BREAK SOLE

∽65∽ 停電


廃棄ステーション『ビアンカ』改めインフィニティ・ブラックの基地では、クーガー、シュゲン、ジェイの死が確認されていた。
報告者はメリット。彼女は、リュウが敵の手に堕ちたことも伝えてきた。
「君がついていながら、みすみす誘拐されたというのか」
優秀な仲間を一気に四人も失い、さすがにKの声にも覇気がない。
メリットは通信機の向こうから冷静に応えた。
『仕方ないでしょう。相手はアストロ・ソールの人工人間です。私の腕力では勝てませんし、リュウも人質に取られていましたから』
それより、と彼女は矛先を変えた。
『許しがたきは、アストロ・ソールの戦艦です。人の命を、エネルギー砲一発でゴミのように消し去るとは……』
死んだジェイは彼女の友達でもあった。
冷静に見えて、心の中ではメリットも動揺しているのであろう。
俯いた顔が僅かばかりに震えている。
「そうだな。我々の機体も、あっという間に全滅だ」
Kも、がっくりと項垂れた。
クーガーは、一番の古参だった。柔順で、よく働く男であった。
シュゲンは性格に難があったものの、勇敢な男だった。
物静かなジェイ。だが、地球へ向ける憎悪は並大抵ではなかった。
そして、リュウ。
彼こそは、Kを一番よく理解してくれていた人物だったのに。
「K。お話中申し訳ありません。回線が入ってきています」
オペレーターの声に顔をあげ、「つないでくれ。誰からだ?」とKは答えた。
「アリアンからです。ピート=クロニクルの洗脳が完了したそうです」
正面モニターが切り替わり、アリアンのアップが映し出される。
彼女の背後にはピートと思わしき少年と、彼の兄が立っていた。
『ごきげんよう、K。そちらの状況は如何ですこと?』
ふわりと会釈する彼女へ、仏頂面でKは答える。
「最悪だ。クーガーとシュゲン、ジェイがやられた」
『まぁ』と、口に手をあて驚いたアリアンが尋ねてくる。
『アストロ・ソールの戦艦、ブレイク・ソールにやられてしまいましたのね』
「戦艦名も公表されていたのか……」
『はい。全世界へ向けて公表した時に。それよりも、K』
背後に立つ少年を手招きで隣へ呼び寄せ、アリアンは微笑んだ。
『ご紹介しておきますわね。こちらはピート=クロニクル。私達の新しい仲間ですわよ。いつでも、戦場へ出てくれるそうですわ』
ぺこりと頭を下げたピートは、ふてぶてしい笑みを浮かべる。
『よろしく、リーダー』
アストロ・ソールの元パイロットか。
こいつならばリュウの残していった設計図、ソルに乗れるかもしれない。
設計図は既に、コピーしたものをツイン星人へ渡してあった。
宇宙人の手を借りすぎるのは気が引けたが、そんな事は言っていられないのだ。
メリットによると、奴らが次に向かっているのは、ここ。
インフィニティ・ブラックが基地として使っている、ビアンカだというではないか。
手持ちの機体がやられた以上、考える猶予はなかった。
「あぁ、こちらこそ。機体が完成し次第、君には戦場へ出て貰うこととなる」
『了解』
彼の不遜な笑みを見ていると、嫌でもリュウを思い出す。
無事に連中を撃退できたら、次はリュウの奪還を命じよう。
インフィニティ・ブラックにとって最も重要なのは、パイロットではない。技師だ。
宇宙人から培った技術、これを使いこなせる人材がいなくては始まらない。
白滝竜はインフィニティ・ブラック――Kにとって、最も大切な人物であった。


一方、順調に航海を続けるブレイク・ソールでは、司令室にて技師が顔をつきあわせて会議中であった。
テーブルいっぱいに並べられているのは、エネルギー砲ブレイカーの設計図。
早めのうちに、砲台を改良してしまおうという会議であった。
