BREAK SOLE

∽79∽ 君の声は届かない


『で、格納庫にオレを連れ込んだって事は、一対一で勝てる自信があるって言いたいワケ?』
クレイは廃ステーション・ビアンカ内にある、インフィニティ・ブラックの格納庫へ飛んでいった。
その場にあった戦闘機を破壊するでもなく、真っ向からヴィルヴァラを迎え撃つ。
再び通信を繋いできたピートへ彼は答えた。
「勝つ自信があるとは言わない」
『へぇ?その割にはヨーコも置き去りにしたじゃん。Cソルは当然としても、ヨーコは必要なんじゃねぇの?』
「勝つ自信はないが、負けるつもりもない」
『ハァ?何ソレ』
純粋に機体の性能で見れば、一対一で勝つのはピートのほうだろう。
なのに奇妙なほどクレイが落ち着いているのは、気にくわない。何か企んでいるというのか、この男は。
ただでさえ疲れ始めているところに妙な余裕を見せつけられて、ピートは苛立った。
『負けるつもりがなくても、オレには負けちゃうんだよッ!この、ヴィルヴァラの力でなぁッ』
言うが早いか、銃口からは目映い光線が放たれる。
逃げるAソルに追う光線、を追いかけて同時にヴィルヴァラも動いた。光線と同じスピードで。
馬鹿な――!と、地球の科学者なら言うかもしれない。
光線と同じスピードで動ける機体など、物理的に存在しないと。
だが、宇宙人の力学では可能なのである。地球の技術には存在しなくても、彼らの持つ技術ならば。
ガツンと鈍い衝撃を横合いから受けた上に光線も当たり、無重力状態でAソルがよろめく。
初めてのヒットにピートは狂喜乱舞し、さらなる追い打ちとばかりにAソルを両手で押さえ込む。
『どうだぁッ!クレイ、お前だけが念動ロボットをうまく扱えるわけじゃないんだぞ!!オレだって、やれば出来るんだ!』
二度、三度と腕でAソルの頭、胴と殴りつける。
さすがに堅くて装甲をブチ破るまでには至らなかったが、衝撃は中にまで響いているはずだ。
いや、今のクレイはモードを変えている。衝撃は奴の体にも直接伝わった事だろう。
変えなければ、いくら三対一といえどヴィルヴァラの猛攻を逃れることなど出来なかった。
四度目の蹴りを最後にAソルは腕から逃れ出るが、間髪入れず追撃のヴィルヴァラに体当たりで吹き飛ばされる。
体勢を立て直す暇など与えない。
ピートの戦闘できるタイムリミットが近づいてきているのだ。
一秒でも早く倒さないと。それに、このバケモノだけに手こずっている訳にはいかない。
体勢整わぬうちに光線を受け、それでもAソルは爆発しない。表面がベコンとへこんだだけだ。
味方だった時は頼もしかった頑丈さが、敵となってみた今では憎たらしく感じられる。
構わず、ピートは撃ち続けた。
一発といわず二発、三発と幾筋もの光線がAソルへ襲いかかり、一発目を除いて全てが被弾する。
光線の行方など、ピートは悠長に眺めていない。
光線を撃ちすぎて焼けこげた銃を放り出すと、瞬時に間合いを詰め、またも殴りかかる。
一発、二発、三発。そして四発目の蹴りを入れた時、彼は確かな手応えを感じた。
間違いない。以前よりもクレイの避けるスピードが落ちてきている。
衝撃のダメージがパイロットの体へ直に響いている、紛れもない証拠だ。
トドメを刺すなら、今しかない。
『これで、終わりだ!!』
両手を組み、勢いよくAソルの頭に叩き落す。
ベコン、と音がしてAソルの頭部はペシャンコになる――


