BREAK SOLE

∽仏蘭西編∽ 廃墟ウォーズ−1


空へ手を伸ばし、青年が飛んできた鳩を止まらせる。
「よーしよしよし……来い、来い」
鳩の足には手紙が括りつけられているようだ。
手紙を広げて読み進めるうちに、金髪の青年はパァッと顔を輝かせる。
「ピート、陸軍は近くまで来ているみたいだぞ。もうじき合流できるかもしれない」
Cソルをチェックしていたピートの手が止まった。
大きく溜息をつき、空を見上げる。
「ふぅん。じゃ、動かない方がいいのかな?しっかし、退屈だなぁ……それというのも」
それというのも宇宙人が、いつまで経っても攻撃してこないから。
金髪の青年ジョンも頷く。
「あいつら、どこに潜伏してるんだろうね。俺達がフランスへ到着したのは、知っていてもおかしくないはずなのに」

アストロ・ソールがフランスへ到着した頃には、パリを始めとしたフランスの主立った大都市は壊滅していた。
途方に暮れる彼らの元へ届けられたのは、伝書鳩というクラシックな伝達法であった。
それによると――
滅ぼされる寸前、田舎のほうへ本部を移したフランス軍が電波妨害を始めたという。
宇宙人も通信で連絡を取り合っている、そう判断しての行動だった。
宇宙人が、あのサイズの生物ではないということも彼らの手紙で知った。
現在ゴーストタウンと化したパリには、数名の宇宙人が潜伏しているらしい。
都市内部には、武装した軍兵達も紛れ込んでいるそうだが……
ピート達はまだ、軍隊と合流できていない。パリと一口にいっても広い街なので。
彼らは焼け落ちた凱旋門の近くにキャンプを張っている。
周辺は何もかもが焼かれ壊されていたので、市民を巻き添えにする心配もない。
どこから攻撃されてもおかしくないほど、見晴らしの良い場所だ。
だが、ソルで迎え撃つことができ、待ち合わせ場所としても目立つ場所は此処しかない。
「森でやりあってる、って可能性ないカナ?」
整備班の一人、ニルが呟けば、同じく整備班のドリクソンは首を振る。
「生身で牽制するにしろ、軍の連中もそこまで勇者ではなかろう」
「手紙には、何と書いてありました?合流地点などの指示は」
おっとりと整備員のヤゥネがジョンへ尋ね、彼はもう一度手紙を読み返す。
「ない。だが前の手紙が届いていれば、彼らは必ずここへ来てくれるはずだ」
最初に届いた鳩の足に括り付け、送り返した。ちゃんと読んでいてくれれば――
乾いた音が響き、皆の視線が一斉に、そちらへ向けられる。
「何だ!?」
「今の、銃声だたヨ?」
ドリクソンの手が伸び、置いてあった銃をひったくる。彼は銃口を音へ向けた。
怯えるニルをヤゥネが抱きかかえ、ピートはソルの梯子へ足をかけるが――
「大丈夫だ。こちらへ向かってくる気配はない」
ジョンだけが、落ち着いて皆を制する。
「で、でも!銃声だたヨ!誰か、襲われてるんちゃナイ?」
ニルの言葉に、ピートも頷いた。
「やっぱ、ここは助けに行っとくべきじゃね?」
「だが、襲われているのが軍人だとは限らない」
軍人が宇宙人を撃ったのかもしれない。ドリクソンは、そう言いたいようだ。
「どちらにしろ。様子を確かめずに、そのままにするわけにはいきません」
おっとりとヤゥネが反撃し、ジョンにも意見を促した。
「そうでしょう?」
八つの瞳がジョンへ集中し、彼は渋々頷く。
「……そうですね。ここへ来る気配はないにしても、確認は必要です」
ピート、とジョンが声をかける前に、彼はソルへ乗り込んでいた。
Cソルが起動する。丸いフォルムが激しく振動し、ゆっくりと立ち上がる。
ジョンはインカムに口をあて、パイロットへ尋ねた。
「ピート。ソルの目から見て、どうだ?何か見えないか?」
すぐさま答えが返ってくる。
『別にィ?人影みてーなのは見えないぜ、全くね。てか、水平線に森林公園みたいなのが見えてる。あそこでやりあってんのかも』
水平線の森林公園は、肉眼でも見えている。
都市が焼け野原となった今でも、森林だけは残されていたのは奇跡であった。
宇宙人も一応、攻撃場所は選んでいるのかもしれない。
都市は燃やす、だが緑は残す、といったふうに。
再び銃声が鳴り響き、今度は、その森林公園から一斉に鴉が飛び立つ。
「ヤパーリ!あそこにいるヨ!あそこで、やりあてるに違いナイヨ?」
騒ぐニルの手を取り、ヤゥネが戦闘機のドアを開く。
「待て、まさか行くつもりではあるまいな!?」
止めるドリクソンへ振り向くと、彼女はキッパリした口調で答えた。
いつもの、おっとりした調子では微塵もなく。
「行きます。地球人を助けるのが、我々の使命ですから」
「だがまだ、地球人が襲われていると確定したわけでは――」
ドリクソンの抗議は後半、爆音によってかき消された。
Cソルが空中上昇を始めたのだ。
「待て、ピート!お前まで、勝手な行動を取るんじゃないッ」
それに、まだ俺が乗ってないんだぞ!
慌てたジョンがピートへ叫びかけるも、返ってきたのは陽気な返事だけで。
『大丈夫大丈夫!ちょっと行ってみるだけだから。ジョンは、そこで待ってろって』
続いて爆風と砂埃がジョンとドリクソンを襲い、彼ら二人は、その場に取り残された。