これから敵対勢力と宇宙人、二つの派閥を退治しに行くのである。
一発撃つごとに休んでいては、ボコボコに攻撃されて宇宙の塵となるのが関の山だ。
だが試し撃ちのできない武器だけに改良案も試行錯誤、会議も、なかなかまとまらない。
一番の難点は、やはり砲撃の源となるエネルギー。
炉が一つでは充填する時間がかかりすぎる、というのは先の戦闘で判った。
さりとて二つ以上回してしまうと、今度は船が動かなくなる可能性も出てくる。
「一発の出力を抑えめにすれば、全部使い切らなくても済むんですがねぇ」と、ジョン。
傍らではヨーコが憤慨する。
「何いってんのよ!手加減して勝てる相手だと思ってんの!?」
「そうだな。ヨーコの言うとおりだ」
シュミッドも賛成し、図を指で示した。
「炉を二つ回すんじゃなく、炉から炉へ結合してみちゃどうだ?」
「同じ事よ。どのみち、その間、船は空中待機になるわね」
その案にはアイザが首を振り、冷却装置の設計図を見た。
設計を書いたのはミクだが、彼女はこの場にいない。
走行が順調な今、エクストラ三姉妹は、それぞれに休息を取っていた。
「動けない間は護衛機に守ってもらえばいいじゃないんですか?」
この脳天気な発言は、もちろんカリヤだ。ドリクは思いっきり、溜息をついた。
「それが出来るなら、宇宙へ出てから緊急会議など開きはしない」
「先の無様な戦いを見たでしょう?」
無様とアイザに言われてヨーコが何か怒鳴りかけるが、彼女は手で制した。
「クレイが一人欠けていただけで、あの調子です。これから先も、似たような展開が訪れないとは限りません」
護衛機に頼りすぎるのは危険だと話を締め、アイザは冷却装置の設計図へ視線を落とす。
「ともかく。冷却装置は早急に必要です。まずは、これを作ってしまいましょう」
「材料は足りますかね?」と尋ねるジョンへは頷いて、倉庫の鍵を手渡した。
「修理用に積み込んだ分で足りるわ。ジョン、あなたの指揮でお願いね」
「あ……お、俺ですか?あの、ミグかミカをつけてくれると有り難いんですが」
どこか自信なさげなジョンの肩を叩き、U博士が微笑む。
「私が手伝いましょう」
途端に、ぱぁぁっと明るくなったジョン、博士の手を取らん勢いで部屋を出ていった。
「いいんですか!?すみません。それじゃ、お願いします!」
彼が出ていった後で、ぼそりとカリヤが呟いた。
「やれやれ。あんな調子で任せちゃって、大丈夫かねぇ?」
「ま、なんとかなるだろ。ジョンは、やればできる男だし」とは、シュミッド。
R博士も肩を竦め「U博士が一緒ならば、何の心配もいらん」と太鼓判を押す。
「さて、あとは……炉の結合をするか否か、じゃな」
Q博士が先を促した。
即座にアイザが首を振り、「私は反対です」と一蹴に却下する。
理由は言うまでもない、船が動かなくなるのを懸念してのことだ。
「後を考えて戦えってのか?らしくねぇぜ。相手は強大な宇宙人なんだぜ?できる力を出し切らなきゃ、勝てるもんも勝てなくなっちまうぞ」
椅子にふんぞり返ったリュウが言うのへ、T博士が振り返り窘める。
「一戦闘だけで力を使い切るわけにもいかん。我々は連戦を想定せねばならんのだ」
「わかってるよ」と、リュウは肩を竦めて立ち上がった。
「炉を結合するんじゃなく、巡回装置を作ってみちゃどうだ?設計なら、俺がパパッと書いてやるぜ」
「巡回装置?……なんだそりゃ」
シュミッドが首を傾げ、アイザも複雑な表情を浮かべる。
「動力炉を使うから、船が止まるんだろ?なら、動力と関係ない部分のエネルギーを砲台へ回せばいいってだけの話じゃねぇか」
「生活ブースの炉と砲台の炉は全くの別回路よ?どうやって回すっていうの。あれを二つ、つなげるとしたら、大がかりな工事になるんじゃない?」