――はずだった。


『何ッ!?』
まさかの、からぶり。
有り得ない事態に怯むも、次の瞬間には後ろから激しい衝撃を受けてヴィルヴァラが吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばしたのは、もちろんAソルだ。
完全にラッシュで捕まっていたはずのクレイは、一瞬にしてピートの攻撃範囲から逃れ背後に回っていた。
背後から思いっきり剣を叩きつけ、さらには回し蹴りでヴィルヴァラを吹っ飛ばす。
驚くべき回避力に、クレイは自分でも驚いた。
ピートがトドメを刺そうと振りかぶった一瞬、彼の脳裏に浮かんだのはリュウの乗った戦闘機であった。
もし、Aソルがここでやられたら。ピートは迷わずリュウ達の戦闘機を落としに行くだろう。
そう考えた瞬間、自分でも思いがけないほどのスピードでAソルが動いた。いや、動かせた。
あの時と同じだ。金色のやつと戦った時のように、いやに感覚が冴えている。
体中がズキズキするのも、先ほど折られた肋骨の痛みも、全く気にならないぐらいに。
クレイは、ちらっと横目で時間を見る。
ここへ突入して、ピートと戦い始めてから既に何時間が経過したのだろう。
願わくばピートがダウンするよりも前に、ヴィルヴァラを戦闘不能にしてやりたい。
念動力を使いすぎるのは、よくない。
普通の人間なら、ソールのように意識不明に陥ることもある。
潜在能力ではクレイを上回ると期待されていたピートだが、それもアストロ・ソールに居続けたらの話である。
インフィニティ・ブラックで充分な特訓が出来たとは思えない。
やはりピートの動きがすごいのではなく、ヴィルヴァラという機体自体がすごい性能だったのだ。
……などと、ヴィルヴァラの猛攻を紙一重で避けながら、クレイは考えた。
紙一重といっても余裕なくギリギリで避けているのではない。
余裕をもって、寸前で避ける。無駄な動きを省いた、合理的な動きで避けているのだ。
防衛に回っているものの、Aソルは再びヴィルヴァラの攻撃を食らわない状態まで回復していた。

急激に動きの良くなったAソルを見て慌てたのは、現場のピートだけではない。
Kを含むインフィニティ・ブラックの面々も、焦っていた。
片方のモニターではBソルやCソルが防衛装置を破壊し、中央のモニターにはピート劣勢の場面が映っている。
「馬鹿な!奴はモーション・トランスを使っているんだろ!?なのに、何故あそこまでダメージを受けているのに動きが良くなるというんだ!?」
モーション・トランスとは、コンソール・コンセレーションよりも一段階上の操縦方法である。
リュウが持ち帰ってきた設計図にも書いてあったが、コンセレーションよりも精密な動きが出来るらしい。
良い面ばかりではなく反動と負担は二倍になるし、機体が受けたダメージも直接パイロットに響く。
言ってしまえば諸刃の剣であり、改良の余地が見られるシステムだ。
だから設計図をツイン星人へ手渡す時に、Kはちゃんと注文しておいた。
常にモーション・トランスの状態で動かせるコンソール・コンセレーションに仕上げてくれ、と。
ヴィルヴァラの基本モードであるコンセレーションは、ソルよりも精密度の高い操縦となっている。
それでいて、機体とパイロットの精神は直結していない。
