BREAK SOLE

∽仏蘭西編∽ 廃墟ウォーズ−2


草むらにへたり込んだまま、ニルは怯えた目でヤゥネを見つめた。
「あ…………あ、あぁ……ッ」
ヤゥネの撃たれた腕と腿からは、激しい出血が服を染めてゆく。
背後の草むらがガサリと音を立てたが、ニルは動こうとしない。
「ニ、ニル……逃げて、逃げなさい……っ」
ヤゥネが息も絶え絶えに警告するが、それでも彼女は動こうとしなかった。
再び、ガサ、と音がした。
倒れたままの姿勢で音の主を見た瞬間、ヤゥネの目が驚愕に開かれる。
まず、目に入ったのは黒い靴。
視線を上に登らせてゆくと、迷彩模様の衣類が見えた。
肌の色は白く、彫りの深い顔にサングラスをかけた男が、そこに立っていた。
どう見ても彼は宇宙人ではない。地球人だ。

地球人に、撃たれた――!?

馬鹿な、馬鹿な、そんな馬鹿な!
ヤゥネはシャツの上から胸を押さえる。心臓が痛い、ショックで破裂しそうだ。
驚きで声も出ない彼女へ、頭上から声がかけられた。
「女が二人か……マァ、犯しはしないから大人しく財布だけ渡しな」
微かに訛りを感じさせる共通語であった。
男は正規の軍人ではなさそうだ。では、民間人だというのか?
ヤゥネは声を絞り出し、彼に尋ねる。
「ど……どうして、こんな真似を」
男の手が無遠慮に彼女のズボンのポケットを漁り、べたべたと体中を這いまわる。
「なぁに。空襲で逃げ込んだ先にも変なバケモンがいやがって、逃げ回っていたら、あちこちで軍人が倒れててな。懐を探ったら、これが結構たんまり持ってやがるんだ。そこで考えたんだよ。弱そうな奴を襲って、奪うだけ奪ってから逃げようって」
ヤゥネの胸ポケットから財布を見つけ出し、開いた途端に男は肩をすくめた。
「……でも、あんたはハズレだったみたいだ。貧乏だねぇ、難民かい?」
つまりは火事場泥棒というわけだが、なんという恥知らずだろうか。
国が崩壊しても、まだ軍人は命を投げ出して宇宙人と戦っているというのに。
空の財布が降ってきて、ヤゥネの顔にパサリと被さる。
見上げると、男の皮肉ぶった口元が目に入った。
「あなた……最低ね」
這い蹲ったまま、憎々しげにヤゥネは呟いた。
精一杯の罵りも男の心には何の打撃も与えられなかったか、何処吹く風で彼が頷く。
「あぁ、その通りだ。でもな」
ちら、と動かぬニルを一瞥してから、こうも続けた。
「俺は悲しい小市民なんでね。死ぬよりは生き延びたい、その為には金がいるんだ」
踵を返し、ニルへ近づいていく。
男の顔から危険な雰囲気を感じ取り、痛みも忘れてヤゥネは叫んだ。
「やめて!彼女に、何をするつもりなの……ッ!?」
振り返りもせず、男が答える。
「なぁに、財布を頂くだけさ。大人しくしてくれりゃあ、撃ったりしない」
見知らぬ男が近寄ってくるのを、ニルは焦点の定まらぬ瞳で、ぼんやりと見つめていた。

あの時と同じだ。
あの日、いきなり集落を襲った銃弾の雨嵐。
父も母も、為す術もなく撃たれて血の海に沈んだ。
襲ってきたのは宇宙人じゃない。宇宙人の空襲に紛れて襲ってきた奴らだった。
金目の物に目がくらんで、野盗に転じた地球人だった。

足下には、ヤゥネの取り落とした銃が転がっている。
そして、自分が落とした銃も傍らにあった。
片手で銃を構えた男が、優しい声色で囁いてくる。
「さ、お嬢ちゃんも金を出しな」
ぎゅっと歯を食いしばり、ニルは俯く。
誰が、出すものか。
財布が惜しいわけじゃない。
卑怯者の言いなりになるのが、嫌なんだ!
ニルの唇が、微かに動く。
「ご…………」
「ご?」
首を傾げる男の前で、少女は、ゆっくりと懐へ手を差し入れる。
そして――

「ごるぁぁああああああああああああああああああああああああああががががあああああぁぁぁぐああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!」