言い返すヨーコへは片目を瞑って見せ、「そこで巡回装置の出番なんだよ」と彼は答えた。
リュウの脳内では、すでに設計図が出来上がっているようだ。
Q博士にもそれが伝わったのか、リュウの肩へ手を置いた。
「では、さっそくじゃが設計図を書いてもらおうかの。作るか否かは、それ次第じゃ」
「OK」
リュウは頷き、いつもはミクが座っている席へ腰を下ろすと、モニターをつけた。


現在は安定に走行中と聞き、生活ブースにいた連中は休み時間に入ったようだ。
整備班の秋子もまた、休んでいいよと言われて部屋へ向かう途中であった。
前方を歩く人影を何気なく見た秋子は、ぎょっとする。
「ミグちゃん!?どうしたの、その格好」
呼び止められ、ふらふらと通路を歩いていたミグが足を止める。
無表情な目が秋子を捉えた。
「……春名は、どこですか?」
「春名?あぁ、春名なら部屋にいるけど、それよりどうしたの?水浸しで」
なんとしたことか、ミグは全身ずぶ濡れの格好で歩き回っていたのだ。
太股を水が伝い、ワンピースの裾からも、ぽたぽたと滴が垂れていた。
これでは、秋子でなくても心配して呼び止めようというもの。
「胸が、ドキドキするのです。春名ならば、何か判るかもしれません」
ミグは答えたとも答えてないとも言える返事をし、ふらふらと歩き出す。
その腕を取って無理矢理立ち止まらせると、秋子は彼女の額へ手を当てた。
「熱は……ないか。でもねぇ、そのカッコじゃ風邪引くよ?」
救護室へ連れて行こうとしたら、腕を振り払われた。
「放して下さい!」
驚いてミグの顔を見やると、やや眉尻が上がっている。怒っているようだ。
「私は、春名に会うのです。カタナに会いたいわけではありません」
「いや、でも、ほら、さ?そのままじゃ風邪引いちゃうんだって」
「平気です」
ミグの視線はどこか虚で、秋子を見ていないようにも思われる。
「いや、全然平気じゃないし。ほら、床にだってポタポタ垂れてるよ?」
するとミグは、さらに語気を強めて突っぱねた。
「平気です!しつこいですよ、秋子」
その言い方にはカチンときたか、秋子は再度、ミグの腕を捕まえる。
「しつこいって何だよ、人がせっかく親切で言ってあげてんのにっ」
「親切の押し売りは――!」
怒りにまかせてミグが何か叫ぼうとした、その時。
バシャッという音と共に廊下の灯りが一斉に消えて、周囲は真っ暗になった。


「ちょ、なに、停電!?」
真っ暗になったのは、廊下だけではない。
皆の私室は勿論のこと、司令室や救護室も同様に停電したようだ。
ブレイク・ソール内は真っ暗けのけ、右も左も見えない有様だ。
「あの野郎、なにかしくじりやがったか」
電気が消えた余波で、書きかけの設計図もオジャンになったリュウが悪態をつく。
割と近くでQ博士の声がした。
「ジョンの仕業じゃな」
博士にも、ジョンが何か失敗したのでは?という見当はついたらしい。
「ちょ、ちょっとォ……船、落ちたりしないでしょうね?」
ヨーコが不安げにぼやいているが、どこへ落ちていくというのやら。
第一ブレーカーが飛んだというだけであり、動力は無事なはず。
万が一全部止まっても、せいぜい宇宙空間を漂うのが関の山だろう。
どこか虚空へ向けて、落ちていったりはしないから安心だ。
彼女を安心させるべく、リュウは暗闇へ声をかけた。
「なぁに。電気が落ちただけだ、船は止まっちゃいねぇから安心しな」
「電気が止まったってことは、炉も落ちたって事じゃないの?」
とんちんかんな答えに、あぁ、彼女は機械音痴だったなと気がついた。
整備士の誰かが、そんな悪口を言っていたことを思いだしたのだ。
しかし、さっき自分で生活ブースと動力の炉は別物だと言っていたくせに……
