BREAK SOLE

∽82∽ おかえり、ピート


星の海を、静かに戦艦ブレイク・ソールが飛んでゆく。
さらに数キロ離れて、その後をつけていく影が一つ。
影といっても姿が見えるでもなく、その船もまたブレイク・ソール同様、レーダーを避けるシールドをつけていた。
「どうするのです?ゲンヤ」
操縦盤らしきものの前に座った、紫の肌をした者が背後に立つ老人へ尋ねる。
窓辺で星を眺める老人は、振り返りもせずに答えた。
「どうする、とは?」
「仕掛けないのですか?」
老人はニヤリ、と笑い首を真横に振る。
「いや、まだだ。奴らが基地へ艦を収納し、充分経ってからが頃合いじゃろう」
老人の名は、大豪寺玄也。
行方不明となっていた大豪寺春名の実祖父であり、念動式ロボットの発案者でもある。
だが今はサイバラ星人と手を組み、地球に敵対する者となっていた。
今も、こっそりブレイク・ソールの後をつけ、彼らが休息に入った瞬間を襲撃しようと企んでいる。
玄也が最も警戒するのはソルではない。ブレイク・ソール、大型戦艦そのものだ。
あれさえ破壊してしまえば、地球の軍事力は限りなくゼロに近くなる。
そうすれば、この戦いにも終止符が打てるであろう。
アストロ・ソールに宣戦布告した時は地球人を全て滅ぼすつもりでいた彼も、今は考えが変わりつつある。
戦いに対して戦いで応じるから、戦いは長引き終わらない。
アストロ・ソールとインフィニティ・ブラックの戦いを眺めているうちに、感じた想いであった。
とはいえ武力に対して言葉を投げかけたところで、地球人が聞き届けるほど素直な人種ではないことも知っている。
聞き分けのない子供をだまらせるには、武力を使うしかなかった。
だから玄也は、一番手っ取り早い作戦を選んだ。
敵の要となる武力を取り上げる。すなわち、戦艦の破壊である。
無論、戦艦サイズを破壊するには蜘蛛型だけでは戦力不足だ。従って、自艦と共に追跡を開始した。


――徐々に意識が戻ってくる。
最初に感じたのは、眩しい光。そして、両腕へ微かに残る痛みであった。
「…………オレ、生きてる…………?」
真っ白いベッドに横たわったピートは、二、三度両目を瞬き、呆然と天井を見つめる。
信じられなかった。意識が弾けた瞬間、あぁ、もう死ぬんだとばかり覚悟していたのに。
どうして、生き残れたんだ。
ヴィルヴァラに、緊急の脱出装置でもついていたんだろうか。
そうすると……今寝ている場所は、戦艦ブレイク・ソールにある医療室?
天井から自分の腕へ視線を落とす。両腕とも白い包帯が巻かれていた。
「お目覚めですか?」
不意にドアが開いたので、ピートは慌てて壁際に顔を背ける。
聞き覚えのある声だった。
救護班の一文字刀だと思う。男みたいなナリをしているが、優しい人だ。
中国が襲われた際、ヨーコのアシストとして同行した人でもある。
「一応、腕は極力動かさないようにして下さいね。神経を繋いだばかりですから」
労るように声をかけると、カタナは体温計を取り出す。影がピートの上に被さった。
「えぇと……検診しますから、体を正面に向けてもらえますか?」
まともに顔を合わせるのが恥ずかしくて、ピートは壁際を向いたまま目を閉じてしまう。
ほっといて欲しかった。
これからどうなるのか、どういう扱いを受けるかも不安だったし、それに――
そうだ!
忘れていたが、トール、兄はどうなった!?
