q博士の姿を探した。
だが、あのマンマル頭は何処にもいない。
司令ブースに残っているのだろうか。
己の子供が如く可愛がっている、クレイの一大事だというのに。
もしかしたら、また自室で寝込んでいるのかもしれない。
リュウがそう考えた時、Aソルから返事が来た。
『俺はピートを生かすために捉えました。裁判で殺すために生かしたのではありません。白滝竜は、自身の罪を充分反省しています。更生は裁判など受けなくても可能です。それに政治家の面目を保つための裁判で裁かれることが、本人のためになるとは思えません』
皆の視線が一斉にリュウへ集まる。
「……反省しているのか?」とシュミッドに聞かれ、リュウは一応頷いた。
「まぁ、あいつを裏切ったことに関しては反省したよ。可哀想な真似をしちまった……ってな」
R博士の呟きが聞こえる。
「クレイめ、小賢しい屁理屈を覚えよって!」
ついでに、ギリギリという歯ぎしりも。
しかし博士やスタッフ、そしてリュウが考えるほど、クレイは無感情なロボット野郎ではなかったようだ。
彼は思ったよりも、ずっと人間らしく成長していた。
それが悪い面として出てしまったのは、至極残念な話だが。
「言い合いで相手に負けてちゃ駄目だろ」
R博士からメガホンを奪い取り、リュウも呼びかける。
『クレイ!俺は裁判を受ける気満々なんだぜ。お前が何をやろうと、この運命を受け入れるつもりでいる!だからな、無駄な真似をすんな!蜘蛛型にも勝利すりゃ〜お前は地球のヒーローだ。人類の英雄が、ンなつまんねー命の為に体張って地獄に行く必要なんざねぇんだよ!今すぐ降りてこい!!』
本人にまで説得されて怯むかと思いきや、間髪入れずにクレイが怒鳴り返してきた。
『つまらない命など、この世には一つもありません!どの命にも生きる権利は、あります。兄さん、貴方も同じです。何千何万の命を巻き込んだのが罪と言うなら、この戦いで地球人を殺した俺達も同罪です。人の命は総数で換算されるものではありません。たとえ一つでも、命は命です。他人の命を奪った者が人類の英雄を名乗るのは、おこがましいのではありませんかッ!?』
「……お前だって言い負かされてるじゃん」
カリヤの突っ込みに「うっせ」と言い返しつつ、リュウも内心舌を巻く。
クレイに長年植えつけてきた道徳心が、土壇場で皆の足かせになるとは誤算だった。
「おい、育ての親はどうしたんだよ?また寝込んでんのか?」
ひそひそとT博士に問うと、博士はジッとリュウを睨みつけ首を真横に振った。
「いや、生活ブースにおる」
「生活ブース?何やってんだよ、そんなとこで」
言うか言うまいか、しばし葛藤があったようだが、結局T博士は素直に応える。
「……ハルナちゃんを説得しておった。ダイゴウジ博士を投降させられるのは、彼女しかおらんでな」
インフィニティ・ブラックの面々は死刑でも構わないが大豪寺玄也は助けたいと、そういうことか。
大豪寺博士は念動式の考案者である。
彼がいなければソルも完成せず、この戦いを地球側の勝利に導けなかったかもしれない。
この件、クレイにだけは絶対に知られたくない。
知ったら、ますます反乱は止められなくなりそうだ。
「説得ったってよ、戦艦で呼びかけたら向こうさん、絶対勘違いするぜ?降伏させるために孫娘を人質に取られたんだって」
「だからハルナちゃんをBソルに同乗させ、Bソルで降伏勧告するつもりじゃった」
ヨーコと打ち合わせをしていた矢先、いきなりクレイが駆け込んできたかと思うとAソルを起動した。
そして、この騒ぎである。
ピートの名前も出しているが、彼が一番助けたいのはリュウであることなど全員がお見通しだ。
「騒ぎの元凶は貴様なんじゃ。だから、クレイの説得を貴様に任せる」
