BREAK SOLE

∽73∽ 袋小路


ブレイク・ソールの内部が如何に広いと言っても、そこはクルーが総勢で五十名もいるのである。
バラバラに探すのではラチがあかないので、乗組員同士で通信を取り合う連携プレイに出た。
晃と春名と猿山と秋子の四人も通信機で連絡を取り合いつつ、二組に分れて探していた。
「春名。何か見つけたら、すぐに叫ぶんだよ?」
ぎゅっと手を繋ぎあった秋子が側で言えば、「うん」と震えた声で春名も頷きかえす。
二人が探索しているのは女子トイレ。
女子トイレから出てくるのを見た、という笹本の証言をアテにしての探索範囲だ。
生活ブースのトイレから始まり、今は司令ブースにあるトイレを一部屋ずつ覗いている。
「……宇宙人って、どうも二人いるみたいなんだよね」
個室を覗きながら秋子が言うには、侵入してきた宇宙人は光り輝くやつと青い髪の二種類だとか。
光り輝くやつは、恐らく春名が以前広島でも見かけたやつと同類であろう。
青い髪は初耳だ。クレイが仲間と間違われていないと、よいのだけれど。
「まだ誰も死んだって話は聞いてないから、凶暴なやつじゃーないみたいだけど」
「やめて。縁起の悪い話、するのはやめようよ」
春名に咎められ、「ごめん」と秋子はすぐに謝ると、覗いていた個室のドアを閉めた。
「とにかく。見つけたら、すぐ司令室へ連絡しよう」
「うん」
再び確認を取り合った時――
春名の真っ正面、廊下を小さな人影が通り過ぎた!
一瞬だったが間違いない。鮮やかな青い色の髪の毛が、春名の目に焼きついた。
「あっ!」
続いて、どたばたと走ってきたのは深緑のジャンパーを着た男達。
「コラー!待てー!!」
「逃げんな、コノヤロウ!」
口々に叫びながら、羅刹の顔で追いかけていく。
手にはデッキブラシやモップ、折りたたみ椅子などを携えて。
誰一人として銃を持っていないのは、混戦となった時の同士討ちを恐れてか。
しかし、あんな顔で追いかけたら逆効果だ。待てと言われても、相手は怖くて逃げてしまうだろう。
「もう、言ってる側から来るなよ!びっくりするじゃないっ」
秋子は舌打ちし、春名はすぐにメインルームへ通信を切り替える。
「司令室、司令室ですか?宇宙人を発見しました、生活ブースへ向かってるみたいです!」

一方の司令ルームでは、情報の混線に博士達が右往左往していた。
生活ブースへ向かうのを見たという者もいれば、発着ブースで見たという情報も届いている。
二匹いるのだと彼らが理解した頃には、発着ブースでタイプβとの戦闘が始まっていた。
『至急、応援を頼む!銃は使っちゃ駄目なのかい!?』
悲鳴に近い通信、これはデトラだ。
Q博士が怒鳴り返す。
「駄目だ!銃は極力使うな、できることなら生け捕りにするんじゃ!」
殺してしまっては、変貌を遂げたランディを元に戻す方法が判らなくなる。
サボリが原因の自業自得とはいえ、彼をあのままにしておくのは、あまりにも可哀想だ。
何が原因で、ああなってしまったのかさえ判れば、元に戻す方法も考えられる。
カルラに特効薬を作らせることだって可能なはずだ。そのためにも、宇宙人は生きて捕獲せねば。
「奴はビームを使ってきているか!?」と尋ねたのは、T博士。
タイプβの光線が並外れた威力を持つことは、アストロ・ソールに属する者なら誰でも知っている。
彼らの光線は鉄板を焼き切り、コンクリートを切断し、人の体に穴を開ける、大変危険なものである。
そのようなものを船内で撃たれたら、船に穴が開くことだけは確実だ。
『いや、撃ってきてない。代わりにあいつ、銃を持ってるんだ!そいつのせいで近寄れないんだよ!!バンバン撃ってきてる、一体何発弾が入ってるんだァ!?』
その気になればビームを放つこともできるのに、何故、旧型の実弾銃などで応戦しているのか。
船に穴が開くと、宇宙人としても何か不都合があるのだろうか?
ともかく今の発着ブースは戦場だ。宇宙人が銃を撃つせいで、危険な状況だという。
「全員に告げろ。武装していない者は発着ブースへ近づくな、武装した者だけが応援に行けとな」
T博士に命じられ、ミグはコクリと頷いた。
「了解です」


