BREAK SOLE

∽62∽ 僕は貴方達の道具じゃない


真っ暗な星空を、小さな偵察機が飛んでゆく。
運転席にはリュウ、その隣にはクレイが座っていた。
「こっからだと、五分ぐらいで到着できるな」と呟くリュウへ、クレイは目を向けた。
大丈夫。もう、いつもの彼に戻っている。
「お前、博士どもに上手くいっといてくれるか?俺達は敵にさらわれた、だが、お前の機転によって逃げてこられたってな」
「俺の、ですか?機転と言うのでしたら兄さんのほうが適任です」
小首を傾げるクレイへニヤリと笑うと、リュウは言った。
「お前のほうが博士に信頼されてっからなァ。俺が言ったんじゃ、いかにも嘘くせぇだろ?ま、実際嘘なんだがよ。だが、お前が俺を助けたのは事実なんだから、機転を利かせたのも嘘じゃねぇだろ」
「でも」
まだ納得いかないのか、クレイは俯く。
「どういう内容で嘘をつけばいいのですか」
「宇宙人どもが俺らを解剖しようとしたんで、むちゃくちゃ暴れて逃げ出したってなことにでもしときゃいいじゃねぇか。人間、切羽詰まった場面となりゃあ何だってできちまうもんよ」
軽々と言うリュウの横顔を見て、こういうのは兄さんの専門だとクレイは溜息をつく。
生まれて一度も嘘をついたことのない彼は、うまく出来る自信がなかった。


