BREAK SOLE

∽7∽ コミュニケーション


アストロ・ソールが海底に構えた秘密基地。
戦艦製造ブースの他にも、子供達が立入禁止とされた区域は幾つかある。
クレイとヨーコ、ピートの三人が訓練に使っている部屋も、その一つであった。

「エルベシュタイン女史、頼みがあるんじゃがのぅ」
Q博士に名を呼ばれ、システム機器のチェックを行っていた女性が振り返る。
アイザ=エルベシュタイン。わずか十三歳で工学博士としてのデビューを果たし、三十四歳の今に至るまでソルの開発に協力してきた。
技師というだけではない。
パイロットの調整管理も彼女が取り仕切っていた。
「何でしょうか」
「作って欲しい物があるんじゃ。腕につけられるサイズが良いのぅ」
「だから、何なんです?」
せっかちに何度も尋ねてくる女史に笑顔を返し、Q博士は答えた。
「小型の通話翻訳機じゃよ」
「通話、翻訳機ですか?」
「文字を打ち込めば音声に変換してくれるのが、昔出ていたじゃろ。ああいうのをな」
すぐにアイザは、ハハァとなる。
誰の為に、そのような物が必要なのか。博士が言うのを待つこともない。
「ブルーが欲しがっているのですね?」
「ん、まぁ。本人は言わないが、多分欲しがっていると思う」
なるほど、通話機が必要というのは博士の独断で決めたことか。
生みの親であり育ての親でもあるQ博士に対しても、クレイは無言を通している。
「甘やかすのは、あまり賛成しませんね」
今までだって、何の不都合も無かったわけではない。
スタッフとの間で摩擦が生じた事は度々あったし、パイロット間にしてもそうだ。
ピートなどは露骨にクレイへの不快を表わしているではないか。
「パイロット同士のコミュニケーションも、そろそろ強化していかねばなりません。ピートやヨーコと仲良くならなければ、連携プレイも難しいかと思われますが?」
ヨーコとピートは、極秘裏に行われたスカウトでパイロットとなった民間人である。
生まれた時から研究所で特殊な訓練を積んできたクレイとは、違う。
今までとは全く異なる生活環境や、ソルの操縦に慣れる時間を必要とした。
その為、パイロット間の交流などは後回しにされてきた。
二人がソルの操縦に慣れてきた今、ようやく連携の練習にも入れる。
連携攻撃を完璧なものとするには、パイロット同士の信頼関係が重要だ。
だが肝心のクレイが無言を貫いているのでは、信頼もへったくれもないではないか。
「うむ。まぁ、君の言うことも一理ある。じゃがのぅ。クレイはシャイなんじゃよ。人は急には変われん。君にも判るじゃろ?」
いつもこうだ。
この人は一度言い出したらテコでも意見を曲げない。超がつくほど頑固なのだ。
アイザ女史は溜息をつくと、仕方なくモニターに設計用の画面を開いた。
「……判りました。最初は通話機で話させるようにして、徐々に声での会話へと慣らしていくように訓練していきましょう」
どんな過酷な訓練でも、クレイは弱音一つ吐かずに耐えてきた。
この訓練でも弱音を吐かないでいてくれると、嬉しいのだけれど。


