BREAK SOLE

∽4∽ 共同生活開始


ミーティングが終わるや否や、スタッフ達が急ぎ足に入ってくる。
「博士、準備は完了しました。Cソルの修理も終わっています」
Cソルとは、頭から大墜落した黄色い機体のことだ。
もう修理が終わったとなると、ここのスタッフは侮れない整備力の持ち主である。
丸顔のQ博士が「ご苦労」と頷き、今にも飛び出していかんとするピート達へ声をかけた。
「では海底工事を始めるとするかの。クレイ、ピート、ヨーコ。頼んだぞ」
「はい!」
ヨーコとピートは元気に返事をし、クレイは黙って頷くと、部屋を出て行く。
「あ、あの〜……海底工事って?」
どうやるのかと尋ねようと猿山が声をかけるも、Q博士はそれを手で制し皆へ振り返る。
「工事のほうは心配いらんよ、わしらで何とかする。それよりも諸君らに言っておく。これから先の共同生活は長い期間となることが予想されるじゃろう。そこで、じゃ。共同生活に入る前に、この旨を親御さんに説明してくれるかの?」
「え……」
今すぐに共同生活へ入るものと思っていた子供達に、戸惑いが走る。
「よいか。きちんと、正直に説明するんじゃぞ?それで親御さんの了承を得た者だけが、ここへ戻ってくるんじゃ。反対されたり、止められた者は、戻ってきてはいかん。親を心配させてはイカンからの」
春名達は中学を卒業してから一年しか経っていないのだから、当然未成年ばかり。
未成年を雇うのには、色々と問題がある。
その一つが肉親との長い別居だ。
それにしても正直に、とは意外な感じだ。
初めて出会った時のヨーコ達の対応から見ても、彼らの行動はシークレットのはず。
それを簡単に、親へ話してしまってもいいものだろうか?
「親の了承を得たら一ヶ月後に、また此処へ戻ってきて欲しい。それじゃあ、な」
Q博士に手を振られ、互いに互いの顔を見合わせる卒業生達。
腑に落ちないながらも、その日は素直に家路へとついた。


一ヶ月が過ぎた。
中学跡地へ向かう猿山は途中の道で見知った顔を見つけ、後ろからポンと背を叩く。
「よっ。川村」
「ん?なんだ、猿山か」
振り向いた川村義之の隣に移動しながら聞いた。
「お前も行くんだろ?跡地」
「ん、まぁな。って言ってる、お前もか」
二人はしばらく無言で歩いていたが、すぐに猿山がまた話しかける。
「なぁ。お前さぁ」
「何だ?」
「お前、親にちゃんと話した?」
「ん?まぁな。ちゃんと、ウソを話してきたぜ」
そう言って、川村は歯を見せて笑う。
「お!お前もか〜。実は、俺もなんだよね」
つられるように猿山もニッカと笑い、川村は頭の後ろで腕を組みながら呟く。
「あんなの正直に話したら、頭がおかしくなったと思われちまうもんなぁ。親に」
「だよな〜」
「それに、後で真実が世間バレした方が格好いいじゃん!」
「そうそう!俺達正義の味方って感じ!」
等と言いながら、二人して鼻息を荒くする。
頼まれたのは戦艦を造る手伝いだけだが、自分達が宇宙人と戦うつもりになっていた。
「それにさ」
「うん?」
「博士はああ言ったけど、本当の事を言ったら駄目だったんじゃないかな?」
「どういうこった」
きょとんとする猿山に、川村が指を突きつける。
「本当のことをしゃべったら……俺達を消すつもりだったのかもよ」
「は?まっさか〜。どうやって?盗聴器でもつけたってかぁ」
おどけて見せる猿山、の襟首を引っ張って、川村もおどけてみせた。
「俺達が知らないうちに、この辺に植え付けたりしてサ」
ふぅっ、と首筋に生暖かい息がかかり、猿山が悶える。
「うひゃひゃ!や、やめろって、くすぐって〜っ」
「トイレから風呂までバッチリ聞かれちゃったかもよ〜?」
「あひゃひゃっ、そ、そんな高性能な盗聴器、見たことねーって!」
子供のようにじゃれ合いつつも、次第に二人の歩調は早まっていく。
逸る期待に胸を高鳴らせながら、最終的には駆け足で跡地へと到着した。

