BREAK SOLE

∽48∽ 大型戦艦ブレイク・ソール


戦艦と聞いて誰もが真っ先に思い浮かべるであろう姿は、大きな船。
だから大型戦艦ブレイク・ソールも、大きな船の姿なのだと助スタッフは考えていた。
だが――

完成が近づくにつれ、その考えは間違っていたと知らされる。
ブレイク・ソールは戦艦の姿をしていなかった。
そう。少なくとも、この地上においては。


食堂の厨房では、晃が珍しく熱弁をふるっている。
もちろん皆の朝食を作る片手間に、だ。
整備スタッフから聞き出した情報を教えると、他の皆は感心するやら驚くやら。
「へぇ、じゃあ宇宙に飛び出すときはバラバラで行くのね?」
春名の問いにフライパンに油を敷きながら、晃は答えた。
「バラバラっていうか、各パーツを打ち上げるんだ。で、宇宙で合体して戦艦になる、と」
「ふぅん。合体ロボットみたいなもんか?」と、相づちを打ったのは清水。
そういったアニメや漫画を見ていない春名は、きょとんとしている。
「らしいね」と、晃。
アニメや漫画を見ていなくても、彼は知識としてご存じのようだ。
先ほどから生活班の面々が話題にしているのは、大型戦艦ブレイク・ソール。
いよいよ完成間近だというので、今や基地内どこにいても話のネタとなっていた。
「宇宙には全員で行くのかな?」
春名が、またも晃へ話を振ったとき――
バタバタと忙しない足音を立てて、クレイが食堂へ駆け込んできた。

『春名!』

大声で名前を呼ばれ、春名は剥きかけのジャガイモを置くと慌てて彼の元へ向かう。
「ど、どうしたの?クレイ。そんな慌てて」
近づくや否や、ぎゅむっと抱きしめられたもんだから、息が詰まるかと思った。
「うぉあ、お熱いねぇ〜」
厨房から顔だけ出し、清水が冷やかしの声をあげる。
すぐに「清水。覗き見なんて趣味が悪いぞ」と晃に引っ張られ、清水の顔は消えた。
「なんだよ、秋生。お前だって気になってるくせに!」
晃は涼しい顔で卵を焼きながら、清水の問いを受け流す。
「気になるって、気にしてなんかいないよ。クレイが大豪寺さんを好きってのは、皆知ってることじゃないか」
横目に清水が口を尖らせるのを見た。
つまんないやつ、そう思ってるんだろうな。
しかし実際、晃は人の恋沙汰なんぞに興味はない。
彼が目下興味津々なのは、完成を間近に控えたブレイク・ソール。それしかなかった。
分離して打ち上げるといっても、どこの打ち上げ基地を使うつもりなのか?
それと宇宙へ上がった後の補給は、どこで行うのか?
まさか闇雲に宇宙へ行こうってわけでもあるまい。補給基地の一つぐらい、ありそうだ。
一番大事なのは戦艦が完成した後、僕たちは、どうなるんだろう?
一緒に宇宙へ行けたら、最高なんだけど。
無理かな?手伝ってくれと言われたのは、製造だけだし……
「秋生。卵、コゲちゃってるぞ?」
ハッと我に返って晃はフライパンの中を見つめる。
目玉焼きは、すっかりコゲてカチカチになっていた。