謎の奇声、それも大音量での怪声がニルの口から飛び出し、一斉に鴉が飛び立つ。
空っぽの財布が男の顔面にヒットし、四方一帯の草木が銃弾によって飛び散った。
「ちょ……っ!ニ、ニル?ニル、落ち着いて、ヒィッ!」
頭上を銃弾が掠め、ヤゥネの制止は途中で悲鳴に変わる。
ニルの正面にいた男も、少女の、あまりの豹変っぷりに顔色をなくしていた。
いや、至近距離にいたのだ。何発かは確実に撃たれただろう。
彼が腕を押さえて茂みへ転がり込むさまを、ヤゥネは視線の端で捉えた。
「ニル、ニルッ!あいつは逃げたわ、だから落ち着いて!!このままじゃ別の敵に」
痛みをこらえて再度制止しようと叫ぶヤゥネだが、混乱中のニルに言葉は届かない。
「きえああぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
相変わらず謎の奇声を発しつつ、ガサリと動いた茂みへ向かっても銃を乱射する。
すると草木が弾ける中、共通語でも現地語でもない悲鳴が聞こえてきた。
「誰、誰なの!?フランス兵なら返事してッ」
ヤゥネは茂みへ視線を走らせるが、悲鳴の主の姿を捉えることは出来ない。
血走った目のニルも、ぎんッ!と茂みを睨みつける。
「うをえあぁぁぁぁっっ!しえぇぁああああああああ!!!!」
二つの銃口が茂みに向けられ、発射される。
いつの間にやら二丁、銃を構えていた。
目は血走り、口からは涎を垂らしている。
想像してみて欲しい。
褐色小柄でつぶらな瞳の少女が、錯乱した表情で銃を乱射している様を。
地球人は勿論のこと、宇宙人でも逃げ出したくなるような状況だ。
返事してと呼びかけられても、まず無理だろう。逃げるのに忙しくて。
「ニル……!」
ヤゥネは起き上がり、ズボンの尻ポケットからハンカチを取り出して傷口を縛った。
気絶しそうな痛みは続いているが、今は気絶している場合ではない。
ニルを何とかしないことには、敵どころか味方にも被害が出そうな勢いだ。
急ぎ、インカムへ話しかけた。
「ドリク、聞こえてる?応答して」
駄目だ、雑音が酷くて何も聞こえない。フランス軍が出している妨害の影響だろう。
相手が近い時は通じていたのに……
苛立ちにインカムのスイッチを切り、空を見上げる。ピートも連れてくるべきだった。
今日は後悔してばかりだ。ヤゥネは自分の軽率さを、何度も呪った。


ニルのあげた奇声は、上空で待機していたピートの耳には届かなかった。
その代わり一斉に飛び立った鴉が、森の異変を彼に伝えてくれた。
「ヤゥネさん、ニルちゃん!?くそッ、だから言ったのに!」
一歩足を踏み出し、よーい、ドンの姿勢になると。ピートは勇ましく怒鳴った。
「行くぞ、Cソル!奴らを一網打尽にぶっ飛ばせ!!」
彼のかけ声に合わせるかのように、空中から一転して直降下。
Cソルは森林公園へ、垂直に突っ込んでいった。

