BREAK SOLE

∽中国編∽ 今、ひとつの歴史が終わる日−4


Bソルは風を切り、ぐんぐん透明の物体が近づいてくる。
同時に、飛来する音も背後から迫ってきた。タイプγが追いかけてきているのだ。
「ヨーコ、ヨーコォォッ!!」
泣き叫ぶカタナの絶叫すらも風圧にかき消され、まさにタイプαへぶつかるかという瞬間。
「ここだぁッ!」
突如Bソルが、くるりと方向転換する。
カタナは勿論のこと、タイプγもαも予測だにしていなかったのだろう。
止まりきれずγがBソルへ突っ込んでくるのを、ヨーコは盾で思いっきり殴りつける。
だがガスともガンとも音はせず、盾は空を切った。
それには構わず、続けてスタンガンをγの同体へ押しつける。
目の前で弾ける黄色い火花。
火花がγの体を伝って頭と思わしき部分まで達した途端、なんと聞くに堪えない絶叫をあげて、タイプγが苦しみだしたではないか!
「やった!効いてるわッ」
ヨーコがパチンッと指を鳴らす。
どんなに実弾で撃っても当たらなかったのに、γには電撃が効いている。
信じられない。呆然と、カタナはγを見た。
まだ信じられないが、悶えているタイプγを見る限りでは信じるしかなさそうだ。
αもまた、信じられない出来事に、呆然と空中で立ち止まっている。
聞き慣れない言語でγに話しかけていた。
「大丈夫か?」と言っているのだろう。
相手に立ち直らせるきっかけなど、与えるわけにはいかない。
「とどめぇッ!」
Bソルが再び高速でタイプγへ接近する。
苦し紛れに放ってきた光線は盾で受け止め、頭らしい部分にスタンガンを押し当てた。
「死んじゃえぇぇッ!!」
フルMAX、最大出力の電気ショックがタイプγを襲う!
口から奇怪な絶叫をあげ、宇宙人はブルブルと体を震わせた。
かと思うと、不意に力を失って、地上へ真っ逆さまに落ちていく。
宇宙人を倒せた、そう思った一瞬の油断があったのだろう。
我に返ったαの攻撃に、迂闊にもヨーコは気付かなかった。
ぐんぐん迫る光線に気付いて盾を構えようにも、防御が間に合わない!
「きゃあ!」
目の前で弾ける閃光。直撃か――!?
緊急用の脱出スイッチが点滅を始め、けたたましくサイレンが鳴りだした。
慌ててスイッチの元へ駆け寄ってみれば、スイッチの表面には文字が浮かんでいる。
『ダメージ八十パーセント突破』
カタナは振り向き、ヨーコへ指示を仰いだ。
「ヨーコ、ダメージを受けすぎました!撤退しましょうッ」
たかが一回受け損ねただけで、このダメージとは。
つくづくパイロットがヨーコで良かった、と思わざるをえない。
これがピートだったら、序盤であっさり撃ち落とされていたかもしれないのだ……!
だが撤退を促すカタナへ返ってきたのは、ヨーコの激しい罵倒であった。
「バカ言ってんじゃないわよ!あと一匹でしょ、続けるに決まってんじゃないッ」
スイッチから離れ、カタナは彼女の肩を強く掴んで説得にまわる。
「バカ言ってるのは、どっちですか!ここで落とされたら、全てが無駄に――」
言い合いをしている場合じゃない。
カタナの手は乱暴に振り払われ、彼女はバランスを崩して尻餅をつく。
その間にも光線は容赦なく迫ってきて、差し出した盾が間一髪で攻撃を防いた。
続け様の攻撃に、盾はもう限界である。
いや、とうに限界を突破していた。表面がドロドロと溶け、ポタポタ滴を垂らしている。
「……どうやら、逃げる気はないみたいね。上等だわ!」
一匹がやられれば、もう一匹は撤退する。
カタナは、そう考えていた。恐らくはヨーコも同じ気持ちだったはずだ。
しかしタイプαは依然として戦闘態勢を解いていない。やる気満々だ。
サイレンは鳴り続けている。スイッチはダメージ大のメッセージを点滅している。
一度でも光線が直撃すれば、ソルは真っ逆さまに落ちていく運命を辿るだろう。
ヨーコの目が、ぎらん、と危険な光を帯びた。
「こうなったら、一か八かよ!今度は本気で特攻してやるんだからッ」
冗談ではない。
そんな無茶をしたら、やられるのは百パーセントこちらのほうだ。
「待って下さい、ヨーコッ。カミカゼの心意気は、まだ早すぎます!!」
半狂乱に近い抗議を唱えた時、彼女の耳は確かに戦闘機のジェット音を聞き取っていた。


