BREAK SOLE

∽6∽ 俺とお前はライバルだ!


猿山は、見た!
あれは俺が吉田達と大浴場でバカやったりして、部屋に戻る途中だった……

俺は見た!
見てしまったんだ!!

春名ちゃんが、あのクレイッて野郎にダッコされて連れていかれるところを!!!
しかもダッコといっても、親が子供を抱きかかえる一般的なダッコじゃないんだぜ?
そうッ!
大昔から、まことしやかに語り継がれる、いわゆる『お姫様だっこ』というやつだ!

くそぉぉぉぉっっ!!!

春名ちゃんの太股が、あいつの手に!
あいつなんかに触れられちまった!! 春名ちゃんの清らかな太股がッ!
俺だって、俺だってまだ一度も触ったことないのに!


「そういや、もうすぐクリスマスだよね」なんてことを話しながら女の子が二人、金属剥き出しの通路を、のんびりした歩調で歩いていく。
男の子みたいに、こざっぱりした短い髪が佐々木優。
その横を、しずしずと歩いている、ロングすぎるスカートの少女は有田真喜子だ。
「クリスマス、ですか……空襲以降、祝った覚えがございませんわね」
遠い目をして天井を見上げる真喜子の正面に回り込んで、優が手を広げる。
「ね?だよね?でも今年は祝おうよ!ここなら空襲に怯えなくて済みそうだしさ」
名案だ、というように自らパンと手を叩く。
だが真喜子の反応は鈍いもので、「でも……」などと渋っている様子。
「でも、何?」
ムッとした優が問い返せば、真喜子は少し怯んだように後退しながら応えた。
「私達は宇宙人を倒すお手伝いをする為に、ここへ参ったのでしょう?そのように、遊んでいても宜しいのでしょうか……」
真面目なお嬢様の真喜子らしい返事に、優は思わず苦笑する。
「だーいじょうぶだって!人間誰しも、ちょっとぐらいの息抜きは必要だよ。それに戦艦作ってる部屋には当分入れないんだしさ、やることないんだから、しょーがないじゃん?」
それにさ、と真喜子の表情を伺うように付け足した。
「パーティーすれば、有田さんが気に入ってるヨーコも喜んでくれると思うケドなっ」
「気に入っているだなんて、そのような言い方は……」
何故か頬を紅潮させて否定する真喜子に、優はペロリと舌を出す。
「あっは、ごめん♪気にかかってる、の間違いだったっけ?」
しかし心の中では、舌どころか別のものまで口から出ていきそうな気分であった。

――なんで、よりによって、あんな性悪女と友達になりたいって思うかなぁ?

ヨーコの顔を脳裏に浮かべるだけで、ウェッとなる。
それぐらい、優にとっての第一印象は最悪だった。
お嬢様の考えることは判らない。
でも、パーティーを開くにあたってマネーは必要だ。
費用は真喜子の小遣いから出してもらおう。そんな企みが、優にはあったのである。