クレイにしっかり抱きしめられたまま、春名は次の言葉を待っていたのだが。
いつまで経っても何も話しそうにない彼へ、ひとまず声をかけてみた。
「あ。あのね、落ち着いて、何があったのか話してくれる?」
『大丈夫だ、落ち着いている。春名に会ったら落ち着いた』
ようやく身を離したクレイは、にっこりと微笑んで春名を見つめる。
『少し気分が悪かった。だが、春名のおかげで元に戻れた』
「そ、そうなの。気分、良くなってよかったね!」
何が何だか判らないが、クレイが喜んでいるなら春名としても嬉しい。
なので、そう応えておいた。
コクリと頷き、クレイは席に腰掛ける。
朝食がビュッフェに並べられるまでには、まだ少し時間があった。
「あ、まだ準備出来てないの。七時まで待ってくれる?」
春名へは否定するでもなく頷きで返し、クレイは食堂をぐるりと見渡した。
まだ誰も来ていない。それもそのはず、時計の針は六時を指している。
今の時間、起きているのは緊急会議に参加した面子と、ここにいる生活班ぐらいか。
春名も厨房へ戻ってしまい、一人になったクレイが、ぼーっとしていると。
「すみませーんっ、ミルクもらえますかぁ〜?」
白い小さなものを抱えて、元気よく入ってくる者がいる。
腕には【救護班】の腕章。ヨーコから子犬の飼育を任されている一文字刀だ。
彼女とクレイの目がかち合い、挨拶したのはカタナの方が先であった。
「おはようございます、ブルー。今朝は早いんですね、特訓ですか?」
『いや。緊急会議があった』
短く答えるクレイの横に腰掛け、なおもカタナが尋ねてくる。
腕に抱えているのは子犬のラッピー。黒い瞳がクレイを見つめている。
「緊急会議?また、何かあったのですか。それにしては静かですが……」
それには答えず、クレイは話題を変えた。
『救護班も、もう仕事時間か』
「いえ」
何故かカタナは照れて、腕の中の子犬へ視線をやった。
「ラッピーが、あ、ラッピーというのは、この子犬の名前ですが、この子が朝、ちょっと粗相をしちゃいましてね。それで、喉が渇いたみたいなのでミルクを貰ってこようと思いまして。いつもは、こんなことないんですけど」
『緊張しているのか?』
そう尋ねたのは、もちろんカタナへではない。子犬に向かって、だ。
鼻先を指で触ってやると、ラッピーはくすぐったそうにブルブルッと首を振った。
「何かが変わりつつあるというのは、この子も感じているみたいです」
代わりにカタナが答える。
厨房から皿に入った牛乳を、恵子が運んできた。
「ミルク、どうぞ〜」
「あ、どうも。すみません」
いえいえと笑い、皿を受け取るカタナの横へ恵子もしゃがみ込む。
子犬を間近で見たくて運んできたのだろう。
ぴちゃぴちゃと猛烈な勢いでミルクを飲むラッピーを、嬉しそうに眺めている。
「……そういえば」
思い出したようにカタナが言った。
「ピートの代わりに来た補充員、ミリシアでしたっけ。彼女とはうまくやっていますか?」
一拍の間を置いて、クレイが答える。
『あぁ』
だが、ちらとカタナが横目で彼を伺うと、クレイは浮かない顔をしていた。
無表情だというのなら、いつものことなのでカタナも、それほど気にならないのだが……
明らかに「いいえ」と言った方が正しい表情を浮かべているとは、彼にしては珍しい。
「男一人になってしまいましたものね」
空気をかえようと、そんなことを言ってみたが、クレイの返事はなかった。
というか、余計に空気が重くなってしまったような気もする。
「えーっと。ピート、早く治るといいですね」
『あぁ』
今度の返事は割合早く返ってきて、カタナがオヤ?とクレイを見やると、彼は普段通りの鉄仮面に戻っていた。
不意に館内放送が鳴り響き、カタナは壁の時計を見上げた。時刻は七時を指している。
ラッピーも顔をあげて、カタナとクレイを見た。ミルクの皿は、すっかり空っぽだ。
「はい、ごちそうさま。あらら、口の周りがベショベショですねぇ」
すかさず子犬を抱きかかえ、カタナは口の周りをハンカチで拭いてやる。
「なんだか、お母さんみたいですね」
恵子にも感心され、彼女は頭をかいた。
「えぇ、すっかりお母さんの気分ですよ。もう可愛くて、可愛くて」
「この子も、宇宙へ連れて行くんですか?」
「そうできたらいいんですけどね〜」
答えながら、カタナは立ち上がる。
「それじゃ、ラッピーを部屋に戻してきます。ブルー、また後で」
コクリと頷くクレイ、「それじゃ、またー!」と恵子に見送られ、カタナは走っていった。


