BREAK SOLE

∽80∽ 形勢逆転


通路に残ったヨーコとミリシアは、侵入者用の警備装置を破壊し尽くしていた。
Aソルを追いかけようかどうしようか迷っている処へ、先ほどの戦闘機が戻ってくる。
乗っている人が誰なのかは、ヨーコもミリシアも知らない。
クレイの話では味方だそうだが、スタッフが戦闘機で直接乗り込むなど作戦として聞かされていない。
ソル三機でビアンカの中核まで侵入し、相手に投降を呼びかける。敵は全てソルで倒す。
敵をすみやかに倒し、相手が投降を認めるならば現場捕獲。認めないならばソルは帰還。
そういった作戦だったはずだ。
通過の際、試しにヨーコは戦闘機へ呼びかけてみたが、見事なまでに無視された。
スタッフならば、なんらかの反応があってもいいはずなのに。一体、あれには誰が乗っているのだろう?
「もう一度、戦闘機に呼びかけてみる?」
ヨーコの問いにミリシアは首を振る。
『いいえ、それよりも博士に直接聞いてみましょう。作戦の変更があったのかどうかを』
「オーケー」
通信を切り替え、ブレイク・ソールへ呼びかける。
「こちらBソル、ビアンカ内部の警備装置を全て破壊しました」
応答したのはオペレーターのミグ。
『ご苦労様です』
機械的な声で、淡々と褒められた。
『随分時間がかかったな。敵は何体出たんじゃ?』と、横から割り込んできたのはR博士。
眉間に皺を寄せ、ちらりと腕時計なんぞ見ている処を見ると、さも予定外だと言いたげである。
「一体です。でも、聞いて下さい。乗っていたのはピートだったんですよ!」
ヨーコが報告すると、モニターの向こうは騒然となる。
『ピートですって!?』
叫んでいるのはU博士だ。
ミリシアも続けて報告する。
『敵は新型の……恐らく念動式ロボットを繰り出してきました』
背後で博士達が混乱する中、ミグが淡々と質問した。
『敵は撃破したのですか?それから、Aソルが通信に応答しない原因も教えて下さい』
「Aソルは、クレイお兄ちゃんは、まだ戦闘中よ」
ヨーコは答えてから、ちらっと通路を見やる。
先の戦闘機は既に出ていった後だ。新たな敵が出てくる気配もない。
「お兄ちゃんがピートを誘導して、広い場所につれていったの」
『では、クレイはピートと一対一で戦っているのですね。どうしてヨーコとミリシアは追わないのですか?』
無表情だが、どこか責められているようにも感じる言い方だ。ヨーコはカッとなって叫んだ。
「わかってるわよ!今から行こうかって話をしてたところなのッ。いくわよ、ミリシア!」
『え?で、でもクレイさんは、来いとは』
「いいから、いくの!Aソルだけが役に立った、なんて言われたくないでしょ?あんただって!」
戸惑うCソルを背後に従えて、Bソルも格納庫を目指して飛んでいく。


