BREAK SOLE

∽中国編∽ 今、ひとつの歴史が終わる日−3


大気圏に浮かぶ廃棄ステーション。
今は衛星としてではなく、とある組織が基地として再利用していた。
その組織の名は――


「アストロ・ソール、食いつきました」
オペレーターの言葉に、男は満足そうに微笑む。
黒いスーツに黒いマント。
いくら季節が冬だからと言っても、このような格好をしている者など滅多に見まい。
だが男の格好は、この組織では容認されているようであった。

ミスターK。

それが、組織内での彼の呼称だ。組織はKを中心として動いていた。
彼らが手を組んでいる相手、宇宙人と呼ばれる連中もKを中心に取引を行う。
次はどこを狙うか。誰と誰が組んで攻撃をおこなうか。そんなことまでKと相談した。
宇宙人達にとって地球の運命など、どうでもいい事なのかもしれない。本当は。
彼らはKと取引をしたことによって、未だに地球を襲っているのかもしれない――
ミスターKが率いる謎の組織。
その組織の名は、『インフィニティ・ブラック』といった。
まだ、地球の誰もが知らない名前ではあったが……


さて。
大気圏より遥か下に広がる中国大陸では、ヨーコ駆るBソルが二体の宇宙人を相手に苦戦していた。
二体同時というのが、思った以上に厄介なのだ。
一体の攻撃を盾でしのげば、もう一体が体当たりや光線を当ててくる。
といった風に攻撃が来てしまっては、いくら天性の勘を持っていても関係ない。
肝心のレーダー役、カタナは騒ぐばかりで全然役に立ってくれない。
Bソルの盾はタイプαの度重なる光線攻撃で、真っ赤に熱を帯びていた。
早い話が、溶けかかっている。いつまで保つか判ったもんじゃない。
懐にさえ飛び込めれば、反撃できるのだが――どちらか一体でいいから!
飛び込みさえすれば、至近距離で電撃を当てられるかもしれない。
かもしれない、かもしれない……
「あーッ、もう!イラッイラするわねぇッ」
どこまでも絶望的な戦況にヨーコが苛立てば、カタナはビクッと身を竦める。
「す、すみませんッ。私が、お役に立てないばかりに」
――的確な情報をちょうだい――
ヨーコにそう言われ、窓に張り付いていた彼女なのだが、とにかく、この宇宙人二匹、とんでもない速さで動くのである。
博士達に命じられた時は、肉眼でも大丈夫だろうという考えがあったのだが……
とんでもない。
とても肉眼で追い切れるようなスピードではなかった。
気楽に引き受けたことを、カタナは後悔していた。
こんな時、シュミッドならどうするだろう。
探知できるような機械を作って、それで追いかける?
では、ジョンなら?お得意の動体視力で見極める?
パイロットのヨーコは、持ち前の勘でギリギリかわしている。
ヨーコでなかったら、今ごろは胴体に何発かくらって落ちていた処だろう。
「あっ!」
目の前を黄色い光が走り、カタナは思わずしゃがみ込む。
間一髪。Bソルが身を翻して光線は外れ、カタナにはヨーコの一喝が飛んだ。
「ちょっと!今のは見えてたんでしょ!?ちゃんと教えなさいよッ」
「す、すみま……きゃあッ!!」
目の前に薄く透明なものが広がり、カタナの謝罪は途中から絶叫に変じる。
「ふざけんな!」
ヨーコの怒号は宇宙人へ向けたものらしく、ソルが腕を突き上げた。
だが、その動きよりも早く、タイプαは後方へ飛んで間合いを外す。
攻撃するでもなく、かといって当たってやるでもなく、馬鹿にするように、ひらひらと飛んでいる。
完全に余裕を見せた行動だ。
当てられない悔しさに、スタンガンを握った片手にも力がこもる。
「ちっくしょ……ォォッ!」
まったく、舌打ちする暇もない。
Bソルはギリギリのところで盾を構えて、背後からの光線を防いだ。
横に動けば背後の奴もついてきて、なかなか挟み撃ちを振り切れない。
おまけに奴らはヒット&アウェイ。
撃っては逃げるの攻撃パターンを絶対に崩さないから、ますます厄介だ。
せめて、こちらもフェイント攻撃となる味方がいればいいのだが――
中国軍は完全に、なりを潜めてしまったようだ。
ソルが到着した頃から銃撃音も聞こえなくなっている事に、カタナは気付く。
――今は共に手を取り協力すべき時であるはずなのに――!
どこまでも利己的な母国に、彼女は歯がみした。


