BREAK SOLE

∽2∽ ファースト・コンタクト


有雅致中学跡地にいた、第77回卒業生達が見たものは――

堅い物同士がぶつかりあう、激しい轟音。
続いて巻き起こる粉塵に口や鼻をやられ、ゴホゴホむせながらも目を凝らすと。
砂嵐の中に、ぼんやりとした輪郭線が浮かび上がる。
先ほどの丸くて可愛い図体な戦闘機が二体。
黄色い方は救助の手も間に合わず派手に墜落したようで、頭から地面に突っ込んでいる。
その衝撃のほどは、堅いはずのアスファルトが粉々に砕けている処からも予想できた。
赤い方は、ちゃんと着地できたようだ。
落ちてくる直前まで、黄色い機体の下に回っていたようにも見えたのだが。
赤い機体は空を見上げている。
黄色いモヤモヤした物が、残る青い機体と向かい合うさまを。
不意に黄色いモヤモヤした物体が青い機体から目を背け、逆方向に移動する。
急速に飛び去ったといったほうが正しいスピードであった。
「逃げ……た………?」
誰かがポツリと呟き、猿山の喉も唾をゴクリと飲み込む。
息をするのさえ、忘れるほどの緊迫した数秒間だった。
「いっちゃった……どうするんだろ、あの飛行艇。追うのかな?さっきの奴を」
じっと眺めていると、飛行艇も、青い機体も、こちらへ降りてくる。
卒業生は、またしても遠くに避難しなくてはならなくなった。


「飛行生命体の逃亡を確認。レーダー振り切りました、捜索範囲外です」
船内のあちこちで溜息があがる。
歓声はない。
倒せなかったのだから当たり前だ。
モニターに目を向けていた隊員の一人が博士に告げる。
「墜落現場に民間人がいるようですね。どうしますか?」
「どうするも、こうするも」と即座に対応したのは、頭まんまるの髭爺さん。
白衣を着ているので博士だと判るが、普段着なら近所の爺さんと代わり映えしない風貌だ。
「まだ一般に発表できる段階ではない。丁重に扱って忘れさせるとしようかの」
「札束買収か。また要らん出費が増えるのぅ」
髭爺さんの横で、白菜みたいな髪型のオヤジがブチブチと呟く。
こちらも白衣で何となく博士だと見分けがつく程度で、威厳も何も感じない顔をしていた。
「仕方ないじゃろ。あんな大勢いたんじゃ、抹殺もできんし」
ギャグ畑から生まれてきたような顔をして、恐ろしい事を朗らかに話す髭爺さん。
もう一人、巨大なキノコカットの博士は厳しい目でモニターを睨んでいた。
「まったく、ピートの奴め。油断しとるから光線なんぞを食らうんじゃ」
「あいつは回収したら、軽くお仕置きでもしておくかの」
「今回の責任は、全てピートの奴に任せておくか」
爺さん達は無情にも、そんなことを話し合うのであった。
そんな彼らを少々白けた目で見つめていたモニター係は次の指示を仰ぐ。
「責任追及も結構ですが……一旦、着陸しましょう。ソルの回収を急ぎませんと」
「よかろう」と対応したのは、やはり髭の爺さん。
博士達の中でリーダーシップを取っているのは、この爺さんのようだ。
「ソルを回収ついでに地上で休むか。民間人達も、どうにかせんといかんしの」
「了解。AソルとCソルを回収後、地上で休憩。及び民間人の買収を敢行します」


皆の見ている前で、飛行艇と最後の一体が降りてくる。
子供達は建物の残骸の影に隠れて、或いは海岸へ降りて、こわごわと見つめた。
赤い機体からは誰も降りてこない。
指示を待っているのか、それとも降りる気はないのか。
急に黄色い機体のハッチが開いたので、皆、驚いた。
「ぶわ〜〜ッ!くそ、あちぃッ。通気性ワリィよ、この機体!」
続いて誰かが飛び降りてきたのに、二度驚く。
そして降りてきたのが自分達と歳もそう大差ない少年であったことに、三度驚いた。
最初に目に入ったのは金髪に青い目。
とくれば、日本人ではない。
でも、今の言葉。思いっきり共通語だった。
きちんとした教育を受けた者だけが話せる世界万有の言葉。
もちろん春名達も学校に通っていたのだから、共通語は話せるし理解もできる。
話が通じると判っただけでも意思の疎通ありとみて、少しは気が楽になった。
「あ……あの、さ」
おずおずと切り出したのは、猿山。
物陰から姿を現して、少年の元に近づく。
その足元を銃弾がかすめ、猿山はヒャッと怯えて、その場に立ち止まってしまった。
撃ったのは少年ではない。
青い機体のハッチが、いつの間にか開いていた。
青い機体から身を乗り出しているのは、これまた皆とは歳の近そうな少女。
茶色がかった髪の毛に青い瞳。
この子も日本人ではなさそうだ。
だが、それよりも彼女は両手に、とんでもない物を抱え込んでいた。

