BREAK SOLE

∽74∽ 同じ星の仲間だから


タイプβの突入で、てんやわんやの大騒ぎとなってしまったブレイク・ソール。
その救護室には、何の因果か性別逆転してしまった不幸な男が二人、保護されていた。
「く、クレイ?本当にクレイなの!?」
ベッドの上に腰掛けた少女を見て、春名は驚く。
青い髪に華奢な体つき。さっきも廊下で見かけた、あの少女だ。
この子がクレイだったなんて。
叫ばれた方は悲しげに目を伏せ、傍らに立つカタナが頷いた。
「えぇ、残念ながら」
「どうして?どうして、女の子になっちゃったの?」
目を見開いて尋ねる春名へは、クレイの隣に座る女性――
いや、女性になってしまった元男性スタッフのランディが答える。
「それが判れば苦労しねぇよ。ただ、俺とこいつの状況から見ても、タイプβが鍵を握ってる事は間違いない」
「今は安定していますが……このまま放っておけば、人体の機能障害が出ることも懸念されます。今、発着ブースで皆さんがタイプβを捕獲するべく戦っています。βを捕まえさえすれば治療にも何らかの進展が」
カタナの説明を最後まで聞かず、春名はクレイを抱きしめる。
しょんぼりと項垂れた彼は、とてもか弱くて、放っておいたら、どこかへ消えてしまいそうなほど小さく見えたものだから。
「クレイ、ごめん、ごめんね……!さっき見かけた時、クレイのこと、宇宙人だと思っちゃった」
愛しの春名にまで言われてクレイは内心ショックを受けたものの、彼女を心配させまいと顔をあげる。
『この体では春名が間違うのも無理はない。だから、春名が謝る必要などない』
「そうそう、悪いのは全部タイプβだ!」
横からランディも口添えし、すぐさま救護班の女性スタッフに突っ込まれた。
「あなたの場合は自業自得でしょ!」
「なぁに、クレイだって自業自得みたいなもんだぜ?」
戸口からの声に皆が注目すると、そこに立っていたのはリュウとメリットであった。
ヨーコの姿もある。何故か彼女はモップを握りしめていたが。
「クレイが自業自得だって?こいつはβを捕まえようとしたんだろ」
「スタンドプレイで張り切ると、大抵はろくな結果になりゃしねぇんだ」
ランディの問いに首を振り、リュウもベッドへ腰掛ける。
「……何で人を呼ばなかった?お前一人無謀に突っ込んでいかなきゃ、もっと早く片が付いてたかもしんねぇんだぞ」
責められ、再びシュンとなるクレイ。
その顎をすくい上げ、無理矢理自分のほうを向かせると、リュウはお説教を続けた。
「いいか、クレイ。お前はパイロットとしちゃ優秀なのかもしれねぇが、人間としては、まだまだ追及点だ。もっと俺達スタッフを頼れ。何でも一人で解決しようとすんな。……判ったな?」
「ちょっと!お兄ちゃんの何処が人間的に追及点なのよ!!あんたみたいなスケベのタラシに言われる筋合いは、モゴゴッ」
背後でヨーコが茶々を入れ、メリットに口を塞がれる。
『すみません』
ぽつりと謝ったクレイは立ち上がり、ランディへも頭を下げた。
『俺が迂闊なばかりに奴を野放しにしてしまった。すまない』
慌てたのはランディだ。
「い、いや!俺は、お前が悪いとは思ってねぇよ!」
彼は即否定すると、リュウを睨みつける。
「ったく、説教なら宇宙人を捕まえて解決した後にゆっくりやれよ。今は、それどこじゃねぇだろうがッ」
リュウも肩を竦め「そうだったな」と非を認めると、すぐに立ち上がった。
「おい、クレイ。悪いと思ってんなら、手を貸せ。俺とお前の二人で奴を捉えるぞ」
「ちょ……ちょっと!クレイを連れ回さないで下さいっ。女体化したクレイの体は、不安定なんですよ!?」
慌てるカタナの制止も無視してリュウは片手でクレイの腕を引っ掴み、ぐいぐいと戸口へ引っ張っていく。
「さっき安定してるって言ったばっかじゃねぇか。いいからガタガタ文句言ってんじゃねぇ、文句言うと乳揉むぞ!って、あぁ、揉もうにも乳がなかったか、あんたの場合」
ひどいセクハラ発言に言葉をなくし、ガーンと立ちすくむカタナの脇を擦り抜け、春名もリュウの後を追いかける。
「待って!待って下さい、私も手伝いますっ」
「あァ?嬢ちゃんが来て何の手伝いをしてくれるっつーんだ。女手は必要としちゃいねェぜ?」
リュウには凄まれるが、春名は怯える自分を心の内で叱咤しつつ、勇気を出して切り返した。
「クレイだって、今は女の子です!それに白滝さんも言ったじゃないですか、もっとスタッフを頼れって。私だってスタッフです。クレイの力になりたいんですっ!」
それがクレイを宇宙人と間違えてしまった贖罪になる、というのはムシが良すぎる話かもしれない。
でも春名にできる謝罪といえば、これくらいしか思いつかなくて、涙目でぷるぷる震える彼女を見て、クレイは微笑んで頷いた。
『ありがとう。協力を感謝する』
バタバタと出ていく三人、いやメリットも併せた四人を見送りながら、ヨーコがカタナを慰める。
「なーによ、あれ!前から思ってたけど、リュウってホンット最低ね!カタナ、胸がないからって気にすることないわよ?胸がなくたって、あんたは女なんだから」
じっとヨーコの胸元を見つめた後、カタナは、はぁっと大きく溜息をついて項垂れたのであった。
ヨーコのような少女にすら、胸のサイズで負けているなんて……


