BREAK SOLE

∽米国編∽ 真打ち登場−1


宇宙人が地球へ来た日。
最初に彼らへ攻撃を仕掛けた国は、アメリカであった。
地球に住んでいる者なら、誰もが知っているニュースである。
全面戦争になる以前よりも前から、未確認飛行物体と呼ばれる宇宙船の目撃はあった。
あったがしかし、誰もUFOを撃ち落とそうなどと考える者はいなかった。
それを、やってしまったのである。アメリカの空軍は。
撃ち落とし、持って帰って分解するつもりだったのだろう。
アメリカはUFOの研究を積極的に行っていた国だから。
でも、この奇襲は、大統領も与り知らぬ場所で進められていた計画だった。
――というのが、アメリカ一般人の認識となっている。
墜落を知った宇宙人が反撃に出て、一番始めに大都市ニューヨークが火の海となった。
喧嘩を売られた大統領は激怒、反撃に出る。
そして宇宙人との全面戦争は始まり、戦いの火種は他国にも飛び散った。


最初に攻撃したのがアメリカなら、最初に攻撃を受けたのもアメリカだ。
だから当然、街なんて既に廃墟と化しているものだと春名は思っていたのだが……
「で……電車が、走ってる」
米兵に案内されて地上へ出た彼女の第一声目が、それであった。
電車ばかりではない。ハイウェイには車が走っていたし、ビルも焼け落ちていない。
ところどころ惨劇の跡は見えているのだが、復旧のほうが早いのだ。
「市民の暮らしを守るのが、我々軍の役目です」
米兵がすまして答えるのに対し、春名は尋ねた。
「皆、普通に暮らして……って、市民への避難勧告は出していないんですか!?」
ついてこいと手で招きながら、案内役の米兵は告げる。
「大統領は、市民は生活あっての命だと、お考えです。たとえ命を守れたとしても、生活に支障をきたせてしまっては何の意味もない」
もちろん、避難する自由も与えられていますけれどね。と、付け加えた。
春名とクレイは米兵に案内され、基地へ戻る。

さすがに重要拠点は地上ではなく、地下に格納されていた。
Aソルと戦闘機も、到着と同時に地下のドッグへ搬入されている。
「どうでしたか、ニューヨークの街並みは。綺麗でしたでしょう?」
角刈りの士官に出迎えられ、春名はコクンと頷く。
「はい。電車が走ってたので、びっくりしちゃいました!」
素直な感想にハハハと声をあげて笑いながら、初老の軍人は改めて会釈した。
「改めて、ようこそ。アストロ・ソールの皆さん。私は、この基地の指揮官を務めておりますハルバートと申します」
軍服には幾つもの勲章がぶら下がっている。軍隊の中では偉い人に違いない。
慌てて春名も頭をさげた。
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
クレイも横で、無言の会釈をする。
司令官は、ちらりと彼を一瞥したが、すぐに春名へと向き直った。
「それにしても救援に駆けつけた戦士が、このように若いお嬢さんだとは。いやはや、長生きしてみるものです。お名前は、なんとおっしゃるので?」
「え……あの、パ、パイロットは……」
しどろもどろな春名に助け船を出したのは、傍らへ歩いてきた白人女性。
整備班の一人、メディーナであった。
「Aソルのパイロットは、彼女ではありません。そこの青い髪の男ですわ」
「ほぅ……これは、失礼」
ハルバートの眉が跳ね上がる。
挨拶もできない無礼者がパイロットだと言われ、少し気分を害したようであった。
「あ、あの、クレイは」
フォローに入る春名の声と、機械的な声が重なる。
『ブルー=クレイです。よろしくお願いします』
軍人の目という目が全て、クレイに集まる。
彼が腕につけた機械を見て、何かを悟ったか司令官は頷いた。
「なるほど、それでか」
メディーナも「そういうことです」と頷き返し、クレイの肩を軽く叩く。
「ブルー。あなた少し、打ち込みを練習したほうがいいわね。反応が遅いのって、失礼にあたるわよ」
素直に頷くクレイを見て、今度はハルバートがフォローに入る。
「いや、それならそうと、最初から説明してもらえれば良かったのだ。君も歓迎するよ、Aソルのパイロット君。先ほどは、済まなかった」
気安くクレイの肩を叩きながら、こうも続けた。
「たとえ言語障害者が味方についたとしても、アメリカの軍人は差別などしない。だから君も、安心したまえ」
笑いかける司令官を、メディーナは白けた目で見つめた。
本当に差別しないと言い張るのなら、何もわざわざ断る必要などないだろうに。
いちいち明言しないと気の済まない人種らしい。アメリカ人というのは。
大体、クレイは言語障害者ではない。
単に大勢の前で話すのが恥ずかしいという、超のつく恥ずかしがり屋なだけだ。
通話機を使っているというだけで障害者扱いか。
それこそが差別の始まりだということに、何故気がつかないのであろうか。

