BREAK SOLE

∽仏蘭西編∽ 廃墟ウォーズ−3


タイプδとCソルが交差する直前、ピートはソルの背中から剣を引き抜き――
――斬りつけられれば、格好良かったのであるが。
斬りつけようとしたところ、なんと宇宙人は、これを真剣白刃取りでキャッチ。
両手で受け止め、さらには勢いよく剣を引っ張ってきた。
『どわわわぁっ!?』
青空にピートの情けない悲鳴が響き渡り、黄色い機体はバランスを崩す。
そこへ追い打ちとばかりに地上から飛んできた何かが激突したもんだから、たまらない。
『ギャア!』という大声と共に、Cソルは真っ逆さまに墜落した。
空にタイプδとタイプα、二機の宇宙船を残して。
無様に頭から突っ込む最悪の事態だけは何とか免れたものの、胴体着陸で地面をゴリゴリと削ったあげく廃屋を何十戸か潰して、ようやく勢いが止まる。
体勢を立て直し、悔しげに上を見上げた直後。
『ひあぁぁっ!』
すぐさまCソルは、その場を離れる。
横っ飛びに逃げた直後、今まで居た場所が幾つもの光線で穴ぼこだらけとなった。
見上げる暇も与えられず、かといって立ち止まる事も許されず、まさにピートは絶体絶命。
『くらえぇッ!四方八方乱れ撃ちィ!!』
Cソルがバッと腕を伸ばすと、脇の下から四方八方に捕獲弾が発射される。
標的なんか定めていない。敵の位置を捕捉できていないのだから。
なんでもいいから周辺にいる敵を網で絡め取ろうという、やけくそ戦法であった。
もちろん、こんなもので宇宙船が捕まるとはピートだって思っちゃいない。
撃つと同時に再びドスドス地上を走っていき、勢いをつけて上昇した。
『がごッ!』
だが背中に一発光線をくらい、Cソルは再びバランスを崩す。
撃ってきたのはタイプαか?かなりの衝撃を感じた。
光線の飛んできたほうへ振り返る。
と、今度は背後から別のショックが与えられ、ピートはコクピット内で尻餅をつく。
『畜生、囲まれてんのかよ!一体相手に二人がかりできやがって、この卑怯者ォ!!』
罵ったところで、攻撃が止むはずもない。
前と後ろ、両方から光線を浴びせられ、Cソルは再び無様に墜落した。

ヘリで現場に到着したドリクソンとジョンは、悪夢でも見ているような気分に陥る。
Cソル墜落現場は、隕石でも落ちたかの如く巨大なクレーターを作っていた。
一つだけなら奇襲を受けたのかと納得できようも、開いた穴は三つ以上。
いくら何でも、不覚を取りすぎである。
「援護に入るんですか?それとも森付近へ着陸し、人命救助を優先するんですか」
ドリクソンが操縦桿を握る士官へ尋ねると、軍人は視線を逸らさぬまま答えた。
「Cソルが上昇後、援護射撃を行います。まずは敵を分散させねば」
てっきり人命救助を優先するものだとばかり思っていたが、援護を優先するという。
しかし、宇宙人には実弾が効かないのだ。ダメージが与えられない。
そうジョンが指摘すると、士官は口元に薄く笑みを浮かべて応えた。
「ですが、あの小さい方には実弾が効きます。あいつの動きを牽制することは可能です」
ソルでも見失う速度の宇宙人、いやさ宇宙船を牽制?ヘリの装備で?
できるわけがない。
半信半疑なジョンとドリクソンの前で、士官の手が忙しなく動く。
「問題があるとすれば、我々の牽制でCソルが動揺してしまいかねないことですが」
「ピートがですか?お言葉ですが、ピートは、それほど間抜けじゃありませんよ」
むっとしてジョンが言い返す中、みたびCソルが急上昇してくる。
胴体のあちこちがヘコんだりしているが、戦闘不能となる程のダメージは受けていない。
何とも頑丈な機体だ。
もっとも、ヨーコかクレイが操縦者なら、三度もの墜落だけは免れるだろうが……
『そこのヘリ!ここは危険だ、戦闘はオレに任せて撤退しろ!!』
何故かCソルは外部音声に切り替えられている。大声で叫ばれた。
ピートの呼びかけを無視し、ヘリが旋回を開始する。
聞こえるはずもないだろうが、窓に顔を押しつけてジョンは叫んだ。
「ピートーッ!一旦着陸するんだー!俺を乗せて、戦わないとーッ!!」
通信が使えない今、彼にできる精一杯の行動だった。
「無理だ」
ドリクソンに引き戻され、ジョンは後部座席に沈み込む。
「ソルの操縦席は外部からの音を遮断する。それにヘリの爆音もあっては届くまい」
「わかってるよ」
ジョンは呟いた。
「それでも、伝えなきゃ」
大きく旋回したヘリが空中停止のまま、上昇する。
「何をするつもりですか?」
尋ねるドリクソンへ士官は無表情に返した。
「タイプδを捕獲します」
後ろからジョンが口を挟む。
「捕獲?それならピートに捕獲弾を撃たせれば」
やはり視線は宇宙人から離さず、士官が受け応えた。
「地面に無数の網が落ちています。あれが捕獲弾ですか?」
ドリクソンに手渡され、ジョンは双眼鏡に目を当てて地上を見る。
地上に広がる無数の白いレース。何だろうと訝しがっていたのだが、やっと謎が解けた。
捕獲弾が破裂して中から飛び出した、捕獲用の網であったのだ。
「ピートのやつ、捕獲弾を外すとは器用な真似をしてくれるぜ」
ドリクソンが呟き、ジョンは自分がやったことでもないのに恥ずかしくなって俯いた。
士官も重ねてジョンに問う。
「Cソルにレーダーはついていないのですか?とても敵を捕捉できているとは思えません」
レーダーはありますよ、と答えてからジョンは続けた。
「ただ、パイロットが未熟なだけなんです。構造上では対等に戦えるはずなんですけどね」

