BREAK SOLE

∽72∽ 侵入者


艦内が警報に包まれた時。
自由に動けるのは、今しかない!
メリットの脳裏に閃いたのは、その一言であった。
侵入してきたのは誰か。このサイズの宇宙船なら、どの宇宙人でも入り込める。
しかし宇宙人が単体で入り込んでくるとなると、種類も限られてこよう。
生身で戦える者となると、ベクトル星人あたりが妥当か?
彼らが持ち前の臆病さを発揮しなければ、だが。
ビアンカへ着く前に、何としてでもブレイク・ソールの機能を停止させねば。いや、破壊せねば。
拷問に負けて情報提供してしまった落ち度を挽回するには、もはや戦艦と心中する他はない。
それが彼女にできるKへの、命をかけた恩返しだった。
エンジンルームは、何処にあるのかしら。
重要拠点への出入りは全て禁止されていた。だが船の構造を考えれば、大体の勘はつく。
皆が宇宙人を捜す騒がしさに紛れ、メリットは一人、エンジンルームを目指して走り出した。


敵を前に立ち往生する大型戦艦ブレイク・ソール。
――それを、遥か遠方で眺める目が一つ。
漆黒に塗られた宇宙船が、ひっそりと宇宙の闇に浮かんでいる。
彼らは星の海に隠れ、長いこと地球人と宇宙人、両方の様子を伺っていた。
「奴らは同族同士の戦いに、けりをつけられるかね?」
窓を眺める老人の背後に立った男。
見かけは地球人によく似ていたが、肌の色が違う。黒でも白でも黄色でもなく、真紫だ。
彼も宇宙に浮かぶ惑星の一つ、地球とは違う星に生まれた者――宇宙人であった。
「インフィニティ・ブラックか……虎の威を借る狐は、地球人ならではの存在よな」
吐き捨て、老人が振り返る。
老人は、まるっきり黄色人種の地球人と変わらぬ外見をしている。
否。
老人は正真正銘、地球人であった。
大豪寺玄也。それが、彼の名だ。
「やがて淘汰されるだろうとは思っていたが、こうも早く居場所がバレるとはの」
「内通者、或いは裏切り者が出たという事だろう。組織とは、そうしたものだ」
真紫の男が答えるのへ、玄也が重ねて尋ねる。
「星を出たこと、後悔しておらんじゃろうな?」
「誰が?彼らが?……それとも、俺か」
含み笑いの相手に玄也が強く頷くと、男は首を竦めて問いに応えた。
「後悔しているようなら、この船からは、とっくに降りているさ……ともかく」
「乗り込んだのはベインクラーチェ星の連中じゃな。奴らにはベクトル星人と呼ばれとるようじゃが」
「あぁ」
「彼らに勝算はあると思うかね?クライオンネ」
クライオンネ、と名を呼ばれて真紫の男は少し顔を歪めたが、すぐに首を振る。
「仮に空間移動装置を使ったとして、乗り込んだ奴は、どうやって回収するつもりだろうな?特攻隊の心意気で乗り込んだのだとすれば、我々は彼らを高く評価せねばなるまい……だが、このような攻撃は所詮、大川の中に投げ込まれた小石のようなものだ。どのみち戦艦は走行を再開し、地球の反乱分子は処罰されるだろう」
「そうか」
答えはあまり期待していなかったのか老人はポツリと呟き、窓の外へ視線を戻した。


”彼”は知っていた。
青い髪のブルー=クレイ、この男こそがアストロ・ソールの要である。
奴と出会えたのは、ほんの偶然だったけれど、アレを奴に使えたのはラッキーだった。
あとは、この船から逃げ出すだけ。構造を考えれば、出口は一番後ろにある。
四十九匹もいる地球人達に見つからなければ、逃げられるはずだ。
いや、四十八匹か。もう一匹にも、アレを使ったんだっけ。
アレの入ったポケットを、”彼”は愛おしそうに撫でた。
これを無くしたら、一巻の終わりだ。
たとえ地球人どもに捕まったとしても、これが”彼”の生命線を繋いでくれるだろう。
”彼”が大事にしているアレとは、生物の構造を真逆に変換してしまう恐るべき兵器であった。
”彼”は、これをブレイク・ソールに侵入してから、二回ほど使った。
一回目は侵入直後に運悪く出会ってしまった、ランディという名札をつけた男に。
そして二回目は逃げ込んだ先のトイレで、扉を破って入ってきたブルー=クレイに……


