BREAK SOLE

∽49∽ 最後の選択


護衛機ソルが宇宙人との戦いで三機とも大破してから、約一ヶ月が過ぎた。
戦艦製造はちゃくちゃくと作業が進み、各パイロット達の連携訓練も問題なく。
大破したAソルもBソルも、そしてCソルもが、修理完了となりつつあった。
だが、依然としてピート=クロニクルの行方は不明のままだった。
本部でも全力で捜索中とのことだが、彼と兄のトールは捜査網に引っかからないらしい。
Cソルのパイロットはピートではなくミリシア。
本部でも、広島支部でも、そのような空気が暗黙のうちに漂い始めている。
このままでは、たとえ見つかったとしても、ピートの居場所はなくなるだろう。
ミリシアに不安を感じている者達は、一日でも早く彼が戻ってくることを祈っていた。
しかし――
月日は、彼を待ってくれない。
大型戦艦ブレイク・ソールの完成を間近に控えた、ある晩のこと。
Q博士による召集命令で、基地内にいる全ての者達が製造ブースへ集められた。

集められて数分が過ぎてくると、整列していた面々にも乱れが見られ始める。
「最近、全員ミーティング多くね?」とぼやいているのは、猿山だ。
「それだけ」と、晃は周囲を油断なく見渡しながら応える。
「戦艦の完成が近づいてるってことだろ。話し合うことも多くなってくるさ」
「話し合いっつったって」
猿山の隣で有樹も、ぶぅたれた。
「ここんとこ、毎回博士が一方的にしゃべって終わるだけじゃん」
それに俺達の今後もまだ決まってないみたいだしさ、と言って口を尖らせる。
そうなのだ。
恐らくは助スタッフ全員が気にかかっている。
戦艦製造が無事終了した後、彼らの待遇は一体どうなるのか?
希望から言えば、戦艦に乗って一緒に宇宙へ行きたい。
結末がどうなるのか知りたいし、組織の皆とは同じ釜の飯を食った仲だ。
ここでサヨナラなんて、あまりにも尻切れすぎて後味が悪いというもの。
だが宇宙へあがるというのは、地球としばし別れるということでもある。
ぼけた婆さんを施設へ入れた春名以外は、帰りを心配して待っている家族がいる。
家族を置いて宇宙へあがるか、それとも、ここでサヨナラするか……
究極の二択であった。
そして、その件に関して未だに正式発表がないというのも不満の一つだ。
この一ヶ月間、博士と話す機会など、ほとんどなかった。
いつも博士同士で話をしていて、とても入り込めるような雰囲気ではなかったのだ。
かといってスタッフに尋ねたところで、明確な答えが返ってくるでもなし。
有樹達がブーブー文句を言う気持ちも判らないではない。
いや、スタッフ達にしても同じ不安を抱えていたようだ。
全員が宇宙へあがれるのか、それとも選ばれた者しかあがれないのか――
そういった個々の不安や不満を胸に、全体ミーティングは始まった。