この狼狽えよう、全然理解していないと思われる。
会議へ混ざっていたから少しは勉強したのかと思いきや、買いかぶりすぎだったようだ。
「ヨーコ、ブレイカーが飛んだだけよ。動力炉は止まっていないから安心して」
アイザも口添えして、ようやく判ったといった顔でヨーコも頷く。
「なぁんだぁ。じゃ、船は無事なのね?モニターがつかないだけで!」
ぽんと手を打った途端、誰かがモニターを指さして叫んだ。
「み、みろ!モニターに、人が映ってる!!」
慌ててヨーコも振り返ると、電気が来ていないはずのモニターがついている。
そればかりか、真っ暗な通路に映し出されているのは見たこともない女性であった。
女性は体が白く透きとおっている。背後の壁が、女性の体を通して見えているのだ。
「ひ……ひぃぃっ!おばけ!!」
カリヤが絶叫し、皆がパニックになる中、T博士だけがモニターを凝視する。
「こ、これは……ミナルティ=グラトニア……ミナティなのかっ?」
Q博士が聞きつけ「ミナルティ、なんじゃって?」と尋ねると、T博士は青ざめた顔で頷いた。
「うむ。あの女性はミグらの遺伝子提供者とよく似ておる。しかし……」
何故、その女性が。
乗っているはずのない船のモニターに映っているというのか。


灯りが消えた直後、秋子は信じられないものを耳にした。
「い……いやぁぁぁっっっ!!!
ミグが、あのミグが絶叫し、廊下を駆け出していってしまったのだ!
「み、ミグちゃんっ!ミグちゃん!?」
呼び止めるも、ミグの小さな背中は暗闇に消え、廊下には秋子一人が取り残された。
「うぇ……ど、どうしよう。ミグちゃん、一人で行っちゃわないでよぅ」
改めて周囲は真っ暗なんだと気づき、彼女も心細くなってくる。
とにかく自室へ戻ろう。戻ってから考えよう。
暗闇に手を彷徨わせ、なんとか壁を見つけると、秋子は、そろそろと歩き出した。

自室で本を読んでいた晃も、ベッドでゴロゴロしていた猿山も見た。
灯りの消えた中でモニターだけが光り輝き、謎の女性を映し出している光景を。
猿山は悲鳴と共に布団をかぶってガタガタと震えてしまったが、晃は違った。
逆に、食い入るようにモニターを眺めて観察する。
彼にとって異常現象とは興味の対象である。怖がっている暇があるなら、調べなくては。
モニターを眺めた結果、女性はどこかミグに似ていると晃は思った。
だがミグにしては大きすぎるし、着ているものも白衣である。
女性は二十歳か、それ以上に見えた。どう考えても別人であろう。
何故これが、しかも電気が落ちてシャットダウンしているはずのモニターに映るのか。
そっちのほうが不思議だなぁと、彼は腕を組んで考え込む。
もっとも、考えたところで答えが出るとは限らないのだが……


廊下に出ている際、停電に見舞われたクレイも暗闇で往生していた。
春名の元へ行こうと思っていたのだが、これでは右も左も判らない。
暗闇は方向感覚すらも奪ってゆく。壁に背をつき、クレイはしばし考えた。
停電は、いずれ回復する。今は無闇に動き回らない方が賢明だ。
そう決意した直後に、しくしくと悲しい泣き声を聞きつけ、彼は耳をそばだてる。
泣き声はクレイが見ている方向から聞こえてくるようだ。
足音を忍ばせ、近づいてみれば、泣いているのは小さな少女。
空色のワンピースがよく似合うツインテールの少女といえば、三人しかいない。
「ミカ……それともミクか?」
声をかけると、少女が顔をあげた。
「く……れい」
「ミグ?」
近づき、身長を確かめる。クレイの腰ラインより上に頭、これはミグだ。
ミグは目を泣きはらして何故に、こんな処で立ちつくしているのだろうか。
クレイが尋ねるよりも前に、彼女は再びシクシクと泣き始める。
