BREAK SOLE

∽米国編∽ 真打ち登場−4


基地へ帰還したクレイと春名は満面の笑みを浮かべた司令官、そして大勢の拍手で出迎えられた。
「ブラボー!上出来だ、君達はヒーローだ!」
司令官には、ちょっと痛いぐらいに背中を叩かれ抱きしめられる。
あちこちぶつけて筋肉痛な春名は悲鳴を飲み込み、苦笑と脂汗で対応した。
「ブルーも、お嬢さんも、よく頑張った」と言って、ハルバートは思いついたように春名の顔を覗き込む。
「そういや、まだお名前を聞いていなかったね。お嬢さん、君の名は?」
「あ……大豪寺。大豪寺、春名です」
「ダイゴウジ……」
あちこちで、ざわめき。
中には明らかに驚いている人もたくさんいて、春名は小首を傾げる。
そりゃあ、大豪寺なんて名字は日本でも珍しいけど……
ハルバートまでもが、両手を広げて驚きのポーズを取っていた。
彼は「オゥ」と小さく呟き、こうも続ける。
「ダイゴウジ……もしかして、君のお祖父さんの名前はゲンヤかね?」
「えっ、は、はい。大豪寺玄也は、私の祖父ですけど」
春名は驚いた。
なんで海を渡った遠くの国の人達が、死んだ祖父の名前を知っているのか?
司令官は驚きのあまりヒュゥっと口笛を吹いた後、「失礼」と無礼を詫びる。
それでもやっぱり驚きは隠せない様子で、春名の肩を軽く叩いた。
「君が仲間になってくれたことを、我々は神に感謝しなければならないな」
気がつけば、ぐるりと周りを軍人に囲まれている。
「え?えっ?」
焦る春名を庇うように、クレイが立ちふさがった。
険しい表情のクレイと一瞬目を合わせた後、司令官は再び春名へ非礼を詫びてきた。
「失礼、怯えさせてしまったかな?ただ、出来すぎた幸運に感動してしまってね」
できすぎた幸運?
春名がアストロ・ソールに入っていたのが、出来すぎた幸運だというのか。
春名にとってクレイと出会ったのは幸運だったとしても、アストロ・ソールにとって春名が加わったのは幸運だったのだろうか?
まだ何も、お役に立てた覚えがない。
先ほどの戦いにしたって、春名自身は何もやっていないのと同じだ。
宇宙人を郊外へ誘導したのも撃退できたのも、全てはクレイ一人が頑張った結果である。
あまりにも役に立てていない自分が嫌になり、下向き加減で春名は尋ねた。
「あの、それと祖父に何の関係が?」
初老の司令官は穏やかな笑みを浮かべ、彼女の肩に手を置く。
まるで父親が、元気のない娘を励ましているかのような優しさを思わせた。
「君のお祖父さん、ゲンヤさんは、ロボット工学の第一人者だったのだ」
「ろ……ロボット、工学?」
そんなの、知らない。何それ?
春名の知ってる玄也爺ちゃんは、いつも元気で明朗活発な、至って普通の爺さんだった。
ある日を境に「世界を見てくる」と言い残し、いきなり家を出て行って、もう何年も経つ。
最初は冗談だとばかり思っていた家族も、半月を過ぎても戻ってこないので焦り始めた。
しかし春名が中学へ入学する頃には、行方捜索を打ち切った。
両親はもちろんのこと、春名も祖父は死んでしまったのだろうと思っていた。
祖母だけは、ずっと祖父が生きていると信じて疑わなかったようだ。
半分ボケた今でも、そう思っているかどうかは判らないが……
きょとんとする春名へ背を向け、ハルバートが語り出す。
「ダイゴウジ博士は世界初の、念動式ロボットを設計した人でもあるのだよ。コンソール・コンセレーションの基礎概念も氏による設計だ。素晴らしい人だった」
「……だった?」
過去形ということは、やはり祖父は、もう亡くなっていたのか。
聞き返す春名へ頷くと、ハルバートは重く呟いた。
「宇宙船にアブダクションされてね。今もなお消息不明だ。惜しい人を失った」
「へ?」
聞き間違いかと思った。
しかしハルバートの表情を見る限りでは、今のは冗談ではなさそうだ。
彼の顔は真剣そのもの、とても冗談を言っているふうには見えない。
「数年前、彼は研究の為と称してサバンナへ行っていた。そこで宇宙船に出くわしたんだ。今、攻めてきている奴らじゃない。別の宇宙船とね。現地人の話によると、上空から降り注いできた光が博士を直撃した後……彼の姿は、影も形もなくなっていたそうだ。しばらくして、宇宙船も飛び立った」
祖父は宇宙人にアブダクション、つまりは誘拐されてしまったらしい。
世界を見るどころか、宇宙に行ってしまっていたとは。
道理で、どこを捜索しても見つからなかったわけだ。
驚きすぎて声も出なくなった春名に代わり、クレイが尋ねる。
『博士はサバンナで何の研究をしようとしていたのですか?』
「念動式ロボットの最終テストだったそうだよ。人体にかかる負担と影響の、ね」
そういえば、と司令官はクレイを眺めて言った。
「体の調子は、どうかね?どこか痛むところは」
こういう風に尋ねてくるということは、コンソール・コンセレーションについて、ある程度の知識はありそうだ。
ならば、隠していても意味がない。
『体がバラバラになりそうな痛みが全身にあります。医療室は何処ですか?』
痛いという感情を微塵も感じさせない無表情で、クレイは正直に答えた。