通信が切れるのを待っていたかのように、続けて報告が入ったのは発着ブースのスタッフからだった。
『リュウ=シラタキが戻ってきました!捕虜のメリットも一緒です、どうしましょう?博士』
繋がるや否や困惑の結衣がアップで映り、彼女の背後には宇宙服を着たリュウとメリットの姿も見える。
リュウはニヤニヤと笑っており、まるで反省していない。
メリットも然り、彼女は無表情に突っ立っていた。
「まずは、こちらまで通してくれるかね?詳しい話は我々が聞くとしよう」
Q博士の答えに『了解です』と短く答えると、結衣からの通信は切れた。
「――さて」
ぐるりと皆の顔を見渡して、T博士が厳粛な表情で呟く。
「我々は、彼らをどのように扱うべきだと思うか?諸君。裏切り者?スパイ?それとも今、沈みゆく船から逃げだしてきた彼らを暖かく迎え入れるかね?」
U博士も額に皺を寄せ「扱いに困りますね……」と呟いた後、T博士を仰いだ。
「ですが、まずはスパイ容疑を晴らしておくべきかと思います。彼らの話を聞きましょう」
「そうじゃの」と、Q博士だけは困惑顔など一切浮かべずに、ニコニコと続ける。
「スパイなら、どこまで関与していたのか、どこまで情報を流していたのか、はっきりさせる必要がある。その上で国際裁判に送るとしようかのぅ。この戦いが終わった後にでも」
「国際裁判に……」
もし地球を裏切った罪で裁かれるとしたら、確実に死刑は免れない。
リュウが死刑になったらクレイは悲しむかもしれないと考え、U博士の顔色が曇る。
R博士も同じ事を考えたのだろう。Q博士とT博士へ彼は言った。
「裁判にかけるにしろ何にしろ、そいつは後でいいじゃろ。今は、この戦いに勝つことを最優先せんと。リュウとメリットの扱いも、それまでは保留だ。まずは勝たねば帰還もままならん」
ミグが、ふいっと顔を戸口へ向けた。
「両名が到着したようです」
「よし、通してくれ」
T博士の命令にコクリと頷き、メインルームのドアを開ける。
一同の目は、不敵な笑みを崩さずに入ってきたリュウ。そしてメリットに一点集中した。
「……よく、戻ってこれたもんじゃな。無断外出の罪は重いぞ?」
睨みつけるT博士にも、まるで臆せずリュウが答える。
「判ってるって、どんな処罰でも受けてやるよ。ただな」
「罰を受ける代わり、最後の頼みを聞いて欲しいの」
メリットが繋げたので、皆の視線もそちらへ移る。
「最後の頼み?お前達の頼みを聞いてやる筋合いなど、ないんじゃがの」
顔はニコニコしているが、Q博士の答えは辛辣だ。
スパイ容疑のかかっている者が無断外出したとあっては、暖かく迎え入れるのは到底無理だろうけれど。
「判ってる」
メリットも無表情に頷き周囲を見渡した。
「これは私達が勝手に訴えるだけの独り言。聞くも聞かないも、それは貴方達の自由。そういう話もあるのだという、それだけだから」
頼みを聞いて欲しいというから、てっきり拘束と引き替えに条件でも出すつもりかと思いきや、メリットは話を聞くだけで充分だと言う。
リュウも抵抗するでもなし、大人しくしている。拍子抜けだ。
「それで?君達の願いとは、なんですか?」
U博士に促され、彼女は頷いた。
「ビアンカへの砲撃をやめて、インフィニティ・ブラックを拘束して欲しい。ただしKだけは地球へ強制送還せず、宇宙へ追放して欲しいの」
「それは、できん」
迷うことなくT博士が即答し、他の博士も重々しく頷く。
「いいのか?あんたらの敵は、インフィニティ・ブラックだけじゃねぇだろうが。ビアンカ一つに構ってる間に、例の蜘蛛型に襲われたら、どうするつもりなんだ」
口を挟んできたリュウをジロリと睨み、T博士がナンセンスとばかりに首を振る。
「蜘蛛型が再び襲ってくるというのですか?」
ミグの問いに、さも自信ありげにリュウが応えた。
「ありえねぇ話じゃねぇだろ。いいか、この戦いは、どう見てもインフィニティ・ブラックの負け戦だ。そして蜘蛛型率いるサイバラ星の皆さんは、卑怯な真似が大嫌いなんだぜ?余裕で勝てる相手を一方的に滅ぼしたとあっちゃあ、出てこないわけにもいかねぇだろうよ」
「確かに、蜘蛛型の奇襲は我々も予測していた」
黙っていたドリクソンも口を挟み、仏頂面で反論する。
「だがインフィニティ・ブラックの負け戦とは、どういう意味だ?彼らが、これで終わるとは思えないが」
「貴方達全員が、そう思っているのだとしたら」
メリットは冷たい目で彼を見つめ、小さく呟いた。
「Kの作戦は効をなした――ということになるのね」
「どういう意味だ?」
再び尋ねる艦長へは、リュウが答える。
「なァに、要はハッタリさ。宇宙人と手を組む。宇宙人からもらった機体で奇襲をかける。たかだか三十余名の集団が地球一個に勝とうってんだ、それなりに頭と口を使わなきゃ勝てねぇだろ。Kは宇宙人から貰った機体で奇襲した事により、あんた達に恐怖を植えつけようとしたんだ。宇宙の技術はスゴイ、地球の機体では到底勝てない……ってな。だが今じゃ、それも一体になっちまった。ピートを乗せた念動式が、あいつの最後の武器なのさ」
「最後の武器?しかし彼らは宇宙人と手を組んでいるのだろう?宇宙人に言えば、機体の補充など幾らでも出来るのでは」
ドリクの問いを遮り、イライラしたようにリュウが言う。
「ちったァ頭を使えよ、艦長さん。いいか、宇宙人と同盟を組んだはずの軍団が、今は一機しか持ってないんだぜ?つまり」
ようやくピンときたのか、U博士が呟いた。
「切り捨てられた……ということですね。宇宙人に」
「そういうこった」
満足そうに頷くリュウ。だが、続くU博士の言葉には眉尻をあげた。
「そして今度は、あなた方を陽動に使い、我々を惑わそうとしている」
「それは違うわ!」
間髪入れずメリットが叫び、キッとU博士を睨みつける。
「私達はKに投降させるつもりで、ここを出た。でも、彼は戦い続けると言ったわ。Kは死ぬ気なのよ、ビアンカと共に砲撃で吹き飛ばされる事を望んでいる。捕まって国際裁判で死刑になるよりも、戦いで死んでしまったほうが楽だから。でも、私は彼に生きていて欲しい。彼には死んでもらいたくない。もう、これ以上、友達を失うのは嫌なの」
「……そうは言うがのぅ」
困ったようにQ博士が声をかけ、U博士と顔を見合わせる。
U博士も頷き、メリットとリュウを諭すように言い聞かせた。
「彼は首謀者です、宇宙人に地球の情報を流した。その彼を見過ごすわけには、いかないんですよ」
二人に憐れむように見つめられ、憤怒の表情を浮かべていたメリットが項垂れる。
もはや何を言ってもKを助けることができない己の無力さに、気づいてしまったのだ。
サングラスを外し、リュウも博士達を睨みつけた。
こみ上げる怒りを押し殺し、極力静かな声でQ博士に尋ねる。
「あいつは、こうも言ってたぜ。俺達を捕虜にしても、捕虜の効果などなさそうだから逃がしてやるってな。もし俺達がインフィニティ・ブラックの捕虜になっていたとしたら、あんたは俺達を助けたか?」
誰もが言葉に詰まり、ややあってからドリクが代表として答える。
「……助けた。そう答えれば、満足か?」
リュウは取り合わず、艦長を無視してQ博士へ視線を注いだ。
「真面目に答えろよ。カトル……いや、四番目のコピーさんよ」

