BREAK SOLE

∽中国編∽ 今、ひとつの歴史が終わる日−2


遠くから、獣の吼える声が聞こえる。
声は一つ、二つと群れをなし、次々と重なって虚空へと消えていく。
なんだろう。うるさい。
まだ、眠いのに……

――違う、これは館内に響き渡るサイレンだ!

ガバッと跳ね起き、マチスが隣を見やると。既に起きていたカリヤと目があった。
「おそようさん。ソルはすでに出撃したよ」
「……そうか。それで?俺達には出撃命令は出ていないのか?」
険しい視線で窓の外を見る。
忙しく走り回っていたはずの軍人達は、姿を消していた。
たくさん並んでいたはずの戦闘機、その殆どが無くなっている。
カリヤは戯けた口調で答えた。
「あぁ。代わりに出てるのは待機命令だけさ」
おどけてみせたつもりのようだが、カリヤの表情も厳しい。
不意に彼がポツリと呟いた。
「……なんか、悔しいよな」
「悔しい?」
操縦席を見ると、カリヤは俯いている。下唇を噛んでいた。
「あいつらだって出撃命令が出たっていうのに、俺達は待機で。戦えもしないなんて」
「仕方ないサ。あたしらは所詮、修理班だからね。でも、」
後部座席から、ニュッと差し出されたもの。銃、ライフルだ。
もちろんコルクの栓は引っこ抜き、ガムテープも外し済みだ。
「必要最低限の武装だけは、怠るんじゃないよ?何があってもおかしくないんだ」
言って、アーニャがニヤリと微笑む。不敵な笑みであった。
銃を受け取り、マチスは弾数を調べる。
ライフルなど最後に撃ったのは、いつだったか。
組織へ入る前、学生の頃、親と一緒にハンティングへ行った時かもしれない。
「タイプβか。我々が来た事が伝われば、奴の乱入も充分考えられるか」
「そういうこと。カリヤ、あんたはいつでも発進できるよう、用意しときな」
背後から軽く背を叩かれて、カリヤも頷いた。
「オーライ」


サイレンが鳴り響いた、その一回目に、ヨーコは、がばっと跳ね起きて中央に立つ。
カタナへは「隅っこに座ってて!発進するわよッ」と言うが早いか、念を込め始める。
館内放送がソルの出撃要請を怒鳴り散らしたのは、ちょうど、その直後だった。
『緊急警報、緊急警報!敵機来襲!Bソルは直ちに出撃せよ!繰り返す――』
「……言われなくても、やってるわ、よッ!」
ソルが一歩足を踏み出し、カタナはバランスを取り崩す。
一歩、二歩、三歩と、ゆっくり歩いた後。
「行けぇッ!」
ヨーコの声に呼応するかのように、突然ブーストがかかった。
加速に耐えられず「ひぃあ!」と情けない声を出して、カタナが床を転がる。
それには構わず超高速で低空飛行へ入ったかと思うと、Bソルはゲートプールへ着水。
水圧を物ともせずに、その勢いのままゲートを抜けて外の海へと飛び出した。
魚たちが驚いて逃げ出す中を、高速で進んでいく。
かと思えば、数メートル進んだ先で急上昇。ぐんぐん水面が近づいてくる。
壁に押しつけられたまま、カタナは小さく呻いた。
自分がこれだけ無様に転げ回っているというのに、ヨーコときたら、どうだ。
中央に仁王立ちしていて、よろめきもしない。足から根っこでも生えているかのように。
激しい水音と共に、Bソルが水から飛び出す。
空のフィールドでは既に、中国の戦闘機が宇宙人と派手にやりあっていた。
戦闘機から白い煙が一斉に吐き出され、宇宙人へと飛んでいく。
だが、それのどれもこれもが、当たることなく空の彼方へと消えていった。
当たるわけがない。
奴らに実弾が効かないことなど、アストロ・ソールでは認知済みだ。
どういう原理なのかは判らないが、実弾は彼らの体を素通りする。
「あの戦闘機、邪魔ね!」
チッと舌打ちを漏らし、ヨーコが腕をぐいっと上げる。
その動きに反応したようにBソルも腕を上げ、背中からシールドを取り出した。
もう片方の手には、小銃が装着されている。
水の中を突き進んでいる間に、装備していたものらしい。
「ヨーコ、我々の作戦は防御一徹です!攻撃しちゃいけませんよッ」
叫ぶカタナへ「うるさいわね!」と怒鳴ると、ヨーコは不敵な笑みを浮かべる。
「殴られてばかりってのは、あたしの趣味じゃないの。とことん反撃してやるわ!」
飛び出してきたソルへ、戦闘機の攻撃をかわしていた宇宙人も気がついたようだ。
ひらひらした奴が透明な奴へと近づいていき、二匹が揃ってこちらを見る。
ぎょろりとした二つの目が向いた瞬間。
「先手必勝ッ、くらえぇ!!」
Bソルは迷いも恐れもなく、二つの宇宙人目掛けて突っ込んでいった!
「ひゃあああああッ!!む、無茶ですヨーコ、止まってェェ!!」
カタナの絶叫も空しく、ヨーコに止まる意志は微塵もない。
それというのも、Bソルの武器は相手に近づかないと効力をなさない物であったから。