壁際に並べられた棚からは、仄かに香る薬品の匂い。
清潔そのものの真っ白いシーツが敷かれた、堅そうなベッド。
軍事施設の医療室は、春名が記憶する学校の医療室と、それほど変わらなかった。
明らかに違うのは医療機器の数々。
「ありゃりゃー、骨をやっちゃってるかもしれないわねー。それじゃレントゲンとるからブルー君は、こっち来て。あ、それとトニー?」
対応した女医、名前はキャロルというらしいが、軽快な語りで助手を呼び寄せる。
「あ、はい!」
慌てて返事した青年は器具のコードに足を引っかけて、すっ転んだ。
そそっかしさに親近感を覚え、笑いをこらえながら、春名は手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません」
青年は差し出された手を握りしめ、勢いをつけて立ち上がる。
目と目があった。
整った目鼻立ちといい、柔らかそうな金髪といい――
この青年助手、なかなかのイケメンではないか。
ふと見つめ合っている状況に気付き、どちらともなく赤くなって視線を外す。
「おいこら、青春やってないで。そこの彼女の様子、見てやってー」
再び女医に催促され、好青年のトニー君は、わたわたと薬箱を持ってきた。
「あ、すみませんね。それじゃ君、そこの椅子に腰掛けて」
「は、はい」
心持ち赤面しながら、春名も向かい合った椅子の一つへ腰掛ける。
トニーは聴診器を取り出し「それじゃブラウスをめくって」と指示を出した時、レントゲンを撮っていたはずのクレイが戻ってきて、トニーの襟首を掴み上げた。
「なっ、ななな、何するんですか?ひぃっ」
哀れなり青年助手は、涙目で怯えている。そりゃそうだろう。
何故、この青い髪の青年に鬼の形相で睨みつけられねばならないのか。
僕はただ、少女の怪我を看てやろうとしただけなのに……
「ク、クレイ!暴力は駄目だよ、どうしたの?」
春名が慌てて宥めに入るも、クレイはトニーへ無言の脅迫を続けている。
「あー、もしかしてアンタ、やきもち?わかった、わかった」
レントゲン板を片手に女医も戻ってきて、助手へ新たな指示を出した。
「トニー、あんたがレントゲン撮ってやって。あたしが、この子の怪我を看る」
途端にパッと手を放され、トニーは尻餅をつく。
「は、はい」
這々の体で、その場を這って逃れると、レントゲン室へと駆け込んだ。
その様子を呆れた目で追い、キャロルはクレイを窘める。
「あんま虐めないでよ?新人なんだからさ、あの子。さぁ行った行った」
クレイは無言で頷き、レントゲン室へ戻っていった。
青年助手の代わりに女医が椅子へ腰掛け、呆然としていた春名も我に返る。
「な……なんだったんですか?今の、一体」
「あはは、アンタの彼氏って相当なヤキモチやきだよねぇ」
女医はカラカラと笑い、つられて春名も苦笑した後。もう一度尋ね返した。
「彼氏って、誰が?」
するとキャロル、一瞬ぽかんとしてから今度は豪快に大爆笑。
「あっははは!それ、本気で言ってる?」
笑われた春名は訳がわからず、むっとしながら頷いた。
「ブルー君に決まってるじゃないか!あんたの裸がトニーに見られるってんで、怒ってたんだろ?可愛いもんだねぇ」
彼女の言葉が春名に浸透するまで、しばらくの時間を要した。
ぽかんと間抜け面を晒していたのが一気に赤面するまで、数十秒はかかった気がする。