一応もう一段階上、つまりモーション・トランスもついているが、こちらは使わない方がいいと言われた。
地球人では反動が強すぎて使いこなせないか、下手すると使用後、廃人になってしまう危険もあるという。
モーション・トランスが用意されていることを、Kはピートに伝えなかった。
それを使わなくても余裕で勝てると思っていたからである。
戦艦ブレイク・ソールとの戦いで、ピートが負けそうになったら話そうと思っていた。
だが今の状況を見る限り、そんな事も言っていられないようだ。
「ピートに回線を繋げ。彼に伝えてやろう、絶対勝利の条件を」
Kの言葉に、真っ先に反応したのはトール。
「待って下さい!今のピートがモーション・トランスを使ったら、あいつは崩壊してしまいますッ!!」
弟を心配する声に、Kはキッと睨みつけ怒鳴り返した。
「使わなければAソルにやられてしまうんだぞ!使って得られる勝利と、使わずに破壊で訪れる死と、どちらのほうが有益かは君にも判るはずだ!」
怒気の荒さに怯み、言葉を失ったトールだが。すぐさま反撃に出た。
「クレイは、人を殺したりしません!あいつなら、ピートのことを殺したりは」
「人を殺さない?殺さないだと!?では聞くが、シュゲンは一体誰にやられた?あの赤い機体にだろうが!!」
「……!」
痛いところを突く。
乗っているのが予め地球人だと判っていたら、きっとクレイはシュゲンにトドメを刺さなかったはずだ。
地球人の命を取ってはいけない。
何人ものスタッフが何度も何年も彼に繰り返し教えて、育ててきたのだから。
あの時は判らなかったから、殺してしまった。だが、今は相手がピートだと判っている。
それでも彼は、ブルー=クレイは、自分と同じ地球人を殺してしまうのだろうか?
「通信、繋がりました!」
オペレーターの叫びに振り返り、Kがピートへ伝える。
「ピート、聞こえるか?君の機体には、モーション・トランスが仕込まれている」
『も、モーション・トランス!?何それっ、うわっ!』
「コンソール・コンセレーションの一段階上を行く操縦方法だ。今のままでも充分精密な動きを誇るヴィルヴァラが、さらに俊敏になると思えばいい」
『すげぇ!まだパワーアップの余地を残してたんだ、この機体って』
「あぁ、その通りだ。君の乗る機体は、地球設計にして宇宙産の最高傑作なのだよ。モーション・トランスで戦えば、君は絶対に負けない。相手が人工的に造り出された生物だとしても」
Kは言わないつもりか、モーション・トランスの短所を。
横で通信を聞いていたトールが叫ぶ。
「ピート、モーション・トランスを使うなら瞬殺で決めろ!じゃないと」
その続きはピートに聞こえることなく断ち切られた。
舌打ちと共に「通信を切れ!!」と命じたKの仕業によって、通信を一方的に切られた。
「K!!」
「トール、横やりがすぎるぞ。君は黙って弟の帰還を信じていればいいんだ!」
「それでは、あまりにもアンフェアじゃないか!装置のデメリットをパイロットに教えないのは卑怯だ!!」
「ピートが瞬殺で勝てば済む話だ。使う前から不安を与えてどうする?」
なおもトールが何か叫び返そうとした時、オペレーターが口を挟んでくる。
「K、お話中すみませんが通信が入ってきています!通信先は、メリットですッ」

