BREAK SOLE

∽中国編∽ 辛勝


広島で墜落した時もCソルの外傷が酷くなかったように、上空から墜落したBソルも墜落による損傷は酷くなさそうに見えた。
ソルは落下に対する耐性が強い、とはR博士から聞かされていたようにも思う。
墜落することを前提に造っているのかもしれない。
ともかく頑丈さに関しては、アストロ・ソールの護衛機は定評のある機体であった。
「……しっかし、派手にやりあってくれたねぇ」
それでも現場へ到着したアーニャが、そう呟いてしまったのは、Bソルの損傷が墜落によるものだけではなかったからだった。
ドロドロに溶けた盾がソルの近くに転がっている。
もはや盾としての原型を留めておらず、溶けた鉄板とでもいった方が正しかろう。
デザインに悩んだ設計技師としては悲しいものがあるな、とカリヤは溜息をついた。
溶けているのは盾だけじゃない。ソルの同体も酷いものだ。
一つ、二つ、大きくへこんだ傷があった。
へこみの中央には波目が寄っている。金属が一度溶けて固まると、このような模様を作る。
宇宙人の光線でなければ、こんな傷は出来ないだろう。
もう少し威力が強かったら、穴ぐらいは開けられていたかもしれない。
「直撃二回、か。ヨーコにしちゃあ無様な」
軽口を叩きかけたカリヤは、ぐいっと背後から襟首を掴まれて、むせ込んだ。
視線だけ後ろへ向けると、鬼の形相をした少女と目が合ってしまう。
ヨーコ本人が怒り心頭で立っていた。
「無様で悪かったわねぇ!でも、見てただけのアンタに言われたかァないわよ!!」
激しい剣幕にカリヤはタジタジとなり、必死で謝っている。
しかし彼女も元気なように見えて、結構ボロボロな格好だ。
右腕を三角巾で吊っており、左手の甲にも白い包帯が巻かれている。
包帯は、頭と首にも巻かれていた。自慢の顔には絆創膏が何枚か貼ってある。
無事だったのは下半身ぐらいで、墜落した時の衝撃を物語っていた。
そう。
いくらソルが衝撃に強くても、中の乗組員までが衝撃に強いわけではないのである。
次の戦闘までの課題が出来たな。
などと考えながらマチスは整備ボックスを開き、Bソルの修理に取りかかった。

タイプγが墜落した地点へ急行したものの、存在は確認できなかった。
地上部隊の報告が終わると、今度は格納庫にいた士官の報告が始まる。
奇襲をかけてきたのは銃を手にした男が一人。
不意討ちの攻撃で数名の負傷者が出たが、一人の特攻により無事に捕獲。
現在は厳重な警備の元、部屋に監禁しているという。
尊い命が失われたことに対し、皆はしばし黙祷を捧げた。
続く報告は司令室にいた連中だ。
司令室に奇襲をかけてきたのは、タイプβと呼ばれる宇宙人。
途端に室内がざわめきだし、あちこちから静粛を求める声があがる。
静まってきた頃合いを見計らって、士官は報告を再開する。
宇宙人の奇襲で部屋の壁が吹っ飛ぶも、一斉射撃により、これを撃退。
死者を出すことなく、退けることが出来たという。
「βって、もしかして……弱いのかねェ」
報告を聞きながら、そんなことを呟くカリヤを、シッとアーニャが窘める。
最後は、ヨーコ達ソル班の報告だ。名を呼ばれてカタナが立ち上がる。
彼女は前置きとして、ヨーコが医務室へ運ばれたことを皆へ説明した。
一応、精密検査を受けさせておきたい。彼女は大事なパイロットだから。
納得のざわめきが小さく起きる中、カタナの報告は続く。
先に墜落させたのはタイプγ。
スタンガンを最大出力で押し当てたところ、電撃が体を伝い全身に回った。
γを倒した後、途中でαが逃亡を始めたので追撃をかけたが、返り討ちにあう。
墜落の衝撃でαを見失ったが、整備班との通信で二匹が逃げたことを知った。
全てを報告し終えてカタナが席に座った後も、静寂が辺りを支配する。
やがて誰かがパチパチと手を叩き始め、部屋は拍手の嵐に包まれた。