司令官達との遣り取りを遠目に見ながら、ナクルは所在なさげに立っていた。
どちらを向いても、この基地は白人だらけだ。
たまに黒人がいても、彼らはアメリカ系黒人であり、純粋な黒人のナクルとは違う。
国籍を捨てた身とはいえ、ナクルには一つの心配事があった。
この国は、いまでも黒人差別の激しい国なのだろうか?
ただでさえ引っ込み思案で、自分の意見など、まともに言えた試しがない。
その上、差別までされるとしたら――やりきれない。
司令官がクレイに、差別だなんだと話している。
障害者の差別問題から逸れて、人種差別の話題へと移ったようだ。
ハルバートは、この基地では黒人も白人も一丸となって戦っているとアピールしていた。
熱く語る老人の雑談を遮ったのは、若い女性士官。
彼女が何か進言するのを聞き、頷き返してから、ハルバートは春名達へ微笑みかける。
「失礼。皆さんは長旅でお疲れなのでしたな。部屋を用意してあります。まずはそこで、ゆっくりと休息を取って、七時までには会議室へとお越し下さい」
『部屋は必要ありません』
答えるクレイを押しのけたのは、メディーナ。
「まぁ!さすがは世界一の大国ですわね、お言葉に甘えさせていただきますわ」
お愛想笑い全開でハルバートへ頭を下げた後、ジロッとクレイを睨みつけると小声でつけたした。
「あんたね。あんたならソルの中で一週間でも一ヶ月でも過ごせるだろうけど、春名ちゃんの気持ちも考えてごらんなさい?女の子に無理させんじゃないわよ」
気迫に押され、クレイは無言で頷く。
ちらっと春名の方も見たが、彼女は司令室の機材に目を取られているようであった。
「……整備班の皆様方にも、お部屋は用意してあります。どうぞ、こちらへ」
控えめに案内を申し出る士官の後を、ヒョコヒョコとマルクがついていく。
遅れてメディーナ、そしてナクルも同行した。


軍人カットの女性士官につれられて、春名とクレイが通された部屋は、五つ星ホテルの一室かと見間違うほどに豪華絢爛であった。
天井からはシャンデリアが、ぶら下がっている。
中央に、でんと構えるのは大きなベッド。枕が二つ乗っている、ダブルベッドだ。
ベッドの近くにはガラスのテーブルとTVが置いてある。
テーブルの上にはグラスが二つ。TVの脇にあるのは、冷蔵庫か。
くつろげる寝室の他に、トイレとユニットバスもあるようだ。
トイレとお風呂は一緒の小部屋で、風呂付近の棚には粉の入った瓶が置いてある。
これで窓にレースのカーテンでもかかっていれば、完璧なのだが……
あいにく此処は地上ではなく地下なので、窓はない。それでも豪華には変わりなかった。
「はぁうっ!すっごいよぉ〜。こんな広い部屋、泊まるの初めてかもっ」
キラキラした瞳で春名は叫んだ。田舎国家日本人丸出しな感想を。
傍らでは軍人が苦笑している。クレイは相変わらず、無言で突っ立っていた。
「では、私はこれで失礼します」
笑いをこらえた士官が頭を下げ、部屋を出て行こうとする。
動かぬクレイへ春名は声をかけた。
「あ。クレイ、また後でね」
すると士官は立ち止まり、小首を傾げる。春名と軍人の視線が重なった。
「ブルー様のお部屋も、こちらですが」
「……へ?」
ぽかんと間抜けな顔の春名へ、彼女は再度言った。
「ですから、お二人は同部屋です、と」
理解するまで少しの時間を要し、春名が思いっきり叫ぶ。
「………………ええええええええええええええええええっ!?な、なんでっ?どうして、一緒なの!? 私達、だって、男と女なのにっ!」
間髪入れず、士官は冷静に答える。
「お二人はパートナーだそうですね。ですから部屋も同じにしてほしいとの要求を、アストロ・ソールより承っております」
何を驚いているのかと逆に彼女の目が尋ねていた。
そちらの要求通りにしてやったのに、文句を言われるとは心外だとでも言いたげに。
「では。後ほど館内放送が流れますので、その時は指示に従って下さい」
再び頭を下げ、硬直した春名をそのままに、軍人は部屋を出て行った。