『諸君らも知っての通り、明後日で戦艦製造は完成を迎える』
Q博士の声がスピーカーに乗って、全体へ響き渡る。
『戦艦は水中を通して本部へ送り、そこで打ち上げ作業を開始する。各護衛機も同様じゃな。Cソルだけは先に本部で待機しておるが』
なんと、打ち上げ基地はアメリカではなく本部のある場所だという。
自分の予想が外れると同時に、晃は本部が何処なのか非常に興味を持った。
『それから宇宙へ行った先の、当面の行動だが……まずは廃棄された衛星を調査し、そこに住まう者達を燻り出す。害がなければ、そのまま放置。宇宙人と関わりがあるようなら戦闘も、やむを得まい』
穏やかな顔とは裏腹に、なにやら物騒なことを言っている。
だが三ヶ月近くもつきあっていれば、Q博士の性格も大体は理解できよう。
彼は穏やかなふりをした古狸なのである。見かけに騙されてはいけない。
『また、全員が宇宙へあがっては、帰還する際に不都合もでよう。従って本部スタッフと合流後、地球へ残るメンバーと宇宙へあがるメンバー。この二つを選出したいと思う』
途端、ブース内がざわめきに包まれる。
ざわざわと騒がしい中、Q博士は取ってつけたように呟いた。
『なお、パイロットは全員強制で宇宙へあげる。ま、当たり前じゃな』
「キター!ついに来たぜ、猿山ッ」
「あぁ、ここで希望を聞こうってワケだよな」
横では有樹と猿山が盛り上がっていたが、晃の胸には一抹の不安がよぎる。
博士は「選出したいと思う」と言った。
捉えようによっては、博士達が勝手に選んでしまうようにも聞こえるではないか。
僕たちの希望は、果たして聞き届けてもらえるんだろうか?
『打ち上げは護衛機が先じゃ。戦艦各部パーツにはスタッフを乗せた上で、番号の若い順から打ち上げを開始する』
といった手順をQ博士は延々と説明し、最後にこう締めくくった。
『皆、長い間、本当にご苦労じゃった。だが、我々の戦いはここで終わるわけではない。むしろ、ここからが本当の戦いじゃ。最後まで、気を抜かんようにな』
ブース内は割れんばかりの拍手に包まれ、全体ミーティングもお開きとなった。


ミーティングが終わっても、子供達の熱は冷めやらず。
食堂へ戻って昼食の支度をする合間、雲母が春名へ興奮した調子で尋ねてきた。
「本部って、どこにあるんだろ?どういう処なんだろうね、ねっ?」
尋ねられた春名はというと、どことなくぼんやりしていて上の空。
あまりにボ〜ッとしていたもんだから、うっかり包丁で指を切ってしまった。
「あ、いたッ」
「だ、大豪寺さん大丈夫?バンソーコ持ってきてあげるっ」
慌てて雲母は厨房を出ていき、彼女の代わりに瞳が駆け寄ってきた。
「大丈夫?ぼんやりしながら皮剥くなんて、春名らしくないよ」
「うん……ごめん」と答えながら、なおも春名は浮かない顔をしている。
ぼんやりの原因は朝のミーティングにあると、瞳はピンときた。
いや、瞳でなくたって、それぐらいはピンとくる。
宇宙へあがる組と、地上に残る組。
誰もが、その話題で浮き足たっていた。
助スタッフは地上へ残されるんじゃないだろうか。瞳には、そんな気がしてならない。
春名も多分、同じ予感を抱いて不安になっているのだ。
だから彼女を安心させようと、瞳は微笑んで言った。
「宇宙、行けるといいね」
春名は俯いてしまって返事がない。じっと、切った指先を見つめていた。
もう一度慰めようと瞳が言葉を探しているうちに、春名が口を開く。
「瞳は宇宙、行きたいの?」
「えっ?」
顔をあげた春名は困惑の色を表情に浮かべていて、瞳までもが混乱する。
今のは、どういう意味?春名はクレイと一緒に宇宙へ行きたいんじゃないの?
「大豪寺さーん!バンソーコ、持ってきたよぉ〜!」
パタパタと走って戻ってきたのは雲母だ。手にはバンソーコを持って、息せき切って。
お互い泣きそうな顔で見つめ合う春名と瞳の様子に気づいて、きょとんとした。
「ハレ?どうしたの、二人とも。深刻な顔しちゃって」

テーブルを拭いていた有吉の手が止まり、彼女は声をかけてきた人物へ向き直った。
「戦いに参加するのは怖くないかって?そりゃ、結論から言えば怖いわね。でも」
「……でも?」と尋ね返す倖へ、髪をかき上げて有吉が答える。
「戦艦製造を手伝うって決めたときから、戦いへの参加も認めていたもの。だから私は宇宙へあがる組を希望するわ。空を見て、いつ空襲が来るかとビクビク怯えながら暮らすのは、もうまっぴら」
「スーちゃんは……強いよ、ね」
そう言って、倖は項垂れる。
彼女は戦いが怖かった。
クレイが宇宙人に脇腹を撃たれて戻ってきたときも。
ソルが三体とも破壊されたというニュースを聞いたときも。
怖くて怖くて、たまらなかった。ここから逃げだそう、そう何度も考えた。
馬鹿な話。
ここから逃げたって、何も変わりはしないのに。
それでも、ここを離れれば元の日常に戻れる。倖は時々、そう思うことが多くなっていた。
はっきり言うと、決心が揺らいでいたのである。
宇宙人と戦うという決心が。戦いというものを間近で見た恐怖のせいだ。
――地上へ残りたい。
残って、皆の帰りを待つ。そのほうがきっと、嫌な思いも怖い思いもしないで済む……
倖は有吉には聞こえないよう、小さく溜息をついた。


