BREAK SOLE

∽81∽ さらば、友よ


正しい事とは、誰が定めるんだ。
自分では正しいと思っていても、周りが認めなかったら、それは正しくない事なのか?
ここ最近、頻繁に同じ夢を見る。自分が死ぬ夢だ。
その夢が正夢となる日も、もう間もなく来るであろう。
ピートが負ければ、奴らはこのステーションを砲撃すると言っていた。
悩んでいる暇はない。死ぬのは自分一人で充分だ。
Kにだって判っていた、この戦いが敗北濃厚だと。宇宙人に見捨てられた、あの日から。
ブチキレ気味に猛攻を繰り広げるピートの様子を一瞥し、彼はオペレーターに命じた。
「自爆装置を作動させろ」
「……え?」
オペレーターが、ぼんやりした調子で聞き返す。
今、何を言われたのか。理解出来ない、そんな顔をしていた。
「もう一度言う、自爆装置を作動させるんだ。この基地を、一時間以内に爆破させろ」
Kが無表情に繰り返すと、メインルームにいた全員に動揺が走る。
あちこちからKを呼ぶ声があがり、非難めいた目でアリアンにも睨まれた。
「随分と諦めの早いリーダーでしたのね?K。まだ逆転のチャンスはありますわ。えぇ、私達が生きている限りなら幾らでも。死ぬのは愚か者の選択でしてよ」
愚か者と言われ、Kの目つきも厳しくなる。
断腸の思いで宣言したのに、そのような蔑みを受けるのは心外だ。
「我々に味方する宇宙人が一人も居なくなった今でもか?」
「いるではありませんか。たった一機で奴らに戦闘を仕掛けた第三勢力が……彼らの傘下になれば、我々にも反撃のチャンスは巡ってきましてよ」
サイバラ星人と名乗っていた奴か。
あれは信用できない。
本当に宇宙人なのかも怪しいし、他の惑星の連中が彼らを知らないというのも奇妙な話だ。
いくら宇宙は広いといっても、彼らは宇宙船で地球に来訪できるほどの技術を持っているのである。
それなのに、地球を知っている他惑星の連中がサイバラ星を知らないというのは、おかしな話ではないか。
何より、彼らは被害者ではない。直接の被害者であるツイン星人とも面識がない。
全くの無関係なくせして正義の味方ヅラで乱入する奴など、信用できるわけがない。
得体が知れなくて嫌だった。
「彼らの傘下になり、手駒として使われたいのか?なら、僕は君を止めない。好きにするといいさ」
冷たく言い放ち、今度は別のスタッフを見る。
彼も何か言いたげにKを見つめていたが、その顔は非難というよりも哀願に近かった。
「K……このステーションを捨ててしまったら、我々には住む場所がなくなってしまいます。どうか考え直して下さい。このステーションは俺達にとって、大切な生活空間でもあったはずです!」
地球を捨てて地球の敵となり、居場所を失った彼らはKの元に集った。
そしてKに従うまま宇宙へあがり、廃棄されたステーションを改造して我が家とした。
地球を捨てる理由は人それぞれだったが、思いは一つ。