ぱちりと目を開けるや否や、ガバッと起き上がったピートがカタナに掴みかかる。
「あのさ、トールは、トールがどうなったか、知らない!?」
「ひゃあ!」と一旦は驚いたカタナも、危うく取り落とす処だった体温計をしっかり握りしめた。
「それでしたら、発着ブースに収容されたと思いますが」
爆発する前、メンバーは全て――ピートとK以外は全て、脱出ポッドで宇宙に飛び出した。
トールも無論、その中に含まれていたはずだ。
彼らは宇宙を漂流する暇もなく、次々とブレイク・ソールに救助されていった。
救助された面々は、発着ブースにある倉庫へ収容されている。
従容といえば聞こえはよいが、要は監禁だ。動き回ることも逃げ出すことも出来ない。
いくら地球人といっても、相手は先ほどまで敵対していた反地球組織のメンバーである。
そう易々と自由を与えるわけにはいかなかった。
戦艦に爆発物を仕掛けられたら、たまったものではない。
「ですがピート君、あなたはまだ怪我人です。お兄さんに会いたい気持ちも判りますが、今しばらくは安静にしていて下さいね」
宥められて、脇に体温計を挟まれたピートは渋々頷いた。
「……わかった。けど、できるだけ早く会わせてくれよな」
ふてくされるピートの頭を優しく撫で、カタナも微笑んだ。
「えぇ、必ず」


「ねぇ、聞いた?捕虜の話」
廊下を歩きながら、ペチャクチャおしゃべりしているのはスタッフジャンパーの女性が二人。
病的に色が白い少女の方はプリムラ、彼女に話しかけているのは黒髪の日系人アンナだ。
一方的にまくしたてるアンナのおしゃべりをプリムラが聞かされている、といった方がよい。
「アリアンって女の子いたでしょ?ほら、黒髪で黒っぽいスカート履いてた……あれって、クレイ達がアメリカ軍基地で出会ったことのある子なんだって!」
「そうなんですか……」と相づちを打ちながら、プリムラも脳裏にアリアンの姿を思い浮かべてみる。
捕虜の中では際だって目立つ子だった。
殆どの者が項垂れて気力も失っている中、彼女だけは凛とした瞳で、こちらを睨みつけてきた。
戦う者の意志、或いは闘気とでもいうのだろうか。
目があった瞬間、プリムラは彼女の中に燃えさかる炎を見たような気がした。
「それでね、彼女、アメリカ軍ではシラタキさんのイトコだって名乗ってたらしいのよ〜」
「えぇっ?それじゃあ」
「そう!」
驚くプリムラにポン、と手を打ちアンナが力強く頷く。
「つまり、シラタキさんは最初からインフィニティ・ブラックとグルだったってワケ!」
白滝竜は一度ならず二度までも、アストロ・ソールを脱走している。
一度目はクレイと共に失踪。
二度目は、インフィニティ・ブラックの脱走兵をつれての脱走。
一度目の理由を彼は『宇宙人に誘拐された』と説明していたが、やっぱり嘘だったのだ。
「……あの子達、どうなるんですか?」
反地球組織の捕虜は当然だが、リュウにも何らかのお咎めはあるべきだとプリムラは考える。
よりによって、生まれ故郷でもある地球に牙を剥くなど考えられない。
敵対するというのは、つまり、その星に住む人達を殺すということだ。
何千、何万という非力で罪のない人々が、自分勝手な人のせいで死んでいくなんて許せない。
そして宇宙に知的生命体が住んでいると判った今、彼らが再び同じ過ちを犯す可能性だってあるのだ。
死刑にしろとまでは言わないが、せめて終身刑にしてほしい。
危険人物など一生牢から出すべきじゃない。
プリムラの問いに「さぁね?」と無責任に肩を竦めてアンナが首を振る。
「わかんない。けど、全くの無罪ってわけにもいかないんじゃない?国連としてはさ」
捕虜及びスパイだったリュウと裏切り者のピートは、全ての戦いが終わった後で国際裁判にかけられる。
死刑になるかどうかを決めるのはアストロ・ソールではなく、国際連合のお偉いさんの仕事だ。
「ピートくんにも、裁判が待っているんですよね……」
彼のことを考えると、プリムラは胸が痛くなる。
裏切りは許せない。だが、彼にはアストロ・ソールを裏切るだけの理由もあった。
もし、自分が母やQ博士に捨てられたとしたら――
たった一度の失敗で、ペットでも捨てるかのように簡単に捨てられてしまったら。
寂しくて、悲しくて、悔しさのあまり、ピートのように気が狂ってしまうのだろうか。
それを考えるだけで、涙が出てしまう。
他の者はともかく、ピートには情状酌量の余地があるのではないか?