「……なんということじゃ」
ブレイク・ソールの救護室には給湯室に倒れていたという、謎の女性が運び込まれていた。
「どういうことなんですか?」
すかさず尋ねてきたカタナへ頷くと、博士は言った。
「この女性は、ランディじゃよ」
「……ハァ?」
ランディというのは、アストロ・ソールのスタッフであるランディ=グランバルト?
しかし、ランディは男性だ。
目の前の寝台に横たわる人は、どう見ても女性である。
胸も本物だし、下はついてなかった。裸に剥いて調べてみたのだから間違いない。
ポカンとする救護班の皆へ、Q博士は詳しい調査結果を話し出す。
「DNAがランディのものと一致する。身内がまさか、乗り込んでくるとは思えんしの。声帯と骨格に変化が見られるな。多少、声変わりしておるかもしれん」
「骨格……というか、性別ですよね」
まじまじとランディを見て、救護班リーダーは顔を赤らめた。
「あのランディが、こんな美人になるなんて。反則ですよ……」
女性になったとはいえ、ランディらしさが全く失われたわけではない。
頬が筋張っている処や目つきの悪そうな処なんかは、元の面影が残っている。
これを美人と言えるかどうかは個々の判断に任せるが、ランディ女性版は、なかなかの巨乳だ。
なるほど、ツェンは、こういう女性に弱いんですか。カタナは納得し、呆れもした。
「記憶面は、どうなんでしょう?彼はランディであることを忘れていたりしませんか?」
記憶喪失なんて言われると、時期が時期だし少々厄介な事になってくる。
だがQ博士は、あっけらかんとしたもので。
「さぁの。それは実際に起こしてみんことには」
あっさり言ってのけると、ランディをゆさゆさと揺さぶった。
「あ!ちょっと、せめて服を着せてあげてからにして下さいよぉっ」
止めるカタナの文句も一足遅く、ランディが目を覚まし、寝台からゆっくりと身を起こす。
「ん……んん?ここは、救護室か?俺は一体」
いつもの彼の声とは異なる、やや高い女性キーが飛びだしたので皆はビックリする。
いや、ビックリしたのはランディも同じだ。
彼はハッと口元に手をやり、続いて鏡に映った己の姿を見て驚愕に引きつった。
「な!だ、誰だこいつは!!俺なのか?なぁッ、俺なのか!?」
裸の女性に掴みかかられ、「た、たぶん」とツェンは真っ赤になってコクコク頷く。
「多分じゃねぇよ!俺は、俺は一体どうなっちまったんだ!?」
ツェンを乱暴に突き飛ばすと、ランディは涙ぐんで床へ座り込んでしまう。
混乱するのも無理はない。
こんな事態、普通に生きていれば遭遇するわけもないのだから。
すっかり平常心を失った彼の肩をポンと叩き、Q博士は宥めに入った。
「ランディ、落ち着くんじゃ」
「これが落ち着いてられますか!?俺は、一体俺に何があったっていうんですか!」
「ランディ、お前が給湯室で気絶していたのは何でじゃ?あそこで何があったのかのぅ」
「そ、そうだ!」
バッと立ち上がり、今度はQ博士に掴みかかると真剣な眼差しでランディは訴えた。
「見たんです!宇宙人をッ!!あいつだ、あいつが俺を、こんな風にした張本人に違いない!」
「宇宙人……そいつは、どんな外見じゃった?」
「全身が光っていて……そう、タイプβです!間違いありませんッ」
タイプβ。
全身が黄色く光り輝き、地上戦を得意とする宇宙人のことだ。
アストロ・ソールも、彼らとは何度か遭遇している。しかし、未だに能力その他は判明していない。
戦っても、すぐに逃げられてしまうのである。そんな臆病な奴らが、まさか直接乗り込んでくるとは。
「これ、治りますよね?あいつを捕まえたら……」
ぐじゅぐじゅと鼻水を垂らして泣き出したランディを気の毒そうに見て、Q博士はポツリと答える。
「さぁのぅ。変えられるということは、元に戻すこともできようが……そればかりは、お前を変えた張本人に聞いてみんことにはのぅ」
非情な一言に「そ、そんなぁ」と情けない声をあげるランディへ、重ねて尋ねたのは救護班のナンシー。
「そもそも、アナタどうして給湯室にいたの?休憩時間でもないのにッ」
うっと呻き、しどろもどろになった彼を、さらに追い詰めた。
「どーせサボッてたんでしょ?給湯室に行かなきゃ、そんな格好にならずにすんだかもしれないわねェ〜。自業自得だわ、反省しなさい」
「ま……まぁまぁ、彼も充分反省しているでしょうし、喧嘩は」
カタナが止めに入った時、新たな艦内放送が流れ、場は緊迫に包まれた。

