BREAK SOLE

∽75∽ 廃棄ステーション、突入


波乱含みの一時間走行も、事なきを終える。
「廃棄ステーション、ビアンカを目視で確認」
「インフィニティ・ブラックに気づかれた様子はないか?」と尋ねるR博士へ応えたのは、ミカ。
レーダーを覗き込み、しっかりと答えた。
「相手の動きは、ないのです」
目視でも判る、ビアンカからの動きはない。見事なまでの沈黙に、却って不安になるほどだ。
「まさか、すでにもぬけの空なんてことは」
不安がるドリクを一瞥し、ミグはレーダーに視線を落とす。
「熱反応があります。彼らでないにしろ、ビアンカ内部には生命体が潜んでいるようです」
「いるとすれば、奴らと同胞の宇宙人か奴ら自身じゃろう」と、T博士。
好んで廃棄されたステーションに住むなど、普通の地球人ならば絶対に考えまい。
「彼らは、こちらのシールドを打破する技術がないんでしょうか?」
なおも不安な表情でドリクが問うと、R博士は少し思案してから答えた。
「あったとしても、この短時間に作れたかどうかは怪しいもんじゃな。間に合わんだろう」
ふと思い出したのか、メディーナが口を挟む。
「黒い蜘蛛型に襲われた時、彼らの姿はありませんでしたよね」
「うむ?」
「蜘蛛型に襲われた後でした、あの三機が来たのは。彼らは蜘蛛型に助けられたって事になりませんか?」
つまり蜘蛛型には技術があるが、インフィニティ・ブラックの連中は持っていない、ということになる。
ついでに言うなら、蜘蛛型と彼らの間に連携はない。あれば、一緒に行動するのが当然だ。
「その蜘蛛型は……レーダーにも引っかかっておらんのかね?」
「はい。今のところは」
とはいえ蜘蛛型は、こちらのシールドを見破れる相手だ。
こちらが知らぬシールドを持っている可能性も高い。
「では第三勢力を警戒しつつ、仕掛けるぞ。各ソルに指示を出せ。警戒態勢で突入せよ、とな」
「了解しました」


一方のインフィニティ・ブラック側だって、ただ黙って侵入されるのを待っていたわけではない。
奴等に保護されたメリット、そして拉致されたリュウ。
これらを考えればアストロ・ソールが、こちらの本拠地を知るのは簡単だ。
シールドを打破する方法が見つからなくとも、警戒はできる。
下手に打って出るのは危険だと、Kは考えた。
あいつらの母艦の砲撃で、三機を一気に失ったのだ。戦力は温存しておかなくては。
頼みの綱である宇宙人からは、何の連絡もない。
協力を要請したのだが、どの星の連中も渋い顔をしていた。