格納庫にいた整備班の面々も、我が目を疑う光景を目撃していた。
次々と、朝方に飛び立っていったはずの戦闘機が戻ってくるのだ。
大破したので戻ってきたというのなら、判る。
しかし機体の大半が、どこも異常なしだというのに戻ってくるとは。
「どういうことです!?」
戦闘機を飛び降り司令室へ駆け込んだアーニャは、間髪入れず士官へ尋ねる。
「どういうこと、とは?」
淡々と返す相手の胸ぐらを掴み上げ、睨みつけた。
「どうして全戦闘機を撤退させたんです!ソル一体で戦えるはずないでしょう!?」
胸ぐらを掴まれているというのに、相手も冷静に切り返してくる。
「我々はソルへ助けを求めた。だからソルが率先して戦うのは当然だ」
「率先して戦うってのは、一人で戦うことじゃないッ!」
彼女の金切り声を聞きつけて、次々と士官が集まってきた。
その中には、戦闘機へ置いてけぼりにされたカリヤとマチスも混ざっている。
「おいアーニャ!やめろ、言いたいことは判るがッ」
マチスが押さえるも、「離して!」とアーニャには乱暴に振り払われ、よろめいた。
なおも中国兵へ怒鳴ろうとする彼女を制したのは、なんとカリヤであった。
「よせ、アーニャ!こうなることは、来る前から判ってただろ!?」
「なんですって?それ、どういう意味っ!?」
興奮する彼女をマァマァと宥め、部屋の隅まで押しやると、南米男は声を潜めた。
「各国のお偉いさんは、俺達を何でも解決できるスーパーマンだと勘違いしてる。こういう連中には何をいっても無駄さ。SOSした時点で戦闘放棄してんだから。ヨーコには可哀想だが……最悪の事態も、考えておいたほうがいいだろ」
最悪の事態。つまりは、Bソルの墜落か。
黙り込んだアーニャにマチスも口添えする。もちろん、小声で。
「この国の連中は特に利己的だ。領収書の件でも判るだろう?元々、俺達は俺達だけで戦う覚悟を決めてきたはずだ。奴らに頼るんじゃない」
「頼ってなんか、ないわよ」
アーニャは、ぷいっとそっぽを向く。
そしてポツリと呟いた。
「……ただ、囮になってもらおうとしてたんじゃない」
カリヤとマチスは肩をすくめる。
「そういうのを、頼ってるっていうんだよ」


格納庫より数メートル先にある地上出口では、通路に転がる軍人の姿があった。
どれも中国兵のようだが、意識を失っている。
ある者は銃を手にしたまま、或いは白目を剥いて倒れていた。
気絶した軍人達の側に佇む影が二つ。
一つは、全身を黒で固めたスーツの男。
もう一つは全身から光を放つ、ぬるっとした生き物であった。
「……潜入成功。これよりベクトル殿と共に暗殺を行う」
男が通信機らしきものへ向けて呟く。
二、三言、誰かと会話した後、通信を切った。
傍らの光り輝く生き物へ視線を送り、二人は無言で頷きあう。
「ベクトル殿は格納庫にいる連中を。俺は、このまま司令室へ向かう」
男の指示に光り輝く生き物ベクトルは、ぷるぷると震えた。
顔らしき場所に黒い穴が開き、か細い音が飛び出す。
「・・・しれいしつ、いくわ、わたし。あなた、かくのーこ、たのむ」
不気味な生き物の口から漏れた言葉は、まぎれもなく地球圏の共通語だ。
「ベクトル殿……司令室は人数が多い。貴殿一人でやれるのか?」
尋ね返す男は、どう見ても人間。地球人にしか見えない。
男へ再度ぷるぷると震えると、ベクトルは囁いた。
「やる。わたし、がんばる」
「わかった。仕事が終わったら脱出してくれ。俺を待つ必要はない」
返事の代わりに頷くベクトルを残し、男が先に廊下へと出ていった。