倖のように臆病な人間は、アストロ・ソールでは極少数派だろう。
助スタッフばかりではない。正規スタッフも、大半が宇宙入りを願っていた。
子犬を連れてヨーコの部屋を訪れた一文字刀は、さっそくの質問責めに遭う。
「宇宙へ行きたいか、ですか?そりゃ〜もちろん行きたいですよっ」
嬉々として答えるカタナの腕からラッピーを奪うと、ヨーコは鼻を鳴らす。
「あんたが来たって、何の役に立つとは思えないけど。まぁ、せいぜい薬係として、あたし達の役に立ちなさいよね」
ヨーコの腕の中で、ラッピーまでもが鼻を鳴らした。
まるで小馬鹿にしたような鳴き方に、カタナは思わず苦笑する。
確かにヨーコの言うとおり、救護班の自分が宇宙にいったって戦力にはなるまい。
だが、もし自分が博士の立場にあるならば、救護班は全員強制で宇宙にあげるだろう。
戦うだけが、戦闘機の整備をするだけが、アストロ・ソールのスタッフではない。
それに一度打ち上がってしまえば、当分地球へ帰ることもできまい。
宇宙にはアストロ・ソールの味方など、一人もいない。
パイロットの怪我や病気を治せる医者の力は、新天地には必要不可欠だ。
「航海するにあたり必要な仲間は何の職業がいいか、ご存じですか?」とカタナは聞いた。
「何よ?」
ろくに考えもせず答えるヨーコへ、片目を瞑ってみせる。
「医者とコック。長い船旅には必要な存在ですよ」

我々は、これより長い期間、星の海へと旅立つのですから――

うっとりと浪漫に馳せるカタナの気持ちを遮るように、ヨーコは吐き捨てる。
「ハン。あたしにアピールしたって仕方がないじゃない」
「ま、まぁ、それはそうなんですけど」
苦笑する彼女の鼻先に、ヨーコは子犬の片足を押しつけた。
ぷにぷにした肉球が気持ちいい。
「いいこと?」
ラッピーの影からヨーコが睨んでくる。
「医者もコックもね、大事なのは実績よ、実績!いるだけじゃ役に立たないの。あんたも役に立つって思われたかったら、向こうで実績を見せることね」
なかなかどうして、中国戦での汚名返上は難しい。
ヨーコに治療師として認めてもらうには、何としてでも宇宙へあがらないと。
カタナは一人、静かに燃えるのであった。
ただ――その為にどうすればいいのかは、全く思いつかなかったのだが。