『宇宙人を発見。相手は艦内を逃走中。繰り返します、宇宙人は艦内を逃走中。全てのスタッフは持ち場を離れ、宇宙人捕獲に協力してください』
艦内放送を聞きながら、クレイも逃げ回っていた。
意識を取り戻したのは女子トイレの中で、見つけたと思った宇宙人は既にいなくなっていた。
追跡しようとトイレから出てきたところ、廊下で鉢合わせたのは助スタッフの笹本。
彼はポカンと大口をあけて硬直した後、じりじりと後退し、さぁっと青ざめる。
「あ……あ、あぁ……っ」
ふるえる手で指をさしてくるので、後ろに何かあるのかとクレイも振り返る。
後ろには何もなかった。
もう一度笹本を見て、どうかしたのか尋ねようと通信機に打ち込み始めたのだが――
「いやぁぁぁ!宇宙人、宇宙人!!いたぁぁぁぁぁ!!!!
笹本の口から飛び出したのは悲鳴で、手にしたモップをむちゃくちゃに振り回しながらクレイに突進してきた。
仕方なく彼の首筋に手刀をあて、気絶させると廊下に横たわらせる。
しかし笹本の悲鳴は予想外に甲高く、スタッフが次々と集まってきて、一斉にクレイを指さし騒ぎたてた。
「い、いた!宇宙人だ!!」
「あ、青い髪……?それに、あのスーツ」
「やっべカワイイ」
「アホか猿山!!んなこと言ってる場合じゃネェーだろうが!」
「捕まえろ!!とにかく捕まえるんだッ」
「あ!あいつ、腕に通信機つけてますッ」
「通信機だとォ!?まさか、クレイから奪い取ったのか?」
「そうですよ!違いない、髪の色で油断させて奪い取ったんだ!!スーツも、通信機もッ!」
彼らはトンデモ推理を働かせて勝手に決めつけると、通信機へ打ち込む暇も与えずに襲いかかってきた。

……なので。
今、こうして逃げ回っているという有様なのであった。
笹本や皆が驚いた原因は、トイレの鏡を見ることで彼自身にも確認できた。
クレイは、すっかり女の子になってしまっていたのだ!
すとんとした撫で肩といい、手足の細さといい、睫毛の長さといい、胸も女の子みたいに膨らんでいる。
もはや元の面影は、青い髪と真っ直ぐな瞳ぐらいしか残っていない。すっかり別人だ。
これでは皆がパニックを起こし、宇宙人と勘違いするのも無理はない。
こんな格好ではQ博士や春名にも、クレイだと判って貰えるかどうか。
あちこちに身を隠しながら、彼はだんだん悲しくなってきた。
何故、仲間からコソコソと隠れ回らなくてはいけないのか。
決まっている。捕まったら、もっと多くのスタッフから宇宙人を見る目で見られてしまうからだ。
きっと皆は、クレイが何と証言しようと信じてくれないだろう。
クレイ自身にだって、自分を自分だと証明する手段を思いつかないぐらいなのだから……


艦内放送が頭の上を流れていく。
『宇宙人は青い髪と判明しました。現在、艦内を逃走中。全スタッフは――』
青い髪?
ヘェ、宇宙人にも青い髪のやつが現れたか。そいつはきっと、新顔だな。
捕獲に協力するフリをして手錠を外してもらったリュウは、艦内を早足に歩いていく。
目的は宇宙人の捕獲じゃない。
メリットと合流し、彼女の真意を聞き出すことにあった。
全スタッフの意識が宇宙人捕獲に乗り出している今なら、監視カメラも盗聴器も役立たずだ。
リュウの推理が当たっていれば、彼女はこの混乱の中、エンジンルームへ直行するはずだ。
だが、エンジンルームには常にスタッフが待機しているから彼女も簡単には入れまい。
隠れられる場所も限定されてくる。生活ブースの各私室、この辺りが怪しかろう。
リュウの予想では、メリットは、まだKと繋がっていると思われた。
ブレイク・ソールを破壊するつもりで、こちらと接触してきたのだ。
身体検査では通信機の類が見つからなかったというから、恐らくは玉砕覚悟であろう。
乗り込んできた宇宙人とやらも、そうなんだろうか。神風の心意気で特攻してきたのか。
己の命を捨ててまで他人に尽くすなんて、バカのやることだ。
そういう奴には判らないのか?残されたほうが、どれだけ傷つくかってことに。
何となくやるせない気分になり、リュウは小さく溜息をついた。

