BREAK SOLE

∽米国編∽ 真打ち登場−2


緊急招集を受けて整備班の面々が司令室へ馳せ参じた時には、Aソルは既に出動した後であった。
地元言語での命令が飛び交い、何十というオペレーターがマイク相手に叫んでいる。
その中にハルバート総司令の姿を見つけ、メディーナは駆け寄った。
「Aソルを勝手に出撃させて、どういうおつもりですか!?私達に何の断りもなく」
激昂する彼女の前に掌が向けられる。
手でストップをかけて、ごほんと咳払いすると、ハルバートは答えた。
「貴殿の所属する本部より伝達を承っている。Aソルは我が軍の指揮下に置くと」
「Q博士が?」
ヒュ〜ゥと背後で口笛。マルクが陽気に言った。
「ヤンキー魂の見せ所だぜぇ?博士の信頼を得られりゃ今後もアメリカは安泰だ!」
司令官が頷く。
「その通りです」
その顔は苦々しいものであり、ソレを言うなら逆だろ逆と言いたげにも見えた。
ナクルは正面モニターを見上げる。
灰色にくすんだ空に描かれた、無数の白い線。
空を覆い尽くすような数の戦闘機が飛び交っていた。
中央に映し出されているのは、大きな機体の宇宙人三体。
透き通った体のタイプα。
側を飛ぶのは薄布のようなタイプγ。タイプδの姿も見える。
αやγより一回り、いや二回りは小さい体だが、厄介さは他の二匹と同等だ。
「奴らに実弾は効きませんよ?戦闘機を撤退させて下さい、邪魔です」
尖った声でメディーナが司令官へ詰め寄る。
予期されていた問いなのか、ハルバートは彼女の剣幕をあっさりと流した。
「効かないのは承知の上です。彼らはAソルの援護をしているのですよ」
三体同時に攻撃をしかけられたら、いくら頑丈さを誇るソルといえども無傷では済まない。
ソルの援護をするとは、すなわち宇宙人達の攻撃をずらさせることにある。
彼ら空軍が放っているのは実弾兵器ではない。宇宙人への目くらましだ。
「Aソルが有利になり次第、撤退命令を出します」
小うるさい蠅のように飛び回る戦闘機は、一応、攪乱の役目を果たしているようだ。
満足げに微笑む司令官を横目に、マルクがナクルへ囁いてきた。
「あんなこと言ってるけど、絶対あのオッサンは撤退命令なんか出さないぞ」
「どうしてですか?」と尋ねるナクルへ、金髪青年はウィンクを飛ばす。
「手柄をアメリカのものに出来ないからに決まってるだろ?Aソルがトドメをさす直前に攻撃して、勝者でも気取るつもりなんだぜ」
そういうマルクもアメリカ人である。
国籍を捨てたといっても、自国であることに代わりはないはずだ。
痛烈な嫌味を飛ばすほど、彼は母国が嫌いなんだろうか。
それとも自分がそうだから、他の国民もそういう考えになると思っているのか。
尋ねてみたかったが、マルクがそれっきり黙ってしまったので、ナクルは聞きそびれた。


