BREAK SOLE

∽51∽ 新たなる脅威


話はブレイク・ソールが宇宙へ上がるよりも、少し前になる。
リュウがKへの連絡を焦っているように、Kも彼からの連絡を焦れていた。
そこへ通信が入り、モニターに映し出されたのは谷岡の大アップ。
「なんだ、タニオカか。どうした、ヒロシマ支部を発見できたのか?」
明らかに落胆を含ませつつ応じるKへ苦笑すると、谷岡は切り出した。
『いえ。ですが、俺も遊んでいたわけじゃないですよ。奴らのうちの一人と、いつでも連絡を取れるようにしておきました』
彼が誰の事を言っているのか判らず、Kは眉を潜める。
「奴らとはアストロ・ソールのことか?」
『えぇ。アメリカに来たメンバーで、整備班の中の女性と仲良くなりましてね』
どこか得意げに谷岡が話すのを聞くところ――

アメリカにて谷岡は難民を装って、整備班の女性と接触した。
名はナクル=デルニア。黒い肌と黒い髪を持つ、黒人女性だ。
彼女は谷岡の演技を疑いもせず、甲斐甲斐しい介護を施してきた。
別れの際、やたら恥ずかしがる彼女から受け取ったものがある。
それはナクルの携帯番号であった。
向こうからこちらへかけることは出来るが、その逆は無理だと言う。
何故だと谷岡が問えば、彼女は悲しげに目を伏せて答えた。
「それが規則だから」

『宇宙についたら連絡を入れるから、と言って別れたんですよ。それで、あ、ちょっと失礼。さっそく電話がかかってきました』
「タニオカ、君はいつ携帯を買ったんだ?」
Kは尋ねたが、返事がない。
代わりに聞こえたのは、谷岡が誰かに囁く愛の言葉だけ。
ややあって、谷岡がモニターの画面に戻ってきた。
『すいませんね。彼女から連絡が入りました。今、宇宙に出たそうです』
「……それで?」
様々な疑問は残るが、彼女からの電話とやらも気になる。
Kは大人しく、まずは報告から聞くことにした。
『発信元は記録が取れませんでした。残らないように細工されているようですね。あ、それで彼女曰く、宇宙は星の海のようで、とても綺麗だそうです。こんな景色、あなたは見たことがないでしょうって自慢されちゃいましたよ』
延々とノロケられそうになり、Kは冷めた声で谷岡の報告をぶった切る。
「いや、それはどうでもいい。他には?これから何処へ向かうだとか」
『それは言ってませんでした。カマかけてみたんですがね……口が堅くて。どうも、通信は向こうで記録されているんだと思われます』
そんなのは判りきっている事だ。
Kがアストロ・ソールのリーダーでも、そうするだろう。
「タニオカ。君は恋人が出来て浮かれているんじゃないか?気を引き締めたまえ」
注意すると、やや沈黙の間を開けてから谷岡は謝ってきた。
『すみません。ですがね。一つだけ有力そうな情報を彼女は漏らしましたよ』
「ほぅ?」
なら、勿体ぶらずに全部言えというんだ。少し苛つきながらKは先を促した。
「彼女は何と言ってきたのかね」
『地球からも君が見えるかな、って尋ねたら、それは無理でしょうって。なんでってさらに俺が尋ねたら、ブレイク・ソールはシールドを張っているから宇宙からも宇宙人からも、地球からも姿は見えないんだと笑われましたよ』
「シールド?」
ステルス機能のことを言っているのであろうか。
それならそれで、シールドとは呼ばないような気もする。
「彼女はシールドと言っていたのか?」
谷岡は即答した。
『はい』
「ステルスではなくて?」
さらに尋ね返すKへは否定で返す。
『いえ、シールドだと言ってました。……それが、何か?』
谷岡までもが言い切るからには、ステルスではなくシールドで正しいのだ。
だが宇宙人にも宇宙でも見えない宇宙戦艦など、地球人に作れるのか?
一体、どういう原理なのか。そして、エネルギー源は何だ。
Kの知りうる限りでは、そのような技術が地球上にあるとは考えがたい。
こういう時こそリュウと連絡が取れるならば、疑問は一発で解決するのだが……
「判った、ありがとう。引き続き彼女の通信が来たら、報告を入れてくれ」
謎は謎のままだが、ひとまず谷岡との通信を打ち切ることにした。
というのも、オペレーターが目でKへ合図を入れていたからである。
宇宙人から定時連絡が入っていますよ、という合図を。
『了解です』
上機嫌の谷岡が消えたと思うと、今度はモニターに宇宙人の大アップが映し出される。
通信を入れてきたのは今までの宇宙人とは違い、白くブヨブヨとした肉体を持つ奴だ。
「ツインか。例の約束を飲む気になってくれたのか?」
どことなく威圧的なKに対し、気分を害するでもなく宇宙人は頷いた。
『もちろんだ。その代わり移住の件は――』
「判っている。奴らを滅ぼしたら、地球など好きに使えばいい」
『感謝する。今から、そちらへ機体を三つ、転送する。場所の確保を宜しく』
「了解だ。こちらこそ感謝する。いつまでも友好でありたいものだな」
互いにモニターの向こうで頷きあい、通信は切れた。
立ち上がり、Kはマントを翻す。皆が注目する中、勢いよく指示を出した。
「戦闘機が届き次第、出撃を開始する!頼るだけの戦闘は昨日で終わりだ。今日からは、我々の手で直接アストロ・ソールを叩き潰す!!」
歓声、鬨の声が上がる中、彼は窓の外を見た。
見ていろ、アストロ・ソール――あの、石頭の偽善者ども!
僕は貴様らを必ず見つけ、そして、完膚無きまで叩き潰してやるからな。


