BREAK SOLE

∽66∽ 頭がいたい


到着した衛星ステーションには、戦艦が丸々入るほどのスペースがなかった。
「分離させますか?それとも外に横付けしておきますか」
カリヤが尋ねるのへ、ドリクは少し悩んだ後に決断した。
「いや……そうだな、分離させよう。分離すれば入る大きさか?」
尋ねたのは、リュウに対してだ。リュウが頷くのを見て、艦長は再度命令を下す。
「各ブロックを分離。生活ブースから順に着港せよ」
「了解!各ブースのオペレーターに告ぐ、分離を開始せよッ」
珍しくカリヤが真面目に放送するのを聞きながら、ドリクはモニターを眺めた。
インフィニティ・ブラックの追撃はない。
怪しい影が追ってくる様子もない。逃亡成功か。
しかし『ビアンカ』への距離は遠のいてしまった。
向こうが体勢を整えてくる前に、反撃といきたいものだが――

「……着港するようですね」
クレイの部屋のベッドに腰掛け、ミグはポツリと呟いた。
着ている服は、いつものワンピースではない。クレイが貸してくれたシャツ一枚。
サイズが大きくて、すっぽりと被っている。下は裸だからスースーして仕方がない。
彼女の一張羅は、今は洗濯機の中でグルグル回っている。
びしょぬれのミグを心配して、クレイが「着替えろ」と勧めたせいだ。
「どうしましょう?この格好のままで降りましょうか」
洗濯機を無言で見つめていたクレイが、彼女の問いに振り返る。
「乾くまで上下とも貸そう」
タンスをガサゴソしてズボンを取り出してきたが、これもミグには大きいようだ。
「ダブダブですよ?おかしな格好だと怪しまれてしまいます」
「怪しむ奴は勝手に怪しめばいい」
ダブダブに着るファッションもあるのだと、秋子あたりが言っていたような。
それをミグに教えてやると、彼女は、ようやく納得したようだった。
素肌の上にズボンを履き、ダブダブの裾を何重にも折り曲げた。
それでもまだ引きずっていたが、ミグ自身は鏡の前でチェック怠りない。
「これなら、さほどおかしくもないですよね……」等と呟いているのが聞こえた。
再び洗濯機に目を落としたクレイは、残り時間を確かめてから踵を返す。
「ミグの服は乾いた後で返す。今は、その格好で我慢してくれ」
「乾燥までしてくれるのですか。すみません」
頭を下げる彼女を横目に「ソルの様子を見てくる」と言い残し部屋を出た。
だが、ミグもチョコチョコと一緒に出てきてしまい、クレイは困惑顔で彼女を見る。
「ミグは部屋で待っていて欲しい」と頼む彼へ首を真横に振ると、ミグはきっぱりと言い切った。
「嫌です。私は、クレイと一緒にいるのです」
強気なミグのこと、これは何を言っても、ついてくる気満々だろう。
なら、押し問答しているのは時間の無駄だ。クレイは早々に諦め、ミグをお供に従えた。


地球のすぐ側に浮かぶ衛星廃ステーションは、分離した戦艦を難なく収容。
「ここから、あたし達を見張っていたんだね……道理で的確な攻撃をされたわけだ」
デトラの呟きに、ソラも真剣に頷く。
「衛星システムは電源さえ入れれば、すぐに動かせるみたいです」
「じゃあ、今度はこちらからの反撃も可能ですか?」と尋ねてよこしたのは、ミカ。
「はい」
ソラは頷き、デトラを見上げた。
「もうすぐインフィニティ・ブラック追撃の会議を開くそうです。急ぎましょう」