夕方になり、各ブロックを見学していた子供達が何となしに食堂へ集まってくる。
部屋でぼんやりしていた春名もまた、食事を告げる館内アナウンスを耳にした。
通路を抜け案内板を頼りに食堂へ入る途中、彼女は後ろから呼び止められる。
「やぁ。ハルナちゃん、だったっけ?」
振り向くと、壁を背にピートが意味もなく格好つけたポーズで立っていた。
「えぇと……ピートくん?」
「ピートでいいよ、オレの事は。オレもハルナちゃんって呼ぶけど、いいよね?」
「うん」
さりげなく肩に置かれた手が気になりつつも、共に食堂へ入る。
と、同時に女の子達の黄色い歓声があがったので春名は驚いた。
だが、すぐに歓声は自分に向けられたものではないことに気づく。
真後ろから落ちる影。
背後に誰かがいて、歓声は、その人に向けられたもの。
女の子達の歓声があがる人物なんて、一人しか思い浮かばない。
「……クレイ」
さん、をつけるかどうしようか迷ったあげく、思いきって呼び捨てにしてみる。
年上を呼び捨てなんて、という抵抗はあったものの、呼んでみると意外と悪くない。
クレイと呼び捨てにされた本人も、にっこり笑ってくれたし。これでOKなんだろう。
「お?クレイが笑ってら。めずらしー」
冷やかすピートの事は軽く無視し、クレイは早足にビュッフェへ歩いていってしまった。
「チェッ。相変わらず、オレには冷たいんだよな。むかつく」
小声で愚痴るピートに苦笑しつつ、春名は周囲を見渡した。
並べられたテーブルには、元同窓生達の他にスタッフや博士達の姿も見える。
食事は全てセルフサービス、バイキング形式らしい。
皿を手に晃がウロウロしているのを見つけ、春名は小走りに駈け寄った。
去り際なにげなく、肩に置かれたピートの手を振り切るのも忘れずに。
「やぁ、大豪寺さん。君も食べに来たのか?」
「うん。スタッフの人達も集まってきてるし、アナウンスもあったから」
「食事を取る時間は、どうやら決まってるみたいだね」
などと他愛のない話をしながら、適当な量を皿に盛っていく。
「ちょ、ちょっとハルナちゃ〜ん。一人でどっかいっちゃわないでよ〜」
すぐに追いかけてきたピートだが、春名と晃が並んで仲良く料理を取っているのを見て、足を止めた。
「はっは〜ん、そういうことかぁ」
なにやら一人頷いているのを見て、春名も晃も嫌な予感が脳裏をよぎる。
だから晃は先に釘を刺しておこうと、口を開きかけた。
「あのな、ピート。誤解してるようだから一言いっておくけど――」
「あぁ〜ん、クレイさぁん、どこ行くんですかぁぁ〜?」
いきなり黄色い声が晃の声を掻き消し、続いて団体様がこちらへ走ってくる。
見ればクレイを先頭に、後から美恵や恵子がゾロゾロとアヒルの行列よろしく、ついてくる処であった。
「うわ、なんだアレ……」
さすがに晃の顔は引きつり、春名も苦笑するしかない。
真横に立たれ、春名は「どうぞ」とクレイに場所を譲るが、彼は首を真横に振った。
「……別に、ソーセージが欲しいわけじゃなさそうだね」
晃がポツリと言い、ピートも口の中でブツブツと悪態をついている。
一言も話さないクレイは、やっぱり春名が思ったとおり皆への印象も悪いようだ。
話せないわけじゃないのに、何故、皆の前だと一言も話さないんだろう。
二人っきりなら、ちゃんと話せるのに……
などと悲しくなりながら、春名はソーセージと炒めたキャベツをポイポイ皿に乗せる。
続いて、どの席に座ろうかと、キョロキョロした。
「あっちが空いてる。あっちに座ろうか」
晃が促すのに頷き、共に席へ向かう――と、団体様までがついてくるので二人は驚いた。
「え?ちょっと、前田さん、恵子まで、何でついてくるの?」
すると美恵は少しむくれて「だって、クレイさんが、そっちに行くんだもん」と答えた。
「というか、クレイさん!何で、貴方までついてくるんですかっ」と、これは晃。
そうだ、と思い出し春名は皆に言った。
「あ!あのね。クレイ……は、皆にクレイって呼んで欲しいんだって」
一様に、皆がポカンとする。
すぐ我に返ったのは頭脳明晰、頭の回転も早い晃だった。
「クレイさんが、そう言ってたのか?」
「う、うん。ね?」
自信なくクレイを振り返ると、彼はコクリと頷いた。
「へぇ。じゃ、僕もクレイって呼ぶことにします。いや、するよって言った方がいいのかな?」
今度は晃が尋ねると、再びクレイはコクリ。タメグチもOKのようだ。
ちょっと嬉しくなって、晃は側にいたピートを肘で小突く。
「ほら見ろ」
「何がホラミロなんだよ?」
憮然とするピートの耳元で囁いた。
「ためぐちでもいいなんて、結構フレンドリーじゃないか。クレイは充分人間だよ」
晃が許可されたのを皮切りに、じゃぁあたしもーとばかりに周囲が騒がしくなる。
女の子達はクレイを取り囲んで、口々に彼を呼び捨てにしては大喜びしていた。
「あぁ、それと。ピート、僕と大豪寺さんは――」
言い忘れていた事を晃が思い出した時。
食堂の扉が、思いっきり勢いよく蹴り破られた!