味方にボロクソ貶されているとは、ピートは露ほども思っちゃいまい。
彼は今、二機の宇宙船を相手に悪戦苦闘していた。
タイプαの動きには、何とかついていける。
たとえ肉眼で見失っても、レーダーが常に捕捉しているから安心だ。
問題はタイプδ。こいつが移動した瞬間は、レーダーでも捉えきれないのである。
奴が移動する瞬間、モニター画面に軽いノイズが走る。これが見失う原因なのだろうか。
と、冷静に考える暇などピートには与えられていない。
奴らは絶え間なく光線を撃ってきては、Cソルが突っ込んでくるたびに距離を置く。
撃っては離れ、撃っては離れのヒット&アウェイで、ピートを翻弄した。
『ちくしょう!』
何度目かの光線を背中に受け、黄色い機体が大きく横へ傾く。
もう何度、直撃したか判らない。それでもCソルは爆発を免れていた。
急所を外しているのではない。
恐ろしく頑丈なのである、AソルやBソルと比べて。
その恩恵を受けているというのに、当のピートときたら、すっかり頭に血が上っている。
『おおりゃあ!』
振り下ろした剣は、よたよたっと空を切り、狙った相手は遥か遠くで空中待機。
捕獲弾で動きを止めてから斬りかかるという作戦も、彼の脳裏からは失われていた。
反動でよろめいたところにαの光線が容赦なく直撃し、ソルの胴体が大きくへこむ。
『うわぁぁぁ!』
ピートの絶叫が木霊し、コクピット内部では激しいサイレンが鳴り響いた。

胴体がへこんだ瞬間、ドリクソンは両手で顔を覆った。
今の直撃で、恐らくCソルは損傷度八十パーセントを突破してしまっただろう。
まったく。少しは避けるという言葉を知らないのか、ピートは。
後部座席からは声もない。振り返ると、ジョンは真っ青な顔で座っていた。
あまりのやられっぷりに、とうとう言葉もなくしたらしい。
「タイプαもδもCソルに集中しているようですね。今がチャンスです」
フランス士官だけが、いやに冷静で、操縦席のボタンを忙しなく切り替えている。
首都が滅ぼされてしまったというのに、彼を動かすものは何だろう?
まだ田舎に残っている本部の為に戦っているのかもしれない。
「捕獲網を射出します」
無感情に言い、士官の指がスイッチを入れた。
白い大きなレース状の網が青い空に白い花を咲かせ、真下に落ちてゆく。
それと、ほぼ同時だった。
αの光線に押され、タイプδへ体当たりするようにCソルがバランスを崩したのは。
「あ!」
ジョンとドリクソン、それからフランス士官の叫びが重なる。
真下の座標にCソルが割り込んできて、白い花は黄色い機体を優しく包み込んだ。