クレイと春名、そしてリュウとメリットの四名は、発着ブース入口の手前で立ち止まる。
中の音は防音装置のせいで聞こえない。が、混戦になっているのは簡単に予想できた。
「いいか?敵は今、入口と出口の二箇所から挟み撃ちにされた状態にいる。向こうは銃を撃ってきているが、こっちは使えねぇ……だから、殺傷力のないコレを使う」
春名とメリットの二人がリュウから手渡されたのは、お手製の発光弾と殺虫剤のスプレー。
「発光弾は判るけど……殺虫剤には何の意味があるの?」
訝しげに尋ねるメリットへ、リュウはニヤリと笑う。
「発光弾が効かなかった時の保険に決まってるじゃねぇか」と、自信満々だ。
さらにリュウは「クレイ、お前はコレをかけて」と、サングラスを外してクレイにかけてやる。
「そいつがあれば発光中も動けるだろ。部屋中の全員が目を潰されてる間に、奴を取り押さえるんだ」
リュウのサングラスはサイズがちょっと大きかったが、クレイはコクリと頷いた。
『判りました』
「クレイ一人で向かわせるのは危険じゃない?」
メリットの背後で春名も頷く。
「白滝さんはクレイの勘を期待してるんですよね?でも、今は女の子だから……」
「いいか、二人とも。女になったって、個人の内面能力は衰えたりしねぇんだぜ」
腕力や脚力は男性と比べたら、多少は衰えるかもしれない。
だが勘の鋭さや視力などといったものは、性別が替わったぐらいでは衰えたりしないはずだ。
二人まとめての文句を華麗にシャットアウトすると、リュウは再度クレイへ向き直って微笑む。
「ヤバイと思ったら、無理に突っ込まなくていいからな。ま、一応俺もフォローに向かってやるがよ」
『大丈夫です。捕獲役は俺一人で充分です』
無表情に首を振るクレイの頭を、ぽむぽむと軽く叩き、リュウは上着を少し捲ってみせる。
上着の下に着込んでいるのは防弾ジャケットのようだ。
「なんで俺がコレを持ってるかなんて事ぁ、深く考えんじゃねぇぞ?役立つモノは何でも使うのが俺の主義なんでな」
合同で作業している最中に、部屋の備品を黙って失敬してきたのだろう。
この男なら普通にやりそうだ。
「一応の保険だ。お前がヘマした時の保険として、俺も飛びかかるっつってんだ。まぁ、お前がヘマするなんて二度とあっちゃなんねぇことだがよ。カトル、いやQ博士の威信にかけても」
カトル?Q博士の本名はカトルというのか。でも、博士って確かドイツ人じゃなかったっけ。
それとも、カトルというのも偽名なんだろうか。
フランス語で言うなればカトルは「四」を意味するが、でも何の四番目?
春名が首を傾げている間に、リュウはぴたりと扉の横に張りついた。
「お前、俺より素早いだろ。ジャケットがなくても銃弾ぐらい、避けれるよな?」
懐からもう一つサングラスを取り出してかけるリュウに、クレイも真剣な表情で頷く。
『はい』
「あなた、一体いくつサングラスを持っているの?」とメリットが尋ねてきたが、それには答えず。
「行くぞッ!」
リュウは勢いよく、扉を開けた。

