BREAK SOLE

∽55∽ 対立


ブレイク・ソール生活ブースの一角に給湯室がある。
食堂が閉まった後の、臨時食料補給場と言ってもいい。
ソールと話をつけるために春名は、そこへ入っていった。
いや、正確にはソールに誘われて……だ。
春名としては、もっと広い場所で話したかったのだが、彼にどうしてもと誘われた。
給湯室は、とても狭くて、水道の前に並ぶと二人だけなのに窮屈に感じられる。
それでも、さりげなく体と体の距離を離しながら春名は話し始めた。
「あ、あのね。大事な話があるの。聞いてくれる?」
やや芝居がかったポーズでソールが頷く。
「いいですとも」
距離を縮めてきた彼から、さらに身を退きつつ春名は続けて言った。
「えっと。さっきのことなんだけど……私は、ソールくんと仲良くしたいと思ってる。それは間違いじゃない。でもね。仲良くしたいっていうのは、恋愛とは同義語じゃないから」
黙って聞いていたソールが眉をひそめる。
雲行きが怪しくなってきた、そう思いながらも春名は早口にまくしたてた。
「さっき、ソールくんは男女に友情はないって言ってたけど……必ずしも恋愛に結びつくとは限らないんじゃないかな?ほら、現に私と秋生くんだって男と女だけど、恋人じゃなくて友達だし」
それに猿山くんや筑間くんだって、と次々に親しい男友達の名を挙げる。
「みんな、私の友達だよ。男女の関係が愛情しかないっていうんだったら皆とも恋人じゃなくちゃおかしいよね?でも、実際はそんなことない」
「それは」
再びソールが距離を縮めてきて、反射的に春名は後ろへ下がる。
背中が壁に当たった。
「春名さんが彼らへ愛を感じていないというだけの話でしょう。彼らからしてみれば、また違う感情が蠢いているかもしれない。特に」
視線を部屋の出口へ流し、ソールは呟いた。
「サルヤマは、明らかに春名さん。あなたに恋しているではありませんか」
言われたことが判らず、きょとんとする春名だが。
「え……えっ!!?
次第に判ってきたのか頬は上気し、ぶんぶん、と勢いよく首を振る。
「猿山くんは私のこと、特にそんな風には……見てないと思う」
猿山とは三年間ずっと同じクラスだったけれど、彼は、いつも春名に明るく優しく接してくれた。
でも猿山は誰にでも優しく明るい奴だったから、何も春名だけが特別じゃない。
明るくて愉快で思いやりのある、とてもいい友達。
秋生の次に親友といってもいいかもしれない。
「ですから、それは春名さんが勝手に、そう思っているだけなのですよ」
壁際まで追い詰められ、もう下がる場所がない。
ソールの息が春名の頬にかかり、くすぐったさに彼女は顔を背けた。
「春名さん。あなたは、ご自分の置かれた環境に対して鈍すぎます」
「……え?」
晃にも同じ事を言われた。ソールも晃と同じ発見をしたというのか。
すなわち、春名が恋愛に疎いという事実をだ。
「僕には判ります。彼は貴方に恋心を抱いている。そもそも、友達に恋人が出来たならば祝福するのが真の友というものでしょう?それを、馬鹿の一つ覚えのように突っかかってきてばかりで……何かといえば、ダイゴウジダイゴウジ。一見は貴方を庇っているように見えますが裏を返せば何ていうことはない。貴方と誰かが仲良くするのは気に入らない。そういった独占欲が、嫉妬心で突き動かされての行動です」
「う……」
一言も言い返せず呻く春名の髪をさらりとすくい上げ、ソールは続けた。
「アキラ・アキオ。彼だけは貴方の言うように、貴方の友達かもしれませんね。彼からは片思いの人間が持つ、独占オーラは感じられなかった」
晃にだけは何か認めるものでもあったのか、ソールは何度も頷く。
かと思えば不意に強い殺気を込めて、戸口の向こうを睨みつけた。
「ですが、忌まわしいことに……あの、青い奴。奴も貴方に懸想しているようですね。出来損ないの分際で図々しいッ」
「青い……奴?」
青い奴。誰のことを指しているのかは判る。判るが、しかし……
何で名前で呼ばないんだろう。クレイとは仲間なのに。
それに出来損ないって、また言った。クレイは出来損ないなんかじゃない。
あまりにも憎々しげに吐き捨てたソールに対し、春名はムッとする。
無感情な部分はあるけど、あれは単に口下手なだけだし。
髪の毛も青いけど、それ以外は人間と殆ど大差ない容姿のはずだ。
――それと、懸想って何?
春名が尋ねると、ソールは視線を和らげて微笑んだ。
「少し難しい言葉でしたね、失礼。奴も貴方に恋をしているということです」