生活ブースに辿り着き、一個一個部屋を覗いていた彼は、クレイの部屋が半開きなのに気づく。
「……クレイ?いるのか?」
覗き込んだ直後、ベッドの上にいた人物を見て、リュウはハッとなる。
覗き込まれたほうも然りだ。
ベッドの上でクマのぬいぐるみを抱きかかえていた人物は、ハッと振り返り、すぐさま身構えた。
強い眼差しで睨みつけられ「……クレイか?」と再度尋ねたものの、リュウにも自信はない。
目の前の人物は確かに青い髪の持ち主だったけれど、女の子でもあったから。
だが少女がぱぁっと顔を輝かせて抱きついてくる頃には、リュウも確信が持てた。
「……兄さん!兄さんには、判るんですねっ?」
リュウを兄さんなどと呼ぶ輩は、クレイしかいない。
Kにだって、この情報は打ち明けていない。故に、宇宙人がそれを知るはずもないのである。
しかし……透き通ったハイトーンの声、華奢な体格、睫毛が長く伏せ目がちな瞳。
かなり可愛い。ヨーコやミリシアとは違った雰囲気での美少女だ。元々が男前だからか?
密着した体からは、胸の膨らみも感じられた。
青い髪じゃなかったら、パイロットスーツを着ていなかったら、とても「クレイか?」などと聞ける相手ではない。
いや、そうであったとしてもクレイとは似ても似つかない。
彼の部屋にいなかったら、リュウだって「宇宙人め!」と叫んでいたかもしれなかった。
「お前、どうして、そんな姿になっちまったんだ?」
クレイは俯く。
「……判りません。ただ」
すぐに顔をあげて、リュウを真っ向から見つめた。
「タイプβを女子トイレで目撃しました。それと関係があるものと思われます」
「女子トイレ?女子トイレで何やってたんだァ?お前は。のぞきか?犯罪行為は感心しないぜ」
怪訝な顔つきのリュウにも構わず、クレイは話を続ける。
「女子トイレで異様な気配を感じたのです。それで開かない個室に体当たりをかけました」
「お前、それで出てきたのが女性スタッフだったら、どうするつもりだったんだよ」
「それならば、謝れば済むことです。しかし、俺が見たのは光り輝くタイプβでした」
鍵をかけた上で個室を開けられたら、どんな相手でも許せないと思うのだが……
まぁ、それよりも、乗り込んできた宇宙人がベクトル星人だという話にリュウは驚いた。
宇宙一臆病な奴らが、よりによって単独で敵側に潜り込んでくるたぁ恐れ入る。
どう考えたって勝ち目がないだろう。五十対一では。
奴らの放つ光線だって、いつまでも出し続けていられるものではあるまい。
生き物である以上、いつかは体力及び気力がつきてしまうというもの。生物は機械とは違うのだ。
「ベクトル、いやタイプβが相手か。なら、こっちにも勝算はあるだろうぜ」
「本当ですか?」とリュウを見るクレイの目は、早くも賞賛でキラキラしている。
「あァ。んじゃまぁー相手も判明したところで、クレイ!」
「はい」
「ちょっと、脱いでみてくれるか?」
「え?」
なんで、いきなり。
キョトンとするクレイのパイロットスーツを引っ張り、リュウが脱がしにかかる。
「え?じゃねぇよ、パイロットスーツだよ、パイロットスーツ。その下、ホントに女になってんのか見てやるから見せろっつってんだ。オッパイも本物かどうか、俺が触って確かめてやるから、そこのベッドに横ンなれ。な?」
次第にハァハァと鼻息荒くなってきている。
そんなリュウに一抹の不安を覚えながらも、クレイはきっぱりと首を真横に振った。
「いえ、本物です。自分で確かめました。ですから兄さんの手を煩わせるわけには」
「なぁーに言ってんだよ、俺が触るのと自分で触るのとじゃ、感覚が違うじゃねぇか。いいから触らせろ。あと、チューしてもいいか?」
あの時と同じだ。さらわれて、リュウを説得した時と。
サングラスの奥に光る両目は早くも血走っていた。
クレイは激しく首を振り、ギラギラ興奮する彼を宥めにかかる。
「今はタイプβの捕獲を優先して下さい。俺を調べるのは、その後で充分でしょう」
「バカ、捕獲しちまったら元に戻っちまうかもしんねぇじゃねーか。今調べさせろ」
「戻るのならば、なおのこと捕獲を急ぐべきです。俺は、早く戻りたいのです。元の姿に」
押し問答していると、戸口のほうからもクレイを援護する声がかかった。
「そうね、急ぐべきだわ。彼らに逃げられる前にも」
入ってきたのは、メリットであった。