捨てさせる原因を作った地球人に、報復する――

インフィニティ・ブラックは、地球への復讐を起立点とする組織であった。
宇宙人へ情報を流し、見返りに技術を教えてもらう。全ては復讐のために宇宙人を利用した。
いや、利用していたつもりだった。
結果だけを見れば利用されていたのは、こちら側だったようだが……
スタッフから視線を外し、Kが素っ気なく命じる。
「諸君らは速やかに脱出するように。ヴィルヴァラにも伝えろ」
「……撤退せよ、と?」
まだ諦めきれないのかオペレーターが不満げに聞き返すのへも、無表情に応えた。
「いや。ソル三体を完膚無きまでに叩き壊すまで撤退するな、と」
その命令に悲鳴をあげたのは、ただ一人。ピートの兄・トールだけだった。
挑むようにKの襟首に掴みかかると、トールが金切り声で怒鳴り散らす。
「K!まさか、あなたはピートを見殺しにするつもりなのか!?あの約束を反故にするつもりか!酷い、見損なったぞK!あんたは、それでもッ」
人の子か。
そう続けようとしたが怒りが、あまりにも強すぎて、トールは言葉に詰まってしまう。
彼の怒りは痛いほど伝わってきたが、それでもKは鉄仮面を崩そうとせず周囲のスタッフへも命じた。
「皆が撤退する時間をピートに稼いでもらう。判った者から撤退を開始しろ」
誰一人動かない――かと思いきや一番最初に動いたのは、アリアンであった。
「では、遠慮なく。ですが私は逃げるのではありませんわ。再起を図るため、脱出するのです」
「サイバラ星人は、どうやって見つけるつもりなんだ?」
Kに尋ねられ、彼女は肩を竦める。
「脱出ポッドに乗って救難信号を発しておけば、先方も気づいて下さるでしょう」
「救出してくれるのが味方とは限らん。アストロ・ソールの奴らかもしれないぞ?」
「なら、それはそれで好都合……乗り込んで、奴らのエンジンを破壊してやりますわ。私はメリットとは違いますもの。敵に情けなどかけません」
では、ごきげんよう。と、会釈して出ていく彼女の背中へ問いかけた。
「君はどうして、地球を憎んだ?」
アリアンは目線だけで振り返り、一言ぽつりと言い返す。
「私の頭脳を、あの方達は認めてくださらなかった。あなたも同じではなくて?K」
出ていくアリアンを見送った後、他のスタッフも追い出そうとKが急かす。
「他の者も脱出を急ぐんだ。ここは一時間後、奴らと一緒に爆破する」
ここを出て、どこへ行けというのか。
脱出ポッドに乗り込んだとしても、Kが先ほど言ったように拾ってくれるのは味方とは限らない。
敵に拾われる可能性のほうが高かろう。
彼らの味方など、宇宙に一人も居なくなった今となっては。
アリアンの他は誰も動こうとしない。
再度Kが促そうと、くちを開きかけた時――横合いから声があがった。
「い……嫌です!」
次々と皆も声をあげる。大声で叫んだ。
「K、我々は仲間ではなかったのですか!?我々は最後まで戦います、貴方と共に!」
「K!あなたを裏切ることなど、私にはできませんッ。あなたに全てを託したんです、最後まで一緒に」
それらをぐるりと見渡して、Kは小さく溜息をつく。
死ぬよりは生きてくれと頼んでいるのに、何故それが伝わらない?
ここにいる殆どが戦えない。かつては技師や研究者をやっていた者ばかり。
彼らに罪はない。彼らはむしろ、宇宙人と地球人との間で始まった戦争における被害者と言える。
宇宙人も、また然り。彼らも、いや彼らこそが立派な被害者である。
武力で反撃してしまったのは頂けないが、彼らにしてみれば何もしていないのに突然攻撃されたのだ。
カッとなってやり返したとしても、責められるものではあるまい。
この戦いで罪人をあげるとすれば、最初に攻撃を仕掛けた地球の軍隊と、武力を持つアストロ・ソール。
それから、武力で地球を倒そうとした自分ぐらいなものであろう。
元アストロ・ソール所属だったピートも、もれなく罪人に含まれる。だから彼には一緒に死んでもらう。
もう一度ぐるりと皆の顔を見渡した。
どの顔も真剣だ。茶化したり、ごまをする者は一人もいない。
「名前も明かせない、出身地も言わない。そんな男の何処に、君達は惹かれたんだ?」
黒い肌の男が叫ぶ。
「我々は同志です!同じ目的をもち、協力するために手を組んだ。目的を果たすためならば、生まれた国や名前など大した問題ではありませんッ」
その傍らで、金髪女性も賛同する。
「私達は、一部の者が始めてしまった戦いのせいで酷い目に遭わされました。その私達を拾ってくれたのは……あなたではありませんか!」
彼女の目をじっと見つめ、Kは呟いた。
「僕は何もしていない」
嘘ではない。
Kは自ら同志を募集したわけではない。
皆が勝手にKの元へ集まり、一つの組織となったのだ。
Kの唱える宇宙人との共存と、平和への打開策に共鳴した人々の集まりであった。
集団が宇宙へあがったのは、地球軍の目から逃れるという理由もあった。
地球上で活動するには、少し人が集まりすぎた。宇宙へ逃げるしかなかったのである。
「では、あなたの掲げた平和への理想は嘘だったのですか?」
見つめ返され、Kが首を振る。
「嘘じゃない」
しかし女性の表情が希望に輝くのを、彼は直視できずに視線を外した。
「だが……僕の活動原点は、地球への復讐だ。それは最初にも言ったはず」

