BREAK SOLE

∽78∽ 去りゆく脅威、忍び寄る気配


三対一なら、すぐ終わらせられる――
そう考えていたヴィルヴァラとの戦いは、思った以上に長引いていた。
一番厄介なのは機体自身の性能にある。
これまでの攻防で判ったのは光線がホーミングレーザーであるのと、高速移動時に生じるステルス機能。
それから物理攻撃を弾くバリアらしきものも備えている。
ソルと同じ念動式とは思えないほど高性能なのは、やはり宇宙人の技術で造られたからだろう。
今も放たれた光線を、Aソルはスレスレで避ける。
だが避けたと思ったはずの腕にヒリヒリとした痛みを感じ、クレイは顔をしかめた。
直接当たらなくても、装甲を削るのか。タイプαの光線を思い出させる威力である。
無類の頑丈さを誇るソルといえど何度もコレを食らったら、さすがに無事では済まない。
宇宙空間で機体に穴が空くのは致命傷だ。気圧差で宇宙に放り出されるのだけは、勘弁願いたい。
緊張からクレイの額を、じわりと汗が伝う。
それでも不幸中の幸いなのは、ピートも狙いが正確ではないという点であった。
反動が大きいのか銃を撃った後に、ほんの僅かだが隙も伺える。
といっても光線は追撃式なのだから、たとえ狙いが外れていたとしても油断はできない。
ギリギリの寸前でかわさないと、ミリシアのように両肩の砲筒を潰されるのがオチだ。
Cソルは既に戦闘不能の一歩手前までやられている。
メインの槍砲は、とっくの昔に光線で焼き潰されてしまい、攻撃手段を無くした彼女は後方に下がらせた。
クレイの乗るAソルとヨーコのBソル、二機の追撃をかわした上でCソルを攻撃されたのだ。
ただ事ではない。
ピートの操縦能力は、以前のデータなど比較にならないほど成長していると見ていいだろう。
そればかりではない。彼の攻撃からは、鬼気迫るものをクレイは感じた。
重力を切られてからの主導権はヴィルヴァラが握っており、ソルはひたすら防衛に回るしかない。
一歩でも逃げ遅れれば、装甲を削る光線にやられてしまうのだ。攻撃どころではない。
一体何が彼を、ここまで成長させたというのか。自分を捨てたアストロ・ソールに対する復讐心?
ピートは、この戦いの向こうに何かを求めているのだろうか――だとしたら、一体何を?

インフィニティ・ブラックが固唾を呑んで見守る中、モニターの向こう側では青い機体が被弾する。
「やった!」
誰かが小さく叫んだが、Kの表情は硬いままだ。
CソルもBソルも追い込んでいるというのに、Aソルだけが捉えられない。
三つ全ての機体を戦闘不能に追い込まなければならないというのに――!
モニターから目を離さず、Kがオペレーターに尋ねた。
「ピートの精神力は、あとどれくらい持つ計算だ?」
「訓練では――」
同じくモニターを見つめたまま、オペレーターは答える。
「三時間。三時間ぶっ続けでダウンする計算でした。実戦の緊張からくる負荷を考えると、ピートはあと二時間で意識を失ってしまうかもしれません」
あと二時間だと?
あと二時間で、あの赤いやつが捕まえられなければ、ピートは終わりだというのか。
未だ致命傷はおろか大したダメージも受けていない赤い機体を睨みつけ、Kは小さく唸った。