四番目のコピー?

意味ありげで意味不明な言葉の出現に、スタッフの誰もがキョトンとする。
いや、キョトンとしたのはスタッフだけじゃない。
R博士やT博士、U博士にも意味が判らなかったようだ。
ただ一人、Q博士だけが、ちろりと嫌な目でリュウを見つめて小さく溜息を漏らした。
「……好奇心旺盛は、いつか身を滅ぼすぞ?リュウよ」
リュウは肩を竦め、憎まれ口を叩く。
「構わねェさ。好奇心を無くした人生なんて、生きてる価値もねぇしな」
どうやら今の遣り取りは、二人だけに判る範囲の会話だったようだ。
気を取り直して、U博士が先ほどの問いに答えた。
「きっと、助けたと思います。ただしやり方は少々荒っぽくなりそうですが」
「ソルを突貫させて、無理矢理奪うか」
ニヤリと笑うリュウにU博士は頷き、彼にしては珍しく強気で返す。
「えぇ、Aソルを突っ込ませて……ね。クレイなら、必ず貴方を助けるでしょう。友達を悲しませるような真似、私は感心しませんよ。どうして、我々を裏切ったりしたのです」
我々を、というよりもクレイを、と言いたかったのだろう。
U博士の目には怒りの他に、悲しみも浮かんでいた。
リュウの態度は堂々としたもので、彼は胸を張って言い返す。
「俺は誰も裏切っちゃいねぇ。クレイも大事な友達だが、Kだって俺にとっちゃ大事な友達だ。勝手に出ていったのは悪かった。だが、あの時、俺が説明したとして、お前らは納得したか?しないだろ。それに、だ。あんたらは友達が、たまたまテロリストだったからって簡単に切り捨てちまえるのか?俺には出来ないね。たとえテロリストだったとしても、Kは俺を理解してくれた初めての同世代学者だったんだ」
それに答えたのは、Q博士。
「友達なら、相手が間違った方向に行かないよう助言するのも友情というものではないかね?」
「それが間違ってるってのは、どう決めるんでぇ。もしかしたら、間違ってんのは俺達なのかもしれねぇぜ」
Q博士から視線を外し、リュウはモニターを見つめた。
今は誰とも通信しておらず、宇宙に浮かぶビアンカを映している。
背後からドリクが喚いた。
「間違っているだと!?侵略されそうになったんだ、抵抗するのは当然だろう!」
「侵略だって?冗談じゃねぇ」
目線をモニターに向けたまま、リュウは呟く。
「最初に攻撃したのは地球人だっただろうが。もう忘れちまったのか?この戦いの原点を」
「Kは」
ぽつん、とメリットも呟く。
「Kは、地球人の早計が許せなかったのよ。あまり詳しく話してくれなかったけれど、私には判る。彼は彼なりに、この戦いを止めたかった。だから宇宙人の元に下ったんだわ。暴力だけでは、何も解決しないと」