宇宙人とは戦わなくても、平和的に仲直りできる道があるはずだ――
そう唱える彼に、誰一人として耳を貸すものはいなかった。
そればかりか国連は、搭乗式ロボットという野蛮なものを採用して実戦に投与した。
馬鹿な。
武力に対し武力で対抗していては、やがて地球は焼け野原になってしまう。
ましてや、相手は地球を遥かに上回る科学力の持ち主である。勝てるわけがない。
Kの必死な説得も、街を焼かれて家族を失った人達の耳には届かなかった。
自分が酷い目に遭わされると、相手も同じ目に遭わせようという思考が働いてしまう。
それが生き物の性なのか。

――結局は、僕も皆と同じ愚行に嵌ったのだ。
話を聞いてくれないような野蛮な種族など、滅んでしまえばいい。
怒りに目がくらみ、いつの間にか進むべき道を誤ってしまった。
人類の為を想って、彼らの未来を案じて意見を出していたはずなのに。
その結果が、これだ。同盟を組んだ相手には見捨てられ、同じ星の人間に殺されようとしている。
裏切り者の末路。そんな言葉も脳裏に浮かび、Kは自嘲した。
馬鹿だ。僕も馬鹿の一人だったんだ。ここに集まった皆と同じで。


戻ってきたリュウとメリットからKの目的とインフィニティ・ブラックの懐事情を知らされて、ブレイク・ソール内には、しんみりとした空気が漂っていた。
不意に機器の一つがピッと音を立てたので、皆の意識がそちらへ動く。
機器を見た途端、オペレーターのミカが叫んだ。
「ビアンカに、爆発物の反応が出ましたですっ。中央に熱源発生です!」
「な、何じゃと!?」
しんみりから一転して騒々しくなり、博士が機器の周りに集まる中、ミグは冷静にリュウを振り返る。
「この状況で、Kが自爆を選択するという可能性は考えられますか?」
顎に手をやり考えながら、リュウも答えた。
「ありえない話じゃねえな」
自爆するとなれば、手際のいい彼のことだ。自分一人だけで死のうとはするまい。
ソルを道連れにして死のうとするだろう。ソルを拘束させるために、ヴィルヴァラも道連れにして。
だが、彼は戦えない者まで自分の捨て駒にするほど非情な男でもないようだ。
となれば、スタッフは解放する。
本人達が嫌がろうと、無理矢理脱出船に詰め込んで追い出すだろう。
その為にも、彼らが逃げ出すまでの時間を稼ぐ必要がある。
「博士、騒いでる場合じゃねぇぜ。クレイに連絡して、とっとと撤退させるんだ。急がないと、ビアンカと一緒にソルも吹っ飛んじまうぞ」
「ですが、Aソルとは通信が繋がりません」
ミグの答えに、リュウはフゥムと唸った。
ヨーコに命じたところで、あの勝ち気な少女が素直に従うとは思えない。
やはり素直で従順なクレイに命じるのが、一番早いのだが……
「ミリシアは?Cソルも応答しねぇのか」
間髪入れず、ミグが頷いた。
「はい」
三人がかりでも通信に応答できないほど手こずっているというのか、ピートの駆るヴィルヴァラに。
何も出来ない歯がゆさから、リュウの顔は険しくなる。
ビアンカに残れば良かったという思いも、彼の脳裏を掠めた。
Kに脅されて、すごすご戻ってきてしまったが、あの時あの場に留まっていれば、自爆などという早まった真似を彼にさせなくて済んだかもしれないのに。
クーガーやシュゲンを失った時、残される者の気持ちをKは存分に味わったはずだ。
なのに、どうして同じ真似ができるんだ?
残される者の気持ちを、もう一度思い出してほしいとリュウは切に願った。