一方、医務室にて。
手当てを受けたミリシアは、にっこりとリュウへ御礼を述べた。
「ありがとうございます、リュウさん」
内心では驚いていた。
てっきり秋子か猿山が医務室へつきあってくれるとばかり、考えていた。
まさか、この男が同行を申し出てくるとは思ってもみなかった。
本来なら、顔もつきあわせたくない相手である。
リュウのスパイ疑惑が流れているのは、とっくの昔に噂で聞いていた。
それに、なんと言ってもリュウはクレイを独占できる人間の一人だ。
Q博士の次ぐらいに、クレイを好きに服従させられるのではないだろうか。
二人の様子を見ていると、そんな気がしてくる。
しかし、今のリュウは転んだ時の怪我を手当てしてくれた相手だ。
礼を言わないのは、感じの悪い女の子という印象を与えてしまう。
なので精一杯可愛らしく微笑んでみせたら案の定、デレデレされた。
そっけないクレイとは正反対に、リュウは割とミリシアに対して愛想がいい。
否、ミリシアだけではなく、ヨーコや春名にも愛想を振りまいている。
女の子には片っ端から馴れ馴れしく接しているのであろう。常日頃から。
「なぁに、恩に着るこたぁねぇぜ。俺は可愛い子にゃ優しいんだ」
ニヤリと歯を見せて笑う彼を見て、ミリシアは直感した。

――この男、天性の女たらしだわ。

それでいてクレイを独り占めとは、何とも憎たらしい。
女が好きだというのなら、ヨーコか春名を狙えばいいのに。
そうすりゃ、こっちにとっても一石二鳥だ。
「しかしクレイの野郎も酷いよな。あんたみたいなのを突き飛ばすたぁ」
何と答えるべきか――
悩んだのも数秒で、ミリシアは俯きがちに応える。
「……仕方、ありません。春名さんのことが好きなんですもの。春名さんを想えば……謝る暇がなかったとしても、仕方がないんです」
小さく呟き、目元を潤ませる。
それだけで男は彼女に同情してくれるのだから、チョロイものだ。
さっそく、励まそうとリュウがミリシアの肩へ手を置く。
「なぁに。あんただって可愛いんだ、クレイだけが男じゃねぇ。そのうちイイ男がつかまるだろうぜ。例えば、俺みたいなのとかな」
それには答えず、ミリシアは肩を震わせた。
ハンカチを取り出し、目元へ当てる。
涙をぽろぽろと零しながら、しかし心の中には罵りたい感情が充満する。
冗談じゃない。
クレイのことは、パイロット候補生時代から目をつけていたのだ。
パイロットとしての能力値はとびぬけていたし、顔とスタイルもいい。
それに無口で寡黙な、あのストイックな性格。
どこを取ってもクレイはミリシアにとって、理想のタイプであった。
彼と比べたら、周りの男などゴミ同然。視野にも入らない。
ましてやリュウのように髪ボサボサの不潔野郎など、こちらからお断りだ。
パイロット試験が終了すると同時に、クレイと別行動を取ったのが痛かった。
いくら本部が決めた事とはいえ、無理にでもついていくべきだったのだ。
しばらく離れているうちに、彼には妙なジャップがつきまとっていた。
身の程も知らず、クレイへ想いを寄せているらしい。
ふざけるな。
島国から出たこともない毛ザルがクレイにつきまとうなど、百年早い。
だがクレイのほうでも、まんざらではない様子なのが気にかかる。
あんなポッと出の地味な容姿の子猿に、彼を取られてたまるもんですか!
そう思って、彼女へ想いを寄せているらしい猿山をけしかけたのだが……
猿山は、思った以上に奥手で役に立たなかった。
つくづく島国の黄色い猿とは、使えない人種の集まりである。
「でも、でも、私……わたし、ずっと、クレイさんのこと……っ」
ミリシアは嘘泣きをしながら、次の一手を考える。
クレイはもう、ソールの元へ駆けつけてしまっただろう。
今頃は激しい口論が繰り広げられているに違いない。
ソールは馬鹿だから、もしかしたらクレイに言いくるめられてしまったかも。
いや、あの春名という子ザルに言いくるめられる率のほうが高いか。
奴が春名へ想いを寄せていると判った時には、小躍りしそうになったものだが……
こうなってくると、余計なマネをしてくれたものだと歯ぎしりしてならない。
あの馬鹿のせいで、二人の仲が接近してしまう恐るべき事態が現実になりつつある。
「あんた、そんなに好きなのか……あの馬鹿のことが」
ちらりと上目遣いにリュウを見つめるミリシア。
彼のサングラスの奥に優しい光を見つけたが、その前の暴言が許せなかった。
失礼ね、クレイは馬鹿じゃない。女の涙に惑わされる貴方よりは賢いわ。
「しかし俺が言うのもなんだが、クレイは余程のことでもなきゃー、他人にゃ心を開かない奴だぜ?諦めたほうがいいんじゃねぇか」
「余程の、ことって……たとえば……?」
涙越しに尋ねてみせれば、リュウは照れたように頭を掻いて答える。
「俺の場合は、ハグハグを繰り返して警戒を解いたりしたんだがな……まぁ、こりゃあ幼少だったからこそ出来た技ってやつなんで意味ねぇか。今からだったら、そうだなぁ。色気を隠して接するってのは、どうだ?どうもあいつ、お色気たっぷりより色気なしの女が好みのようだしなァ」
それは、春名のことを言っているのだろうか。
確かにクレイは、ヨーコよりは春名、アイザよりはミクと仲がよいように見える。
なにより、彼をよく知るリュウが言っているのだ。
全くの当てずっぽうでもあるまい。
涙を拭い、目を赤く泣きはらしたまま、ミリシアは笑顔を作った。
「……ありがとうございます」
その頭をポン、と優しく叩かれる。
「がんばりな」
同情でも憐憫でもなく、彼の口から出たのは暖かい心のこもった励ましであった。