クレイの勘はいよいよ冴え、逆にピートの動きが鈍ってくる。
それでもピートは攻撃の手を休めなかった。
いや、休めたら負けてしまうので、休めるわけにはいかなかった。
頭の隅でジクジクしていた痛みは今や脳の全体まで広がっていて、ピートを悩ませる。
手足が棒のように重かった。それでも意地でコンソールに念を送る。
ヴィルヴァラは、足の故障以外は無傷といってもいい。
こちらの思うがままに動いてくれるのが救いだった。
もはや、何のために戦っているのかなど、どうでもよかった。
この戦いが終わった後のことも、どうでもよい。
クレイに勝つ。今のピートには、それしか頭になくなっていた。
ブルー=クレイ、Q博士の造り出した最高傑作のパイロット。
人工的に生み出され、宇宙人との戦いで英雄になることを約束された人物だ。
彼は生まれながらにして人類最後の希望であり、皆からも大事にされていた。
だが、人工的に生み出された生物など人間であるはずがない。
Q博士が死んだら、こいつは絶対暴走する。
宇宙人よりも厄介な敵になる可能性だって、あり得る。
――と、ピートが頑なに思いこんでいたのには理由がある。
それというのも、クレイには感情らしい感情が一切ないように思えるのだ。
与えられて覚えた知識以外のものが見えない。感情が、あまりにも不透明すぎる。
それに、何をやるにもQ博士の助言を基本に動くのも気に入らない。
Q博士が言ったから、Q博士が言うことに間違いはないから。
Q博士がいなければ、お前は何も出来ないのかと突っ込みたくなるほど、彼はQ博士の名前を連呼した。
確かに、Q博士はアストロ・ソールの中心人物だ。リーダーは彼であると断言しても間違いではない。
だから彼を信じてメンバーの一人となった以上、彼に従うのはスタッフとして当然の義務である。
とはいえ、人間ならば自分の頭で考えることも必要だろう。
一から百まで他人の言うとおりに動くなど、考える知能を持っていないに等しい。赤子以下の存在だ。
今だって、奴はきっとQ博士に言われたからオレと戦っているんだ。
Q博士がヴィルヴァラごとオレをブッ壊せと命じたら、何のためらいもなくブッ壊すに決まっている。
え?Q博士が、そんな命令出すわけないって?
甘いね。オレは地球にとっちゃ裏切り者なんだぞ。
どうせ、このまま負ければ捕まって国際裁判に送られる。
運が良ければ終身刑、悪ければ――
『くっそォ!』
ヴィルヴァラの振り回した銃を、寸でのタイミングでAソルが身をかがめて避ける。
ギリギリじゃない。計算された動きだ。無駄を省き、体力温存を図っている。
クレイの勘は冴えていたが、代わりに体のほうが無事ではない。
今まで受けたダメージは蓄積されており、気を張っていないと倒れそうなほどの激痛に悩まされていた。
だが戦う前、ピートに言ったことは嘘ではない。
勝てる自信はないが、負けるつもりもない。
このまま戦い続けていれば、自滅するのはピートのほうだ。
念動式最大の弱点。それが必ずピートの足を引っ張ることになろう。
できることなら、そうなる前に彼を止めたかったが、機体の性能差は如何とも埋めがたく。
こちらの攻撃の殆どは、あの憎たらしい防壁で防がれてしまう。
あれはピートが念じて発動しているのではない。機体に備わるオート機能であるとクレイは予想した。
何故ならピートの意識は攻撃だけに集中しており、こちらの攻撃には全くの無頓着に見える。
腕で庇う、その程度の動作すら取らないのが何よりの証拠だ。
再び振り回された銃を避け剣を打ち込むが、当たるかという直前バリアで防がれる。
ピートが意識を失っても、この機能は維持されるんだろうか。だとしたら、彼を救う手だてがない。
『助太刀するわ、お兄ちゃん!』
ビリビリとスピーカーを震わせるほどの通信が入ったかと思うと、ヴィルヴァラの上半身が大きく弾ける。
――当たった!?
まさか、バリアを貫通したというのか!
撃ったのはBソルだ。通路を一直線に飛んでくる。
『お兄ちゃん、聞いて!あいつのバリアには弱点があるわッ』
飛んで来るなりヨーコが怒鳴る。
『一回攻撃を防いだ後、次の発動まで二秒の間が開くの!』
二秒の間だって?
ずっと接近して戦っていたが、そんなのクレイは全く気づかなかった。
避けるのと当てるのに精神を集中していたから、気づけなかったのかもしれないが。
「よく見抜いたな、ヨーコ」
少し悔しい思いも交えて褒め称えれば、すぐさま嬉しそうな声が返ってくる。
『どんな機械にも必ず弱点はあるって、お兄ちゃんが前に教えてくれたんじゃない』
そうだった。
訓練ばかりしていた頃、そんな豆知識を彼女に教えたこともあったっけ。
ちょっと前まで平和だったのに、あの時間が、今はとても懐かしく感じられる。
ともあれBソルとCソルの合流により、一気に形勢は有利になった。
あとはピートが素直に投降してくれれば問題なしなのだが、さすがにそう上手くはいかないだろう。
現にヴィルヴァラは後方へ距離を置き、銃を構えている。やる気満々だ。
『まだやろうっていうの!?こうなったら機体を破壊してでも、あんたを引きずり出してやるわよ!』
ヨーコが叫んだ時だった。
ヴィルヴァラが、手にした銃を後ろへ放り投げたのは。
『え――!?ピート君、やっと判ってくれたんですか?』
呼びかけるミリシアに、ピートがニヤリと笑って応えた。
『……まさか』
通信を通して伝わってくる気迫に、クレイはピンとくる。
モーション・トランスだ。
ピートはモーション・トランスに切り替え、一発逆転を狙ってくるに違いない。
ヴィルヴァラが念動式ロボットであるというのならば、必ず、あのモードも採用しているはずだ。
「気をつけろ、ヨーコ、ミリシア!ピートはモーション・トランスを」
言い終わる前にピートが動く。
クレイへ答える暇もなくBソルが、続けてCソルも吹っ飛ばされ、瞬時に奴の機体が目前に迫る。
「くッ!」
避ける、それしか頭に浮かばなかった。
だがギリギリの処で避けきれず、Aソルも大きく跳ね飛ばされて壁に激突する。
激突直後、目の前が真っ暗になりクレイは膝をついた。
なんだ、今の動きは――!
混乱するクレイ達の耳に、ピートの嘲笑が響き渡る。