激しいショックで横に押し出されたかと思えば、窓一面が真っ白い網で包まれる。
『ぎゃわわわああっ!!?』
次の瞬間には視界がぐるりと一回転し、混乱のピートとCソルは墜落した。
胴体着陸なんて生やさしいもんじゃない。頭から真っ逆さまだ。
アスファルトを抉って、またもクレーターを作り、地面から黄色い足を生やした。
床や天井とコンニチワするのは、もう何度目なんだか数え切れない。
いくらCソルとピートの体が頑丈だったとしても、さすがにもう、限界だ。
立ち上がろうとすると、肋の辺りに激痛が走る。
足も、おかしかった。立ち上がろうにも、痛くて立ち上がれない。
もしかしたら骨が折れてしまったのかもしれないな、とピートは考えた。
「ぐぅ……」
諦めて、床だか天井だかに横たわる。ひんやりとした感触が気持ちよかった。
先ほどから鳴り響いてうるさいサイレンは、今や緊急脱出を促している。
脱出ボタンが、目障りなほどに点滅していた。

Cソル、爆発しちゃうかなぁ。
壊したら、また博士達に怒られちゃうな。
つーかCソルが爆発したら、オレ、死んじゃうのかな?

思い出が走馬燈のように蘇っては、ピートの脳裏を流れる。
マキコおねーさま、スミコおねーさま、ハルナちゃん、ヒトミちゃん、アキコさま。
サッチン、ケイコちゃん、ミエちゃん、ユウちゃん、アイザさん……
もっともっと、皆と仲良くなりたかったよ。
もっと、いろんなことをしたかった。
そう、デートとか、デートとか……デートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとかデートとか!!

『うおぉぉぉ!こんなトコで、死んでたまっかぁぁぁ!!!』
痛みをこらえて立ち上がると、ピートは勢いよく天に拳を突き上げる。
呼応してCソルも腕を空に突き上げた。その腕が開き、中から銃身が顔を出す。
『オレは一人じゃ死なねぇ!くらえ、怒りのヤケクソ攻撃ィィィ!!!!』
グッと両足をバネにして、ピートは大ジャンプ。
その勢いでCソルもまた、空へ向かって大きく飛び上がった。
撃ってくるのかと予想していた宇宙人の意表をつき、黄色い弾丸がタイプδを直撃する。
逃げようとするδへ片腕をまわし、銃身の飛び出た腕は宇宙船の頭へ突きつけた。
背後からαが滅茶苦茶に光線を撃ってくる。
避けることもなく全弾身に受けながら、ピートは叫んだ。
『先に地獄で待ってろォォ、デルタッ!!』
ソルの片腕が火を噴き、δの頭と思わしき部分が爆発する。
だが続いて激しい炎がCソルの胴体から噴き出して、黄色い機体を包み込む。
煙をあげるδと一緒にピートも地上へ墜落した。

落ちていくδとCソルを無言で眺めていた士官が、口を開く。
その声からは、何の感情も拾えなかった。
「残るはタイプα一機ですか……厄介なほうを残してくれましたね」
後部座席からは返事の代わりに、どさっと重たい何かの音が聞こえる。
ドリクソンが振り向いてみると、そこには気絶したジョンが横たわっていた。
「……作戦は失敗です。何の助力にもなれず申し訳ありません」
ジョンの代わりに士官へ謝罪し、ドリクソンも前方を見つめる。
タイプαは何をするでもなく宙に浮かんでいた。
仲間が落ちてしまい、向こうも混乱しているのかもしれない。
ややあって、先に動いたのはαのほうであった。
両者の墜落位置とおぼしき場所へ向けて両手をかざすと、掌に光を溜め始める。
「野郎、トドメを刺すつもりか!?」
ドリクソンの舌打ちへ応じたのか、士官がαへの攻撃を開始した。
αに実弾は効かない。それはフランス軍も先刻承知である。
打ち込んでいるのは煙幕だ。真っ白な煙がαの周辺に広がり、視界を悪くする。
ダメージを与えられないというのなら、相手の邪魔をすればいい。
地上への攻撃を、少しでも緩和しようという無駄な足掻きであった。
白い煙が徐々に晴れる中、ドリクソンにはαがこちらを振り向いた気がした。
だが煙幕が完全に晴れる頃には、空にタイプαの姿はなくなっていた。
「見失った?」
士官へ尋ねると、彼は首を振り前方右手を指さす。
「いえ。追えないこともありませんが、逃がします」
士官の指さす方向には、空の彼方へ消え去りつつあるタイプαの背中が見えた。

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