ソール代役によるAソル奇襲は、最初の頃こそ成功した。
だが次第に慣れてきた敵機により、彼らは再び追い詰められ始めていた。
『ソール!あんた、まだいける!?無理だったら後方に下がって休んで――』
「黙って下さい!僕は、まだやれるッ」
鼻息荒くヨーコの通信を遮ると、ソールはコクピットの中央に踏ん張った。
『何ですってェ!?人が優しくしてやりゃあっ、偉そうにィ!』
通信機ではヨーコが何かがなり立てているが、彼の耳には入らない。
頭の中には霞がかかり、視界がぼやけた。
それだけではない。緊張に次ぐ緊張で、ひどい頭痛が彼を襲ってもいた。
金色の機体が目前に迫ってくる。ぼぅっとしている暇はなさそうだ。
突き出された拳を寸でのところでかわすと、剣でなぎ払う。
相手は薙ぎ払われるよりも前に、飛び退いて間合いを外した。
そこへ突っ込んでくるのは羽根の生えた機体で、反応の遅れたAソルは被弾する。
衝撃を受けた瞬間、目の前が白くなり、気が遠のきかけた。
気絶の縁ギリギリでふんばれたのは、共に乗り込んだ春名の叱咤があってこそ。
「ソールくん、しっかりしてぇ!」
「わ、わかっています……僕に任せて、貴女は座っていて下さい……」
泣き顔が目に入り、ソールは手で彼女が駆け寄るのを制すると、中央に立ち直す。
ともすれば膝から崩れそうになる自分の体力が、恨めしかった。
目眩でクラクラと揺れる視界の中、レーダーの範囲内にいるはずの敵を探す。
システムはコンソール・コンセレーションに戻してあった。
モーション・トランスでは反動がひどくて、ソールには使えなかったのだ。
ただでさえ体が弱い上に、護衛機の操縦に関しては素人も同然である。
改めて、ソールに難題を押しつけてしまったと、心配と反省で春名は青くなった。
コンソール・コンセレーションができるのならば、ソールではなくソラでも良かった。
なのに、春名がソールを選んだのは――半分以上は同情だったのかもしれない。
父親に蔑まれ、体が弱いというコンプレックスをもち、クレイを逆恨みする彼が、とても可哀想だと思った。
だから、こんな時にこそ活躍の場を与えてあげたかった。
だが……この同情は、間違っていた。
ソールには、Aソルの操縦は過負荷だったのだ。
クレイが難なく動かしていたから、念動力さえあれば動かせるものだと思っていた。
あれは彼がハードな特訓をなしえていたからこその、難なくであった。
特訓もしていない、ただの素人が戦闘の緊張に耐えきれるはずがない。
ソールは、春名から見ても限界が近そうに思えた。
真っ白な額には、幾つもの汗が筋を成し、首筋まで垂れている。
足はふらつき、肩で息をしていた。
それでもギリギリで攻撃をかわしているのは、そこそこある念動力のおかげか。
がつんと横合いから激しい衝撃を受け、「きゃあ!」と春名の思考は中断する。
「春名さん!窓際は危な……うぁッ!!」
続いてソールも衝撃のショックで膝をつく。
コクピットが、ここにきて初めて赤く点滅を始めた。緊急ボタンも点滅している。
ダメージが半分を突破したのかもしれなかった。
「チクショウ……奴に出来て、僕に出来ないことがあるというのか!」
再び立ち上がり、ソールはキッとレーダーを睨みつける。
二体の敵機はAソルとCソルを、真横から挟む形に移動していた。
「ミリシア、お前は右を追え!僕は左を追いかける!!」
『え、あ、はいっ!?』
ミリシアを呼び捨て、ソールは血走った目でコンソールへ手をかざす。
「いけ、Aソル!奴を粉々に砕いてやるんだ!!」
その形相たるや、必死を越えて鬼気迫るものがあり、つい春名も声をかけそびれた。
声をかければよかったと後悔したのは、加速をつけて飛んでいくAソルの中、勢い余って壁に叩きつけられ、ぐきっと首をひねった時に、だった。
「そ、そ、そーる、くぅぅんっ」
情けない声をあげる春名だが、頭に血が登ったソールには届かない。
「見つけたぁ!死ねェ!!!」
暗い星の海のどこかにいる敵目掛け、Aソルが剣を構えて突っ込んでゆく。
床が上になり下になり、回転しながら金色の機体と接触した。
だが、ぶつかるという直前に向こうも腕を伸ばし、Aソルは勢いを殺される。
「くッ!」
そればかりではない、頭部を相手の腕に押さえ込まれた。身動きもままならない。
「Aソル、振り解け!」
ソールの気合いと共にAソルは暴れるが、敵も然る者、がっちり固定し、腕を振り回そうが剣で殴ろうが離してくれそうもない。
