BREAK SOLE

∽70∽ 敵か、味方か


アストロ・ソールに、新しい仲間が増えた――

そんなニュースが飛び交い五日目の夕食時、メリットは人垣に囲まれる。
囲んでいるのは、ほとんどが男性スタッフ。
なにしろメリットは美人である。
ちょっとツンとすました感じもあるが、そこがクールでいいとの評判だ。
人垣の中に猿山や有樹の姿も見つけ、優は、ついニヤニヤしてしまう。
「やっぱり猿山くんもオトコノコだねぇ〜。美人には弱いかぁ」
隣の有吉に話を振ってみれば、いつもならクールに返す彼女の相づちがない。
おや?と優が伺うと、彼女もまたメリットを眺めていた。
いや、正確には男の群れの中にいる晃を見ているようだ。
「あれ?秋生くんもいたんだ、めっずらし〜」
優の脳内では、晃はいつも勉強しているというイメージがある。
だから彼は、女性には全然興味がないんだとばかり思っていたのだが……
声をあげる優に、春名がすかさずツッコミを入れる。
「秋生くんは、ほら、好奇心が旺盛だから……」
「あ、なるほどね〜。宇宙人や動物なんかと同レベルってか」
言っちゃ悪いが実に的を射た表現で、春名も思わず苦笑した。

――なんてことを友達に言われているとは、つゆ知らず。
晃は下心満載でメリットに迫る男性スタッフの中で、ただ一人、真面目に彼女を観察していた。
スタッフの噂話によれば、彼女は偵察機にて宇宙を放浪していたそうだ。
しかもメリットは、リュウやクレイとも面識があるらしい。
噂話だけが一人歩きしていて誰も真実は知らなかったが、知られていないというのが余計に怪しまれて晃は興味を持った。
只の遭難者なら宇宙では、よくあることなんだろうと思う。
でも遭難していた上、こちらの乗組員と知りあいだなんて、いくら宇宙が広いといっても、そんな偶然ありえるだろうか?
「な、な。キミの好みの男性って、どういうタイプ?」
カリヤが期待に満ちた目で彼女に尋ねている。
少なくとも彼みたいなのは好みじゃなさそうだなと晃が考えていると、彼女は晃が思ったとおりの言葉を吐いた。
「無口な人。騒がしい人は嫌いだわ」
途端に周りは大爆笑。
「ハッハッハーッ、おしゃべりは嫌いだってよカリヤ!残念だったなっ」
カリヤは口を尖らせ困った顔で頭を掻いていたが、悔し紛れに言い返す。
「なぁに。おしゃべりと騒がしい男は別物だぜ、そうだろ?」
「一緒だよ、一緒!」と冷やかすスタッフに混ざって、猿山も笑っている。
じゃあ、ここにいる半分以上が失格じゃないか、と晃が呆れていると――

「騒がしいのって、嫌いなのよね。食事中ぐらいは静かに食べたいもんだわ」

きっつい一言が戸口から飛んできて、皆は肩を竦めて黙り込んだ。
振り向かなくても判る。言ったのはヨーコだ。
注目の的になっているのが自分ではなくメリットなのが、気に入らないのだろう。
まっすぐメリットの方へ歩いてくると、刺々しい視線で見下ろした。
「騒がしい人が嫌いなら、あんたも黙って食事しなさいよ」
メリットは、ヨーコのほうを見もせずに答える。
「ごめんなさい。私には彼らを黙らせる権限は与えられていないから」
「だから、あんたが答えなきゃ済む話じゃない」と、ヨーコはイライラ。
ブチキレ五秒前の彼女に対し、あくまでもメリットは冷静そのもの。
こんがり焼かれたパンにバターを塗りながら、淡々と答えた。
「質問されたのに答えないのは、失礼よ。そうは思わなくて?」
「――ちょっと」
グイッとメリットの肩を掴み、ヨーコが怒鳴る。
「あたしと話をしているのに目を合わせないのは、失礼じゃないの!?」
眉間には無数の縦皺が刻まれているし、ヨーコの癇癪が爆発するのも時間の問題だ。
肩を掴まれても尚、視線をパンに向けたまま、メリットは冷静に答えた。
「騒がしい人は嫌いと言ったはず。聞こえなかったかしら?」
その直後――
食堂内に、パン!という軽い音が響き渡り、春名は慌てて立ち上がる。
「だッ、駄目だよ!ヨーコさん、暴力は振るっちゃ駄目!」
急いで駆けつけるも、平手打ちを放った格好のヨーコは春名をジロリと睨みつけた。
「うっさいわね。余計なお世話は身を滅ぼすわよ!?」
春名にまで当たり散らす始末だ。
一方、ヨーコにビンタされたメリットは、しばらくじっと頬を押さえていたが――
やがて何事もなかったかのように、食事を再開した。素晴らしき鋼鉄の神経である。
クレイみたいな人だなぁと半ば感心しながら、晃も一応声をかけてみた。
「すみません。あの子、ちょっと怒りっぽくて……あの、大丈夫ですか?」
顔色一つ変えずに、メリットは頷く。
「えぇ。心配してくれてありがとう」
そして、上から下までマジマジと晃を眺めてから付け足した。
「ブレイク・ソールには、あなたのように若いスタッフも乗っているのね」
「えっ。あ、はい」
若いといえば、確かに若いかもしれない。十六、七という年齢は。
でも、下には下がいるんだよなぁ。不意に晃の脳裏に浮かんだのはミク達の姿であった。
「宇宙へ出るのは、怖くなかった?」
真顔でメリットに尋ねられ、改めて晃は自分でも考えてみる。

