BREAK SOLE

∽仏蘭西編∽ 撤収


「こちら上空班。地上班、応答されたし」
フランス士官が通信を開くのを見て、ドリクソンは驚いた。
通信は遮断されていたはずじゃあ?
すると軍人は、こちらへ振り向き、軽く微笑んだ。
「特殊回線だけは繋がるようにしてあります。地上班が作戦を終えた時点で」
彼の言葉を証明するかのように、スピーカーから声が届く。
『こちら地上班』
「地上班、作戦は終了か?」
『作戦は無事終了。敵の燻り出しには成功したが、奴らは空へ逃がした』
「こちらも作戦は終了。一機落とした、地上班は回収へ向かって欲しい」
『了解。もう一機は、どうした?』
「撤退を確認している」
『撤退?逃げたのか……』
「墜落した一機の側にはCソルも墜落しているはずだ。そちらの回収も頼む」
『了解した』
彼らの遣り取りを聞き流しながら、ドリクソンは後部座席へ声をかけた。
「ジョン、しっかりしろ。作戦は終了だそうだ」
返事はない。視線を向けずに士官が言った。
「手紙には四名と書かれていましたが、人数が足りませんね。お仲間とは、分散していらっしゃるのですか?そうなのだとすれば、」
「はい」
短く頷くドリクソンへ頷き返し、ヘリはゆっくり高度を下げる。
「……地上へ降りましょう。我々の仲間も探さなくては」


街から公園へ移動の途中、地上班は巨大なクレーターを二つ発見する。
一つのほうには何も横たわっていなかったが、もう片方には黄色い機体が転がっていた。
だいぶ時間は経過しているにも関わらず、もうもうと煙が立ちのぼっている。
「気をつけろ、爆発の危険性があるぞ!」
誰かが叫び、皆は一足下がった場所で見守った。
Cソルは絶えずバチバチと火花を飛ばし、黒い煙を吐き続けている。
いつ爆発してもおかしくなさそうであった。
頭から着地のソルを指さし、軍人の一人が呟く。
「あれじゃ、中の奴は死んでるぜ」
生きていたとしても重傷だろう。コクピットのハッチが開く様子もない。
「煙と炎が完全に消えたら、救出作業を始めるぞ」
上官の言葉に皆も頷き、じっと煙が収まるのを待った。


一方、遥か上空の宇宙では。
早々に撤退してきたα星人を、黒マントの男が問い詰めていた。
「何故、途中で戻った?」
彼の問いにモニターの向こうで微かに首を振ったのは、触角を生やす宇宙人。
『……仲間とも話し合ったのです。これ以上の戦いは無益だと』
「無益?」
訝しげに問い返すKへ、宇宙人αは頷いた。
『えぇ。アストロ・ソールの機体を潰すというのは、あなた達の目的でしょう。私達はもう、地球への恨みを晴らしました。これ以上戦う必要がないのです』
顔に開いた二つの空洞には、何の感情も宿っていない。
代わりに頭の天辺から生えた二本の触角が、寂しげに揺れた。
『私達は、あなた方の協力を得た。ですから、あなた方の頼みも聞いてあげた。これで借りも無しです』
黒マントは沈黙する。ややあって、モニターの向こうへ尋ねた。
「それは、あなた方フェルダ星人全ての総意なのか?」
間髪入れず相手が頷いた。
『はい。我々は近く、地球を撤退します。他の者達にも宜しくお伝え下さい』
中国で早々と撤退した件といい、フェルダ星人は戦いを嫌う傾向にあるようだ。
いや、そうではない。彼らは利己的ゆえに、無駄な戦いを嫌うのだ。
地球人の都市を壊滅させることで、奇襲で受けた恨みも晴らした。
だから、もう地球人と戦う意味も無くなった。それだけの話なのだ。
これ以上、無理に彼らを引き留めたところで大した戦力にもなるまい。
彼らは地球人と戦う気など、もう微塵も持っちゃいないのだ……
「わかった。帰りの道も気をつけてな」
敬礼するKへ向けて、モニターの向こうの宇宙人も軽く敬礼する。
そして通信は切れた。
「……手駒が一つ、消えましたか」
入ってきた人物に振り向きもせず、Kが応える。
「あぁ」
「残念ですね。フェルダ星人の技術力は高く評価していたのですが」
Kの隣へ立つと、入ってきた人物は彼を見上げた。
「残っているのはグーダーラ、ベクトル、それからデルターダですか。なんとも心細い戦力ですね」
フェルダ星撤退の通信は、アメリカにも伝わったのだろうか。
彼らのことだから、非常回線の一つや二つは持っていそうな気もする。
となるとアメリカで奴らと戦うのは、デルターダとグーダーラの二者か。
これに地上戦でベクトルも混ぜるとしても、少々心許ない。
「ニホンのタニオカへ連絡を取れ。それと」
Kが、傍らに立つ者を見る。
腰まで届く黒髪、だが瞳の色は青い。
背丈はKより遥かに低く、ふんわりとしたスカートを履いていた。
「お前もアメリカへ行ってもらうぞ、アーリアのお姫様」
「かしこまりまして」
少女はスカートの裾を摘み上げ、会釈の真似事をする。
かと思えば小首を傾げ、Kを見つめてよこした。
「タニオカも同行するのですか?私一人で充分でしょうに」
くすっと笑い、視線を暗いモニターへ向ける。
「あのアジア人、役に立つようには見えませんが?」
そう尋ねた彼女の口調には、明らかな侮蔑が込められていた。
あえて嘲笑を無視し、Kが答える。
「人は自分より弱そうな人間に同情の意を示しやすい。タニオカは、他人の同情と信頼を集めるのが上手な男だ。彼は難民として、必ずや奴らの隠れ家を探し出してくれるだろう」
少女は肩を竦め、オペレーター席へ腰掛けた。
「わかりました。タニオカと連絡を取り次第、すぐアメリカへ急行します」