「ミリシアァァ、早く援護しろ!遅いんだよ!!僕がやられるじゃないか、この雌豚!」
ソールが口から唾を飛ばし通信機に怒鳴りつけると、向こうからは息を呑む音が聞こえた。
息を呑んだのはミリシアだけではない。
ソールの凶暴な発言に、春名も驚いていた。
いつもクールを気取っているソール君が仲間の、しかも女の子を罵倒なんて。
『め、雌豚って何ですか!?ひどいです、私だって一生懸命やってるのに……!当たらないんです、援護射撃してるんですよ、これでもッ!!』
後方からの援護、Cソルの槍は何本も飛んできてはいた。
しかしAソルと金色の機体の動きが速すぎて、ついていけてないというのが現状だ。
従って、せっかくの援護射撃も宇宙のゴミを増やすだけの結果と終わっていた。
「当たらなきゃ撃っても意味がないんだよ!真面目にやってんのか!?それともミリシア、お前、Aソルのパイロットが僕だから、クレイじゃないから手を抜いているのか!ふざけるなよ、この二重人格ビッチが!!」
「び、びっちって……?」
彼の言っていることは春名には意味不明だが、すごく侮辱的な言葉なのだろう。
次に聞こえたミリシアの応答も、正気を失っているとしか思えない返事であった。
『私が雌豚なら、あなたは虚弱の子ヤギですか?もう、存在自体が目障りです。今、敵ごと吹っ飛ばしてさしあげます。動かないで下さいね』
なんとしたことか、Cソルの照準は真っ直ぐAソルの胴体を向いている。
たまらないのはAソルに乗り込んでいる春名だ。
とばっちりで宇宙の塵になりたくない。
「ひゃ、ひゃあああ!?ミ、ミリシアさんッッ、正気に戻ってぇぇ!」
それに対するミリシアの声は案外冷静で、どこか人を小馬鹿にした嘲笑さえ含んでいた。
『……さようなら、春名さん。ソールと未来永劫、あの世でお幸せに』
くすっと耳元をくすぐる笑いを最後に、通信がブツッと音を立てて切れる。
慌てて春名が通信機に駆け寄りミリシアへ呼びかけようとした直後、ヨーコの怒号がスピーカーをビリビリいわすほどの大音量で轟いてきた。
『あんた達って、真性の馬鹿ね!!あたしが必死になってボス格と戦ってるってのに、二対二で互角どころか劣勢になって、おまけに仲間割れですって!?そんなことやってる暇があるのなら、あたしの手伝いぐらい、しなさいよ!!』
金色と羽根付きは、こちらへ向かってきていたが、残る一機。
威風堂々とした騎士の姿をしたやつは、執拗にBソルを狙っている。
ヨーコは持ち前の直感と激しい闘争心で戦っているが、どうにも互角とは言い難い。
向こうは矛に盾と、見るからに近接用の機体である。
近接で戦う武器を持たないBソルが劣勢なのも、無理なからぬところであった。
「そ、そうだった、ソールくん!ミリシアはいいから、早くヨーコを助けないと!」
「この状況で、助太刀……ですか?僕が助けて欲しいぐらいですよ……!」
助太刀も何も、がっちり敵に掴まれたままAソルは身動きもできない。
もう一体がCソルへ向かい、Aソルを狙っていたミリシアも慌てて照準を変えた。
「気合いだよ!気合いで、エーイッて!!」
「……わかりました、やってみます。…………でえああああああああ!!!!
血管がはち切れそうなほど大声を張り上げ踏ん張ってみたものの、Aソルは動かない。
「くッ!何故だ、何故動かない、このポンコツがぁぁぁ!!」
腹立ち紛れにコンソール球を殴り壁を蹴っ飛ばしたが、そんなことで動けば苦労しない。
『何をしとる、ソール!Aソルを破壊する気か!?』
逆に博士から怒られてしまった。
「うるさァい!ハゲジジィは黙ってろ!!Aソルが、動かないんだよ!」
逆上したソールはQ博士へ怒鳴り返す。
即座にR博士が対応を替わって、息子を怒鳴りつけた。
『この馬鹿者!平常心を乱せば動かなくなって当然じゃ!落ち着け、冷静になるんだ!!』
傍らからU博士も口添えする。
『ソール、無理しないで下さい!あなたは長時間戦うのに向いていない体なんです……あなたは頑張った、でも、もう限界です。戻ってきて下さい。これは命令です!』
「うるさい、うるさい、うるさァァァいッッ!僕に命令するな、ジジイどもが!!!」
また、狂気に陥っている。
ソールの赤い目から零れる涙は、透き通っていなかった。
彼の頬を伝って落ちる赤い涙を見て、春名は我知らず自分のシャツを掴んでいた。
胸が、痛い。彼の悲しみがダイレクトに心へ響いてくる。