戦艦製造作業も、いよいよ大詰めを迎え――
各部チェックを行いながら、リュウは内心舌を巻いていた。
戦艦に使われている技術。
宇宙人の技術にこそ劣るものの、なかなかどうして高度であったからだ。
中には向こうで見かけた構造もある。
何度か戦ううちに技術を盗んだか、或いは宇宙人並に頭の賢い奴が出てきたのか。
地球人でも結構やるもんじゃないか。
とっくに愛想を尽かしていたはずの相手の努力に、彼は恐れ入ったのである。
地球人とは、進歩を辞めてしまった人種だ。
そういった判断を下し、愛想を尽かして、ミスターKは宇宙人と手を結んだ。
アリアンやリュウ、谷岡も、地球にそれぞれ絶望を抱き、Kの元へ集結した人間である。
他にも理由を持ち、地球へ反旗を翻した人間は多数居る。
そういった連中がKの元へ集い、宇宙人の傘下へついた。
数をなし、やがて彼らはインフィニティ・ブラックと名乗るようになる。
無限大の闇。
広大なる宇宙になぞらえてつけた組織の名前だ。名は、Kがつけた。
Kは宇宙が好きであった。
狭苦しい地球と違い、宇宙には俗物さがないとまで言っていた。
いつか宇宙へ出ることを夢見ていたのだと、彼はリュウへ話してくれたこともある。
宇宙人と戦う地球人は馬鹿だ、とはKの口癖である。
彼らの技術は素晴らしい。
これ以上進歩しようとしない地球人は、彼らの技術を学ぶべきだ。
その為にも、このように無駄な戦いなど仕掛けてはいけなかったのだ――
リュウもまた、Kとは別の意味で地球に絶望していた一人だ。
進歩を止めた地球の技術。
宇宙船を造る。
そこまで到達しておきながら、相変わらず領土の奪い合いに忙しい各国。
彼らはリュウが少年時代、夢に描いたような宇宙の開拓には取りかかろうともしなかった。
技術はあるのに、何故、殺し合いにしか使おうとしないのか――
宇宙人の空襲が始まった時、リュウは心を決めた。
地球を裏切り、宇宙人の元へ下ろうと。
それはそうと、大型戦艦ブレイク・ソールの話に戻る。
地球上で見覚えのない技術が使われているのは、もはや間違いのない点である。
宇宙人との戦いで一番難関なのは、彼らの放つ光線だ。
ブレイク・ソールには光線の対抗策として、強力なバリアが用意されていた。
衝撃を和らげるクッションでもばらまくのだろうと予想していたが、とんでもない。
博士の説明によると、なんと熱放射で相手の攻撃を遮断するという。
熱放射如きで光線が防げると思っているのか?
いや、もしかしたらリュウの知らないエネルギー源が発見されたのかもしれない。
だが、それならそれで、今までの戦いで使っていても良さそうなものだが……
この一ヶ月の間に誰かが発見したというのだろうか。
一体、誰がバリアの設計をやったのか?
それとなくR博士やT博士へ尋ねても、曖昧に流されてしまった。
まだQ博士以外の博士からは、信用を得ていないらしい。
もう少し詳しく構造を知るためには、リュウも宇宙へあがるしかなさそうだ。
不意に背後から肩を叩かれ、リュウはびくりと身を震わせる。
できるだけ冷静を装い振り向くと、そこに立っていたのはクレイであった。
何だか、今にも泣きそうな顔をしている。彼は不安そうに眉を潜めていた。
「おぅ、どうした?クレイ」
『リュウ兄さん。話があります。俺の部屋へ来て下さい』
ここではしづらい話題なのか、手招きでエレベーターを示す。
クレイが、ここんところずっと悩んでいるというのは、リュウも知っていた。
だがブレイク・ソールの構造を探るのに忙しかったので、それを放置しておいた。
だから、今ごろになっての相談となってしまった。
忙しそうなリュウに遠慮したのだ、クレイは。
リュウは無言で頷くと、クレイの後に続いて彼の部屋へ入った。

「で、なんだ?話ってのは。不安なのか?宇宙へ行くのが。でもまぁ、オマエはパイロットだからなァ。不安でも行くしかねぇよな」
「リュウ兄さんは」
彼の軽口を遮るように、強い口調でクレイが問う。
「宇宙へ出るのが、怖くないのですか?」
「まだ、あがれるって決まったわけじゃねぇけどな」
ひねくれ口を叩くリュウを真っ向から見据え、クレイは、きっぱり言い切った。
「リュウ兄さんは宇宙へ来てもらいます。……俺の為に」
パイロットの立場からすれば、リュウには来て欲しいと考えるのが当然だ。
彼はソルの操縦席を調整している技術員なのだから。
だが俺達ではなく俺の為とは、どういうことか。
懐いてのことなのか、それとも他に理由があるのかが判らず、リュウは彼をからかった。
「おいおい。お前には春名ちゃんがいるだろうが。俺を好いてくれるのは嬉しいがな、恋人のケアも忘れちゃいかんぜ?青年。むしろ俺じゃなく、部屋に招くのは春名ちゃんだろ。こういう場合。それとも何か?春名ちゃんより俺と、あんなことやこんなことをしたいってか」