BソルやCソルが防衛装置を破壊してくれたおかげで、リュウの乗った戦闘機は快適に進めた。
メリットもリュウも、ここの内部は知り尽くしている。
迷うことなくメインルーム前まで辿り着けた。
しかし妨害として用意されたのがヴィルヴァラ一機と防衛装置だけというのは、Kらしくもない。
彼のことだから総力戦と称して、技師も戦闘機に乗せて待機させているかと思っていたのに。
必要となれば親だろうと切り捨てる。彼は、そういう冷酷な面も持ち合わせている男だった。
「こいつぁ、クーガーの死が原因……かな?」
呟くリュウに、メリットが相づちを打つ。
「えぇ。併せて私達も彼の元を離れてしまった。きっと、Kは友人のいなくなる恐怖に気づいたんだと思うわ」
親しかった人間が、ある日を境にいなくなる。その後は孤独という寂しさが毎日続く。
いくら組織のボスだからといって、組織全ての人間と親しいわけじゃない。
分かり合える天才がいなくなったことへの孤独感は、分かり合えない凡人には判らないものだ。
「だがよ、あいつはきっとピートを捨て石にするつもりだぜ?」
「えぇ。それも仕方ないわ。だって、ピートはKの友人ではないもの」
今までの通信は全て、盗聴していた。
クレイがヨーコやミリシアへ送った通信も、ヴィルヴァラのパイロットとやり合う通信も、全て。
その中で、何度か出てきた名前が『ピート』だった。
アストロ・ソールを裏切って、よりにもよってインフィニティ・ブラックへ紛れ込んだ馬鹿な子供だ。
Kが念動式ロボットを組み立てたのも、全てはアストロ・ソールを倒すためだ。
ソルと戦艦ブレイク・ソールさえ倒してしまえば、地球は丸裸。あとは、どうにでもなる。
そのためだけに、わざわざ逃亡中のピートを見つけてきて、仲間に引き入れた。
何か、うまいことでもいって彼を戦う気にさせ、新機体に乗り込ませたのだろう。
「通信を入れて」
不意にメリットがポツリと言った。
「どこへ?」
尋ねるリュウを真っ向から見つめ、彼女が応える。
「Kの元に決まっているでしょう」
前置きも何もなく、単刀直入にメリットは切り出した。
「K、久しぶりね。今すぐヴィルヴァラの抵抗をやめさせて」
通信の向こうから聞こえるのは、ざわめき。ややあって、Kが苦渋に満ちた返事をよこす。
『メリット……しばらく見ないうちに、君はアストロ・ソールに飼われてしまったのか?』
そっけなくメリットは「飼われていないわ」と答え、メインルームの前にいる事も告げる。
「K、真面目に聞いて。アストロ・ソールはソルが帰還次第、このステーションを砲撃するつもりよ」
これはクレイ達も与り知らぬ作戦だが、司令ブースにいた二人は耳にしていた。
三機のソルが帰還後、ステーション内の人間が通信に応じないようであれば丸ごと砲撃で吹っ飛ばす。
クレイ達に教えなかったのは、日頃の教えと食い違うからだという。
地球人だけは殺すな。
そう教えてきた手前、地球人の立てこもるステーションを破壊するとは言えなかったのだ。
しかし、後から事実を教えるのはアンフェアではないのか?
口を挟むリュウを見て、Q博士は眉根を寄せた。
彼曰く「アストロ・ソールも一組織だけで動いているわけではないからのぅ」だそうだ。
ここへ至るまで、アストロ・ソールが博士達だけの資金でやってこられたとは思えない。
やはり、どこかの国から資金援助を受けていたと考えるのが妥当であろう。
大方その国から要請されたのだ、インフィニティ・ブラックを消滅させろと。
地球を裏切った組織なんて、宇宙に残しておいても意味がない。
ましてや宇宙人の武力を借りた勢力では、同じ武力を持つ者にしか扱えまい。
要するに捕まえた後の処理に困るので、全ての始末をアストロ・ソールへ押しつけたのである。
捕まえても改心しないようであれば、滅ぼしてしまえ――
「ブレイカーの威力は見たでしょう?ジェイも、一瞬で消されてしまった」
『……確かに、あれの威力は我々の予想を遥かに上回っていた。だが』
語気を荒め、Kは言う。
『あれを見て、君は何も感じなかったのか?地球人は、なんて野蛮なんだと』
「思ったわ」
頷き、彼女も反論する。
「思ったからこそ、あなたを止めに来たの」
『どういう意味だ?』
狼狽えるKへもう一度頷き、メリットは彼に頼んだ。
「K、ここを開けて。あなたと会って、直接話がしたいわ」