銃。それもライフルだ。

狙いは真っ直ぐ猿山に向けられている。
他の者が抗議の声をあげる前に、少女の鋭い威嚇が場を制した。
「動かないで!他の人達も!一歩でも動いたら射殺するわよ!!」
穏やかではない。
見てはいけないものを見てしまった、という思いが皆の脳裏をよぎる。
何故かは判らないが、さっきの戦闘は極秘に行われるはずのものだったのだ。
ここに民間人は、いてはいけなかったのだ。
――では見てしまったら、どうなる?
抹殺される?そんな馬鹿な!
ここは日本だぞ、自衛隊に守られているはずの!
だが、その自衛隊も、今では機能していないのと変わりない。
宇宙人の攻撃により、ありとあらゆる武器乗り物を失い、自衛隊は事実上崩壊した。
しかし、それにしても射殺とは。
横暴だ。
そんな言葉が出かかったが、誰の口からも言葉として出てこない。
他人に銃を向けられる。
生まれてから一度もされたことのない経験が、恐怖となって皆の口を噤ませていた。
撃たれたことがなくても、撃たれればどうなるかぐらいは知っている。
映画や漫画でなら、見たことがあるから。撃たれれば、血を吹いて死ぬのだ。
「おいおい、ヨーコォ。ちと物騒じゃねぇか?こいつら民間人だぜ、ただの」
最初に緊張を解いたのは、金髪の少年であった。
すかさず青い機体から反発が返ってくる。
「そうよ、民間人よ!ここにいちゃいけないはずの!!」
「いちゃいけないったってなぁ。本来なら、いちゃいけないのはオレ達のほうだし?」
だよな、とばかりに目線で相づちを求められて、猿山も曖昧に頷いた。
彼らの関係図は判らないが、少なくとも少年はこちらに敵意を抱いていないようだ。
青い機体からは、なおも厳しい声が飛んでくる。
「そうよ、あんたが墜落しなければ、ややこしいことにならなかったのよッ」
猿山は、おどおどした視線を青い機体へ向け、すぐに逸らした。
少女から、はっきりとした敵意を感じたのである。
ライフルは今にも発砲されそうだ。

――こんなことなら物陰から出てこなければ、よかった――

そんなことを、彼が思い始めた時だった。
彼に新たなる声がかけられたのは。
「ヨーコ、銃を収めなさい。そこの君も、怯えずとも宜しい」
ハッとして、皆が声の方向に視線を向けると。
そこには、まん丸顔の爺さんと、その他白衣に身を包んだご一行様がいた。
着陸した飛行艇の扉が開いている。
爺さん達は、飛行艇から降りてきたものらしい。
スタッフジャンパーらしき服に身を固めた連中も降りてきていた。
軍服ではない。くすんだ緑色の、ラフなジャンパーだ。
どの背中にも共通語で『アストロ・ソール』と書かれている。
ジャンパーを着た連中は先に降りていた戦闘機の周りに集まっていた。
各機体の調整か、或いは墜落した機体の修理でも始めるつもりだろう。
「あ、あんた達、何なんだ?軍隊じゃぁ、ないのか!?」
銃が収められたので安心したのか、猿山以外の面々も物陰から姿を現す。
晃に詰め寄られ、髭爺さんはフゥと溜息をつくと、寂しげに目線を逸らした。
「やれやれ、最近の若いもんは礼儀をしらんで困るのぅ」
「礼儀ィ?」
まだ言い足りない晃に向けて、ビシッと指を突き立てる。
「そうじゃ、知らない者同士が出会ったら、まず最初にすることは何じゃな?」
「え……」
「自己紹介。そうじゃろ?名前がわからんのでは話のしようもあるまい」
「Q博士!こちらが名乗ってしまっては、買収する意味がなくなります!」
反論をあげたのは、スタッフジャンパーの一人。
だが博士はまたしても、意味もなく指を突き立てた。
「まぁ、待て。買収してもよいと思ったが、気が変わった」
「はぁ!?」
動揺するスタッフは置き去りに、Q博士と呼ばれた丸頭のジジイが猿山達を真っ向から見つめる。
「どうじゃろう、諸君。わしらは今、若いスタッフを大いに募集しておる。巨大戦艦製造の手伝いを、諸君らに頼もうと思っておるのじゃが……あぁ、そうだった。わしの名前はQ。気軽にQちゃんと呼んでくれて構わんよ」
誰もがポカーンとなった。
春名達は勿論のこと、ピートもヨーコもスタッフ達も。
だが、すぐに場は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなる。
「Q!?変な名前ーっ」
「でも可愛いッ!」
「顔も変だし、いいんじゃねぇ?」
思春期の子供は遠慮や容赦がない。
皆、言いたい放題だ。
「それに、巨大戦艦って?」
「なんだか面白そう!」
「やってみようよ、どうせすることなんて何もないんだし!」
さっきまで緊張していたかと思いきや、彼らはもう、いつもの調子で騒いでいる。
次から起きるであろう楽しそうなイベントに胸を膨らませる余裕も取り戻していた。
おおはしゃぎな子供達を横目に、スタッフ達もQ博士を取り囲む。
噛みつかんばかりの勢いで、思いつきの改めなおしを求めた。
「博士!思い直して下さい、我々の任務に民間人を巻き込むなど言語道断ですッ」
「そうですよ、いつものように買収して無かったことにしたほうが安全では!?」
「子供達に何かが起こったら、責任をどう取られるおつもりなんですか!」
「そもそも!子供にアレを触らせる気ですか!?冗談じゃないッ」
大人達の喧騒を余所に、金髪少年がポツリと呟く。
「子供達ってなぁ……オレだって子供なんだけど、な」
「バッチリ触らせてるわよね」とは、青い機体の少女。
それを聞いて水を得たかのように、博士の一人がスタッフ達に応えた。
「子供、子供というが、子供の能力こそ侮れないのは判っているはずじゃが?ピートやヨーコに頼っている我々が、彼らを邪険にできるかのぅ」
「し、しかし!ピート達は選ばれた戦士ではありませんかッ、民間人とは違う!」
「元は民間人じゃよ、二人とも」
「で、ですがねぇッ」
なおも食い下がるスタッフの眉間に指が突きつけられる。
「我々だけでは完成が遅れるばかりじゃ。さりとて、通常での人員募集は不可能。となれば調達できる時に調達する他あるまい?宇宙人は完成を待ってはくれんのじゃぞ」