七時を過ぎたあたりから、食堂はにわかに混んできた。
ビュッフェに並び、ハムやらパンやらを取りながら、クレイは考え込む。
その彼の肩を、後ろからポンと叩く者が。振り向けば、そこにいたのはT博士。
博士の背後にはミグやミカの姿もあった。
「浮かない顔つきじゃのぅ。まだ、ピートが心配か?」
「ブルーがピートをそこまで心配するとは、少々意外なのです」
すかさずミカが余計な一言を付け加え、「コラッ!」とT博士に怒られる。
『ピートのことを考えていたのでは、ありません』
クレイは答え、目線でカタナを捜したが見つからず、T博士へ視線を戻す。
『母親というのは、子供を戦場にも連れて行きたがるものなのでしょうか?』
突拍子もない質問に、T博士はポカンと大口を開けた後。しばらくしてから聞き返した。
「……何の話かね?誰かが、そのような事を言っていたのか?」
誰とは答えずにクレイは再度同じ質問を繰り返す。
表情からは感情が読み取れない。彼は全くの無表情で、T博士へ尋ねてよこした。
『ブレイク・ソールは宇宙人を撲滅するために宇宙へ向かいます。その戦艦へ我が子同然な者を連れて行きたがるのは、母親の心理なのでしょうか』
「恐らく、そうしたものなのだと思います」と、答えたのはミグ。
クレイに勝るとも劣らずな無表情で、淡々と続けた。
「母親は、いつでも子供と一緒の生活を望むといいますから」
『博士。博士の見解も、ミグと同じなのですか?』
クレイに尋ねられ、頷くかと思いきや、T博士は顎へ手をやり首を振る。
「いや。親ならば、子を危険な目に遭わせようとは思わないだろう。なれば戦艦へはつれていかぬのが、本来の親たる者の心理であろうが……」
ミカが驚いたように目を見張り、T博士へ尋ねる。
「T博士は、わたし達に残れと言うのですか?」
力一杯T博士の袖を掴み、ミクは必死の思いで叫んだ。
袖を掴む腕はプルプルと震え、目元には涙が浮かんでいる。
「そんな悲しいこと、言っちゃ嫌ですぅっ。ミクを置いていかないで下さいませ!」
ミクの頭を優しく撫で、T博士はクレイを真っ向から見つめた。
「だが、儂は独身なのでな。親の気持ちは、よくわからん」
クレイはポツリと『そうですか』と一言だけ返し、席へ歩いていった。
その背を見送りながら、ミグが博士へ尋ねる。
「ブルーは何か悩み事でもあるのでしょうか?」
「親のいない男が、あのような事を尋ねるとは。誰かの雑談でも耳にしたのだろうよ」
まだしっかりと袖を掴んで放さないミクへ目をやると、もう一度優しく頭を撫でてやった。
「ミク、お前は宇宙人と戦う為に生まれたのだから、つれていくに決まっとるだろう」
そそっかしさを注意され、ミクは袖でごしごしと涙を拭った後、恥ずかしそうに微笑んだ。
「……だってT博士はミク達の親ですもの。もしかしたら、と思ったまでですわ」