「え……ええええええっっ!ち、違いますっ!違いますぅっ!!」
全力で否定しても、顔は真っ赤だから説得力がない。
混乱する春名へヒラヒラと手を振り、「はいはい、照れないの」と女医は茶化した。
かと思えば真面目に戻って春名のブラウスの前を開け、聴診器を押し当てる。
「ふーん。中身は異常なしだねぇ。打ち身に湿布でも貼っておけばヨシ、かな?」
そう言われてブラウスのボタンをはめながら、春名は自分の肘を見た。
うわっ、ぶつけたところが青あざになってる……
「ありゃりゃ、酷くぶっけたねぇ〜。どら、湿布貼ってやるから大人しくしてな」
「あ、背中もお願いします、背中もぶつけたので」
「ハイハイ」
肘、膝、ブラウスをめくりあげて背中と、テンポよく湿布を貼っていく。
湿布独特の強烈な匂いにむせながら、春名はお礼を述べた。
「ありがとうございます」
「ははは、いいって。あんた達は丁重に扱えって命令受けてるんだしさ」
薬箱をしまった後、ポケットに手を突っ込んで取り出したのは小さな煙草ケース。
医療室って禁煙じゃないのかしらと不思議がる春名の前で、煙草に火を付けた。
「ソルに乗り込んでるんだって?てことは、あんたもアレが出来るんだ」
唐突な話題に、春名は「あれ?」とオウム返しに聞き返すしか芸がない。
白い煙を吐き出し、女医が彼女を一瞥する。
「コンソール・コンセレーション。特別な人にしか出来ないって噂だけど?」
値踏みされている。
そのことに気付き、春名は慌てて弁解した。
「あ、あの。私はコントロールしてません。してるのは、クレイだけで」
「ふぅん?じゃ、なんでソルに乗り込んでるの?」と、女医。もっともな疑問だ。
「え……と。クレイについてきてって言われたから」
そういえば、なんでクレイはアメリカへ着いてきて欲しかったんだろう?
さっきの戦いで最後のほうに、春名はレーダー役で云々と言っていたような。
戦闘パートナーというのは、レーダーの代わりを務める役だったとか?
だとしたら、それは無理。
戦闘訓練など、ろくに受けたこともない民間人に、そんなの出来っこないじゃない。
春名の思考は女医の馬鹿笑いで、無理矢理途切れさせられた。
「あはは!なんだ、やっぱり恋人同士なんじゃないか!」
「な!ち、違っ、どうしてそういう結論になるんですかっ!?」
必死で否定すれば、女医は笑いすぎて零れた涙を拭き拭き答えた。
「だぁって!ついてきてって頼まれたんだろ?特に何の役目があるでもないのに!あんたと一緒にいたいっつー下心がミエミエじゃないか」
下心?
これはまた、クレイと一番結びつかない言葉が登場してきたものだ。
「ふふん。気付かなかったなんて、あんた鈍くさいねぇ」
煙草の煙をくゆらせ、キャロルは含み笑いしている。
鈍くさい。確かに、そういうところはあるかも……
己を顧みて、春名は頬が熱くなっていくのを覚えた。
不意にシャッと背後のカーテンが開かれ、レントゲン室から二人が戻ってくる。
「お、撮れたか。どうだった?骨は折れてたかい」
尋ねてくるキャロルへ、トニーは首を振った。
「いえ。二、三本ヒビは入っていましたが、骨折とまではいきませんでした」
それにしてもと彼はレントゲン写真を女医に渡しながら、話し始める。
「恐ろしく頑丈な人ですよ、この人は。もっと怪我は酷いかと思っていたんですが」
彼も見たんだろうか。破損したAソルの状態を。