ビアンカへ向かうリュウも、戦いの熱エネルギーを感知していた。
「まだ入口付近で戦っている。どうするの?これでは中に入れないわ」
レーダーを見ながらメリットが言うのを横目に、リュウが通信回路をAソルへ繋ぐ。
「なァに、クレイに言ってヤツを誘導させる。あいつは俺の言うことなら何でも聞いてくれるからな」
「できるかしら?」と尋ね返してきた彼女に片目を瞑り、リュウは自信たっぷり答えた。
「できるさ」
「やけに自信があるのね。クレイがエースだから?」
なおも彼女は絡んできたが、それには答えずクレイ側の通信が開くのを待つ。
ややあって応答した彼は、やけに切羽詰まった声を出してきた。
『こちらブルー=クレイ。現在ビアンカは戦闘中。戦闘機は、ただちに避難して下さい』
「わかってるよ」
応えたのがリュウと知って、クレイは驚いたようだった。
息を呑む音が聞こえ、続いて怒りを抑えた調子で尋ねてくる。
『兄さん……どうして兄さんが、戦闘機で?誰かに行けと命じられたのですか』
怒りの矛先は、別の誰かに向かっているようだ。
艦長あたりに捨て駒として、リュウが強制出撃させられたのではないかと疑っているのだろう。
「その話は後でしてやる。それよりも俺の頼みを聞いて貰えるか?」
『……なんでしょうか』
「お前が戦ってる敵をな、入口から遠ざけて欲しい。誘導するんだ、別の場所へ」
『別の、場所?』
「入口以外なら、どこだっていい」
通信にメリットも割り込んで助言する。
「入口を入って右手の通路を行けば、格納庫に出るわ」
『メリット!……メリットも一緒なのですか?』
「あぁ、一緒だ。俺達はな、Kへ会いに行くんだよ」
目的をバラすと、通信の向こう側は沈黙する。ややあって、クレイがまたも尋ねてよこした。
『メリットが、そう望んだからですか?それとも兄さんがインフィニティ・ブラックに未練を』
「バカ、未練なんかあるかよ。ただな、Kも俺とメリットにとっちゃ大事な友達なんだ。お前だって友達を見捨てちゃ駄目だって、Q博士に習わなかったか?」
『……習いました。しかし』
「Kは地球にとっての反逆者であり犯罪者だから、許すことはできねぇってか?だがそいつは、お前らの言い分であって、俺達が言うことを聞く義務はネェな」
再び沈黙。
ヴィルヴァラと戦いながら、クレイの本能と理性も彼の内面で戦っているのであろう。
『兄さんはKに会って、何を話すつもりなのですか?』
「別に、投降を奨めるつもりはねぇ。ただ――」
言いよどんだリュウに変わって、きっぱりとメリットが言い足した。
「地球とは関係のない場所まで彼を逃がす。私達の願いは、ただそれだけ」
『逃がす?』
聞き返すクレイに、今度もハッキリと彼女は言う。
「地球と関係ない場所で暮らすよう、彼に奨めるの。戦いの場から逃げ出せば、彼はもう戦わなくて済む。地球人も追ってこない場所で、静かに」
「そんな場所があるかどうかは判らねェ。だが、宇宙人の技術を使えば、探せるかもしれねぇ。どうせ地球を捨てた奴らなんだ。地球とは関係ない場所まで逃げれば、そのうち地球の事も忘れられるさ」
Kを逃がしたい。
生かしたい。
彼を、地球人に殺されたくない――
リュウとメリットの気持ちが伝わったのか、長き沈黙の後にクレイは頷いた。
『判りました。Kの説得を兄さん達に任せます。ヴィルヴァラは俺が責任を持って誘導します。その場所で五分ほど待機して下さい。五分後、レーダーを確認してから突入開始をお願いします』
「あぁ、わかった。頼んだぜ、クレイ」
通信を終え、リュウは傍らに座るメリットへ微笑む。
「な?クレイは必ず俺の言うことを聞いてくれるだろ」
「確かに……ね。でも、聞いてくれるのと、できるのは違うわ」
冷静に切り返す彼女へ、さらにリュウは力強く首を振る。
「念動力は活動時間が制限されているってのを知らねぇのか?動かすにゃ、精神力の持続がモノを言うからな。クレイはよ、最大でも一日ぶっ通しで動かせるらしいぜ。新型機に乗る奴が地球人だとすれば、この勝負はアイツの勝ちだ」

