BREAK SOLE

∽45∽ 新しい仲間


パイロット達が不在の間も、アストロ・ソールは活動を停止していたわけではない。
それでも彼らが帰ってきた際には、お祭り騒ぎとなった。
帰還してきた者達は互いの無事を喜び合い、健闘を讃え合う。
しかし、その中にピート=クロニクル――Cソルパイロットの姿は、なかった。


ピートが本部送りになったと春名が聞いたのは、司令室でのミーティング時間であった。
「大丈夫なんでしょうか、ピートくん……」
おまけにCソルが大破したと聞いて、ヨーコもクレイも驚いた。
「嘘でしょォ!?象が百匹乗っても大丈夫っていう、あのCソルが大破するなんて!」
ヨーコが素っ頓狂な声をあげ、横でクレイは無表情に溜息をついた。
『ソルは全機ドッグ入りですか……』
Aソルも破壊してしまったと悔やむ彼の肩を、Q博士が優しく叩く。
「ん、まぁしかしソルは直せるでな。パイロットが無事なら、それで良いんじゃ」
「ピートの欠員を埋める為、一応サブパイロットのミリシアを召集しておいた」
T博士が言うのに、ヨーコがまた裏返った声で尋ねる。
「ミリシア?もしかして、ミリシア=パプリコ?」
博士の言う交代要員とやらに、心当たりでもあるようだ。
そっとクレイの袖を引き小声で尋ねる春名へ、彼は通話機を用い小音で答えた。
『ミリシア=パプリコはパイロット候補生の一人だった。ピートとは僅かの差で負け、予備パイロットとして登録されている』
「……予備パイロットって?」
『俺達が欠けた場合に、穴を埋めるための補欠要員だ』
不吉なことを聞いてしまった。
「ミリシア、入りなさい」
Q博士がドアへ声をかけると「失礼します」の挨拶と共に、金髪美人が入ってきた。
やや幼さの残る顔立ちに、大きな青い瞳が輝いている。
ブロンドの髪は緩くウェーブを描いて、ふんわりと肩先に乗っていた。
「ミリシア=パプリコです。皆様、宜しくお願い致します」
流暢な共通語で自己紹介し、折り目正しく頭を下げた。
そのミリシアに、ヒューッと下品な口笛が飛ぶ。飛ばしたのはリュウだ。
「綺麗なねーちゃんがイッパイいるねぇ、この基地は。で、また一人増えたってわけだ。良かったな、クレイ?よりどりみどりの酒池肉林じゃねぇか!」
下品な物言いに、デトラは思いっきり眉間へ皺を寄せる。
険悪な光を瞳に宿し、リュウを指さし博士へ尋ねた。
「何なんだい?こいつはッ。新顔みたいだけど、随分ナメた口をきくじゃないか」
「あ、あのぉ〜……皆様、喧嘩は……」
ミリシアが何か言うが、冷たい声もそれを遮る。
「変態が消えたと思ったら変態が増えたのです。Q博士の人選は最低なのです」
ツインテールの少女は、そう呟いてソッポを向いた。
慌てたのはT博士で、「ミ、ミカ!」と彼女を窘めるも、ミカは謝る気配を見せない。
「……変態は仲間として認めません」
言うが早いかT博士から殴られる前に、さっと春名の影に隠れてしまった。
「ミカ!いい加減にしろっ」
拳を握りしめたものの、春名の影に隠れられてはT博士もミカを殴ることができず。
「まぁまぁ」と場を収めたのはU博士。憤る皆へリュウを示し、彼を紹介した。
「彼はリュウ=シラタキ君。Q博士の下で共に研究に励んでいた方ですよ」
「フン、じゃあスタッフってことかい。それにしちゃあ態度がでかいようだけどね」
睨みつけるデトラに、リュウだって負けちゃいない。
ふてぶてしい笑みを口元に張り付かせ、強気にやり返してきた。
「なぁに。あんたと比べたら、俺なんざまだまださ」
「けっ、喧嘩は駄目です!」「喧嘩しちゃいけませぇ〜ん!」
春名とミリシアの声が綺麗にハモり、二人はお互いを見つめあう。
「……私達、気が合いそうですね」
ミリシアはニコニコし、春名も笑顔で頷いた。
「リュウ=シラタキ。あなたは、ブルーと知りあいなのですか?」
無感情な声がリュウに尋ねる。ミグだ。
「まぁな」
リュウはニヤリと笑い、クレイの横へ立つと、彼を抱きしめた。
「こいつのオムツを取り替えてやったり、哺乳瓶を与えてやったのも俺なんだぜ?こいつ、小さい頃はリュウにいたんリュウにいたんって俺の後をついてきてよ〜あ〜、本当に可愛かったんだぜェ〜。萌え殺す気か!?ってぐらいにな!」
クレイは、彼の腕の中で硬直している。
まさか突然抱きつかれるとは思ってもみなかったようで、目を丸くしていた。
「本当ですか?信じられません」
淡々とミグが否定し、傍らではデトラも首を振る。
「こいつが可愛い?冗談だろ」
「ってか、そんなことより!何、クレイお兄ちゃんに抱きついてんのよッ」
キーッとヨーコが喚くのも聞き流し、リュウはニヤニヤしたままクレイへ囁いた。
「ほぉ。お前もお兄ちゃんって呼ばれる年頃になったか?」
耳元で囁かれ、じっとりと汗をかきながらクレイは黙って頷いた。
「へっへ。なぁQ博士、あんたも持ってんだろ?ブルー=クレイの観察日記」
クレイから身を離し、皆の注目を浴びる中、リュウはメインモニターへ歩いていく。
懐からメモリースティックを取り出し、勝手に機材へ差し込んだ瞬間。
メインモニターには、小さな子供が大アップで映し出される。