フランスの上空を、黄色い機体と戦闘機が飛んでゆく。
『結構、遠いな』とピートが言うのへ、ヤゥネも頷いた。
「肉眼で見ていた時は、すぐ近くだと感じたんですけどね」
傍らのニルが窓を指さして「でも、すぐ着くヨ」と呟き、それにもヤゥネは頷いた。
「ピート、あなたは上空で待機していて下さい。まずは私達が降りて様子を伺います」
『大丈夫なの?二人とも、非戦闘員だって聞いてるけど?』
間髪入れず心配され、ヤゥネは苦笑した。
さすがピート、女性の心配だけは怠らないのですね。
どうせなら、残してきた男性二人のことも少しは心配してあげて欲しいものだ。
「非戦闘員でも、銃の扱い方ぐらいは心得ています」
操縦桿を握ったヤゥネが答え、助手席で銃を抱えたニルも元気よく答える。
「ダイジョブ、いざとなたらイチモクサンに逃げるヨ!」
『そう?でも、無理はしないでくれよな』
まだ心配そうなピートへは、こうも釘を刺しておいた。
「あなたも感情に任せて森へ着陸したりしないでくださいね?皆、潰されますから」
森林公園の近くにCソルが着地できそうな場所は、なさそうだ。
ピートへ待機を命じると、ヤゥネは少し離れた場所に戦闘機を着陸させる。
負けん気から彼には、ああ言ったが、ヤゥネは戦う事に対して全く自信がなかった。
銃の使い方は知っているし、撃ったこともある。
ただし扱ったのは猟銃で、撃ったのは動物に対してだ。
人に向けて発砲など、一度もした経験がない。したいと考えたこともない。
宇宙人は、どのような姿をしているのだろう。
二足歩行、いや、人型さえしていなければ、発砲できると思うのだが……
不安を隠しきれないまま、傍らのニルへ目をやる。
ニルは、ヤゥネより後に入ってきた正規スタッフであり整備班の一人でもある。
黒い肌に光る、つぶらな瞳。幼さの残る顔がヤゥネを見上げている。
聞けば、まだ十七歳だという。ピートやヨーコと、そう変わらない年代ではないか。
彼女がどういう経緯でアストロ・ソールへ来たのかを、ヤゥネは知らない。
カタコトの共通語や、あまり過去を語らない様子からして、気軽に聞けそうもなかった。
ニルは恐らく、銃など撃ったことも触ったこともないのであろう。
いざとなったらヤゥネは、ニルも守らなければいけないのだ。責任重大であった。
感情に任せて、ドリクソンを置き去りにするのではなかった。
彼女は少し後悔したが、「どしたの?行かないの?」とニルに急かされ、ドアを開けた。