司令官ハルバートに命じられ、赤い機体は一番に飛び出した。
「わ、わ、わぁっ!」
上昇の激しい振動に耐えきれず、春名は尻餅をつく。
白一色だった窓の視野が急に開けた。一面に灰色の空が広がる。
よろよろと窓の縁に捕まって立ち上がる春名へ、クレイが声をかけた。
「今からモーション・トランスに入る。Gがかかるから体を固定してくれ」
「も、モーショントランスって?」
聞き覚えのない単語に春名が聞き返すと、クレイは頷く。
「Aソルの動きと完全にリンクする。この操作のほうが、より確実に相手の動きを捉えることが出来る」
「え、それは……コンセレーションとは、どう違うの?」
コンソール・コンセレーション――
アストロ・ソールが提案した、ソルや巨大戦艦の操作法だ。
コンソールと呼ばれる動力へ、専用のスーツを通してパイロットの意識を伝える。
すると、パイロットの脳裏で描いた通りに機体が動くのである。
「コンソール・コンセレーションでは簡単な動作しかできない。モーション・トランスは、より生身へ近づいた動きに変換できるシステムだ」
と言われても、戦闘機など乗り回したこともない春名には、いまいち想像がつかない。
クレイの口ぶりからして、凄い操作方法だということだけは何となく判った。
「まずは街の上空を離れる。春名、窓の縁に捕まっていてくれ」
きっと前方を見据えたクレイに命じられ、春名は大人しく従った。
窓の縁にしがみついて、彼と同じ方向へ目を向けるが、何も見えない。
じぃっと目を凝らしていると――いきなり機体が加速した!
「ひ……ひゃああぁぁぁっっ!!?
真横へグイッと押しつけられるような感覚が春名を襲い、続いて耳がキーンとなる。
今度は上からギュッと押しつぶされる感覚が来た。ソルが急上昇しているのだ。
悲鳴も出せず、春名は縁に力一杯しがみつき、ついでに瞼もギュッと閉じる。
「そこか!」
耳鳴りの中、クレイの声が聞こえた気がした。同時にソルがまた横へ動く。
腰を落として窓にしがみついていると、唐突に目の前を赤い炎が包み込み。
「ひゃわわわわっ!」
驚いて手を放してしまった。
途端に勢いよく窓の縁から振り解かれ、春名は壁に叩きつけられる。
「あぅっ!」
悲鳴を聞いて、クレイが振り向いた。
「春名ッ!?」
駆け寄ろうとした彼は、その直前、あらぬ方向に殺気を感じて身を捻る。
背後右斜め下から飛んできた黄色い光をスレスレで避けきった。
「な、な、何いまの……炎が、ぶわって」
クラクラする視界のまま、ふらふらと春名が立ち上がるが、横から見えない力に押されて、またも尻餅をつくはめに。
「うぅ〜、もうやだぁ」
堅い床に連続で尻をついたせいか、彼女らしくもない愚痴まで漏れる。
打った尻も痛くて嫌なら、敵の動きが全く見えないのも泣き言の原因だ。
アメリカへつくまでに、クレイの操縦は見てきたつもりだった。
コクピットの中央で仁王立ちした彼が目を閉じ力を込めると、ソルが前進する。
その動きは非常に穏やかで、安定したものであった。
窓の外で泳ぐ魚の姿もハッキリ見え、動く時の振動も思ったよりは激しくなかった。
それが、どうだ。今の、この状況は。
窓を見渡しても、白い雲ばかりが見える。
その雲すらもソルのスピードに流されて、一面が白い霧で囲まれているかのようだ。
耳は相変わらずキーンとしていて、クレイの声も、よく聞き取れない。
目まぐるしく高速移動するものだから、そのたびに加速で押し流されそうになる。
もはや春名は、敵の動きを教えるどころではなくなっていた。
クレイはよくバランスを崩さずに立っていられるものだ。
そればかりか、彼には敵の位置が見えているようでもある。
先ほどから移動を繰り返しているのは、敵へ接近して攻撃するつもりなのであろう。