扉が開くと同時に春名が見た部屋の状態とは、ソルの足下に隠れるスタッフが何名か。
それからコンテナの陰にも、深緑のスタッフジャンパーが見え隠れしている。
肝心の宇宙人はというと、これがキラキラ眩しく輝いていて、誰の目にもハッキリと確認できた。
部屋の中央に奴はいた。
隠れることなく堂々とド真ん中で、銃を乱射していた。
扉の開く音に振り向いたタイプβ目掛け、メリットが勢いよく発光弾を投げつける。
「くらいなさいッ!」
少々タイミングはズレたけれど、春名も慌てて殺虫剤のスプレーを吹き付けた。
「く、くらえぇっ!」
その直後に床とぶつかり、発光弾が破裂する。
辺り一面、真っ白な閃光に包まれて何も見えなくなった。
これには宇宙人も驚いただろうが、もっと驚いたのは部屋にいた全てのスタッフ達。
「わぁぁ!な、何だ!?」
「新手の敵か!?」
それぞれに目を覆い、物陰で身を伏せた。
なにしろ何の打ち合わせもなければ、事前に通信を入れたわけでもない。皆が驚くのも無理はない。
閃光弾を投げつけた直後、メリットは物陰に転がり込んで目が焼かれるのを防ぐ。
春名も殺虫剤のスプレーを握りしめながら、ぎゅっと目を瞑った。
瞼の向こうではドタンバタンと何者かが床を転げ回る音がしていたが、やがて何もかもが静まりかえり――
やっと皆の視力が回復した頃には、全ての決着がついた。

閃光の収まった部屋では、クレイが宇宙人の上に馬乗りとなっていた。
片手で銃を持った腕を押さえ込み、通信機能も兼ね備えた通話機に小声で話しかける。
「司令室、こちらクレイ。タイプβを捕獲しました」
そのクレイに近づき、リュウは軽く頭を撫でてやった。
「よーし、よくやったクレイ。上出来だ!」
「えっ、クレイ!?マジ!?」なんて声が物陰から聞こえ、続いてぞろぞろとスタッフ達が姿を見せた。
その中にはデトラの姿もあり、上から下までクレイを眺め回した彼女はヒュゥッと口笛を鳴らす。
「へぇ……何があったか知らないけど、随分可愛い姿になっちまったもんじゃないか。もうアンタ、ずっとその姿でいたらどうだい?格好いいカレシを紹介してやるよ」
さすがにカチンときたのかクレイはムッと眉を吊り上げたものの、黙っている。
宇宙人を押さえつけている手前、通話機に打ち込めない。
それを知ってか知らずか、ますますデトラが調子に乗って囃し立ててくる。
「どうした、声を聞かせておくれよ。その姿だ、声も可愛くなってるんじゃないのかい?」
冷やかしを遮ったのは、冷静なるメリットの一言。
「無駄話をしている暇があるのなら、縄を持ってきて。ベクトル星人を束縛しないと」
デトラはチッと舌打ちをかまし「スパイが命令するんじゃないよ!」と怒鳴りつつも、縄を探しに走っていった。
黙って俯くメリットに気兼ねしたか、春名が話しかけてくる。
「あ、あの。私は貴女のこと、スパイだとは思ってませんから」
顔をあげ、メリットは無表情に尋ね返してきた。
「何故?」
「え?」
「私はインフィニティ・ブラックから来たのよ。普通はスパイだと疑うのが当然ではなくて?」
「で、でも」
ちらっとクレイを見、リュウを見てから、春名は答えた。
「逃げてきたんですよね?そこから。なら、私は貴女を信じます。だって……」
「だって?」
もう一度クレイを見て、今度はハッキリと春名は言い切った。
「同じ星の人を信じられないっていうのは、すごく悲しいことだと思うから」
メリットもクレイとリュウを一瞥し、彼ら二人が微笑んでいるのを確認した後。小さく溜息をついた。
「本当に……お人好しの多い艦ね、ここは」