戦闘機から降りてきた人物は、一人ではなかった。
メリットに続いて運転席から降り立った人物を見て、インフィニティ・ブラックの面々は驚いた。
がっしりした肉体。見覚えのあるボサボサ頭に、サングラス。
「リュウ!君もアストロ・ソールに投降していたのか!?」
「オイオイ、投降ってのは人聞きが悪ィな。俺ァ、ハナから誰も裏切ってねぇぜ」
驚くKへニヤッと微笑み返し、リュウが肩を竦める。
「俺は昔っからクレイの友達だったんでな、あいつの元に帰ったまでだ。んでK、お前とも友達だから、こうやって戻ってきた。そんだけの話よ」
その横で小さく「すんなり戻ってもいないくせに」と呟いたメリットが一歩前に踏み出す。
Kへ近づこうとしたのだが、一斉に銃を向けられ諦めた。
「銃を……そう。昔の仲間でも、つれないのね。一度でも抜けたら敵ってわけ?」
項垂れる彼女を、Kが冷たく突き放す。
「悪いが、君達のことを全面信用した訳じゃない」
「それにしちゃあ、中に入れてくれたじゃねぇか?やっぱり、お前寂しかったんだろ?俺達が居なくて」
すかさず突っ込むリュウも冷たく睨み、Kは彼らを促した。
「君達の言い分には興味がある。真偽はさておき、聞くだけ聞こうじゃないか」
態度はどうであれ、一応話は聞いてくれるつもりのようだ。
リュウとメリットは目配せしあい、互いにホッとする。先に切り出したのは、メリットであった。
「K、あなたの言うとおり地球人は野蛮で卑劣よ。今だってパイロット達には内緒で、ここを砲撃しようとしている」
「パイロット達には内緒?……ふぅん、なるほど。トールの言った通りか」
「トール?そいつぁ、もしかして」
「あぁ」背後を振り返り、金髪の男に視線を向けながらKが頷く。
「ピートの兄だ」
ピートは知っているな?と聞かれ、メリットもリュウも頷いた。
「Cソルに乗っていた子供でしょう?ブレイク・ソールで何度も耳にしたわ」
「フランスで大失態やらかして、戦力外通知だされたってんで逃亡したんだってな?」
その言葉へトールは露骨に反応し、キッと睨みつけてくる。が、彼は何も言わなかった。
「どうしたんだ?兄貴、弟が可愛いなら反論したっていいんだぜ」
リュウの煽りにも彼は黙って下を向き、代わりにKが答える。
「彼は自重しているんだ。さっき、余計な口を訊いて怒られたばかりだからな」
「ふん。相変わらず、下っ端連中にはお厳しいことで」
肩を竦めるリュウに、Kも薄い笑みで返す。だいぶ余裕が戻ってきたようだ。
「ってことは、今あの新型に乗ってるのがピートって奴か?」
あえて尋ねると、Kは案外素直に頷いた。心持ち、得意そうにも見える顔で。
「その通りだ。念動式を動かせるのは彼しかいないんでね」
やはりか。逃亡中という心の闇を突くような交渉を持ちかけたに違いない。
目の前の男なら、Kなら、そういうことをやりかねない。
彼の口述に、ジェイもメリットも騙されたクチなのだ。
トールを一瞥し、メリットがKを非難する。
「どうして、彼を乗せてしまったの?」
「そうだ、この戦いは最早負け戦だぜ?勝ち目のない戦いに投下するなんざ、可哀想だろ」
リュウも同意したが、最後のほうはKの大きな声にかき消された。
「負け戦?君達は見なかったのか、ヴィルヴァラの性能を。あれこそ完成された念動型と呼ぶべきだ」
駄目だ。
Kは、機体の性能に溺れていて大局が見えていない。
いや――或いは。本人も薄々気づいていたのかもしれない。これが負け戦であることを。
それでも彼は、逃げ出せなかった。死んだ仲間の無念晴らしや、地球への憎悪が強すぎて。
「K。それでもヴィルヴァラは、Aソルに勝てないわ」
冷たくメリットが釘を刺し、横目にトールを見ながらリュウも追い打ちをかけた。
「念動式はパイロットの身体と精神に大きな負担をかける。……だろ?トールさんよ」
両手で腕を押さえ、じっと黙っていたトールが苦しそうに呟いた。
「そう……です。ピートの精神力では、保ってあと一時間半が限界だと」
次第に呟きは小さくなり、彼は床に膝をつく。
「うっ……うぅっ……ピート…………」
泣いていた。ボロボロと涙をこぼし、人前だというのにトールは泣き崩れる。
なのに、誰もトールを慰めようとしない。
Kに遠慮しているのか、それともトールもピートと同じで、実は仲間扱いされていなかったのだろうか。
サングラスを外し、リュウが真っ向からKを睨みつける。
「一時間半と、一日。動ける時間範囲を考えたら、どう考えてもピートに勝ち目はねぇ。あいつが廃人になる前に、戦いを止めるんだ。じゃないと、ここはブレイカーで吹っ飛ばされる」
思いのほか真面目な顔の友人を前に、Kは瞼を閉じて、しばし考え込む。

答えは最初から出ていた。
あの日、地球へ弓引く覚悟を決めた時から、ずっと。

焦れて「K!」と叫ぶリュウとメリットへ瞼を開けると、Kは凛とした声で、はっきりと伝える。
「我々は最後までアストロ・ソールと戦う。予測なら、幾らでもできるだろう。しかし実際の勝敗というものは、最後まで結果がわからないものだよ」
尚も呼びかける二人へ背を向け、彼はそっけなく言った。
「……早く立ち去った方がいい。ここは砲撃されるんだろう?君達を人質に取ることも考えたが、今の話を聞く限りでは君達も彼らに切り捨てられそうだから、人質としては使えないだろうな」
それを聞いた直後、リュウにもメリットにも直感で判ってしまった。
Kは死ぬつもりだ。このビアンカと共に――!

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