BREAK SOLE

∽67∽ 想い出


太陽銀河系より遥か彼方。遠く離れた宇宙に、彼らの母星はあった。
彼ら――ツイン星人やグーダ星人など、地球と交戦中の宇宙人の星が。
宇宙人は遥か銀河の向こうに地球という、生命体の住む惑星を発見する。
知的生命体が住むことを期待して、彼らとコンタクトを取るべく、母星を出発した。
そして…………


「お茶、入りましたよぅ〜」
壁がパックリ割れてワゴンと一緒に入ってきた女性を一瞥し、デスクに座った男は頷いた。
「ご苦労。そこへ置いといてくれ」
「まーたデータと睨めっこですかぁ?リィダァ。そんなもん何度見ても同じでしょうに」
己の作業を馬鹿にされ、男の頭上に伸びた二本の触角が揺れる。
「君こそ毎日ダラダラ遊んでばかりで、ここへは何しに来たのかね?まったく……我々は選ばれし調査隊なのだ。地球人のデータを調べる、それが仕事だ」
男の嫌味に全く意を介せず、お茶を運んできた女性は茶目っ気たっぷりに微笑むと、ワゴンと一緒に壁の割れ目へと逃げ込んだ。
彼女を飲み込んだ途端、壁は何事もなかったかのように元通りになる。
――彼らが、今、いる場所。
どこかの廃ステーション内ではない、宇宙を漂う船の中である。
頭に二本の触角を生やす彼らは、当然地球人ではない。宇宙からの来訪者だ。
インフィニティ・ブラックのKに『グーダーラ』と呼ばれている星の住民でもあった。

地球を攻撃する宇宙人達は、連合を組んでいた。
一本触角のフェルダ星人。
二本触角のグーダーラ星人。
薄く透き通ったエプシージ星人。
全長が地球の子供ほどもない、デルターダ星人。
ぶよぶよと太ったゼル体質のツイン星人。
全体が黄色く光るベクトル星人。
それぞれに異なる、だが地球よりは発展した文明を持つ星の住民だ。
最初に地球人から手荒い歓迎を受けたのは、ツイン星人であった。
彼らの救難信号を受け、次々と他惑星からの応援が到着した。
考えてみれば宇宙人は被害者であり、悪いのは地球人なのである。
にも関わらず地球人が撃退の意志を崩そうとしないのは、報復が酷すぎたせいもあろう。
武力に対し武力で押していては、戦いは長引くばかり。
そのことは誰もが頭では判っているはずなのに、誰もが同じ道を選んでしまう。
宇宙連合もまた、同じ過ちの道に踏み込み、抜けられなくなっている。
いや――うまいこと抜け出した奴らも居た。
フェルダ星人とエプシージ星人は、既に撤退を決め込んでいる。
やられた分のお返しはした、というのが彼の言い分であった。
元々彼らは、それほど損害を受けたわけではない。
アストロ・ソールによる反撃は受けているものの、大破した船など一隻もない。
要は、この戦では儲けなしと見切りをつけて、さっさと引き上げた。そういうことだった。

この戦いで、最も地球に固執していたのはツイン星人とベクトル星人だけ。
特にツイン星人は、母星の寿命が迫っている件もあるので必死だ。
何も、大気汚染の酷い星へ移住しなくても――
そんな声が連合内であがらなかったわけではない。
だが、ツイン星人達は頑として地球への移住を希望した。
寿命問題だけではなく、初めて地球を訪れた時に、その美しさに心を奪われたと言う。
母星にはない青い海。母星には居ない、逞しい野生動物の美しさに。
地球人が構成する、反地球組織を仲間に引き入れたのもツイン星人だ。
インフィニティ・ブラック。意味は地球の言語を解明した時に、ようやく判った。
無限大の闇。ツイン星人が地球へ憧れたように、彼らは宇宙に憧れたのだ。
夢を持つ者同士が、お互いを分り合うのも簡単な話で、インフィニティ・ブラックはツイン星人の手引きで宇宙連合の一員に迎え入れられた。