――クレイと変態ちっくに仲良くして、彼を皆から隔離する――

リュウの立てた策は、意外と早い時期で挫折に終わった。
皆からのクレイへの信頼度は、リュウが考えていたよりも強固なものであったのだ。
なので、今はすっかり諦めている。それでも時折は、こうやってからかいのネタにした。
普段なら即座に『恋人ではない』と答えるはずのクレイは、軽口に乗らず、淡々と答える。
「リュウ兄さんは自分で自分の身を守れる人だから、一緒に来ても問題ありません。ですが……春名は、自分で自分の身を守ることができません」
彼の顔には暗い影が落ち、声も次第に心細いものとなってゆく。
「俺は春名をつれていきたい。だが春名は、非戦闘員なんです。リュウ兄さんは、戦えない相手を宇宙へつれていきたいと思いますか?」
ははァんとリュウは自分の顎を撫でた。
クレイが何を思い悩んでいるのか、大体の見当がついたからである。
回りくどい言い方で判りづらいが、簡単に言えば恋の相談だ。

愛する人と離ればなれになるのは、嫌だ。
だが愛する人には戦える力がない。
戦艦に乗り込んで行動する以上、彼女が攻撃されないという保証もない。
自分が側に居ない時、戦艦が危機に陥ったら、彼女を待つのは死のみだ。
彼女のことを本当に思うのなら、地上へ残すのがベストなのだろう。だが――

「春名がいないのは寂しい。ですが、俺は春名に死んでほしくもないんです。だから……春名の代わりに、リュウ兄さん。貴方は俺の側へいてほしいのです。側にいて、俺を支えて下さい」
真摯に見つめられ、だがリュウは即答して横を向いた。
「お断りだね」
「兄さん!」
取りすがるクレイの腕を邪険に振り払い、リュウは彼を睨みつける。
「俺は春名ちゃんの代わりにゃ、なれねーぜ?パイロットとしてのお前をサポートすることは出来てもな。それに……誰かの、代わりだと?お前、俺を馬鹿にしてんのか」
胸ぐらを掴み上げると、困惑のクレイは下を向いてしまった。
何故リュウが怒っているのか、それすらも判らないのだろう。
「俺は俺として、お前を支えててやるよ。誰かの代わりじゃなくてな。それとも何か?春名ちゃんのことは大事でも、俺のことは身代わり程度にしか」
「違います!」
即答し、クレイは顔をあげると。少し照れたように、また俯いてしまった。
「……俺もリュウ兄さんのことが好きです。だから宇宙へ来て欲しいと願いました。春名の代わりではなく、一緒に来て下さい」
「俺もって、なんだよ俺もって。俺がお前を好きみたいじゃねぇか?」
ぐしゃぐしゃっとクレイの髪を掻き回すと、リュウはニヤリと微笑む。
ぽかんとするクレイを抱き寄せ、耳元で囁いてやった。
「ま、だからって嫌いなわけでもないんだがよ。よし、そういうことなら話は早ェ。お前からの推薦で博士達に話を通しといてくれや」
するとクレイ、きょとんとした顔のまま、リュウへオウム返しに応えた。
「推薦、ですか?」
「おぉよ、推薦だとも。俺ァ何としてでも宇宙へあがりたいんだからな!」
「それなら最終ミーティングで博士に、そう報告してください」
「……何?」
なんとなく噛み合っていない会話に一拍おいてからリュウが聞き返すと、クレイは乱れた髪を手で綺麗に整えてから、嬉しそうに頷いた。
「最終ミーティングでQ博士が各位に質問をします。宇宙へあがるか地上へ残るかの選択は、本人の希望を優先するそうです」