――敵が近づいてくる!
そう、ヨーコからの通信を受け取った大型戦艦ブレイク・ソールであるが、レーダーには反応一つ見あたらない。
「はぁ?敵機奇襲?何言ってんだよ、ヨーコの奴ゥ。頭おかしくなったのかぁ?」
ぼやくカリヤの後頭部へ、何かがごつんと飛んでくる。
「あだッ!」
怒りで振り向けば、青筋を立てたドリクと目があって、カリヤは肩を竦ませた。
「へいへい、艦長は怖いねぇ。判りましたよ、探しますよ」
昨日一昨日まで同じ立場でいた奴が、今日からは艦長という立場にいる。
何となく実感は沸かないが、そういうことに決まった以上は従うしかない。
後で噂を聞いたところ、ドリクソンはアイザの恋人だというではないか。
それを聞いた途端、成程ね、とカリヤは妙に納得したものである。
アイザ博士は、Q博士やR博士の次に偉い立場にある女性だ。
その彼女の恋人なら、艦長に選ばれたとしても不思議じゃない。
博士達の言うような率先力が、彼にあるかどうかが疑わしかったとしても。
まぁ本当の処は誰も知らないし、実際の理由は、そうじゃないのかもしれない。
いずれにせよ、カリヤのような俗物には、そう考えたほうが気楽であった。
「探知防御シールドは、こちらの十八番ですのに。悔しいですわ、敵の戦艦も同じ機能を持っているなんて!」
背後で可愛い声が、ぶつぶつ呟いている。あれはミクだ。
オペレーター席に座るツインテールの少女は、悔しそうに唇を噛んだ。
「仕方がありません。元々、地球外生物の技術を参考にしたものですから」
コンソール球へ両手をかざしながら、ミグが妹を宥める。
運転の片手間に雑談とは結構な余裕じゃないか。
反対側に座るミカは額に汗を浮かべ、コントロールに手一杯で雑談する余裕もない。
合体後のブレイク・ソールは、三つのブースに分かれている。
この司令ブースに乗り込んでいるオペレーターは、エクストラ三姉妹だけだ。
残りのオペレーター、ソラとソールは生活ブース。
ティカとデトラは発着ブースで、それぞれのコンソールを操っていた。
各位にコンソールがあるというのは、分離しても戦える構造ということだ。
巨大な艦は巨大になればなるほど、小回りが効かなくなる。
護衛機の防壁を越えられた場合、敵に立ち向かうための設計であった。
願わくば、そのような事態になど、なって欲しくないものだが。


間に合わない――
背中を悪寒が走り抜け、ヨーコはCソルとAソルへも通信を入れた。
「お兄ちゃん、ミリシア!敵機が近づいてきてるわ、戦闘態勢に入って!!」
すぐさま返答を寄越したのは、クレイ。
『了解』
短く答え、Aソルは巨大な剣を背中から引き抜く。
宇宙では、お得意の火炎放射も使えない。
替わって新たに装着されたAソル専用の武器が、剣であった。
以前ピートが装備して、使いこなせなかった剣でもあるのは公然の秘密だ。
一方Cソルは、遠慮がちにミリシアが尋ね返してくる。
『あの……敵機って、どこにですか?レーダーには何も映っておりませんけれど』
「映って無くても!あたしには判るの、すごい勢いで来てるんだから、こっちにッ」
ヨーコはヒステリックに騒いだが、なおもミリシアは躊躇している。
『でも……』
これは普通の人なら当然の反応だ。
レーダーに映らないのに敵が来ると言われても、信じられるわけがない。
人は他人の勘よりも、とかく目に見える機械のほうを信用しがちなものである。
悩むミリシアの態度でヨーコの癇癪が爆発する前に、クレイが断言する。
『ヨーコの勘は良く当たる。ミリシア、ヨーコを信じて欲しい』
この時ほど、ヨーコにとってクレイが男前に感じた事はない。
いつも男前だけど、クレイお兄ちゃんは!
「お兄ちゃん!だからお兄ちゃん、大好きよっ」
通信機へ向かって愛を飛ばすと、ヨーコのBソルも身構えた。
「来たわ!――戦艦、生活ブースの真横に接近中!!」
『了解!』
『え……えっ?』
Cソルは激しく出遅れ、Aソルが剣を構えたまま宇宙を駆ける。
BソルもAソルの後を追いかけ、戦艦の真横へと移動した。