Bソルとの通信を切り、戦艦からの通信も無視したクレイは真っ直ぐヴィルヴァラへ突っ込んでいく。
「また馬鹿の一つ覚えな特攻かよ!」
どんなに変則な動きをしたとしても、Aソルには近接用の武器しか積んでいない。
となれば最終的には近づいて斬りかかるしかなく、それを待ちかまえてやればよい。
バリアで防いで、すぐさま殴り返せば、さしものバケモノでも避けられまい。
だが身構えるピートの直前で、いきなりAソルが減速する。
「――!?」
突っ込むのをやめたAソルは、攻撃するでもなく防御するでもなく棒立ちでピートの前に立ち塞がる。
およそ戦闘中とは思えないほど無防備な姿が、ピートの神経を逆撫でした。
「なんだ、そりゃ!?ナメてんのかよッ」
そうでなくても操作モードを変えた反動で、気分はハイになっている。
これは誘いだ、気をつけろ――!
頭の何処かで警鐘は鳴り続けていたが、カッとなった自分を抑えきれずにピートは飛び出した。
亀のように丸くなり頭だけは両腕でカバーするAソルを、滅茶苦茶に殴りつける。
胴、腹、足、腕と滅多打ちにした。
異常な堅さを誇るはずの胴体が、何度目かのパンチでひしゃげた。
それでもAソルは逃げも反撃もせず、じっと防御で耐えている。
何の意味があるのだろうか、この行動には。

自分から攻めてもバリアで躱される。
向こうが攻めてくるのを避けようとしても、動きが予測できない。
ならば――
逃げなければいい。
わざと的になり、攻撃が集中している間に別の者が狙い撃ちにすればいい。
クレイは、そう考えた。そして、それを実行に移した。
ピートはクレイを嫌っていた。自分が囮になれば、必ず食いついてくるという確信があった。
ヴィルヴァラに殴られるたび、脇腹や足には激しい痛みが伝わってくる。
骨が何本か折れたかもしれない。
だが、ここで逃げるわけにはいかない。攻撃もできない。
攻撃しようものなら、ピートはバリアを張って逃げてしまう。警戒されては、殴られたのも無駄になる。
頼みの綱はBソル、ヨーコの奇襲だった。
ヨーコは、こちらの作戦に気づいてくれただろうか?
ヴィルヴァラのバリアには弱点がある、と彼女は言っていた。
一度発動させたあと、もう一度発動させるまでに二秒の間があくらしい。
二秒間に、もう一度撃つには、銃一つでは駄目だ。二丁、銃を構えて順番に撃たないと。
ヴィルヴァラが視界を遮っているので此方からBソルは見えないが、ヨーコならば必ずやってくれるはずだ。
胸に激痛が走り、一瞬意識が遠のいた。
すかさず唇を噛み切り、クレイは何とか意識を現世に持ち直す。
だが、がくりと膝をついた。
今の打撃、肋骨が何本か折れてしまったかのような衝撃だった。
震える足をバシバシと叩いて痛みを麻痺させ、クレイは無理に立ち上がる。
ヨーコ、早くしてくれ。
あまりかかると、パワーアップしたヴィルヴァラの攻撃を耐えきれそうもない。
再び気絶するほどの痛みが、今度はクレイの腕を襲う。
頭をガードしていた腕の一本を、へし折られた。
なんてパワーだ、頑丈が取り柄のソルを破壊するなんて!