再び皆に追い回されるよりも、少し前――
リュウとクレイとメリットの三人も、宇宙人の探索に加わっていた。
ただし誰とも連絡を取り合わない、三人だけの孤独な探索だ。
「ベクトル星人には、二つの種類がいるわ。例えるなら、男と女の二種類が」
生活ブースの私室を一つ一つ覗きながらメリットが言うのへ、リュウは先を促す。
「ほぅ?人間と同じか。で、二つの違いは何だ?」
「ビームを出せるか、出せないか。ビームを放つのは女性だけの特権なの」
『では、ヒロシマに降下していたタイプβは女性だったのか?』と、クレイ。
生声で話すと予期せぬ高い声が出るため、通話機を通して会話に混ざってきた。
いつもの声だって嫌なのに、女の子みたいな声を出すなんて死ぬほど恥ずかしいらしい。
だがリュウには、それが大変不評だったようで。すぐさまクレイは彼にホールドされた。
「おいッ、なんで通話機なんだよ。どうせだから可愛い声をきかせろよ、な?」
ほっぺをツンツンされ、クレイは必死で振り解こうとするが、何しろ腕力が違いすぎる。
今のクレイは花も恥じらう女の子、それも目見麗しい可憐な美少女なのである。
タイプβと遭遇した瞬間、目の前で何かを光らされ、それに目を焼かれて気絶した。
再び意識を取り戻した時には、細い手足に可憐な顔つきと、まるっきり女の子になってしまっていた。
宇宙人が何かを使ったのだけは間違いない。
それが何なのかは、捕まえてみれば判ることだ。
「あ〜可愛いなぁ。やっぱチューしちまおうかなァ?」
『やめてください』
「やめてほしけりゃ声でお願いしろよ。やめて下さい、リュウお兄ちゃんってな」
耳元に口を近づけ、リュウが囁いてくる。
「な、言ってみろよ、お兄ちゃんって。ヨーコ嬢ちゃんみたいに。お・に・い・ちゃ・ん、だぞ?」
息がかかって、くすぐったい。ヨーコみたいにと言われても、今更お兄ちゃんと呼ぶのは気が引ける。
クレイが黙っていると、抱きしめてくる腕は更に力強くなってきた。
「いいな、その顔、その物憂げな表情!可愛いぜェ〜、クレイ。もうお前、このまま女でいろ!大丈夫だ、俺が幸せにしてやっからよ。朝も晩も、たっぷり愛しあおうじゃねーか、なぁ?」
浮かれ気味のリュウを冷めた目で眺めていたメリットだが、不意に身を固くする。
「待って、二人とも。誰かが、こちらへ向かってくる」
足音が聞こえたのだ。
咄嗟に三人で部屋へ飛び込み、息を潜めて様子を伺っていると――

「なぁ、ホントにこっちへ来たのか?」
廊下を走ってきたのは、声からして有樹のようだ。
「なによ、疑うの?あの青い髪、見間違えようもないわよ」
一緒にいるのは甲高い少女の声、美恵か。この二人が共に行動しているとは珍しい。
美少年と美少女の組み合わせだが、有樹は優と仲がよく、美恵は始終クレイを追い回している。
今は緊急事態だし、なりゆきで一緒の行動となってしまっただけだろう。
不意に美恵の声のトーンが落ちる。
「青い髪っていえば……大丈夫かな、クレイさん」
「何?宇宙人と間違えられて、追い回されてないかって?」
からかうような有樹の問いに、美恵が憤慨しているのも聞こえた。
「違うわよ!宇宙人に、仲間と間違えられてないかって心配してるの!」
余計なお世話である。
そんな雑談など、どうでもいいから早く何処かへ行って欲しい。