ソルの飛び立った方角を、ジョンは忌々しげに睨みつける。
「ったく、どういうつもりだ?ピートのやつ。俺はパートナーなんだぞっ」
かと思えばドリクソンへ振り向いて、怒りの丈を彼にぶつけてきた。
「それにニルもヤゥネも!何を考えてんだ?二人とも戦闘は未経験のくせに」
ドリクソンはドリクソンで腹を立てていたから、苛立った様子で応答する。
「知るか、女だからだろ。女はすぐ感情的になるというからな」
しかしまさかヤゥネが。あの大人しそうな女までもが、感情に走るとは。
自分を置き去りにしてでも、突っ走る女だとは思ってもみなかった。
「ちょっと待てよ、それは差別発言じゃないか?女性でも感情に走らない人は多いぞ。例えば、アイザさんとか」
ドリクソンの女性論は、女性を上司に持つジョンには反感を買ったようだ。
彼はカチンときたのか少し言い返した後、再び空を見あげる。
「ピートだって、男だろ……ったく、なんで俺を置いてくかなぁ……」
「置いて行かれたのは、お前だけじゃない。俺もだ」
同じく空を見上げながら、背後でドリクソンも呟いた。


公園は静まりかえっている。
先ほどまで、連続で銃声が鳴り響いていた場所とは思えないぐらいに。
戦場は本当に、ここだったのか?
そんな思いが脳裏をよぎったりもしたが、ヤゥネは首を振って妄想を振り払う。
それにしても……藪の中へ入ったのは、失敗だったかもしれない。
舗装された道を歩くのは不用心すぎると草むらへ飛び込んだのだが、視界が悪い。
ゲリラ戦に慣れた者ならともかくも、森での戦いというのは民間人向きではなさそうだ。
「……どうしよ」
ニルの呟きに、シッと指をあてて制するが、彼女の囁きは止まらない。
「おシッコ、したくなちゃた……しても、ヨイ?」
――なんですって?
自分の耳を疑ったヤゥネが慌てて傍らのニルへ目をやると、しゃがみこんだ姿勢のまま、ニルは、ぷるぷると小刻みに体を震わせていた。
こんなところで、しかも野外で、年頃の少女がオシッコ?
それ以前に、こんなところでオシッコしたら、匂いで気付かれてしまうのでは?
軽い目眩と混乱がヤゥネを襲う中、切羽詰まった表情でニルが振り向く。
「もうダメ……モレるぅ、あぅっ!」
我慢しなさいとヤゥネが止める暇もなく、ジョパパパーッという激しい音が彼女の下半身から吐き出され、白い湯気も立ちのぼった。
なんてこった。
パンツを降ろす暇もなくニルは、お漏らしをしてしまったようだ。
濡れた気持ち悪さで顔を歪ませる彼女と目があった。
素早く周囲を見渡すと、ヤゥネはニルの腕を引っ掴んで走り出す。
「着替え、持ってくれば良かったわね。とにかく、ここを離れましょう」
「あぅぅ……キモチ悪いよォ〜、くさいよォ〜」
自分で勝手に漏らしたくせに、なにやらブツブツ文句を言っている。
それに対してヤゥネが何か小言を言うよりも早く――
頭上を何かが掠めて飛んでいき、背後の樹木が乾いた音を立てて、はじけ飛んだ!
ワンテンポ遅れて、ヤゥネとニルの口からは「きゃあ!」と悲鳴が漏れる。
見つかった?誰に!?


決まっている。
地球人へ向けて発砲する対象など、一つしか考えられない。


「うちゅ、ちゅちゅちゅ、ウチュウジンェェッッウェッ、ウエェッ!」
完全なパニックに陥っているニルを後方へ突き飛ばすと、ヤゥネは銃を構えた。
やつら、どこから撃ってきた?――ダメだ。視界が悪すぎて人影すら認識できない。
木々が風でざわめいただけでも恐怖を感じる。
彼女はハッと身を固くして銃口を向けるが、そちらには枝の重なりが見えるだけだ。
ニルがパニックに陥っているといったが、ヤゥネも充分パニックに陥っていた。
彼女はすっかり怯えてしまっていて、冷静な判断すら出来ていない。
その証拠に彼女の構える銃は、安全装置が解除されていなかった。あれでは撃てない。
すっかり民間人丸出しな二人だが、相手は容赦などしてくれないようだ。
二発目がヤゥネを襲い、アッと悲鳴をあげて銃を取り落とす。
咄嗟に押さえた掌をつたい、赤くて生暖かいものが地面へ垂れた。
ヤゥネはたまらずインカムへ叫ぶ。
「ドリクッ!敵が――」
三発目に足を貫かれ、彼女は最後まで言い終われず大地に這い蹲った。
何も出来ず、ひたすら怯えていたニルの目の前で。

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