司令室を出た整備班一行は戦闘機まで戻る途中で、異変に出くわした。
目撃したのはカリヤ達だけじゃない。
その場にいた、全員が見た。
突然、格納庫へ飛び込んできた男。
黒いスーツの男が、入ってくるなり銃を乱射し始めたのだ!
「なッ!なんなのよぉ、あいつ!?」
叫ぶアーニャの腕を取り、カリヤは近くの戦闘機の影に転がり込む。
「わかんねー!ただのキチガイってわけでもなさそうだし、もしかしたら」
「敵だ!」
別の戦闘機の影へ隠れたマチスが叫ぶ。
「敵!?宇宙人かッ?」
聞き返すカリヤへは首を振り、影からそっと男を見る。
髪型は角刈り、色は黒。
いかにもアジア人らしい顔のつくりをしている。顎が張っており、眉は太い。
黒いスーツに黒いサングラス。顔を覚えられないための変装か?
手に持っているのはマシンガン、のようだ。動くものへ即反射、即連射。
あんなに撃ちまくっていたら、すぐに弾切れを起こすに違いない。
男の顔に狂気は浮かんでいない。口をへの字に結んで、無言で撃っていた。
「……地球人じゃないの?日本人か、韓国人っぽいよ」
アーニャも影から覗き込んで、そんなことを言っている。
だがアジア人だとしたら、どうしてここを襲撃してくるというのか?
今は、地球人同士が争っている場合ではないというのに!
「まいったな、てっきりβが襲撃してくるもんだと思ってたのにサ」
カリヤが顎を掻く。顔には苦笑と、困惑の色が見え隠れしていた。
武器は戦闘機に積みっぱなしだ。出てくる時、何本か持ってくればよかった。
彼らが乱射男の様子を伺っていると、不意に後方からは爆音が轟いてくる。
「えっ!?」
そちらはアーニャ達がさっき出てきたばかりの司令室がある方向ではないか!
「同時襲撃か!」
マチスがぼやき、カリヤは戦闘機づたいに動き出す。
なんとしてでも自分達の機体まで戻り、武器を取ってこなければ。
「司令室を狙ってんのも地球人?なんかのテロリストなの!?こいつらッ」
今時テロったって、何をテロるんだよ。国なんて、どこも崩壊間近だってのに……
アーニャの叫びに、くちでは応えず心の中で突っ込むカリヤ。
声を出したら乱射男の標的にされる。今、見つかるわけにはいかないのだ。
ガンガンと激しく戦闘機の装甲に銃弾が反射して、アーニャが悲鳴をあげる。
男の次の標的が彼女に定まったらしい。まさに口は災いの元、だ。
まぁ、機体の影から出ない限りはアーニャも平気だろう。
彼女には悪いが、ここは囮になってもらうとして、早く武器を取ってこねば。
男が銃を構え撃ち始めると同時に、カリヤはこそこそ動き出す。
だが彼は、すぐ難題にぶつかった。
あとちょっとで自機へ到着できる距離だというのに、壁に出来る機体がない。
走って駆け込むにしても、ドアを開ける前に撃たれるおそれがある。
畜生、ここまで来て足止めとは……と、カリヤが地団駄を踏んだ時。
「中華人民共和国、万歳ーッ!!!」
右斜め前方から酔狂な叫び声が聞こえてきたかと思うと、男の照準がそちらへ向く。
激しい銃撃音が鳴り響く中、堅いものが床を転がってゆき――
続き、ドォンという激しい轟音が室内を揺るがした。爆音と共に乱射の音も止む。
戦闘機の影からカリヤが、そぉっと様子を伺ってみると……

まず、目に入ったのは床に広がる大きな焦げ跡。
手榴弾か何かを投げて爆発させた。大方、そんなところだろう。
血だまりに沈む死体が一つ。服装からして中国兵のようだ。
そして側には、もう一人。乱射男もいた。
近距離で爆発物をぶつけられては、さすがに五体無事とはいかなかったのだろう。
男は足を押さえて蹲っている。
どこに隠れていたのか、ばらばらっと姿を現わした中国の兵達が周りを取り囲んだ。
カリヤには聞き取れない言語で彼らは叫びあい、命じられた下っ端が走っていく。
「銃を取り上げろ!」「手足を拘束しろ!」といった命令でも飛び交っているのだろう。
「な……何だったのさ、一体?」
戦闘機の影から這い出してきたアーニャが呟くが、カリヤもマチスも首を傾げる。
男は宇宙人ではなかったが、ゲリラという風にも見えない。
彼が一体何の目的で基地へ乱入してきたのかなど、恐らくは誰にも判るまい。
彼自身から説明を受けない限りは。
「っと、それよりも司令室!あいつらを助けに行かなきゃぁ」
「その前に武器、武器!」
それっとばかりに走り出すカリヤの首根っこを掴み、アーニャは自機へと駆け込んだ。