リュウが完全に出ていってから、ミリシアはハンカチで己の頭を払う。
まるで汚いものが頭に止まったとでもいうように。
彼女は壁に掛かった時計を見上げた。
「まだ早いですね。ソールとクレイが話し終えるまで、あと十分は待たないと」


クレイが春名の姿を求めて駆けつけた時には、二人は言い合いの真っ最中であった。
いつもとは違う春名の口調に、入る直前でクレイは足を止める。
「クレイが出来損ないって、どういう意味?」
声を荒げて睨みつけてくる彼女に、肩を竦めて答えるソール。
「出来損ないですよ。髪の色からして失敗しているではないですか。人間だというのなら何故、青なんです?金、銀、黒……作ろうと思えば、そちらのほうが作りやすいはずなのに、わざと髪の色を違える……つまり博士が作ろうとしていたのは、始めから人間ではなかったんですよ」
クレイの髪の色。それは春名も、前から気になっていた。
Q博士は彼を人間だと公言していたけれど、それならば何故黒や金色にしなかったのか?
赤や栗色ならまだしも、よりによって青だなんて。嫌でも特別視してしまうではないか。
彼を特別扱いしたいから……というソールの意見は、あながち的外れではなさそうだ。
しかし、だからといって、それが何故出来損ないに繋がるというのか。
それを問うと、ソールはまたも肩を竦める真似をした。
「地球に住んでいるのは、人間と動物ですよ。ならば、それを守るのも人間と動物に任された使命ではないでしょうか?」
かと思えば、きりっと真顔に戻って春名を見据えた。
「はっきり言いましょう。人類の全てが思っているはずです。人間外生物に命を救われたところで全然嬉しくない、と。これは人類の戦いなんです。人類の手で勝利しないと」
強い語気に押されながらも、春名は反論に出る。
「そ、そんなの……ソールくんが勝手に思ってるだけじゃないの?少なくとも私は、皆のために戦ってくれる人を拒んだりできないよ」
ふ、と表情を和らげ、ソールが彼女の肩を抱き寄せた。耳元で囁く。
「春名さん、貴女は優しいから……ですが、他の人達は貴女ほど優しくない。髪の色が違うというだけで異端扱いし、能力が劣るというだけで邪魔扱いする。だから人間の文化基準でいうなれば、奴は出来損ない。そういうことです」
「そんなの」
腕の中で身を固くしながら春名は呟いた。
「ひどいよ……」
「ひどい?」
「うん」
コクリと頷き、春名はソールを見上げる。
二人の目が合った。
「……ですが悲しいことに、それが世の真実なのです。何故ならば僕も人間社会から抹殺された、出来損ない扱いされた者ですから」
ソールの目からは邪気が消え、代わりに宿っているのは哀愁だ。
それに気づき、春名の双眸も自然と潤んでくる。
この感情は同情?それとも――哀れみ?
「ソールくん、あなた……クレイのこと、」
「奴も僕も同じ境遇のはずなのに……どうして、僕だけが」
「ソールくん、そんなことない!ソールくんだって、ちゃんとオペレーターに選ばれたじゃないっ」
悩むソールの腕を掴む春名、そんな彼女を苦悩の瞳で見つめ返すソール。
「ですが、なったところで誰も認めてくれないのでは同じじゃありませんか」
「誰も認めてなくなんか、ない!だって、私は認めてるものっ」
怒鳴る春名に、ソールがハッとする。
「春名さん……」
呟く声が震えた。
「ソールくんは、戦艦をちゃんと動かしてたじゃない!」
「……春名さんッ!」
感極まったソールが、震える手で彼女を力強く抱きしめる。
――といった場面まで見て、クレイはやっと行動に出た。
これ以上、ソールの企てた茶番劇につきあう必要もあるまい。
一人でコクリと頷くと、クレイは給湯室へ足を踏み入れた。