リュウとの通信を終えると、すぐにクレイは通信先をBソルの特殊回線へ切り替えた。
「ヨーコ、ミリシアにも伝えてくれ」
『え?何?お兄ちゃんッ』
彼女はヴィルヴァラに猛攻をかけている最中だが、全くといっていいほど見切られている。
「ピートを格納庫へ誘導する。二人は通路内の警備装置を残らず破壊して欲しい」
『格納庫へ?判ったわ、でもどうせならメインルームへ』
「格納庫で充分だ。入口から来る戦闘機は無視していい。それは味方だ」
『え?味方!?味方って、誰?』と尋ねる声も途中で通信を切り、Aソルがヴィルヴァラに突撃する。
突っ込んできた赤い機体を寸前でピートはかわすが、そのまま右手に入っていくAソルを慌てて追いかけた。
おい、待てよ、このバケモノ野郎!オレをほっぽって、どこに行こうってんだ!?
そっちを真っ直ぐ行かれたら格納庫に出てしまう。
格納庫にはまだ、幾つかの戦闘機が置いてあった。
そいつを潰されたら大変だ。だがBソルとCソルを放っておくのも危険である。
じゃあ、一体どうすれば?と、悩むピートの元へ通信が入る。
通信元はインフィニティ・ブラック、出ると同時にオペレーターが悲痛な声で叫んでくる。
『Aソルをおいかけてくれ!』との命令を受けて、ヴィルヴァラはAソルを追いかけた。
BソルとCソルを、通路に置き去りにして。
去っていくピートを目で追いながら、ミリシアがヨーコへ通信を入れる。
『どうしましょう。このまま奥へ行って破壊工作しましょうか?』
その問いには首を振り、ヨーコは答えた。
「いいえ、お兄ちゃんの作戦を決行しましょ」
『作戦?クレイさんの……ですか?』
「そうよ。ここら一帯にある警報装置を全て壊せって言ってたわ。今から突入してくる戦闘機がいるから、そいつを奥に通してやるんですって」
きっと、その戦闘機にはアストロ・ソールの代表が乗り込んでいるのかもしれない。
考えてみれば、衛星を破壊しろと博士に言われたけれど、Kを殺せとは命じられていない。
なんらかの形で彼を捕獲しなければ、この戦いの意味も真相も闇の中へ消えてしまう。
片っ端から壁に取りつけられた装置を破壊しつつ、ヨーコとミリシアはクレイの安否を祈るのであった――

モニターの向こうでは激しい閃光が焼きついている。
「ヴィルヴァラ、Aソルに追いつきました!」とのオペレーターの報告に、メインルームが歓声に沸く。
格納庫まで行かれたらアウトだ。
あそこにある戦闘機を潰されたら、インフィニティ・ブラックに残された戦闘力はヴィルヴァラのみになってしまう。
再び通路で始まったピートとクレイの戦いを見守りながら、トールはチラリと時計を見た。
戦闘が始まってから、すでに一時間と半分が経過している。
オペレーターの計算では、弟は三時間が限界だと言う。
あと二時間でAソルを、そしてB、C二つも潰して戦艦を叩く事ができるだろうか?
次に彼はクレイの最大行動時間を考え、目の前が真っ暗になる思いがした。
あのバケモノ、いや人工人間は、確か最大で一日経過を達成したはず。正確には二十五時間四十六秒だ。
Q博士の予測を遥かに上回る記録だとかで、大騒ぎしたのを覚えている。
あれから三年経っているから、さらに記録が更新されている事だろう。
それに、クレイには実戦経験もある。実戦を積めば積むほど、コンソールの操作にも慣れてゆく。
つくづく分の悪い賭けに、モニターが滲んで見えた。
弟は、もう戻ってこられないかもしれない……
こんなことなら、アストロ・ソールから逃げ出さなければよかった。
インフィニティ・ブラックなんかの戯れ言に、耳を貸さなければよかった。
だが、もう遅いのである。
地球の反逆者となった二人に残された道は、もう、これしかなかったのだ。