クレイにT博士と同じ質問をされ、春名と秋子は顔を見合わせる。
母親の心理と言われても。
なったことがないので、よく判らない――では、クレイは納得しないだろう。
「カタナに言われたんでしょ?お兄ちゃん」
ズバッと真相をヨーコに突かれクレイが驚いていると、ヨーコは呆れたように言った。
「あいつ、ここ最近ずっとラッピーのことばっかり言っててさぁ。戦艦が完成したら、絶対つれていくって張り切ってんの。バカよね〜」
「え?じゃあヨーコ、あなたは連れていかないつもりなの?ラッピーを」
聞き返す恵子をジト目で睨み、「あったりまえでしょ」とヨーコは鼻息荒く吐き捨てる。
「死んじゃうかもしれないって場所に、連れてくわけないじゃない。可哀想でしょ!」
だが犬の贈り主、真喜子が、さらりと突っ込みを入れた。
「ですが……ここへ残されていても、危険なことには代わりないのではありませんか?」
「だよね〜。ほとんど空っぽになっちゃうわけだし!」と、優も同意。
「ねー猿山、戦艦の完成度って、あとどれくらいなの?」
瞳に尋ねられ、口いっぱいパンを頬張っていた猿山はコーヒーで流し込むと答えた。
「んーと。細部の調整とコンソールの調整?が終わったら、完成だって話だぜ」
えーっ!?と、生活班の面々から驚きがあがる。
急ピッチとは聞かされていたが、そこまで進んでいたとは知らなかったのだろう。
「バラバラにして運ぶとは予想外だったよな」
笹本が言い、鈴木も頷く。
「バラバラにした方が運びやすいからなぁ。殺人事件の死体みたいに」
「やめろよぅ。食事中に嫌な例えを出すなよ」
鈴木の例えは笹本には顰蹙だったようだ。
機嫌を損ねたか、笹本は別のテーブルへと歩いていってしまった。
「全くだ、鈴木はすぐそっちのほうへ話を持ってくんだからなァ」
猿山にすら呆れられ、鈴木はちょっとむくれたが、すぐに「悪い」と謝ってきた。
「けどさ、戦艦が完成したら俺達お払い箱になるのかな?」とは、有樹。
無邪気な顔で、もりもりサラダを食しているが、目は真剣そのものだ。
ここまでつきあってきたからには、最後までつきあいたいというのが人情だ。
皆の注目を浴びて、猿山は肩をすくめた。
「さぁなぁ。そこは博士から何か言われるんじゃねぇの?最終質問みたいな形で」