『……ヒヒヒ、ヒャァッッハハハハ!見たか!これが、オレの本気だァァッ!!!』

狂おしいほどに甲高い嘲り声。
今までに一度も聞いたことのない、ピートの声だった。
思わず耳を疑ってしまうほどの薄気味悪さに、ヨーコの背筋はゾッとなる。
壊れた。
ピートが、壊れてしまった……?
狂った嘲笑をあげながら、ヴィルヴァラが再び突っ込んでくる。
そのスピードたるや、速いなんてもんじゃない。もはやヨーコの勘でも捕らえきれないほどの勢いだ。
搭乗式ロボットが肉眼でもレーダーでも追い切れないなんて、ありえない。常識で考えても。
『きゃあ!』
壁に叩きつけられ、Cソルの胴体がひしゃげる。
ミリシアの意識は、そこで途切れた。
『ミリシア!……くっそぉーッ、調子に乗ってるんじゃないわよ!!』
Bソルが銃を構えるも、ヴィルヴァラの動きは速すぎて照準も合わない。
このまま撃っても、無駄弾だ。そう考えたクレイは、一計を投じる。
「ヨーコ、俺が仕掛ける。目の前で何が起きても、引き金を引くんだ。いいな?」
『え!?お兄ちゃん、一体何をするつもり――』
「行くぞ」
短い言葉を最後に、Aソルからの通信は切れた。

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