廃ステーション内部に、盗聴器類は発見されなかった。
完全に放棄された場所であり、今後も使用する予定がなかったということになる。
それでも残された機材は電源さえ入れば、まだ動くという。
さぐりを入れるように、R博士がリュウに尋ねる。
「敵の財政は潤っておったのか?」
「さぁな、そこまでは知らねぇよ」
さりげなさを装い何気なくスルーしたリュウの目が、クレイを捉えた。
「よぅ、クレイ。どうした?珍しい組み合わせじゃねぇか」
すぐ後ろを歩いてくるのはミグだ。
クレイのシャツの裾を、ぎゅっと握って放さない。
ミグの格好も、いつもとは違う。ワンピースではなくラフなシャツにズボン。
上下ともサイズはブカブカで、幼さを強調するような格好にも見えた。
「ついに幼女に目覚めたのか?ン?」
『ミグの服が』「私は幼女ではありません。少女ですよ」
クレイの返事を遮ってミグが反論する。彼女は怒った顔でリュウを見上げた。
「おかしいですか?私とクレイが一緒にいては」
「い、いや、まぁ、別におかしかねぇけどよ」
「だったら、余計な口出しは無用です」
ぷいっと顔を背けたと思えばクレイに向き直り、ミグはギュウッとしがみつく。
今までとのギャップに、誰もがポカーンとなった。育て親であるT博士ですら。
ミグにしがみつかれたまま、クレイは無表情にQ博士へ尋ねた。
『ソルは何処に収容しましたか?』
「あ……あぁ。奥に広いスペースがあったのでな、そこに収容してある」
『わかりました』
ミグを従え去っていく彼の背中を見送りながら、リュウが呆然とT博士に尋ねる。
「おい。何があったんだよ、ありゃあ?」
「長旅で、どこかイカれたか……?」
T博士もまた、呆然とした顔で呟いたのだった……

『パイロットと各班リーダーは、会議に参加して下さいなのです。その他スタッフは荷物の点検、及び適度な仮眠を取って下さいです』
ミカによる、たどたどしい基地内放送が流れ、各自担当の場所へ散っていく中、うかない顔で歩いていた春名は後ろから背中を叩かれた。
「どうしたんですか?春名さん。ここへ着く前から暗いですね?」
振り向くと褐色の肌、そして眩しいほどの笑顔が真っ直ぐ向けられている。
ソラは春名の隣に並ぶと、一緒に歩き出した。
「お疲れでしたら、各班に割り当てられた仮眠室で休んで下さい」
すぐさま「う、うぅん。疲れてはいないの」とパタパタ手を振った後、しばらく二人は無言のまま歩いていたが、やがて春名のほうから切り出してくる。
「ただ……ただ、ね。私のせいでソール君が、あんなことになっちゃって……」
救護室へ運び込まれた後も、ソールは意識が戻らないという。
このステーションにある部屋の一つに移動し、治療を続けることになっていた。
「春名さんのせいではないですよ」
落ち着いて、だが、はっきりとした口調でソラは断言する。
ハッとなった春名が横を歩く顔を見れば、彼は思いの外真面目な顔で言い切った。
「自分を過信していたソールさん自身の責任です。過度の自信は禁物ですから」
全部ボクのおじいちゃんの受け売りですけどね、と締めることも忘れずに。
そう言われても、ソールを駆りだしたのは春名だ。
ソラの言い分は結果論に過ぎない。
ふと思いつき、春名は褐色の少年に尋ねた。
「ね、ソラくん」
「はい?なんでしょう」
「もし私が、あの時頼んだら……ソラくんは、やってくれた?ソルの運転」
黒い瞳が一瞬怯み、ソラは無言で春名を見つめる。
その顔に穏やかな笑みが浮かび、彼はゆっくりと首を真横に振った。
「いいえ。ボクはソルを動かせませんよ。ボクには戦闘センスがありません」
出来ることと出来ないことを見極めるのも大事だと、彼には判っていたのである。
もちろん、おじいちゃんからの受け売りで。