見捨てられたのだ――

今はインフィニティ・ブラックにいる全員が、それを強く痛感している。
見返りはない、損失だけが激しいのでは、Kが宇宙人でも見限るだろう。
宇宙人はインフィニティ・ブラックに、限りない技術の提供を施してくれた。
だがインフィニティ・ブラックが宇宙人へしてやれたのは、地球の情報を流す。それぐらいだった。
ビアンカから逃げ出す、それも一度は考えた。
しかし、ここを逃げだして何処へ行けというのか。逃げ場など、ない。
彼らの居場所は、ここしかない。地球に彼らの居場所など、ありはしないのである。
だって、インフィニティ・ブラックは地球を捨てた軍団なのだから。
こんなことなら、手近な惑星を開拓しておけば良かったかな?
アストロ・ソールみたいに、基地を作って。
Kは思ったが、そのような資金など持ち合わせていない。
K個人の資金では、廃棄ステーションが精一杯だった。
国一つの援助を受けている軍団とは違うのだ。
「負け戦になってしまうが、いいのか?ピート」
後ろを振り返り、Kが金髪の少年に尋ねる。
少年は黙って頷き、口元を歪めた。
「いいさ。たとえ犬死にだって、オレは全然構わないね。だって」
「だって?」
「あんたはオレを必要としてくれてるんだろ?捨て駒なんかじゃなくってさ」
Kは即答した。
「勿論だ」
親愛なる部下を三名、いやリュウやメリットも併せて五名失った今、捨て駒などと言っている余裕はない。
戦える人間は神様だ。
「なら、その答えだけで充分さ。オレはオレを必要としてくれる人の元で働きたかったんだ」
ソルを動かすだけの、手駒ではなくて。
アストロ・ソールで過ごした日々を、ピートは忘れたわけではない。
パイロットに選ばれた時は、本当に嬉しかった。
自分を必要としてくれる人がいたことに喜んだ。
なのに彼らはピートが役に立たなくなったと判るや否や、あっさりクビにした。
自分でなくてもCソルは動かせる。パイロットの後釜もいた事実が、二重にピートを苦しめた。
聞けば、クレイやヨーコだって苦戦したという。
何故オレだけが、戦力外通知を出されなければいけないのか。任務に失敗したからか?
でもさ、人間、一回で必ず成功するとは限らないって。
オレだって頑張れば、次は成功したはずだったのに。
そんな言い訳すら許されず、一方的にクビを切られた。
それがピートに脱走を決意させた原因であった。
捨て駒扱いを恨みに思って敵対するグループについたとして、誰がピートを責められよう。
人間は戦争の手駒ではないのである。
「ヴィルヴァラは、いつでも発進できる。だが奴らがソルを送り込んでくるまでは待機だ」
「この中で決着をつけるのかい?」
尋ねるピートへ、Kは頷いた。
「君がやられたら、我々には打つ手がない。安心しろ、君が負けても君を見捨てて逃げたりしない」
宇宙人の援護も援助も、事実上、断たれた今。ピートの乗る搭乗機が最後の砦となろう。
Kの言葉に一瞬は瞳を潤ませたものの、すぐさまピートは目元を拭い、不敵な笑みを浮かべた。
「オレの負け前提で話すなよ、不吉だなぁ。オレは勝つぜ、絶対にな!」


