BREAK SOLE

∽3∽ 自己紹介


外から見た時は小さいように思えたが、中に入ってみると飛行艇は広かった。
子供達は一つの部屋へ通され、空いている席に腰掛けるよう指示される。
スタッフは部屋までついてこなかった。
部屋に残ったのは、白衣を着た爺さん達とパイロットの三人だけだ。
Qと名乗った博士が前方の壇に上がる。
「さて。今日はミーティングの代わりに、お互い自己紹介といこうかの。わしはもう名乗ったから、後はパイロットの三人と他の博士達じゃな」
Q博士の隣に、白菜頭の爺さんが立つ。
「わしはT。T博士と呼んでくれぃ」
続いて会釈をしたのは、キノコ頭の爺さん。
「R博士じゃ。わしらは皆、訳あって本名を名乗れん」
RだのQだのというのは、コードネームというやつなのかもしれない。
R博士の隣で、ぺこりと遠慮がちに頭を下げたのは、やや小太りな爺さんだ。
「U博士です。博士と呼ぶのが恥ずかしければ先生でも構いません」
どっちでも馴染めないよ。
そんな呟きを誰かが漏らした。
博士の紹介が終わったところで、皆の視線もパイロットの三名に移る。
Q博士が右から順に名前を呼ぶ。
「続いてパイロットじゃな。そこのちっこいのがピート、歳は十四じゃ」
ちっこいの、と言われて金髪の少年がガリガリと頭を掻く。
小さいと紹介されるだけあって、背丈は女子と同じくらいに見える。
せいぜい百六十から百六十五センチといった処か。
「チェッ。オレがちっこいんじゃなくて、後の二人がでっかいだけなんだけどな。オレはピート=クロニクル。ピートって呼んでいいぜ、気軽にな!」
そう言って、ウィンク。
主に女子へ向けてのアピールと思われる。
「んじゃピート、一つ聞いてもいいか?」
アピールに応えたのは残念ながら女子ではなく、男子の牧原賢吾であった。
「なんだ?」
「黄色い機体に乗ってたのって、お前だよな。何でお前だけ墜落してきたんだ?」
ちょっと考えれば誰にでも判る回答である。
それを、わざわざあえて聞こうというのだから、この牧原少年も人が悪い。
案の定ピートはチッと舌打ちを漏らし、あからさまに嫌そうな態度を見せた。
「悪かったなァ、ヘタクソで。まだ乗って三週間目なんだから仕方ねぇじゃん?」
「あんな攻撃、避けられない方がおかしいのよ!」と言ったのは牧原ではなく、ピートの隣に立っていた茶髪の少女であった。
彼女をQ博士が紹介する。
「彼女はヨーコじゃ。歳は十六、皆と同じくらいかの?仲良くしてやってくれぃ」
名を呼ばれて、ヨーコ自身も胸を張って自己紹介した。
「ヨーコ=パリエットよ。あんた達みたいな民間人に呼び捨てにされるのは嫌だから、呼ぶ時はヨーコ様って呼びなさいよね」
「なッ、なにぉう!?」
猿山以下、血気盛んな男子達が食ってかかろうとして、ピタリと動きを止める。
何事かと思って視線を追ってみれば、彼らの目はヨーコの身体に釘付けとなっていた。
下から見ていた時は判らなかったが、今こうして同じ高さに並んでみると、彼女は春名達と同世代にしては、かなり発育のよい少女であった。
背も高いが、何よりスタイルがいい。
足はすらりと細く、顔立ちも悪くない。
いや、美人の部類に入るだろう。
黙って立っていればモデルと言っても通用しそうだ。
「うほぅッ!ボン、キュッ、ボンッてかぁッ!?」
思わず興奮する猿山へ、女子からは一斉に非難の視線が注がれた。
「やーねぇ。男子はこれだから」
「だ、だってよ!フツーは見らんねーぜ?ああいう女の子って!」
慌てて猿山が反論するも、女子の冷たい視線に気圧される。
「猿山ァ。あんた、女の子を、そーゆー目でしか見られないワケ?」
「スタイルが良ければ何言われても、許しちゃうんだ。さっきまで怒ってたのにねェ」
たじたじとなる男子のフォローに入ったのは、なんとヨーコ当人であった。
「あら、女の子がスタイルを褒められるのって最高の褒め言葉じゃない?良いものを素直に良いと褒めて、一体何が悪いっていうのかしら」
自分のスタイルが良いと認めているからこその発言に、女子はさらにムッとなる。
だが彼女達の機嫌など何処吹く風で、ヨーコは猿山に一歩近づいた。
「今まで貧乳達に囲まれてたんじゃコーフンしても仕方ないわよねぇ。よろしくね、えーと、サル?あんたとなら、仲良くやっていけそうだわ」
ついさっきまでデレデレしていた猿山だが、サルと呼ばれて我に返る。
「ムキーッ!誰がサルじゃぁっ!!」