今日もサロンの一角では、暇を持て余した元卒業生達が井戸端会議を開いている。
ピートやヨーコの姿は見えない。ヨーコ曰く、『訓練の時間』だとか。
「訓練って、何やってるんだろうね〜?」
訓練室を見ようとする仕草で、優が誰に言うでもなく呟く。
もっとも、ここからでは訓練室の扉すら見えないが。
おまけに訓練室は、当然のように関係者以外立入禁止ときている。
この場合の関係者というのは、パイロットと一部のスタッフ、それから博士。
子供達はシャットアウトな対象だ。
「少しは見せてくれてもいいのにね。見られたくない事でもやってるのかしら」
大胆不敵に有吉が笑い、他の女の子達は引きつった笑みを浮かべる。
「やっぱり」と話を戻したのは春名。
「宇宙人と戦うわけだから、宇宙に出ても戦える訓練をしてるんじゃないかな」
すぐさま反応したのは雲母。素直に瞳を輝かせ、何度も頷いている。
「真空で動ける訓練?ホントだとしたらスゴイよねっ!人知を越えたパワーだよ!」
雲母の脳裏では、真っ暗な宇宙を泳ぐ生身のピートなどが映し出されているのだろう。
半分夢の世界へ突入した彼女に、やや退きつつも春名は何とか突っ込んだ。
「……そうじゃなくて。せめて無重力で動ける特訓、とか……」
「宇宙飛行士並の特訓か。それぐらいはやっていそうだよね」と、今度は秋子が同意する。
「ま、それぐらいしないと、あいつらには勝てないよね。向こうは空を飛ぶんだし」
もうこの話はオシマイ、とばかりに優は声の調子を変えて皆の顔を順に眺めた。
「それより、皆に話があるんだけど。いい?」
「ダメって言っても話すんでしょ。それで、何?」
有吉が先を促す。優は、へへ、と照れ笑いをしながら言った。
「あのね、もうすぐクリスマスの季節じゃん。有田さんとも話してたんだけどさ」
ちらっと真喜子に流し目を送ると、彼女もコクリと頷く。
「今年はココで祝わない?アストロ・ソールの人達も巻き込んで盛大に!」
「ふぇぇ〜、いいねぇ、いいねぇ!やろう?やろうよ!」
今度も即座に反応したのは雲母だった。
期待と興奮で顔を輝かせ、ワクワクと身震いしている。興奮するのが早すぎだ。
「ピートくんも、クレイも喜んでくれるよ?くれるよ、絶対!」
ところがどっこい雲母以外の反応は、というとイマイチ盛り上がっていない。
難しい表情で秋子が切り出す。
「ピートやクレイはいいんだけどさぁ〜……問題は、あいつだよね。あいつ」
「あいつ?」と聞き返す優に、思い出すのも嫌そうに秋子は言った。
「あいつって言ったら一人しかいないでしょ。ヨーコだよ、ヨーコ!」
「それに買い出しするにしたって、ここから出る許可が得られるとは思えないし……」
と、これは春名。
隣で瞳もウンウンと頷きながら、優へ尋ねた。
「肝心の費用は、どうするの?まさか有田さんに出して貰おうなんて考えてないよね」
図星だ。
思わず優がギクリとなり、瞳と秋子は呆れたように肩を竦める。
すると、ずっと黙っていた倖が口を開いた。臆病な彼女にしては、大胆に。
「買い出しにいく時は……Q博士にいえば、たぶん、大丈夫だと思う」
どうして、と優が尋ねるよりも早く有吉が聞いた。
「サッチはどうして、そう思うの?」
有吉に真っ向から見つめられ、視線を逸らしながら倖は答える。
「……あの博士だけは、他の博士と違って柔軟みたい、だから。あと、買い出しは有田さんと、大豪寺さんが適任、じゃないかな……」
ハッキリ名前をあげられて、驚く春名。
真喜子は、ぽや〜んとしていて驚いているのかどうかも判らない。
Q博士の事は、何となく理解できる。
博士の中では代表格のようだし、最初からフレンドリーに接してきたのも彼だけだ。
彼に話せば、大概の融通は効かせてくれるような気がしないでもない。
だが、何故買い出しに行くのは春名と真喜子なのか。
男子の、例えば猿山と川村辺りでは駄目なのだろうか?
即座に抗議したのは春名の親友、秋子であった。
「春名が、有田さんと!?女の子二人は危ないよ、せめて男子もつれてかないと!」
倖は首を振った。
「駄目、だよ……それじゃ、用心棒兼見張り役を、つけられないから」
「見張り役ゥ!?」
そう怒鳴ったのは秋子だけじゃない、優や瞳もだ。
倖は少し怯えたように頷くと、皆を上目遣いに見た。
「見張り役がつけられないと、外には出してもらえない、と思う。だから、女の子二人で、行くといい……と思う、よ」
皆が不可思議、或いは不審顔をする中、有吉だけが真剣な表情で頷いた。
「なるほど……見張り役、ね。サッチの言いたいこと、何となく判るわ」
嬉しそうに倖が微笑む。
さすがスーちゃん、とでもいうように両手を握りしめる。
「どういうことなの?」
尋ねる秋子に有吉は言った。
倖が皆へ伝えたかったことを簡潔にまとめて。


彼ら、アストロ・ソールの人達だけど、最初は証拠を隠蔽しようとしていたよね。
ヨーコが威嚇してきた事といい、あれを隠すか私達を口封じするつもりだったのは皆、なんとなく気づいていたでしょ?