戦闘機が次から次へ飛び立っていくのを、カリヤ達は呆然と見つめた。
「な……なんだ?今度は何があったっていうんだ」
館内放送は繰り返し流れているのだが、残念なことに言語が共通語ではなかった。
カリヤもマチスもアーニャも、中国語には詳しくない。よって、お手上げだ。
共通語で放送していられないほど、中国兵も興奮しているということだろう。
しかし彼らが興奮に共通語を忘れるほどの出来事とは、一体?
それに、司令室。爆音が聞こえたと思ったのだが、あれはどうなったのか。
もう解決したというのか?
格納庫で乱射男が取り押さえられてから、まだ数分も経っていないというのに。
突然、通信機に雑音が入った。Bソルからの呼び出しだ。
カリヤはインカムを耳に押しつけ、通信機の波長を合わせる。
「こちら整備班、Bソルどうかしたのか!?」
呼びかけると、雑音に紛れてカタナの声が途切れ途切れに聞こえてきた。
『……こちらBソル…………応援が現れました……』
「応援!? 敵のか、それともこっちから発進した奴らか!?」
聞き返すカリヤの袖を、アーニャが引っ張る。
振り返ると、彼女は軽く首を振って、呆れた口調で囁いてきた。
「敵なら新手が現れたって言うだろ?応援ってことは、こっち側の味方さね」
それもそうだな、と思い直し、カリヤは再び通信機へ向き直る。
その前にカタナの答えが返ってきた。
『…………中国軍…………味方です…………あ、それと…タイプγは撃墜』
「撃墜!?」
カリヤが話している間にも、中国兵達の動きは忙しない。
向かう先は戦闘機だけではなく、歩兵が次々とリフトへ集結している。
「地上へ出るつもりか?まだ戦ってるだろうに」
マチスが眉をひそめるが、どうも歩兵の格好を見る限りでは、そのつもりと思われる。
手に銃を、体には防弾チョッキと、物々しい装備で身を固めていた。
アーニャも彼らを横目に「実弾は効かないって言ってんのにねェ」と呆れたように呟く。
どことなく傍観者風味な二人の肩を、背後からカリヤが叩いてくる。
「おい、驚けよ!?ヨーコがタイプγを撃墜したそうだ!撃退じゃない、撃墜だ!!」
痛いなぁ、と抗議の声をあげかかっていたアーニャの口が、ぽかんと開かれた。
「いぇ?げ、撃墜?撃退じゃなくて??」
「今言っただろ。撃墜だって。撃ち落としたんだよ、多分スタンガンでな!」
まるで自分の手柄のように話すと、カリヤはエッヘンと胸を張ってみせた。
アーニャが奇声をあげ、カリヤと二人して喜ぶ中。マチスだけは難しい顔をしている。

一匹が倒れたというのに、何故Bソルは帰還しない?
まだ戦うつもりだというのか、宇宙人は。
タイプαを残したのか……厄介なほうを残してくれたもんだ。
Bソルの盾は、そろそろ限界に近づいているはずだが。
あれは、強力な光線を何度も受け止められるほど強固な設計ではなかったはず。
そもそも作戦自体、ヨーコの能力に依存した作戦だったんだ。
ここは敵に背を向けてでも、一回撤退するべきだと思うが。

「ヨッ、何考え込んじゃってるんだよ大将?」
乱暴に肩を叩かれて、マチスは我に返った。返った途端、カリヤに掴みかかる。
「な、なんだよ?」
狼狽える彼を、真剣な眼差しで問い詰めた。
「まだBソルとの通信は繋がっているか?ただちに退却を要請しろ!」
「で、でもさ」
マチスのただならぬ剣幕に、アーニャも驚きながら口を挟む。
「まだ戦闘中みたいだよ?撤退は無理なんじゃないかねぇ」
するとマチスは彼女のことも睨みつけ、こう言った。
「まだでもなんでも逃げるんだ!盾が形を保っているうちにな。いざとなったら応援軍を盾にしてでも撤退しろと彼女達に伝えろ!!」
中国兵が聞いたら、真っ赤になって怒りそうな発言であった。