「……廊下で立ち話たァ、意外とヨユーだな」
リュウの生暖かい息が耳元にかかり、クレイはヒャッと身を竦めた。
先ほどから彼の手がクレイの胸元をニギニギしてくるのも、気になっていた。
シッと指を口に当てるメリットを見て、リュウはニヤリと微笑んだ。
「大丈夫だ。ここの個室には防音装置がついてやがる。大声でも出さない限り、廊下に声は届かねぇよ」
「そう。なら、さっきの続きだけど」
メリットも小声で話し始める。
「光線を撃てないベクトル星人の男性は、攻撃時に何を使うか知っている?」
さぁなと深く考えもせずに肩を竦めるリュウへ続けて言った。
「道具よ。その場で見かけた武器を自分なりにアレンジコピーして造り出すの。それが男性の特権」
「ヘェ」
さして驚いたでもなくリュウは呟くと、茶化してくる。
「じゃあ銃を見つけたら銃を、ソルを見つけたらソルを、核爆弾を見つけたら核爆弾を造るのか?」
「アレンジコピーと言ったでしょ」
クレイの胸元を触っているリュウの手をペシリと叩き、メリットは睨む真似をする。
「完璧にコピーされるわけではないわ。大抵は間違った構造、間違った大きさで完成する」
「なんで、そんなことまで詳しく知ってんだ?お前はよ」
もっともな質問に、彼女は短く答えた。
「見たもの。目の前で造られたら、信じるしかないわ」
以前インフィニティ・ブラックの活動として、ベクトル星人と共に地上の軍事施設へ乗り込んだ。
その時、彼女と同行していたのは男性であった。彼が目の前で構築するのを見てしまったという。
「ふん、だが何もないところから突然造り出したわけじゃねぇんだろ?」
「当然よ」
メリットは頷き、手で、こう、と大きな四角を表した。
「奇妙な装置を持っていたわ。携帯用の製造器ね、きっと。彼らは道具を現地で調達するのよ」
「物質送還に自動設計か?ったく、これだけ文明速度が違いすぎると、戦うのも嫌になってくるな」
「……だからインフィニティ・ブラックに、一度は志願したのでしょう?」
腕の中から透き通った声で聞かれ、リュウが慌てて下を覗き込むと、クレイと目があった。
クレイの指摘は図星だ。
遥かに遅れた文明の地球と、進んだ文明の他惑星。どちらが有利かなど、戦ってみるまでもない。
「まァ、な。けど俺ァ、お前の味方になると決めたんだ。心配すんな、もう振り向かねぇよ」
安心させようと頭を撫でてやると、クレイは目を閉じ、腕にもたれかかってくる。
おかげで、リュウの萌え心は急上昇しまくりだ。
そんな彼へ冷ややかに歯止めをかけたのは、メリットの冷たい一言。
「いくら可愛い女の子になったからって、友達に欲情するなんて。フケツだわ、リュウ」
「な、なんだよ。いいじゃねぇか、友達だって可愛いもんは可愛いんだからよ」
開き直るリュウへ、なおも辛辣な攻撃は続く。
「友達は友達よ。愛欲の対象ではないわ。それとも、あなたはクレイが女の子になったから……女の子の体だから、喜んでいるの?あなたはクレイの体が目当てなの?」
メリットの質問に、クレイも再び瞼を開いてリュウを見上げてくる。
彼が何と答えるのか、クレイも気になっているようだ。
あまりにも的確なツッコミにリュウはグッと詰まった後、むきになって小声でやり返す。
「バ、バカ。んなワケねぇだろーが。俺はクレイの体も心も全部が気に入ってんだよ。大体、友達友達って必要以上に友情を連呼してるようだがなぁ、お前だって死んだ友達とはヨロシクやってたんじゃねぇのか?死んだ友達って、男だったんだろ?」
メリットの返事は素っ気ない。
「やってない。友達は友達、愛人でも恋人でもないもの」
ふぅと溜息をつき、こうも付け足す。
「すぐ愛欲に結びつける……これだから、男は」
