BREAK SOLE

∽64∽ おかえりなさい


エンジンルームにも、勝利の放送は聞こえていた。
「やったぁ!」とガッツポーズをキメるジョンの隣で、シュミッドが飛び上がる。
「うぉあ、危なッ!!」
ボンッと激しい音を立てて、炉の一つが煙を吹いたのだ。
この炉はエネルギー砲台に繋がっている。煙を吹いたのは発射の反動だろう。
「一発ごとに冷却が必要かぁ。設計の時に考えていたものと違う仕上がりだなぁ」
ポリポリとジョンが頭をかき、冷却するものを取りにシュミッドは部屋を出ていった。

『ソル、三機とも帰還します』
ミグの通信を受け、最後尾ブースではデトラが出入口を開く。
ソルが次々と着地する中、最後にAソルから降りてきた人物を彼女は手荒く歓迎した。
「ハッハッハッ、やるじゃァないか!見直したよ!!」
バンバンと乱暴に背中を叩かれ、デトラに抱きつかれたまま、クレイは目を丸くする。
まさか最初に抱きついてきたのがヨーコでも春名でもなく、デトラだったとは。
デトラも抱きついた相手がソールではなくクレイだと気づいた途端バッと身を離し、憎々しげに呟きを漏らした。
「な、なんだよ。ソールじゃなかったのかィ。あいつは何処にやっちまったんだ?」
クレイの後から降りてきたリュウが、担いでいたソールを彼女に押しつける。
「はーい、お目当てのソールちゃんは、ここですよっと」
「わわっ!なんで素っ裸なのさ!?」
デトラは受け止めようとして、さっと身を逸らす。
おかげでソールは床とゴッチンコ。相手は衰弱しているのに、なんてことを。
「へっへ、サービスだよ、サービス」
対するリュウに反省の色などナシ。誰へのサービスだというのやら。
艦内通信で救護班へ連絡を入れると、春名は改めてクレイを見た。
デトラから解放されたクレイも春名を見つめ返し、二人の視線が重なり合う。
「おかえりなさ……」
「おっかえりなさ〜い、お兄ちゃん☆」
言いかける春名はグイッと横へ押しやられ、クレイは今度こそヨーコに飛びつかれた。

再会の挨拶もそこそこに、クレイは司令室へ呼び出された。
もちろんリュウも一緒である。
二人が入った直後、ドアがロックされ逃げ道を塞がれる。
「どこへ行っておったのかね?」
あくまでも優しく尋ねるQ博士へクレイは素直に答えた。ただし通話機で、だが。
『宇宙人の手先に拉致されていました』
「えぇっ!?」と驚くスタッフを余所に博士達は目配せしあい、今度はU博士が尋ねる。
「――それはシラタキさん、あなたも一緒に……ですか?」
「あァ」
間違いなく俺を疑ってんな、と彼は思ったが、顔は、まるっきりの平常心。
動揺のドの字も見せずに、リュウはべらべらと語った。
「驚いたぜ?宇宙散歩としゃれ込んだ途端、宇宙人の手先に襲われたんだからよ。クレイが俺を逃がそうとしてくれたんだが、ヘマやっちまってな。俺を人質に、こいつまで巻き添えにしちまった。だが、まぁ、向こうでもクレイが大活躍してくれてな。滅茶苦茶に暴れてるうちに偵察機を運良く見つけて、そいつで逃げ出してきたってわけよ。何もかもが、クレイのおかげってやつさ」
「休み時間、クレイさんを占領していたのは、あなただったんですね……」
ミリシアが恨みがましく呟き、ヨーコもキーキーがなり立てる。
「ずっる〜い!」
そんな二人をチラリと横目で睨みつけ、T博士が尋問に加わった。
「やつらは、どういう格好をしていた?何故、宇宙人の手先だと判ったのかね」
『彼らが自分で、そう名乗ったのです。組織の名はインフィニティ・ブラック。宇宙人と手を組み、技術を与えてもらう代償として地球を彼らに与えるのだと』
「インフィニティ・ブラック……?」
首を傾げるQ博士へ、クレイとリュウは交互に語る。

インフィニティ・ブラックとは、Kと呼ばれる男が率いている組織である。
彼らは話し合いにより宇宙人と和解し、技術の提供と引き替えに地球を差し出した。
元より、彼らは地球に絶望して母星を捨てた身である。
地球がどうなろうと構わないのだろう。自分達の身の安全さえ、保証して貰えれば。