しつこく殴り続けた甲斐があり、ついにAソルの腕を一本もぎ取ってやった。
勝てる――!そんな言葉が脳裏をよぎり、彼は勝ち鬨をあげながら最後の一撃を叩き込む。
「これで、終わりだぁッ!」
手応えを感じる一撃をAソルの頭部へ叩き込んだ瞬間だった。
横合いから弾が飛んできて、バリアに弾かれたのは。
「でぇっ!?」
痛くもないのに痛がりながら慌てて振り向けば、そこにいたのはヨーコの駆るBソルだ。
銃を二丁、構えている。大丈夫、銃程度ならバリアでかわせるだろう。
現に今だってバリアで弾を弾いたのだ。何度撃たれようが大丈夫――
安堵するピート。そこに油断が生まれた。
二秒後、ヴィルヴァラの腕に二発目の弾が直撃する。
今度こそ本当の痛みがピートの腕を貫いて、「いでぇッ!!!」と悲鳴をあげた彼は、痛みに耐えきれず床に転がった。

な、なんで……?
なんで弾が、当たったんだ?
バリアがあるはずなのに……

痛みと驚愕で涙が溢れて止まらない。目の前が滲んで見えた。
たった一発、されど一発。
ヨーコの放った弾は確実にヴィルヴァラの腕関節を貫通、つまりはピートの腕関節を破壊した。
治療を受けない限り、物を持つことはおろか、動かすこともままなるまい。
「なんで、なんで?どうして……?」
寝転がっている場合じゃない、泣いている場合じゃないと判っているのに、体が思うように動かない。
生まれて初めての恐怖がピートを襲う。
助けてくれる人のいない恐怖。
今までは、仲間がいた。
どんなに劣勢になっても、必ずピンチの時には救ってくれる仲間が。
今のピートは一人だ。一人ぼっちで、この窮地を何とかしなくてはいけない。
目の前に赤い塊が突っ込んでくる。ピートは思わず悲鳴をあげた。
「う、うわぁぁぁっっ!!」
突っ込んできたAソルの一撃は、バリアが防いでくれる。
だが二秒後に飛んできた弾を避けきれず、ピートは、またしても激痛に転がった。
「ぎゃあ!」
今度も腕だ、残っていた片方も関節を破壊されて動けなくされてしまった。
ヨーコの射撃は容赦ない上、照準も的確だ。
なんて非情な女だ、かつては仲間だった相手を撃つなんて。
いや、それよりもバリアだ。どうして、バリアが弾いてくれないんだ!
Aソルが剣を振り上げる。壊す気だ、ヴィルヴァラを。頭部を破壊して、オレを殺す気だ。
「や、やめろ……やめてくれぇぇッッッ!!


頭の中で何かがプチン、と弾けた。


「時間だ」
誰かの声が、遠くのほうで聞こえたような気がした。Kの声だったかもしれない。
続いて視界に映ったのは、真っ赤な炎の渦。
無重力が切れたかと思うと、通路の奥から吹き出してきた炎が一瞬にして一帯を包み込む。
AソルもBソルも、そしてピート自身も。


戦艦ブレイク・ソールでも、廃ステーション・ビアンカの爆発は見て取れた。
爆発の衝撃も届いたが、この程度の爆発に吹き飛ばされるほど戦艦もヤワではない。
「……ビアンカ、消滅しました」
ポツリとミグが報告し、艦内はシンと静まりかえる。
とても喜べる勝利ではなかった。
むしろ後味の悪さだけが残って、なんとも嫌な気分だ。
「クレイは?ソルは、脱出できたのか……?」
ドリクの問いに、ミグは応えない。じっとモニターを見つめている。
つられるように博士も、そしてスタッフもじっとモニターを見つめた。
ビアンカの破片が浮かんでいる、星の海を映したモニターを。
「どうした、ミグ!クレイ達は脱出できたかと聞いている!!」
沈黙に耐えきれず、もう一度ドリクが尋ね直した時、ミクが弾んだ声をあげた。
「いましたわ!Aソル、Bソル、Cソル、全機無事です、反応が出ています!」
傍らからレーダーを覗き込んだミカも頷く。
「ホントなのです。全員生きてましたのです」