男女の友情を愛欲へと結びつけるのは、何も男性ばかりではない。女性にだっているじゃないか。
なんでも男性で一括りにされては、同じ男性として居たたまれない気持ちになってくる。
クレイは少し考えた後、小さく呟いた。
「兄さんを責めないで下さい。兄さんは俺の全てが気に入っていると答えてくれました。これは、愛欲ではありません。愛情です」
するとメリットは憐れむかのような目つきで、クレイを見てよこす。
「……あなたって、本当に素直なのね」
頭を撫でられたが、全然褒められた気がしない。
「ま、それはともかくとしてだ。あいつらも居なくなったことだし、そろそろ出ようぜ」
リュウが無理矢理話を締め、雑談は終わりとなった。
扉に手をかけ「まずは私室を全部調べちまうか?」と尋ねるリュウへ、メリットが前方を指さす。
「リュ、リュウ……」
彼女の指につられるようにして、振り向いたリュウの目に映ったのは――
「ちょっ、ちょっと!あんた達、人の部屋で何やってたの!?って、うぇぇぇっ!?」
手にモップを持ち、怒りの形相で詰め寄ったヨーコは、青い髪の少女を見つけるなり奇声をあげた。
「やべッ、えぇっとだな、この子はクレ」
ぎゃあああああああ!宇宙人!!宇宙人が、いたわぁ!
言いかけるリュウの説明も遮って、ヨーコは大声で騒ぎ立てる。
まずい、足音がたくさん近づいてくる。
メリットも一緒という状況が、さらに拙さを倍増ししている。
この状況で少女をクレイ本人だと説明するのは、些か難しい。
こちらの話を信じて貰うどころか、リュウのスパイ容疑までもが再浮上してきそうだ。
咄嗟にクレイは部屋を飛び出した。戸口を塞ぐヨーコを突き飛ばし、廊下へ躍り出る。
「ちょッと待て!何処行くつもりだ、お前ェェッ!!」
「待ちなさい、クレイ!」
止める二人の声も振り切り、女の子クレイはアテもなく廊下を走っていく。
たちまち足音の主達に見つかり、「あそこだ!いたぞ!!」と追い回される羽目になった。
「いったぁ〜……」
尻餅をついたヨーコへ、リュウが手を差し出す。
「大丈夫か?」
その手を振り払い、彼女は自力で立ち上がると、モップを両手に持ち替え戦闘態勢に入る。
「アンタ達、ついに正体を暴露したわね!いつ、あの宇宙人を中へ招き入れたの!?」
「だから!宇宙人じゃねぇよ、あいつはクレイなんだ!!」
「侵入してきた宇宙人は一人だけ。青い髪の子は、宇宙人ではないわ。あれは変化したクレイ」
身振り手振りで大仰に説明するリュウ、そして冷静にフォローするメリットを交互に見つめ、ヨーコは「ふぅ〜ん?」と全然信じていない。
「じゃあ、何で逃げだしたのよ!クレイお兄ちゃんなら逃げ出す必要なんてないでしょ!?」
確かに。
何故クレイが飛び出していったのかは、こっちの方が聞きたいぐらいである。
その問いに応えたのは、リュウではなくメリットであった。
「……私には判る。悲しかったのよ、クレイは」
「ハァ?あんた、いきなり何言ってんの?」
疑いの眼をぶつけてくるヨーコを真っ直ぐ見つめ、メリットは淡々と続けた。
「あなたが彼をクレイだと認識してくれなかったから。リュウは一目でクレイだと判ったのに」
「なっ……!」と一度は怯んだヨーコだが、すぐに持ち直す。
「だ、だって、あれ、女の子だったじゃない!あんなの判るわけないわ!判る方がおかしいわよ!!」
メリットはポツリと答えた。
「でも、リュウは判ったわ。友達だもの」
ヘヘッ、とリュウも笑い、メリットの後に続けて言う。
「俺とあいつの友情歴は長ェからよ、ちっとぐらいの変化じゃ騙されないんだぜ」
クレイの部屋にいなかったら彼だと判らなかった、なんてことは内緒にしておくとして。