「反応、出ました!!」
生活ブースにてソラが叫んだのは、ヨーコが通信を入れてから数十秒後。
続いてモニターに大きく映し出されたのは――巨大な戦闘機。
大きさは護衛機ソルと同等だろうか。全身真っ黒なのが不気味さ二倍だ。
長く黒い足が四本伸びていて、中央には頭らしきものが乗っかっている。
いずれにしても今までに見てきた宇宙人の機体とは、大きく異なった。
今までの宇宙船が二足歩行主体であったのに比べ、四足歩行とは。
本来は地上を動き回るよう設計されているのかもしれない。
「何あれ、蜘蛛みたい!キモッ!」
秋子が叫び、春名も驚愕に目を見張る。
「向こうも対センサーシールドを張ってきましたか。小癪な真似を」とは、ソール。
彼だけは奇妙なほど落ち着いていた。
「ヨーコの勘が当たりましたね。僕の思ったとおりです」
そう言って、窓の外を一瞥する。すぐに赤と青の護衛機が向こう側に現れた。
「おい!この戦艦、武器はついてるんだよな?ぶっ放せ、今すぐに!!」
喚く猿山を「無理です、こう近くては!」とソラが制し、ソールは肩を竦める。
「やれやれ……何のために護衛機がいると思っているのです?僕たちを守るために、彼らはパイロットをやっているのですよ。少しは彼らを信頼してあげてください。そうですよね、春名さん?」
皮肉たっぷりに鼻で笑われたのも癪なら、相づちを春名へ求めるのも気にくわない。
怒りで顔を真っ赤にした猿山が何か怒鳴りかけるが、声は途中で悲鳴に変わった。
艦が大きく横に揺れたのだ。
「きゃあ!」
頭上の計器が爆発し、春名も頭を抱える。
「危ない、ハルナさん!こちらへ集まって下さいッ」
ソラに腕を引かれて、よろめく春名を秋子が抱きかかえ、受け止める。
「大丈夫、春名!?怪我はないっ?」
「う、うん」
チッと舌打ちが聞こえ、春名はソールを見た。
彼は額を押さえ、窓の外を睨んでいる。いや、正確にはAソルを睨んでいた。
「被弾したようです。まったく……護衛も満足に出来ないのか、あの出来損ないめ」
出来損ない?
って、もしかして、クレイのことを言っているの?
しかし聞き返す余裕もなく、再び艦が大揺れして、皆は無様に転げまくった。
たった一人、コンソールに両手をあてたソールを残して。

『戦艦腹部に被弾!大丈夫、ダメージは軽微みたいッ』
ヨーコの通信を聞き、クレイは舌打ちする。
一発も当てさせないつもりでいたのに、初戦からヘマをしてしまった。
一発二発当たったって戦艦は持ちこたえられるだろう。
その程度で沈むほど、やわな設計で造られてはいない。
問題があるとすれば、中に乗っている人間が転んで怪我をする心配ぐらいか。
生活ブースには春名が乗り込んでいたはずだ。春名が怪我をしなければよいが。
「ヨーコ、ミリシア、連携をかける。俺が先に出る、ヨーコは援護を頼む」
『判ったわ!』
「ミリシアは待機。艦から離れるな」
『……了解です』
命じるが早いか、Aソルは黒い機体へ斬りかかる。
寸でのところで避けられるが、時間差攻撃でBソルの放った弾が被弾した。
Bソルの銃は連射こそ出来ないものの、唯一の火薬武器であり、威力は剣より大きい。
ただし反動と照準併せが最大のネックで、援護支援であるBソル専用武器となった。
ミリシアは戦艦横に張りついて様子を伺う。
交戦する三体を油断無く眺めながら、低く構え、照準を黒い機体へ併せる。
Cソルの両肩には、槍を射出する装置が組み込まれていた。
Bソルの銃と違って、こちらは連射も可能となっていた。あくまでも、設計上では。
待機しろと言われたが、不利になったら即攻撃できるよう、彼女は万全の体制を整えた。

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