武器を取り上げられ、縄でグルグルに縛られたタイプβは司令室へ引っ張ってこられた。
多くの地球人に囲まれる中、宇宙人は何を考えているのか、全くの無表情で読み取れない。
表情どころか、こいつには目鼻口らしき物がない。読み取れない以前の問題である。
「さて……捕まえたはよいんだが、こいつに儂らの言葉は通じるんじゃろうか?」
首を傾げるR博士へ助言したのは、司令室に入る事を許されたメリットであった。
傍らにはリュウの姿もある。
二人が再び監禁されなかったのは、ひとえにクレイのおかげだった。
「大丈夫。ベクトル星人は地球人の共通語が理解できているわ」
「ベクトル星人?なるほど、インフィニティ・ブラックではタイプβを、そう呼んでおるのか」
T博士が呟き、R博士は尋問を開始する。
「では……まず始めに、君の名前を聞こう。名は何というのかね?」
「………………」
「ふむ、名乗りたくないか。では、次。この船に乗り込んだ理由は?」
「……………………」
「……話をする気がないというのであれば、少々友好的ではない手段を取らせてもらうが?」
少し語気を強めて脅してみても、宇宙人の反応は変わらない。
光り輝くタイプβは、プイッと横を向いてダンマリを決め込んだ。
「どうしたもんかのぅ。これでは対話もままならんぞ」と、T博士も困った調子。
この場にQ博士の姿が見えないが、艦長ドリクの話によると彼は自室で寝込んでいるらしい。
原因はお前にあると言われてクレイもショックを受けたのか、先ほどからずっと無言である。
難航する尋問に、メリットが口を挟む。
「強硬手段が執りたいというのなら、アドバイスをするわ」
「アドバイス?何をさせるつもりかね」
怪訝に尋ねるT博士を、彼女はジッと見つめ返した。
「要は女体化した二人を元に戻したいのでしょう?」
「その通りじゃ。しかし、こやつが何も話してくれんのでは、どうしようもないわい」
「話すつもりがないのなら、彼から道具を奪えばいい」
「ちょっと待って下さい」と割り込んできたのは、ミグだ。
「これがタイプβの能力ではないと、どうして判るのですか?」
「ベクトル星人に相手を女体化させる能力はないわ。あれば、もっと地球に対して攻撃的に出られたはず。恐らくこれは道具の力――それも、試作品か大量生産できない道具の仕業ね」
メリットの言葉に、タイプβがビクッと体を震わせる。図星のようだ。
「それで、強攻策とは?拷問にでもかけるのかね」
R博士の凶悪な提案に、メリットは首を横に振った。
「そいつの服を脱がせて。何かの道具を懐に隠し持っているはずよ」
「服ッ!?」
一様に皆が驚く様を横目に、彼女は頷いた。
「そう、服。正しくは宇宙服だけど」
「もしかして、このビカビカ光ってんのが服なのか?」
重ねて尋ねるリュウへも頷き、メリットはクレイへ命じた。
「ベクトル星人は全身すっぽり被る宇宙服を常時着ているの。さぁクレイ、脱がすのを手伝って」
コクンとクレイも頷き、縛られた宇宙人の側にしゃがみ込む。
宇宙人はイヤイヤをしたが、クレイが頭の先っぽをグイグイと引っ張ると、観念したのか大人しくなった。
「縄……外さなくて大丈夫か?」
横合いからリュウが尋ねてくるが、それに答えたのはメリットだった。
「大丈夫。上から引っ張れば、胴体までの部分は破けるから」
破いてでも脱がすつもりらしい。強引な脱がせ方だ。
ビリッと紙の破けたような音に皆が注目してみれば、クレイが引っ張って宇宙服を破いた処であった。
「……意外とモロいのな」
呆れるリュウへ、今度もメリットが応えた。
「地球製の宇宙服だって似たようなものでしょ。銃で撃てば、簡単に穴が空くわ」
「バカ、ありゃあ引っ張ったぐらいじゃ破けねぇよ」
二人が話している間にも、タイプβの服からは出るわ出るわ、奇妙なガラクタが色々と。
これのどれかが女体化装置なのだと考えると、手荒に扱うわけにもいかない。
「どれがそうなのかは……判るかね?」
そのうちの一つ、黄色くて四角い装置を手に取りながら、T博士はメリットへ尋ねたのだが――
答えたのは、ピンク色をした小さな装置を手にしたクレイであった。
『どれがそうなのかは、タイプβで試してみれば判ります』
いつもの彼らしからぬ大胆な発言に誰もが驚いたが、一番驚いたのはタイプβであろう。
宇宙人はビクゥッ!と思いっきり体を震わせると、慌てて口を開いたのだった。
「わ、わたし、はなす!わたし、ちきゅうのことば、わかる!」

――こうしてブレイク・ソールには、またしても捕虜兼同行者が一人、増えたのであった。
もちろん、ランディとクレイが元の姿に戻れたことは言うまでもない。

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