だがKやツイン星人の意気込みとは裏腹に、最近はデルターダ星人も近々撤退するのではないかと、もっぱらの噂だ。
次々と仲間が撤退を決める中、グーダーラが撤退しないのには理由があった。
彼らは地球人そのものに興味を持ったのだ。地球ではなく、地球人に。
何故、圧倒的戦力の差で不利だというのに奴らは降伏しない?
科学力の差だというのに何故奴らは滅びもせず、逆に反撃を繰り出そうというのか?
何度空襲を受けても、すぐに街を復興させて、その場に居続けようとするのは何故だ?
グーダーラ星人は、地球人のしぶとさと粘り強さに着目した。
だから、こうやって宇宙船に調査隊を詰め込んでは、定期的に送り出しているのだった。
「そういやベクトル星の人達が、また何か要求してきてるみたいですよぉ」
ワゴンを片付けてきたのか先ほどの女性が戻ってきて、触角の先を尖らせる。
デスクに腰掛けた男は目も上げず、先を促した。
「それで?奴らは何と言ってきている」
「ん〜っとぉ。アストロ・ソールの船を見つけたら、連絡下さいって」
彼女の触角がウネウネと伸びてきて、男の触角と絡み合う。
「デヴィジョンを使って乗り込んで、中から壊滅させてやるそうですぅ」
デヴィジョンというのはベクトル星人が開発した、物質移動装置。
一瞬にして物質を目的の場所まで飛ばす機械だ。
艦戦が苦手なベクトル星人のこと、最終的には生身で乗り込む戦法を採ったらしい。
とはいえ、あの臆病な人種が一体どこまでやれるのやら。
絡みついてくる触角を振り解き、男は溜息をついた。
インフィニティ・ブラックからは、何の連絡もない。
最後に通信した時は、確か、こんなことを言っていた。
アストロ・ソールを見つけたら攻撃してもいい。だが、地球への攻撃は当分中止。
ただし、地球の観測は自由に行って構わない。くれぐれも無意味な爆撃は避けるように。
こちらとしても滅ぼす為に、わざわざ地球まで来た訳じゃないからいいのだが……
地球への攻撃は駄目なのに、アストロ・ソールはいいという理屈が理解できない。
アストロ・ソールも地球人の作った組織だというのなら、攻撃しては駄目なのでは?
「了解したと伝えておいてくれ」
返事を待つ女性へ鷹揚に頷くと、男は手元のデータに目を落とす。
どのみち地球へ攻撃しなくてもいいのなら、これ幸い。
その間に溜まったデータを編集して地球人大辞典を完成させてしまおう、と彼は考えた。


横に病人が寝ているというのに、ブレイク・ソールの救護室は騒がしい。
女性陣は、ぐるりとQ博士を囲んで怒鳴り散らした。
「く、口から口へ注入するなんて、そんなの駄目ですっ!」
「どうして駄目なのかね?」
平然と言い返され、却って恥ずかしくなってしまったカタナは、もごもごと呟いた。
「だ、だって……こんなの、フェアじゃありませんし……」
そのカタナをドンッと突き飛ばし、割り込んできたのはヨーコ。
「もうっ、どきなさいよ!あんたって、つくづく役立たずなんだから!!」
カタナの数百倍は眉間に皺を寄せ、Q博士へと詰め寄った。
「カルラは人間なんでしょ!?だったら!不衛生だわ、汚いじゃない!!」
「汚くなどありゃ〜せんよ。注入前には、きちんと除菌するしのぅ」
「た、たとえ綺麗でも、お兄ちゃんは病人なのよ!?病人を襲うなんて、そんなこと」
「襲う?お前さんがた何か勘違いしとりゃ〜せんかのぅ」
怒る女性陣とは対照的に、Q博士はノホホンとしている。
こりゃー言い合いでは勝てそうにもないな、と早々にリュウは見切りをつけた。
寝かされているクレイの元へ行くと、「に……にいさん」と呼ばれる。
「何だ?」
しゃがみ込み、耳を近寄せると、クレイはリュウに届くだけの小声で囁いた。
「俺の部屋にある……クマを持ってきて下さい」
突拍子もない注文に、思わずリュウの声も裏返る。
「クマァ?」
「……はい。クマです」
クマというのは恐らく、ぬいぐるみか木彫りの置物であろう。
なんで、そんなもんが病床に必要なのか。
しかし、クレイの目は真剣だ。茶化すのも悪い気がする。
「ベッドの中に隠してあります」
隠さなければならないクマとは一体なんだ。
クマの中に、皆に知られてはいけない秘密でも隠しているというのか?
リュウは少し思案した後、訳あり顔で頷いて承諾した。
「……ふん、ま、判ったよ。持ってきてやるから、お前は少し眠ってろ」
そう言って布団の乱れを直してやったのだが、クレイは真顔で首を真横に振った。
「それがないと眠れません。ですから兄さんが戻るまで起きています」
クマの中に睡眠薬でも隠しているんだろうか。
睡眠薬なら、救護班の誰かに言えば貰えそうな気もするのだが……
戸口へ向かおうとクレイから部屋へ目を移せば、まだ喧嘩は続いている。
これだけ反対されているのだ、カルラの試運転はクレイではなくソールでやればいい。
リュウは呆れつつも、部屋を出ていった。