彼に活躍の場を与えようとして、却って彼を傷つけてしまうなんて。
なんて、ひどいことをしてしまったの。
後悔しても、謝っても許される事じゃないけれど……
ごめんなさい、ソールくん。

無理だったのだ、始めから。
Aソルはクレイ専用の機体であり、他の誰にも使いこなせないものであった。
なのに春名はその場の思いつきでソールを巻き込み、Aソルを動かしてしまった。
軽率だった。誰かに期待を与えるのが、悪いというわけではない。
すぐ来るであろう絶望に気づいてあげられなかったのが、悪いのだ。
「僕は!僕は、まだ戦える!!このポンコツさえ自由に動けば、戦えるんだ!!出来ないなんて言うな!無理だなんて、やる前から決めつけるな!!僕は、僕はお前らの言うことを聞くだけのロボットじゃない!人間だ、人間なんだ!!!」
ゲホゲホッと激しく咳き込み、ソールが背を丸める。
口元から赤い筋が垂れているのを見て、春名はソールの元へ戻ってくる。
「ソールくん……!」
春名に支えられながら、ソールは血走った目でモニターを睨みつけた。
「僕は戦える!!最後までやってやる、こいつらを地獄に送ってみせる!!だから!もう二度と通信を入れてくるな、耳障りだ!!」
もう一度激しく咳き込み、口元に垂れた血の筋を、彼はぐいっと拳で拭い取った。
ソールは、きっと気づいている。
博士の言い分が真実である、ということに。
それでも彼は、男の意地で引き返したりはしないだろう。最後まで戦うつもりだ。
「ソールくん、ごめん、ごめんっ……!」
止めるすべが見つからず、さりとて彼をこのまま戦わせるわけにもいかず、春名は彼に抱きついた。
抱きついて、動きを止めようと試みた。
「春名さんッ。あなたまで、僕の邪魔をするつもりなのか!?」
「ごめん……ホントに、ごめんね。無茶言って、無理させちゃって」
ぼろぼろと、涙が出てきて止まらない。
ぐすぐすと鼻をすすりながら、春名は必死にソールを止めに入る。
「もういいから。もう、無理だから……帰ろう。ヨーコとミリシアに任せて」
だが、次の瞬間。
ソールにいやというほど頬を張り飛ばされ、彼女は尻餅をついた。
「うるさい!!どいつもこいつも、僕を虚弱扱いししやがって!僕は戦艦を動かすパーツじゃない、庇われて震えるだけの子羊でもない!!地球を救う戦士なんだ!!地球を救うため、生まれた子供なんだ!震えてるだけでいいなら、安全地帯から出てくるな!戦う勇気もないなら、一生穴蔵で震えていろ、この愚民が!!」
呆然とする春名を乱暴に蹴っ飛ばし中央から退けると、彼はなおも叫んだ。
血の絡んだ声で。
「僕は戦士だ!ソルに乗るため生まれてきた……僕が、Aソルのパイロットなんだァァァッッッ!!!!」
もう一度、力強くコンソール球を叩く。
ピシッと小さな亀裂音が聞こえて、尻餅をついていた春名もハッとなる。
「こんな玉は、必要ない。僕はソルと一体になるんだ!な゛る゛ん゛た゛!!
床のパネルに文字が燦然と輝く。
ソールが操作方法を手動で変えたようだ。
コンソール・コンセレーションから、モーション・トランスへと――


「まったく、なんて奴じゃ!だからAソルに乗せるのは無理だと言ったのに」
お手上げだとばかりに、R博士が天井を仰ぐ。
Aソルはソールの絶叫を最後に、通信を断たれてしまった。
彼はヨーコからもミリシアからも、通信を遮断していることだろう。
連携も何もあったものじゃない。
「エネルギー充填完了まで、五分を切りました」
ミグが淡々と戦艦の状況を読み上げ、彼女は、こうも呟いた。
「ソールの牽制も時間稼ぎとしては、上々ではないでしょうか」
確かに、あの虚弱児が一時間戦えるとは誰も思っていなかった。
素人の生兵法にしては、頑張ったと言わざるをえない。
「その結果がAソル大破と乗員二名の死亡か?やりきれんぞぃ」
Q博士が不穏な内容を口走った時、対に座っていたミカが不意にレーダーを見た。
「博士。未確認飛行物体が一機、こちらへ近づいてきていますです」
「何?まさか、敵の増援か?」
「……いえ。このタイプは小型の偵察機と判明。味方でしょうか?」とは、ミク。
だが、待て。この宇宙でアストロ・ソールの味方など、一人もいないはず。
やはり敵の増援が向かってきているのか?
しかし小型偵察機で来るものだろうか。
悩むQ博士へ、ミグが尋ねてくる。
「小型偵察機より通信が入ってきています。応答しますか?」
ここの通信コードを知っているとなると、アストロ・ソールの関係者に他ならない。
いや――
「クレイ?まさか、クレイが戻ってきたのか!?」
ドリクが叫び、Q博士も会心の笑みで頷く。
「ミグ、回線を開いておくれ」
回線を開くな否や、落ち着きのある声が聞こえてきた。
『博士、遅くなってすみません。このままAソルの元へ急行します。外からロックを解除し、内部へ乗り込みます』
「ハッチの強制解除か。クレイ、お前ならできるじゃろう。任せたぞ!」
Q博士からのゴーサインを得て、通信は一旦切れた。

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