宇宙へ出るのが怖かったか、だって?
そりゃあ、多少は怖かったかもしれない。
でも、あの時は、宇宙人に一矢報いるチャンスが来たと喜んでいたから――

「あまり、怖くなかったかもしれません」
正直に答えると「そう……強いのね」と寂しげに微笑まれ、なぜだか胸が痛くなる。
胸にキュウンッとくる、この痛み。一体なんだろう?初めて感じる痛みだが……
「なぁーに、仲良くおしゃべりしてんのよ!」
晃のモヤモヤとした思考は、ヨーコの怒鳴り声の前に四散した。
ヨーコは、自分のほうが五百倍はうるさいんじゃないかってぐらい怒っている。
春名が一生懸命宥めているが、ハッキリ言って焼け石に水だ。
ヨーコの怒りを鎮められる者なんて、クレイしかいないんじゃなかろうか。
……あれ?
そういえば、クレイはドコにいるんだろう。
晃は食堂内を見渡したが、彼の姿を見つけることは出来なかった。


食堂内の様子がメインモニターに映し出されている。
メリットに群がる男性陣を見て、T博士は渋い顔で吐き捨てた。
「噂の出所は誰だ?皆には、まだ黙っておけと命じたはずじゃが」
ドリクは首を振り、さして興味もなさそうに答える。
「まぁ、恐らくはカリヤかヨーコではないかと」
だが、艦長の予想はミグが打ち消した。
「ヨーコが言うとは思えません」
「どうしてじゃ?」とQ博士が尋ねるのへ、ミグは淡々と答える。
「ヨーコとメリットは恋敵ですから。自分のデメリットになる人物の情報を、艦内へ流すとは思えません」
恋敵なんて言葉がミグのくちから出るとは思わなかった。
驚くドリク、そしてT博士の前で、ミグはなおも己の予想を公表する。
「カリヤも然りです。彼なら皆には内緒にして、一人でメリットにアタックを仕掛けるはず」
「……いや、それはシュミッドの場合だろう。カリヤは噂好きな男だぞ?」
ドリクが反論するが、ミグは冷たい目線で彼を見ると、これ見よがしに溜息をつく。
「判っていませんね、艦長は」
「なにをだ?」
憮然とする艦長へ、彼女は言った。
「恋する者の気持ちを、ですよ」
まさか、ロボットみたいな少女に恋する気持ちを指摘されるとは。
だがドリクとて、アイザ女史とは長く恋人関係にある男。
そこまで言われて黙っているわけにもいかない。彼は憤然と言い返した。
「確かにカリヤは惚れっぽい男だ。だが同時に噂好きでもある。噂と女性を天秤にかけたら、彼ならば噂を取るだろうと統計でも出ている!」
いつ統計を取ったんだ、などと突っ込むのは、この場合は野暮である。
「それでも彼が噂をしないと言い切る、君の自信は何処からくるんだ?」
するとミグ、またしても深々と溜息をついて、呆れた目でドリクを見た。
「艦長、カリヤは一目惚れしたのですよ。あの女性に。百パーセント、本命に近い恋心です。その証拠に」
「証拠に?」
「カリヤの軽口発生度が、通常の三倍は高くなっています。おまけに、粘り強さも発生しました。いつもの彼からは考えられません」
なんと、カリヤの微妙な変化を、ミグはちゃんと観察していたというのか。
彼女の洞察眼にドリクが言葉を失っていると、たまりかねたT博士がツッコミを入れた。
「えぇいっ、カリヤの恋愛論など、どうでもよいわ!今は噂の出所が誰なのかという話をしていたはずじゃろうがッ」
確かに今のは、どうでもいい雑談だった。
U博士も割り込んで「ならば噂の出所を探ったところで、それも無意味です」と頷く。
「肝心なのは、彼女の扱いを今後どう変えていくか――でしょう?」
「その通りじゃな」
Q博士も頷き、ちらりと背後に立つクレイを見やる。