歳の頃は、三歳から五歳ぐらいだろうか。
あどけない笑顔で、こちらを見上げていた。
手には積み木を持ち、床にぺたんと座り込んでいる。
そして何より特徴的なのは、青い髪。
幼児がブルー=クレイであるという、決定的な証拠であった。

「かっわいい〜!」
真っ先にヨーコが歓声をあげ、春名や他の女性達も黄色い声をあげる。
デトラでさえも叫んでいた。
「嘘だろ?この可愛いガキが、あれになっちまうってのか!?」
「や〜、可愛いですねぇっ!ナデナデしたいっ!抱いてみたいですっ」
歓喜に震え、カタナが大喜びしている側で、ジョンもこっそり頷いた。
「あれが、にーたんにーたんって言ってついてきたら……俺でも萌え死んじゃうな」
いつもは冷静なエクストラ三姉妹にも、反響はあった。
「愛らしいですわぁ〜」
ミクが、ふるふると身振り手振りで感激する横で、ミカもポツリ。
「……反則的に可愛いです」
ちょっと悔しそうにも聞こえたのは、気のせいではあるまい。
ミグですら、ほんのり頬を染めて呟いた。
「子供というのは癒される存在ですね」
「あんたもまだガキじゃないか」
デトラの突っ込みは軽くスルーして、映し出された写真に見入っている。
リュウは皆の反応に満足したようであった。
反面、慌てたのはクレイ当人で、彼はリュウを止めようと飛びかかる。
『リュウ兄さん!勝手な真似をしてはいけませんッ』
だが彼を止めたのは、意外にもQ博士。
クレイの突進を妨げると、ニコニコしながら自身のHDを起動させた。
「リュウ、儂の秘蔵コレクションを見せてやろう。お前の秘蔵と被るかもしれんが」
メインモニターが次の画像に切り替わる。

与えられたパンを口いっぱいに頬張る、幼い頃のクレイ。
懸命に床をハイハイする、小さなクレイ。
机を杖に、よろよろと立ち上がる姿もあった。

スライドショー形式で保存されているらしく、どんどん写真が切り替わる。
「小さいって罪ですね」
ミリシアが呟き、ちらと現在のクレイを見やる。
「でも昔が可愛かったから、今の姿があるのかもしれませんね」
最後に、おむつを取り替える処なのか、下丸出しで大股開きな写真が出てきた。
「きゃあぁ〜っ、おにいちゃんのヌード!」
ヌードったって幼少の砌、別に色気があるわけじゃない。
だが写真はモニターの前に立ち塞がるクレイの体に遮られて、見えなくなってしまった。
『Q博士、これは職権乱用です!いい加減にして下さいッ!!』
クレイは、いつもの彼らしくもなく、はっきりと怒りを露わにしていた。
がっしりとした体は、ぷるぷると怒りで小刻みに震えていたし、顔を真っ赤にしている。
おまけに半分涙目だ。よっぽど恥ずかしかったのであろう、自分の写真を見られたのが。
「へっへ、最後の写真なら俺も持ってるぜ」
全く反省してない様子でリュウが呟き、それに頷いたQ博士の顔にも反省の色はない。
「クレイを育てた者なら持ってて当然のコレクションじゃ」
その博士の袖を引き、ミリシアと春名も頼み込んだ。
「後でコピーさせて下さいっ」
爆発寸前なクレイに近づくと、デトラはしみじみ彼を眺める。
「へぇ。あんた、そんな顔も出来るんじゃないか。ただのロボット野郎かと思ったら」
「お兄ちゃんはロボットじゃないわ!」
即座にヨーコがブチ切れ、デトラに詰め寄った。
「だから」
鼻息荒く詰め寄るヨーコを押しのけ、デトラは肩をすくめる。
「ロボット野郎かと思ってたら、意外に感情的だったと褒めてやってんのさ」
Q博士からコピーの約束を取りつけた春名も、クレイを慰めた。
「ごめんね、クレイ。でも皆、クレイの写真が可愛かったから喜んでたんだよ?別に、馬鹿にするつもりで騒いでたわけじゃなくて」
「そうですよ、ブルー。皆、あなたのことを、もっと知りたいんです」
カタナのフォローもあってか、クレイは目元を袖で拭い、機嫌を直したようであった。
気まずさから後ろを向き、彼は通話機で伝えた。
『幼少時代は写真を見なくても語れる。皆が知りたいなら、俺はいつでも答える』
「あぁ、そうしてくれ」
ドリクソンも珍しく他人を慰め、場を絞める。
「では、俺はソルの修理に戻ります。失礼」
博士達へ敬礼し、くるりと踵を返して出て行った。
「……真面目ですね」
カタナの苦笑に、メディーナが応える。
「ガキの世話はウンザリだってさ。ピートと一緒の班で疲れたって、こぼしてたよ」
かたちばかりのミーティングもお開きとなり、各自は持ち場へと戻った。