結局。Q以下博士達の意思が変わることもなく。
彼らは有雅致中の卒業生達に力を貸してもらうこととなったのである。


「諸君。我々の話し合いは片が付いた。諸君らに力を貸して貰うことになったぞぃ」
博士だけが満面の笑みをたたえ、近づいてくる。
スタッフの面々は、まだ納得していないようであったが、子供達も笑顔で応えた。
「うん、いいよー」
「あ。ねぇねぇ、ところで丸じぃー」
卒業生の一人、清水豊重がQ博士を手招きして尋ねる。
「ん?丸ジイというのは、わしのことかのー」
「うん。あの、赤い機体は無人なの?誰も乗ってないのかな?」
黄色、青の機体からは、すでにパイロットと思わしき少年少女が顔を見せた。
だが赤の機体は依然としてハッチが閉じたままであった。
「おぉ、そういや忘れておったわ。クレイ、お前も降りてきなさい」
金髪少年が間髪入れず、ぼそっと呟き。
「忘れるかなぁ……フツー」
猿山も頷いた。
「俺なんか、ずっとずっと気になってて仕方なかったぜ?あ、ところで、お前、名前は?俺は猿山突兵ってんだけど」
「オレはピート。まぁどうせ、後でちゃんとした自己紹介タイムがあるだろうけどな」
二人でニッカと笑いあう。
ピートの差し出した手を、猿山が握り返した。
その時、赤の機体のハッチが開き、ピートも猿山も、そちらを見上げる。
人影が動き、地上から約五メートル近くあろうかという高さから飛び降りてきた。
「わ……」
無事に着地し、こちらへ歩いてくる人物を見て、皆は息を飲む。
「あ…お……?」
降りてきた人物は、先ほどの二人よりは年上に見えた。
精悍な顔つき。
背は高く、がっしりとした体格でもある。
だがそれよりも、彼の何が一番人目を惹いたかというと髪の色であった。
青い。
それも目の覚めるような、真っ青な髪の毛。
脱色して染めた青ではない。
最初から青かったとしか思えない濃さだ。
金髪というのは、判る。茶髪というのも、ありだろう。
しかし青い髪というのは、どこの国の人間でも有り得ない。
じゃあ、彼は一体何者……?


「宇宙人だ!!」


誰かが叫び、子供達は一斉にわッと散り散りに駆けだした。
「待ちなさい、彼は宇宙人ではないっ!」
パニックに陥った子供達を落ち着かせようとスタッフまでが騒然とする中、Q博士は朗らかに彼らを制した。
「あー、諸君らは見たことがないのかね?人工ベビーという存在を」
逃げまどっていた子供達が足を止める。
「人工……べびぃ?」
「そうじゃよ」と、満足そうに頷くQ博士。
ややあって。
「聞いたことなら……あります」
そう答えたのは、晃だった。
「母体を必要とせず、人工的に精子と卵子を組み合わせる受精法ですよね」
晃の答えに、Q博士は満足そうに頷いた。
「そうじゃよ。クレイは、わしらが生み出した人工人間なのじゃ」
またしても聞いたことのない単語が出てきた。
人工人間。
まぁ、言葉の響きから、何となく何を意味するのかは判る。
「じゃあ、あの人、お母さんはいないの?お父さんも?」
「ま、そういうことになるかの。試験管の中で育成されたわけじゃからのー」

なんだか、可哀想。

春名は、その時何故か、そう思った。言葉には出さなかったが。
「ま、とにかく立ち話も何じゃし。一旦飛行艇に入るとしよう。ミーティングを行った後、わしらが腰を据えられる工場を海底に造るとするかの」
海底に?どうやって?
だが、猿山が聞き返すよりも先にQ博士は飛行艇に戻っていく。
仕方なく有雅致中の卒業生も、スタッフに誘導されて飛行艇に乗り込んだ。

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