通路を逃げ回っていたクレイは、とうとう袋小路に追い詰められた。
「へっへっへ、ついに追いつめたぞぉ〜」
何故か手をニギニギさせながら、男性スタッフの一人が嬉しそうに近寄ってくる。
「か……可愛いな、思ってたよりも」なんてヒソヒソ声も聞こえてきて、クレイは悲しくなった。
皆、外見に騙されすぎである。
どうして確かめようとしないのだ?
ヨーコもだが、尋ねもせずに人を一方的に宇宙人扱いするとは酷すぎる。
話せないわけじゃない。聞かれれば、ちゃんと答えるつもりだった。
ハァハァと鼻息の荒い男性スタッフ、近寄ってくるマルクへ目を向けると、クレイは必死で訴えた。
「待って下さい。俺は宇宙人ではありません」
「俺ッ!?」
一人称が俺だと知って、皆、動揺している。
特に男性スタッフの驚きようは、ハンパではない。
「でも可愛い!声も可愛い!」などと一人だけ喜んでいるのは救護スタッフの女性、ナンシーだ。
脳天気にカメラを構え、女の子と化したクレイの写真を撮っている。
まるっきり野次馬気分で、どうも危機感というものが感じられない。
かと思えば不意に何か思い当たったのか、無邪気に尋ねてきた。
「あ、もしかして――もしかすると、その青い髪。ひょっとして、クレイなの?」
「クレイだとぉ!?」と、またまた男性スタッフは総勢で大合唱。
改めて多くの視線に晒されて、クレイはポッと赤くなる。
「……クレイが、こんなに可愛いわけないだろ!?」
最初に怒鳴ったのは、シュミッドだった。
彼は真剣な眼差しでクレイを見つめ、ハッキリと断言した。
「俺の目が言っている。これは本物の美少女だ、断じて男の女装なんかじゃない!」
アストロ・ソール内でも名だたる女好きの彼が言うと、いかにも本当っぽく聞こえてしまう。
動揺は一瞬にして収まり、代わりにナンシーが皆に責め立てられる。
しかしナンシーのほうにも確信はあるようで、彼女は涙目になりながらも反論した。
「違うの!女装じゃなくて、女になっちゃうんだよ!ランディだって、なっちゃったんだから!!」
再び衝撃がスタッフ達を襲い、場は騒然とする。
「ランディが女になった?どういうことなんだ!」
ナンシーは「あ!」と口元を押さえている。まだ秘密にしておくべき事項だったようだ。
だが興奮した皆に詰め寄られ、彼女は仕方なく話し始めた。
「あ、あのね。ランディが宇宙人……タイプβと接触したの」
「タイプβだって!?あいつも潜入していたのか!」
「そ、それで、ランディはβに何かされて、女の人になっちゃったの!」
全く同じだ、クレイの時と。皆も驚いただろうが、クレイも驚かされた。
ランディが一番最初の犠牲者だったのだ。
「なんだって!?何かって、なんなんだ!君は救護班だろ、しっかり説明しろ!!」
ガッと肩を掴まれ、皆の恐慌がナンシーにも感染したか、彼女も半狂乱で叫び返した。
「知らない!わかんない!!今、博士達が調べてるけど、βに直接聞かなきゃ判んないよ!」
わぁっと泣き出してしまった彼女からクレイへと、皆の視線が移る。
再び注目の的になったクレイは、ゆっくりと話しだす。自分の身に起こった不幸を。


「生活ブースより連絡が入りました。女体化したクレイを保護したそうです」
ミグの淡々とした報告は、博士達を仰天させる。
「なんじゃってぇぇ!?」
ふらっと倒れかけたQ博士を、慌ててドリクは抱き留めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃないわい」
血の気の失せた顔で応えると、Q博士はヨロヨロと椅子に近づき、身を沈める。
「クレイ、なんという酷い目に遭ってしもうたんじゃ……可哀想に」
力なく首を振る博士に、皆もかける言葉が見つからない。
ただ一人、ミグだけは冷静で博士へ指示を求めてきた。
「クレイは、どうしますか?」
「クレイは救護室へ運ぶのじゃ。他の者は発着ブースの援護に向かえと言っておけ」
R博士が答え、すっかり消沈してしまったQ博士へ肩を貸すようにして出ていった。
「……本当に可哀想なのは、ご自身でしょうに」と、呟いたのはアイザ女史。
「あぁ」とドリクも相づちをうち、博士の出ていったドアを見つめてポツリと呟いたのだった。
「我が子同然に可愛がっていた息子が、いきなり娘になってしまったんだからな……」

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