背後からキノコ頭にも迫られ、リュウはもう一度メガホンで怒鳴った。
『クレイ、Q博士が泣いてるってよ!お前が馬鹿なことをしでかしたせいで――』
『Q博士に伝えて下さい!俺は、俺は博士の言いなりになど、ならないと!!』
これにはチッと舌打ちして、リュウは博士達を振り返る。
「まごう事なき反乱だな。どうする?」
「こいつがインフィニティ・ブラックに荷担していたこと、向こうへは報告済みなんですか?」とは、デトラ。
R博士は首を振り、答える。
「まだじゃ。全員の名前リストは、全ての戦いが終わってから送る予定じゃった」
「なら――」
彼女は腕を組み、素早く考えをまとめた。
「今ならまだ、挽回できるチャンスはありますね」
「何を?」と尋ねる博士へデトラはニヤリと不敵に笑ってリュウを見る。
「リュウ=シラタキが名誉を、ですよ」
「俺の名誉を挽回?一体何を思いついたってんだ」
リュウも興味津々、聞き返せば、デトラは得意げになって答えたのだった。
「リュウ。次の戦闘では、あんたもクレイと一緒に戦うんだ。Aソルに乗ってね。ま、ダイゴウジ博士の投降勧告が失敗した時の話だけどさ」
「失敗しなかったら?」
皆の質問には肩を竦めて彼女が言う。
「失敗しないに越したことはないじゃないか。作戦の合否にかかわらず、そう言っておけばクレイも納得するだろ」
一緒に戦うことでリュウが裁判を免れると言われれば、クレイは納得するだろう。
実際の作戦では、春名が玄也を説得する。
成功すれば全ての作戦が終了して皆は無事に地球へ帰れるし、失敗すればクレイの望む展開が始まる。
どのみち、このまま帰って裁判で死刑になるなら、リュウだって最後に大暴れの一つぐらいはしたかった。
「俺はいいぜ?クレイと一緒に戦ってもよ。ただ、問題は……」
スタッフ全員に見つめられては、R博士もT博士もデトラの案に賛成するしかなく。
「ま、お前さんの発明には我々も助けられているからのぅ。名誉は挽回できているようなもんじゃが」
「世間を納得させるには、少々足りないようじゃ。従って、Aソルへの同乗を許可しよう」
二人とも大いに納得していない調子でボソボソと呟いた。
「よし、メガホンを貸して下さい」
U博士が手を出してくるので、リュウはメガホンを返してやった。
こういう時、説明するのは大人しい人のほうがいい。
なんだってそうだが、頭ごなしというのは良くない。相手に警戒心や反抗心を持たせるだけなのだから。


艦内にあるモニターというモニター全てに、発着ブースの様子が映っている。
Aソルを通じて、クレイがモニタージャックしたせいだ。
生活ブースのモニターにも映し出されるAソルを、助スタッフの面々は心配そうに見守った。
「まったく、このタイミングで反乱とはね。Q博士、あなたの発明品も大した真似をやって下さいますね」
ソールの嫌味に博士が動じた様子もなく、Q博士は先ほどの話を繰り返す。
すなわち、春名にBソルへの搭乗および大豪寺玄也の説得役を引き受けさせようとしていた。
春名は渋っている。戦闘の場へ出る恐怖もあるが、彼女には大きな疑問もあった。
「でも、あの……お爺ちゃんが、本当に私の言うことを聞いてくれるかどうか……」
春名が何を言っても、お爺ちゃんは言うことを聞いてくれない。そんな気がしてならないのだ。
お爺ちゃんが頑固だというのではない。むしろ、春名には優しいお爺ちゃんだった。
ただ、今のお爺ちゃんは何か確固たる信念があって、それに基づいて動いているのではなかろうか。
義理堅い男だったと、まだボケる前のお婆ちゃんだって言っていた。
宇宙人に拉致された後、その宇宙人達と劇的な何かがあって――
具体的には説明できないのだが、とにかくあって、裏切ることができない状況に陥っているとしたら?