「まぁ、ね。あの子の気持ち、判らないでもないけどさ」
アンナも少しテンションを下げて神妙に頷いたが、すぐにテンションを戻して否定する。
「やっぱり裏切りは、やっちゃいけないことだから。裁判の結果は厳しくなると思うよ」

生活ブースの食堂でもスタッフは皆、捕虜の話題で盛り上がっているようだ。
肩から腕にかけて包帯グルグル巻きで現れたクレイは珈琲を飲んで、ようやく一息つけた。
傍らにはエプロン姿の春名も立ち、興奮した調子で盛んに話しかけてくる。
「ビックリしちゃったね。まさかアリアンさんまでインフィニティ・ブラックの一員だったなんて!」
そればかりじゃない。リュウもメリットも、そうだった。
そして今度は、宇宙人に手を貸す春名の爺さんが相手となる。
世間とは、かくも狭いものだったか。
「もしかしたら地球に残っている人の中にもいたのかもね。インフィニティ・ブラックだった人って」
恐ろしい想像は、やめて欲しい。
滅びた後だからこそ言えるブラックジョークなのかもしれないが。
『春名も座ってくれ。立ち話は疲れるだろう』
クレイが促すと彼女は素直に隣へ腰かけ、ニッコリと微笑む。
「ありがとう。クレイだって疲れているのに食堂に来てくれて……本当に、寝てなくて大丈夫?」
食堂に入った直後、春名が発したのはクレイを心配する一言であった。
何度も休んだ方がいいよと言われたが、大丈夫だと押し切り、食堂に居座ったのである。
彼女の煎れた珈琲を飲むために。
まだ春名は心配してくれている。彼女の心遣いに胸がいっぱいになりながら、クレイは頷いた。
『平気だ。包帯は仮止め程度のもので、傷は殆ど癒えている』
折れた骨には金属の接ぎを入れたし、打撲の類はカルラの特効薬を塗って一時的に痛みを引かせている。
といっても完治したわけではないから多少の痛みは残っているし、激しい運動も禁物だ。
それでも彼は春名と一緒に居たいが為に、食堂で食事を取るという行動を選んだのであった。
『あとでピートの見舞いにも行く。春名は、どうする?』
ちびちび珈琲を飲みながら尋ねると、それまでハキハキ話していた春名が急に俯いてしまう。
「あ……その、私……」
どもったあげく、春名は視線をクレイから外して呟いた。
「私、後片付けがあるから……無理かもしれない」
後片付けを理由に、春名が誰かの見舞いを断るなんて。
彼女らしくもない返事にクレイが目を丸くしていると、背後から声をかけられた。
「会わないほうがいいんじゃねぇか?特にクレイ、お前は会わない方がいいぜ。奴の為にもな」
振り返ると、ニヤニヤ笑うリュウと目があった。
この戦いが終わった後には、国際裁判が待っている身である。
従って、最初は彼も捕虜のいる倉庫へ隔離するという話が上がった。
それを断固阻止したのは、言うまでもない。クレイの熱弁により、リュウは自由行動が許された。
『何故ですか?』
尋ねるクレイに、彼は肩を竦めて答える。
「いろんな奴から聞いた話だと、ピートはお前にライバル意識を持ってたそうじゃないか。そんな奴がロボット同士の対決で、お前に敗北した……会いたいと思うか?普通に考えて。それに」
ちらりと春名を見下ろし、続けた。
「春名ちゃんだって、会いづらいんだろ?自分を裏切ったアイツにはよ」
春名は答えなかったが、俯いたまま動かないところを見るに図星なのだろう。僅かに肩が震えている。

ピートのことを、信じていた。
脱走したと聞いた時だって、すごく心配したのに。
まさか敵の元に下った挙げ句、クレイを殺すつもりで戦いを挑んできたなんて。
信じられない。どうして、そんな風になるまで思い詰めてしまったんだろう?