ハッとした二つの視線が、クレイに一点集中する。
ソールに抱きしめられた春名は、すぐにクレイから視線を外す。
「何しにきた!?」
叫ぶソールを無視して、クレイは春名へ話しかけた。
『春名。ずいぶんと探した。話がある、きてくれないか?』
それには答えてもらえず、彼女から逆に聞き返される。
「……クレイは、その……自分のこと。特別だと考えたことは、ある?」
先ほどの話と繋がっているのであろうとは、すぐに察した。
特別な人間と、そうでない人間の話。
優秀な人材と、出来損ない。
人が多く集まれば差別が生まれるのは仕方ないことだと、博士も言っていた。
『特別だと考えた事はない』
「嘘だッ!!」
叫んだのは春名ではない。勿論、ソールだ。
彼は春名の肩を掴んだまま、クレイへ向けて憎悪を放ってきた。
「お前は自覚しているはずだ!博士自慢の産物であることをッ!!お前だけが優遇されていることを、肌で感じていないとは言わさないぞ!」
『優遇されているとは、特に感じないし思ってもいない。全てのスタッフは平等に扱われているはずだが?』
無表情なクレイと対照的に、ソールの怒りはどんどん急上昇。まさに熱暴走。
「どこが平等だ!お前は当然のようにパイロットの座に納まり、僕は基礎体力が劣るというだけでオペレーターという名の雑用係だぞ!?作られた能力を与えられたくせに、どこが優遇されていないというんだ!」
言うことが、だんだん言いがかりに近くなってきた。要は妬んでいるのだ。
だが出生に関していうなら、ソールとクレイは似たもの同士のはずである。
同じ、博士という特別な存在の元で育てられた人間――
出発点が同じなのに最終点が違うのは、途中経過が違うからだ。
だからといってソールに努力が足りなかった、とは言わない。
恐らく彼には、努力しようにも土台が備わっていなかっただろうから。
自分ではどうにもできない、絶対的な体の弱さ。
人は生まれた時から、差別される要因を含んでいる。
『そうだな。確かに環境と肉体能力には恵まれていたかもしれない。だが、それが何だ?』
聞き返され「何だ、って何がだ!」と動揺するソールに、もう一度尋ねた。
『他人と自分を比べて、それが何になる?それぞれに与えられた立場を全うする。それで充分だと思うが』
「綺麗事だ!!」
話にもならないとばかりに、台を手荒く叩く。
思いがけぬ音の大きさに、ひゃっと春名が身を竦めた。
その彼女を、さらに力を込めて抱き寄せると、ソールは言い放った。
「貴様と僕の立場は同じはず!共に博士から期待を受け、生まれてきた存在だ!なのに貴様は優遇され、僕は虐待されるッ!おまけに僕は雑用に落とされたのに、貴様はパイロットで特別扱い!その上、恋人まで作るなんて、絶対に許せない!!」
『恋人?』
「恋人、って、誰のこと?」
二人同時にハモられ、ソールの頬にカァッと血が上る。
「今さらとぼけるつもりか!?じゃあ、改めて聞くが、彼女はお前にとって何なんだ!――いや、」
語気を少し緩め、視線をクレイから春名へ移すと、ソールは穏やかに言い直した。
「春名さんにお聞きしましょう。彼と貴女は、どういう関係なんですか?」
「どう……って」
ちら、とソールの腕の中からクレイを見上げ、どもった後。ぽそりと答える。
「……仲間、だよ?」
「仲間なのは判っています。僕と彼も仲間ですからね」
既に落ち着きを取り戻したソールは髪をかきあげ、重ねて問いた。
「仲間でも友好関係のある人とない人はいるでしょう?彼は貴女から見て、どのポジションにあたる人なんですか?友達ですか?それとも恋人ですか?家族、という位置もありますがね」
ここまでしつこく追求されたのは、初めてかもしれない。
今までは一方的に、恋人だと決めつけられるパターンばかりだったから。
改めて考えてみると、クレイと春名の関係って一体何なんだろう?
仲間なのは当然だ。こうして同じ志を持つ者達で宇宙に上がった以上は。
だが、家族ではない。血のつながりがない。
じゃあ、恋人?というのも、少し違うような。
世間一般でいうところの恋人ほど、二人の仲は近くないような気がするのだ。
まぁ、恋人の定義などというものが世間一般にあるのかどうかは知らないが……
頭の中で消去法をしてみた後、春名は答えた。