敵の位置を教えて欲しい。

出発前、クレイは春名に、そう言っていた。
しかし今の状況を見る限りでは、春名の助力など必要なさそうにも思えた。


早口でオペレーターが何かを告げ、ハルバートは満足そうに頷いた。
整備班の連中にも判るよう、共通語で伝える。
「Aソルが街上空から離脱したそうです。敵の誘導に成功したようですな」
彼は言わなかったが、これもアメリカ軍の指示通りなのだろう。
いいようにクレイを使われているのが気に入らず、メディーナは不機嫌に応えた。
いや、彼女とて、今がどのような事態なのかは理解しているつもりだ。
だがクレイの活躍が全てアメリカ軍の手柄とされるのだけは、勘弁ならなかった。
「では、戦闘機は撤退を?」
「えぇ」
司令官は頷き、早口でオペレーターに命令する。
「全機に撤退を」
やっと邪魔な戦闘機が消え去るのか。これでクレイも心おきなく戦えるだろう。
彼らの残した白い煙幕が、空に漂っている。
あれに視界を塞がれるのは宇宙人ばかりではなさそうだ、とマルクは考えた。
「クレイはモードを変更したかな?」
傍らのナクルへ、そっと呟く。彼女は泣きそうな顔で、マルクを見上げた。
「……していないと、良いのですが……」
「あぁ、そうだ」
不意に司令官が大きな声をあげ、二人も、そちらを見やる。
「諸君らには避難民の誘導をお願いしたいのだが、よろしいだろうか?」
「避難民?町の人を、ここへ避難させたのですか?」
メディーナの眉間に皺が寄る。
いくら緊急事態とはいえ、ここは一応軍事施設なのだ。
なのに、一般市民を簡単に入り込ませるとは……
全員が全員、素直で従順な市民とも限らないだろうに。
出発前、アストロナーガで聞いた悪い噂を思い出し、彼女は身震いした。

――地球人の中に、宇宙人へ手を貸す裏切り者がいるらしい。

裏切り者が、この国にもいないとは限らない。
「緊急事態だ、仕方あるまい。一般市民を見殺しにしろと言うのかね?」
ハルバートの意見は一般的であり、反対は批判の的となる危険を孕んでいた。
だからメディーナに出来たことといえば、項垂れて頷くぐらいしかなく。
「いえ……そうは、申しておりません」
「了解です。ただちに市民の誘導を急ぎます」
横合いからマルクが気軽に引き受けると、手招きで女性二人を促す。
「さぁ、行こうぜ二人とも。クレイに負けない仕事をしなきゃな!」
そして何か言いたげなメディーナには、小声でつけたした。
「あのオッサンに期待するぐらいなら、俺達で怪しい奴を見つけた方が早いって」
メディーナも小さく頷き、呟いた。
「……なら、一旦戦闘機に戻って武器を取ってこなけりゃね」


横合いからガツンという鈍い衝撃を受け、Aソルが大きく傾く。
「ぐッ」
クレイも呻き、初めてバランスを崩した。
迂闊だった。
タイプαの動きを捉えた、そう思ったのが油断を招いた。
ジグザグに飛行し、追ってくるタイプγの光線を避けつつ、αとの間合いを詰める。
突き出された腕を見切りでかわし、火炎放射銃が火を噴いた。
炎が完全にタイプαを包み、やったと思った。そこに油断が生まれた。
いつの間に回り込んでいたのか、横からタイプδにタックルされたのだ。
体当たりされた腰がズキズキと痛み、クレイは顔をしかめる。
モーション・トランスとは――
ソルのコンソールと、完全に意識を融合するシステムだ。
よりリアルな動きを追求できる反面、ダメージも直接パイロットの肉体に響いてくる。
腕を壊されれば腕を折られる痛みが伝わり、頭を潰されれば意識不明の重体にもなる。
まだまだ実戦で使うには改良の余地があると、R博士やT博士は言っていた。
そんな危険なシステムを、クレイは、いきなり本番投与したのである。
もちろんアメリカ軍に命令されたわけではない。己の考えで独断に、だ。
やるからには勝つ。三体全部を撃退する。
普通に戦っていたのでは、スピードが間に合わない。奴らの動きについていけない。
そう判断し、安全性を捨ててまで能力優先へと切り替えた。
「クレイ、大丈夫!?」
春名が心配している。不安そうに、眉根を寄せて。
駆け寄ってこようとする彼女を手で制し、クレイは中央で踏ん張った。
「大丈夫だ。春名は奴らの捕捉を頼む」
「わかっ――きゃあッ!」
窓に駆け寄った途端、黄色い光がスパークして、春名の口からは悲鳴が飛び出す。
三体の内どれかの放った光線が、窓に直撃したようだ。
窓は、すなわちソルの目にあたる。
となれば、ソルと繋がっているクレイも目をやられたことになる。
だが、今更目をやられたところで、痛みはあっても戦闘には全く支障が出ない。
肉眼で動きを追うのは、とっくに諦めている。
彼はソルから伝わるレーダーの反応で、敵の動きを追いかけていた。
クレイは目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。

後方に一体。
右斜め前方から、光線――!