お爺ちゃんを助けたい。でも、苦しめたくない。そう考えると、どうしても躊躇してしまう。
「しかしのぅ、このまま戦えばゲンヤ博士といえども四対一、死んでしまうかもしれん」
死の文字が脳裏に浮かび、ハッと怯む春名へQ博士は遠慮容赦なく続けた。
「ハルナちゃんがゲンヤ博士を説得してくれれば、クレイも重傷をおして戦わずに済むしのぅ」
Aソルがボロボロになって戻ってきたのは、皆が知っている。
あれだけ機体がボコボコなのだから、中に乗っていたクレイが重傷なのも当然だろう。
「重傷なのに……捕虜を助けるため、戦ってるんだね」
ぽつりと笹本が呟く。

それと比べて、自分はピートに何をしてやっただろう。
お見舞いと称して、彼の不幸に同情を寄せた程度だ。
ピートが怒るのも無理はない。
彼が本当に欲しかったのは、社交辞令程度の友情なんかじゃなかったんだ。

有樹が叫んだ。
「だ……大豪寺さん!やろうよっ、俺達にも出来ることをやろうよ!」
「そうだよ!」
わっ、と他の仲間も彼女を囲む。
「お爺さんと話せる、最後のチャンスかもしれないんだ!」
「ちゃんと話しておかないと、春名、あとで絶対後悔するよ?」
「そうね、それに……」
有吉も輪の中へ加わり、真っ向から春名を見る。
「私達、助スタッフって言いながら、一度もアストロ・ソールの為に役立ったことってなかった。私達が今までやってきたことって、パートのおばさんでも出来る程度の手伝いだったよね?でも、今、大豪寺さんが求められている仕事は、大豪寺さん。あなたにしか出来ない仕事よ」
「私に……しか?」
瞳が叫んだ。
「もちろん、春名だけには任せないよ!」
秋子も春名の肩を叩いて、勢い込んだ。
「そうだよ、あたし達だって春名と一緒に戦うから!」
少年少女は、くるりとQ博士を振り向いて、口々に騒ぎ立てる。
「僕達にも戦闘機を貸して下さい!」
「大豪寺さんにだけ、責任を押しつけないで!」
「俺達だって、説得できるんだ!」
「皆で説得すれば聞いてくれるよね」
しまいにはワーワー騒ぐ声だらけとなって、誰が何を言っているのか判らなくなってくる。
ソールは呆れて肩を竦め、春名はソラと一緒に潤んだ瞳で皆を見つめた。
「みんな……」
耳元でギャーギャーうなる声に、とうとうQ博士も根負けしたのか。
「わ、わかった、わかった!」
手振りで皆を鎮めると、それぞれの顔を見渡した。
「説得とはいえ、相手は攻撃してくるかもしれん。キケンじゃぞ?それでもいいんじゃな」
そんなの、聞かれるまでもない。重々承知だ。
「判っています」
晃がコクリと頷く横では、猿山が叫ぶ。
「そのキケンなことを大豪寺にやらせようってんなら、俺達だってイチレンタクショウだぜ!」
一蓮托生などという難しい言葉を猿山が知っていたことに驚きながら、晃は続けた。
「大豪寺さんは、僕達にとって大事な友達です。友達が危険に挑もうとしているのなら、僕達も協力しなければ。それが本当の友情ってやつですよね」
「難しい言葉なんて、いらないでしょ?」
横から優が突っ込んでくる。
「大豪寺さんを一人だけ怖い目に遭わせたくない、それだけで理由は充分じゃん」
「あたし達、ホントはヨーコやクレイの手伝いだってしたかった……」
ぽつりと秋子が言い、視線をモニターへ移す。モニターには、未だ赤い機体が映っている。
「でも、怖かったんだ。戦闘で死ぬかもしれないって思ったら。でも、でもね?」
真っ向からQ博士に挑みかかり、今まで溜まっていた心のモヤモヤを全てぶつけてきた。
「このままじゃいけない、駄目だって、これじゃ、あたし達なんのために、この船に乗ってるのか、わかんなくなるって思ったの!だから、春名の戦いぐらいは手伝いたいんだ!お願い、手伝わせてッ」