午後からは全てのスタッフ達が一同に集められ、全体会議が開かれた。
全員が製造ブースに揃っている中、スピーカーを通してU博士の声が響き渡る。
『本日付けで、オペレーターが全員こちらの基地に揃いました』
博士に促されて整列したのは七人の男女。
そのほとんどが、子供と言ってもいいような年頃だ。
『右から順に自己紹介をお願いします』
一番右はミグであった。ぺこりと頭を下げて訥々と自己紹介を始める。
「ミグ=エクストラです。宜しくお願いします」
続いてはミク。スカートの端を摘みあげ、軽く会釈して微笑んだ。
「ミク=エクストラですぅ。皆様、どうか仲良くして下さいませね」
一部から拍手があがり、野太い声で「ミクちゃ〜ん」といった応援までがあがる。
T博士は顔をしかめた。
「悪乗りしすぎじゃ、馬鹿どもめ」
「ミクは可愛いからのぉ、仕方あるまい」と、隣のQ博士は一向に構わぬ様子。
続いて頭を下げたのはミカ。ミグと同じように、無表情に名乗りをあげた。
「ミカ=エクストラです。わたし達三人は、姉妹です」
「三人は、それぞれお幾つなの?」
前列に立つミリシアに尋ねられ、ミカが小首を傾げる。
「さして必要な情報とも思えませんが。言わなくてはいけませんか?」
「それを言ってしまいますと」
ふぅ、と溜息を漏らしたのは、一番左に立つ青年だ。
彼は他の六人とは明らかに違っていた。
白い髪に赤い目というのは、クレイの青い髪に匹敵するほど目立つ容姿である。
彼は憐れむ目つきでミカを見下ろすと、キッパリと言いはなった。
「三人が姉妹かどうかなど、それこそ年齢以上にどうでもいい情報でしょう」
キッと青年を激しく睨みつけたものの、ミカは何を言うでもなくミリシアへ向き直る。
「ミグが十三歳、ミクは十歳、わたしも同じく十歳なのです」
「まぁ。ではミクちゃんとミカちゃんは、双子なのですか?」
さらに尋ねられ、今度は問い返さず、すぐに答えた。
「いいえ。二時間の差がありますから、ミクのほうが姉なのです」
「そうなの。三人とも、お可愛らしいですわね」
にっこりとミリシアに微笑まれ、ミカは困ったように首を傾げた。
「……そうですか?わたしは、そうは思わないのです」
「自分で自分のことを可愛いと言い出したら、ナルシストの始まりですよ」
またしても皮肉った口ぶりで白い髪の青年が茶々を入れ、ミカの怒りが彼を捉える。
「あらぁ、そんな顔をしてはダメでしてよ。可愛いお顔が台無しですわ」
そこをミリシアに突っ込まれ、ミカは黙るしかなくなってしまった。
『次、デトラ、お願いします』
U博士に催促され、一歩前に出たのは大柄な黒人女性。
「デトラ=アウターゼだ。可愛い子供は大好きだが、男は大嫌いなんでね。あたしの半径一メートル以内に入った野郎は、どうなっても知らないよ?」
喧嘩腰全開な自己紹介に女性スタッフは苦笑し、男性スタッフは肩をすくめた。
恐らく半分以上は本気なのか、彼女も不敵な笑みを崩さない。
続いてペコリと頭をさげたのは、これまた対照的に小柄な褐色の子供。
日焼けした黒さではない。デトラ同様、地肌が黒い。
つるりと撫で肩に、やや垂れ目の顔が乗っている。
女の子にも見える風貌だが、はっきり男子だと判る低い声で彼は名乗った。
「青井空と申します。皆さん、よろしくです」
「あおい、そら?日本人なのか?」
そんな声があがり、少年は驚愕する相手を見て微笑んだ。
「ボクはタイ生まれの日系人です。お爺ちゃんが、日本人だったのです」
「なるほど、日系三世か」
晃が言うのへ、ソラは嬉しそうに頷く。
「そうです。ボクは日本、スキです。いつか日本へ行ってみたいと思ってました。こんな早く機会が来るとは思わなくて、今はとても幸せですね」
「おいおい。戦艦が完成したら、俺達ぁすぐ宇宙へあがるんだぜ?」
無粋な横やりを入れたのは、リュウだ。彼はニヤニヤしながらソラに言う。
「それとも、お前だけは日本に残るか?ん?スキなんだもんなぁ、日本が!俺は嫌いだけどな、こんな国」
きょとんとしてソラは言い返した。
「嫌いですか?日本は良い国だと、ボクのお爺ちゃんは言ってました。ボクも来てすぐに、ここは素敵な国だと感じましたが」
彼の言葉に、リュウの横に立っていたクレイも強く頷く。
『日本の海は綺麗です。リュウ兄さんは日本が故郷でしょう、何故嫌いなのですか?』
「あー。まぁ、なんだ。昔の古傷が痛み出すってやつで……」
純粋な二人に見つめられ、さしものリュウも歯切れが悪い。
「ま、俺のことなんざどうだっていいだろが。今は自己紹介、自己紹介!」
照れ隠しに次に並ぶ少女を促したが、彼女は下を向いたまま黙っている。
『ティカ、自己紹介をお願いします』
U博士にも促され、ようやく少女は目線をあげたが、表情は暗いままだった。
「ほら、ティカ。皆さんも待っています。名前を教えてあげてください」
ソラも彼女を促して、途切れ途切れに小さなか細い声が、一つの名前を呟いた。
「ティ…………カ…………ティカ、フ、フ……フレ…………デリー…………」
「え?」
「ティカフ?レデリー?何?」
「フレーデリーじゃない?」
「何言ってんだか聞こえない、もっと大きな声で言って!」
誰もがきちんと聞き取れなかったのか、あちこちで大きなざわめきが上がる。
少女は怯んだ様子でそれを見ていたが、ぎゅっと唇を噛みしめた。
あとはどんなに急かされようが宥められようが、貝のように口を閉ざしてしまった。
「お前みたいな恥ずかしがり屋じゃねぇか。どうだ、親近感が沸いたんじゃねーか?」
リュウにからかわれ、クレイは軽く首を振る。
『俺は、彼女よりは積極的に生きているつもりです』
通話機がなければ会話もままならぬくせに、結構な強気である。
ざわめく一同に、U博士が替わって紹介した。
『えー……静かに。彼女はティカ=フレデリー、R博士の研究所出身です』
それを聞いて、ますますリュウが調子に乗ってクレイをからかう。
「何処の博士も苦労してんだな。おいクレイ、Q博士をこれ以上困らせんじゃねぇぞ」
いくら親愛なるアニキの言うことだからといっても、限度というものがあろう。
謂われなき言いがかりに、クレイは少しムッとして言い返した。
『リュウ兄さんも女性スタッフを困らせないで下さい。皆、迷惑しています』
「なんだよ、俺ァ別に何もしてねーぜ?ちょっとケツをなで回しただけ――」
不意に軽口を止め、リュウが前方を見た。
鋭い殺気を、確かに感じたのだ。コンマ秒数ほどの一瞬ではあったが。
白い髪の青年が、こちらを見ている。口元が歪んだように見えたのは、気のせいか?
『リュウ兄さんも、感じましたか?』
クレイが小さな音量で囁いてくる。リュウは黙って頷いてみせた。
U博士に促され、白い髪の青年が涼しい顔で自己紹介を始める。
「はじめまして。ソール=ディアンカと申します。あぁ、そうだ。僕の外見についての質問は、ご遠慮願います。身体など、所詮は魂の器です。大切なのは人としての中身ですから」
皆が一番聞きたくてうずうずしていた質問を、あっさりシャットアウト。
不満のざわめきが残る中、彼は会釈して、自己紹介をも終わらせてしまった。