「――でェ、なんでメリット様は、俺達に手を貸そうって気になったんだ?」
一通り話をして彼女が、やはりインフィニティ・ブラックを裏切っていないと判った後、改めて尋ねるリュウに対しメリットは頷いて応えた。
「判らなくなってきたの」
「何がだ?」
「エンジンルームに辿り着くまで、色々な人に心配されたわ。宇宙人を見つけた時の対処を、ご丁寧に教えてくれる人までいた。それで」
判らなくなったのだ、と彼女は言う。
自分がやろうとしているのは、ブレイク・ソールの破壊だ。
エンジンルームを暴走させ、中に乗る人間ごと宇宙の塵にしようと思っていた。
地球人は嫌いだ。武力を扱う人間も。その気持ちは、今でも変わらない。
だが憎しみに凝り固まった自分に対して、ここの連中は優しく接してきた。
私は、ここの連中を皆殺しにしようとしているのに――!
「なァるほど、それで心の中の良心がエンジンルームの破壊を阻止したってワケかィ」
納得したのかリュウはウンウンと頷き、釘を刺す。
「だが、Kへの恩義も忘れちゃいねぇんだろ?」
「えぇ」
メリットは短く答え、リュウの顔を覗き込む。
「あなたは、どうやってKへの恩義を忘れたの?」
「別に、忘れちゃいねぇさ。ただ、俺は恩義よりも昔っからの友情を選んだ。それだけの話さ」
ちらっとクレイへ流し目をくれる彼を見て、メリットもクレイを見た。
そして、小さく溜息をつく。
「……そう。Kよりもクレイのほうが、あなたにとっては大事な友達だったのね」
リュウは答えず、黙って肩を竦めただけである。
ずっと黙っていたクレイも、通信機へ打ち込んで会話に参加した。
『メリットがもし、Kをまだ大事に想っているのであれば、彼の元へ帰るべきだ』
答えは既に頭の中で出ていたが、メリットはあえて尋ね返す。
「どうして?」
『Kの元で、Kの身を守る。それが、彼にも喜ばれる最大の恩返しだと思う』
「最後まで一緒にいてくれたほうが嬉しい。ってのが、お前の考える友情か。でもな、」
リュウはちらりと横目でメリットを見、彼女は頷いた。
「お節介ありがとう、クレイ。でも私はもう、彼の元へは戻らないつもりよ。責任を取るためにも」
「だと思ったぜ。ブレイク・ソールと心中する気だったな?お前。通信機は当然ぶっ壊した後なんだろ」
「えぇ」
互いに袂を分かち合った今でも、リュウとメリットには通じ合う何かがあるようだ。
不思議がるクレイへ、リュウは判るように説明してやった。
「メリットはな、お前を逃がしたことで仲間が死んだのを悔やんでるんだよ。結果論とはいえクレイがアストロ・ソールへ戻ったせいで、ジェイは宇宙の塵になった……その責任を取るため、命を賭してブレイク・ソールを破壊しようと思ったんだ。んで、Kを心配させるわけにもいかんから、通信機は予めブッ壊しておいた、と。違うか?」
違わないわと首を振る彼女へ、こうも続けた。
「でもな、ジェイが死んだのは、お前の責任じゃねぇんだぜ?あえて責任をおっつけるとすりゃあ、そりゃ当然、出撃命令を出した誰かさんに決まってる」
「判ってる」とメリットは小さく呟き、それでも自分が許せないのだと続けて項垂れる。
「こんなの、自己満足だという事も判っているわ。でも、ジェイを助けられなかった自分自身が、どうしても許せなくて」
「死んだ親友と被って見えるってか?しかしよ、メリット。ジェイや親友の代わりに、もっと生きてみようっていうポジティブな考えには至らないもんかね。お前まで死んじまったら、あいつらの死が全くの犬死にになっちまうんだぜ」
判っていると、もう一度繰り返し、メリットは項垂れていた顔をあげた。
「だから、今度こそ手伝わせて。あなたの大事な友達を――助けたいの、私も」
もう二度と、後悔する友情は見たくないの。
そう、彼女が前に言った言葉を思い出し、クレイも強く頷いた。
『お願いします。タイプβの捕獲、及び俺が元に戻るための方法を三人で考えましょう』

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