脱走する前に一言でも相談してくれれば、何か力になってあげられたかもしれないのに……

生きていたのは嬉しい。だが、ピートと顔を合わせるのは怖かった。
面と向かって敵意を向けられたら、きっと春名は彼を嫌いになってしまう。それが怖い。
「とにかくアイツの心の傷が癒えるまで、クレイ、お前は見舞い禁止だ」
まだ納得できていないクレイの頭を軽く撫でてやると、リュウが真っ向から瞳を覗き込む。
「なんでダメなんだって顔をしてやがるな?いいか、判りやすく言うとだな。ソールに嫉妬したのを覚えてるか?あの時のお前と一緒なんだよ、今のピートの心情は」
なんてことを、春名の前で暴露してくれるのだ。デリカシーがないにも程がある。
内心慌てるクレイの横で、春名が顔をあげてリュウに尋ねる。
「クレイがソールくんに嫉妬……って?」
それを阻止するように、クレイは大きな音量で遮った。
『判りやすい説明を、ありがとうございます。しかし、その話はこれ以降、他言無用でお願いします』
「バカだなぁ、お前は」
反省の色もないリュウはニヤニヤ笑いを消さぬまま、クレイの耳元でボソリと囁く。
「こういう弱味を見せるだけで、女の子ってなぁクラクラきちまうものなんだぜ?」
むっつり口をへの字に結んだクレイは、ぶんぶんと首を真横に振って拒絶した。
『弱味を見せて同情を誘うなど、人として最低ではありませんか』
「でも、たまには、他人の同情が欲しくなる時だってあるだろ?お前だって俺の前で泣きベソかいただろうが。あれは俺に同情して欲しかったからじゃねぇのか?」
『違います』とムキになるクレイの頭をポンポンと軽く叩き、リュウは春名へ微笑みかけた。
「こいつ、まだまだ人間としちゃあ不器用だからなァ。春名ちゃんは人間としての感情、マイナス方面の感情についても教えてやってくれよな」
「マイナス方面……ですか?」
リュウが言いたいのは負の感情、例えば春名がピートに会うのを躊躇っているような感情のことだ。
でも、そんなのは知らない方が幸せなんじゃないだろうか。
嫌な感情や他人を見下すような感情など、クレイには知って欲しくない。
彼に見下されるようになったら、人生に悲観してしまうかも。
嫌な妄想にふけってしまい、春名は再び俯き加減になる。
「この戦いが終わったら、俺はこいつと一緒にいられなくなるからよ」
頭上から降ってきた言葉にハッとなり、春名はリュウを見上げた。
サングラスの奥にあるのは優しい瞳だった。
口元からも、いつの間にかニヤニヤ笑いが消えている。
「……クレイのこと、頼んだぜ?」
立ち去りかけるリュウを、クレイが呼び止める。
『兄さん、どこかへ行かれるのですか?』
「あァ?便所だ、便所」
『今ではありません。この戦いが終わった後の話です』
そんなの誰でも予想できるだろうに、肝心のクレイが判っていないという事実に春名は驚いた。
いや驚いたのはリュウも一緒で、彼はポカンと大口を開けていたが、やがて大声で笑い出す。
「ハッハッハッ!Qの野郎、クレイにはちゃんと教えてねぇってか。さすがは親バカ、恐れ入ったねぇ。ま、だが博士の気持ちも判らんではないよな。お前が知ったら大騒ぎになるもんなァ」
訳もわからず笑われて少し憮然とするクレイの肩を、軽く叩いてやる。
「お前にゃ関係ねぇ場所だ。いつ戻ってこられるかもわかんねぇから俺のことは気にしないで、春名ちゃんと仲良く暮らすんだぜ?」
国際裁判だ。しかも罪状は敵側のスパイ。
いつ戻るかどうか以前に、生きて帰れる保証もない。
それでも裁判にかけられると教えなかった処に、春名はリュウの心遣いを感じた。
死刑になるかもしれない、なんて言えば、クレイは心配するに決まっている。
夜も眠れなくなるに違いない。
「どうして、そこで私の名前が出てくるんですか!」
彼のノリに乗ってやると、リュウも嬉しそうに掛け合ってくる。
「なんでェ、照れるなよ。どうせ、この戦いが終わったら二人仲良くウェディングなんだろ?ハハ、結婚式に出られねぇのは残念だが、お前らなら生涯仲良く、おしどり夫婦でやっていけるだろうぜ!」
リュウは笑い飛ばし、さっさと食堂を出ていってしまった。
……きっと、涙ぐんでしまったのをクレイに見られたくなかったのだろう。
春名は、ちらっとクレイを見る。
リュウに話を誤魔化され、納得のいかないといった顔をしていた。
でも本当のことなんて、とても今は教えられない。
全てが終わった時に、教えてあげよう。


「僕達、ピートの見舞いに来たんですけど……」
そんな声が廊下から聞こえ、緊急医療室で大人しく寝ていたピートはドキリとする。
あれはスタッフ見習いだった奴ら、えぇと、ナントカ中学の卒業生か?