「ブルー=クレイ!クレイは、いるかぁッ!!」


何事かと子供達のみならず、スタッフや博士達までもが振り返ると、そこに仁王立ちしていたのは――
「なーんだ、猿山かぁ」
「あんた何してんの?ドア蹴飛ばしちゃダメじゃん」
猿山だと判った途端、場の空気が元に戻る。
女の子達は再びクレイを囲み、晃と春名、それからピートは席についた。
やや遅れて、クレイも春名の真向かいに腰を降ろし、両脇に恵子と美恵が着席する。
秋子と瞳はイイ席を取り逃し、仕方なくピートの横に腰を降ろす。
残る雲母も座る席を逃したのかキョロキョロした後、晃に呼ばれて隣へ腰掛けた。
「ちょ、お、オイ!クレイ!聞こえてんだろ!?シカトすんなァ、コラァ!!」
くちから泡を飛ばしつつ近づいてくると、猿山は後ろからクレイの肩を強引に掴む。
折しもクレイはスクランブルエッグをスプーンですくった直後。
肩を掴まれた衝撃で、スプーンの中身が少しテーブルの上に、こぼれた。
「猿山!今は食事中だよ?食事の邪魔しないでよ!」
「猿山も食事にしたら?冷めたのが好きっていうなら無理にとは言わないけど」
おかげで冷たい目で恵子には睨まれるわ、秋子には真っ向から怒られるわ。
向かいに座った雲母と晃にまでマナーの悪さを窘められてしまう始末。
「クレイは食べてる最中なんだしー、後にしたらどうかな?猿山くんっ」
「そうそう。食べてる最中の相手に唾飛ばすなんて、行儀悪いぞ。猿山」
そして華麗にトドメを刺したのは、春名の一言であった。
「ね、猿山くん。皆もこう言ってる事だし……一緒に食事にしよ?ねっ?」
「ハイ!!!」
舞い上がった裏声で返事をすると、猿山はビュッフェの方へすっ飛んでいった。

走っていった猿山を目に、一度は立ち上がりかけたジャンパー姿の男も腰を降ろす。
男の名はジョン=エルスラー。
パイロット専門訓練室の調整を行っているスタッフの一人だ。
「一時はどうなることかと思ったけど、一段落ついたようですね」
ホッと溜息つきながら相席の博士らに同意を求めると、T博士が重々しく頷く。
「ホントにな。喧嘩なんぞ始めたら、サルくんが大怪我するとこじゃったわい」
「クレイはしませんよ、喧嘩なんて。むしろサルヤマ君の暴力の方が怖かったです」
混ぜっ返してきたのはU博士。
猫舌なのか、先ほどからスープに息を吹きかけている。
「本当に……暴力沙汰にならなくて良かったですよ。最近の子供はすぐキレますからね」
スタッフは、とりあえずU博士に同意しつつQ博士の顔色も伺った。
クレイはQ博士のお気に入りだ。彼もクレイの事は心配だったに違いない。
だが、Q博士の視線は意外や意外に穏やかで、猿山の背中へ向けられている。
「ほっほー。どうやらサルくんは、あの女の子が好きなようじゃのう」
猿山が春名を好きなことなど、傍目に誰が見てもハッキリと判る。
思わずジョンの口元にも笑みが浮かび、彼は苦笑しながら相づちを打った。
「えぇ。青春してますね、微笑ましい限りです」
だが博士の次の言葉には、きょとんとなる。
「そして、クレイもな」
「え?」
口元に持っていきかけたパンの切れ端が、ポトリとテーブルに落ちた。
「あの女の子、なんという名前だったかのぅ」
「ハルナですよ。ダイゴウジ、ハルナ」
悩むQ博士に、教えるU博士。
Q博士はポンと膝をうち、目線を春名へ向ける。
「おぉ、そうじゃった。ハルナちゃんか、可愛い名前じゃの」
名前だけは可愛い、と言わんばかりのQ博士をジロリと睨んだのはR博士。
「可愛いのは名前だけか?もっと近くで眺めてきたほうがよいぞ」
「ほぅ、顔も可愛かったか。まぁ、しかし人間外見ではないしの」
軽口を叩きあう博士に、勢い込んでジョンが尋ねる。
「きゅっきゅっきゅ、Q博士!そ、それは本当ですか!?」
「なんじゃのー、人をキュウリの漬け物みたく呼ばないで欲しいんじゃがの」
「冗談を言ってる場合ではないですよ!その、クレイが本当に」
半分むせ込みながら、ジョンはクレイを盗み見する。
いつもと同じ、全くの鉄仮面。
ニコリともしない仏頂面で春名の正面に陣取り、黙々と食事を取っている。
「多分な」
そう言ってQ博士は微笑んだが、しかしジョンには信じがたく。
猿山ほど判りやすくなれとは言わないが、あれが恋する人間の様子とは思えない。
それとも、クレイは違うんだろうか。普通の若者とは。
なるべく普通の人間と同じように、皆で育ててきたつもりだが……
驚きのあまり食事を忘れたジョンなど、ほったらかしに、博士達は盛り上がっている。
「ほぅ、一目惚れか。一目惚れは失恋しやすいと言うぞ。クレイは何日もつかな」
意地悪そうな目を向けてR博士が言えば、Q博士は髭を弄りながら答えた。
「賭けるか?ワシは口説き落とす方に、へそくりを全額じゃ」

