BREAK SOLE

∽77∽ 非情の決意


クレイ達がピート相手に苦戦を強いられている頃、戦艦ブレイク・ソールにも動きがあった。
不意に手元が赤く点滅し、メディーナは慌てて目を落とす。
発信源は自艦、発着ブースで異常が起きたようだ。
モニターをそちらへ向けると、射出口が開いているではないか。
「射出口が開いています!何者かが無断で発進した模様ッ」
「なんじゃと!?」
これには博士達も慌てて、モニター越しにデトラへ通信を入れた。
「デトラ、何をやっておる!戦闘中じゃぞ、誰が勝手に出発した!?」
彼女の返事はない。
いよいよ以て緊急事態、また誰かが侵入してきたとでもいうのか。
T博士が生活ブースへ指示を送る。
「発着ブースに異常発生じゃ、手の空いている者は至急様子を見に行ってくれ!」
ふと、司令室を見渡したミグが、ポツリと呟いた。
「リュウの姿が見あたりませんね」
「何っ!?」と驚いたQ博士やU博士もキョロキョロするが、本当だ、司令室にいたはずの白滝竜が何処にもいない。
いや、リュウだけではない。メリットまでもが消え失せている。
「まさか……彼らは本当に、スパイだったのでしょうか?」
このタイミングでいなくなるなんて、それしか考えられない。U博士は青ざめた。
「戻るつもりだというのか?しかし、何故このタイミングなんじゃ。緊急のドサクサ紛れで逃げるにせよ、今は向こうでドンパチやっておる最中だぞ。危険極まりないわい」
常識的な意見をR博士が述べ、ミグもQ博士も首を傾げる。
「確かにのぅ」
「逃げるチャンスなら、いくらでもありました。何故、今なのでしょう?」
そんなのは、リュウ本人に訊かねば判るまい。
それよりも、応答しないデトラ。そっちの方が心配だ。
艦長ドリクソンが再び発着ブースへ通信を入れようとした時、発着ブースから応答があった。
モニターに現れたのは、生活班の結衣だ。
『こちら発着ブース、デトラを発見しました』
「おぉ!無事じゃったか、デトラ」
喜ぶQ博士へは小首を傾げ、結衣は歯切れも悪く応える。
『さぁ……無事と言って、いいのかどうか』
「なんだ!?怪我しているのか!」とドリクが血相変えて尋ねると、彼女は言い直した。
『いえ。外傷はありませんが、気絶しているようです。誰かに強く、鳩尾か腹を殴られたんでしょうね』
壁一枚隔てた部屋では結衣が射出口を閉め、もう一人のスタッフ、ティンはデトラに喝を入れる。
デトラは呻きと共に目を覚ました。
「大丈夫?私の声は聞こえる?」
気遣う結衣へ目をやると、二、三度頭を振ってから、デトラは立ち上がった。
「……大丈夫だよ、まだ頭はガンガンするけどね」
誰かに後頭部を殴られたらしい。
この大女に殴りかかるとなると、相手も相当な大男ということになるが……殴ったのは、リュウなのか?
続いて「誰にやられたんですか?」と尋ねるティンには首を振り、彼女は肩を竦めた。
「さぁねぇ。後ろからいきなりガツンだ、顔を見る暇もありゃしなかったよ」
「女性に不意討ちするなんて……相手は、よっぽどの卑怯者だね」
憤慨する結衣へ頷き、ティンは頭をさするデトラを促した。
「あ、あまり動き回らないで下さい。救護室へ行きましょう、レントゲンを撮っておかないと」
「いいよ、大丈夫だよ」と渋る彼女の腕を取り、司令室へも通信を入れる。
「では、デトラさんを救護室へ連れて行きますね。発着ブースの運転の切り替えを、お願いします」
『了解です』と、ミグ。
『発着ブースの運転をオートに切り替えます』
デトラをつれてティンが出ていった後。結衣は、改めて発着ブースを見渡した。
一、二、三……戦闘機が、一機足りない。
メリットとリュウが乗っていったのは、間違いのない処だ。
しかし、何故?どうして今頃になって、二人は出ていってしまったのか。
白滝竜には以前よりスパイ疑惑があがっていた。
だからといって、何も今この時期に出ていかなくてもよいものを。
第一、彼がスパイであるとされているインフィニティ・ブラックは、最早、風前の灯火ではないか。
今さら戻ったところで、何になる?共に滅びの道を歩む以外、ないじゃないか……


宇宙空間に浮かぶ、漆黒に塗られた宇宙船もまた、彼らの戦いを傍観していた。
「インフィニティ・ブラックとアストロ・ソールが交戦中。どうしますか?ダイゴウジ。助けに行ってやらないのですか」
窓際で星を眺めていた老人が振り返る。
「助けるって、どちらをかね?どちらも愚かな地球人だ、我々が乱入する必要もあるまい」
彼に話しかけたほう、紫の肌を持つ宇宙人は肩を竦め、通信機へ目を戻した。
「では、引き続き様子見ですね」