Cソルが真下へ落ちていき、森が真二つに割れる様は、遠目からでもよく見えた。
ありえない。ソルに搭乗したまま、狭い地上へ突っ込むなど。
ありえない行動だが、現実として起きている。
ジョンとドリクソンは我が目を疑い、しばしの間、その場で硬直してしまった。
「ド、ドッドドド、ドリク……ソン。ど、どど、どうしよう?」
思いっきり動揺したジョンの問いに、ポカンと呆けたままドリクソンも応える。
「ああ……行って、みよう。あいつらも……遅すぎる」
「行くって、どうやって?俺ら、徒歩だぞ。徒歩で、あそこまで行くってのか?」
戦闘機もソルも、先に行ってしまった後だ。
周辺を見渡してみたが、車や自転車など役に立ちそうな物は何処にもない。
この惨状ではタクシーも走ってないだろうし、徒歩で行くしかなさそうだ。
ドリクソンが、そう結論づけようとした時、頭上からヘリコプターの爆音が轟く。
待ち合わせ場所を知ったフランス軍が、ようやく到着したようであった。
しかし、てっきり徒歩で来るかと思いきやヘリで来るとは。
意外と大胆な真似をするものだ、軍も。まぁ、ピートの意外性よりはマシだが……
ヘリコプターから降りてきた士官の一人が、二人の前で敬礼を取る。
「救助要請に応じて戴き、誠に感謝しております。しかし」
「えぇ、判っています。我々がもう少し早く到着していれば惨劇は」
項垂れるジョンへ、軍人は首を横に振る。
「いえ。終わってしまった戦いは、もういいのです。我々が危惧しているのは」
森林公園を指さして言った。
「あの場所には残留兵士もいます。彼らの身が危ない」
狭い場所へ戦闘機を突貫させるとは、部下へ一体どういう指示を出しているのか?
くちには出さなかったが、士官の目は明らかに、そう問いただしていた。
インカムを片手でいじりながら、ジョンは言い訳がましく応える。
「そちらの出している妨害電波のせいで、我々も連携が上手くいかないのです」
士官は首を振っただけだった。
「通信妨害は必要です。宇宙人に連携を取らさぬ為にも」
「どうして、奴らが通信不能と判るのです?」と尋ねるドリクソンへは、目で街を示した。
「もうすぐ判ります。今から、街中へ火を放ちますから」
「火を!?」
ジョンとドリクソンの声がハモる。
二人の驚きなど軽く受け流し、軍人は頷きながら説明を続けた。
「彼らが何らかの方法で通信を取り合っているかどうかを、試す為です。電波による通信であれば、街へ逃げ込んだ奴らは撲滅できる」
「で、でも街にも残留兵士がいたはずでは?」
ジョンの問いに軍人は薄く笑い、「もう、既に撤退済みですよ」と答えた。
「我々は、電波による通信をせずとも連絡を取り合えます」
「連絡出来るなら、どうして、もっと早くに避難勧告を出さなかったんですか」
手紙で読んだ死傷者の被害報告を思い出し、ドリクソンが噛みつく勢いで尋ねると、軍人は、しれっと答えた。
「しましたよ」
「へ!?」
「ですが、暴動が起きましてね。なかなか、思うように事を運べなかったのです」
そう答えた時、士官の目に暗い影がよぎったのをジョンは見逃さなかった。
突如危機が訪れると、人は自分本位になる。
守られている立場だということを忘れて、守る側の言うことも聞かなくなる。
そのような輩を本当に守ってやる義務など、あるのか?
きっと、彼も博士と同じような苦悩にかられたのであろう。
苦悩の末、博士と同じように、この軍人も守る立場で居続ける事を選択したのだ。
「話が長くなってしまいましたね。急ぎましょう、現場へ」
「ま、街のほうは?」
背中を押されながらジョンは尋ねたが、ヘリコプターに押し込まれ、ぐぅと呻く。
ジョンを押し込んだ後、ドリクソンを助手席へ誘導しながら士官は答えた。
「街は別の指揮下で作戦を敢行します。我々は公園の騒動を収めなくては」


足下にメリメリバキッと衝撃を感じながら、ソルは森の中に着陸した。
着陸と言っていいのか、どうか。
着地地点に生えていた木々は根こそぎ薙ぎ倒され、無惨な光景を晒している。
まるで、ここ周辺だけ、隕石でも落下してきたような有様になっていた。
近くにニルとヤゥネの姿は見えない。
だが二人は徒歩、まだそれほど遠くへは行っていないはずだ。
外部音声に切り替えて、ピートは大声で叫んだ。
『ニルー!ヤゥネー!どこにいるんだ、返事してくれーッ!!』
途端、間髪入れずに黄色い光が茂みから飛んでくる。
『うわッ!?』
咄嗟に腕で窓を庇うと、堅い音がして何かが弾かれた。
一瞬であったが、確かに見た。今のは銃弾じゃなかった。
黄色い光。いつも宇宙人達が放ってくる、おなじみの光線だった。
『どこだぁ!テメーら、こそこそしてっと、踏みつぶすぞォォ!!』
ピートが勢いよく一歩踏み込むと、ソルも呼応して一歩踏み出す。
そこらに生えていた樹がドミノの如く倒れていくのを見ながら、なおも吼えた。
『さっさとでてこい!でてこないと、ペシャンコだぞ!!』
アリンコを追い立てる巨象の気分だ。
これでは、どっちが悪役だか判ったもんじゃない。
ピートの威嚇に応じたのか、背後で勢いよく何かが垂直に急上昇した!
『そこかァッ!』
すぐさまCソルも垂直上昇し、何者かを追いかける。
噴射の勢いで樹という樹が残らず吹き飛んだようだが、果たして彼は気付いたかどうか。

上空で緊急停止し、ピートは前方を見据える。
見覚えのあるフォルム。資料の上では、何度もお見かけした姿だ。
タイプδ。今までに確認されている中では一番小型で、動きも尋常ではない宇宙人。
――もとい、宇宙船、か。
フランス軍の情報では、あの中には宇宙人が乗り込んでいるという。
タイプδの全長は、ソルよりも二回りほど小さい。
あの中に乗り込めるというからには、本体は、よほど小さいのだろうか?
まぁ、いい。そんなことを考えるのは倒してからで充分だ。
もう一体が姿を現わさないのは不安だが、まずは一匹目を倒してしまおう。
『アストロ・ソールの大エース、ピート様がオマエを倒してやるぜ!墜落が怖くないなら、かかってこォいッ!!』
逆光を背に一旦ポーズを決めた後、Cソルは一気にタイプδへと突っ込んだ。

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