でも突然、Q博士は私達を手なずける方法に切り替えた。
私達の人数が多かったことや、墜落の衝撃から隠し通せないと思ったんじゃないかな。
それで条件の一つとして、「親に正直に話せ」ってのを出してみた。
正直に話せば親元から出てこれない。
嘘を話して戻ってくれば、こちらに監禁できる。たぶん、そう考えたんだよ。
結局私達は戻ってきた。自らの意思で、親に嘘をついて。

でね。ここからはサッチと私の推測になるんだけど。
Q博士は、できることなら私達には反乱を起こして欲しくないはずよ。
反乱を起こせば、始末せざるを得なくなる。
でも、これだけ大勢の子供達が一気に行方不明になれば、警察や親たちも動き出す。
騒動が大きくなればなるほど、外敵……つまり宇宙人達にも感知されやすくなる。
それは博士達にとっても、あまり良くない事態だよね?
だから、多少のワガママは許してくれると思うんだ。あの博士なら。

でも男の子をつれていったら、そのまま帰ってこない可能性だってある。
つまり、逃亡ね。ほら、男女が揃うと行動力って二倍になるって言うじゃない。
大人がよく使う『駆け落ち』ってのも、男女のペアで行うものらしいし。
だから女の子二人なの。
二人揃っていたって所詮は女、大した行動力なんてないじゃない?
そこで油断を誘うわけ。

まぁ、人道的を装ってる博士のことだから、それでも言い訳は考えつくでしょうね。
『女の子が二人だけでは危ないぞぃ』とか。
そこで大豪寺さん、あなたの出番ってわけ。
あなたは男子の話だと、ブルーに好かれてるらしいじゃない?だからそれを利用して――


「えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?」
有吉の話を断ち切って、春名が素っ頓狂な大声を張り上げた。
サロンにいた数人のスタッフが怪訝な表情で女の子達の輪を見つめているのにも構わず、真っ赤になって有吉に詰め寄る。
「だだだだだっ、誰がっそんなななことをっ!?」
「吉田くんが言ってたよ?」
雲母が答え、その横で挙手したのは優。
「あたしは、川村くんと近藤くんが話してるのを聞いたな〜」
あちこちで噂になっているらしい。
さらに、おっとりと真喜子も追い打ちをかける。
「私は、スタッフの方々が話しているのを耳に致しましたわ」
「スタッフがぁ?」
唖然として秋子が尋ねるのにも頷き、真喜子は、ころころと笑った。
「クレイ様が大豪寺様に一目惚れしたらしい……と。驚きあっておられましたわね」
きっと秋子は、その噂話をしていたスタッフ達と同じ顔になっていたに違いない。
しかしクレイをよく知るスタッフが言うのだから、いよいよ噂は信憑性を帯びてきた。
「猿山……あいつは、この噂のこと知ってるのかなぁ」
瞳が絶望的な表情で天井を見上げ、倖は皆から視線を外して壁を見ている。
いや、壁を向いて瞼を閉じていた。
つらいものなど何も見たくない、とでもいうように。
「ま、それはともかく」
重大ニュースを話した割には、あっさりと春名の衝撃を受け流して有吉は続けた。
「大豪寺さん、あなたが外へ出るとなればQ博士は必ずブルーを同行させるはずよ。見張り兼用心棒として、ね」
「それで?あ、わかった!クレイから費用をたかるんだね?ねっ?」
雲母のトンデモナイ意見には即座に首を振り、有吉は真喜子のほうを見やる。
「スポンサーは有田さん。彼女なら小遣いを自由に引き出せるわ。親に見つからずにね」
有田真喜子の家は、世界的に有名な有田重工。日本でも指折りの大金持ちである。
社長の一人娘でもある真喜子は、自分専用の口座を幾つか持っていた。
そこから引き出される情報は勿論、カードも通帳も全て真喜子自身が抑えている。
親でさえ真喜子の残り預金を知ることができない。完璧なシステム管理なのだ。
「銀行のカメラは、何とかやり過ごす……いいえ、多分ブルーが何とかしてくれるわ。お金を下ろしたら迅速に買い物を済まし、戻ってくるのよ。いいわね?」
半ば強制的に買い物を任せられ、それでも不平不満も言わずに春名は頷いた。
有吉の意見――正確には倖の意見だが――には有無を言わせぬ説得力があったし、銀行のセキュリティーを突破して、といったスパイっぽい行動にも興味が沸いた。