メインルームと定めた広い部屋へソラが到着する頃には、他の面々も集まっていた。
まだ来ていないのは、救護班リーダーとクレイ、それからミグぐらいか。
ミグとクレイが時間に遅れるとは、珍しいこともあるものだ。
椅子に腰掛けたヨーコは、隣のミリシア相手に愚痴っている。
別に聞きたくなくても大きな声で話しているので、嫌でも聞こえてしまう。
「ったく、ホントいやんなっちゃう!」
「どうしたんですか?」
興味はなかったものの、相づちを求められているような気がして、ソラは尋ねた。
するとヨーコは水を得た魚のように、しゃべるわしゃべるわ。
「さっきね、あたし、Bソルのメンテやってたの。そこにクレイお兄ちゃんが来たんだけど、何故かミグまで一緒なのよ。しかも、ミグがベラベラベラッベラうるさいのよ、これが。お兄ちゃんに対して、いちいち『コンデンサーは、こうしたほうがいいですよー』とかそんなの、お兄ちゃんは充分判ってるってぇの!なによ、あの博士ヅラは。終いには、あたしのBソルまでメンテするとか言い出すから逃げてきたってわけ」
リュウに勝るとも劣らないマシンガントークが飛び出した。
「どうしてですか?メンテナンスを手伝ってもらえるなら、やってもらったほうが」
「そりゃ〜、お兄ちゃんだけならね。ミグの手まで借りたくないわよ」
きっと睨みつけられて怯むソラに、ミリシアが小声で耳打ちする。
「クレイさんとミグさんが仲良いみたいなので、気に入らないんですよ」
クレイとミグが、仲良し?
聞き違いかと振り向くが、ミリシアの顔を見る限り嘘ではなさそうだ。
しかし二人が仲良くなったのなら、それはそれで結構なことじゃないか。
何故ヨーコは、これほどまでに怒り頂点なんだろう。
ちらっとヨーコのほうを盗み見するが、彼女はまだ不満げに口を尖らせている。
本人に聞くのは、自ら地雷原に踏み込むようなものだ。
「あーあ、やだねぇ。女の嫉妬ってのは」
対角線から、これ見よがしな呟きが聞こえ、ヨーコがそちらへ険悪な視線を飛ばす。
言ったのはデトラだ。視線はソッポを向いたまま、彼女はこうも言った。
「なんだって、あんなロボット野郎がいいんだか。皆、趣味が悪すぎるよ」
「クレイお兄ちゃんはロボットじゃないわ!」
「クレイさんは、ロボットじゃありません!」
ミリシアとヨーコがハモッた時、当のクレイが急ぎ足で入ってきた。
『遅れてすみません』
ぺこりと皆へ頭を下げ、Q博士の横に腰掛ける。
すぐさまミグも入ってきて、こちらは謝りもせずにクレイの隣へ腰掛けた。
その態度にムカッときたのか、即座にヨーコが噛みついてくる。
「なによ。T博士ご自慢の娘さんは、遅れてごめんの一言もいえないわけ?」
「すみません!遅くなりまして」
そこへトリとなった救護班リーダーのツェンが慌てて駆け込んできたものだから、ミグの謝罪は聞けず終いとなった。
「――では、各班の報告から聞きましょうか」
U博士の司会でミーティングが始まり、右端に座るシュミッドから立ち上がる。
「えーと。まず、エネルギー砲のエネルギー確保の件ですが……冷却装置の製造、及びシラタキ君の設計図を採用します」
「装置の材料は、予備の分で足りるのかね」
尋ねるR博士へは、リュウが応えた。
「俺の設計は完璧地球人仕様だぜ?その辺は抜かりねぇ」
ごほん、と咳をしてシュミッドが報告を再開する。
「……それと先ほどの停電ですが、あれの原因はジョンでした」
やっぱりな、といった雰囲気が場を支配する。
口には出さなかったが、皆、同じ予想を抱いていたようだ。
「冷却装置の完成は、半日もあれば可能だそうです。以上」
シュミッドが座ると、今度は生活班リーダーの結衣が立ち上がった。
「最低限の機材だけ降ろしました。が、食事は戦艦内で取るようにして下さい。出たゴミは一箇所にまとめ、出発前に分解機へかけます。仮眠ですが、パイロットはソル内で。その他スタッフは戦艦内自室で寝るように」
「この基地で寝ちゃいけねぇのかよ?」
リュウが口を挟み、結衣は少し疎ましげに彼を見た後、そっけなく答えた。
「宇宙では常に緊張感を持つのがベストかと思いますが?」
「そうじゃの、パイロットはすぐ出撃できるようにせんといかんじゃろう。それに、ベッドの積み直しというのも面倒じゃしのぅ」
とは、Q博士。
険悪になりかけた空気を、さりげなく元に戻す。
「うぇ〜。ソルにベッド積み込んじゃ駄目ですか?」
パイロット勢で不満げなのはヨーコだけで、クレイもミリシアも無言で頷いた。
それに気づくや否や、ヨーコは不機嫌になり、むっつり黙り込む。
U博士は苦笑し、最後に救護班リーダーのツェンが立ち上がった。
「えっと、ソールの容態ですが、呼吸も心拍も正常に戻りました。ただ、意識だけは依然として戻りません。引き続き治療を行いたいと思います」
「カルラを使ってみてはどうかね?」
とのQ博士のアドバイスには首を傾げ、彼は逆に尋ね返す。
「ブルー=カルラですか?あの子には、どんな能力があるというのです」
Q博士はニッコリと笑って応えた。
「ウィルスに関する治療対策じゃ。つれていきなさい」
「はぁ……」
対策と言われても、具体的に何ができるというのか。
ツェンの困惑顔には、そんな思いが全面に浮かんでいた。
「ただの精神疲労ではありませんか?ソールの衰弱は」
横からアイザが口を挟むも、Q博士は「どんな可能性も捨ててはいかん」と答えた。
だが、本当はカルラの試運転をしたいだけかもしれない。
Q博士の満面の笑みが、それを何よりも物語っている。
「基地へ降ろすのはソールだけで、他の怪我人や病人の治療は戦艦で行います」
ツェンが締めくくり、全ての班の報告が終わった。
「では次に、インフィニティ・ブラックの対策を――」
U博士に再び司会権が回り、彼が議題を始めようとした瞬間、ドタッという大きな音に誰もが仰天して、音の出所を注目した。
「クレイ?クレイッ!!」
机に突っ伏して、ぐったりしているのは青い髪の青年。クレイだ。
クレイの側ではミグが、必死の形相で彼を揺さぶっている。
「しっかりするのです、クレイ!」
慌てて救護班のツェンも駆け寄り、ミグを押しのけてクレイの額に手を当てる。
かと思えば、Q博士を振り向いた。
「熱い……ですね、熱があります」
「なんじゃと?」
Q博士もアタフタと走り寄って、クレイのおでこに自分のおでこをくっつけた。
「……なんとしたことじゃ」
放した時には博士は顔を青ざめ、すぐさま指示を飛ばす。
「ツェン、ベッドを一つ空けとくんじゃ!クレイを運び出すぞ、皆、手を貸せ!!」
「は、はい!」
ヨーコなど力のなさそうな女性が駆け寄るのを手で制し、リュウが立ち上がる。
「俺が運んでやるよ。こういうのは男のやる仕事だろ」
かなりガタイのよいクレイを、ひょいっと持ち上げると、いとも軽々担ぎ上げた。