ブレイク・ソール内にあるクレイの私室も、やはり青一色で装飾されていた。
一面に広がるのは空色の壁紙。真っ青な家具は、広島支部から持ち込んだと思われる。
青いベッドに被さった青い掛け布団を剥いでみると、そこに鎮座していたのは大きなクマ。
もとい、大きなクマのぬいぐるみだ。
そのぬいぐるみに、リュウは見覚えがあった。
「……おいおいおい、どんだけ物持ちがいいんだ?あいつァ」
ドイツの研究所を出ていく時、幼いクレイへプレゼントした物があった。
それがベッドに置かれている、このクマなのである。
十何年前の代物だというのに、痛んだり汚れたりしている様子はない。
随分と大切にされていたようだ。
ふと、クマの首筋に巻かれたリボンにリュウは気づいた。
もちろんリュウには、こんなものを巻きつけた覚えはない。
プレゼントされてから、Q博士かクレイ本人が巻きつけたのであろう。
リボンには白い刺繍で【Ryu】と書かれている。
誰から取った名前かなんてのは、考えるまでもない。
「おいおいおいおいおい……何で俺の名前をつけてるんだよ?可愛い真似してくれんじゃねぇか、あのやろう」
誰も居ない部屋で、ひとしきり照れた後、おもむろにクマの腹や背中を調べてみたが、開きそうなギミックは仕掛けられていない。
クマの中に何かが隠されている、という考えは捨てた方がよさそうだ。
クレイは単に、このクマが一緒じゃないと眠れないのかもしれない。
大の男がクマさんと一緒じゃないと眠れないのは、何とも恥ずかしい癖だ。
あげたせいで幼い頃に刷り込まれてしまったんだとしたら、申し訳ないことをした。
ぬいぐるみじゃなくて、別の物をくれてやりゃ〜よかった。
ひょっとして、ソルの中で寝る時はクマを持ち込んでいたりするのか?
思わずブッと吹き出して、「まさかな」と肩を竦めると、リュウは小脇にクマを抱える。
ついでに、ぐるりと見渡して、他に調べる物もないと確認した後に部屋を出た。

「――とにかく。治療のことは、我々に任せて下さればいいんです。カルラの特効薬は使わせていただきますが、注入は私達が最良の方法を選択します」
リュウが戻ってくる頃までには喧嘩も一段落ついており、部屋へ入るなり、救護スタッフのキッツイ一言が聞こえてきた。
「口から吐き出したものを注射って、なんだかキッタナイ感じよね〜」
ヨーコはまだ不満げであったが、一応そういう案でまとまったらしい。
当のクレイは文句など一切無く、無言でベッドに横たわっていた。
リュウが戻ってきたのを見つけるや否や、嬉しそうな笑顔で迎え入れる。
「ありましたか」と小声のクレイに、クマを押しつけ「あぁ」とベッドの端に腰掛けた。
「お前、なんだよ、この名前は?なんで俺の名前つけてるんだよ。照れるじゃねぇか」
女の子達には聞こえないよう小さな声で尋ねると、クレイは、ぽぅっと赤くなる。
「貰い主の名前をつければ、相手のことを忘れないだろうとQ博士に言われました」
これも、とパジャマの胸元をゴソゴソ探って、鎖のようなものを取り出した。
鎖の先にはキーホルダーがついている。ビーズで作られた青い犬のようだ。
「春名から貰いました。だから、春と名付けたんです」
どことなく嬉しそうなクレイをジト目で眺め、リュウは更に尋ねる。
「ほほぅ。春名ちゃんから貰ったから、春、ねぇ。で?なんで、このクマちゃんは、俺の名前そのまんまなんだ?あん?」
「……リュウ兄さんの名前は略しようがありませんでしたから」
ぽつんと呟くクレイに、なおもリュウは尋ねてみた。
「だったらDRAGONでもTATTOOでもいいじゃねぇか。格好良く変換しろよ」
いや、ドイツ語だからDragonではなくDrachenか?
などとリュウが脳内で変換していると、クレイは、ふるふると首を真横に振り、真顔で答えてよこした。
「俺は、兄さんの『リュウ』という名前の響きが好きなんです」
「あ……あぁ、そうだろ?俺も、この名前は結構気に入ってるんだよ」
内心の動揺を押し隠して笑っていると「ちょっとすみません」と後ろから肩を叩かれた。
振り返れば、救護スタッフのカタナが、手に注射器を持っている。
カルラ作成の特効薬をクレイに注入するのだと知り、リュウは場所を空けた。
作成の様子を見逃したが、皆の顔色を伺った限りでは見ない方が吉だったかもしれない。
ヨーコもミリシアも、そしてカタナですらも真っ青な顔をしていた。
口元に手をやっている者もいる。そうとうグロイ作業がおこなわれた様子。
平然としているのなんて、Q博士とカルラ本人ぐらいなものだ。