あの爆発の中、彼らはどうやって生き延びたのかというと――
全ては高性能ロボット、ヴィルヴァラのおかげで助かったのだった。
ボロボロにやられた三人は即座に救護室へ運ばれる。
カルラの治療を受けながらクレイが言うには、ヴィルヴァラには緊急装置もついていた。
広範囲の爆発に巻き込まれた時、自動的に周辺の味方をも包み込む球体バリアが出現する。
それに包まれて、ピートと共に無事脱出することが出来たのだそうだ。
「むぅ……つくづく宇宙人の技術には驚かされるのぅ」
R博士は唸り、Q博士は二人を労った。
「ご苦労じゃったの。クレイ、ヨーコ」
三人のうち、ミリシアは昏睡状態にある。
今の状態で、ここに留まっているのは危険であった。
インフィニティ・ブラックは倒したが、敵はまだ残っている。
蜘蛛型念動式ロボットを操り、サイバラ星人だと名乗った春名の祖父、大豪寺玄也である。
ピートも、運び込まれた時点では気を失っていた。
緊急医療室で治療を受けているが、両腕の負傷に心の傷も深い。戦力になるとは思えない。
一緒に戦ってくれるかどうかも怪しかった。彼はアストロ・ソールを憎んでいるのだから。
ヴィルヴァラもブレイク・ソールの格納庫に収容してある。
時間があれば解体して色々解析したいところだが、そんな時間の余裕があるかどうか。
発着ブースから通信が入り、デトラがモニターに映し出される。
『漂流してる脱出ポッドを幾つか発見しました。助けますか?恐らくは、奴らの残党だと思いますが』
答えたのはU博士。
「脱出ポッドは全て救出しておやりなさい」
相手は同じ地球人だ。食料も酸素も少ない船のまま、宇宙を彷徨わせるのは残酷だろう。
たとえ本人達が望んでいなくても、アストロ・ソールには彼らを助けて地球へ送り返す義務があった。
デトラも同じ思いだったようで、即座に頷き『了解しました』と通信は切れた。
『蜘蛛型が来たら、俺が出ます』
全身ボロボロ、骨も何本か折れているというのに、クレイはやる気満々だ。
圧倒的な力差のあるヴィルヴァラに勝利したという実績が、彼を興奮させているらしい。
「駄目よ、お兄ちゃんは安静にしてないと!」
すぐさま比較的元気なヨーコに押し留められ、Q博士にも苦笑される。
「やる気があるのは結構じゃがな、パイロットは自身の体を大切にせんといかん。お前が死んだら、春名ちゃんやリュウも悲しむからのぅ。もちろん、儂やヨーコもな」
せっかくのやる気に水を差され、シュンと項垂れるクレイの傍らで、ヨーコがQ博士へ尋ねた。
「一旦、月の基地へ戻るんですか?それとも、ここで蜘蛛型の出現を待つとか?」
さして考える素振りも見せず、Q博士は即答する。
「ここで待つ必然性など、ないじゃろ。ソルを急ピッチで直さねばならんしの。ブレイク・ソールは月基地へ帰還する。ヨーコ、お前は万が一に備えてBソルで待機していなさい」
ヴィルヴァラとの一戦で、一番負傷が少なかったのはヨーコの乗るBソルだ。
護衛が一機だけとは不安な道のりだが、仕方ない。クレイもミリシアもボロボロで、とても戦えない。
『ヨーコだけで大丈夫なのですか?』
不安がるクレイへ、ヨーコはパチリとウィンクしてみせる。
「心配しないでよ、お兄ちゃん。蜘蛛型が出ても、迂闊に攻め込んだりしないわ。ブレイク・ソールを護衛する。それだけに徹していれば滅多な事じゃ、やられたりしないわよ」
皆の不安を抱えたまま、ブレイク・ソールは月への帰還航路に入った。

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