老人の名は、大豪寺玄也。
かつては地球の日本に住んでおり、ロボット研究で有名になったこともある男だ。
それが、どうして、未知の生物と同居しているのかというと――

サバンナで実験中の彼を襲った、謎の光。
あっと思う暇もなく、次の瞬間には真っ白な空間へ放り出されていた。
どうやら乗り物内部のようで、足下からはゴンゴンというエンジンの唸りが聞こえた。
窓から見える景色も動いている。
これが宇宙人に誘拐されるという事態かのぅ、などと余裕をふかす彼の元に現れたのは、おかしな人物。
一見は人間そっくりなのに、紫の肌と燃えるように真っ赤な髪の毛。
そいつが流暢な共通語で話しかけてくるものだから、玄也はハハァと考えた。
これは、誰かの仕組んだドッキリかも。
「ご気分は、いかがですか?」と尋ねる相手へニヤニヤしながら、彼は答えた。
「まぁまぁだね。ところで、ここは何処かな?」
なんと答えるのかワクワクしていると、紫の肌の相手は言う。
「我々の船の中です。しかし――驚かれないのですね。普通は、もっと狼狽えたりするものですが」
「まぁな。宇宙人など、見慣れておる」
冗談で言ったのに、相手は驚きに目を見開き「本当ですか!?」と尋ね返してきた。
なんとなく冗談だよと言いそびれ、玄也は頷く。
「まぁのぅ、ロボット研究などやっておれば、見かけることもあるわい」
「そうでしたか……」
では、話も早い。と、相手は改めて玄也へ頭をさげて、自己紹介を始めた。
それによると、彼らは宇宙に散らばる惑星を調査しているグループらしい。
彼の名はエクステッド。グループの名前はソリュースという。
意味を尋ねると、エクステッドは少し悩んでから「地球の言葉で言うなれば、惑星調査隊といった処でしょうか」と答えた。
「いや、そうじゃない。君の名前の意味だよ」
言い直す玄也へ、彼も微笑み「そうでしたか」と頷く。
「私の名前の意味を、地球の言葉へ変換するのは難しいですね。あえて近い言葉をあげるとしたら……」
悩む彼を手で制し、玄也は次なる質問を浴びせた。
「ま、それは後でゆっくり考えてくれ。それよりも調査隊といったが、君らの母星はどこにあるのかね?」
すると部屋は急に暗くなり、壁だった場所に何かが映し出される。
宇宙空間、だが太陽銀河系ではない。
緑や紫といった見慣れぬ色の惑星が浮かぶ空間が映し出され、エクステッド青年がペチペチと映像を叩く。
「ここです。この紫の惑星、これが我々の母星であるサイバラ星です。地球とは距離があるので、ディルタブル……短期間で宇宙空間を移動できる装置を運用しました」
そう答えた彼の目は輝いており、自信と誇りに満ちていた。
だが「意味は?」と尋ねる玄也には苦笑し、「また意味ですか?」と尋ね返してよこす。
「……地球人は好奇心旺盛ですね。すぐに言葉の意味を追求する、それは知的生命体が所有する最も大切なココロです」
玄也もニヤリと笑い「そうじゃな」と同意しながら、どこから映像を映しているのだろうと素早く視線を巡らせる。
しかし映像機らしきものは対面にも天井にもぶら下がっておらず、見つけることはできなかった。
エクステッドがパチンと指を鳴らすと、部屋は元通りに明るくなる。
「私は、惑星に住む生命体との交渉係を担当しています。さっそくですが、質問してもいいですか?」
「いいじゃろう。だが、その前に、こっちも質問して宜しいかな?」
まだドッキリだという疑いは晴れていない。
あまりにも流暢すぎる地球の言葉遣い。
そして意味を尋ねた時の返答の早さが、玄也の中で引っかかっていたのだ。
脚本には書かれていなさそうな意地悪な質問をしてやったら、彼はなんと答えるだろうか?
「君達の母星、サイバラ星では、どのようなスポーツが流行っているのかね?」
意表を突いた質問に、エクステッドは心底驚いたようだった。
「スポーツ?ナゥ、コルトリェン……」
小首を傾げた彼は耳につけていた黒いコードを引っ張って、聞き取れぬ言語で呟いた後、質問を理解したのか笑顔で答える。
「ンン、失礼。地球人もアレを好むとは、我々は幾つかの共通点を抱いているようですね」
「なんだね?そのコードは。今、誰と話していたのかね」
玄也のツッコミに、彼は少し照れたように言い訳する。
「ア……いいえ、これは仲間との連絡コードです。私が判らない言葉を教えてもらいました」
言葉遣いは流暢でも、知らない単語がある……という演技か?
顎に手をやり、胡散臭そうに眺める玄也の視線に気づき、エクステッドも首を傾げる。
「どうしましたか?」
「……いや。君の仲間は何人いるのかね?彼らにも会いたいもんだが」
すると青年、少し考え込んだ後に、きっぱりと答えた。
「いいでしょう。仲間も、あなたに興味を持っています」
意外な展開だ。てっきりダメだ、ここから出るなとでも言われるかと思っていたのに。
それとも、もうドッキリはオシマイにして、楽屋でオチを発表するつもりか?
などと考える玄也の前で、エクステッドは床に向かって話しかけた。
「イル、ガナーマ」
すると次の瞬間には二人揃って別の場所へ移動していたもんだから、さしもの玄也も驚いた。
びっくり眼の玄也を嬉しそうに眺め、エクステッドは微笑む。
「おぉ、やっと驚いてくれましたね。では、こちらへどうぞ」