「まだ面会謝絶の状態なんでしょうか」
尋ねているのは、アキラだ。
「いえ、会えることは会えるのですが……」と答えるカタナに対し、スミコの声も聞こえる。
「会えるんですか!……よかったぁ……」
なにが、よかったぁ、だ。
フランスへ行く時は、同行してもくれなかったくせに。
お前らの自己満足を晴らすために、お見舞いされても嬉しくないんだよ。
オレが包帯グルグル巻きなのを見て、お前らは必ず言うんだ。
「大丈夫?」って。
ったく、大丈夫だったら包帯なんか巻いてないっつーの。そんぐらい、五歳の子供だって判るだろ?
他にも「早く元気になってね」とか「元気になったら一緒に遊ぼうな!」とか言うんだ、絶対。
オレが仲間だった頃は、全くといっていいほど一緒に遊んだりしなかったくせにな。
ああ、判ってます、判ってますよオレにだって、それぐらい。ハイハイ、社交辞令、社交辞令。
お前らは可哀想なオレに同情することによって、自分が優しい人間だと思いこみたいだけなんだ。
見舞いに行かないってのも、無情な人間だと周りの大人に思われちまうもんな。
周りの奴らの目が気になるんだろ?オレに嘘ついてまで、自分をごまかさなくたっていいよ。
これから起こるであろう憂鬱な展開に、ピートは頭が痛くなる。
どうかカタナ様、そいつらを部屋に通さないで下さい。
だがピートの願いも虚しく扉は開き、助スタッフの連中が入り込んできた。
「ピートくん、具合はどう?」
有吉に聞かれたので、仕方なくピートは答える。
「サイアクだね」
だが「あはは」と、しまりのない声で笹本に笑われ、ムカッときた。
なのでジロッと睨みつけてやると、笑っていた笹本は慌てて己の口元を両手で塞ぐ。
今さら慌てたって遅いんだよ。
笑うなんて、心配していない証拠じゃないか。
笹本の失態をきっかけに、質問も後が続かなくなる。
しばらくモジモジとしていたが、やがて切り出したのは、またも有吉だった。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
面倒くさかったが、女の子の質問だ。
無下に返すわけにもいかず、不承不承ピートは応えた。
「……なんだよ」
「どうして、インフィニティ・ブラックの元へ行ったの?」
回りくどい言い方ではなく直球だ。
まっすぐ有吉に見つめられ、ピートのほうが焦ってしまう。
「アストロ・ソールを辞めるだけなら、故郷に帰るだけでも良かったよね。どうして?」
疑問の後ろには、恐らくこう続くのだろう。
どうして、地球を裏切ったの?