ぽつりぽつりと呟くのを聞けば、「く……暗いの、怖い……」とのこと。
なんてこたぁない、ただの暗所恐怖症である。
だからといって怖がっている者を、このままにしておくのは言語道断。
クレイは、そっとミグを抱き寄せた。
「大丈夫だ。灯りがつくまで、俺がミグと一緒にいる」
きゅ、とクレイのシャツを掴んでミグが見上げた。
「……本当に?」
瞳は涙でウルウルだし、眉は情けなく下がっている。
いつもの冷静なミグとは程遠い。停電で、すっかり参ってしまっているようだ。
クレイは黙ってコクリと頷き、抱きかかえる腕に力をこめた。
「…………」
小さく、ミグが溜息をつく。
安心したのか、そっと瞼を閉じた。ぴったりと体を寄せてくる。
ミグが落ち着いたので、クレイもようやく周囲を落ち着いて見渡すことができた。
真っ暗で前後左右は判らないが、ここは多分、発着ブースへ向かう途中の廊下だろう。
一人で此処へ来るというのは、停電が起きてパニックになったせいか。
何が起きても動じたりしないように見えて、意外な弱点があったものだ。
ふと、ミグの体が濡れていることにクレイは気づく。
いや、濡れているなんてもんじゃない。
ワンピースはぐっしょりだし、下着が透けて見えている。
タオルで拭かないまま出てきた……にしては、濡れすぎである。
服を着たままシャワーを浴びたとしか思えない。
「シャワーを浴びたのか」
尋ねると、代わりにミグはポツリと呟いた。
「クレイの体は、暖かいです」
答えになってないが、ミグの安らかな顔を見ていると突っ込むのも野暮な気がしてくる。
彼女は、そっとクレイの胸に耳を当てて呟いた。
「クレイの心音が聞こえます」
「あぁ。心音を聞くと、人は一人ではないと確認できる。リュウ兄さんが俺に教えてくれた。だから、俺も他人の心音を聞くのは好きだ」
「……なら、私の心音も聞いてくれますか?」
ミグが見上げ、クレイが答える前よりも先に彼の手を取ると、自分の胸に押し当てる。
掌から確かにトクン、トクン……と、ミグの心拍が伝わってくる。
「あぁ。聞こえる」
「でも、少し速いのです」
ぽつん、と呟き、ミグが顔を伏せる。
また泣き出すのかと思えば、そうではない。
彼女は頬を赤らめ、何故か照れているようであった。
「さっきから、ずっとこうなのです。クレイ、あなたとシャワールームで出会ってから。胸がドキドキして止まらないのです。あなたは同じ症状になったことがありますか?」
彼は少し考えてから、答えた。
「ある」
「それは……?」
見上げるミグに頷き、はっきりと断言する。
「春名と会っている時だ」
「……やはり、春名は重要でした。春名に聞いて、この謎を解明しないと」
一人納得するミグにも聞こえるよう、クレイは、やや大きな声で続けた。
「人が他人へ期待を寄せる時、心拍数は上がる。俺は春名が好きだ。春名も俺を好きなのではないかと予想するだけでもドキドキする。それが『恋』というものなのだと、考えている」
恋とはなんだ?と具体的に聞かれると、うまく説明は出来ないのだが……
少なくともQ博士や皆から教えて貰った知識の上で言うならば、これが正解だろう。
人は誰かを好きになると、その人も自分を好きになってくれるよう期待する。
その期待が大きければ大きいほど、心臓も期待してドキドキしてしまうのだと。
「こい?」
黙って頷くクレイを見て、ミグも何かを考え込んだ様子であった。
「……これが、恋というものですか。なら、私はクレイに恋をしている……ということなのですね」
自分を納得させるよう声に出して小さく呟いた後、じっとクレイを見つめ、彼女は言った。
「クレイは……私のことも好きになってくれますか?春名やQ博士やリュウと同じように、私を好きになってくれますか……?」