続々と集まってくる人影を、飛行艇の窓から眺めている者がいる。
丸い頭のシルエット。言わずとも判る、Q博士だ。
コンコンと扉がノックされ、スタッフの一人が入ってきた。
「失礼します。有雅致中学卒業生の皆が集まってきました」
「うむ」
「全員、戻ってきたでしょうか?」
スタッフが尋ねると、目線は窓の外へ向けたまま博士は答える。
「彼らが今時の子供なら間違いなく、全員戻ってきておるじゃろ」
視線は険しいものの、博士の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「え?それは、どういう意味ですか」
思わず聞き返したスタッフに振り向くと、博士はこうも言った。
「彼らは間違いなく、親にウソをついて戻ってきおった。そうでなければ、ここへ来ることなどできんじゃろう」
「し、しかし、博士、あなたは正直に話せとおっしゃったではないですか」
「そうとも。彼らが、それをしないだろうということも承知の上じゃった」
最初から嘘をつくだろうと思っていた――?
なら、何故正直に話せなどと彼らに言ったのだろうか。
「では、戻ってきた彼らを追い返しますか?」
さらに尋ねると、博士は首を振る。
「何故じゃ?せっかく戻ってきたんじゃ。歓迎しようではないか」
「彼らは嘘つきですよッ。親の了解が得られないのに迎え入れるわけには」
すると博士は溜息をつき、スタッフを見つめた。
「我々の仕事はまだ、シークレットにしておかねばならんのじゃ。これで彼らを買収せずに、見張ることができるではないか」
正直に話せば、親は彼らが此処へ戻ることを承諾しないはずだ。
何しろニュースにも出てきていないような、途方もない話なのだ。
親は十中八九、彼らの言葉を妄言と取り、本気になどするまい。
本気にしたらしたで、我が子に、そのような危ない真似などさせる親もいまい。
つまり正直に話したら、二度と此処へ戻ることもなく、関わることもなくなっていた。
そこで博士は、彼らへ正直に話せと言ってみた。
馬鹿正直に話して親に止められるようなら、それでよし。
嘘をついてでも戻って来るというのなら、こちらで監視することが出来る。
どちらに転んでも、博士の思うとおりなのであった。

そして、彼らは戻ってきた。
誰一人欠けることなく、二十人全員。

「へっへ、まさか大豪寺までが嘘つくとは思わなかったぜ。あ、あと晃もな」
猿山に名を呼ばれ、春名と晃は肩を竦める。
春名のほうは婆さんが半分ボケていたから、騙すのは簡単だった。
晃は嘘をつくことに躊躇いがあったものの、結局は好奇心に負けて嘘をついてきた。
「それ言ったら、有吉さんだってそうだよ。クラス委員長が嘘ついていいのか?」
長い髪を さらりとかき上げ、有吉澄子は澄まして答える。
「クラス委員長は、中学と同時に卒業しちゃったもの。これからは正義の味方のお手伝いさんとして生きるわ」
「それにしても二十人が全員、嘘をついてくるとはね。俺達のクラスは最強だわ」
川村が大きく溜息をつき、皆は互いに顔を見合わせる。
「だからこそ、秘密結社に協力を頼まれたんじゃない!」とは、瞳。
アストロ・ソールは、すっかり秘密結社扱いだ。
「でも、お婆さん。一人で放っておいても平気なの?」
秋子に聞かれ、春名は俯いた。
「今年から老人介護施設へ入る予定になってたから……」
「そっか。近所の人には手伝ってくれるよう、頼んどいた?」
「うん」
祖母を一人で残していくのは心配ではあった。
だが、それ以上に、皆のことが心配であった。
戦艦製造と言っていたが、実際には何をやらされるのか判ったものではない。
もし秋子達が死に瀕するような事でもあったらと思うと、気が気じゃなくなった。
それに自分が行かないことで、皆に迷惑がかかるのも良くない。
そう考えて近所の人へあてた書き置きを残し、春名は家を出てきたのであった。
「このメンバーなら大丈夫」
春名の不安を見通したかのように、秋子が肩を叩いてくる。
「何があったって、全員一緒なら乗り越えていけるよ」
力強く頷く秋子に「……うん」と春名も力強く頷き返した。
大丈夫。
あんな酷い目にあっても卒業後、同窓会に来ることができた仲間だもの。
これから先どんな酷いことがあっても、きっと大丈夫。