あぁ、しかし。
注射される時も鉄仮面なクレイの横に置かれたクマへ目をやり、リュウは改めて照れる。
名前の響きが好き、なんて真顔で言うなよ。萌えるじゃねぇか。
しかも響きの好きな名前をクマにつけて、毎日一緒に寝てるだと?
こいつはやっぱり俺を萌え殺すために生まれた、愛の天使に違いないっ!

ニヤニヤと一人照れるリュウを、ヨーコ達は遠巻きに見守った。
「大丈夫でしょうか、シラタキさん……さっきから一人でニヤニヤしてばかりで」
「気持ち悪いのです。リュウも変態の一人だったのです」
「あいつも風邪でやられちゃってるんじゃないの?頭」
等と乙女達に囁かれているとは、つゆ知らず。
幼きクレイとの日々まで思いだし、リュウは一人ニマニマし続けるのであった……


ブレイク・ソールの救護室で、リュウがクレイを想ってニヤニヤしている頃――
インフィニティ・ブラックでも、Kがリュウを偲んで悄然としていた。
リュウだけではない。前の戦闘で失ってしまった三人の事も考えていた。
リュウやクーガーが抜けた技術者の穴埋めは、まだ出来ていない。
新たに人員補充しようにも、地上にいる谷岡とは連絡が取れないでいた。
問題は、そればかりではない。
オペレーターが持ち込んできた情報によると、デルターダ星人の動きが怪しいらしい。
インフィニティ・ブラックの活動は、宇宙人の支援があってこそである。
彼らが撤退してしまっては、アストロ・ソールを打ち破ることも困難となろう。
せめて奴らを叩きのめすまでは、共に戦っていてもらいたいものだが……
「グーダーラ星人は、おかしな動きなどしていないか?」
尋ねるKへ頷くと、オペレーターは即答した。
「今のところ、偵察機を地球へ飛ばしている以外は特に動きもありません」
彼らの出している偵察機は、あくまでも偵察だけが目的である。
地球人を研究してデータベースを作成しているのだとか。物好きな宇宙人だ。
「よし。では、ベクトル星人はどうだ」
「地球へ降下していた部隊は、全て宇宙へ引き上げたそうです」
奴らの報告を信じるならですが、と注釈を入れるのも彼は忘れなかった。
会話が途切れ、しばらくしてからオペレーターが逆に尋ねる。
「K、次のアストロ・ソールへの奇襲は、いつおこなうのですか?」
我々は宇宙連合に、見捨てられたのではないか――
そんな思いがインフィニティ・ブラック内には浸透しつつあった。
何しろ三体もの機体を一瞬にして灰にしてしまったのだ。無様としか言いようがない。
唯一の希望である念動力を持つ新しいパイロットも、機体が無くては戦えない。
そして頼みの綱なツイン星人からは、全くの音沙汰なし。
もっともツインと連絡が取れないのはKだけではなく、グーダーラも愚痴を漏らしていた。
宇宙人連合は、上手くいっているようで上手く連携が取れていないのだと。
フェルダとエプシージが去った今、連合の火力も落ちている。
ベクトルは役に立ちそうもないし、まずはデルターダの説得からやっておくべきか。
ともかく、気がついたら独りぼっちなんてのだけは避けたい事態だ。
「デルターダの連中と連絡を取れ。よくない噂は真実を確かめておいた方がいい」
「了解しました。何としてでも連絡を取ってみます」
きりっと熱血気味にオペレーターが答え、Kは踵を返す。
だが途中で立ち止まり、追加命令を与えた。
「あぁ、そうだ。メリットにも連絡を。彼女には単身で探索を試みて貰いたい」
「探索……ですか?」
首を傾げるオペレーターへ、Kは頷く。
「リュウを敵に拉致させたのは、彼女の落ち度でもあるからな。地球と月の近辺に浮かぶ廃ステーションを、残らず調べるようにと伝えてくれ」
奴らのことだ。隠れているといっても、月の側から離れたわけでもあるまい。
Kの予想が正しければ、奴らは廃棄されたステーションを隠れ蓑に使っているはずだ。
そう、我等がインフィニティ・ブラックのように。
「判りました」
メリットへ通信を入れる彼を見守ってから、Kは今度こそ自室へ戻っていった。

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