Kとは何者だ?との博士の誰何には、リュウもクレイも首を振る。
クレイは本当に知らなかったし、リュウも彼の正体までは詮索していなかった。
「そんなことまで教えてくれるほど、相手だって間抜けじゃねぇぜ。だがな。俺の見立てでは、Kは地球人……それも、日本人じゃないかと思ってる。かすかな訛りや細かい物腰が、アジア人の特徴に似てるんだ」
「そんな……!アジアの人が悪者だなんて」と、見当違いに怒るソラはともかく。
「会ったのかね?Kとやらに」
当然の疑問をQ博士が口にする。
「俺だけ、な」
リュウは肩を竦め、ちらっとクレイを斜め見た。
「やつら、クレイは処刑するつもりで捕らえたって言ってたぜ。俺が一緒に捕まったのは、たまたま一緒にいたからってのと、俺が白滝竜だと知っていたからこそ生かして捕らえたんだとよ」
「どういうことじゃ?」
「白滝竜っていう一個人を、Kが知っていたからに決まってんだろうが。この俺様の才能を引き抜こうと思ってたって、はっきりと言われたよ。ま、もちろん断ったんだけどな。なにしろ俺は引き抜かれるからいいとしても、クレイが殺されるなんて、とんでもねぇ」
「まったくじゃ」
深々とQ博士が頷き、他の博士も囁きあう。
どうやら博士達も、リュウの口八丁を信じるといった雰囲気になりつつあるようだ。
まぁ、リュウの言うことは全部が全部ウソというわけでもない。
Kのことやスカウトされた下りなんかは実話も交えているのだろう。
だからこそスラスラと言葉が出てくるのだ。
「インフィニティ・ブラックは、地球人が作った組織だ。やつら、地球人のくせに地球人と敵対してやがる。情けねぇこったぜ。宇宙人の技術にひれ伏して、尻尾振ってやがるんだからよ。それだけならまだしも、勝手に地球を手土産にしやがった。許せネェよな?」
「さっきの三機も、そいつらの手先なのかしら?」
とはヨーコの疑問だが、リュウは頷いた。
「そういうこった。騎士みたいなやつがデリンジャー。金色の悪趣味なのがイントラ、で、羽根の生えたのがウィンサーだそうだ。まッ、三機ともお前らがぶっ飛ばしてくれたおかげで障害は消えたがな」
「……パイロットは……」
ボソッとナクルが呟き、すぐに口を噤む。
ハハァとなったリュウは、彼女の聞きたかった答えを口にした。
「あぁ。パイロットは当然地球人だぜ、お嬢さん。だがよ、情けは禁物だ。こいつは戦争なんだぜ?生き残りをかけた、戦争だ。こっちが手加減しようと向こうは俺達を殺そうとしてやがるんだからよ」
リュウから視線を逃がしたまま、ナクルは俯いて答えた。
「はい……判って、います……」
理性では判っても、素直には頷けない。
同じ星の人間に向かって、エネルギー砲を発射したのは自分なのだ……!
「障害は消えたとはいっても、倒したのが同じ地球人ではのぅ」
Q博士も不満そうに呟き、R博士が新たにクレイへ尋ねた。
「その宇宙人の手先どもの処には、宇宙人はいなかったのかね?」
『いいえ』と首を振ってから、クレイはリュウを振り返る。
これでいいのかと目で尋ねる彼へ頷くと、リュウも同じ事を答えた。
「やつら、普段は通信で連絡取り合ってるらしいぜ。三機とも全滅したとなると、宇宙人へ応援を頼むかもしんねェな」
「そりゃ大変じゃ!さっそく『ビアンカ』へ向かわねば!!」
慌てるQ博士へ、ミグの冷静な突っ込みが入る。
「でも博士、エネルギー砲は長時間の冷却が必要です。今の状態で宇宙人と戦うには危険ではありませんか?」
「そ……そうじゃった。では、戻るかの?」
どうにも頼りない総司令である。チッチッチと指を振り、リュウは言った。
「あー。天才メカニックの俺様から一言アドバイスがあるんだが。いいか?」
そしてアストロ・ソールは自称天才のリュウから聞かされたアドバイスを参考に、対レーダーシールドを展開したまま彼の指定する場所へと出発したのであった。
彼の指示するポイントとは。
なんと、地球の近くに浮かぶ廃棄ステーションであった。
灯台もと暗し、とは、よく言ったものだが……
近すぎないか?と懸念するスタッフも、いなかったわけではない。
だがリュウ曰く「そこは放棄されて久しいからな。盲点だと思うぜ」とのこと。
なんでも昔、インフィニティ・ブラックが隠れ家として利用していたらしい。
何故奴らが、そのステーションを使っていたことを彼は知っているのか。
疑惑はあったが、ことを急ぐせいもあってか、リュウへの追求は後回しとなった。