ジョンがヤゥネとニル、それからピートと再会できたのは、パリから遠く離れた場所。
地中海の側に位置するトゥーロンという街であった。
かつて、ここには軍港があったという。
そればかりか、工業や商業のメッカとしても栄えていたらしい。
しかし今は度重なる宇宙人の空襲でゴーストタウンと化して、見る影もなくなっていた。
ヤゥネは腕と腿を負傷。
フランス軍の看護を受けて、包帯で巻かれた痛々しい姿となっていた。
その傍らには、ちょこんと椅子に腰掛けたニルの姿もあった。
ドリクソンは、怪我一つないニルを見てホッとする。
だがニルへ視線を向けた時のヤゥネを見て、ジョンは首を傾げた。
何故ヤゥネは、あんなに怯えた顔でニルを見るんだ?
笑いかけるニルに対して、ヤゥネの顔は引きつっていた。
拒絶、或いは恐怖を含んだ笑顔を浮かべた。
出発前のヤゥネからは考えられない態度だった。
彼女は幼いニルに対し、たえず庇う立場を取っていたはずなのだが……
離れていた間に、二人の間で何が起きたというんだろうか。
そして、ピート。
彼は重体で、現在面会謝絶だという。
ピートの体もさることながら、Cソルも完膚無きまでに大破していた。
修理班のドリクソンが、さじを投げるほどの損傷度であった。
彼曰く、本部と連絡を取り、ソルを一旦向こうへ収容する必要があるという話だ。
しかし本部と連絡を取るには、まず日本支部へ連絡を入れねばなるまい。
作戦失敗ばかりか、大事な機体を破壊したこと。
パイロットの一人を駄目にしたと報告するのは、勇気のいる行為である。
胃を押さえて俯くジョンの肩を叩き、ドリクソンは彼を慰めた。
「帰ったら始末書の山と格闘だな。だが、今回の失敗責任はピートだろうがね」
「ピートだけじゃない、俺達のクビだって飛びかねないぞ。彼の助けをするどころかバラバラに動いて何もしなかったんだ」
今回の仕事は、最初から最後まで皆がバラバラに動いていた。
やはり急造仕立てのチームでは、こんなものだろう。
フランス以外の国は、どういう結果に終わったのかが気になる。
「日本支部へ繋がったぞ。ここには妨害電波が届いていないようだな」
作戦は終わったのだから、妨害電波も終了したんだろ。
そう突っ込もうと思ったが、それすら、どうでもよくなってきた。
「アロー、こちらCソル担当整備班。R博士へ連絡をつなぎたい」
通信へ話しかけるドリクソンの腕を取り、ジョンは力なく項垂れた。
「R博士は駄目だ。せめて、ダメージの少ない博士で頼むよ」
ドリクソンが、じっと彼を見る。不意に、彼の目元には優しさが帯びた。
「判った。ミク、R博士は取り消しだ。U博士を呼んでくれ」
かくしてU博士からR博士へと伝えられた、この悲報は、瞬く間にアストロナーガ全体にいる皆が知るところとなったのである……

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