クレイとリュウ、そしてクレイとメリットを近づかせてはならぬ――

それが、博士達の出した結論だ。
よってメリットを個室で監禁していたのだが、噂が広まりすぎて、そうもいかなくなった。
なにしろ彼女は地球人である。
同胞を不当に扱っていると知られたら、スタッフ達との信頼関係にもヒビが入りかねない。
そうしたわけで、メリットを一時的に解放した。
といっても監視カメラは常に彼女を追いかけていたし、行ける範囲も限られた。
じっと黙って立っていたクレイが、Q博士へ尋ねてよこしてきた。
『博士。リュウ兄さんは、いつ釈放になるのですか?』
リュウも再びスパイ容疑が浮上してきて、今は監禁されている。
それがクレイには大いに不満らしく、ここ数日、ずっと無言で通している。
大好きなQ博士の呼びかけにも応じないというのだから、余程のことだ。
今日、やっと話したと思えば、博士にとっては気に入らない話題。
それでもQ博士は癇癪を起こしたりせず、優しく答えてあげた。
「インフィニティ・ブラックとの関係が無実と判るまでじゃよ」
『彼らを倒すまで、ですか?それでは長すぎます』
むっとするクレイの肩を軽く叩き、Q博士は彼を激励する。
「そうじゃ。リュウのためにも、早いところ叩きに行かんとな」
言われてようやくクレイも、博士に怒るのは筋違いだと理解したのだろう。
怒り顔だったのが柔和になって、クレイは深々と頭を下げた。
『すみません。博士の考えも読めずに、俺は無礼な態度ばかり取りました』
「謝る暇があるのならば、訓練に行っておいで。あぁ、ただし」
Q博士の言葉を引き継ぎ『判っています。食堂には寄りません』と頷くと、クレイは踵を返し、メインルームを出ていった。
「食堂に行けないのでは、彼の大好きなハルナちゃんにも会えませんね」
それを見送って、こっそり呟いたのはスタッフの一人、メディーナ。
だが何気なくミグの顔を見た途端、彼女はビクッとなって押し黙る。
ミグが心臓を貫けそうなほど鋭い目で睨んでいるのに、気づいてしまったのだ――!


メリットがアストロ・ソールに救助されたというニュースは、デルターダ星人経由でベクトル星人に伝わり、そこからKへも伝わった。
「へぇ……アストロ・ソールに乗り込むなんて、大胆な真似するじゃん」
Kの背後ではニヤリとピートが笑い、アリアンも大袈裟な調子で肩を竦める。
「まったくですわ。あの人は諜報なんて苦手だという話でしたのに」
クーガーほど熱血ではないがジェイよりは強気だと、リュウからは聞かされている。
そのリュウも、今はいない。クーガーもジェイも宇宙に散った。
リュウは捕虜になったらしいが、実質上、敵に捕まった時点で死んだも同然だろう。
何しろ地球人にとって、彼は許し難き裏切り者なのだから……
ベクトル星人の話によると、彼らは小型船で信号の出た場所へ急行するという。
最後に信号の消えた場所から、奴らの戦艦の位置を割り出すのだと言っていた。
そのように高度な真似ができるのなら、もっと早くに手伝ってくれればよいものを。
だがベクトル星人は宇宙船での戦いが苦手、と決めつけていた此方側にも非はある。
彼らが敵船へ乗り込むという勇気の持ち主であったという事実も、意外ではあった。
まるで戦力に考えていなかった相手が、急に頼もしく見えてきた。
意外といえば、メリットの行動もKの予想を超えている。
彼女がまさか単身で敵地に乗り込んでいくとは、想像もしなかったのだ。
あれからメリットと連絡が取れないのも、気にかかる。
捕まって、酷い目に遭わされていないとよいのだが……
「で?オレの機体は、いつ頃届く予定なんだ?」
ピートの声で現実に戻され、Kは背後を振り返る。
新しい仲間、念動力を持つ戦士ピート=クロニクル。アストロ・ソールの元一員だ。
アリアン曰く、アストロ・ソールで不当な処分を受け、それで脱走してきたのだとか。
彼がアストロ・ソールに恨みを持っているというのは、こちらにとっても好都合。
インフィニティ・ブラックは、地球へ恨みを持つ地球人の集まりだ。
「もうすぐだ。向こうの話によれば、あと三週間で完成するそうだ」
「さっすが宇宙人、技術力は地球を遥かに上回るねぇ!」
ピートには、宇宙人と提携を組んでいることも伝えてある。
それでもなお、彼はインフィニティ・ブラックへの仲間入りを志願してきた。
よほど恨みが強いのか、それとも奴らのやり方に疑問でもあったのか。

――否。

「そいつでオレがあいつらを倒したら、約束の件は」
不敵に笑うピートへ、Kは頷いた。
「あぁ、判っている」
ピートがKに頼んだ約束。
彼と兄は報復でも裏切りでもなく、ただ一つの望みの為に戦いを決意した。
そのためにも、アストロ・ソールへ戻るわけにはいかなくなったのだ……

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