「もちろんだ。ミグが俺を好きになるというのなら、俺もミグを好きになる」
即答しながら、ミグは自分の何に期待しているのだろうとクレイは考えた。
ミグの態度が変わったのは、シャワー室でクレイを褒めてからだ。
褒めた原因は、先の戦いにあった。自分でも驚くほどの戦果を見せたと思う。
あれで、クレイに対するミグの評価が一変したのだ。
だとすれば、ミグがクレイに求めている期待は、さらなる活躍か。
もっと精進しなくては。彼女の期待に応えるためにも。
「クレイが、好きです。大好きです」
ぎゅっとミグが体を押しつけてくる。小さな体を震わせて。
「服が濡れている。着替えないと、風邪を引く」
先ほどから気になっていた点を言うと、ミグは初めて気がついたように自身を見下ろした。
「そうでした。秋子にも言われました、このままでは風邪を引いてしまうと。クレイは、私が風邪を引いたら困りますか?心配……して、くれますか」
「あぁ」
またも即答するとミグの顔にも光が差したようで、彼女は更にぎゅっと抱きついてくる。
「嬉しいです、クレイ。T博士以外で私を心配してくれる人は、あなたが初めてです」
秋子は?といった疑問がクレイの脳裏を掠めたが、その疑問を彼が口にするよりも早く、全艦の灯りが復旧した。


電灯が復旧した今は、モニターも全て正常に戻っていた。
「なぁ、晃も見た?さっきの怪奇現象!」
元気に騒いでいるのは有樹。
彼も自室でモニターに映る幽霊を見て、たまげたクチだ。
「あぁ、みた。誰だったんだろう?あの女の人」
晃も答える。ただ、ミグに似ていた、と思ったことは伏せておいた。
「お、おまえら勇気あんなぁ〜。俺、怖くてブルッちまったよ」
猿山がガラにもないことをぼやき、優に小馬鹿にされる。
「なんだ、情けないなぁ〜」
「情けないって、お前も見てたのかよ?」
「とーぜんっ」
えっへんと胸を張る彼女を見て、モニターを見なかったことを猿山は悔やんだ。
あの、普段は大人しい笹本までもが会話に混ざっている。
一人だけ蚊帳の外気分だ。
「あの人……ちょっと、ミグに似てなかった?」と、笹本が言うので晃は驚いた。
「え〜?似てなかったよぉ」と反論する有樹を押しのけ「僕もそう感じた!」と頷く。
「ね」
晃の同意を得て、少し自信をもったか笹本は得意げに続ける。
「ミグが大きくなったら、あんな風になると思うよ」
「案外、彼女の遺伝子提供者だったりして」と、混ざってきたのは有吉。
「……ちゃんと育っているか心配して、あの世から見に来ちゃったのかもね?」
ニッと笑う彼女を見て、笹本は改めて背筋が薄ら寒くなったようであった。
思わず「や、やめてよ〜!」と女の子のような悲鳴をあげ、皆に爆笑される。
結局、何故モニターにアレが映ったのかは、誰にも判らないままだったけれど。
有吉の説明にも一理あるかなと春名は、こっそり考えた。
廊下で談笑していると、カリヤの陽気な艦内放送が響き渡る。
『よぉそろ〜!陸が見えたぞ〜っ。野郎ども、廃棄ステーションに殴り込みだ!乗組員は船を下りる準備を怠りなく。怪我人と病人は、救護室で待機。整備班は、このまま作業を続行してくださ〜い』
「あ、もうすぐつくんだ」
誰かが呟き、皆も、それとはなしに自室へ戻っていく。
「じゃあ、また後で」
「うん、じゃあね」
部屋に戻る直前、春名は視界の隅に青いものを見たような気がして振り返る。
廊下を歩いていく大きな人影、あれはクレイ?
彼は一人ではなかった。傍らに、ぎゅっとしがみついているのは――ミグ?
呼び止めようかどうしようか迷っているうちに、二人の姿はクレイの自室へと消えた。

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