最後のミーティングは、Q博士との面談で締めくくられる。
当人の希望を聞いた上で、二組のメンバーが選考されるのだそうだ。
必ずしも、希望通りになるわけではない。
待望の発表は、今夜十時の館内放送で行われるという。
全ての者が面談を終え、今か今かと発表を待ち続けていた。

そして時計の針が十時を刺すと同時に、館内放送が流れ出し――


助スタッフは、ちょうど半々に分けられてしまった。
宇宙へ行くのは秋生・有吉・優・猿山・春名・有樹・美恵・笹本・瞳・秋子の十名。
残り十名は地上に残る。
「元気でね?絶対、必ず、元気で戻ってきてね?約束だよっ!」
今生の別れとでもいうように、雲母は何度も繰り返して猿山の手を取った。
ぎゅっと熱く握られた手を握り返し、猿山は笑って応える。
「判ってるって、俺がそう簡単に死ぬようなタマかよ」
「何言ってんの。宇宙じゃ何があるのか判んないんだからね?あんたみたいな無鉄砲な奴、一番死にそうだから心配してんじゃん」
横から秋子に突っ込まれ、一同が、どっと笑う。
笑いと涙に包まれる中、倖も涙で目を潤ませていた。
猿山が宇宙を希望するのは、ずっと前から判っていたことだ。
春名が宇宙へあがりたいと願えば、彼女を追って猿山も行くであろうと。
そう、予想できていたはずなのに……
「この中には、希望と違った人もいるんじゃない?」
有吉に尋ねられ、おずおずと手を挙げたのは笹本と吉田。
「僕は宇宙入りを希望したんだがねぇ。どうして地上に残されるのやら」
難しい顔で吉田が言うのへ「俺は、その逆」と、笹本。
鈴木の顔をちらりと見てから「残りたかったのに、宇宙へ行くなんて」と呟いた。
「案外、あんたの本性を見抜いてるのかもよ?」
秋子にからかわれ、彼はぷぅっとふくれる。
「本性って何だよ」
秋子の代わりに答えたのは、親友の鈴木であった。
「普段は臆病なフリしてるくせして、キレると怖いとこだろ」
「あんた達、こんなトコにいたの」
声がして皆が振り向くと、ヨーコが仁王立ちしていた。
「ヨーコ、あんたは強制でしょ。いいなぁ」
羨む恵子をジト目で睨み、すぐさまヨーコは気持ちを切り替える。
伝えるべき内容があったのだ。博士からの伝言だ。
「えっとね。地上に残る奴らに伝言よ、R博士から」
ヨーコの伝えた内容とは、以下のようなものであった。

地上に残る助スタッフの、スタッフ権限を解雇する。
彼らは、速やかに家族の元へ送還されることが決まった。
なお、以降はアストロ・ソールのことを他言しても構わないとする。
我々は既に、世界一般へ向けて戦艦の完成を公表した。

これ以上秘密にしている必要もなくなったので、話してもいいということか。
だが、それよりも何よりも、家に帰されるという内容に皆は愕然とする。
「俺達は用済みって事かよ!」
騒ぐ清水を、あっさりヨーコは切り捨てた。
「ま、そういうことね」
容赦のない物言いに、苦笑しながら真喜子は会釈する。
「判りましたわ。短い間でしたが、お世話になりました」
「有田!納得しちゃうのか、ここで!?」
「ですが」
不満顔の皆を見渡して、お嬢様は、おっとりと言う。
「ここで問答したところで決定は変わらないでしょう。それに私達は家族へ嘘を申して、ここへ加わったのです。家族を、そろそろ安心させてあげませんと」
それぞれの脳裏に家族の顔が浮かび、皆はシュンとなる。
合間をみて、ヨーコがくちを挟んできた。
「あんた達が納得しようがしまいが、Q博士の決定は絶対なの。判ったら強制送還組は部屋に戻って、とっとと荷物整理しなさいよね!」

こうして。
最後の最後まで波乱を含みつつ、アストロ・ソールの宇宙出発組は広島を後にした。

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