「どうして……って」
不意に質問の裏に隠された、有吉達の置かれているであろう環境に気づく。
胃の辺りから迫り上がってくる何か、怒りのような気持ちが鎌首を擡げ、ピートは乱暴に答える。
「故郷に戻って、どうしろっていうんだよ。どうせもう、誰もいないのに!」
「誰も、いない?」
首を傾げる彼女。やっぱりだ、親が居て当然と思っている。
恵まれた奴には一生判るまい。恵まれていない環境にいる奴の気持ちなど。
「オレの親はな、オレと兄貴を捨てて逃げたんだよ!オレ達が変な能力を持ってたせいでッ」
あぁ、なんでこんなことを、こいつらに言わなければいけないんだ。
晃か誰かが、息を呑む音が聞こえた。
だから遅いんだよ。どうして、お前らはこうも気が回らないんだ。
「変な能力って……念動力、ってやつのこと?」
誰かが尋ねてきたが、ピートは無視した。無視が答えだ。
「でも、念動力ならヨーコやクレイだってもってるじゃん」
さらに無遠慮なのは有樹。
ピートの気持ちを推し量ることなく彼は続けた。
「クビを切られたならさ、戦えばよかったのに!抗議すれば、きっと博士達だって判ってくれたと思うな」
どこかの中小企業と同じレベルで考えている。
平和ボケした日本人は、これだから。
ぷいっと顔を背け、ピートが辛辣に応える。
「お前、バカじゃね?アストロ・ソールは、いつから会社になったんだよ。Q博士の決定は絶対のもの。これ、アストロ・ソールじゃ常識の当たり前なんだぜ。切られたからって文句言っても通るわけないだろ。クビ切られなくて良かったよな〜、お前は!」
嫌味ったらしく言ってやったのに、有樹ときたらニコニコしている。本気でバカなんだろうか。
「やっと、らしくなってきたじゃん。そういうことを言ってこそ、ピートだよな」
なんだ、そりゃ。嫌味で陰険なのがオレだって?失礼な奴だ。
少なくとも、見舞いの席で言う事じゃない。
見舞いってのは、もっと優しい言葉をかけて、土産の一つでもプレゼントして――
そこまで考えて、ピートはハッとする。
なんだ、何を期待しているんだ?オレは。
同情されるのは嫌だったハズなのに。
そもそも、こいつらに同情される謂われなんてないじゃないか。
こいつらは所詮、ヒロシマで偶然戦闘を見かけて惰性で仲間にしてやった、いわばゲストである。
最初から、博士の思想に賛同して戦ってきた仲間ではない。
だから無遠慮にも言えるんだ。
何故地球を裏切ったの?だの、嫌味を言ってこそお前だ。だのと。
本当に仲間だったら、そんなことは言わないし聞かない。
何もかも判っていて、優しく包み込んでくれるはず。
「なぁ。元気になったら、お前も一緒に戦ってくれるんだろ?」
猿山の一言で、完全に頭へ血がのぼる。
他のスタッフならいざ知らず、お前と一緒に戦えだって!?
冗談は顔だけにしとけ、このサル野郎!
ガバッと起き上がると間髪入れず猿山に枕を投げつけて、ピートは怒鳴り散らした。
「もう出てけ!お前らの声なんか、聞きたくもないッ」
端から見れば、猿山の一言だけにキレて癇癪を起こしたように見えるかもしれない。
実際そう見えたのか、美恵が呆れ加減に横やりを入れてきた。
「あのね。飛び出してった手前、バツが悪いのは判るけど……猿山君に八つ当たりしたって、しょうがないじゃない。ほら、スタッフの皆に謝るなら、あたし達も一緒についてってあげるから」
「うるさい、子供扱いすんな!!」
美恵にも体温計を投げつけ、ピートは全員を睨みつける。
体温計は床に落ちて冷たい音を立てたが、子供たちは全員が驚いてしまって動けない。
まさかピートが、女の子に物を投げつけるなんて。男の子相手になら判るんだけど。
真っ先に我へ返った秋子が怒鳴り返す。
「ちょっと、何するんだよ!危ないでしょ!?美恵、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫……」
すぐに頷いたが、美恵の顔色は悪い。真っ青になっていた。
まだ秋子が何か言いかけるも、ピートは大声で耳を塞ぐ。
「うるさい、うるさい!!」
もう何もかもが、うざったい。
皆、出ていけ。
お前らみたいな思いやりの欠片もない奴らに、友達ヅラなんてされたくない。
「お前のほうがうるさいよ!」
逆ギレして有樹までもが怒鳴るのを、横から笹本が止めに入る。
「も、もうやめようよ!喧嘩しちゃ駄目だっ。俺達は、俺達は見舞いに来たんじゃないか!それなのに」
「なんだよ、最初に仕掛けてきたのはピートだろ!?」
有樹に唾を飛ばされ、笹本は一瞬泣きそうになるが、なんとか堪えた。
「でも、だからって喧嘩しちゃ駄目だろ?ピートにだって、何か人には言えない事情があったんだよ。なのに一方的に叱ってさ。裏切ったのが、まるで悪みたいに言ってさ。酷いよ……有吉さん」
涙を堪えた笹本が言うのへ、まっすぐ見つめ返しながら有吉も応える。