「ほうほう、どうやら全員戻ってきたようじゃのぅ」
気の抜ける声に皆が振り向くと、そこに立っていたのはQ博士。
他は姿が見えないが、もう海底基地とやらに行っているのかもしれない。
「あ、あの。私達、戻ってきました」
目に見えて判ることを有吉が繰り返し、博士はウンウンと頷く。
「よく戻ってきてくれた。では、諸君らを生活スペースへ案内しよう」
「あ!基地は、どうなったんですか?どこに、あるんですかっ!?」
逸る猿山がハイハイ、と手を挙げる。
Q博士はニッコリ笑うと、道路から見えている海を指さした。
「あそこじゃ。中学が沈んどったんで、校舎をベースに使わせて貰ったぞい」


猿山達を乗せた小型潜水艦が、海底まで辿り着く。
やがて前方に見えてきたのは大きな建物の、残骸。
かつての有雅致中校舎だ。
その上を素通りして、しばらく行ったところで一旦停止。
操縦席に座ったスタッフの一人が、一、二度、何かの信号を海中へ向けて発信する。
すると海底と同じ色の岩が左右に開き、潜水艦を招き入れた。
四方を金属板で封鎖された長い通路を抜け、一行はようやく床へ降ろされる。
当たり前だが、潜水艦から下りた先には空気があった。
海底基地というから、もっと息苦しいかと思っていたが、案外快適な事に気づく。
通路はどこも煌々と照らされていて、空気の淀んだ箇所など一つもない。
潜水艦から下りると同時に、一行は澄んだ空気を胸一杯に吸い込んだ。
改めて、アストロ・ソールの技術力には驚かされる。
「ほぇ〜〜〜……」
ジャンプしても届きそうにないほど高い天井を見上げ、猿山が感嘆する。
「すごいな、これは……材質は何だろう?鉄、ではないみたいだけど」
カンカン、と壁を叩いては首を捻っているのは晃。
「天井、高いねぇ〜………」
秋子もまた、空を見上げて呟く。
すると背後から、それに応える声がした。
「当たり前でしょ?ソルや戦艦を格納するんだもの」
ハッと慌てて振り向いてみれば、真っ先に目に入ったのは豊かなバスト――
「って、どこ見てんじゃコラァ!」
ガツンといい音がして、猿山は頭を抑えて蹲る。
「いってぇ〜!殴るこたねぇだろ、乱暴女!」
「うっさい!」
殴った秋子は謝りもせず背後の少女、ヨーコへ目を向けた。
「えーと……パリエットさん、だったっけ?お久しぶり〜」
愛想良く笑いかける春名と秋子に、ヨーコはジト目で睨み返す。
「あんた達、戻ってきたのね。ま、せいぜい邪魔にならない場所で、お茶くみでもしてることね」
久しぶりの挨拶だというのに、いきなりの喧嘩腰だ。
これでは、秋子の額に青筋が走っても仕方がないと言えよう。
「お、お茶くみってねぇ!あたし達は、仲間でしょ?戻ってきた仲間に、その態度はないんじゃない!?」
「仲間ァ?」
ハンとばかりに鼻を鳴らすと上から下まで値踏みするように秋子を眺めてから、ヨーコは無下に、その言葉を切り捨てた。
「冗談いわないで。あたし達エリートパイロットと、あんた達が仲間ですって?あんた達みたいな凡人が、あたしの手伝いなんて出来るわけないじゃない。むしろ手伝われるだけ迷惑だわ。スタッフへの お茶くみ係が適任よ!」