訓練室へ向かう途中。
「……で、リュウさんは何を担当されるんですか?」
一応クレイの兄貴分という理由でか、ヨーコは彼に敬語で尋ねた。
「ん〜、まぁ、来たばっかだからハッキリ言えねぇんだが」
リュウは顎に手をやり考える仕草を見せた後、陽気に答える。
「十中八九コンソールを担当することになりそうだなァ。俺のメイン研究も、それだしよ」
「戦艦の?それとも、護衛機の?」
「戦艦もコンソールで動かすのか?」
ヨーコの問いへ逆に尋ね返してから、彼は頷いた。
「護衛機に回されるだろうと踏んでるぜ。今のパイロット育成担当は誰だ?」
「護衛機も戦艦も、コンソール・コンセレーションで動くようにするんだって。T博士が言ってました。だから、念動力のある人材を各国から集めたそうですよ」
得意げにヨーコが説明するのに頷きながら、リュウは頭の中で情報をまとめる。
あいつに伝えなきゃならない情報は、思った以上に多そうだ。
「今のパイロット担当はアイザさんとジョンだけど、それが何か?」
「いや。そいつらと交代ってのも、俺の予想に入ってたんでな」
ヨーコに答えたかと思いきや、不意にリュウがクレイを振り返る。
「どうした?顔がニヤけてんぞ」
クレイは内心ドキリとする。
彼はリュウの指摘通り、先ほどまで期待に顔を綻ばせていたのだ。
リュウが振り返る直前には、無表情の鉄仮面に戻っていたが……
こちらを見てもいないのに、リュウ兄さんはどうして気がついたんだろう?
『にやけてなどいません。ただ、そうなれば嬉しいと思っただけです』
淡々と答えるクレイの頭を抱きかかえ、リュウは揺さぶってやった。
「一丁前にテレやがって、こいつめ〜っ。そんなに嬉しいか?俺が戻ってきて」
『はい』
合成音声は冷静に答えたけれど、抱きかかえられた本人は冷静でいられなかった。
じたばたもがくが、相手も屈強な大男。なかなかホールドが外れない。
「ははは、なんだ真っ赤になりやがって。可愛い奴だなぁお前は!何年経っても全然変わっちゃいねぇな。さては、俺を萌え殺す気だな?」
ほっぺをツンツンされ、クレイは全力で否定した。
『可愛くなんかないです』
これが美少女とイケメンの遣り取りなら、微笑ましいものもあろう。
しかしイケメンとはいえ、クレイはガッシリした体格の好青年。
もう一方は、これまたマッスルな肉体の三十路である。
屈強な体躯の男二人が抱き合ってじゃれているのだ。暑苦しいこと、この上ない。
その証拠に、ヨーコも呆れてドン引きしているではないか。
「……本当〜に、仲がいいんですね。二人とも」
ジト目のヨーコに手をあげ、リュウは逆に気安く話しかける。
「はは、俺はお嬢ちゃん、あんたとも宜しくしたいと思ってるんだがな。お嬢ちゃん、あんた今、恋人はいるのかい?」
即座にヨーコは叫んだ。
「あたしの恋人は、クレイお兄ちゃんなんだから!」
それと同時にクレイも答える。
予め、ヨーコの答えを予期していたかのように。
『ヨーコは俺の恋人ではありません』
「ひ、ひっど〜い!即否定するなんて、お兄ちゃんの意地悪ぅ」
フォローするでもなくクレイを責めるでもなく、リュウはニヤニヤしている。
「いいねぇクレイ、モテモテじゃねぇか。ん?まんざらでもないんだろ?夜は春名ちゃん、朝はヨーコ嬢ちゃんで昼は誰が相手なんだ?さっきの黒人女か?」
「なんで、そこでハルナが出てくんのよ!?」
『デトラも俺の恋人ではありません』
ナンセンスとばかりにクレイは肩をすくめ、ヨーコが金切り声を上げる。
「お?春名ちゃんは否定しねぇのか、正直だなぁクレイ」
「お兄ちゃん!?」
ヨーコの追求が飛んでくる前に、クレイは歩くスピードを早めた。
『先に行きます。遊んでいる暇はありませんので』
「お兄ちゃん、ちょっと待ってよ!ハルナが恋人って、どういうこと!?」
ギャーギャー騒ぎながらヨーコも走り出し、二人の姿はあっという間に遠ざかる。
一人残されたリュウは軽く溜息をついた後、おもむろに胸ポケットから小さな通信機を取り出し、スイッチを入れるが――
「駄目だ。妨害電波が出てやがる」
すぐにスイッチを切って、天井を見上げた。

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