『サル』

そのアダナは、幼少の頃から彼が最も嫌っていた黒歴史な名前であったのだ!
彼をサルと呼びたがる友達は多かった。
だが本人が異常に嫌がる為、今では暗黙の了解で、誰もが猿山を『サル』と呼ぼうとはしない。
「あら、だって誰かが、あんたのこと猿山って呼んでたじゃない。だからサルでいいんじゃない?呼び名」
「よくねーよっ!」
なおもプンスカする猿山に、ヨーコは肩を竦め、ピートは馬鹿笑いする。
「んじゃー、オレもサルって呼ぶことにするわ!よろしくなっ、サル!」
「サルって言うなァァ!」
本人が喚くほど嫌がっているというのに、二人とも全く意に介さない。
もはや喚こうが泣こうが、猿山の呼び名は『サル』で定着しそうな勢いだ。

――こいつら、顔は良いが性格は最悪だ――

皆の脳裏を絶望の言葉が駆け抜け、Q博士は朗らかに微笑んだ。
「どうやらヨーコは皆と仲良く慣れたようじゃの」
どこをどう見たら今の状況が、そう見えるのであろうか。
この爺さんも一筋縄ではいきそうにない、謎な性格の持ち主であるようだ。
「最後じゃの。この、でっかいのはクレイ」
仏頂面で突っ立っていた青い髪の青年が、ぺこりと会釈する。
彼も何か自己紹介を始めるのかと、皆は黙ってクレイの言葉を待った。
待った。
待った。
数十秒が過ぎ、Q博士が場を締める。
「これで、こちら側は全員終わったのぅ。次は、そちらの番じゃ」
「えぇぇー!!?」
晃達の驚きに、Q博士も驚いて「何が、えぇぇ〜なんじゃ?」と聞き返してきた。
「だって!紹介って、それだけですか?」
晃が問えばQ博士は、しばし考える仕草を見せポンと手を叩く。
「ん、あぁ。そうじゃな。クレイのフルネームはブルー=クレイじゃ。ブルーでもクレイでも、好きなほうで呼んでやったらエェ。歳は二十歳。皆より、ちょっと年上かもしれんのぅ」
クレイは一切無言で、どこか一点をジッと見つめていた。
Q博士の言葉を引き継いだのは、クレイではなくピート。
「ちなみに、オレ達は護衛機のパイロットやってんだけど。これが選ばれた戦士ってのしか出来ないってヤツでさぁ。ま、エリートってやつ?オレがCソル、ヨーコがBソルで、クレイはAソル、な」
軽薄にしゃべるピートを見ている限りでは、彼がエリートと言われてもピンと来ない。
まぁ墜落したのも彼だけだし、ピートだけは『自称』エリートなのかもしれない。

ここまでを、ぼんやりと春名は聞き流していた。
今日は一年ぶりに皆と会えるとワクワクしていたはずの同窓会なのに、何がどうしてどうなれば、こういう事態に発展してしまうのだろう。
――不意に視線を感じた。
辺りを素早く見渡す。その視線は前方から来ているようだ。
ハッと前方を見やると、クレイと目があった。
目が合った途端、それまで仏頂面だったクレイの顔に、ほんのりと笑みが浮かぶ。
見つめていることに気づいて貰えたという喜びであった。
だが、当然の事ながら春名は当惑する。

なんで?どうして?
どうして、私を見てるの?この人。

困った春名は晃に救いの視線を送るも、晃は肩を竦めるばかり。
そんな目で見られても、僕にどうしろって言うのさ。
彼の目は、そう語っていた。
春名が困っている間にも話は、どんどん進んでいく。
「それじゃ、次は皆の自己紹介を聞こうかの。右席から順に名乗ってくれぃ」
Q博士に急かされて、元学生達は右から順に立ち上がり、名乗りをあげた。


秋生 晃(あきお・あきら)
有田 真喜子(ありた・まきこ)
有吉 澄子(ありよし・すみこ)
川村 義之(かわむら・よしゆき)
工藤 恵子(くどう・けいこ)
近藤 琢郎(こんどう・たくろう)
桜井 瞳(さくらい・ひとみ)
佐々木 優(ささき・ゆう)
笹本 宗太郎(ささもと・そうたろう)
猿山 突兵(さるやま・とっぺい)
清水 豊重(しみず・とよしげ)
鈴木 三郎(すずき・さぶろう)
大豪寺 春名(だいごうじ・はるな)
筑間 有樹(ちくま・ゆうき)
前田 美恵(まえだ・みえ)
牧原 賢吾(まきはら・けんご)
水岩 倖(みずいわ・さち)
横田 秋子(よこた・あきこ)
吉田 純一(よしだ・じゅんいち)
吉野 雲母(よしの・きらら)


今日、同窓会に集まった二十人の元クラスメート達。
自分の未来が偶然という名の形で決められるなど、思いもよらなかったに違いない。

最後にU博士が皆に向けて熱っぽく語り始め、ミーティングは閉幕となった。
「我々は『アストロ・ソール』という組織に所属しております。アストロ・ソールは地球の未来を守る為に結成された組織です。これから製造する戦艦は、宇宙人を完膚無きまで打破する為に作るのです。皆さんも、この重大な意義をよく理解して、共同生活に励みましょう」

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