スタンガン。

Bソルに装填された武器は、スタンガンの改良版だ。
もちろん通常の物とは異なり、殺傷威力を最大まで上げてある。
実弾が効かないのなら、電気はどうだろう?
そういったアイディアで生まれた武器であった。
だが、これには最大の欠点がある。敵に近づかないと当てられないのだ。
だからヨーコは突っ込んだ。突っ込んでいったのは、奇襲の意味もあったが。
突進する青い機体を前に、ひらひらした奴と透明な奴が目配せする。
二匹はサッと散開し、目標を失ったBソルは空中で緊急停止。
「チッ、素早い――」
ヨーコの独り言は途中で途切れ、代わりに「ぁうッ!」と悲鳴をあげさせられた。
散開した一匹、透明なほうがソルへ体当たりをかましてきたのだ。
ヨーコの怒りは自然と、カタナへ向けられる。
「ちょっと!」
「は、はいッ」
怯えて返事する彼女へは振り向きもせず、ヨーコは怒鳴った。
「あんた、ドコ見てんのよ!しっかり敵を見張ってなきゃダメじゃないッ」
そうは言っても敵の動きが速い、速すぎる。
自分は、いきなり散開した二匹の、どっちの動きを追えば良かったんだろう。
それにソルだって高速で動いていたから、窓の外から見えるのは流れる雲ばかりで。
「くぅっ!」
咄嗟にヨーコが腕で頭を庇う仕草を取る。
ソルがシールドを構え、飛んできた光線を寸での処で受け止めた。
ジュッ、と嫌な音を立てて盾が少し溶けている。
「ちょっと、これ、保つんでしょうね!?」
ヨーコが悲鳴をあげているが、そんなのはカタナの知るところではない。
「……やっぱり、近づかないとォ!」
スーツを通してヨーコの意志がソルへ伝わっていく。
空中だというのにソルは前屈みになり、飛び出すチャンスを伺った。
彼女は何がなんでも相手の懐へと飛び込み、スタンガンをくらわせたいようだ。
「そ、それだけはぁッ」
ダァッとタックルして彼女を止めようとするカタナだが、急転回して逆方向に飛ぶソルの勢いには勝てず、再び床を転がった。
「はぅっ」
「くそ、うっさいわね!あっちを狙えばコッチ、こっちを狙えば――」
ハッとなり、ぐいっとヨーコは身を捻る。
間一髪。ソルの足下を黄色い光が駆け抜けていった。
「――あっちから攻撃が来るんだから!戦闘機は、何をやってるの!?」
二匹の宇宙人に挟まれているようだ。
壁に頭をぶつけ呻いていたカタナにも、ようやくそれが判る。
ヨーコは天性の勘で二匹からの攻撃を避けているようだが、このままでは駄目だ。
この戦い方では、いずれ彼女は潰される。
カタナは起き上がり、窓に張り付いた。中国軍の戦闘機は見えない。
ソルが来たので撤退したか、或いは全て撃ち落とされてしまったのか?
いや、それよりも宇宙人。宇宙人は、どこだ!?

――いた!

目の前を掠めて飛んでいく、透明の物体。
「あそこです!」
指さす相棒に答えるまでもなく、ヨーコの口からは怒号が飛び出した。
ぶっとばぁぁぁすッ!!!
窓枠にしがみついたままカタナも叫ぶ。半分以上、泣きながら。
「え、ちょ、まっ、まってぇぇ!体当たりするんじゃなくて、横へ逃げてェ!」
カタナの助言も意味をなさず、Bソルは真っ直ぐタイプαへ突っ込んでいく。
対するαは逃げるでもなく手をかざし、その掌へは黄色い光が集められ――
「どりゃああぁぁぁっ!!」
「げふぁッ!!」
カタナの跳び蹴りがヨーコを奇襲し、あわやというところでBソルは難を逃れた。
バランスを崩したおかげで、光線の直撃も免れたようだ。
タイプαの放った光線は地上へと消えていき、やがて、その軌道も見えなくなる。
すぐさま立ち上がり「いったいわねぇ〜っ」と文句を言うヨーコを、カタナが睨みつける。
「逃げろといったら逃げるんです!パートナーの言うことには従いなさいッ」
「だからって、体当たりすることないじゃない」
言っている途中で、バンッとヨーコの手が直接パネルを叩く。
ひらひらの光線から逃れようと、ソルを急上昇させたようだ。
だがタイプγの攻撃は、その程度で逃れられるシロモノではない。
奴の光線は、どこまでも追いかけてくる。それこそ、相手に被弾するまでは。
しつこく後を追いかけてくる光線へ向き直ると、ソルがシールドを構えた。
盾と光線が当たった瞬間、まぶしい光がパッと散る。なんとか防げたみたいだ。
「こいつ、あいつより威力は弱めだわ……いけるッ」
ヨーコの顔に、歓喜の色が浮かぶ。
αの攻撃にさえ耐え切れれば、勝機が見えるかもしれない。
彼女は、そう考えたようだ。どこまでも勝ち気なヨーコへ、背中からは切実な訴えが。
「だからって、無闇に突っ込んじゃ勝てるものも勝てなくなりますよ!?」
「そうね、そのとおりだわ」
やはりカタナへは振り向きもせずに、ヨーコは言った。
「だから的確な情報をちょうだい。あたしの勘だけじゃ、追い切れないみたいだしね!」

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