恐らく地球上の全ての人間が、こう思っているはずだ。
宇宙人とはロボットに匹敵するほどの大きさの生き物である。
それは正解でもあり、間違いでもある。
少なくとも今、地球へ攻めてきている宇宙人に関しては間違いであった。
Kの呼びかけに応じて、一人の宇宙人がモニターに映し出される。
丸い輪郭に二つの空洞。緑色の肌は光を受けるたび、七色に輝いた。
頭の天辺からは二本の細長い触角のようなものが生え、頼りなく揺れている。
短すぎる胴に、長すぎる足。
地球人とは程遠い姿でありながら、サイズは地球人と同じぐらいのようだ。
彼らは、Kと同じ言語で話すこともできた。
地球の共通語――曰く、宇宙人は来て数日後には言語を理解した。
『何故逃げたかって?そりゃ〜アンタ、あんなもん食ろたらタマランもん。食らう前に逃げるしかおまへんやろ』
こちら側に有利な展開で運べていたのに何故、途中で撤退したのか?
そう尋ねるKへ、宇宙人は流暢な共通語で返してきた。
スタンガンという隠し武器は、Kにとっても宇宙人にとっても驚異であった。
否、驚異というのは正しくない。驚かされただけに過ぎない。
アストロ・ソールがタイプγと呼ぶ宇宙人に、電撃が効くというのも初めて知った。
そこで今、こうして問い詰めているわけなのである。ただしγではなく、αを。
空を飛ぶ時のαは、ソルと同じ大きさの巨大生物である。
だが通信している時のαは、二足歩行の奇妙な生き物であった。

そう!つまり、宙を飛ぶ時のあの姿は、彼らの乗り物であったのだッ!

それが初めて判明した時には、さしものKでも驚いた。
素晴らしい科学力に屈服し、すぐさま彼らと手を結んだのは言うまでもない。
なのに、その彼らが劣勢になったぐらいで撤退するとは誤算だった。
二対一という余裕の状況でなら、確実にソルを仕留めてくれると踏んでいたのに。
『あんさん、納得しとらんな?けどなー電気はアカン。全ての器機を止める悪魔やで』
地球の機械かて電気は天敵やろ?
長い触角の持ち主の言うことは正論で、Kも渋々頷くしかない。
『しっかし何やな。グーダ星の技術も大したことおまへんなー』
言い訳が済んだかと思えば、いきなり他星の悪口が始まった。
「電撃二回で墜落したからか?しかし食らわぬうちに逃げた誰かよりはマシさ」
ちくりと嫌味を効かせてやると、モニターの向こうにいる人物は気分を害したようであった。
触角を激しく揺らし、二つの空洞には赤い灯が宿る。
『ダメージ受ける前に撤退して何が悪いん?無駄な戦いはしない主義やんね』
それには取り合わず、Kは早々に通信を打ち切った。
「グーダーラに宜しくな。今ごろは修理で忙しいだろうが」
ぶつん、と音を立ててモニターが真っ黒になる。
α――フェルダ星の連中は、利己的すぎるのが玉に瑕だ。
勝てる戦いだったというのに、逃げ帰ってくるとは。あり得ない間抜けさである。
おかげでまた、無駄に戦闘回数が増えてしまいそうだ。

――何としてでも、アストロ・ソールを叩き潰す――

インフィニティ・ブラックの最終目的が何にせよ、Kはそれを第一目標としていた。
気を取り直し、Kはオペレーターに尋ねる。
中国は失敗したが、まだ手の内は残っている。アメリカとフランス、それからドイツに。
フランスとアメリカに、護衛機が到着したという報告は受けていた。
ドイツに奴らが来たという報告は受けていないから、ここは放っておいてもいいだろう。
「フランスの状況は?」
その後の動きは、まだ報告されていない。
宇宙人が連絡を怠っているせいだ。どうもまだ、この辺の連携が上手くいっていない。
偵察機を飛ばしてもいいのだが、地上で別の組織に嗅ぎつけられては面白くない。
向こうの行動が限られているように、こちらも取れる行動は限られている。
インフィニティ・ブラックの仕掛けた、今回の作戦。
一斉攻撃で人間の恐怖を煽る、いかにも好戦的な印象を与える作戦でありながら、蓋を開けてみれば、全ては宇宙人任せという非常に頼りないものであった。
オペレーターが振り返り、彼へ答える。
「回線が非常に混雑しています。妨害電波が出ている模様」
中国の回線はクリアだったが、さすがに先進国ともなると一筋縄ではいかない。
しかし、そうなるとフランス軍は、通信に頼らぬ方法で連絡を取り合っているのだろうか。
「フランスに駐在しているベクトルとも連絡は取れないか?」
こちらの連絡方法は通信オンリーだ。それを封じられたとなると、厄介な事になってくる。
地上で彼らに何かが起きたとしても、こちらが知るすべはないということだ。
宇宙人側が、通信以外の方法で連絡してこない限りは。
「全く繋がりません。通信機を切っている可能性もありますが」
オペレーターが無念に首を振り、Kも小さく舌打ちする。お手上げだ。
「……やむを得ん、彼らが無事戻ってくるまで祈りでもあげていよう」
冗談めかしたボスの言葉にオペレーターが驚いているうちに、Kは自室へと消えた。

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