部屋へ入ってきたクレイは、まずトイレのドアを開き、風呂の中を覗き込む。
続いて冷蔵庫を開いて中身を確認し、床へ這い蹲ってベッドの下も調べた。
一応、電話機も裏返して、底に何かくっついていないかを点検した。
どこにも盗聴器の類は無い。
よかった。やっと、くつろげる。
「……な、なにしてるの?」
振り向くと、春名と目があった。何故か、がっちがちに緊張しているようだ。
「何か仕掛けられていないか点検した。だが、大丈夫のようだ」
何が?と尋ねる春名へは無言で頷き、クレイはベッドに腰掛けTVをつける。
砂嵐が映るかと思いきや、ニュースキャスターが話している画面が映った。
「TV、まだ放映してるんだ……」
春名の呟きを聞き逃さず、クレイが答える。
「電波配給は基地で行っているんだろう。局も内部にあるはずだ」
「どうして?」と尋ねる春名へ、ニュースキャスターの背後を指さした。
「壁が基地と同じ材質で出来ている。電灯も、ここのと同じ型だ」
慌てて廊下に飛び出て、春名は天井を見上げる。
青白い光を放つ蛍光灯だが、家庭で見かける電灯とは違って珍しい形をしている。
電灯は、どれも六角形であった。
戻ってきてTVを覗き込むと、彼女はふぅっと驚きの溜息を漏らした。
「ホントだ……よく見てるね」
TVに映り込んだ電灯は、廊下で確認してきた物と全く同じであった。
それに、壁も。
ベッドへ腰掛けて、春名もTVを見た。
延々と宇宙人の動向をキャスターが読み上げている。
どこそこが空襲を受けた、どこそこで宇宙船を目撃した、などといった内容だ。
どのチャンネルを回しても、似たようなニュースばかりやっている。
アメリカでさえ今は娯楽番組など流している場合ではない、ということか。
「ニュースばっかりでつまんないし、TVはヤメにしない?」と聞いた後、不意に思いついたことも尋ねてみた。
「お風呂に入った後は、ソルの中に戻った方がいいのかな」
TVを消してから、クレイが応える。
「本来なら、そうしたほうがいい」
だが、と向き直って春名を見つめた。
「Q博士が指示を出したのなら、部屋にいたほうがいいということになる」
「指示?」
「俺と春名を同じ部屋にしろと要求したのは、Q博士の指示だろう」
アストロ・ソールの総責任者であり且つ総司令官でもあるのは、Q博士だ。
その博士が二人を同じ部屋にしろと指示してきたのだ。何か思惑あっての事であろう。
一体、どんな理由で?
春名は、じっとベッドを見た。
一つのベッドに枕が二つ。明らかに、二人で一緒のベッドに寝ろという意味だ。
先ほどの士官も言っていた。『二人はパートナーだから』と。

――パートナーって、そういう意味だったの?