Q博士はニッコリ微笑むと、まっすぐ頭を下げた。
「よかろう。こちらから、お願いしたいぐらいじゃ。ゲンヤ博士の説得は、諸君らにお任せしよう」
「……!」
思いがけぬほど、あっさりとした返事に皆は一瞬固まるも、お互いに互いの顔を見合わせる。
「やったぁぁぁ!!」
「では、戦闘機を用意しておこう」
Q博士の説明はまだ続いていたのだが、皆の歓声に包まれて何も聞きとれなくなった。

司令ブースのモニターも、当然のようにジャックされている。
これでは、もし蜘蛛型が接近してきたとしても、姿を確認すら出来ないだろう。
艦長ドリクも、クレイと博士の遣り取りを苦い顔で聞いていた。
国際裁判の噂が艦内で流れ始めた頃から不吉な予感はしていたが、まさか此処まで思い切った行動を取るとは。
不意に「いやぁぁぁぁっ!」と悲鳴が聞こえて、皆の意識はそちらへ向く。
叫んだのはナクルで、彼女は机に突っ伏した。
ちょうど、クレイが一つの命について朗々と語った直後だったと思う。
「ナクル、どうしたッ」
駆け寄って抱き起こしてやれば、ナクルは子供のように泣きじゃくっている。
「嫌よ、嫌ぁ……もう、嫌ッ!どうして、どうして地球人と戦わなきゃいけないの!?」
「ナクル、しっかりしろ!」
「もう、いいじゃないっ!終わりで、いいじゃない……もう、終わりにしてよぉっ」
ペチペチと頬を叩いても意味がない。
ナクルは泣きベソをかいて泣き言を漏らす。
今まで張りつめていた何かが、彼女の中でプツリと音を立てて切れてしまったようでもあった。
なおもナクルへ呼びかけるドリクに手をかけ、メディーナが耳元でそっと囁く。
「彼女、ずっと悩んでいたんです。ほら、ブレイカーを撃った相手が地球人だと判明した時から」
三機のロボットと戦った時か。
リュウの話によれば、あれにはインフィニティ・ブラックの面々――地球人が乗っていたらしい。
自分の押したスイッチのせいで、地球人が二人も死んだ。
そう思えば、ナクルの苦悩も判らないではない。
しかし、あれは避けられない戦いだった。反撃しなければ、もっと酷い結果になっていたはずだ。
リュウや博士も言っていたではないか、これは戦争であると。戦争で敵にかける情けなど必要ない。
「彼女を休ませてあげて下さい」と囁くメディーナへ頷くと、ドリクはナクルを立たせてやる。
「ほら、ナクル。部屋へ行こう……君には休息が必要だ」
泣きじゃくるばかりで返事もできない彼女を支えるようにして、司令ブースを出ていった。
二人がいなくなると、いっそう室内は静まりかえる。
発着ブースの騒ぎで人が殆どいなくなっていた。
野次馬で出ていった者もいれば、騒ぎを静めるために出ていった者もいる。
ここに残っているのなんて、エクストラ三姉妹の他はニ、三人ぐらいだ。
周囲の騒ぎには一切関わらず、冷静にコンソールを操るミグへ、隣のミクが囁きかけてくる。
「皆さん、精神的にお疲れのようですわね。ソルの修理だけではなくて、スタッフの休息も必要なのではありませんか?」
ミグはコクリと頷き、モニターへ目を向けて呟き返した。
「パイロットにも休憩が必要です。今、蜘蛛型に襲われたとしてもクレイは冷静に対処できないでしょう」
発着ブースでの反乱は、どうやら収まったようだ。
Aソルのハッチが開き、クレイが顔を出している。
話を拾い聞きするに、次の戦闘ではリュウやハルナも戦場へ出るらしい。
忙しくなりそうだ――色々な意味で。
ミグも心の奥で何かの決心を固めると、静かに博士の帰りを待った。

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