カーッとなったのは秋子だけではない。
その場にいた、他の卒業生も同様だ。
温厚な春名でもカチンときたし、猿山もムスッとして腕を組んでいる。
「あの子、可愛いんだけどさ、性格に問題ありすぎだよな」
ボソッと川村が隣の近藤琢郎に囁きかけ、近藤も無言で頷いた。
仁王立ちのヨーコは、ひそひそ話に気づいているのかいないのか高飛車に言い放つ。
「さぁ、さっさと生活スペースにでも何に行きなさいよ。判る?そこに突っ立っていられたら邪魔なの!」
「じゃ、邪魔って、あんた一体何様の」
つもり?と言いかける秋子の横を、ジャンパーに身を包んだ青い髪の男が通り抜ける。
手には工具箱を下げて。
その人影を目に入れた途端、ヨーコの態度は一変した。
「きゃ〜〜ん☆クレイおにいちゃん!どこ行くのォ?ソルの整備するなら、ヨーコも手伝うゥ〜」
さっきまでの刺々しさは、どこへやら、瞳をウルウルさせて、両手は口元に当てて、これでもかというほど乙女を強調。
あまりの豹変っぷりに、猿山達も言葉をなくす。
彼らが呆然と見守る中、ヨーコに呼び止められたクレイは振り向き、一度だけ首を振るとスタスタ歩き去っていく。
「あ〜ん、おにいちゃんってばイケズゥッ」
ヨーコが甘ったるい声をあげようと、彼が振り向くことは二度となかった。
「お……お兄、ちゃん………?」
思わず壁際まで下がってドン引きしつつ春名が尋ねると、きつい視線が彼女を貫く。
すっかり元の調子に戻ったヨーコが、冷たい声色で答えた。
「何よ。もう名前忘れちゃったの?今のはクレイお兄ちゃん。でも凡人のあんた達がエリートのお兄ちゃんを呼び捨てなんて百億年早いから、呼ぶ時はクレイ様って呼びなさいよね」
何が何でもエリートは様付けが基本らしい。彼女の脳内では。
クレイ様でもブルー様でも構わないよと思いつつ、更に尋ねたのは晃。
ヨーコの態度はむかつくが、それ以上に好奇心が勝って仕方ない。
「ソルの整備って?整備はスタッフがやってるんじゃないのか」
嘲るように鼻でせせら笑うと、彼女は答えた。
「お兄ちゃんはエリート中のエリートなのよ?だからソルも自分で整備してるの。機体を完全にコントロールするには、自分の手で調整しなきゃね」
「じゃ、お前は?お前もエリートなんだろ」と口を挟んだのは猿山だ。
「だれが『お前』よ!失礼なサルね」
「お前のほうが失礼じゃあああッ!!!」
憤慨する猿山は当然の如くスルーされ、ヨーコは晃へ向けて言う。
「勿論、あたしとピートも整備ぐらいは自分でやってるわ。でも、クレイお兄ちゃんは特に念入りなの。訓練のない日や戦闘のない日は、いつも整備に取りかかってるみたい」
だからね、と付け加えた。
「あたしやお兄ちゃんの為に、弁当の一つでも作ってみなさいよね。どうせ、あんた達が役に立つっていったら、その程度なんだから!」
元有雅致中の皆が、またしても怒り頂点に達したのは言うまでもない。

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