「ひどい?そうかしら。友達に裏切られた私達のほうが、ずっと傷ついたわ」
また友達ヅラか。いい加減にしろ。
そうやって、お前らは悲劇のヒロインを気取りたいだけなんだ。
友達に裏切られた私は不幸。
私を悲しませるなんて、なんて悪い友達なのかしら。
こんな奴は、虐めたっていいのよ。
だって私を悲しませるような悪い奴なんだもの。
――そう言いたいんだろう、お前らは。
ピートが叫ぶ。
「お前らとオレが、いつ友達になった!?お前らなんか、友達じゃない!」

友達だったら、どうして、あの時。
ピートが戦力外通知を出された時、博士へ抗議してくれなかったんだ。
それに友達だというのなら、どうしてピートが行方をくらました時。
全力で探しに来てくれなかったんだ。
ピートの故郷など、博士に尋ねれば一発で判ったはずなのに。

「都合の良い時だけ、友達ヅラするやつなんかオレの友達じゃない!出てけ、お前ら全員出てけ!!二度とオレの前に顔を出すなッ!」
怒鳴り散らすピートに、かける言葉も見つからなくて、元有雅致中学卒業生達は互いの顔を見合わせると、一人ずつ病室から出ていく。
最後まで笹本だけは残っていたが、誰もいなくなった病室を見渡してから、ぽつりと呟いた。
「……それでも俺達、君のことを友達だと思っているから」
パタン、とドアが閉じて誰もいなくなる。
やっとホッとした処で、またドアが開いたのでピートは目を剥いた。
「誰だよ!!」
「俺だよ。ガキどもが戻って来たんじゃなくてガッカリしたか?」
ボサボサ頭にサングラスの男が、ぬぅっと入ってくる。
ガッチリした体格のスタッフジャンパー、こいつは確か白滝竜とかいう奴だったか。
名前だけは知っている。Kやアリアンが、よく話してくれた。
Kにとっては親友と呼べる仲だったらしい。
それだけ仲が良くたって、いつかは友達の元を去っていってしまう。友情とは、はかなくも脆いものだ。
「あんた、確かKの友達だったやつだろ?Kを裏切った上、スパイ容疑で国際裁判か。バカだね」
正直に言ってやると、彼はボリボリと頭を掻きながら言い返してくる。
「そいつは、お前もだろ。Q博士の下で働いてりゃ良かったのに、わざわざ負け戦の軍団にしがみつきやがって。アリアンの口車に情でも絆されたか?けど、あのガキャァ、お前が思ってるほどイイ奴じゃねぇぜ」
「アリアンやインフィニティ・ブラックを悪く言うな!」
思わずカッとなりピートが怒鳴ると、頭をポムポム叩かれた。
「信じていられるうちが一番幸せなんだよな。だが外から見て、やってることの間違いに気づいた時の空しさったらないぜ。胸にポカンと穴が開いたみたいでよ」
「それで……」
怒りで声を震わせながら、リュウを睨みつけたピートが吐き捨てる。
「それで、Kも裏切ったのか!?Kは、あんたのことを最後まで信じていたのに!」
だがピートの怒りには、びくともせず、大男は肩を竦めてニヤリと笑っただけであった。
「少年、お前にアイツの何が判るってんだよ?ちょっとの間しか、アイツとつきあってねぇんだろうが」
あいつはな、と低く呟きピートの隣へ腰かける。
「俺と出会った頃のKはな、真剣に宇宙人との共存を考える、ごくフツーの熱血青年だったんだよ。それが、どこをどう間違っちまったのか、いつの間にか宇宙人を復讐の道具にすり替えちまいやがった。腹黒い本音が向こうサマにもバレたんだろうな。だから、宇宙人達には見捨てられちまった……いい奴のままでいれば、死なずに済んだだろうに。バカな奴だぜ、あいつはよ」
バカバカと罵りつつもサングラスの奥に光る涙を見つけ、ピートは息を呑む。
彼がKの死を悲しんでいるのだと、判ってしまったからだ。
それでも、ピートは怒鳴らずにはいられなかった。
「なら、どうして……どうして一緒にいてやって間違ってるのを止めてやらなかったんだよ!」
友達なら、間違っていると気づいた時に教えてあげられたはずだ。
自爆だって、止められた。
それを放棄した奴に、Kの友達だと名乗る資格なんてない。
憤るピートにリュウは苦笑する。
サングラスを外し、窓の外へ視線を移して呟いた。
「止めたさ。何度も止めた……だが、あいつは一度だって俺の意見を聞いてくれたことなどなかったぜ。つーか、あいつが俺の意見を採用したのは、武器や防具の設計図を書いた時ぐらいだったが」
かと思えばピートの肩に手を置いて、顔を覗き込む。
「友情ってのは、お前が考えてるほど単純なモンじゃない。どっかにズレがあるんだよ。だが、お前も俺も幸せだぜ?Kと違って死なずに済んだし、戦いが終わるまでは自由の身でいられるんだからな。……ま、戦いが終われば俺もお前も国際裁判を待つ身だが。こればかりは、さすがのクレイでも撤回させられなかったみてぇだな。だが、まぁ、裁判自体を知らされてないんじゃあ、何ともできんわなァ」
クレイ?