スキップでもしそうな足取りで、猿山が戻ってきた。
「大豪寺、ただいま〜♪」
皿いっぱい山盛りに乗せられた料理を見て、晃は頭を抱える。
「お前な、取りすぎだろ。少しは考えて量を取れよ」
「いいんだよ、俺は育ち盛りだから」と軽口で受け流し、猿山は雲母の隣に座ろうとする。
途端、雲母が皿を持って立ち上がった。
「猿山くん、ここ座っていいよ?私、もうゴチソウサマー」
別に雲母の座っていた席は春名の隣ではないのだし、席を譲られても嬉しくはない。
しかし女性に席を譲られた以上は、座らないわけにはいかない。
「ん、サンキュー」と雲母に片手をあげ、晃の隣に腰掛けた。
「クレイ、またねー」
無表情に食べているクレイへ二度三度、手を振ると、雲母は食堂を出て行く。
だが声をかけられたというのに、クレイがそれに応えてニッコリ微笑む……
などという行動を取るはずもなく、やはり彼は無関心に食べ続けていた。
それを見てムッときたのは猿山だけではない。
ピートも、むすっとしている。
互いに互いの表情に気づき、どちらがというでもなく声を掛け合う二人。
「お前も、やっぱ思ったか?」
「まぁねー。やな感じだよねぇ」
「なぁ」
二人して険悪に頷きあう。
秋子や恵子は、またかと言わんばかりに一瞥しただけで何も言ってこなかった。
瞳と美恵は見て見ぬふりをしている。関わりたくないというのが本音であろう。
結局彼らへの気遣いを見せたのは、春名だけであった。
何と声をかけようか、それともクレイへ注意すべきかと迷う彼女に晃が囁く。
「しばらく、ほっといたほうがいいよ。それより早く飯を食べちゃおう」
それを見て「そ、そうだ!」と、いきなりピートが大声で立ち上がるもんだから、晃も猿山も驚いた。
いや、食堂にいた全員が、びっくりして彼を見た。
「何だよピート。食事中に大声出したりして」
窘める晃は無視して春名に詰め寄ると、ピートは真顔で尋ねる。
「ハルナちゃんってアキオが好きなの?いや、二人ってデキてるわけ?」
ぶぅッと秋子がスープを噴き出し、春名はポカンとした顔でピートを見つめた。
何て突拍子もないことを言い出すんだろう、この子は。とでも言いたそうな目で。
最初に笑い出したのは猿山だった。
続いて美恵も笑いだし、当の晃は渋い顔をしている。
「だから何度も言いかけたけど、僕と大豪寺さんは、そんなんじゃないんだって」
「そんなんじゃなければ、どんな関係だっていうんだよ!?」
今度は晃に詰め寄るピートを軽く押し戻し、晃は渋い顔のまま答えた。
「僕達は在学中、ずっと同じ委員会に入ってたんだ。色々相談することも多かったしね、それで仲が良いんだ。それだけだよ」
これで納得するかと思いきや、ピートの眦は思いっきり疑いの色を孕んでいる。
「え〜?そういう感じの仲良しっぷりじゃなかったけどなァ〜」
「ホントだよ?ホントに友達なの。こ、恋人なんかじゃないってば」
「そうやって言い訳するトコが怪しい〜」
なかなか信じてもらえず春名が途方にくれていると、猿山が助け船を出してきた。
「そりゃ、普通の友達よりは仲良しかもしれないな。だってコイツら幼なじみだしさ」
「幼なじみったって、小学校は違ったぞ」
晃が何か訂正するのを、シッと制する。
「とにかく大豪寺を狙ってんなら、晃はスルーしていいぜ。アンパイだ」
「狙っ……!」
カァァッと春名の顔は真っ赤に染まり、晃は頭痛に襲われ頭を抱えた。
なんだって猿山は、こうも言わなくていい余計な一言が得意なんだ?
猿山が己の失言に気づいたのは、春名が無理に食事を終わらせ立ち上がった時だった。
「ご……ごちそうさま!それじゃクレイ、猿山くん達も、また後でねっ」
慌ただしいゴチソウサマに見上げると、彼女は耳まで赤くなっていた。
猿山が何か声をかけるよりも早く、バタバタと食堂を出て行く。
追いかけようと席を立ち上がりかけた彼の耳に、意地悪な声が聞こえてきた。
「あーあ、怒らせちゃったわねぇ。サルってば、ホントにデリカシーがないんだから」
春名と入れ違いに入ってきたヨーコだ。
今の今まで食堂にいなかった処を見ると、私用で遅れてきたものらしい。
「デリカシーがないって、お前にだけは言われたくねーよっ!」
憤慨する猿山をスルーし、クレイの隣に座る美恵の背後へ立った。
「どいて」
眉間に深い皺を寄せ、美恵が振り向く。
「……ハァ?」
晃は、この時ほど春名が先に離席していて良かった、と思わざるを得なかった。
男の醜い嫉妬の次は、女同士の醜い席争いだ。僕も急いで食べちゃおう。