「撤退しろですって!?マチスもあんたも、何弱気な事言ってんのよ!」
案の定。
カリヤの通信をヨーコに伝えた結果は、怒鳴り声でキレられるに終わった。
マチスの判断は正しい、とカタナは思う。
盾は盾として使い物にならなくなっているし、ダメージは八十パーセント越え。
あと一回光線をくらえば、真っ逆さまのお陀仏だ。
今ならソルが逃げ出したとしても、そうそうαもついてこれまい。
今なら、心強い仲間がいるから。
海から飛沫をあげて、次々と戦闘機が飛び出してきたのである。
撤退したとばかり思っていた、中華軍の連中であった。
宇宙人を一匹撃墜したことで、勝算ありと見込んでの出撃か。現金なものだ。
相変わらずバリバリと撃ちまくっているが、当然銃撃はαの体を擦り抜ける。
それでも彼らが一緒に戦ってくれると判った分だけ、心には余裕が生まれた。
役に立たなくてもいい。一緒に戦ってくれる、その気持ちが一番大切なのだ。
マチスは、いざとなったら彼らを盾にしてでも撤退しろと言っていた。
でもカタナとしては、それだけは避けたいと思っている。
アストロ・ソールは地球人を守るために結成された組織だ。
たとえ利己的だろうと、自己中心的だろうと、地球人は守るべき存在なのである。
盾にしてしまっては本末転倒というもの。今までの戦い自身が意味をなくしてしまう。
彼らを逃がす余裕を与えつつBソルも撤退できればいいのだが、問題はヨーコに逃げる気が全くない点か。
「あ!待ちなさいよ、逃げる気ーッ!?」
ヨーコの荒げた声に前方を見やれば、αが転回して一路脱出を謀っている。
いくら銃撃が効かないと言っても、多勢に無勢で不利とでも感じたのか。
或いは彼の仲間から、新たな指示でもあったのだろうか?
とにかく原因は不明だが、αは逃げだそうとしていた。
その背中へ、ぐんぐんBソルが迫る。例によって一直線に突っ込んでいく。
「ふ、深追いは危険――」
最後までカタナには言わせず、ガクン、とソルが大揺れし。
続けて彼女達を襲ったのは、ソルの巨体が横倒しになる感覚と、落ちていく不快感。
「ええええぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!?」
声にならぬ悲鳴を聞きながら、カタナは絶望で胸が浸されるのを感じてとっていた。

だから……

深追いは危険って、言おうとしていたのに…………


ものすごい勢いで、地面が迫ってくる。
ヨーコにもカタナにも、その光景は確認できなかったけれど。
しかし次にきた衝撃だけは、はっきりと体感することが出来た。
堅い物と物がぶつかる激しい轟音。アスファルトの上にでも不時着したと思われる。
二人はソルの天井にぶつかってから床に墜落して、二度も体を打ちつけた。
二度と味わいたくないと思ってしまうほどの激痛であった。
「う、うぅ……」
目の前がグルグル回る。衝撃は頭にも響き、うまく立ち上がることができない。
それでも祖父の刀を杖に立ち上がってみると、ヨーコが横たわっているのを目にした。
「ヨーコ!!」
慌ててカタナは駆け寄った。
倒れたヨーコの腕を取り、脈を測る。
――大丈夫。弱々しいが、まだ生きている。
くちに手をかざせば、呼吸も感じ取れた。よかった、彼女は気絶しているだけのようだ。
カタナはホッと安堵の溜息をつくと、すぐに窓際へ走り寄って空を見上げた。
タイプαの姿を求めるも、上空に奴の姿は見えない。
ふと思いつき、インカムへ呼びかける。カリヤ達のセンサーなら奴を追えるかもしれない。
「カリヤ、こちらBソル」
言いかける彼女の声を、向こうが先に遮る。
『カタナ、ヨーコ、作戦は終了だ!宇宙人は二匹とも撤退、俺達は勝ったんだ!!』
そう言ったカリヤの声は、心なしか弾んでいた。
撤退。
二匹とも、撤退?
αが撤退したのは喜ばしいが、地上に落ちたγも撤退したということなのか?
へなへなと腰を下ろし、カタナは再びヨーコを見やる。
彼女はまだ意識を取り戻していない。
二匹とも逃がしたと伝えたら、強気な彼女は、どう反応するだろうか。
それを考えるとカタナの胃は、またしてもキリキリと痛み始めてきたのであった……

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