再び宇宙へと飛び出したブレイク・ソールは今、安定した走行を続けていた。
「ミグ、ミク、ミカ。お前達も休める時に休んでおいたら、どうだ?」
ドリクソンに言われ、うーんっと大きくノビをしてミクは立ち上がった。
「そうさせていただきますわねぇ。ミグお姉様、お先に失礼します」
ぺこん、と軽く頭を下げて、お先に出ていった。
「ミカ。あなたはどうしますか?」
傍らの少女にミグが尋ねると、ミカは少し考える仕草を見せてから答えた。
「そうですね……少し、仮眠を取ろうと思いますです」
「それなら自室へ戻りなさい。救護室にはソールが運ばれているはずですから」
姉の些細な気遣いに感謝したか、ミカは素直に頷く。
「わかりました。ソールと鉢合わせるぐらいなら自室がいいです」
テコテコと出ていく妹たちを見送ってから、ミグも考え込む。
私はどうしよう?
普段から働きづめで、それに対して疑問も持たないような少女である。
休憩して何かをするという考えに至った事など、彼女には一度もなかった。
先の休憩時間も、これといってすることがなかったので困っていたのは内緒だ。
そうだ。
ポンと手を打ち、何かを思いついたミグは歩き出す。
パイロット専用のシャワールームに入ってみよう。
今の時間なら、使っている者などいるまい。
ミグ達はスタッフだから、パイロット専用の部屋へ入ることはない。
どうせなら普段見ることもない場所でも見てみようという、軽い思いつきであった。

水音がするのは、変だとは思った。
「…………いたの、ですね」
それでも好奇心に負けてドアを開けてみれば、青い髪の青年と中で鉢合わせた。
頭を洗っていたのか髪に手をやるクレイを、ミグは上から下まで眺め回す。
素っ裸なのは、シャワーに服を着て入る奴もいないだろうから当たり前として。
「クレイは下も、青いのですね」
まじまじと見つめてくるミグに、クレイも黙ってコクリと頷く。
しばらくお互いに見つめ合った後、今度はクレイがミグへ尋ねた。
「ミグも入るのか?」
ミグは指を顎にあて考えていたようであるが、やがて、ぽつりと尋ね返す。
「入ってもいいのですか?」
「入るなら場所を空ける」
シャワーのコックをひねり、タオルを手に取る彼を止め、ミグは首を真横に振った。
「いいです。一緒に入りますから。私は小さいですから場所は取りませんよ」
淡々と言い放ち、彼女が服を脱ぎ始める。
だがミグが下着一丁になる頃には、クレイはもう着替えを終えていた。
「ミグは小さくても俺が場所取りだ」
場所の狭さもあるが、なんといってもミグは少女である。
男女で一緒にシャワーを浴びるのは恋人だけだと、Q博士は言っていた。
「失礼する」
出ていく彼の耳に小さく呟く声が聞こえて、クレイは一度だけミグを振り返る。
再び目があい、彼女の表情には初めて変化が現れた。
なんとミグはポッと赤くなり、俯きがちに切り出したのである。
「……先ほどの戦いは見事でした。敵機のAIを上回る瞬撃には驚きました」
彼女が初めて口にする、最大の褒め言葉であった。
「さすがはQ博士の自慢の息子です。勝負は……私の負け、ですね」
いつぞやの自分で言い出した挑戦状を、まだ覚えていたものらしい。
それはスルーして「息子?」と聞き返すクレイへ頷き、ミグは呟いた。
「息子です。Q博士は言いました。クレイは私の自信作ではない、私の自慢の息子じゃよ……と」
ふいっと視線を逸らし、ミグは後ろを向いた。そして続けた。
「おかえりなさい、クレイ。私は、あなたが必ず戻ってくると信じていました」
デトラに抱きつかれた時は単なる人違いだったが、今度は違う。
正真正銘、ミグに褒められている。
おかえりとも言われ、信じていたとも言われた。
ずっと、ミグはクレイのことを嫌っているのだとばかり思っていたが――
信じられない。だが、本当だ。
赤くなって照れながら、あのミグが褒めてくれている。
じんわりと暖かいものがクレイの心に広がってゆき、知らず彼は笑顔になって頷いた。
「ありがとう」

完全にクレイが出ていった後も、ミグはシャワー室に立ちつくしていた。
胸がドキドキしている。生まれて初めてのことだ。
これは、何?
きゅっとコックを捻ると始めは冷たい水が、次第に湯が落ちてくる。
下着を脱ぐのも忘れてシャワーを浴びたミグは、びしょ濡れのまま決心を固めた。
「春名に……聞いてみれば、何か判るかも……」
ぽつりと呟き、湯を止めると軽くタオルで拭いて、濡れた下着の上にワンピースを羽織る。
大量の水滴をポタポタ垂らしながら、ミグは春名の自室へと急いだ。

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