入口は簡単に見つかった。
ステーションとして機能していた頃の入口が、ぽっかりと開いていたのだ。
罠か?いや罠だとしても、入らなくては奴らを引きずり出すことも出来ない。
廃棄ステーション・ビアンカ内部。
真っ暗な中を三体のソルが、ゆっくり浮遊していく。
『静かすぎるわね』
ぽつりとヨーコが呟く。
ステーション内の重力は切られていた。まるで何十年も放棄されていたかのように。
だが整備の跡までは隠せなかったらしく、廃棄されたにしては新しい床が人の所在を明らかにしていた。
『やっぱり、待ち受けているんでしょうね』とは、ミリシア。
それには答えず、クレイは周辺一帯をレーダーで索敵するが、今のところは何も引っかかってこない。
本当に人が居るのか、いや、居たのか。
――最初に反応したのは、ヨーコであった。
『来たわ!』
Bソルの動きを追い、その視線上にあると思わしき対象へ向けてAソルもCソルも構える。
レーダーは無反応だが、一番勘の鋭いヨーコが察知したのだ。信用できる。
『敵は一機、すごいスピードで向かってきてる……あっ!』
彼女が叫ぶと同時に、光の線が三機のいる場所を貫いた。
もっとも『きゃあ!』と叫んだのはミリシアだけで、クレイとヨーコは軽々と避けている。
『やぁっぱ、避けられちまったか』
聞き覚えのある声が、三人の通信回線へ直接割り込んできた。
『えっ、この声……』
『ピート!?ピート、あんた今どこにいるのよ!?』
聞き間違えるはずもない。
宇宙へ出るまで、ずっと一緒に暮らして、特訓もしてきた相手だ。
ピート=クロニクル。Cソルのパイロットとして選ばれた、十四歳の少年。
一般人にしては高い念動力があると期待されていたはずの彼は、実戦では全く実力を発揮できず終いであった。
フランスでの作戦を失敗して、パイロットから降格された。
その直後に失踪。
今の今まで一体どこに隠れていたのかと思えば、まさかインフィニティ・ブラックに身を寄せていたとは。
『インフィニティ・ブラックについたのか』
クレイの問いに、回線を通じてピートが答える。
『そうだとしたら?オレを討つのか?』
レーダーにも反応が現れた。
ゆっくりと近づいてきた点は肉眼で捕捉できる場所まで来ると、立ち止まる。
青白く輝くメタリックのボディ。
人型を模した二足歩行型の搭乗用戦闘機だ。
ソルよりもスマートでスタイリッシュな機体である。
手に持っているのはレーザー砲らしき銃。先ほど撃ってきたのは、あれか。
『ピート……あんた、それに乗ってんの?』とヨーコが尋ね、ピートは答える。
『あぁ』
続けて彼は、こうも言った。
『ヴィルヴァラっていうんだぜ、カッコイイだろ?』
些か得意になっているようにも聞こえた。
いや、得意になっているのだろう。わざわざこうして、姿を見せるぐらいだ。
絶対、自慢するつもりで姿を現わしたのだ。
物陰から狙い撃ちしたほうが、遥かに効率的であるはずなのに。
ピートご自慢の機体紹介も、ヨーコは怒声で一蹴した。
『ヴィルヴァラだかビール腹だか知らないけど!そんなのは、どうだっていいわよ!』
『そ、そうです!ピートくん、あなた、一体何を考えているんですか!?皆、あなたのことを心配して』
『……うるさいなぁ』
ミリシアの問いをはねのけると、ヴィルヴァラは銃を構え直す。
『心配だったのはオレという個人じゃなくて、Cソルを動かす為の手駒だったんだろ?』
『ハァ?ピート、あんた何言って』
なおも問い詰めようとするヨーコを遮り、Aソルが飛び出した。
『ヨーコ、今のピートは敵だ。敵は一掃するッ』
『え、ちょ、ちょっと、お兄ちゃん!?』
『敵って、ピートくんは仲間ですよ?私達の!』
二人の制止も何のその、構わずAソルは大きく横薙ぎに剣を振り払うが、払ったのは空だけで、ヴィルヴァラもAソルの動きは予測していたのか軽々と真横に逃げた。
『やっぱりな!お前には絶対、オレの言葉が届かないと思ってたよ。だって、お前だけは人間じゃねーんだもんな!!』
憎まれ口を叩くピートに追いすがり、なおもAソルは剣を突き出すが、ヴィルヴァラは寸前で剣先を見切り、かわしてしまう。
『ちょっと!ドサクサに紛れてお兄ちゃんを侮辱すんのは、やめてよねッ』
『そうです、クレイさんは人間ですよ!』
騒ぐ二人を一瞥し、ピートがぽつりと言い返す。
『だったら、どうしてコイツはオレを攻撃してくるのさ。仲間であったはずのオレを』
『そ……それはっ』
一瞬は言葉に詰まったヨーコであるが、すぐさま続きが脳裏に浮かぶ。
『あんたが!あんたが、そんなもんに乗って出てくるからでしょうがッ』
『そうです!』と、横でミリシアも応戦した。
『ピートさん、それに乗ったままでいいですから、私達と帰りましょう!』
Aソルの追撃をかわしながら、ピートは叫んだ。
『嫌だ!オレは戻らない、戻りたくないね!オレを戦いのコマとしてでしか見てくれないヤツらの元へなんか!!』
いや、オレだけじゃない。
こいつ――クレイやヨーコ、ミリシアだって、そうだ。
皆、コマでしかない。アストロ・ソールが宇宙人と戦うための、手駒なんだ。
Aソルが動きを止め、ピートに問う。
『それが、お前の出した結論なのか。脱走した原因も、それなのか?』
『……そうさ』
ヴィルヴァラも動きを止め、真っ向からAソルと向かい合った。
『ヤツらは……アストロ・ソールの奴らは、オレを戦争の駒としか見ていないんだ。オレだけじゃない、お前やヨーコ、ミリシアも!乗組員も、みーんなそうだ!全員、使い捨ての駒なんだ!』
『そ、そんなこと……!』
ない、そう言おうとしたミリシアを遮って、クレイが答える。
『それが、どうした?』
『お、お兄ちゃん!?』
『クレイさん!』
途端に非難の声があがるが、クレイは無視してピートへ再度問いかける。
『駒になるのが嫌だから逃げたというのなら、何故インフィニティ・ブラックの手駒になった?』
『オレは駒になんか、なっていない!』
ピートの返事は、悲鳴に近かった。
『オレは、オレを必要としてくれる組織に入ったんだ!博士の手駒の、お前と一緒にすんなァ!!』

本当に、そう思っているのか――?