ひっきりなしに飛んでくる光線。
度重なるギリギリの緊張感において、ヨーコの神経も限界へ到達しつつあった。
激しい横揺れに襲われ、Bソルが大きく振動する。
「きゃぁ!」
衝撃でヨーコがバランスを崩し、壁に叩きつけられた。
今まで、あれほど揺れても中央に仁王立ちしていられたはずの、彼女がだ。
「よ、ヨーコ!しっかりしてください、立てますか!?」
カタナが手を伸ばすが、彼女は、その手を払いのけ、気合いで立ち上がる。
「あたしに構わないで!そんな暇があるなら、敵の居場所を教えなさいッ!!」
「す、すみません……」
びくびく謝るカタナなど、もはやヨーコの眼中には無い。
優しい人だから、何かの役に立つかも知れないと思って選んでみたけど完全に人選ミスだった。
カタナは怯えてばかりで、全然、何の役にも立ちそうもない。
そればかりか、敵の動きを肉眼で捉えようとしている。
馬鹿だ。
あんな動き、目で捉えようとしたって捉えられるものじゃない。
「勘よ!勘でいいからッ」
言いながら、再び盾を構える。目の前で閃光が炸裂した。
タイプγが放ってきた光線を受け止めたのだ。
盾はだいぶドロドロに溶けていたが、まだ原型は保っている。
タイプαさえ、なんとかできれば――盾がなくなる前に、決着もつけられるのだが。
そう思ってαへ近づこうとすると、必ずタイプγが邪魔をしてくる。
奴らにも判っているのだ、αのほうが攻撃の要であるということが。
「ヨ、ヨーコ。提案があります。ここは逆を狙って」
窓に張り付いていたカタナが恐る恐る手をあげたので、ヨーコは話を促してやる。
「タイプγを先にやれっての?」
「はい」
自信たっぷりに頷く彼女を、ヨーコはジト目で睨みつけた。
「……あのね」
「はい?」
「αを背にしたら、間違いなく致命傷を受けちゃうじゃない!あんた馬鹿でしょ!?」
「ですから!αを狙うと見せかけて、γを狙うんです!さっきから見てると」
ヨーコの攻撃は直線的すぎる。だから敵にも把握しやすく、避けられやすい。
敵は常にBソルを挟む形で移動している。
そこで、αを攻撃すると見せかけて、直前に振り向いてγを攻撃してみたら、どうか?
一直線に突っ込むのではなく、ジグザグ飛行など動きも読めないものにして。
そう言って、カタナはヨーコを真っ向から見つめた。
まだ語尾は震えていたが、瞳の奥に宿る光は真剣なものであった。
「フェイントねー……っと!」
再び前方で閃光。盾が赤く染まり、さっきのよりも激しい光が舞い散った。
「ま、やってみるわ。どうせこのままじゃ四方塞がりだし!」
「それと!スタンガンは、当てる直前まで隠し持って下さいッ」
見せて突撃したんじゃ、向こうだって当てさせてはくれまい。

しかし、もし当てられたとしても、奴らに電撃は効くのか?

その答えは、αの動きが証明している。
今までの攻防を観察していた限りでは、αはソルが接触する直前で逃げている。
もしスタンガンも効かないのであれば、逃げる必要などないはずだ。
怯えているだけのように見えて、意外なほど冷静にカタナは状況を把握していた。
少なくとも、頭に血が上ってしまったヨーコよりは、ずっと。
「素手で殴る、そういう風を装うんです!当てる直前で持ち替えてッ」
「OK!そんなの、あんたに言われるまでもなく判ってるんだから!!」
判ってるんだったら、最初からそうすればいいのに。
だがカタナがそう突っ込む暇もなく、Bソルはタイプαへ突っ込んでいった。
まっすぐ直線コースで。ぐんぐん迫る透明の物体を前に、カタナが絶叫する。
「や……やっぱり、全然判っていないぃぃぃっ!!」

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