春名とて健全な女の子、エッチな妄想の一つや二つは出来る歳でもある。
ベッドで仲良く眠る二人の姿を想像して、勝手に赤くなっている。
何しろT博士の説明も、ろくすっぽ聞かずに来てしまったのだ。誤解しても仕方ない。
「……春名?」
不意に、横から肩を揺さぶられた。
不安そうなクレイと目が合い、恥ずかしさを隠そうと、春名はパタパタと手を振った。
「な、なんでもない。なんでもないよ。ちょっと、疲れちゃっただけ。あ、そうだ!」
かと思えば、すっくと立ち上がり、カバンからタオルを取り出した。
「お風呂、先に入ってもいい?後にすると出撃と重なっちゃうかもしれないし」
風呂に入れない日は気持ちが悪い。
どうせなら、入れるうちに入っておきたかった。
にっこり微笑んで頷くと、クレイは言った。
「春名、ユニットバスの使い方は判るか?」
「え、お風呂の沸かし方ぐらい、知ってるけど?」
「沸かし方じゃない。湯は常に沸いている」
春名を追い越して先に浴室へ入ると、クレイはバスタブを見下ろした。
「入り終えたら湯は捨てろ。体を洗いたければ、浴用剤を入れるといい」
こんな風に、クレイが春名へ進言するのには訳がある。
Q博士と一緒にドイツで暮らしていた頃、日本人の新米スタッフが、とんでもない入浴をして大騒ぎになった。
春名も日本人だ。もしかしたら、他国での風呂の使い方を知らない可能性がある。
そう思っての、アドバイスだったのだが――
案の定、彼女も、その日本人スタッフと同じ事を宣った。しかも笑顔で。
「一回入ったら、お湯を捨てちゃうの?それって、もったいないよ。使い回して入ろ?そのほうが節約にもなるし」
日本では、風呂の湯は使い回して入るらしい。あのスタッフも、そう言っていた。
基地の風呂は大きいから、全員一緒に入るにしても問題はない。
だが個人単位の風呂でまで水の使い回しをするのは、微妙に不快度が増してくる。
何しろ他人の落とした垢が浮いているような水である。汚いこと、この上ない。
――とはQ博士の弁であるが、他のスタッフも同意見のようであった。
相手が春名じゃなかったら、クレイも速効で却下しているところだ。
しかし春名がそういうのなら、そうしたほうがいいような気もしてくる。
「わかった。春名がそうしたいのなら、俺もそうしよう」
「うん。じゃ、お先に失礼するね」
笑顔で頷くクレイに笑顔で頷き返すと、春名は風呂場のドアを閉めた。
着替えを持っていかなかったようだが、どうするつもりだろう。
ふと、そんなことをクレイは考えた。
だが彼女には彼女なりの考えがあるのだという結論に達し、再びTVをつける。
風呂場からはシャワーの音が聞こえてきた。
水が跳ねる音の様子からして、タイルの上で体を洗っているようだ。
体は風呂の中で洗えと言ったのに。
まぁ、ここはホテルではない、基地だから床が水漏れすることもあるまい。
やがてシャワーの音は小さくなり、代わりにチャポンという音が一回。
静かにチャポチャポという水音も、時折聞こえてくる。
TVの音量のほうが遥かに大きいはずなのに、何故風呂場の音が聞こえるのか。
自分が聞き耳を立てているからだとクレイは気づき、急に恥ずかしくなった。
風呂やトイレの音を誰かに聞かれるのは、女性にとって恥ずかしいらしい。
前に女性スタッフから、そう教えられたことがある。
聞いてはいけないのだ。春名が風呂に入っている時の音は。
ばふっと布団を頭から被ると、クレイは何も聞くまいと耳を塞いだ。
その耳に、風呂場のほうから彼女の声が響いてくる。
「ク、クレイ……ちょっといい?私のカバン、持ってきてくれると嬉しいんだけど」

着替え、持ってくるの忘れた!
そのことに春名が気付いたのは、さっぱりして風呂をあがった時だった。
いや、別に、本当に忘れていたわけではない。
おおっぴらに下着を取り出すわけには、いかなかっただけだ。
クレイの目は始終春名を追っていたし、その彼の前で下着を取り出すなど、思春期の乙女として、それだけはやっちゃいけない行動である。
スッポンポンで部屋に出て行ったり、汚れた服を着直すのもNGだ。
――というわけで。
彼女としては仕方なく、クレイにカバンを持ってこさせるしか方法がなかったのだ。
扉を挟んだ向こうからジーッとチャックを開く音がして、春名は仰天する。
「開けちゃ駄目!開けないで、こっちに持ってきて!!」
何をするつもりか、クレイはご丁寧に下着を取り出そうとしていたに違いない。
大声で叫ぶと、再びチャックは閉められ、足音が近づいてきた。
春名は慌ててバスタオルを体に巻き付けると、細くドアを開いて手を伸ばす。
押し出されたカバンを引っ掴むと、即座にドアを閉めた。
扉の向こうには、まだクレイのいる気配がする。
「春名」と呼びかけられ、わたわたと下着を取り出し履きながら、彼女も答える。
「な、なぁに?」
「湯は捨てていい。俺が風呂に入る時間は、なさそうだ」
「え、でも」
入らないと汚いよ?そう言いかける春名を制し、クレイが呟く。
「宇宙人が近づいてきている」
「え?どうして、そんなことが判るの?館内放送だって、まだ何も言ってきてないのに」
テキパキ着替えながら尋ねる春名へ、クレイはもう一度、同じ内容を繰り返した。
「宇宙人が近づいてきている。俺には、それが判る」
思いもかけぬほどの真剣味を帯びた声色に春名がハッとした時、クレイの予測を裏付けるかのように基地内をサイレンが鳴り響いた。

▲Top