夕飯も終わり、サロンには数人の子供達がタムロしていた。
「そういや猿山くん、結局何が言いたかったんだろうね?」
夕飯時の笑い話を蒸し返しているのは優。
あの騒ぎを遠巻きに見ていた元同窓生の一人だ。
優はクレイに、さほど興味がない。
そりゃ仲間という意味では興味あるけど、異性という面では全く興味が沸かないのだ。
何しろ、年が離れすぎている。
二十歳なんてオジサンじゃん!というのが彼女の主張である。
そして真喜子と有吉も、優と同じく騒ぎを遠巻きに眺めていた一人であった。
有吉には好きな人が他にいたし、真喜子は真喜子で男性に興味がないときている。
「まぁ、ブルーさんを名指ししていたし……決闘じゃないかしら?」
有吉はサラリと言いのけて、傍らに座る水岩倖にも意見を求めた。
「サッチは、どう思う?」
倖はビクリッと体を震わせた後。おずおずと、上目遣いに答える。
「え、あ……す、スーちゃんの言ったことで間違いない、と思う」
「決闘……穏やかではありませんわね。でも、どうして決闘を?」
ぼんやりと考え込んでいた真喜子がポツリといい、有吉と優は肩を竦めた。
「猿山くんって、大豪寺さんのコトが好きなんだよね。知らなかった?」
クラス中の人間が知っていたよ、と言わんばかりの口調だ。
実際、知らなかったのは当の春名と世間知らずな真喜子ぐらいのものだろう。
今初めて知ったかのように驚く真喜子を見て、再び二人は溜息をつく。
倖も他の三人には気づかれないように、そっと溜息をついた。
が、またしてもいきなり有吉に話を振られ、ビクッとなる。
「で、さ。決闘するとしたら、サッチは猿山くんが何を競技に選ぶと思う?」
「え……えっと……た、たぶん……」
心なし視線を彷徨わせる倖を逃すまい、とばかりに有吉は正面から覗き込む。
倖は観念したように、ボソボソと聞き取りにくい小声で答えた。
「……たぶん、ゲーム、だと思う、よ。バーチャルの格闘ゲーム……得意だって、前に話してるの、聞いた事ある、から」
優が呆れ顔で、それに応える。
「ゲーム、ねぇ。あいつの考えそうな事だわ」
真喜子は、きょとんとしている。
ゲームとは何なのか、とでも考えているのかもしれない。
「さすがサッチ、猿山くんの事なら何でも知ってるわね」
有吉に褒められて、倖は浮かない顔で曖昧に頷いた……