「そこかッ!」
すれすれで飛んできた光線を避けるや否や、ソルは急発進する。
悲鳴と共に転倒する春名を尻目に、不規則な軌道でタイプγへ突っ込んだ。
窓一面を赤い炎が照らし、かと思えば、視界がぐるりと一回転。
左斜め後ろから飛んできた光線を、クレイがかわしたのだ。
――と判った時には、春名は床を転がって、激しく壁にぶつかっていた。
「厄介な……」
ぼそりと呟くクレイの顔には、明らかに苛つきが伺えた。
一体に狙いを絞って突っ込めば、別方向から攻撃が来て間合いを外される。
かといって防御に回っていたのでは、劣勢になるばかり。
Aソルには、Bソルのように頑丈な盾やCソルのような捕獲弾は積まれていない。
短期集中で一体ずつ仕留めていくしかないのだ。
火炎放射が宇宙人に効く、というのは幸いであった。
奴らが援護に入るタイミングは、どれもクレイが火炎放射器を放った直後である。
効かないのならば、援護に入る必要もないだろう。
奴らが火炎の威力を恐れている、何よりの証だ。
問題があるとすれば、それはガスの容量である。無限に使えるわけではない。
「春名!」
いきなり名前を叫ばれ、背中をさすっていた春名が飛び上がる。
「は、はいっ!!」
「三体全てを捉えようと思うな。どれか一体に絞って動きを捕捉してくれ」
「う、うん。でも、どれにすれば、わわわわっ、わぁっ!」
話している途中でソルが急降下、春名はステンと転がった。
今日だけで何度尻を打ったか判ったものではない。
クレイはというと、彼女のほうなど見向きもせず、怒りの形相で仁王立ち。
「捉えたッ」
叫ぶや否や前方へ蹴りを放つもんだから、側にいた春名は咄嗟に、しゃがみ込む。
窓をかすめて、ひらひらした何かが急降下していった。
それを追いかけソルも急降下する。
「あっ!」
不意に春名が叫び、クレイの腕を引っ張った。
「あっち!あっちに小さいの、いたぁッ」
だが春名の忠告も紙一重で間に合わず、次の瞬間には激しい衝撃がソルを襲う。
続いてクレイが膝をつき、バランスを崩したソルは落下し始める。
「落ちてる!?お、落ちてる、落ちちゃうよクレイッ!」
すっかりパニックに陥った春名の前で、何とか立ち上がったクレイが落下を止めた。
「ぐぅ……ッ」
食いしばった口からは一筋の血が垂れている。今の衝撃で、口の中でも切ったらしい。
いや、肋を押さえているから、骨が何本かやられたのかもしれない。
声にならない悲鳴をあげて春名は駆け寄ろうとするが、無言で制され足を止める。
「タイプαが一番強いのかと思ったが……」
ぶつぶつ呟きつつ口元を拭ったクレイは、キッと正面を睨みつける。
すでに宇宙人どもは視界から外れ、遠くに距離を置いていた。
α、δ、γは、ちょうど三角形を描く形で空中に待機している。
三体とも光線を飛ばしてくるが、光線は避けてしまえば、どうということはない。
タイプαの光線は直線的だから、避けるのは簡単である。
タイプγの光線は追尾能力を持っている。
しかし直前で身を逸らせば、かわすこともできるというのが今の戦いで判った。
タイプδ、こいつが一番の曲者か。
小さいくせに体当たりが痛い。まずはタイプδに焦点を絞った方が良さそうだ。
「……春名」
叫ぶと肋骨に響く。クレイは静かに彼女の名を呼んだ。
不安げな声が、すぐに答える。
「な、なに?」
「タイプδの……一番小さい奴の捕捉を頼む。他は無視していい」
息をするだけでも傷に響き、クレイは額に浮いた汗を拭う。
春名の前では、絶対に辛いという顔をしては駄目だ。
彼は自分に言い聞かせると、再び全ての意識をソルの操作へ集中させた。

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