クレイは救護室へ運び込まれ、緊急内線コールでカルラが呼び出される。
緊急だというのに暢気に歩いてきた彼女だが、ベッドの上を見た途端、態度が変わった。
迅速にベッドまで駆け寄り、クレイの額へ手をあてる。
『クレイお兄様……!酷い、熱』
ひんやりとした手を乗せられて意識も戻ったのか、クレイが目を開く。
最初に目に入ったのは、涙ぐむヨーコと真っ青なミグの顔であった。
「クレイお兄ちゃん!」
「クレイッ」
春名の姿はない。クレイが倒れたことは、他の皆へは極秘の扱いなのだろう。
少し残念に思ったが、彼は気を取り直し、起き上がろうとする。
が、「起き上がってはいけません!」と思いがけぬ叱咤が飛び、無理やり寝かしつけられた。
真横から伸びてきた手の正体はと見やると、上がり眉のカタナと目があう。
「あなたは熱で倒れたんですよ。原因は風邪と過労。点滴を打ちますから、今日のところは大人しく寝ているように」
やんちゃボウズを叱るように諭され、仕方なくクレイはベッドへ横になった。
そこへ割り込んできたのは、Q博士。
「まてまて。点滴だけでは時間もかかろう」
きょとんとするカタナの隣へ、カルラを押しやってくる。
「カタナ、ここはカルラに任せてみんかね?カルラの合成する治療薬は、より早くウィルスを撲滅できるぞい」
「合成治療薬、ですか?しかし注入方法は?点滴ですか?だったら」
今打っているのと変わらないんじゃないですか?
カタナが尋ねると、Q博士は真横に首を振り、カルラを指さした。
「注射するんじゃない。カルラの口から穴へ直接注入する」
「穴?」
なおも予想がつかず首を傾げるカタナに頷くと、たとえ話を持ち出す。
「そうじゃ。例えば口から口へ流し込む、とかな」

「絶対に、駄目〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」

一拍の間をおいて。
デトラとカルラを除く全員の女性から、総反対の声が上がったのであった。

▲Top