「………………友達?」

途端にソールの顔はパッと輝き、勝ち誇った表情でクレイを見た。
それは睨みつけるといった刺々しいものではなく、悠然と見下す視線であった。
「春名さんにとって、彼は数多くいる男友達の一人でしかないのですか。それならば、貴女は今、フリーというわけですから……僕が貴女を口説いたとしても、何の問題もないわけですね」
「えっ……」
ぽぉっと赤くなる春名を見て、クレイは衝撃を受ける。
先ほど友達だと断言されたことよりも、ショックであった。
ソールに口説き宣言を受けて赤くなるなんて。
春名は、ソールのことを嫌がっていたんじゃなかったのか?
ソールの恋人になるのは、嫌なんじゃなかったのか……?
呆然と佇むクレイに、ソールの刺々しい言葉が突き刺さる。
「さぁ、ここからは僕と春名さんの恋愛タイムです。貴方は邪魔だから、どこかへ行ってて下さいませんかねぇ」
「そ、ソールくん!そんな言い方ってないよっ」
腕の中から何とか逃れようと暴れるが、春名は逆に押さえ込まれる。
壁際に押しつけられ、顎をすくいあげられた。
目の前に彼の顔が迫る。
遠目に見た時は怖かったけれど、今、こうして間近に見てみると、赤い瞳は思ったよりも怖くなく、綺麗にさえ見えた。
「はぅ……」
思わず溜息が漏れて、ソールに苦笑される。
「春名さん……僕を怖いと思っていませんか?僕の、この赤い目が」
「こ、こわくないよ。ただ、その、綺麗だなって思って」
「……ありがとう。貴方は優しい人だ、本当に」
完全に二人だけの世界を作り始めている。
止めるなら、今しかない。
音量ボリュームを最大まであげて、クレイは打ち込んだ。
『春名!』
だが――
ソールには冷たい目で一瞥されただけで、春名の反応はない。
いや、ソールの背中で隠されていて、ここからでは見えない。
何事もなかったかのように、背中が痒くなるトークは再開された。
「何か外野が騒いでいますが、気にしないことにしましょう。僕の赤い目よりも、春名さん。貴女の瞳のほうが綺麗だ」
「そ、そんなこと。日本人は皆、茶色いし」
冷遇にもめげず、クレイは打ち込み続けた。
なんとかして、春名の気を引きたくて。
『春名、そいつの話をまともに受けるな!』
一度でいい。
なんでもいいから、声を聞かせて欲しい。
なんで、何も反応してくれない?
なんで……?


押し殺す嗚咽に、ハッとなって春名はソールを押しのけた。
彼の体ごしに見たものは、呆然と突っ立ったまま、ぼろぼろと涙を流すクレイの姿であった……

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