早い話。
春名も一応、そういう冒険好きな年頃の子供だったというわけだ。


食堂からサロンへ向かう通路がある。
その道を歩くQ博士の周りを、数人の男子がまとわりついている。
「ねぇねぇ、Qちゃん、Qちゃんってばー」
陽気に話しかけているのは有樹。その後ろには清水や牧原の姿もあった。
「ん〜?なんじゃね?」
「丸ジィに質問っ!あのさー」
言いかける清水を制し、Q博士が地団駄を踏むもんだから三人はビックリした。
「丸ジーだけは却下!わしのことは博士、或いはQちゃんと呼ぶのじゃ〜」
「あっははは、ムリ!だって博士って感じじゃないもん」
無下に笑い飛ばしたのは清水だけじゃない、何と有樹もだ。
「だから俺はQちゃんって呼ぼうかなって思ってんだけど。いいよね?」
有樹は無邪気に笑い、清水も邪気のない瞳でQ博士を見つめた。
「で、俺は丸ジィって呼ぶことにしたから。だって丸ジィ、あの漫画に出てくる博士そっくしなんだよねー」
「あぁ、あれか。『花丸大逆転』」
ピンと来たか、牧原も会話に加わった。
そしてまた、今度は三人で大爆笑。
途中でハッと気づき、早足に立ち去ろうとするQ博士の背中を慌てて追いかける。
「ちょっとQちゃぁん、そー怒らないでよぉ。ジョーダンじゃん、冗談っ」
するとQ博士、子供みたいにツン!と顔を背けて口を尖らせた。
「プーンだ、ツーンだ。わし怒ったもんね。君達とは口聞いてやんないっ」
「ゴメン、ゴメンってば。漫画みたいって言ったのは謝るからさぁ〜」
全然誠意を感じない笑顔で有樹が謝り、他の二人も口先だけで謝罪を繰り返す。
かと思えば急に真面目になり、有樹が本題へ入る。
「それで聞きたいんだけど。俺達、いつになったら手伝いさせてもらえるわけ?」
「手伝い?戦艦製造のかね?それとも宇宙人と戦う手伝いかね?」
とぼける博士に、牧原が挑みかかる。
「宇宙人と戦う?そんな話は聞いてないぞ!戦艦製造、それ以外に何があるってんだよ」
そらっとぼけた口調で、だが目は真面目にQ博士は牧原を見つめ返す。
「戦艦の製造は、強いては宇宙人と戦う手伝いにもなる。まだまだ甘いのぅ」
「甘いって何が!」
かちんときた牧原が怒鳴り、博士は落ち着いて応えた。
「外敵から地球を守ろうとする覚悟が、じゃよ」

――そこにいたのは、先ほどまでのふざけた態度の博士ではない。
緊迫感のない面構えなれど真剣に地球の平和を願う男が、そこにいた――

圧倒され言葉を失う三人に、重ねて博士が言う。
それは三人を言い含めるようでもあり、諭すようでもあった。
「戦艦製造には遊び気分で参加されては困るのじゃ。未来を担う大仕事じゃからの。だから諸君らの覚悟が決まったと思える時期に、手伝って貰うこととなる。無論、今の時期でも諸君らに出来る事はある。それは、コミュニケーションじゃ」
少し、いや少しどころか、かなり当てがはずれた感じで聞き返したのは有樹だ。
「コミュニケーション?って、交流だよね。誰と?博士達と?それとも、スタッフ?」
Q博士は首を振り、指を三本立てて見せる。
「いんや。パイロットとの交流じゃよ。ピート、ヨーコ、クレイ。この三人と仲良くしてやってほしいのじゃ。ピートとヨーコは、その類い希なる能力のせいで、過去に深い傷を負っておる。そしてクレイは研究所育ちのせいで、友達と呼べる存在が一人もおらん。三人の心を癒やし、励ましてやって欲しい。いつでも敵と戦える強さを持てるように」
「そんなの」
どもりながら牧原が言い返す。
「そんなの博士やスタッフが、やりゃあいいじゃん。何で俺達が?」
Q博士は彼を見た。思いのほか、優しい目で。
「キミが例えば失恋したとする。その時、大人に慰められて元気が出るかね?友達になろうと大人から言われて、素直に友達になりたいと思うかね?キミが好きなものは、大人には理解できない。それでも一緒にいて楽しいと思えるかね?つまりは、そういうことじゃよ。諸君らはピート達と歳が近い。少なくともワシらよりは。子供には、子供の友達が必要なのじゃ。腹を割って何でも話せる友達が……な」
それでもまだ不満があるのか、牧原は言い返してきた。
有樹と清水は何も言わないで立っている。半分、納得しかかっているのかもしれない。
「そ、そりゃ、ピートやヨーコはマダいいよ?歳も近いし。でもクレイは!クレイは歳、全然近くないぜ俺達と!それにあいつ、しゃべらねぇし!」
話してくれないのでは交流もへったくれもない。
意思の疎通すら、ままならない。
意思の疎通という点では、ヨーコも難しい相手ではあるのだが……
牧原の不安に、Q博士は笑顔で頷いた。
「その点ならもう、クリア済みじゃ」
「え?」
きょとんとする三人に、博士は器用なウィンクで返す。
「今度、クレイに話しかけてごらん。彼は、ちゃんと答え返してくれるじゃろう」

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