それから後の事は、語るまでもない。
仲間に引き合わされ、高度な文明を見せつけられ、これが騙し番組の仕業ではないと判明した。
色々と話しているうちに意気投合してしまい、地球の血生臭い歴史などを紐解いているうちに、このような野蛮な種族など生きている価値もないという結論にまで達したのであった。
そんな折も折、ツイン星人墜落のニュースが伝わってくる。
彼らの論争は一気に加熱し、地球人を滅ぼそうという隊が新たに編成し直される。

だが、武に対し武で争う。
それこそが一番野蛮であるということに気づいた者は、その時点では誰一人いなかった――

暗闇に目を向けたまま、玄也は考える。
インフィニティ・ブラックとアストロ・ソールの戦いは、どちらの勝利で終わったとしても勝つのは結局、地球人である。
ならば、どちらかが勝ったと判った時点で介入したほうが無駄な手間も省けよう。
「八つ足改のエンジンを起動させておいてくれ。奴らが勝敗を決した時に出発する」
仲間へ命じると、彼自身も用意をするため自室へと戻っていった。


多くの異星人が見守る中、たった一機の小型戦闘機が衛星ビアンカを目指して飛んでいく。
助手席に座ったメリットは、無言のままに運転するリュウをきつく咎めた。
「どういうつもりなの?黙って出てきて、あなたが疑われたりすれば傷つくのはクレイなのよ」
二度も彼らの友情を手助けしたメリットとしては、二人には何としても幸せになってもらいたい。
それが友達を裏切って死なせてしまった供養にもなると、彼女は考えた。
それなのにリュウと来たら、クレイには無断で勝手な行動を起こしてしまったのだ。
すなわち、戦闘機を奪って単独でインフィニティ・ブラックの基地へ突っ込むという無謀な行動を。
だがメリットの心配など何処吹く風で、運転席のリュウは気楽に答える。
「なぁに、いざとなったら、お前が俺を脅迫して逃げだしたってことにすりゃあいいじゃねぇか」
「何言ってるの。そんな言い訳、今時五歳の子供だって信用しないわ」
メリットが博士の立場に立ったとしても、信用しないだろう。あまりにも嘘くさすぎる。
銃を突きつける彼女にタックルをかませば、簡単に取り押さえることもできよう。
メリットとリュウでは、体格差がありすぎた。
「脅迫材料なんて、色々な処に転がってるもんだぜ?それよりも、だ」
ちら、と憤るメリットへ目をやり、リュウが逆に尋ね返してくる。
「何で、お前まで一緒に乗り込んだ?あのままアストロ・ソール側にいりゃあ、惰性で仲間になれたのによ」
メリットは少し沈黙した。そして、やや気まずそうに視線を外しながら応える。
「……あなたがKの元へ行くというのなら、私も彼の元へ戻らなくてはいけないもの」
「通信機を壊して音信不通になっておいて……今さら?」
なおも意地悪く尋ねると、彼女は俯いてしまった。
少し虐めすぎたかなと反省し、リュウは語気を和らげる。
「ま、それを言うなら俺もなんだが」
メリットは窓の外へ視線を逃がし、誰に言うともなくポツリと呟いた。
「私達の説得……Kは、聞き届けてくれるかしら?」
リュウも「さぁな」と、さして気も無さそうに頷き、運転に戻った。
この戦は、どう考えてもインフィニティ・ブラックに分が悪い。
たとえここで勝ったとしても、基地の場所が割れている以上。
地球から援軍が来たら、Kに勝ち目はなくなるだろう。
捕まったら、彼はどうなってしまうのか?
考えるまでもない、行き先は一つしかない。裁判の後に死刑が待っている。
彼のやったことは何百という同胞の命を、自分可愛さに異星人達へ売りつけたようなものだからだ。
政府に彼が捕まり殺されるぐらいならば、いずこへと逃がしてやり、二度と地球に関わらない生活を送らせてやりたい。
戦いから遠ざけてしまえば、Kを追いかける者も、Kを戦いへ向かわせようとする者もいなくなるだろう。
クレイが裏切り者のピートを殺したくないと考えたように、メリットとリュウもKを殺したく――
いや、地球の奴らに殺されたくはなかったのだ。
たとえ今は袂を分けていたとしても、ずっと今まで友達としてつきあっていた相手なのだから。

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