さて。
インフィニティ・ブラックを見限った宇宙人達は、その頃どうしていたかというと――
生産性、資源、環境、民族性の全てに不可のマークを書き加え、触角の男はフゥと溜息をついた。
ここはグーダーラ星人が所有する船、男は地球観察チームの一人であった。
彼らが作る『地球データベース』も完成を迎えつつあり、そろそろ本星からも帰還命令が届くはずだ。
「ベクトル星人の部隊が撤退したそうですわよぅ〜」
壁が二つに割れ、ワゴンと共に現れた女性は開口一番、新しいニュースを告げた。
手元の資料を隅へ押しやり、「そうかね」と男は再び溜息をつく。
ツイン星人とベクトル星人は最後まで戦うのかとばかり思っていたが、ついに撤退を始めたか。
思った以上に地球人が野蛮だと判り、これ以上の戦いは無意味だと、やっと彼らも悟ったのだ。
攻め滅ぼすまで戦うというのなら、最初から全力で武器を投下している。
だが、我々は攻め滅ぼすために来たのではない。少なくとも、我々グーダーラは。
ほんの少し、痛い思いをさせてやる為に来たのだ。そして、復讐はもう終わったと男は考える。
「我々も、そろそろ帰還時かな?」
男が呟けば、女性は小首を傾げ、頭の触角を揺らした。
「そうでしょうか?ですが、まだ」
「まだ?」
「ツイン星の皆様は諦めていないようですよ。地球の反逆者に機体を渡したりして」
移住の件か。しかし、地球への移住は諦めたほうがいいと思う。
先ほど作り終えたばかりの資料へ目をやり、あの星へ移住するぐらいなら船での漂流生活を望むとすら考えた。
それほどまでに、地球は痛んでいた。資源、環境、そして先住民。これが一番ネックかもしれない。
我々知的生物が地球人と暮らしていくのは、骨の折れることだろう。我慢や忍耐も必要だ。
貪欲でワガママ、好奇心旺盛で臆病。妥協を知らず、学習能力も皆無である。
これほど共存の難しい生態は、初めて見た。
「美しい星だが、住民レベルは最悪だ。それでも彼らは大地を目指すのだろうな」
「えぇ……もっと他に、良さそうな星がありそうなんですけどね」
ワゴンからカップを手渡されながら、男はKを思い浮かべた。
地球の知的生物――人間という種族の男。
彼らが接した中では一番友好的でありながら、どこか得体の知れない、油断のならない人物であった。
劣等生物の分際で、我々を出し抜こうとしている風にも見られた。
だから、グーダーラは早々に彼らへの援助を打ち切ったのだ。インフィニティ・ブラックへの協力を。
劣っている者は優れた者に従っていればよい。従えないものとは手を切るだけだ。
不意に小さな音がして、女性が受け答えした後に伝えた。母星からの通信が入ったらしい。
「本国より通信です。ご希望どおり、帰還命令がでましたわ」

グーダーラ、ツインと宇宙人が撤退を始めたニュースは、サイバラ星の面々にも伝わっていた。
「そうか……これで戦うものは我々のみになってしまったな」
呟く玄也へ、同胞らしき紫の人物が話しかける。
「我等も撤退するべきではないか?」
白髪の老人は、ちらりと意味ありげに相手を一瞥し、すぐさま首を真横へ振った。
「それは冗談のつもりか?だとしたら、笑えんな。我々は協議会の決定をも振り切って、ここまで来たのだ。地球の奴らを生かしておいては、近い未来、必ず他星の為にならん事態が起こりうる。そう言ったのは君ではないか。なぁ、クライオンネ?」
玄也に真っ向から見つめられ、紫の肌をした男――クライオンネは、そっと視線を外した。

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