――Aソルは、ドッグ入りが必要と思えるほどに大破していた。

修理班が戻ってきたら、絶望で天を見上げてしまうかもしれない。
胴体が大きく凹み、火花の散っていた箇所は溶けてしまい、部品交換が必要だとか。
そればかりではない。駆動系もやられてしまっている。
無理な高速移動を繰り返したせいだ。
着陸すると同時に左の足がボロッと取れて、それで格納庫内では一騒ぎあがった。
再び宇宙人が攻めてきても、Aソルは出動できない状態になっていた。
「そういえば、他のメンバーは一緒じゃないんですか?」
尋ねられ、春名は答えた。
「ハルバートさんから聞きました、皆は避難してきた人達のお世話をしてるって」
『俺達は、これから会議です。治療、ありがとうございました』
定型句でクレイもお礼を述べ、機械的にぺこりと頭を下げる。
「あ、ありがとうございました。それじゃ!」
もう用は済んだとばかりに、さっさと出て行くクレイを追いかけて、春名も医療室を後にした。


前を行くクレイは、仏頂面で歩いている。
見ようによっては不機嫌そうでもあり、春名は駆け足で追いかけながら尋ねた。
「ねぇ、どうしたの?何が気に入らないの」
振り返らず、クレイが応える。
「なにが」
「だってクレイ、さっきから怒ってるみたいで……どうして怒ってるの?」
「……怒っていない」
くるりと振り向いた彼は、すでに仏頂面ではなかったけれど、代わりに悲しそうな表情を浮かべていたので春名は驚いた。
「正直に答えて欲しい」
真摯に見つめられ、春名は、おずおずと頷く。
「先の戦いは、春名から見てどうだった?合格か、それとも追及点だったか」
不機嫌の理由がわかったような気がして、春名は再び彼を見つめた。
泣きそうな顔は、苦悩と取れないこともない。
先ほどの戦いは自分でも納得のいかない結果だったのだろう。
勝つには勝ったが、Aソルはボロボロ。とても楽勝とはいえない、辛勝だ。
いや、宇宙人三体が相手なんだから、勝っただけでもヨシとしなければ。
なのに、クレイは不服そうだ。Aソルが壊れちゃったから?
でも、そんなの、戦えば無傷でいられるわけがないんだし……
じっと見つめ返され、春名は笑顔で答えた。
「合格だよ。クレイのおかげで、この国の皆も助かったんだし」
クレイが郊外へ奴らを誘導してくれたおかげで、街の人は逃げる時間を与えられた。
その結果、街の被害も最小で抑えられ、死傷者の数だって減ったはず。
「クレイは本当に頑張ったと思うよ」
最大限に手放しで褒めたというのに、クレイの顔は何故か晴れない。
「頑張ったとしても、次へ続かなければ意味がない」
苦々しく吐き捨てると、彼は再び歩き出した。
その後をチョコチョコと追いかけながら、春名はなおもクレイを慰める。
「Aソル壊しちゃったこと、後悔してるの?でもね、乗り物って使えば壊れるものだよ」
壊れたなら直せば済むことだ。その為に修理班だって連れてきたのだし。
「Aソルを大破させたのも未熟なら、無様な戦いをしたのも未熟さ故にだ」
「未熟?でも、三対一だよ?しょうがないんじゃないかな」
一体彼が何を憤っているのか、さっぱり判らず春名は首を傾げる。
クレイが立ち止まった。つられて春名も立ち止まり、彼の言葉を待つ。
しばらく無言が続いた後、クレイはポツリと呟いた。
「Q博士は、俺を最高傑作だと言ってくれた。でも今の俺は最高なんかじゃない。Aソルは大破した。宇宙人は追い返しただけ。何も出来ていない」
「え!?」
宇宙人を追い返した。それだけでも、普通にすごいと言えるのに。
なんだって、そこまで苦渋の表情で絞り出されなきゃいけないのか。
じゃあクレイは、どういう結果になっていれば満足したというのだろう。
Aソルは無傷で宇宙人の息の根を三つとも止めて悠々帰還――?
無理無理、そんなのデキッコナイ。いくらなんでも、高望みしすぎというものだ。

「エリートという言葉に執着しすぎなのよ。だから結果に高望みをしてしまう」

凛とした少女の声が廊下に響き、春名もクレイもハッとして前方を見やる。
幼い少女が立っていた。上から下まで、全身を黒で固めた少女だ。
髪の毛も黒々としているが、瞳は青い。
日系人ではなさそうだが、軍服ではないから軍人でもない。
かといって民間人が、こんなところをウロウロしているはずもないし……
一体、彼女は何者?
訝しがる二人の前で、少女は淡々と話す。
クレイへ言っているようにも聞こえたが、単に独り言なのかもしれなかった。
「Q博士に何を言われたのか知らないけど。あまり気張っても良い結果は出ないわ。出来る範囲で一生懸命やる。それが今の貴方に出来る最良の方法じゃないかしら」
歳に似合わぬ含み笑いを残し、少女は立ち去った。
いきなり謎の人物に突っ込まれた衝撃で毒気を抜かれたのか、いつの間にかクレイは無表情に戻っていた。
「……行こう」
彼は歩を早め、春名も大人しく後に続く。
歩きながら、クレイが謝るのを聞いた。
「すまない。少し愚痴ってしまった」
春名は微笑んで頷き返す。
「うぅん、いいよ。クレイの気が晴れるなら、いくらでも愚痴って構わない」
――クレイが自分の悩みを打ち明けてくれた、それが少し嬉しくて。

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