ラウンジのほうにも、ちらほら子供の姿が見える。
ソファーに腰掛けて往年のクラシックに耳を傾けていた吉田純一は、カクテルグラスを片手に近づいてくる筑間有樹の姿を確認する。
「いけないなぁ、筑間くん。未成年がお酒を飲むのは」
「あ、これ?お酒じゃないよ、シロップの炭酸割り」
屈託なく笑うと、有樹は吉田の隣へボスッと腰掛ける。
小柄な体が半分埋まり込んだ。
「うわ!このソファー、沈むうぅっ」
「ハハハ、気をつけたまえ。やたら高級そうなソファーだぞ」
「てか、それよりも」
何とか座り直した有樹は、吉田と向き合う。
「猿山くんがさ、決闘するらしいぜ。相手はクレイなんだって」
「猿山くんが?ほぅ……なんでだろうね」
「なんかクレイが大豪寺さんに気があるらしくて、それで怒ってるんだって」
やたら歯切れの悪い説明に、吉田の片眉もあがる。
「らしい、らしいって、全部憶測かい?憶測で物を語るのは感心しないな」
「しょうがないじゃん。全部女子からの受け売りなんだしさ」
開き直ったか、有樹は両手を広げて溜息なんぞをついてみせた。
吉田は顎に手をやり思案する。
いつもは温厚な吉田らしからぬ、険しい表情で。
「クレイくんが、大豪寺くんをねぇ。本当かな?」
「しらないよ。女子が言ってるだけだし、本人は何も話さないし」
「本当に、無口だよねぇ」
「うん」
そこだけはピタリ意見が一致する。
「ともかく、決闘とは穏やかじゃない。重大な任務を帯びている今、争いは御法度だ。猿山くんを止めに行こう」
やたら言うことが年寄りめいている吉田に、今だけは有樹も賛成した。
「そうだね。彼のことだから、殴る蹴るの喧嘩に発展しそうだし」
猿山は、本来は明るくて良い奴だ。だが、カッとなりやすいのが欠点でもある。


大浴場――スタッフや子供達の為に用意された風呂場である。
そこから更に奥へ行くと、パイロット専用の小浴場が用意されている。
クレイはそこへ行き着く前に、猿山に呼び止められた。
「うぉい!こら!ちょっとは待てって!! 話があるんだよ、ブルー=クレイ!」
この通路で大声を出される前から、ずっと呼び止められていたのだが、ずっと無視して歩いてきたのであった。
食堂から、ずっと後をつけてきている。なんて しつこい奴だ。
クレイは少し不快に感じつつも、感情は表に出さず振り返る。
振り向くや否や、猿山はビシッと彼の顔面に指を突きつけた。
「オイ、お前!お前も大豪寺に気があるみたいだけどよ……お前なんかに大豪寺は、渡さない!俺と勝負だッ!!」
クレイは何も言い返さず、ジッと猿山の顔を見つめた。
見つめ合うこと数十秒後。
先に痺れを切らしたか、猿山が話を次のステップへ早送りした。
「あーもーッ。おぅ、とかあぁ、とか言えっつーんだよ、調子狂うなぁ〜。とにかく!勝負の方法は、ただ一つ!どっちが大豪寺の気を惹けるか、そんだけだ!!」
言い捨てるや否や、どうせ返事などないだろう、とばかりに背を向ける。
その背中へ向けて、深い決意を秘めた声が応えた。
「……いいだろう。勝負だ」


「――――えっ!?」


慌てて猿山が振り向いた頃には、クレイの姿はとうになく、小浴場の奥からバタンとドアの閉まる音だけが聞こえた。

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