コクピット内部で叫んでいるピートの様子が脳裏に浮かび、クレイは直感的に悲しくなる。
メリットは言っていた。
リュウがクレイをインフィニティ・ブラックへ連れて行こうとしていた時、はっきりと言っていた。
友達でも仲間でもない奴はKの手駒にされるしかないのだ、と。
失踪してから彼らの仲間となって現れるまでの短い期間で、Kとピートが親友になったとは考えにくい。
ピートは使い捨ての手駒として利用されているのであろう。
その証拠に、今ここにいるのはピートだけだ。
たった一機で三機に勝てるわけがない。こちらは宇宙人も一機で撃退できる機体なのだ。
だが今のピートに言い聞かせたところで、彼は耳を貸すまい。
彼はアストロ・ソールに絶対的な不信感を抱いている。
だからこそ、インフィニティ・ブラックへ下ったのである。
『ピート。インフィニティ・ブラックの為に命をかける覚悟は、あるのか』
『あったり前だ!!』
即答する彼に頷き、クレイは再び構える。
『俺も同じだ。博士のためになら、この命、捨てても惜しくない』
『博士のため?地球のためじゃねーのかよッ!』
正体見たり、とばかりにピートが騒ぐ。
『やっぱり、お前は危険人物だったんだ!オレの予想は大当たりだったな!!』
『予想?なによ、それ。あんた前からクレイお兄ちゃんに突っかかってばっかりだったけど、もしかして』
尋ねるヨーコの声に被さるようにして、ピートの嘲りが響き渡る。
『そうだよ!こいつは博士がいるから地球を守ってるんだ!だから博士がいなくなったら、絶対に暴走して地球を、どうにかするに決まってる!!』
『どうにかって?』とミリシアが尋ねるのにへは、ぞんざいに答えた。
『そんぐらい、バカでも予想つくだろ!?』
『バカは、あんたよ!』
激怒するヨーコの隣で、ミリシアも砲撃用意に入る。
『ヨーコさん、今のピートくんには何を言っても無駄です。悪い子には、お仕置きが必要です!』
違う。
例え、お仕置きという名の暴力で折檻したとしても、ピートは改心したりしない。
ピートは見つけてしまったのだ。
組織の中にいたら、人は道具扱いされてしまうという悲しい事実を。
それでも自分を必要としてくれる人が欲しくて、ピートはインフィニティ・ブラックを選んだ。
アストロ・ソールには裏切られたから、二度と戻りたくない。
彼らと戦っているインフィニティ・ブラックなら、自分を受け入れてくれる。そう、信じて。
『……博士の為になるということは地球の為でもあり、春名達、皆の為にもなる』
しかし目的を果たすための手駒となるのが、何故悪い。
誰かが体を張って戦わなければ、理想など机上の空論で終わってしまう。
ピートが自分を必要とする相手を求めたように、クレイだって生まれてきた以上は誰かに必要として欲しかった。
いや、必要として欲しい気持ちはピートよりも上だろう。
彼は戦うためだけに生み出された存在なのだから。
『俺の命は地球、及びアストロ・ソールと一心同体だ。ここで退くわけにはいかない。勝負だ、ピート』
淡々と無感情な調子で宣戦布告するクレイに、ピートも大声で応えた。
『上等だッ!』
ヴィルヴァラが大きく後ろへ飛びずさり、三機との間合いを取る。
『オレが一機だからって、ナメんじゃねーぞ!こっから先には一歩も通さねぇ、覚悟しな!!』

地球から離反したインフィニティ・ブラックと、地球の命運を背負ったアストロ・ソール。
その最終戦が、ついに火蓋を切って降ろされた!

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