「わりと、まともそうな人だったじゃない?」
訓練室へ戻る道すがら、そう切り出してきたのはヨーコである。
「どうかねェ。見た目といい、あんまマトモとは思えねぇけどな」
リュウが異を唱え、クレイも俯く。
先ほどの一瞬だけの殺気。あれは、一体何を意味していたのかを考えていた。
ソールは明らかに、クレイとリュウへ向けて殺気を放ってきた。
だが、何故?恨まれるような覚えなど、全くないのだが……
「そう?ティカって子のほうが、よっぽど変だったわよ。気持ち悪いっていうか」
相変わらず、ヨーコは直球で物を言う。そこが彼女の魅力であり、短所でもあった。
「しかし、こうやって七人のオペレーターまでもが揃ってきちまうと、いよいよって感じになってくるわなァ」といったリュウの言葉には、クレイも頷いた。
ミリシアもヨーコも同じ気持ちだったようで、それぞれに頷いて相づちを打つ。
「これで後はソルが修復されれば、宇宙へあがれますね!」
「戦艦が完成してからだけどね」
だが、その前に――
ピートの行方を捜す必要もある。
そう打ち込もうと思ったクレイだが、ミリシアの手前、黙っていることにした。
博士はピートを探してあげているのだろうか?
訓練が終わった後、それとなく聞いてみるとしようか。

コンソールの微調整を残し、戦艦は完成の時を迎えつつあった。
訓練後、単刀直入にクレイから尋ねられたR博士は難しい顔で答える。
「あの馬鹿は不明のままじゃ。どこへ姿をくらましたんだか皆目検討もつかん」
「では、ピートは置き去りで宇宙にあがるのですか?」と尋ねたのは、ミグ。
R博士は冷たく吐き捨てた。
「今のままでは、そうなるじゃろうな」
「でも、それでは皆が納得しないでしょう」
「皆?誰のことを指しているのかね」
R博士に問われ、ミグがクレイを見上げた。
「ここにいるブルーと、それからヨーコ。そして、私と助スタッフもです」
「あぁ」
納得したようにR博士は頷き、「ピートと関わった者達か」と小さく呟く。
『そうです。ピートと仲良くしろと俺に言ったのは博士達です』
熱く語っていたのなら麗しき友情だが、クレイは淡々としていた。そして、ミグも。
表面上からは、とてもピートを友達として心配しているようには見えない。
R博士も、冷酷に二人の意見を撥ねつけた。
「だが、本人が居ないことには納得もクソもないだろう。いないものを宇宙にあげろと言うても、それは無理な話じゃ。間に合わなんだら、宇宙へあがるのはミリシアになる。仕方あるまい」
少し語句を和らげ、彼は悩ましげに溜息をついた。
「あの判断については、我々も反省しておる。正直なところ、ピートに替わるパイロットがミリシアでは不安が増したのも事実じゃ。彼女はピートよりも戦闘能力が劣るのだからな」
クレイが頷く横でミグは異を唱えた。
「……そうでしょうか?私には、ミリシアにはピート以上の戦闘能力があるように思えます。いえ、戦闘能力という言い方は正しくありませんね。正しくは、殺気。殺意なら、ミリシアはピート以上の素質があります。だから本部は彼女を補欠要員に定めた……違いますか?」
ミグの指摘に、R博士は言葉を失った。
殺意だけでは地球を救うことは出来ない。

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