なんで、ここでブルー=クレイの名前が出てくるんだ。不愉快な。
訝しむピートの隣で、リュウが優しく囁く。
「なに驚いてんだ?そうか……知らされてねぇのか、お前も。インフィニティ・ブラックの連中な、あぁ、お前の兄貴も含めてだが、助けられたらしいぜ。その辺漂流していた脱出ポッドを片っ端から救出してよ、今は全員捕虜の身ってわけだ」
けど、と立ち上がり、ピートの頭を軽くポンポン叩きながらリュウは続ける。
「ホントは俺とお前も裏切り者だから、あいつらと同じ倉庫に監禁されなきゃいけなかったんだが……クレイの奴が、博士に抗議したらしくてよ。俺もお前も監禁だけは免れたって次第だ」
「え……」
意外な一言に、ピートは呆然となる。
どうして、どうしてアイツがオレを助けるんだ?オレは、あいつを殺そうとしたのに。
それに、アイツだって戦闘中は本気でオレを殺そうとしたじゃないか。
今さら恩を売られたって、全然嬉しくない!
動揺するピートを落ち着かせるように、リュウの声が優しく響く。
「ま、お前が思うほどクレイは嫌な奴じゃねぇってこった。案外、お前のことを友達だと思ってるのかもしれねぇぜ?クレイのほうでは」
「そ、そんなの……恩着せがましいんだよッ!」
感情が爆発して、つい怒鳴ってしまう。
だが、リュウは怒らなかった。ピートの頭を撫で、彼は言った。
「恩着せがましく聞こえたか?なら、悪かった。でもな少年、ちょっとでいいから考えてみろよ。どうして裏切り者のお前を、クレイは戦闘の間に殺しておかなかったんだ?」
「そ、それは……殺せなかっただけだろ!基地が爆発しちゃったし、ヴィルヴァラも高性能すぎて!」
「そいつぁどうかな。途中からクレイはヴィルヴァラの動きについていけていた。いや、余裕で攻撃もかわしていたはずだ。あいつと戦っていた、お前が一番ソレを判っていると思うが?」
的確な突っ込みに、ぐうの音も出ない。
ピートが黙っている間にも、リュウは話を進めてゆく。
「なのに、何故お前を殺さなかったと思う?……クレイはな、お前に生きていて欲しかったんだよ。たとえ敵となっても、お前のことは殺したくなかったんだ。共に地球のために戦った仲間だからな」
助かっても国際裁判を受ける身になるんじゃ、あの場で殺してもらったほうがマシだった。
とはいえ、クレイは国際裁判の話を聞かされていないそうだし、彼に当たるのは筋違いであろう。
いや、そんなことよりも。

仲間だと思っていた、だって?
あの機械みたいなロボット野郎が、オレのことを仲間だと思っていた――?

知らず涙がボロボロとこぼれ落ちて、シーツに幾つもの染みを作っていく。
「オレ……サイアクだ……」
勝手に嫌って、勝手に飛び出して、勝手に敵意を向けたというのに、何もかも許してくれるというのか。
いや――許すも許さないも、最初から最後までクレイはピートを仲間だと受け入れていたのだ。
「殺し合いなんかやっちまったんだ、無理に仲良くしろとは言わねぇよ。ただ、事実を知っててもらいたかったんだ。だから……あいつを嫌わないでやってくれ。約束だぞ」
もう一度ピートの頭を撫でると、リュウも静かに病室を出ていった。

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